命改変プログラム

ファーストなサイコロ

可能性への挑戦

 淡く光る薄緑色の刀身。それを僕は振りかぶる。風帝武装と共に収束された風の刀身がセラ・シルフィングと同化してる。だけどそれでも……


「ぜああああああああああ!!」


 凶悪な声と共に振りかぶられる刀身の見えない幾重にも燃え盛る炎が風の刀身を寄せ付けない。それどころか近づくだけでHPを蝕む熱気を放ってやがる。僕は空中を蹴ってその炎を避ける。けどその避けた先に、蘭の奴が炎を爆発させて迫ってくる。
 アイツもあの炎を自由に操ってる。荒々しく猛々しく炎はその勢いを増してる。再び迫る蘭の攻撃を僕は両のセラ・シルフィングで受け止める。見えない刀身……けど、見えなくても僕には分かる。だから受け止める位は出来る。
 でもそれは賢い判断じゃない。蘭の周囲には常に炎がある。そして攻撃に合わせて色々と形質を変えてるっぽい。受け止めた瞬間、オレンジの光が弾けた。大きく吹き飛ぶ僕。でも風帝武装のおかげでその爆風を直にはくらっちゃいない。
 僕の周囲にも常に風が流れてる。それは防御にも攻撃にも転用できる風だ。けどあの炎はやばい。燃え盛る度に、周囲を喰ってる。元々の天叢雲剣の威力とあの凶悪な炎が空間を焼き払ってるようだ。
 事実ここまでの衝突で、ブリームスがかなり損傷してる。中央の第四研究所は半壊してるし……その周囲はデータがなくなり空っぽの状態。他の研究所が空間の端っこに移動してるのは良かったのかも知れないな。


「はぁはぁ……」


 くっそ、吸い込む空気が熱い。あの凶悪な炎……周囲の空気までも熱してやがる。その内息も出来なくなりそうだ。僕は炎の中に佇む蘭の姿を見据える。
 蘭の奴はその姿を変えてて、服は炎の様に燃え盛り、毛先が二つにわかれたポニーテールは黒から七色に移り変わる様になって常に肩よりも上へ浮いてる状態だ。肌の見えてる所には時々変な模様が浮かび上がっては、炭の様になって消えていく。どんな意味があるのかは分からない。
 あの炎……これ以上猛らせる訳にはいかない。僕の回復にも、そして人間再生にも、更には無くなった街の修復にも力は使ってるんだ。どうにかしないと……


【スオウ、私を通して彼等の知識を共有します。法の書は全開で行きますよ】
「ああ、時間は無いからな。それでいい。無茶でもなんでも、それでやれなきゃお終いだ」
【スオウの負担がかなり大きくなります。バンドロームは貴方の命令しかきかないですしね。法の書は道筋です。バンドロームがその出力。私達の理解を通してイメージしてください、今、この街全体が大きな錬金の器と言うことを】


 イメージか……この街全体で魔鏡強啓零の舞台。組変わった積層魔法陣もきっとそのため。全てを把握するのは僕には出来ないけど、だからこそ優秀な第一の連中がいる。皆の力を合わせて、復活させるんだ、この街を。その時側面から炎が迫ってきた。僕はそれをかわして上方を見る。すると鞘に収めた天叢雲剣を見えない速さで何度も抜き差しする蘭。
 居合か!? 僕はそれをかわすために空中を蹴って側面に移動する。次々と破壊されていくブリームス。すると今度は地面から炎が伸びてきて僕の方に向かってくる。マジで自由自在だな。逃げてばっかりじゃダメだ。少しでも蘭の奴の行動を制限––拘束しないと!! 僕は迫ってくる炎の前で足を止める。そして四方から迫るその炎の柱達がぶつかり合った瞬間、蘭の前に現れる。
 パワーでは幾らやっても勝てないけど、スピードなら僕の方が上だ!! それに自分から向けば引力も関係ないだろ! 僕はすれ違いざまにセラ・シルフィングを叩き込む。だけどまだまだ、こんなんじゃ終わらない!
 更に空中を蹴って反転、もう一度背中から蘭を切る。更にもう一度……もっと……もっと。


【スオウ、理解は伝わってますか? 道筋は立ちました。行きますよ】
「ああ」


 攻撃をしながら頭に伝わる言葉を口ずさむ。


「範囲十から二十・三十二を復元。積層百二陣を稼働開始」


 その言葉で破壊されてた空間に元の建物が戻る。積層魔法陣とこの街は密接に繋がってる。人間再生にはその復元は欠かせない。僕は攻撃の手を休める事無く、頭の中でめくられてくページの文字を追っていく。


「積層六十から四十四に開放命令。魔鏡強啓エレ・サム・クエルの理に従え」


 そうしてる間に視界の先では炎が蘭を包み込んでいく。防御態勢に入ったのかもしれない。それは好都合だ。もっと攻撃速度を速めて更に堅牢な盾の中に閉じ込める事が出来れば! 風の刀身に力を集中。炎さえも超えて蘭の肉体へダメージを! そう思って振り抜いたセラ・シルフィング。だけどそれが炎の中で止まった。押しても引いても抜けない……


「確かに貴様は速い。だが忘れるな。私の肉体は強い。百の線より一の撃。それが勝負を決める。肉など幾らでも貴様にくれてやる。だから貴様の骨をここで断つ!!」


 その瞬間、僕の肉体を蘭の炎が貫いた。そして一気に建物を粉砕しながらぶっ飛んだ。全身が黒くくすんで、腹には大きな穴が……しかもそこには蘭の炎がまとわりついてて、どんどん広がってくる。常に回復してたから、それを上回るダメージを乗せてきたらしい。
 だけどわざわざここまでやる必要もなかったかもな。既に風帝武装まで剥がれ落ちてる。風とはまだ繋がってるけど……今ので崩れた建物も修復しないと行けないから……回復に回す余力なんて無い。掠れた視界の向こうには力のウネリを切り裂くかのような、炎の一本柱が立ち昇ってた。蘭の奴はこの街を包み込んでる力さえも喰らい尽くす気だ。このウネリが消えたら……もう希望はない。そんな事させてたまるか!!
 僕は瓦礫から自分の体を出そうと力を込める。すると口からはドス黒い色した血が流れ落ちて、力を込めた箇所からは炎が沸き立った。


「ぐああああああああっああああああああああ!!」


 断末魔の叫びが喉から上がる。その衝撃に思わずめり込んでた箇所からは出れたけど、直ぐに前方に倒れ伏した。みるみる減っていくHP。熱気が漂ってくるなか、風の勢いは感じるままに減っていく。


【スオウ……このままではもう……ゲームオーバーですかね? お疲れ様でした】


 はええよ……流石苦十。最初の方の言葉は深刻そうに言ってたのに、後半はもうスッキリしてたぞ。判断が早い。確かにもう終わりかも知れない。力のウネリは消えつつあって、法の書をめくる力さえもうない……法の書を通さないとラプラスはシステムに入り込む程の命令は実行出来ない。全てが詰んでしまったのかもしれない。そう思うのも仕方ない。


【まだである……まだであろう!!】


 その声は統括? 叫ぶ様に、奮い立たせる様に統括は言葉を出す。


【何をやってるであるか皆の者! 我等は魔鏡強啓零にたどり着きし研究者であるぞ! 魔鏡強啓零に終わりなどない! まだある! まだ道はある筈であろう!! 責任を果たすのだ。誰よりも傲慢で、強欲であればこそ、自分達の責任から逃げてはいけない!!】


 あの爺さん……やっぱりなかなか大したものだ。伊達に第一研究所の統括をやってる訳じゃない。傲慢で強欲……確かにそうだけど、そこには貫いてる柱がある。ブレない物があるんだ。


「そうだぞ苦十……まだ終わってなんてない」


 僕はそう言って腕に力を込める。すると再び炎が体を蝕んで来る。何もしなければ少しずつ蝕んでいく程度で済むようだけど、力を込めればその分、その箇所が燃え盛る様になってるようだ。下手に動いたら死期を早めるだけ……けどどの道このままじゃお終いだろ。


【可能性は消えましたよ。零にたどり着きましたが、零を使えるアイテムはまだない。人間再生にはパーツが足りず、頼れるのは法の書とバンドロームのチート的な強制介入でした。ですが、もう法の書を発動させる力もなく、周囲にも求める事は出来ない。ほら……聞こえてきましたよ。絶望の足音が】


 苦十の奴の言葉で気付く。微かに地面から伝わる地響きの様な物。まさかこれは……モンスター共の進軍か? ウネリが消えたせいで、この街にモンスター共が進行して来てるんだ。確かにますます絶望の色は強くなっていってる。
 でもまだ生きてるんだ。僕はまだこうやって生きてる。諦めるには……早いじゃないか。


【早い遅いなどもう意味ないですよ。現にどうしようもないじゃないですか。私には可能性が見えません】


 可能性マニアにどうやら見捨てられたようだ。何を根拠に着いてたのかなんて元々分からなかったし、こんな物なのかもしれないな。捨てられるときってのは。肌に感じるジリジリとした熱気。空に目を向けるとそれぞれの色した炎が一箇所に集まってそれがまるで太陽の様になってた。まさか……あれを打ち下ろす気か?
 そんな事されたらブリームスは完全消滅だ。勿論僕だってその時は死ぬだろう。終わりの足音が聞こえてる。それはきっと気のせいなんかじゃない。口の中に広がる鉄の味。鼻に付く焦げ臭い匂い。体から流れ出る力を止めることは出来ない。
 僕がこのまま死ぬか、あの太陽が落ちるのが先か……それとも迫ってきてるモンスターに食い殺されるか……どれもこれもクソッタレな選択肢じゃないか。絶望しか見えない……そうこのまま何もしなかったらただ死ぬだけ。それは絶対に確実だよ。


「はは……」


 乾いた笑いが漏れる。だって笑えるだろ。足掻かなきゃ、確実に待ってるのは死だ。死ぬだけだ。それはもう決まってる。このまま寝っ転がってたら、僕は死ぬ。そしてそれは僕だけじゃない。もう、もしかしたら居ないかもしれない……けど、僕は可能性マニアに向けて言うよ。


「なぁ苦十……僕には可能性なんて見えない。けど……お前だってそうだろ。見えてるわけじゃない。感じたんだろ。可能性が離れていってるの位は僕にも分かるよ。けど……だからこそ、手を伸ばして掴むんだ。
 僕達の様な奴等に可能性が微笑むのはいつだってギリギリの時だ。ギリギリまで諦めない時だけなんだ」
【……戯言ですね。そうだと言うなら見せてください。可能性を掴む瞬間を。そうしたら私は貴方に一生付きましょう】


 相変わらず重いやつだ。いちいち賭ける物がデカイんだよ。だけどまあ……いらんけどこういう奴が傍にいてもいいかもしれない。刺激的だし、面白そうではある。厄介そうだけど……そういうのには慣れてるしな。目を閉じればまだ浮かぶ……皆が居る未来が。僕は腕を引き寄せてこういった。


「顕現・法の書」


 すると鍵に収まってた法の書が形に成って現れた。白く綺麗な法の書だ。僕の焦げた手で汚してしまうのが申し訳ない程に綺麗な装丁。だけどそんな事気にしてられないから、僕は本を開いた。そこに文字はない。いや、途中までの文字はあるし、まだ輝いてる。終わった訳じゃない。


【自力でページを捲って行く気ですか? ですがページはめくれても文字は浮かばない。今のスオウにはもうそれだけの力も残ってなどいないのですよ】


 そうだな。苦十の言うとおりだ。だけど僕は言葉を紡ぐ。紡ぐしか無い。


「積層三十から二十八へシステムへの接続を要求……深度最深までへの循環を……循環を……」


 法の書は反応してくれない。めくったページは真っ白だ。真っ赤な光が周囲を溶かしつつある。特大まで大きくなった太陽はその光で全てを無に消す気だ。終わりなのか? 魂まで使っていいから……どうにか反応してくれよ法の書!! 


「お願いだ!!」


 涙と共に叫んだ言葉。するとその時、ガガッと指が勝手に動き出す。見るとそれは僕の人差し指にハマったあのアイテム。それが動き出してた。最初はぎこちなく……けど、直ぐに腕を翻弄する程に速記へとなる。
 そしてその文字も光を放ち……いや、文字が刻まれたし発動も仕掛けた……でも途中でその光は途絶えた。ダメだ。僕の残りの力じゃ発動できない。もう少し……もう少しなのに……あと少しで掴めそうなのに……駄目なのか? 
 僕は涙を振り払い、体を起こそうとする。力を入れた部分から炎が上がる。その度に走る痛みに耐えつつ、上体を上げた。


(考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ––諦めるな諦めるな諦めるな諦めるな諦めるな!!)


 するとその時、頭にバカでかい声が響いてきた。


【小僧! よく聞け、これしか無いである!! ブリームスに敷き詰められた積層魔法陣の表層には数世代前の統治者によって新たに消費用の陣が組まれておることは知っておろう。それを逆に使うのじゃ】
「逆に?」
【そうじゃ、それで大気中全ての力をブリームスの地全体から掻き集める。それしか無いである!! 法の書で表層の陣を組み換えさえすればいける! 理論上は!!】


 理論上……その言葉で実際に上手く言った試しがどれだけあるのだろうか? だけどやるしか無い。優秀な第一……いや、錬金術の統括様が言ってるんだ。信じてみてもいいだろう。けど問題はある。法の書を発動するだけの力と、陣の組み換えはいいけど、大気中だけじゃ多分駄目だということだ。
 それはもう殆ど枯渇してる筈だ。だってあの大きな太陽に全て食われてる。それなら何を使えば……ドドドドと迫ってくる振動が大きくなってきてる。あの太陽が見えないのか? ここまで来たら確実にモンスターたちも死ぬぞ。蘭の奴はそんなの気にせず放つだろう。


「待てよ! もしかしたら……後は法の書を発動させる為の力か」


 思いついた事がある。もしかしたら行けるかも。けど根幹の力がない。法の書に命令を送る力がない。法の書を使わないとラプラスで陣を組み替える事は不可能だ。


(どうする? ……どうすればいい?)


 するとその時、肌に涼し気な風が吹いた気がした。その風に呼ばれる様に視線を向けるとそこには刀身は無く、黒ずんでボロボロに成ってるセラ・シルフィングの姿があった。そして僕を撫でた風は、そのセラ・シルフィングから出てた。
 僕はその瞬間理解出来たよ。セラ・シルフィングは言ってる。自分達の最後の力を使って……と。反対の言葉が直ぐに出かけた……けど、出ることは無かった。だって……これしかない。二対の剣から流れるそよ風が僕の頬を撫でる。それは「泣かないで」で言ってるようで、余計に涙が溢れてくる。
 霞んだ視界の向こうに見える二対に剣に、僕はこういうしか出来ない。


「ありがとう……くっぐっ……ありがとうセラ・シルフィング」


 その言葉を聞いてくれたのか、セラ・シルフィングは灰の様に崩れて風と成った。セラ・シルフィングの最後の力……無駄になんか出来ない。法の書と向き合う僕。すると頭に響く、あの謎の声。


『俺の出番だな。使いこなせないお前よりも俺の方が確実だ』


 黒い声の正体は何なのか未だにわからない。けど、僕は静かに言ってやる。


「退けよ。退場してろ。お前の出る幕なんかない。これは僕がやらなきゃいけないんだ。セラ・シルフィングは僕に託してくれたんだよ。これは僕の、可能性への挑戦だ!!」
【スオウ?】


 誰に向けてるのかわからない言葉に苦十の疑問の声が聞こえた。けど、何も言わない。だってもう時間はない。極限までデカくなってるあの太陽はいつ放たれてもおかしくはない。そして視界にはいよいよモンスター共の姿が見える。
 奴等も僕を見つけたのか、雄叫びを上げて迫ってくる。


「表層条理の陣を再形成。消費を還元へとシフト。大四章十四節を拡大解釈し透過変換へと結びつける。蜘蛛の糸目に捕まる餌を、片っ端から吸い上げろ!!」


 ブリームスの床が青く輝き、向かってきてたモンスター共の姿が消えていく。それと同時に、光がブリームスの地から立ち上りだす。


【小僧、貴様大気のエネルギーだけでなく、モンスターさえも強制的にエネルギーへ変える事を選んだであるか!!】


 興奮するような統括の声。だけど僕に答えてる余裕はない。法の書に積層の続きを紡がないと……


「積層十二から五へ。大陰極の稼働を確認」


 空と地に、現れる積層の陣。あと少し……あと少しなんだ……だから僕の頭、持ってくれ。僕は法の書を持ち立ち上がる。炎が関節の節々から燃え上がるけどそんなの気にしてられない。モンスター共のエネルギーを僕へ流しもしない。
 全ては一つの方向へ向けるんだ。目の前が全てコードに見える。鼻からも耳からもそして目からも、真っ赤な血が流れ出てた。だけどそれでも一歩を踏みしめつつ、歩き進む。


【どれだけ可能性の扉を叩くつもりだ貴様……】


 あの黒い声が初めて恐れを抱いた様な声を出してた。だから僕はこう言ってやるよ。


「決まってる。叩けるだけ叩くだけだ」


 するとようやくエネルギーが溜まりきったのか、太陽の様なその塊が迫ってきた。多分なにか蘭は言ってたんだろうけど、眩しくて見てられないし、そして今の僕には自分の中の音しか聞こえてなかった。
 体はもうとっくに限界を超えてる。地面を踏む度に、黒くただれた皮膚は剥がれてくし、骨の髄まで炭に成ってるようだ。きっともうすぐ僕自身もオブジェクト化して光となるだろう。だけど、最後までやり遂げる。それが責任だ。


「積層最終の全可動を要求。紡ぐは過去と未来の時。更に零章科に属す次項発動。天蓋まで覆う天の羽衣を展開。返して貰うぞ、その膨大なエネルギーを」


 オーロラが空に浮かぶ。それは落ちてくる太陽を優しく包み、そして空で変換放出させる。太陽が弾けた空からは陽射しが無数に差し込んで、その向こうに青空が見えた。そして積層魔法陣の全体が稼働しだした。
 差し込む光を反射して、無数の指輪が雨の様に降ってくる。綺麗な音を立ててブリームス中に音楽が響く。さあ、紡ごう……最後の仕上げの言葉を。


「発動『人間再生』」


 法の書へと書き込まれる文字が溶けるように消えていく。すると一斉に輝きだした指輪。僕の視界はそんな暖かな光に包まれた。そして同時に腕や足や体が脆く崩れ去っていく。



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