命改変プログラム
残された可能性
チャイムの音に乗って見えるなんとも言えない靄の様な物。こんなものが見えるなんて自分はどこかおかしく成ったのだろうか? そう思ったけど、よくよく考えたらおかしいのは別に今日に始まった事じゃなかったや。
僕は自分がまともなんて思ってないから、必要以上に普通って奴に憧れてたんだ。最近……というかここ数年は結構普通だったと思うんだけど、やっぱりそういうのは夢のまた夢だったのかも知れない。
おかしな両親の元に生まれて、可笑しな実験材料にされて……子供は親を選べないから、もうその時に変な感じに実は弄くり回されてたのかも。僕も普通の両親の元で育ってたら、普通に過ごせてたのかも知れない。
意味ない妄想だけど、こんな優しい家族が隣に居るとね。思わずには居られない。
「どうしたのかな〜来客はいいのかな?」
「てか、こんな早くに誰よ。あのデカイの?」
あのデカイのってまさか秋徒の事か? そう言えば花月の奴はまともに秋徒に会ってないんだっけ? でも知ってはいるんだな。まあ、日鞠の次に僕の家に訪れてるの秋徒の奴しか居ないし、家の前で見たりとかしててもおかしくないか。
そもそもこの家に来るの基本……というかほぼ日鞠と秋徒しかいないし。僕ってマジで友達少ないよな。改めて見つめ直すと結構しんどい物が……いや、実は全然そんな事思ってないけど、普通を目指す自分としては二桁とは言わないまでも、家を訪れてくれる友達が両手で表せる位には欲しいかなと思わなくもない。
LROしだして増えた筈だけど、家まで来るってのとは違うよな。そもそも向こうで会うのとこっちで会うのとは全然別物だ。愛さんは案外近くだったけど、ハッキリ言ってそっちが稀なんだ。ネットワークゲームで都合良く近くに住んでるなんて……まあそれを狙って知りあうって事も出来なくもないだろうけど、LROでは基本的にリアルのことは話さないのが暗黙のルールだったからな。
メカブの奴は年近そうだけど、女子だしな。ラオウさんはちょっと特殊。僕の知り合いにはまともな奴がいないな。LROじゃないんだから、そんな奇抜なの願ってないのに。類は友を呼ぶ––的な? やっぱそうなのかな?
「私が出ようかしら? お母さんだからね」
「やめてください」
なんでそんなにワクワクしたような顔してるんですか? いや、ありがたいけどね。実際この人の事は本当の母親よりも母親だと思ってるし、それだけ良くしてもらってる。最近の親なら僕みたいな家庭の子とは付き合っちゃいけません! とか言いそうな物だけど、この人はそんな事全然言わない。
ちゃんと僕を僕として見てくれる数少ない人だ。だからまあ好きっちゃ好きだけど、あんまり堂々と言ってほしくないと言うか……この人の為にもね。それにやっぱりなんだか嫌な感じがするんだよな。
「秋徒の奴じゃ多分絶対無いと思う。だから実際こんな時間に訪ねて来る奴なんて心当たり……」
「スオウ?」
僕の言葉が途中で途切れたからか花月が訝しみながらこっちを見てる。何か心当たりがあるんじゃないか? ––って目をしてるな。もしかしたらだけど……心当たりがあるかも知れない。秋徒とは別れたばかり、日鞠は昏睡状態だ。
この二人が除外できる時点でこの家に訪れる訪問者はまず居ない。次点で来るかもしれない二人は既にここに居る。更にもしかしたらで訪問販売とか新聞の勧誘とかもあるけど、この早朝の時間帯ではそれも無いだろう。
ってなると、明確な目的があっての訪問なんじゃないかと勘ぐれる。そして今、僕が思い当たる中で僕を目的に訪れる奴等といったらまともな連中が思い浮かばない。妙な感覚を開けて押されるチャイムの音がやけに不気味に聞こえてくる。
ゆっくりとした感覚で、音の並が消え去りそうなタイミングで押され続けてくチャイム。僕は扉から顔を出し玄関の扉を覗く。そしてリビングのデカイ窓の方へも視線を向けた。人影は見えてない。けど……僕の目には見えてる。
このチャイムの音に乗って見える靄みたいなの……それと同じような物が窓の両端から滲み出てる。多分これは、この家自体が包囲されてるっぽい。そしてそんな事をする連中と言ったらもう、心当たりは一つしか無い。
自分的にまだそこまで実感してないんだけど、秋徒達の話だと調査委員会がかなりヤバイ組織に成ってるとか言ってた。国家権力を盾に、やりたい放題だとか……それなら再び僕を攫う事くらい普通にするだろう。
僕が連れだされて一晩はたった。それだけ経てば気付かれてもおかしくはない。そしてマジで国家権力を駆使してるのなら、僕を見つけるのなんて簡単そうだ。そもそも高校生の行動範囲とかそこまで広くもないし……逃避行をしてるわけでもない。
僕達は結局、LROに立ち向かうしか無いんだからな。そうしないといけない。逃げることなんか許されない。ここまでの事態になったのは……沢山の人達を巻き込んだのは僕みたいな物だ。そして絶対になくしちゃいけない奴も……
(僕は無力だけど、逃げないともう決めた。上等じゃんか)
僕は拳を強く一度握って覚悟を決める。僕は自分だけの力の限界を知ってる。そして今の集まりだけでもその力は微々たる物だ。それなら……まだまだやるべきことがある。調査委員会は、LRO……ひいてはフルダイブシステム解明の為に浸透率が高くなおかつ意識も保ってる僕を実験材料にしたがってる。
それなら、出来るはずだ。自分自身のこの小さな存在を使って、国家という巨大な力を動かす事が。
取っ手に手を掛けて、磨りガラスの向こうの影に密かに怯えながらも僕は扉を開ける。すると案外軽快な声がその人物は頭を下げてきた。
「いや〜朝早くに失礼しました。私は––」
「調査委員会の人だろ?」
「––まあ、そう言う事にしておきましょう。流石理解が早くて助かります」
意味深な事を言った気がするな。調査委員会じゃないのか? いや、厳密にはこの人が違うだけかも。確か秋徒の奴が言うには今結構大きな組織らしいからな。色々と寄り集まってるから、調査委員会って言っても、それに所属してた人じゃないのかも。
けど……なんか胡散臭さがある人だな。この漫画とかでよく使われる狐の目みたいな目の細さがそんな胡散臭さを顔もしだしてるのか? そんな胡散臭いスーツ姿のその人は続けてこういった。
「私達の正体が分かってるのなら、我々が何をしに来たかわかりますよね?」
「連れ戻しに来たってところだろ」
それ以外ないだろ。僕みたいな事例は貴重だろうからな。玄関の前には黒い車が四・五台は止まってる。随分と大仰な……リアルではただの高校生なんだからそこまで人数を用意する必要もないだろうに。
LROなら、僕だってかなりの抵抗とかができるけど、リアルではそんな力ない。二・三人屈強な黒服の方達がいたらもう降参だよ。どうやら随分と人が余ってるみたいだ。
「大当たり……と言いたい所ですけど、そんな権限は私達にはありませんよ。誘拐なんてそんな、犯罪じゃないですか」
(白々しい)
まじで思ってもないこと言ってる感じの言い方だよ。この人、それくらい簡単にやりそうだぞ。細い目で常にニコニコしてるからこそ、その裏が透けて見えるというか……まあつまりはやっぱり胡散臭いんだ。
「こっかプロジェクトなんですよね? その位どうとでもなりそうですけど……この家には僕が意外住んでないですし、半天涯孤独みたいな奴を誘拐とか楽勝でしょ」
「はは、そんなに自分を悲観しなくても。それにそんな事を言ったら、君を心配してくれる人達が可哀想じゃないですか」
そう言って目の細いその人の瞳が顔を出して僕の後ろを覗きだす。後ろを向くとそこには花月にそのお母さんがこっちを見てた。二人はお辞儀をしたその人につられて頭を下げる。どうやらこっちの会話までは聞き取れてないみたいだ。さっきの会話聞いてたら、花月のお母さんとか乗り込んで来てもおかしくないからな。
「ちゃんと君を大切に思っててくれてる人は居る。そんな子を誘拐だなんて……我々はこの世界の為に画期的な技術を確立させたいだけなのだよ。フルダイブというシステムが、どれだけ凄い物なのか、体験してきた君ならよく分かってるはずだ。可能性を大いに感じるだろう?
それを一部の玩具にしておくのは余りにも寂しいと思わないかい?」
確かにLROもフルダイブシステムも凄い技術だろう。未来的な超技術だよ。それをゲームだけにしか活用しないなんて勿体無い……なんて思うのは当然かもな。けどそもそもフルダイブ事態は医療技術として最初開発されてた筈だよな。
でもそっか……確か日鞠の事件でそっち方面での開発が凍結されたから、当夜さんはその技術をゲーム分野に売り込んだんだったよな。日鞠の事件が無かったら、今頃もっとフルダイブという技術は世間に浸透してたかもしれないんだ。
それを遅ればせながらやろうとしてる。でもフルダイブシステムの根幹は当夜さんしか知らないし、LROという仮想空間の秘密も彼しかしらない。そして当の当夜さんは深い眠りの中。どうにかしてその技術の秘密を知りたいけど、それにはLROの攻略が必要。だからこそ今それが出来る––と勝手に思われてるのが僕なんだよな。
それは過大評価なんだけど……でも今はそう思っててくれてて構わない。そうしないと、僕の存在に価値がなくなるからな。
「確かにそうですけど……でも玩具なんて物じゃ、もうアレは無いでしょ。一つの世界になりつつある」
独立した別個の世界。そうなろうとしてる。こっちへの繋がりさえも壊して、離れていこうとしてるのが今のLRO。ただ一人の……たった一人だけの世界になろうと––というかそうしようとしてる連中が居るんだ。
「新たな世界を創造できる技術なんて、それこそ無闇に放置なんてしておいたら駄目でしょう。そんな神の様な所業を野放しになんてしておいたら危険きまわりない。だからこそLROはここまで問題に成ってるんですよ。
今度こそきちんと確立させて、安心安全にその技術をこの世界の為に役立てるべきなんです。そう思わないですか?」
「それは……そうですけど」
なんだか最もらしい事を真っ直ぐに言われてる。正しいな……これ以上無いくらいにそれは正しい言葉だ。今のままでLROやフルダイブシステムを扱っていくのは確かに危険だろう。今までは未知の技術でも何故か放置されてたけど、ここまで大々的に問題が世間に広まったらそうは行かなく成っただろう。
安全って奴を確立しないと、これからその技術を広めていく事は出来ない。当たり前だ。危険かも知れない事を大々的に広めては行けないだろう。まあ最初は多少の危険はどんな物にだってあるんだろうけど、市場に流通させる時点では無くしとけって事だよな。
ニッチな所に受けるだけならそれでもいいんだろうけど、問題があってもそれを分かった上で求める人は居るかもしれないし……でもそれじゃあメジャーには成れないし、多分政府はそれで満足なんかしないんだろう。
この技術はかなりの革新だろうし、この国の技術力って奴を世界に顕示する格好の材料なのかも。そもそもフルダイブとか仮想現実が世界中に広まったら世界は一変したりする可能性だってあるよな。
それだけの技術だからこそ、国家が乗り出して来てる。建前ではこのLRO事件の解決だけど、本当にやりたいのはそれを通してのこの技術の根幹の解明。だけど結果的にはそれができれば、未来にはいいことだよな。
国がどうしようが、フルダイブと仮想現実が確立されれば、LROの様なゲームももっと増えるかも知れないし、ゲームだけじゃなくもっと色んな事に広がってくかもしれない。そう云うのは決して悪いことじゃない。
「君が全面的に協力してくれれば、それも夢ではない。我々はそう考えてます」
「それは買いかぶり過ぎですよ。僕はただの高校生なんです」
「だけど向こうでは違う。そうじゃないですか?」
そう言ってその常に笑ってる顔をこちらに向ける。人の良さそうに見えるその顔は別にそのまま受け取ったっていいんだろうけど、ひねくれた僕はどうしても黒い部分疑わずには居られない。てか、色々と聞いてもいるし……言葉の裏側を探りたく成る。
「違ったって僕の力程度じゃ、LRO事態をどうにかなんて……それよりも貴方達は助ける気、あるんですよね? どっちを優先してるんですか? 確かに僕にだってLROやフルダイブシステムが重要な事はわかります。
けど、多くの人の命代えられる物じゃない」
「ははは、それは勿論当然ですよ。私達は世の為に行動をしています。その中心に居るのは人である我々だ。命の価値は分かってますよ」
最初から一貫して崩さないその笑顔でそう告げるその人。やっぱりなんか胡散臭いな。いや、本心かもしれないけど……でも秋徒達が言うにはこの人達の関心は技術方面で、LROに囚われた人達の救出は二の次だとか。
だけど僕にこんなに執着するって事は、リアルからのアプローチに限界があると感じてるからって見方も出来るよな。そもそも一番手っ取り早いのが、当夜さんを目覚めさせてその技術を開示させることだろうしな。
でもまあ、技術者の人達は自分達の手で……って思っててもおかしくはないけどな。だけど調査委員会にも色々な思惑が錯綜してるらしいんで、中からもアプローチをって派も居るんだろう。
「まあしかし、このままではいつ囚われた人達を助けられるかはわかりません。頑張っては居るんですけどね。だけど君の協力があれば、その期間を大幅に短縮出来るかも知れない。LROは君にご執心なんだろう?」
「僕達は僕達でやることをもう決めてますよ。貴方達とは違うやり方で、なによりも助ける事を優先してます」
「それはそれはご立派ですね。しかしその行動に勝算はあるのですか?」
僕は言い返す事が出来ない。勝算……と言われたらそんなのものは無いとしか言えない。そもそもLROに入れるかも賭けだ。破損アイテムのある僕や秋徒はまだ確率がマシだけど、そうじゃない人達はただ捕らわれるだけかもしれない。
だけど他に方法なんて……
「ジェスチャーコードの使用は私達も視野に入れてます。ですが流石に戻れなくなるかもという不安から積極的にはやりづらいのですよね。それにそれが分かっててやるというのも、色々と問題もありますし、協力してくれる人達が一筆したためた上でやってくれるのであればこちらも助かるんですがね」
「それはつまり、僕達を実験材料にしたいって事ですか?」
「そんな……ただ協力しあおうと言うことですよ。こちらには設備も整ってますし、もしも万が一の事態が置きても大丈夫ですよ。ですけど、そちらはどうでしょう? もしも戻って来れなくなった時、一体どうするのですか?」
「それは……」
確かに一斉にジェスチャーコードを使ってLROにダイブして、そして誰が入れて誰が戻ってこなく成るかなんて分からない。一応そこは愛さんとかがサポートしてくれる手はずだけど、完璧ではないだろう。
それを考えると、一応こっちにもメリットはある。もしもの時の保険。そしてこの人達はデータが取れると言うわけか。
「それともう一つ、君達には特大のメリットを与えましょう」
「特大のメリット?」
そう言ってその人は顔をズイッと近づけてきた。細い目が目の前に迫る。
「ええ、協力してくれるのであれば、会わせましょう。桜矢当夜に」
「それって……」
「君は一度桜矢摂理のリーフィアに直接ダイブしてますよね? そして彼女を救っている。それをもう一度試してみたくはないですか? 彼のリーフィアに直接ダイブするんです。そして彼を目覚めさせる事ができれば、この事態は一気に解決するかも知れない」
耳に入ってくる言葉が頭の中で回ってる。ハッキリ言ってそれは魅力的だ。確かに試す価値はある。出来うるのなら、試すべきだ。調査委員会に連れされてたから無理だと思ってたけど、そのチャンスがあるのならやるべき。
だって当夜さんなら、この状況をどうにかする術を持ってる筈。無謀とも思える策に出るよりも、ずっと確実なやり方。でも待てよ。
「前に僕が摂理にやったのを知ってるのなら、なんでさっさと当夜さんに試さない? いや、試したけど中に入れなかったんじゃ?」
「鋭いですね。何回も試しましたけど、駄目でした。ですがもしかすると君なら入れるかも知れない。どうですか? 君は向こう側で何回か接触してるのでしょう? もしかしたら君のリーフィアには何かしらの繋がりが出来てるかも知れません」
繋がり……そんなものが? いや、それは希望的観測過ぎだろ。それよりも試すべき物がある。それはジェスチャーコードだ。もしも何か当夜さんが自分のリーフィアにロックを掛けてるのだとするのなら、その錠を開ける鍵はきっとジェスチャーコードだと思う。
だけどジェスチャーコードで何を示せば? それは分からない。でも心当たりがあるかも知れない人は居る。
「……僕と、もう一人連れていってくれるか?」
「もう一人でいいんですか? 迎えは出してますよ」
「いや、いい。まだ……」
まだ時間はある。皆それぞれの時間を過ごしてるはずだ。その時に悔いを残さないために。だから一人だけで良いんだ。そしてその人の悔いはきっと当夜さんとの事だから、その人だけには一緒に来てもらいたい。
「そうですか、では行きましょうか?」
「ちょっと待って。とりあえず連絡を……って、そう言えば僕のスマホは……」
どうしたっけ? そもそもどこにやったのかさえ覚えてない様な……そう思ってると花月の奴が近づいてきて巾着袋を差し出してくる。
「これ、テーブルに置いてたのに気付かないんだもん。入ってるよスマホ」
「なんでお前が?」
「ヒマの奴が渡しておいてって。だからそれだけ。中は見てないからね」
「そっか、サンキューな」
まあ見られた所でどうせ中身も日鞠に秋徒だけの寂しい物だから別段構わないんだけどな。てかアイツ何? 僕の行動先読みし過ぎだろ。でも助かる。中から取り出したスマホの電源を入れて、電話帳へ。そこから一人を選択して発信する。
そしてその人に簡単に事情を話すと電話を切った。
「全員の居場所把握してるんですよね?」
「勿論。貴方達は重要な方達なので」
怖いことをさらっと……
「じゃあ向かってください。天道さんの所へ」
「協力––してくれるということですね」
「助ける為です。皆を」
「ええ、私達も勿論その為ですよ」
僕はリーフィアを抱えて玄関の外へ向かう。すると後ろから花月の声が。
「スオウ、私はヒマみたいに何かしても上げれないけど……何か出来る事ある?」
「そうだな……信じててくれるだけでいいよ。帰って来るから。二人一緒に……ここに」
「わかった」
なんだか少し寂しそうに笑う花月。その後ろにお母さんが……彼女は無言で優しい笑みだけを向けてくれてる。僕はその笑みに心の中で誓うよ。
(必ず連れ帰ってきます)
––と。
僕は自分がまともなんて思ってないから、必要以上に普通って奴に憧れてたんだ。最近……というかここ数年は結構普通だったと思うんだけど、やっぱりそういうのは夢のまた夢だったのかも知れない。
おかしな両親の元に生まれて、可笑しな実験材料にされて……子供は親を選べないから、もうその時に変な感じに実は弄くり回されてたのかも。僕も普通の両親の元で育ってたら、普通に過ごせてたのかも知れない。
意味ない妄想だけど、こんな優しい家族が隣に居るとね。思わずには居られない。
「どうしたのかな〜来客はいいのかな?」
「てか、こんな早くに誰よ。あのデカイの?」
あのデカイのってまさか秋徒の事か? そう言えば花月の奴はまともに秋徒に会ってないんだっけ? でも知ってはいるんだな。まあ、日鞠の次に僕の家に訪れてるの秋徒の奴しか居ないし、家の前で見たりとかしててもおかしくないか。
そもそもこの家に来るの基本……というかほぼ日鞠と秋徒しかいないし。僕ってマジで友達少ないよな。改めて見つめ直すと結構しんどい物が……いや、実は全然そんな事思ってないけど、普通を目指す自分としては二桁とは言わないまでも、家を訪れてくれる友達が両手で表せる位には欲しいかなと思わなくもない。
LROしだして増えた筈だけど、家まで来るってのとは違うよな。そもそも向こうで会うのとこっちで会うのとは全然別物だ。愛さんは案外近くだったけど、ハッキリ言ってそっちが稀なんだ。ネットワークゲームで都合良く近くに住んでるなんて……まあそれを狙って知りあうって事も出来なくもないだろうけど、LROでは基本的にリアルのことは話さないのが暗黙のルールだったからな。
メカブの奴は年近そうだけど、女子だしな。ラオウさんはちょっと特殊。僕の知り合いにはまともな奴がいないな。LROじゃないんだから、そんな奇抜なの願ってないのに。類は友を呼ぶ––的な? やっぱそうなのかな?
「私が出ようかしら? お母さんだからね」
「やめてください」
なんでそんなにワクワクしたような顔してるんですか? いや、ありがたいけどね。実際この人の事は本当の母親よりも母親だと思ってるし、それだけ良くしてもらってる。最近の親なら僕みたいな家庭の子とは付き合っちゃいけません! とか言いそうな物だけど、この人はそんな事全然言わない。
ちゃんと僕を僕として見てくれる数少ない人だ。だからまあ好きっちゃ好きだけど、あんまり堂々と言ってほしくないと言うか……この人の為にもね。それにやっぱりなんだか嫌な感じがするんだよな。
「秋徒の奴じゃ多分絶対無いと思う。だから実際こんな時間に訪ねて来る奴なんて心当たり……」
「スオウ?」
僕の言葉が途中で途切れたからか花月が訝しみながらこっちを見てる。何か心当たりがあるんじゃないか? ––って目をしてるな。もしかしたらだけど……心当たりがあるかも知れない。秋徒とは別れたばかり、日鞠は昏睡状態だ。
この二人が除外できる時点でこの家に訪れる訪問者はまず居ない。次点で来るかもしれない二人は既にここに居る。更にもしかしたらで訪問販売とか新聞の勧誘とかもあるけど、この早朝の時間帯ではそれも無いだろう。
ってなると、明確な目的があっての訪問なんじゃないかと勘ぐれる。そして今、僕が思い当たる中で僕を目的に訪れる奴等といったらまともな連中が思い浮かばない。妙な感覚を開けて押されるチャイムの音がやけに不気味に聞こえてくる。
ゆっくりとした感覚で、音の並が消え去りそうなタイミングで押され続けてくチャイム。僕は扉から顔を出し玄関の扉を覗く。そしてリビングのデカイ窓の方へも視線を向けた。人影は見えてない。けど……僕の目には見えてる。
このチャイムの音に乗って見える靄みたいなの……それと同じような物が窓の両端から滲み出てる。多分これは、この家自体が包囲されてるっぽい。そしてそんな事をする連中と言ったらもう、心当たりは一つしか無い。
自分的にまだそこまで実感してないんだけど、秋徒達の話だと調査委員会がかなりヤバイ組織に成ってるとか言ってた。国家権力を盾に、やりたい放題だとか……それなら再び僕を攫う事くらい普通にするだろう。
僕が連れだされて一晩はたった。それだけ経てば気付かれてもおかしくはない。そしてマジで国家権力を駆使してるのなら、僕を見つけるのなんて簡単そうだ。そもそも高校生の行動範囲とかそこまで広くもないし……逃避行をしてるわけでもない。
僕達は結局、LROに立ち向かうしか無いんだからな。そうしないといけない。逃げることなんか許されない。ここまでの事態になったのは……沢山の人達を巻き込んだのは僕みたいな物だ。そして絶対になくしちゃいけない奴も……
(僕は無力だけど、逃げないともう決めた。上等じゃんか)
僕は拳を強く一度握って覚悟を決める。僕は自分だけの力の限界を知ってる。そして今の集まりだけでもその力は微々たる物だ。それなら……まだまだやるべきことがある。調査委員会は、LRO……ひいてはフルダイブシステム解明の為に浸透率が高くなおかつ意識も保ってる僕を実験材料にしたがってる。
それなら、出来るはずだ。自分自身のこの小さな存在を使って、国家という巨大な力を動かす事が。
取っ手に手を掛けて、磨りガラスの向こうの影に密かに怯えながらも僕は扉を開ける。すると案外軽快な声がその人物は頭を下げてきた。
「いや〜朝早くに失礼しました。私は––」
「調査委員会の人だろ?」
「––まあ、そう言う事にしておきましょう。流石理解が早くて助かります」
意味深な事を言った気がするな。調査委員会じゃないのか? いや、厳密にはこの人が違うだけかも。確か秋徒の奴が言うには今結構大きな組織らしいからな。色々と寄り集まってるから、調査委員会って言っても、それに所属してた人じゃないのかも。
けど……なんか胡散臭さがある人だな。この漫画とかでよく使われる狐の目みたいな目の細さがそんな胡散臭さを顔もしだしてるのか? そんな胡散臭いスーツ姿のその人は続けてこういった。
「私達の正体が分かってるのなら、我々が何をしに来たかわかりますよね?」
「連れ戻しに来たってところだろ」
それ以外ないだろ。僕みたいな事例は貴重だろうからな。玄関の前には黒い車が四・五台は止まってる。随分と大仰な……リアルではただの高校生なんだからそこまで人数を用意する必要もないだろうに。
LROなら、僕だってかなりの抵抗とかができるけど、リアルではそんな力ない。二・三人屈強な黒服の方達がいたらもう降参だよ。どうやら随分と人が余ってるみたいだ。
「大当たり……と言いたい所ですけど、そんな権限は私達にはありませんよ。誘拐なんてそんな、犯罪じゃないですか」
(白々しい)
まじで思ってもないこと言ってる感じの言い方だよ。この人、それくらい簡単にやりそうだぞ。細い目で常にニコニコしてるからこそ、その裏が透けて見えるというか……まあつまりはやっぱり胡散臭いんだ。
「こっかプロジェクトなんですよね? その位どうとでもなりそうですけど……この家には僕が意外住んでないですし、半天涯孤独みたいな奴を誘拐とか楽勝でしょ」
「はは、そんなに自分を悲観しなくても。それにそんな事を言ったら、君を心配してくれる人達が可哀想じゃないですか」
そう言って目の細いその人の瞳が顔を出して僕の後ろを覗きだす。後ろを向くとそこには花月にそのお母さんがこっちを見てた。二人はお辞儀をしたその人につられて頭を下げる。どうやらこっちの会話までは聞き取れてないみたいだ。さっきの会話聞いてたら、花月のお母さんとか乗り込んで来てもおかしくないからな。
「ちゃんと君を大切に思っててくれてる人は居る。そんな子を誘拐だなんて……我々はこの世界の為に画期的な技術を確立させたいだけなのだよ。フルダイブというシステムが、どれだけ凄い物なのか、体験してきた君ならよく分かってるはずだ。可能性を大いに感じるだろう?
それを一部の玩具にしておくのは余りにも寂しいと思わないかい?」
確かにLROもフルダイブシステムも凄い技術だろう。未来的な超技術だよ。それをゲームだけにしか活用しないなんて勿体無い……なんて思うのは当然かもな。けどそもそもフルダイブ事態は医療技術として最初開発されてた筈だよな。
でもそっか……確か日鞠の事件でそっち方面での開発が凍結されたから、当夜さんはその技術をゲーム分野に売り込んだんだったよな。日鞠の事件が無かったら、今頃もっとフルダイブという技術は世間に浸透してたかもしれないんだ。
それを遅ればせながらやろうとしてる。でもフルダイブシステムの根幹は当夜さんしか知らないし、LROという仮想空間の秘密も彼しかしらない。そして当の当夜さんは深い眠りの中。どうにかしてその技術の秘密を知りたいけど、それにはLROの攻略が必要。だからこそ今それが出来る––と勝手に思われてるのが僕なんだよな。
それは過大評価なんだけど……でも今はそう思っててくれてて構わない。そうしないと、僕の存在に価値がなくなるからな。
「確かにそうですけど……でも玩具なんて物じゃ、もうアレは無いでしょ。一つの世界になりつつある」
独立した別個の世界。そうなろうとしてる。こっちへの繋がりさえも壊して、離れていこうとしてるのが今のLRO。ただ一人の……たった一人だけの世界になろうと––というかそうしようとしてる連中が居るんだ。
「新たな世界を創造できる技術なんて、それこそ無闇に放置なんてしておいたら駄目でしょう。そんな神の様な所業を野放しになんてしておいたら危険きまわりない。だからこそLROはここまで問題に成ってるんですよ。
今度こそきちんと確立させて、安心安全にその技術をこの世界の為に役立てるべきなんです。そう思わないですか?」
「それは……そうですけど」
なんだか最もらしい事を真っ直ぐに言われてる。正しいな……これ以上無いくらいにそれは正しい言葉だ。今のままでLROやフルダイブシステムを扱っていくのは確かに危険だろう。今までは未知の技術でも何故か放置されてたけど、ここまで大々的に問題が世間に広まったらそうは行かなく成っただろう。
安全って奴を確立しないと、これからその技術を広めていく事は出来ない。当たり前だ。危険かも知れない事を大々的に広めては行けないだろう。まあ最初は多少の危険はどんな物にだってあるんだろうけど、市場に流通させる時点では無くしとけって事だよな。
ニッチな所に受けるだけならそれでもいいんだろうけど、問題があってもそれを分かった上で求める人は居るかもしれないし……でもそれじゃあメジャーには成れないし、多分政府はそれで満足なんかしないんだろう。
この技術はかなりの革新だろうし、この国の技術力って奴を世界に顕示する格好の材料なのかも。そもそもフルダイブとか仮想現実が世界中に広まったら世界は一変したりする可能性だってあるよな。
それだけの技術だからこそ、国家が乗り出して来てる。建前ではこのLRO事件の解決だけど、本当にやりたいのはそれを通してのこの技術の根幹の解明。だけど結果的にはそれができれば、未来にはいいことだよな。
国がどうしようが、フルダイブと仮想現実が確立されれば、LROの様なゲームももっと増えるかも知れないし、ゲームだけじゃなくもっと色んな事に広がってくかもしれない。そう云うのは決して悪いことじゃない。
「君が全面的に協力してくれれば、それも夢ではない。我々はそう考えてます」
「それは買いかぶり過ぎですよ。僕はただの高校生なんです」
「だけど向こうでは違う。そうじゃないですか?」
そう言ってその常に笑ってる顔をこちらに向ける。人の良さそうに見えるその顔は別にそのまま受け取ったっていいんだろうけど、ひねくれた僕はどうしても黒い部分疑わずには居られない。てか、色々と聞いてもいるし……言葉の裏側を探りたく成る。
「違ったって僕の力程度じゃ、LRO事態をどうにかなんて……それよりも貴方達は助ける気、あるんですよね? どっちを優先してるんですか? 確かに僕にだってLROやフルダイブシステムが重要な事はわかります。
けど、多くの人の命代えられる物じゃない」
「ははは、それは勿論当然ですよ。私達は世の為に行動をしています。その中心に居るのは人である我々だ。命の価値は分かってますよ」
最初から一貫して崩さないその笑顔でそう告げるその人。やっぱりなんか胡散臭いな。いや、本心かもしれないけど……でも秋徒達が言うにはこの人達の関心は技術方面で、LROに囚われた人達の救出は二の次だとか。
だけど僕にこんなに執着するって事は、リアルからのアプローチに限界があると感じてるからって見方も出来るよな。そもそも一番手っ取り早いのが、当夜さんを目覚めさせてその技術を開示させることだろうしな。
でもまあ、技術者の人達は自分達の手で……って思っててもおかしくはないけどな。だけど調査委員会にも色々な思惑が錯綜してるらしいんで、中からもアプローチをって派も居るんだろう。
「まあしかし、このままではいつ囚われた人達を助けられるかはわかりません。頑張っては居るんですけどね。だけど君の協力があれば、その期間を大幅に短縮出来るかも知れない。LROは君にご執心なんだろう?」
「僕達は僕達でやることをもう決めてますよ。貴方達とは違うやり方で、なによりも助ける事を優先してます」
「それはそれはご立派ですね。しかしその行動に勝算はあるのですか?」
僕は言い返す事が出来ない。勝算……と言われたらそんなのものは無いとしか言えない。そもそもLROに入れるかも賭けだ。破損アイテムのある僕や秋徒はまだ確率がマシだけど、そうじゃない人達はただ捕らわれるだけかもしれない。
だけど他に方法なんて……
「ジェスチャーコードの使用は私達も視野に入れてます。ですが流石に戻れなくなるかもという不安から積極的にはやりづらいのですよね。それにそれが分かっててやるというのも、色々と問題もありますし、協力してくれる人達が一筆したためた上でやってくれるのであればこちらも助かるんですがね」
「それはつまり、僕達を実験材料にしたいって事ですか?」
「そんな……ただ協力しあおうと言うことですよ。こちらには設備も整ってますし、もしも万が一の事態が置きても大丈夫ですよ。ですけど、そちらはどうでしょう? もしも戻って来れなくなった時、一体どうするのですか?」
「それは……」
確かに一斉にジェスチャーコードを使ってLROにダイブして、そして誰が入れて誰が戻ってこなく成るかなんて分からない。一応そこは愛さんとかがサポートしてくれる手はずだけど、完璧ではないだろう。
それを考えると、一応こっちにもメリットはある。もしもの時の保険。そしてこの人達はデータが取れると言うわけか。
「それともう一つ、君達には特大のメリットを与えましょう」
「特大のメリット?」
そう言ってその人は顔をズイッと近づけてきた。細い目が目の前に迫る。
「ええ、協力してくれるのであれば、会わせましょう。桜矢当夜に」
「それって……」
「君は一度桜矢摂理のリーフィアに直接ダイブしてますよね? そして彼女を救っている。それをもう一度試してみたくはないですか? 彼のリーフィアに直接ダイブするんです。そして彼を目覚めさせる事ができれば、この事態は一気に解決するかも知れない」
耳に入ってくる言葉が頭の中で回ってる。ハッキリ言ってそれは魅力的だ。確かに試す価値はある。出来うるのなら、試すべきだ。調査委員会に連れされてたから無理だと思ってたけど、そのチャンスがあるのならやるべき。
だって当夜さんなら、この状況をどうにかする術を持ってる筈。無謀とも思える策に出るよりも、ずっと確実なやり方。でも待てよ。
「前に僕が摂理にやったのを知ってるのなら、なんでさっさと当夜さんに試さない? いや、試したけど中に入れなかったんじゃ?」
「鋭いですね。何回も試しましたけど、駄目でした。ですがもしかすると君なら入れるかも知れない。どうですか? 君は向こう側で何回か接触してるのでしょう? もしかしたら君のリーフィアには何かしらの繋がりが出来てるかも知れません」
繋がり……そんなものが? いや、それは希望的観測過ぎだろ。それよりも試すべき物がある。それはジェスチャーコードだ。もしも何か当夜さんが自分のリーフィアにロックを掛けてるのだとするのなら、その錠を開ける鍵はきっとジェスチャーコードだと思う。
だけどジェスチャーコードで何を示せば? それは分からない。でも心当たりがあるかも知れない人は居る。
「……僕と、もう一人連れていってくれるか?」
「もう一人でいいんですか? 迎えは出してますよ」
「いや、いい。まだ……」
まだ時間はある。皆それぞれの時間を過ごしてるはずだ。その時に悔いを残さないために。だから一人だけで良いんだ。そしてその人の悔いはきっと当夜さんとの事だから、その人だけには一緒に来てもらいたい。
「そうですか、では行きましょうか?」
「ちょっと待って。とりあえず連絡を……って、そう言えば僕のスマホは……」
どうしたっけ? そもそもどこにやったのかさえ覚えてない様な……そう思ってると花月の奴が近づいてきて巾着袋を差し出してくる。
「これ、テーブルに置いてたのに気付かないんだもん。入ってるよスマホ」
「なんでお前が?」
「ヒマの奴が渡しておいてって。だからそれだけ。中は見てないからね」
「そっか、サンキューな」
まあ見られた所でどうせ中身も日鞠に秋徒だけの寂しい物だから別段構わないんだけどな。てかアイツ何? 僕の行動先読みし過ぎだろ。でも助かる。中から取り出したスマホの電源を入れて、電話帳へ。そこから一人を選択して発信する。
そしてその人に簡単に事情を話すと電話を切った。
「全員の居場所把握してるんですよね?」
「勿論。貴方達は重要な方達なので」
怖いことをさらっと……
「じゃあ向かってください。天道さんの所へ」
「協力––してくれるということですね」
「助ける為です。皆を」
「ええ、私達も勿論その為ですよ」
僕はリーフィアを抱えて玄関の外へ向かう。すると後ろから花月の声が。
「スオウ、私はヒマみたいに何かしても上げれないけど……何か出来る事ある?」
「そうだな……信じててくれるだけでいいよ。帰って来るから。二人一緒に……ここに」
「わかった」
なんだか少し寂しそうに笑う花月。その後ろにお母さんが……彼女は無言で優しい笑みだけを向けてくれてる。僕はその笑みに心の中で誓うよ。
(必ず連れ帰ってきます)
––と。
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