命改変プログラム

ファーストなサイコロ

茎は伸びる

 コードも何も繋ぐこと無く、ただその手を取るだけで、僕の意識は苦十に引っ張られるようにして電子の世界へ流れてく。いつの間にかさっきまで見てた風景は無くなって、たくさんの光が尾を引いて流れてく空間に僕は居た。


「ここは……」
「繋げてる所なんです。私達とあの日鞠と言う娘の意識を」
「繋げてるって……誰にでもそんな事出来るのか?」
「そうですねぇ、大体出来ますよ。言ったでしょ? 私は無なので、なんにでもなれるんですよ」


 無だからこそ誰とでも繋がれるって事なんだろうか? でも今回はコードも挿してないのに、直接……じゃなく間接的に日鞠のリーフィアにダイブ出来るのか? それって何気に凄いことではなかろうか?


「まあ私達だから出来る事ですね。今、私はスオウのリーフィアを我が物にしてるので」
「おい」


 それっていいのか? てか、僕的にはなんか嫌だぞ。リーフィアって脳に何かしら作用してるだろ? それが出来る機械を誰かに掌握されるってメッチャ危険じゃないか。てかセキュリティはどうした? 仕事しろよ。
 不安がってると、苦十の奴がクスクス笑いながらこう言うよ。


「大丈夫ですよ。別段スオウの意思を操ろうなんて思っていませんし」


 それは言い方を変えれば僕の意思をどうにか出来ると言うことではなかろうか? 余計不安に成ったわ。本当に大丈夫なのか?


「その目は信用してないって感じですね。心外です」
「嘘つけ。寧ろなんか嬉しそうに見えるぞ」


 その黒い瞳の奥が透き通るってのもおかしいけど、なんか深さの中に透明感が見えるというか……つまりは素が見える? いや、こいつの素なんて知らないけどね。そもそも無ならそういうのも無いのかも知れないけど。でも苦十の奴の言葉はどこまで信じればいのか曖昧だからな。


「嬉しいと言うか、まだまだ楽しい時期ですから。私にとっては久しぶりの玩具––じゃなく出会いですからね」
「どういう間違いだよ!」


 今玩具って言ったぞ。絶対に言ったろ。今のは聞き間違いなんかじゃ決して無い。玩具って思ってたのかよこいつ。やっぱ全然信用出来ない。


「おい苦十、お前日鞠に会えた後には僕のリーフィアから出てけよ。無人のリーフィア用意してやるからそっちに行け」


 それが一番安全だろ。自由に行き来出来るのなら、安全な場所に移したほうが絶対にいいと思う。だけどその提案に苦十はこう言うよ。


「それは拒否しましょう」
「なんでだよ!?」


 簡単に拒否りやがって……そもそも頭の部分に居座られるってスッゲー気分悪いからな。リーフィア被ってれば見えるから、その意識が薄かったけどさ、こいつマジで僕のリーフィアに移ってきてるんだよな? 
 やっぱどうにか追い出したい。別に他のリーフィアに移ったって支障ないだろ。


「言ったじゃないですか、私の興味は人だと。それにただのリーフィアはやっぱりただの機械なんですよ」
「どういう事だ?」


 言ってる意味がイマイチわからないぞ。今だって僕のリーフィアは機械だっての。そもそも同じパーツで作られてるんだから、根本的な違いなんか無いだろ。それこそ、摂理のプロトタイプとか、当夜さん自身が被ってたの以外は全部同じだよ。


「外見としては同じでしょう。けどですねスオウ、中身は拡張されてるんですよ」
「どういう事だ?」


 バージョンアップを繰り返してるんだろうし、確かに拡張はされてるのかもしれないけど……だからって個体差が生まれるわけでもないぞ。てか寧ろ生まれたら問題だろ。多分苦十が伝えようとしてる事ってのはそう言う事じゃないんだろうな……


「リーフィア……スオウは自分のリーフィア以外のリーフィアを使ったことがありますか?」
「それは……ないような気がするけど。そもそもリーフィアって誰かに貸したり借りたりするような物じゃないだろ」


 高価な物だから、それに脳の情報とか持ってそうだし、怖いだろ。だって僕達の脳の情報を読み取ってLROでそれを正確に反映させてるんだし……ある意味リーフィアは僕達の第二の脳みたいな物じゃないか? 外付けHDDならぬ外付け脳みたいな? 
 あれ? でもそう考えれば、脳を拡張してるみたいな感じで、先の苦十の言葉に合致するかも知れない。


「そうですね、まさにソレですよ。リーフィアは個人の脳と深く繋がるからこそ、LROと言う世界へと繋がれるんです。スオウなら感じた事があるんじゃないですか? 自分の脳が拡張されてるのを」
「脳の拡張って……具体例上げろよ。想像つかないぞ」


 なんかグロい想像しか浮かばなかったっての。自分の頭に管さして、その先に別の脳みそと繋がってるよう……そんなイメージ。でもこういうのじゃないんだろう。


「そうですねぇ、例えばLROでの能力が現実に開花したり……とかです」
「は? いやいやいや、あり得ないだろ。スキルや魔法が使えるようになるっていうのか?」
「そこまで行かなくてもいいんですよ。無いですか? スオウならそうですね、異常に世界が遅く見えるとか、超絶的な反射神経を得てるとか、ですかね?」
「うぐっ……」


 それは……心当たり無いわけじゃない。前から兆候はあったけど、一度完全に落ちて、そして戻ってきてからは明らかに顕著に現れて事がある。何度か確かに世界が異様に遅く見える時があったな。あれは、やっぱりLROの……というかこいつの口ぶりからしてリーフィアの影響なのか?
 僕の唸るような反応を見て再びクスクスと笑う苦十。なんかこいつの手のひらの上で踊らされてるようで気に障るな。


「心当たりあるようですね。それはそれだけリーフィアによって脳が拡張された証ですよ」
「リーフィア自身が脳を拡張してそんな事を可能にしてるって訳じゃないのか?」


 リーフィアが外付け脳ってのは間違い?


「リーフィアにそれだけの機能は無いですよ。あれは脳に代われる程の物では無いですからね。そもそもその能力を発動した時、スオウはリーフィアを付けてましたか?」
「それは……いや、付けてなかったな」


 確かにそうだ。僕はその現象が起きた時、リーフィアを被ってはなかった。流石のリーフィアでも頭に装着してないとその力を発揮するとか出来ないだろう。って事はつまり……僕自身の脳が変化してる……のか? なにそれ、怖い。


「わかりましたか? リーフィアは拡張するための増幅機みたいな物です。人の脳の内に眠る可能性を拡張するための機械なんですよ」
「可能性……可能性領域って奴か?」
「知ってるじゃないですか」


 名前だけは聞いたからな。でもどんな物とかはわかんないぞ。てか、リーフィアが脳を可能を拡張……広げるんだとしたら、僕と同じような人が何人も居るんでは? いやそもそも早く始めた人達ならもっともっと拡張されててもおかしくないはずだろ。
 でも確か、世間一般にはLROで幾ら過ごしても、脳にそんな影響があるなんて言われてない。隠してるのかも知れないけど、当事者が出てくれば話は別だろう。既にサービスを開始して一年以上経ってるんだ。ググれば幾らでもLRO個人ページはある。古参の人達には変化が起きてたっておかしくないのでは?


「おい、その可能性の拡張とやらは浸れば浸る程に増すものなのか?」
「それは一概には言えないですね。言いましたよね? リーフィアは脳の拡張をしてると。それはつまり可能性の補助をしてるわけです。調律と言ってもいいですね。だけどその調律がリーフィア無しで脳に拡張される人はごく一部です。
 スオウの脳はその調律が既に拡張されてる。だからこそリーフィア無しで拡張された能力を発揮できる。可能性領域を広げていける。それは人が……人類があらたなるステージに足を踏み入れる為に必要な力。だと当夜は考えてたようですよ」


 人類の新たなるステージへの到達……当夜さんは一体何を見てたのだろうか? 映画とか物語の悪役とかが考えそうな事じゃないか? てか本当にそんな事が……ステージを上げるって、なんかよくわからないぞ。


「その萎縮し始めた脳には理解し難いですか?」
「お前さっきまで拡張されてるとか言ってただろうが」
「可能性領域以外の部分が––って事ですよ。凡人の貴方でも分かるでしょう? 人類は今頭打ちなんですよ。増えすぎた人口にはこの星だけでは対処は出来ない」
「だけど食糧事情は仮想空間じゃどうにも出来なくないか? それとも可能性領域ってのは食料までも生み出せる可能性があるのか?」
「あり得る––とはいえます。可能性領域の拡張はその言葉のとおりですよ。可能性が広がる訳です。誰がどんな可能性を広げるかは分からない。可能性が広がれば食糧事情が改善される可能性も広がるかもじゃないですか」


 全ては可能性……か。確かに可能性があるから、僕達はまだ進むもうと出来る。人類がそうだろう。可能性を信じて今まで進んできた筈だ。僕は苦十の背中を見つつこういった。


「お前は……人の可能性の部分に興味があるのか?」


 人間に興味があるってのはつまりはそう言うことじゃないだろうか? 


「まあ大体そう思ってて貰っていいです。ですからまずは貴方ですよスオウ。なのでなんの面白味も無い無人のリーフィアになんて移る気はありません。私はもう、忘れ去られたくはないので」
「苦十……」


 最後の部分は少しだけ寂しさを感じる声……だったような気がした。そう言えば、こいつは無だったと言ってた。それが今は有であるとも言った。誰かから認識されないと、それはまた無に戻るかも知れないと、そういう風に考えてるのかも知れない。
 ……でもだからっていつまでも頭の中で同居したくはないけどな。まあだけど、今はまだ……あと少し位はこの寂しそうな背中に免じて居させてやろう。




「おい……」


 話も途切れて、それから沈黙が続いてた。話しながらも歩いてて、話が途切れてから既に五分は経ってる気がする。単刀直入に言うと、僕は不安が募ってた。これっておかしくないか? そもそもこういう精神世界に距離なんて概念はないと思うんだ。
 辿りつけないって事は……それは……


「言いたい事は分かるわよ。でも、私は納得出来ない」
「何に対してだよ」
「この状況よ。まさか私を拒絶出来るなんておかしいのです」


 なんか自信満々に言ってるけど、ぶっちゃけ僕も拒絶したいんですけど。拒絶したくてもやり方わからないからな。


「いいですかスオウ、その矮小な頭でも分かるように説明してあげましょう。今私はここに居る。貴方に見える。でも言えばこれは私全体ではありません。そもそも私は無なのですから、どこにだって存在しなく、存在し得る訳です。
 だから私に抗える場所など存在しない」
「じゃあ今は、そのお前自身が経験したことのない事態って訳か。日鞠から拒絶されてるのか?」
「幾ら拒絶したって、それが効かないのが私の特性の筈なんだけど……ねぇ、この娘ってどんな子なの?」


 どんな子か……難しい質問だな。日鞠は一言で表すなら、凄い奴なんだけど、それだけじゃ完璧じゃない。でも他になんて言えばいいかもやっぱりわからないから、結局はこういうのが恒例だな。


「凄い奴?」
「漠然ですね。しょうがないから記憶を覗きますか」
「おい、それはプライバシーの侵害だぞ!」


 ナチュラルにそういう事を言うなよ。するとピタッと止まった苦十の奴が顔を半分だけ向けて来た。そして髪で隠れた目は見せずに口だけ不気味に釣り上げる。


「いつから、プライバシー侵害してないと思ってた?」
「お前……まさか既に記憶を……」


 最低だなこの女。でも確かに、今まで覗かれてなかったなんて思えないか。リーフィアに共存してるのなら、こいつはきっとやりたい放題出来るはずだ。


「ふふ、な〜んちゃ……………」
「あれ?」


 いきなり目の前から苦十の奴が消えた。一体何が? あれか、有から無になったのか? なぜ今ここで? 僕をからかってる? そう思ってるとどこかからか、声が響いてるような……


「れれれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 なんて変な叫びだ。そう思って上を見ると何故か下から飛び出して来た。そして尻もちを付く苦十。


「おい、何遊んでんだよ?」
「これが遊んでるように見えるわけ?」
「じゃあ何やってるんだよ?」


 ハッキリ言って遊んでるようにしか見えないぞ。まあこいつが声あげて遊ぶのもイメージとは違うけどさ、そういう一面があってもいいんじゃないだろうか。だけど苦十の奴いわく、遊んでる訳じゃないらしい。


「多分これは妨害ね。アンタの幼馴染って案外性格わるいんじゃ––」


 その瞬間、滝の様な水が苦十に降り注いだ。潰されたカエルみたいな格好になる苦十。だけどそれでも絶対に言いたいことがあるようだ。


「ぜはぁぜはぁ……ホントやってくれるわね。絶対に屈服させてやる。恥ずかしい記憶を暴いてスオウに教えてあげるから楽しみににしててくださいね」
「いや……おい……」


 僕は思わず目を逸らす。顔を手で覆って……だけどやっぱり隙間からチラチラ……その白い肌を……


「ちょっ、どうしました?」
「うあああああ! こっち向くな! それは不味い!」
「え? 何を…………ってきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 苦十が女の子らしい声を上げて、体を隠すように抱え込む。正しい反応ではある……なにせ今の苦十はマッパだからな。一瞬にして苦十の服は消え去ったのだ。これはやっぱり、日鞠がくるなって言ってるって事か?
 僕は遠くを見つめる。多分見てるんだろう……それか分かってる。僕は視線をもどしてぐずってる苦十を見る––けどやっぱり直ぐに外した。だって肌が……


「どうする?」
「屈辱……だけど……ここは帰る。グス」
「そうしたほうがよさそうだな」
「良いんですか? そんなあっさりと引いて?」
「いいよ、連れ帰ればいいんだしな」
「……」


 鋭い視線が刺さったような気がした。それは苦十だったのか、それとも……だけどそれを確かめる事は出来なかった。何故なら顔を上げた瞬間、そこは白い部屋で、目の前にはベッドの上で眠る日鞠が居たから。そしてリーフィアで見える範囲のどこにも苦十の姿は無かった。



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