命改変プログラム

ファーストなサイコロ

思い出の価値

 窓の外を流れてく風景が僕達の街を置いていく。やっと戻ってきたのに、随分早くまた別れる事になった。でも結局は戻ってくる場所はここなんだ。寂しく思う必要なんてない。寧ろ、必ずまた帰ると思うべき。
 車内の空気は僕には息苦しい。怖そうなグラサンの人が運転して助手席にはこっちを伺ってるのが丸わかりなこれまたグラサン。そして何よりも一番僕的に嫌なのは、この隣の細目の人だ。こっちの事なんかお構いなしにさっきからペラペラ、ペラペラとどうでもいいことを喋ってる。
 いや、実はどうでもいい事じゃないんだけど、なんだか反応すると面倒そうだから、聞いてない振りをしながら聞いてる訳だ。それでもこの糸目のおっさんは気にせずに喋ってるから問題はないんだろう。


「いや〜ほんと私の苦労を聞いてくださいよ。私はこの通り技術屋でもなければ武闘派でもないわけですよ。それなのにその中間に立ってそのインテリジェンスを気取る奴等と、脳筋のバカたちを統率して動かさないと行かないんです。
 ほんとこの苦労わかりますか?」


 僕はボーと外を見つめる。てか脳筋のバカがそこにいるのに、そんな軽く言っていいのか? べっこべこにされるぞ。


「まったくほんと中間職なんてやるもんじゃないですね。給料よかったんですけど、なんだか今の私って悪役チックじゃないですか? まあなかなか楽しくやってるんですけど」


 でしょうね。スッゲーはまり役だと思うわ。誰があんたを指名したのかしらないけど、その人いい目をしてる。まあこんな感じでこの人の言葉は尽きることを知らなかった。この人にとって話題はなんでもいいのかも知れない。ただ喋るのが好きなんだろう。


 ベラベラと喋る人が居たからか、そんなに時間を気にする事無く、天道さんと合流できた。天道さんは何故か、昨晩とは違ってかなり服装に力を入れてるようだ。心なしかメイクも濃ゆい様な……あれかな? 当夜さんの所へいくからかな? 乙女心なんだろう。


「やあやあ夜々嬢、お久方ぶりですね」
「あんたっ……つっ!」


 なんだ? せっかく決めた化粧が崩れるぐらいに据わった表情しちゃったよ。どんだけ恨み買ってるんだよ。てか知り合いなの?


「こいつは生理的に嫌いなのよ」
「あはは、手厳しいですね」


 そう言って天道さんは勝手に車に乗り込んだ。う〜んでもこのままじゃ、隣にこの細目が座ることに成るような……ああ、あれか次に僕が入ってその後にこの細目のおっさんが来れば万事解決! でもそれじゃあ狭いよな……そう思ってると窓が微妙に開いて、声が聞こえてきた。


「ほら、早く乗ってスオウ君。アンタは別の車に乗りなさいよね」


 ああ、そういう事か。確かに天道さんを監視してた奴等も居るんだし、車は別にある。てか元から一台ではなかったからな。どうにでもなるか。だけどその提案を細目のおっさんは華麗に拒絶する。


「すみませんがそれは無理ですね。私の立場としてはこれも仕事ですので。貴方達をきちんと連れてくる義務があるのですよ。お金の為に」


 欲丸出しだなこの人。多分この人のピラミッドの頂点には金があるんだろうな。僕達はきっとその下に位置してる。


「何がお金よ。それじゃあ私やっぱり行くのやめようかしら? 私アンタと一緒の空気吸うの嫌なのよね。反吐が出て、一時も一緒に居られないから行けないわ。私にも来て欲しいのなら別の車に乗りなさいよ」


 こっちはこっちで凄い言いようである。普通ここまで言われないというか、言うことも出来ないよな。気遣いとかさ……良心が痛むとかあるし……けど今の天道さんにそんな気持ちは微塵も感じない。
 本当に大っ嫌いなんですね。でもここまで素直に言えると言うのは逆を言えば心を開いてるとか、それだけ互いを知ってるとか考えられる様な……なんか自分の中で変な想像が。


(いやいや、まさかな)


 僕は首を振ってその考えを振り払う。二人のやりとりはなんか––


「まったくいつまでも子供みたいですね。そもそも我々としては別に貴女を求めては居ないんですよ。いつまでも自分が特別だと思うのはやめた方が宜しいんじゃないですか? 私達が求めてるのはスオウ君だけです」
「五月蝿いわねこの似非紳士。アンタのその常に笑ってる顔見てると踏みつけたくなるんだけどいいかしら?」
「そういうプレイがお好みならやぶさかではないですよ。幾ら頂けるのですか?」
「誰が払うか! 金もらってやってやるわよ」
「いえ、払うのはちょっと……そこまで興味ないですし」
「……じゃあただで踏ませなさいよ」
「ただより高い物はないと言いましてね」


 そうやって軽く笑う細目のおっさんと、歯噛みするよう唸りが車内からは聞こえてた。やっぱりなんか……親しげ? どういう関係なんだろうか。そう思ってると何故か話がこっちに……


「もう必要な事はここで聞いてしまっていいんじゃないですか? ねえスオウ君」
「私をここに残していきたいってわけね。そうはさせるもんですか! 当夜の前までいかないと何も話さないから」


 そう言ってツーンとしてしまう天道さん。こんな天道さんは僕的には初めて見るな。お姉さん的なイメージが強かったから、なんだか可愛らしい。めんどいけど。細目のおっさんは肩すくめてるしね。


「しょうがないですね。とりあえず私は助手席に座ります。それで我慢してください。では行きましょう。ほらほら早く君も」
「ええ、はい」


 急かされて僕も車内へ。そこには助手席を睨み据える天道さんが居た。なんか猫が威嚇するみたいにフシューフシューと唸ってる。どんだけ嫌いなのだろうか。空気が異常に重い。まあ睨まれてる人は相手にしてないみたいだけど……


(どうせなら僕を別の車に乗せてほしいな)


 そう思わずには居られない。別にそれでもいいと思うんだ。だってね……こんな所に居たくない。息が詰まっちゃうだろ。だけどそう思いながらも車は発進する。流れてく景色。昇った太陽の陽射しがジリジリと既に肌を焼くほどになってきた事が分かる。きっと今日も暑い日になるんだろうな。




 辿り着いたのは都会の一角に不似合いな植物園みたいな、なんか緑が溢れてる建物だった。てか多分昨晩僕が連れだされた場所……なんだっけ? でも夜だったからな……そもそもあんまり周り見てなかったし、こんな場所とは分からなかった。
 だけどその建物前で降りたのは僕達三人だけ、残りの人達は車と共に、どこかへ消えていった。あれかな? ここには駐車スペースがないからかな? 


「では行きましょう」


 そう言って細目おっさんが先行して歩いてく。だけど僕と天道さんは続かない。ここまで来て何だけど……ちょっと気後れするというかなんというかだな。実際敵みたいな物だし……そしてここはその敵の巣窟。というか本陣。まあ僕的には聞いてそしてこのおっさんの印象位しかそのイメージは無いんだけど。
 僕の実際の敵はここには居ない。僕の明確で絶対な敵はシクラ達だ。あいつらが僕の目的に立ちはだかる最大の障害だ。あのチート姉妹(と、後一人の黒いの)はどうやっても勝てそうにない。そんな事思いたくはないけど……あの世界で僕達がルールに縛られてる限りはきっと……


「どうしたのですか? そんなに怖がらなくても食べたりしませんよ。必要な事でしょう? 彼に会うのは」


 僕と天道さんは互いに顔を見合わせる。僕達にとって、それは大切で……必要な事。確かにそうだな。このイベント––逃すわけにはいかない。だから秋徒や愛さん達には内緒で来たんだ。ただ不確定なまま皆をLROに飛び込ませるよりは……とおもった。
 もしかしたら当夜さんと接触できれば何かが得られるかもと。だからこんな所で怖気づいてる訳には行かないんだ。僕が一歩を踏み出した時、同時に天道さんも一歩を踏んでた。彼女だってそうだ。彼女の目的は当夜さんなんだ。やっぱり怖気づいてる訳には行かないよな。僕達は無言で視線を交差させて細目のおっさんの方に向かう。


「そうでなくては。では行きましょう」


 自動ドアが開いて流れてくる冷やされた空気。だけどこれはただ冷やされたって訳でもないような……奥の方は薄暗くて人の気配なんてないから、不気味な冷たさを感じる。受付にも別段人いないし……だけど冷房だけはちゃっかりと付いてる。
 静かに空気を冷やす機械の音だけがここにはある。外は最後の追い込みだ! って位に蝉が五月蝿いのに、この建物は防音仕様なのだろうか? そんな事を考えてる間に、細目のおっさんは関係者意外立入禁止のドアの方へ。
 それを躊躇いなく開けて僕達を手招きしてくる。やっぱりそうだよな。普通に誰でもあの場所へ行ける様になってる訳ない。公開してる訳ないもんな。この植物園は擬態みたいな物なんだろう。だら放置してるみたいな? 
 とりあえず僕達は細目のおっさんの後についてく。なんだか暗く長い廊下だ。だけど実際はそうでもなく、僕が勝手にそう感じてるだけかも。気持ちの問題でさ。そう思ってると、青いライトで照らされて、なんだか今までの扉とは違う感じの扉が見えた。
 今までの木製のそれとは明らかに違う。銀色で機械的。まさにメタリックな扉だ。たぶんここから先がLROの被害者を集めた調査委員会の本拠地なんだろう。簡単に予想がつく。そのメタリックな扉を開けると、入ってくる今までとは段違いの光。思わず「うわっ」と呟いて僕は手でその光を遮る。
 今までの薄暗さのせいで目が潰れるかと思った。植物園の方とは違ってこっちはやたらビカビカしてるんだな。馴れて来たから手を退けて中に入るとビックリ。随分と白くて透明だな。昨晩同じ場所に居たはずなんだけど……ここまで白いとは気づかなかった。個々の部屋丸見えじゃん。でもここには誰もいない。PCがある部屋が幾つかあるだけ。ここは余り使われてない場所なのかな? そう思って見てたからか細目のおっさんがこう言うよ。


「ここは末端ですからね。今から中央の方へ向かいますよ。覚悟しておいてくださいね」
「覚悟?」


 一体何を覚悟しとくんだ? すると天道さんがその言葉に反応した。


「ちょっと、やっぱり罠って事じゃないでしょうね」
「信用ないですね」
「あんたみたいな詐欺師、信用出来る理由無いでしょ」
「詐欺師?」


 なんか騙された経験でもあるのだろうか? そうでもないと、この嫌いようは尋常じゃないよな。でも詐欺師か……確かにあの胡散臭い笑顔は詐欺師にも見える。


「はは、気にしないでください。ちょっとしたすれ違いなんですよ。大丈夫、罠などありませんよ。そんなの仕掛けるメリットはありません。協力してくれると言うのですからね。自主性は尊重しなければ良き関係は築けないですよね?」
「うぐっ……」


 何故か最後のところだけ天道さんの方を向いて、いつも以上の笑顔を向けてた。それに歯噛みするような声を出す彼女。やっぱりこの二人なにかあるよな? 怪しい。当夜さん一本だと思ってたけど、実はそうでもなかったとか?
 それとも何か弱みでも握られてるのか? 天堂さんも黙ったところで、次の扉を開ける。すると今の覚悟の部分がわかった。確かに罠とかじゃない。罠とかじゃないけど……これは……


「うっ……」
「大丈夫、君は貴重な素体ってだけです。彼等には君が宝石箱にでも見えてるのでしょう」


 宝石箱か……確かに凄い注目度。でも子供のキラキラとした眼ならまだしも、腐った大人のくすんだ目で注目されてもな。引くだけだ。それにたった一枚の扉の先でここまで変わるか。人が多い……だけじゃなく、動いてる機械に、そして……大量にベッドに横たわる人達。顔は分からない。誰もがその頭にリーフィアを被ってるからだ。


(そう言えば昨日はどこをどう通ったんだっけ?)


 僕はそう思って周りに視線を向ける。ここワンフロア……な訳ないよな。ラオウさんはどこを通ってたんだろう? このフロアなんだろうか? 昨日、暗がりの中唯一ついてた部屋……透明なガラスで仕切られてるこの場所で、何故か中を見せないように成ってたあの部屋。
 あの部屋にはきっと居たはずだ。日鞠の奴が。だけど見回しても中が見えない場所はない。


「さあ、桜矢兄妹は別のフロアですので行きましょう」


 なんだか見世物小屋の動物にでも成った気分。視線がずっと追ってくるのが分かる。でも部屋に入ってるのはあっちなんだよな。まあ通路にも人はいるけど、何故か僕達が近づくと壁に異様に張り付くんだ。
 僕はあれか? 猛獣かなんかなのか? 宝石なら普通寄ってくるだろ。それも困るけどさ。でもここまで引かれたらなんかショック。でも部屋の中に居る人達は引くなんて事はしないからな……あれかな? 眩しすぎてみたいな? 自分で思ってて恥ずかしくなってくるな。
 まあ変に集まられて妨害されるよりはマシだろ。そう思ってるとエレベーターの前まできた。エレベーターって……昨日は乗った覚えないな。自分がこの場所のどこに居たのかも実際分からないからな。このフロアに居たんだっけ? どうなんだろう?
 だけど今は昨日のことより今日これからだ。過去には戻っても仕方ないんだ。今日これからをどうしていくかが大事。エレベーターに乗って数字のないボタンを規則的に押した細目のおっさん。そして動き出すエレベーターは動き出しから振動なんてなくて、上に行ってるのか下に行ってるのかすら分からなかった。
 でも外からみた限り、上はあんまり無さそうだから多分下に行ってるんだろう。音も振動もなく辿り着いたフロアは降り立つと同時にさっきまでとは違う事がわかった。空気とか雰囲気とか、そんな曖昧な事じゃない。見たまんま違う。
 僕達の降りてきたエレベーターが一本中央に聳えてる。視線の先には二つのベッドに二人の人間が寝てる。円形状の空間––その周りにはチカチカと明滅する機械が大量にあって幾本ものコードが這ってる。そしてそのコードの先はやっぱり二人に収束してる。なんだかリーフィアの繋げれる穴という穴にコードがぶっ刺さってるぽい。


「何が……繋がってるんだあれ?」
「あれは世に誇るスーパーコンピュータですよ。この位必要でしょ? あれを解析するには」


 なるほど。確かにリーフィアとかLROとかを完全に解明しようと思うなら必要なのかも。わかんないけど、とにかく凄いコンピュータが繋がってるって事か。でもあんなにいっぱい穴あったか?


「二人のリーフィアはプロトタイプですからね。摂理さんの方は初期型ですし、彼の方は開発機みたいな物で市販機とは違うのですよ」


 そう言ってベッドに近づいていく細目のおっさん。そしてポケットからコードを一本取り出して、当夜さんのリーフィアに触れてる。そして大量のコードと共に何処かにさすとこう言ってきた。


「さあ、始めましょう。モタモタしてる暇はないでしょう?」
「アンタだけなのか? 見守るのは……てっきりいっぱい監視するのものだと思ってたけど」
「心配なさらずとも別フロアでは百人態勢で準備してますよ。このコンピュータのデータは一つも漏らす事は出来ませんから。この場には私しか居ませんが、沢山の人が君を見守って居るんです」


 なんだかいい事っぽく言われたけど、見守ってるわけじゃないよなそれ? 実験を監視してる感じだろ。まあようはここにはこの細目のおっさんしか居なくても、この場の状況はこの周りのスーパーコンピュータを通して漏らさず別の部屋に届いてるって事か。
 とりあえず僕はそのコードを受け取ってリーフィアに繋げる。僕は不意に眠る二人の顔を見る。摂理の奴は相変わらずただ眠ってるだけのように瑞々しい肌をしてる。だけど当夜さんは衰退して来てるような……なんか肌が黒く痩けて来てるように見えるな。気のせいか? 大丈夫なんだろうか?


「スオウくん、当夜に会ったらとりあえず一発ぶん殴っていいから」
「えっと……確かにそれもいいけど、まずはどうやって行くかじゃないでしょうか?」


 まじで一発くらいはぶん殴りたい。それは僕も思ってるけど、今やるのはね……それよりもとりあえず試してみようじゃないか。リーフィアを被って、目の前のフィルターみたいなのに現れてる『リンク』を確認。
 ちゃんと当夜さんのリーフィアは認識されてる。僕は目をつむって「リンク・オン」と呟く。すると前摂理で起きた時と同じようにダイブする時の感覚が––––


「何もならないな」


 目を開けても見えるのは天道さんと変わらない風景。ダイブしてない。まあこれでダイブ出来るのなら、普通にここの人達が会ってるはずで、僕のところまでわざわざ来るわけがないよな。とりあえず確認の為にやっただけだ。


「摂理の時は普通に行けたんだけど……やっぱり何か隔たりを作ってるって事か? ジェスチャーコードは試したんですか?」
「それがほら、研究者と言うのは実験は好きだけど、自分がその当事者には成りたくない生き物らしくてね」
「ようはやってないって事ですね」
「犯罪者でも使えれば便利なんですけど。人権とかが問題な訳ですよ。犯罪者なんかに人権も何も無いでしょうにね」


 とりあえずそこはノーコメントで。まだジェスチャーコードを試してないのならそれをやるしかないよな。なんだっけ?『やくそく』のジェスチャーでLROにダイブ出来るんだっけ? それならまずはそれを試すべきか。


「天道さん、ジェスチャーコード教えて下さい」


 実は僕、まだどうやるか教えてもらってない。もしかしたら先走り防止の為なのかも知れないけど、ここでは先走るべきだろ。


「そうね。こうなったら仕方ないわね。いい、同じようにして」


 そう言って彼女は両手を大きく開いて胸の前に持っていく。そして作ってく指の形を僕は真似するよ。するとそのジェスチャーが終わったと同時に意識が引っ張られる感覚が襲ってきた。 やっぱりこれで正解––––そう思ってると広い広い空間に自分が居ることに気付いた。白い光が線を繋いで行ったりそれが消えたりしてる。不思議な空間。
 すると上の方からガギンと何か鍵が開くような音が聞こえた。だから上を向いてみると、そこにはでっかい金色の錠があった。


「なんだこれ?」


 いや、これがそれなんだろう。これが当夜さんへの道を塞いでる鍵。今の音……鍵が開いたって事だろうか? とりあえず僕はその鍵へ近づいてみる。近づくとその大きさがよく分かる。まさに圧倒。そしてその鍵穴は人が余裕で通れる大きさ。


「これって中に入れる?」


 鍵穴は真っ暗な闇を讃えてる。さっきの音が開いた音なら、ここを通って行けるのかもしれない。僕はその穴に飛び込んでみる。すると普通に進めるすすめる。やっぱり鍵は開いてるよう––


「んが!?」


 ––ガツンと壁にぶつかった。どうやらまだ完全には開いてないようだ。すると一気にまた引っ張られる感覚が襲ってくる。


「スオウ君!」
「––んっはれ?」


 目の前には天道さんの顔。ふらっと僕の体が傾く。僕は咄嗟に脚に力を込めて倒れるのを防いだ。危ない危ない……思ったけど立ったままダイブするのは危険だよな。よくまだ倒れてなかったものだ。もしかしたら今のはほんの一瞬しかダイブしてなかったのかもしれない。


「大丈夫? やっぱりまだ調子悪いのね」
「はは、大丈夫ですよ。それよりも今のでどうやら一つ目の鍵は開けれたみたいです。でもまだ当夜さんには辿りつけない。他に合言葉みたいなのは無いんですか?」
「なるほど、流石ですね。今ので既に一つ目の鍵が開いたと。さあ貴女の出番ですよ夜々嬢」
「分かってるわよ。だけど『やくそく』意外の合言葉なんて知らないわ。それっぽいのを試していくしか無いんじゃない?」


 それで大丈夫なのか? でもそれしかないか。ある意味何かが起きた方がいいかも知れないしな。てな訳で、それっぽいコードを入れてく事に。『友情』とか『絆』とか『信頼』とかそれっぽいのを天道さんの指示の元ジェスチャーしてく。
 だけど何もなりはしなかった。やっぱりてきとうな言葉じゃ駄目みたいだ。


「何か無いのですか? 貴女は当夜さんの幼馴染なのでしょう?」
「そんな事言われても……」
「全く、ほんとに幼馴染なんですか?」
「アンタに言われると刺したくなるわね」


 物騒! 超物騒だ! 天道さんいうことが過激すぎだよ。まじでこの人には容赦って物がない。たがが一個元から外れてる感じ。だけど細目のおっさんはそんな事を気にする事無く、煽ってく。てか今更だけど、この人天道さんと実は歳そんな変わらないんじゃね? 二人のやりとりを見てるとそう思える。
 って事はおっさんて心でつけるのは良くないかも知れない。そんな気遣いなんて不要だろうけど、別に確かにおっさんて歳ではなさそうだ。まだ二十代の中盤か後半くらい? だけど細目の兄さんとかもなんか違うよな。なんて呼べば……


「貴女がここに居るのは一番当夜さんに近い人物だからです。妹の摂理さんが一番で、貴女が二番目だったのなら、それなりに思い出もあるでしょうし、彼が気まぐれで貴女と関連ある何かを合言葉にしてるかも知れないのですよ」
「……なんだろう、アンタ絶対に私を怒らせに来てるわよね?」


 確かに、それは僕も思った。この細目さん絶対に天道さんを煽るのを楽しんでるだろ。わざわざ感情を逆撫でる様な言葉を選んで言ってる節がある。だけどここで言い争いというか、無駄なやりとりが続くと困るからな。
 僕が上手く中にはいって話を進めないとだな。


「いえいえ、まさかそんな。事実を確認して、役目を全うして貰おうとしてるだけですよ」
「だからそれが怒らせに来てるって事よ!」
「それは自分が二番手だと自覚があると言うことですかね? ああ済みません。私的には褒め言葉のつもりだったんですけど」
「あ〜ん〜た〜あああああああ!」


 ヤバイ、天道さんの体から黒いオーラが見える(気がする!)。これは勢いでつい人を殺してしまってもおかしくないかも。な、何かこの怒気を下げる事を言わないと。


「だ、だけどほら! 摂理は妹だから身内を除けば天道さんは実質一番! 当夜さんのお嫁さん候補は天道さんしか居ないよ!!」
「…………………まあ、ね。妹は所詮妹はだしね。そもそも家族に対する愛情に割り込むなんて不可能なんだから、そこで張り合うのは馬鹿らしいわよね。いいわよ二番で。実質一番だけど」


 なんとか怒気は収まったようだ。やっぱりお嫁さんって部分が良かったのだろうか? とりあえず僕よくやった。


「まあ普通の家庭ならきちんと家族とソレ以外は分けられるものですからね。ですが彼はどうなんでしょうね。普通に見れば、妹思いのお兄さんなのかもしれませんが、その能力の全てを妹の為に捧げてる様に見えます。
 それに二人は唯一の肉親。普通とは違って、その全てを家族に向けてるのかも」
「それは……私だって分かってるわよ」


 再び歯噛みしだす天道さん。くっそ、この細目さんはそんなに天道さんを虐めたいのかよ。あれか、小学生か? 好きな子は苛めたくなる––アンタそう言うタイプだろ。そう思ってると、俯いた天堂さんが弱い声で言葉を紡ぎだす。


「むしろ私が誰よりも分かってる。だってずっと見てきたもの。当夜にとってたった一人の家族である妹は世界の全てみたいな物よ。だから私はこの子が嫌いで妬ましくて……だけど結局このまま死んでもらっても困るのよ。
 そうなったらこのバカ、後追いそうじゃない。今の私じゃ妹という存在ほど、当夜の中で大きくないって分かってる。それは一生変わらないことかも知れない。向こうは血を分けた家族なんだもんね。
 それはしょうがないのよ」
「だけど天道さんだって血は分けれなくても、家族にはなれる筈だ!」


 僕は思わずそう言った。世の中、血のつながりが無くても一杯家族になってるじゃないか。


「どうだろうね。当夜がそれを求めてるのかわからないわね私には」
「まあ、貴女の愛は重そうですしね」
「あんたな……」


 僕は細目さんを強く睨む。なんでそんな事言うんだよ。するとその人は、片手目でウインクを返してきた。うえ〜気持ち悪い。でも何か、考えがある––みたいなそう言う合図だったのかな?


「ですがその執念こそが愛とも言えますよ。だからこそ今でも貴方達は繋がってる。一方的に手繰り寄せてるだけかも知れませんが……」
「うぅ……」


 だから一言多いんだよ! 口を開く度に天道さんにダメージ与えないと気が済まない呪いにでもアンタかかってるのかよ!? 流石の天道さんもこれまでの蓄積されたダメージで膝が床についた。


「いやいや、ですからこそ希望はあると私は言ってるんですよ。貴方にはアドバンテージがあるでしょう。妹さんはずっと眠ってる。その間のアドバンテージ。それに長い時間一緒にいるのなら、それなりに思い出もあるでしょう。
 ないんですか? 彼が一番楽しかったと感じてた時期は?」
「それは……やっぱり高校時代かしら? まあ結局卒業までも楽しい時間は続かなかったけど……でもあの頃の当夜は楽しそうではあった……かも」
「それはきっと彼にとって掛け替えの無いものだった筈ですよ。鍵になりそうな言葉は無いんですか? 学生時代なんて一番輝いてる時期ですからね。それに社会に出てからなら知ってる人は限定的に成り得るし、昔に懐古したくなる時は誰にでもあります。
 可能性は高いと思いますが? 試して見たくないですか? その頃の何かが鍵のもう一つだったとしたなら、その時の思い出は当夜さんの中でも輝いてた物だと証明できますよ」
「思い出の価値……」


 床についてた手を握る天道さん。そして立ち上がる。天道は顎に手をやって考えるとこっちを見てこういった。


「もしかしたらだけど……」
「何か心当たりがあるようですね」
「言っとくけど、あんたには教えないから」
「ふむ、嫌われたものですね」


 肩をすくめる動作をする細目さん。だけどきっと気にしてなんか無いだろうこの人は。天道さんは僕の元に来て耳打ちする。


「え? ダイバーえ? なんすかそれ?」
「いいからアイツに見えないようにジェスチャーコードを紡ぐわよ」


 とりあえず今度は倒れない様に予め床に腰を下ろす。そして天道さんの香りが鼻孔を擽るような近さでこじんまりとジェスチャーコードを紡いだ。すると頭に響くガチャンと言う重厚な音。そして気づくとまたあの場所に僕は居た。
 だだっ広い空間に細い線の光が繋がっては消えていく。そして上には巨大な錠。さっきと違うのは、その錠の穴の向こうに光が見えてる事だ。


「開いてる……行ける!」


 僕は飛び込む。その開いた穴に。今度こそまともに会ってもらおうじゃないか!

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