命改変プログラム
日の恋しさ
やっぱり目指すべきはマザーしかないようだ。分かっては居たけど、これからはマザーを無視して何かをどうしようなんて思っちゃいけないってことだろう。LROの全てを握ってると思われるマザー。その場所に先に辿り付いたほうが……多分この戦いの勝者。
既に圧倒的に不利だけど、けどまだ道が完全に途絶えた訳じゃない。僕はまだ生きてて、そして受け取った物もある。新しい法の書にどんな機能が追加されたとかは分からないけど、でも当夜さんが渡してくれた物だ。
意味の無い物な訳がない。それに苦十の奴だって……アイツの存在はシクラ達に近い。その分、僕達では知りえない何かを発見できるかも。まあ完全に味方って考えるのは危険そうではあるけど、『可能性』らしいからな。
それを感じ続けさせれば、味方で居てくれるんだろう。可能性を感じさせるってどうすればいいのか分からないけどね。とりあえず頑張ってみるしか無いんだろう。自分の無力は嫌と言うほど、LROでは痛感した。でも無くしたくない繋がりがあるのなら、膝を抱えて立ち止まったままでは居られないんだ。
(大切だから……アイツも……そしてアイツもだ)
僕はベッドの方に顔を向けて、そしてもう一つは上に向けた。
【さて、伝える事は伝えました。どうしますか? 世界を変えるなんて言われても、漠然としてると思いますけど】
苦十の奴の声が地声に戻ってた。漠然としてるのは自覚してる訳だ。でもとりあえず宛はある。だから僕は口に出して言うよ。
「世界を変える……LROをどうにかするとしたら、それはきっとマザーだろう。マザーはLROの全てを握ってる存在らしいし、シクラ達だってマザーへ至る道を探してた。LROを変えるのなら、鍵はマザーだ」
だけど最悪、シクラ達はそこに辿り着いてしまってるかも知れない。だってその為にブリームスで色々と画策してたわけだろう。もうLROに邪魔者は存在しない。そしてずっとその時間は進んでる。今LROの中がどうなってるのか、最悪僕達が知ってるLROと言う世界は既に無いのかも知れない。そうじゃないとは思いたいけどね。
【LRO自体はまだ大丈夫だと思いますよ】
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
苦十の奴はLROの事なんかわらないだろ。ずっと当夜さんのあの世界に居たのなら。でも何故か確信めいた風に苦十の奴は言うよ。
【簡単ですよ。スオウが受け取った法の書はまだ輝きを失っては居ません。あれはLROと言う世界の構成と概念を記す書です。もしもその敵がLROをマザーなる者の手から奪い、好き勝手に改変したとするのなら、そこには新たなる法の書が存在するんです】
「つまりその時はこの本は意味をなさなくなってるって事か」
【そういう事ですね。ですからまだ大丈夫でしょう】
法の書が法の書であるうちはLROはその姿のままで居てくれてるのか。だけどだからって安心は出来ないよな。いつ、この本が意味をなさなくなってもおかしくはないのだから。それは一体いつなのか、一日後かもしれないし、一時間後かも知れない……いいやもしかしたら一分後だってあり得る。
「状況は切羽詰まってるようですね。苦十苦来さんでしたか? 貴方には桜矢当夜の記憶があると言いましたよね? それはつまりLROの全ても知ってると言うことではないですか?」
【全てでは無いかな。当夜は色々と分散してるし】
「分散?」
なんだ分散って? あの人なに? 忍者なの? 忍耐える者なの? まあなかなかに忍び耐えてる気はするけどね。でも忍者なら分身だよね。情報を自身で分散してるとか……あの人はハードディスクかなんかなの?
【リスク回避の為に皆さんもそうするんじゃないですか? それと同じことをやってるんですよ。だから私の中にある当夜の記憶は全てって訳ではないです。まあ大体は網羅してる筈ですけどね。だけど大切な部分は直接の頭にも無いものもあるんです。
そもそも当夜は私を受け入れて居ましたけど、信頼してくれてた訳ではないですからね】
なるほど。確かにそれは分かる気はする。案外、こいつの存在をスルーしてたのは、あの人も分かってなかったから? 苦十って信頼しづらい雰囲気あるもんな。裏がありそうと言うか……裏しかなさそうというか。その黒い目の奥で何を企んでるのかわからない。
「それでは苦汁さんもそのマザーへと至る道は知らないと?」
【私は知らないですね。ですが、法の書はきっと知ってますよ】
その言葉を受けて、皆の視線がこっちに向けられる。法の書か……僕はそのアイテムを確かめる。
(なんかバージョン2.00 になってる)
あれはアップデートだったのかよ。メジャーアップデート? 不具合が出ないか心配だな。まあ確かにメジャーだったといえる程に見た目は変わってたな。前はただの古い本だったけど今はかなり綺麗な装丁になってるからな。中身も変わってるんだろうか?
でもそもそも前のバージョンから殆ど白紙だったからな……力を流し込んでようやくその力を発揮してくれるみたいなさ。しかもその力がえげつない程に膨大であっという間に体力を奪われると言う糞仕様だったからそこら辺は改善されたんだろうか?
けど、法の書の特性上はあの位のリスクは当然か。多分そこら辺は変わってないんだろうな。けど法の書ってただ使うって使い方も出来ないよな。目的を持って、その手順を知ってるからこそ、法の書でそれが出来る––様な感じの気がする。
そしてその出力先がバンドロームの箱なら尚無限の可能性が広がります的な。
(もしかしてだけど……あの寝間着女、レシアとか言った奴が作った法の書も同じような感じの物じゃ……)
ベースは同じ法の書だったはずだ。だけどその装丁は今、僕の手元にあるのと同じで変わってた。それは違うバージョンアップを施したってことじゃないか? どういう違いがあるのかは分からないけど、きっとあいつ等に都合のいい仕様に改変されたんだろう。それでマザーへの道を開く気だった。
だけどまだマザーを掌握するまでには至ってないってのは救いだな。
「色々と情報交換をしたほうがよさそうですね。勿論貴女も加わって」
【私を見る勇気もない奴等は願い下げですけどね。どうなんですかそこら辺は?】
そういう苦十は辺りを見回した。確かに情報交換するとしたら、苦十も必要だし、その為にはここの研究者連中もリーフィアを被っててくれないと煩わしい。東雲さんは安全がわかれば他の奴等も追随するとか言ってたけど、本当にそうなのだろうか?
「大丈夫ですよ。安全だとわかれば群がって来るでしょう。こんな面白そうな素材を放って置ける訳がない」
「確かに……そうか」
苦十の存在はLRO解明への足掛かりになるかも知れないしな。安全とさえ分かれば研究者達なら群がっておかしくないのは分かる。研究者って人種は好奇心に勝てない様な連中ばかりかと思ってたけど、ここの人達はそうでもないらしいからな。待てよ––
「東雲さん、情報交換するのなら、運営だった人達も居たほうがいいんじゃ無いですか? この場所に監禁されてるんでしょ?」
秋徒にそう聞いてるぞ。あの人達もそこまで詳しいってわけでもなさそうだけどさ、一番LROに長く触れ合ってたのは事実なんだ。混ざる権利はきっとある。それに責任だって感じてるだろうしな。
「監禁とは言い方酷いですね。有効利用しようとしてるだけですよ」
どっちも大概酷い言い方じゃんか! 利用しようとしてること隠そうともしないとは……
「まあしかし、確かに彼等も混ざった方はいいかもしれないですね。ですが上が許すかはわかりません。なるべく外部の人間には情報を渡したくないでしょうから」
「僕達は外部の人間の筈だけど?」
「情報とはそれを活かせる能力がないと意味ないのですよ」
うるさい。それはつまり僕達には得た情報を活かす能力がないってことかよ。大きなお世話だ。確かに僕自身や天道さんにはそんな能力無いかもしれない。でもその能力を持った誰かに情報を与えれば活かせるって事だろ。僕達にはそんな能力持ちが居る……らしいぞ。
自信を持っては言えないけど、なんだっけ? タンちゃんとかいう人は結構凄いらしいからな。
「そもそも貴方達は当事者ですし、夜々嬢は外せても君まで蚊帳の外と言うわけには行きません」
「ちょっと、私だって蚊帳の外なんかに居る気はないわよ」
「分かってますよ。どうせこの場から外したとしてもスオウくんは貴女に話すでしょう。人の口に鍵を施す事はできませんし。だからこそ、世間の暗闇では口封じに殺すという強硬手段を取る輩も居るわけですからね」
この人達は暗闇側ではないよね? そんな話されると怯えちゃうじゃないか。でもきっと出来ない訳じゃないよな。なんてたって国が後ろ盾に居るんだろ? そこにはきっと大きな闇だってあるだろう。
とりあえず参加を認められて天道さんもホッとしてる。実際いつこの法の書が意味を成さなくなるか怖いから、早くLROへと行きたい所だけど、無闇に飛び込んだ所で何が出来るかもわからないからな。
秋徒達の事もある。ここまでは勝手に来ちゃったけど、流石にLROへ飛び込む事まで黙っては居られない。みんな僕の事を本気で心配してくれてるんだ。その思いは裏切れない。それにんな簡単にLROへ舞い戻れるともまだ決まっちゃいないしな。
僕は苦十の奴の方へ近づく。
「なあ、なんかスルーされてるけど……LROへは入れるのか?」
いつの間にかそれが出来る様な前提になってないか? いや、僕も法の書とか手に入れて、その気に成ってたけど、当夜さん自身からはその方法も何も聞いちゃいないんだよね。多分材料は揃ってるとは思う。問題はやり方だ。
【大丈夫でしょう。それもきっと解決出来るんじゃないですか? 三人寄れば文殊の知恵と言うのですし、優秀な人達が集まればもっともっとすごいアイデアも出るかも知れない】
「まっ、確かにそうだな」
法の書もある……それにこいつも居る。中には入れるだろう。だからやっぱ問題はその後か……ここの人達きっと中にまで入る気はないよな? って事は僕や、秋徒達でやるしかなくなる訳で……でも実際LROでの敵はシクラ達だけでもない。
あの世界には忘れてはいけない敵が居る。それはモンスターだ。しかもそれもシクラ達は操れる。ただでさえチートな姉妹に、際限の無いモンスターの大軍まで……居るんだ。一体どうすればいいのか。
この絶望的な状況を打破できる術はあるんだろうか? だけど無かったら誰も救えない。摂理も日鞠も……そしてこの場に集められた被害者たちもだ。せめて奴等に対向出来るだけの数でも居れば……とも思うけど、それはリスクと隣り合わせなんだよな。
LROに入るって事は戻れなくリスクを背負うことになる。今のLROの状況はハッキリ言ってそんな状態だ。だからこそ、安易に誰かに頼る……なんて事も出来ない。そりゃあ誰だってためらうだろう。戻って来れなくなるって分かってれば。
「取り敢えず話し合いの場を設けましょう。これからの方針を決める必要が有りますからね」
そう言って歩き出そうとする東雲さん。だけど直ぐに再びこっちへ振り返った。
「ああ、そうそうお二人は少しゆっくりとしててください。三十分位はかかるかも知れないので」
「そんなにですか?」
人集めて話し合うだけだろ。それに殆どこの場所にいるのに、集まるだけで三十分は掛け過ぎだろ。大人の事情って奴か? するとまさに今思った通りの言葉が返ってきた。
「大人の事情ですよ。まずはお二人を休憩室にでも案内しましょう」
取り敢えずは今ここで当夜さんや摂理に出来る事はない……か。一度だけ振り返って僕は東雲さんの後に続く。そして天道さんも……
「良いんですか? 傍に居たりとかしなくて?」
やっとまた会えたんだから、そういう気持ちに成ってるのかとも思ったんだけど。だけど天道さんは前を見たままこういった。
「良いのよ。もう当夜の寝顔なんて見飽きたしね。だから叩き起こして、その時に散々文句はいってあげるの」
「そうですか」
どうやらもう、天道さんの中ではその状況がシュミレートされてるようだ。当夜さんが目覚めたその時を思い描いてる。前向きなのはいい事だ。どうにかなるって思えるのは素晴らしい。ただ、引っかかる事があるとすれば、苦十の奴のあの発言。
【あの人はもう駄目ですね】
アレが何を意味するのかは分からない。だけどいい加減な発言って訳でもないだろう。まあただ単に当夜さんへの興味を失っただけなのかも知れないけどな。興味あるか無いかだけで動いてるっぽいし、僕なんかよりも当夜さんの方が面白そうな事出来なそう気は多分にあるわけだけど、強引に理由付けをするとしたら……単純にそれなりの時間を二人は一緒に居たからなのかも知れない。
つまりは苦十の奴は当夜さんをそれだけ理解したって事。だからもう興味が無くなって駄目って事なのかもしれない。ポジティブに考えればそうとも……前を向いて歩く天道さんに蒸し返す様な事は言えないな。
信じる者は救われるっていうしな。この場合救うのは僕になるわけだけど……
(プ……プレッシャーが……)
いや、実際はそこまででもないけどさ。どう考えても今更だし、問題はプレッシャーに勝てるかじゃない……勝てる可能性があるかだ!! 今の所、数%もあるかどうか。戦力では論外だ。チートプラス無限のモンスターなんて、まさに象のパワーと蟻の数が混在してる様な物だ。法の書は向こうもあるからプラマイ0……残りはバンドロームと愚者だけど一つは用途不明だしな。バンドロームは強力だけど、それ以上に強力な能力を個々に所有してるのがあの姉妹だ。
(おいちょっと待て、これって話し合ったくらいでどうにか出来る問題か?)
ヤバイ、絶望の思考回路に陥りそうだ。僕は頭を振って今の考えを振り払う。
(いやいや、そんな事とっくに痛感してた筈だろ。だから自分の無力差を嫌になったりもした。けど、どんなに絶望的でも逃げ出せない理由がある。それを思い出させてもらった筈だ。一縷の望みはまだある。
望みがあるからこそ、託すっていう選択肢がとれるわけだしな)
当夜さんが託してくれるのも望みがあるからのはずだ。だから僕達は可能性を信じるんだ。その為の話し合い。
エレベーターが開いて上階に戻ってくる。視線は相変わらず……というか、なんか来た時よりもねっとりとした物を感じる気がする。一体どんな変化が起こったんだ? だけどそんな変化を気にする風もなく進む東雲さんは歩調を緩めることはない。
すると今度は天道さんが僕に近づいてこういってくる。
「そう言えば、スオウくんは良いの? 日鞠ちゃんに会わなくて」
その瞬間ピタッと足が止まる。確かにここには日鞠も居る。一目見たい気持ちは当然だけどある。ハッキリ言って何をされてるかわかったもんじゃないしな。マッドサイエンティストになれるような奴は居ないっぽいけど、無事かどうかをこの目で見るのは有りか。
「日鞠の奴に会えますか?」
いつの間にか僕はその言葉を言ってた。本当は色々と理由を付けて会わない気で居たんだけど……天道さんの行動とか見て、元気な日鞠を見る––それだけでいいって思ったんだ。でも、どうやら僕の内心は違ったようだ。
本当に……どれだけ僕は日鞠に依存をしてるんだよ。
「そうですね。いいでしょう。時間もありますから」
そう言ってくれた東雲さんは直ぐに方向転換してくれる。そして目指すはこの透明な仕切りばかりの場所で、唯一磨りガラス状になってる場所だ。そしてその扉の前に立ってた黒服の人と話して東雲さんが扉を開ける。
警備まで付けてあるとは一際厳重だな。それだけの扱いを受けてるって事なんだろう。部屋に入るとそこには白い光に照らされて眠る日鞠の姿があった。別段驚くこともない、想像した通りの姿だ。何の変哲もなく眠ってるように見える。寝息は静かだし、血色だって良い。ホント頭に被ったリーフィアが無かったら、眠ってるだけなのにな。
「それでは私は準備をしますので。準備が出来次第呼びに伺います」
そう言って東雲さんは行ってくれる。静かになった部屋。この部屋なら外の視線も気にする必要無いからいいな。さっきまでは僕まで見世物な感じだったから正直良い気はしなかったよ。
「ごめんなさい。私達のせいね」
責任を感じるように、天道さんがそんな事を言った。だけどそれは違うだろう。
「違いますよ。天道さんたちのせいなんかじゃない。どちらかというと、僕のせいですよ。僕が不甲斐ないから、ここまでこいつは自分を犠牲にしたんだ。だから、自分が迎えに行きます。気にしないでください」
「そう……でも––」
そう呟いて少しの間沈黙が続く。何か言おうかどうかを迷ってるみたいな……そんな空気を少し感じる。そして意を決したのか、天道さんはこういった。
「––でも、スオウくんはどっちを選ぶの?」
「どっち? どっちも助けますよ。そうじゃないと意味は無いじゃないですか」
「……そうじゃないんだけど」
なんだか不満そうな顔してる天堂さん。すると僕の視界の端にカラフルな髪が揺れるのが見えた。
「おい、何やってる苦十?」
【この娘の事、随分特別扱いしてるなって思って。少し話してみたいじゃないですか】
は? 何言ってるんだこいつ? するとその邪悪そうな手を眠ってる日鞠のリーフィアへと伸ばしだす。
「おい!」
思わず僕は止めに行く。邪悪とか言ったけど、別段普通の手だ。でも苦十だから……なんか邪悪な気がする。するとその真っ黒な瞳を向けてこういってくる。
【一緒に行きます? それなら手を取って】
「行く」
思考が迷うことはなかった。気付いた時には言葉は出てて、そして踏み出した足。どれだけ邪悪でも、その手に重ねる事を迷いはしない。
既に圧倒的に不利だけど、けどまだ道が完全に途絶えた訳じゃない。僕はまだ生きてて、そして受け取った物もある。新しい法の書にどんな機能が追加されたとかは分からないけど、でも当夜さんが渡してくれた物だ。
意味の無い物な訳がない。それに苦十の奴だって……アイツの存在はシクラ達に近い。その分、僕達では知りえない何かを発見できるかも。まあ完全に味方って考えるのは危険そうではあるけど、『可能性』らしいからな。
それを感じ続けさせれば、味方で居てくれるんだろう。可能性を感じさせるってどうすればいいのか分からないけどね。とりあえず頑張ってみるしか無いんだろう。自分の無力は嫌と言うほど、LROでは痛感した。でも無くしたくない繋がりがあるのなら、膝を抱えて立ち止まったままでは居られないんだ。
(大切だから……アイツも……そしてアイツもだ)
僕はベッドの方に顔を向けて、そしてもう一つは上に向けた。
【さて、伝える事は伝えました。どうしますか? 世界を変えるなんて言われても、漠然としてると思いますけど】
苦十の奴の声が地声に戻ってた。漠然としてるのは自覚してる訳だ。でもとりあえず宛はある。だから僕は口に出して言うよ。
「世界を変える……LROをどうにかするとしたら、それはきっとマザーだろう。マザーはLROの全てを握ってる存在らしいし、シクラ達だってマザーへ至る道を探してた。LROを変えるのなら、鍵はマザーだ」
だけど最悪、シクラ達はそこに辿り着いてしまってるかも知れない。だってその為にブリームスで色々と画策してたわけだろう。もうLROに邪魔者は存在しない。そしてずっとその時間は進んでる。今LROの中がどうなってるのか、最悪僕達が知ってるLROと言う世界は既に無いのかも知れない。そうじゃないとは思いたいけどね。
【LRO自体はまだ大丈夫だと思いますよ】
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
苦十の奴はLROの事なんかわらないだろ。ずっと当夜さんのあの世界に居たのなら。でも何故か確信めいた風に苦十の奴は言うよ。
【簡単ですよ。スオウが受け取った法の書はまだ輝きを失っては居ません。あれはLROと言う世界の構成と概念を記す書です。もしもその敵がLROをマザーなる者の手から奪い、好き勝手に改変したとするのなら、そこには新たなる法の書が存在するんです】
「つまりその時はこの本は意味をなさなくなってるって事か」
【そういう事ですね。ですからまだ大丈夫でしょう】
法の書が法の書であるうちはLROはその姿のままで居てくれてるのか。だけどだからって安心は出来ないよな。いつ、この本が意味をなさなくなってもおかしくはないのだから。それは一体いつなのか、一日後かもしれないし、一時間後かも知れない……いいやもしかしたら一分後だってあり得る。
「状況は切羽詰まってるようですね。苦十苦来さんでしたか? 貴方には桜矢当夜の記憶があると言いましたよね? それはつまりLROの全ても知ってると言うことではないですか?」
【全てでは無いかな。当夜は色々と分散してるし】
「分散?」
なんだ分散って? あの人なに? 忍者なの? 忍耐える者なの? まあなかなかに忍び耐えてる気はするけどね。でも忍者なら分身だよね。情報を自身で分散してるとか……あの人はハードディスクかなんかなの?
【リスク回避の為に皆さんもそうするんじゃないですか? それと同じことをやってるんですよ。だから私の中にある当夜の記憶は全てって訳ではないです。まあ大体は網羅してる筈ですけどね。だけど大切な部分は直接の頭にも無いものもあるんです。
そもそも当夜は私を受け入れて居ましたけど、信頼してくれてた訳ではないですからね】
なるほど。確かにそれは分かる気はする。案外、こいつの存在をスルーしてたのは、あの人も分かってなかったから? 苦十って信頼しづらい雰囲気あるもんな。裏がありそうと言うか……裏しかなさそうというか。その黒い目の奥で何を企んでるのかわからない。
「それでは苦汁さんもそのマザーへと至る道は知らないと?」
【私は知らないですね。ですが、法の書はきっと知ってますよ】
その言葉を受けて、皆の視線がこっちに向けられる。法の書か……僕はそのアイテムを確かめる。
(なんかバージョン2.00 になってる)
あれはアップデートだったのかよ。メジャーアップデート? 不具合が出ないか心配だな。まあ確かにメジャーだったといえる程に見た目は変わってたな。前はただの古い本だったけど今はかなり綺麗な装丁になってるからな。中身も変わってるんだろうか?
でもそもそも前のバージョンから殆ど白紙だったからな……力を流し込んでようやくその力を発揮してくれるみたいなさ。しかもその力がえげつない程に膨大であっという間に体力を奪われると言う糞仕様だったからそこら辺は改善されたんだろうか?
けど、法の書の特性上はあの位のリスクは当然か。多分そこら辺は変わってないんだろうな。けど法の書ってただ使うって使い方も出来ないよな。目的を持って、その手順を知ってるからこそ、法の書でそれが出来る––様な感じの気がする。
そしてその出力先がバンドロームの箱なら尚無限の可能性が広がります的な。
(もしかしてだけど……あの寝間着女、レシアとか言った奴が作った法の書も同じような感じの物じゃ……)
ベースは同じ法の書だったはずだ。だけどその装丁は今、僕の手元にあるのと同じで変わってた。それは違うバージョンアップを施したってことじゃないか? どういう違いがあるのかは分からないけど、きっとあいつ等に都合のいい仕様に改変されたんだろう。それでマザーへの道を開く気だった。
だけどまだマザーを掌握するまでには至ってないってのは救いだな。
「色々と情報交換をしたほうがよさそうですね。勿論貴女も加わって」
【私を見る勇気もない奴等は願い下げですけどね。どうなんですかそこら辺は?】
そういう苦十は辺りを見回した。確かに情報交換するとしたら、苦十も必要だし、その為にはここの研究者連中もリーフィアを被っててくれないと煩わしい。東雲さんは安全がわかれば他の奴等も追随するとか言ってたけど、本当にそうなのだろうか?
「大丈夫ですよ。安全だとわかれば群がって来るでしょう。こんな面白そうな素材を放って置ける訳がない」
「確かに……そうか」
苦十の存在はLRO解明への足掛かりになるかも知れないしな。安全とさえ分かれば研究者達なら群がっておかしくないのは分かる。研究者って人種は好奇心に勝てない様な連中ばかりかと思ってたけど、ここの人達はそうでもないらしいからな。待てよ––
「東雲さん、情報交換するのなら、運営だった人達も居たほうがいいんじゃ無いですか? この場所に監禁されてるんでしょ?」
秋徒にそう聞いてるぞ。あの人達もそこまで詳しいってわけでもなさそうだけどさ、一番LROに長く触れ合ってたのは事実なんだ。混ざる権利はきっとある。それに責任だって感じてるだろうしな。
「監禁とは言い方酷いですね。有効利用しようとしてるだけですよ」
どっちも大概酷い言い方じゃんか! 利用しようとしてること隠そうともしないとは……
「まあしかし、確かに彼等も混ざった方はいいかもしれないですね。ですが上が許すかはわかりません。なるべく外部の人間には情報を渡したくないでしょうから」
「僕達は外部の人間の筈だけど?」
「情報とはそれを活かせる能力がないと意味ないのですよ」
うるさい。それはつまり僕達には得た情報を活かす能力がないってことかよ。大きなお世話だ。確かに僕自身や天道さんにはそんな能力無いかもしれない。でもその能力を持った誰かに情報を与えれば活かせるって事だろ。僕達にはそんな能力持ちが居る……らしいぞ。
自信を持っては言えないけど、なんだっけ? タンちゃんとかいう人は結構凄いらしいからな。
「そもそも貴方達は当事者ですし、夜々嬢は外せても君まで蚊帳の外と言うわけには行きません」
「ちょっと、私だって蚊帳の外なんかに居る気はないわよ」
「分かってますよ。どうせこの場から外したとしてもスオウくんは貴女に話すでしょう。人の口に鍵を施す事はできませんし。だからこそ、世間の暗闇では口封じに殺すという強硬手段を取る輩も居るわけですからね」
この人達は暗闇側ではないよね? そんな話されると怯えちゃうじゃないか。でもきっと出来ない訳じゃないよな。なんてたって国が後ろ盾に居るんだろ? そこにはきっと大きな闇だってあるだろう。
とりあえず参加を認められて天道さんもホッとしてる。実際いつこの法の書が意味を成さなくなるか怖いから、早くLROへと行きたい所だけど、無闇に飛び込んだ所で何が出来るかもわからないからな。
秋徒達の事もある。ここまでは勝手に来ちゃったけど、流石にLROへ飛び込む事まで黙っては居られない。みんな僕の事を本気で心配してくれてるんだ。その思いは裏切れない。それにんな簡単にLROへ舞い戻れるともまだ決まっちゃいないしな。
僕は苦十の奴の方へ近づく。
「なあ、なんかスルーされてるけど……LROへは入れるのか?」
いつの間にかそれが出来る様な前提になってないか? いや、僕も法の書とか手に入れて、その気に成ってたけど、当夜さん自身からはその方法も何も聞いちゃいないんだよね。多分材料は揃ってるとは思う。問題はやり方だ。
【大丈夫でしょう。それもきっと解決出来るんじゃないですか? 三人寄れば文殊の知恵と言うのですし、優秀な人達が集まればもっともっとすごいアイデアも出るかも知れない】
「まっ、確かにそうだな」
法の書もある……それにこいつも居る。中には入れるだろう。だからやっぱ問題はその後か……ここの人達きっと中にまで入る気はないよな? って事は僕や、秋徒達でやるしかなくなる訳で……でも実際LROでの敵はシクラ達だけでもない。
あの世界には忘れてはいけない敵が居る。それはモンスターだ。しかもそれもシクラ達は操れる。ただでさえチートな姉妹に、際限の無いモンスターの大軍まで……居るんだ。一体どうすればいいのか。
この絶望的な状況を打破できる術はあるんだろうか? だけど無かったら誰も救えない。摂理も日鞠も……そしてこの場に集められた被害者たちもだ。せめて奴等に対向出来るだけの数でも居れば……とも思うけど、それはリスクと隣り合わせなんだよな。
LROに入るって事は戻れなくリスクを背負うことになる。今のLROの状況はハッキリ言ってそんな状態だ。だからこそ、安易に誰かに頼る……なんて事も出来ない。そりゃあ誰だってためらうだろう。戻って来れなくなるって分かってれば。
「取り敢えず話し合いの場を設けましょう。これからの方針を決める必要が有りますからね」
そう言って歩き出そうとする東雲さん。だけど直ぐに再びこっちへ振り返った。
「ああ、そうそうお二人は少しゆっくりとしててください。三十分位はかかるかも知れないので」
「そんなにですか?」
人集めて話し合うだけだろ。それに殆どこの場所にいるのに、集まるだけで三十分は掛け過ぎだろ。大人の事情って奴か? するとまさに今思った通りの言葉が返ってきた。
「大人の事情ですよ。まずはお二人を休憩室にでも案内しましょう」
取り敢えずは今ここで当夜さんや摂理に出来る事はない……か。一度だけ振り返って僕は東雲さんの後に続く。そして天道さんも……
「良いんですか? 傍に居たりとかしなくて?」
やっとまた会えたんだから、そういう気持ちに成ってるのかとも思ったんだけど。だけど天道さんは前を見たままこういった。
「良いのよ。もう当夜の寝顔なんて見飽きたしね。だから叩き起こして、その時に散々文句はいってあげるの」
「そうですか」
どうやらもう、天道さんの中ではその状況がシュミレートされてるようだ。当夜さんが目覚めたその時を思い描いてる。前向きなのはいい事だ。どうにかなるって思えるのは素晴らしい。ただ、引っかかる事があるとすれば、苦十の奴のあの発言。
【あの人はもう駄目ですね】
アレが何を意味するのかは分からない。だけどいい加減な発言って訳でもないだろう。まあただ単に当夜さんへの興味を失っただけなのかも知れないけどな。興味あるか無いかだけで動いてるっぽいし、僕なんかよりも当夜さんの方が面白そうな事出来なそう気は多分にあるわけだけど、強引に理由付けをするとしたら……単純にそれなりの時間を二人は一緒に居たからなのかも知れない。
つまりは苦十の奴は当夜さんをそれだけ理解したって事。だからもう興味が無くなって駄目って事なのかもしれない。ポジティブに考えればそうとも……前を向いて歩く天道さんに蒸し返す様な事は言えないな。
信じる者は救われるっていうしな。この場合救うのは僕になるわけだけど……
(プ……プレッシャーが……)
いや、実際はそこまででもないけどさ。どう考えても今更だし、問題はプレッシャーに勝てるかじゃない……勝てる可能性があるかだ!! 今の所、数%もあるかどうか。戦力では論外だ。チートプラス無限のモンスターなんて、まさに象のパワーと蟻の数が混在してる様な物だ。法の書は向こうもあるからプラマイ0……残りはバンドロームと愚者だけど一つは用途不明だしな。バンドロームは強力だけど、それ以上に強力な能力を個々に所有してるのがあの姉妹だ。
(おいちょっと待て、これって話し合ったくらいでどうにか出来る問題か?)
ヤバイ、絶望の思考回路に陥りそうだ。僕は頭を振って今の考えを振り払う。
(いやいや、そんな事とっくに痛感してた筈だろ。だから自分の無力差を嫌になったりもした。けど、どんなに絶望的でも逃げ出せない理由がある。それを思い出させてもらった筈だ。一縷の望みはまだある。
望みがあるからこそ、託すっていう選択肢がとれるわけだしな)
当夜さんが託してくれるのも望みがあるからのはずだ。だから僕達は可能性を信じるんだ。その為の話し合い。
エレベーターが開いて上階に戻ってくる。視線は相変わらず……というか、なんか来た時よりもねっとりとした物を感じる気がする。一体どんな変化が起こったんだ? だけどそんな変化を気にする風もなく進む東雲さんは歩調を緩めることはない。
すると今度は天道さんが僕に近づいてこういってくる。
「そう言えば、スオウくんは良いの? 日鞠ちゃんに会わなくて」
その瞬間ピタッと足が止まる。確かにここには日鞠も居る。一目見たい気持ちは当然だけどある。ハッキリ言って何をされてるかわかったもんじゃないしな。マッドサイエンティストになれるような奴は居ないっぽいけど、無事かどうかをこの目で見るのは有りか。
「日鞠の奴に会えますか?」
いつの間にか僕はその言葉を言ってた。本当は色々と理由を付けて会わない気で居たんだけど……天道さんの行動とか見て、元気な日鞠を見る––それだけでいいって思ったんだ。でも、どうやら僕の内心は違ったようだ。
本当に……どれだけ僕は日鞠に依存をしてるんだよ。
「そうですね。いいでしょう。時間もありますから」
そう言ってくれた東雲さんは直ぐに方向転換してくれる。そして目指すはこの透明な仕切りばかりの場所で、唯一磨りガラス状になってる場所だ。そしてその扉の前に立ってた黒服の人と話して東雲さんが扉を開ける。
警備まで付けてあるとは一際厳重だな。それだけの扱いを受けてるって事なんだろう。部屋に入るとそこには白い光に照らされて眠る日鞠の姿があった。別段驚くこともない、想像した通りの姿だ。何の変哲もなく眠ってるように見える。寝息は静かだし、血色だって良い。ホント頭に被ったリーフィアが無かったら、眠ってるだけなのにな。
「それでは私は準備をしますので。準備が出来次第呼びに伺います」
そう言って東雲さんは行ってくれる。静かになった部屋。この部屋なら外の視線も気にする必要無いからいいな。さっきまでは僕まで見世物な感じだったから正直良い気はしなかったよ。
「ごめんなさい。私達のせいね」
責任を感じるように、天道さんがそんな事を言った。だけどそれは違うだろう。
「違いますよ。天道さんたちのせいなんかじゃない。どちらかというと、僕のせいですよ。僕が不甲斐ないから、ここまでこいつは自分を犠牲にしたんだ。だから、自分が迎えに行きます。気にしないでください」
「そう……でも––」
そう呟いて少しの間沈黙が続く。何か言おうかどうかを迷ってるみたいな……そんな空気を少し感じる。そして意を決したのか、天道さんはこういった。
「––でも、スオウくんはどっちを選ぶの?」
「どっち? どっちも助けますよ。そうじゃないと意味は無いじゃないですか」
「……そうじゃないんだけど」
なんだか不満そうな顔してる天堂さん。すると僕の視界の端にカラフルな髪が揺れるのが見えた。
「おい、何やってる苦十?」
【この娘の事、随分特別扱いしてるなって思って。少し話してみたいじゃないですか】
は? 何言ってるんだこいつ? するとその邪悪そうな手を眠ってる日鞠のリーフィアへと伸ばしだす。
「おい!」
思わず僕は止めに行く。邪悪とか言ったけど、別段普通の手だ。でも苦十だから……なんか邪悪な気がする。するとその真っ黒な瞳を向けてこういってくる。
【一緒に行きます? それなら手を取って】
「行く」
思考が迷うことはなかった。気付いた時には言葉は出てて、そして踏み出した足。どれだけ邪悪でも、その手に重ねる事を迷いはしない。
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