命改変プログラム

ファーストなサイコロ

留まる時間

 目が覚めると天井が見えた。長い蛍光灯に白い板で覆われた天井だ。余り世話に成ることが無い場所だからか、一瞬再び病院に戻ったのかと思った。だってここ最近は保健室よりも病院の方がわりかし近かったんだもん。
 ハッキリ言ってこんなに病院にお世話に成った年は今まで生きてきて無いよ。普通は一年に一回行くかな? 位だから。まさかこんなに入退院を繰り返す日が来ようとは思わなかった。だからベットに寝てて、薬品の匂いがして、知らない天井だと「ああ、またか……」って思う。
 だけどどうやら今度は病院ってわけじゃなさそう。周りを見ると視力検査の紙やらが貼ってあるし、そもそもベッド二つしか無いし、同じ部屋に体重計やらも置いてある。こじんまりとした机には書類とかもあるし、病院ではあり得ないだろ。
 だからまあここは保健室なんだろうなって察した。


(だけど、どうしてここに?)


 確か校舎内には入れなかった筈。そう思ってるとガララと扉が開いて秋徒とそして初老の校長先生、そしてフワフワにした髪を茶髪に染めて、白衣の下の服はやけに露出してる、男子高校生の目に悪い格好をした脳天気そうなお姉さんが最後に入ってきた。
 いや、お姉さんてかこの人が保険の先生なんだけどね。美人だし、露出高いし、その癖妙に隙があるように見えるから、男子に人気なんだよな。僕的には苦手なんだけど……なんか計算っぽくね? 計算だとしたら誰を誘惑してるのか知らないけど。男子高校生なんて狙ってもな……将来性なんてわかんないよな。
 かと言って同僚だと、教師という同じ職業だと色々と行き詰まりも見えそうだ。もっと有名な進学校とかなら唾つけとく位ありなのかも知れないけど、ここは元は普通の国立高校だからな。将来有望そうな人を見定めに……って訳じゃないだろう。
 じゃあやっぱりただの個人的な趣味なのだろうか? キャバクラの方がこの先生にはあってそうだと僕は思うよ。結構スタイル良いし、それでいて隙も見せれるんなら指名取れそうじゃん。生徒を良く軽い感じであしらってるし、あのスタイルで女王まで上り詰めれそうな気がしないでもない。
 いや、勝手なイメージだけどさ。


「もう〜こんな早くから呼び出すなんて、校長時間外手当ください」
「え〜そうじゃの〜まあ〜陽子ちゃんの頼みじゃしかたないかのぅ〜」
「やった〜」


 おいおい、あの校長『陽子ちゃん』なんて呼んでんのかよ。しかもメッチャでれでれしてるし。鼻の下伸ばしまくり。生徒見てるんだぞ。もうちょっと自覚した方がいいだろ。いや、その前にアレはどう見ても特別扱い……というかなんか特別な関係に見える。
 大丈夫だよな? その……不倫とかそういうのじゃないよね? ただたんに陽子ちゃんは取り入るのが上手いだけだよね? おじさまキラーなだけだよね? スキャンダルは勘弁して欲しい。僕的には大人がイチャラブしようとどうでもいいんだけど、生徒会長が日鞠だから。アイツの肩書きに「保健室の先生とイチャラブしてた校長がいる学校の生徒会長」とか最悪じゃん。なんか全く関係ない所で否定されるのって嫌だしな。理不尽と言うかさ……


「先生たちデキてるんすか?」
「なななな何を言うんだね君は。大人をからかうものじゃないよ」


 秋徒の白けた目に見住められた校長先生は空笑いしながらそう言ってる。え? マジで? 校長先生のその反応はメッチャ怪しいぞ。だけどそこで陽子先生がやんわり否定してくれた。


「ふふ、デキてるなんてそんな、私は校長先生の子供を授かる気は無いかな〜なんて」


 にっこり笑顔でそう言う陽子先生はやんわりと言うかズッパリと切ってたな。てか子供って……普通はそこまで想像しないだろ。天然だからそんな発想に成るのか、それともあり得ないってことを殊更ハッキリと伝える為の選択なのか。
 ジョークらしく言って天然ぽさをアピールしつつ、かわすテクなのかも……とか勘ぐる僕はやっぱりこの人の事をどこか疑ってるんだろう。秋徒の奴なんて「ははそっすよね〜」とか普通に笑顔で言ってるし。
 その横で校長は「ははっはぁ〜」とあからさまにため息ついてた。だからもっと隠せよ教育者。


「さてさて、君かぁ〜校内一の嫌われ者君」
「あんた本当に教育者か?」


 生徒に向かってその言い草は無いんじゃね? せっかくの長期休暇で自分の学校での立ち位置を忘れられてたのにもっと良い思い出に浸らせろよ。


「だって私保健医だしね」
「保健医って教育者じゃないのか?」


 先生だろ? でもあれ? よくよく考えたら保健の先生を「先生」と呼ぶ時の先生ってなんなんだろう? どっちで僕達は呼んでるんだ? 教育者としての「先生」なのか、それとも医者とかをそう呼ぶ感覚で呼んでるのか……良く考えると曖昧だな。


「内緒。ミステリアナス女は魅力的でしょ」
「だからアンタは生徒をどうしたいんだよ?」


 やっぱ狙って落とそうとしてるだろ。なんの意味があるのかは知らないけど、無駄に男子生徒を誘惑するのはやめろって日鞠が通達しておいた筈だけど。


「私は生徒の一人一人と仲良しになりたいだけ。だから日鞠さんの警告は侵害よ。プンプンおこおこだぞ」


 なんだその擬音。それに僕を見てのあの発言で「仲良く」は出来ないんだけど。言ってる事おかしいだろ。


「そんな、私達色んな事をすました仲じゃない! 陽子ショックだよ!」
「待て待て、その色々ってなんだよ!? そんなの覚えない!」


 ほら、そんな冗談いうから、校長まで僕に恨みの目を向け始めたぞ。家族いるんだからアンタはそっちを愛せ。僕に恨みを向けるなよな。


「スオウお前……誰でもいいのか!!」
「どういう意味だコラ!!」


 小さく拳握って「羨ましい」って聞こえたぞ。愛さんに言いつけてやろう。


「え〜と、君とも色々と済ませてるはずだけどな?」
「え? まじっすか? 記憶に無いっすよ先生!!」


 超絶悔しそうに頭を抱える秋徒の奴。やっぱり言いつけてやろう。美人保健医に浮気してたって。けど、やっぱこの人が言う色々ってなんか色っぽいことでは無さそうだな。


「先生の言ってる色々って何なんですか? そこをはっきりさせないと誤解が解けないじゃないですか」
「それはね〜挨拶とか〜身体測定とか〜。私、男子生徒の全てをしってるから!」


 危ない。この先生危ないよ。だれだこんな危ない保健医雇ったの。


「儂は儂は〜?」
「校長先生は大きな病院で診てもらった方がいいですよ〜。年なんですからね」


 軽くあしらう陽子先生。てかこの校長じゃないか! 何が「儂は儂は〜?」だ。甘えた声だしてるんじゃない。すっごい気持ち悪いから。


「てかそれなら、僕だけじゃないじゃん。全男子生徒と色々とお済まされてる先生はお盛んなんですね」
「あれ? ヤキモチ? ヤキモチ焼いちゃった?」
「誰がんなもん、焼くわなけ無いでしょ」


 嫌味っぽく言ったはずなんだけど、逆に嬉しそうであるこいつ。なんなのこの人? こんな人だったっけ? 確かにいつもほわほわしてるけど、まだちょっとは真面目だった様な気が……


「なんか今日おかしいですよ。この暑さで頭でもやられたんですか?」
「ひど〜い! もう先生だって休みの日はオフテンションなんだぞ」


 なんすかその言葉? オフテンションって何? テンション無いの? この人に全校生徒の安否が掛かってると思うと不安しか無い。二学期に成ったら即効で解雇を提案しよう。どうせ誰も聞く耳持ってくれないだろうけど。
 まあ一生徒にそんな権限ないのは明白。でも日鞠は別格だ。今までの生徒会長はいわゆる普通の、それこそどこの学校とも代わり映えしない物だったんだろうけど、日鞠は色んな権限持ってる。行事の発案企画から、学校運営の予算管理に、更に型にはまらない授業提案? 
 でも最後のは教育庁とかの方針上、教えなきゃいけない最低限の範囲はあるわけで、そこはキチンとおさえて教師陣のメンツを保ちながら色々と授業改革をやってるわけだ。だからハッキリ言って生徒会の仕事は昨年とかと比べて激務に成ってる。
 もう既に一生徒会が学校経営してるみたいな……そこら辺まで行きつつある。てか多分日鞠の奴は二学期でそうする気じゃないだろうか? 怖ろしい奴。そして本当に怖ろしいのは誰もそれを止めない事だ。日鞠だしって事で済んでる。
 おかしい……学校経営なんてしてる生徒会ってのは漫画やラノベの中だけの筈だったのに……僕の常識がアイツのせいで崩壊する。でもよくよく考えたら僕の常識はアイツと共に育まれて来たわけで……自分で気付いてないだけで可笑しな所はあるのかも。


「今一瞬日鞠ちゃんの事を考えてたでしょ? 目の前に私がいるのに」
「なんのことですか? てか、なんで先生が居たらダメなんですか?」


 意味がわからない。するといきなり頭に手を置かれてポンポンされた。いきなり何を……


「だってだって、目の前の男が自分以外の女の事を見てるって嫌でしょ?」


 なんか一瞬跳ね上がったテンションがオフテンションまで落ちたよ。やっぱ計算じゃないか。本性見破ったぞ。だけど陽子先生は僕の微妙な反応を見てこう言うよ。


「女の子はね、誰もが世界で一番、自分が可愛く見られたいのよ」
「女の子って年でも無いくせ––ふが!?」
「あれれ〜陽子急に君の事が嫌いに成ったかも〜」
「おおそうじゃ! そんな奴に惑わされては駄目だ陽子君!」


 校長五月蝿い。あんたこそこの魔性の女に惑わされ過ぎだろ。これでも教育者なんだって言うんだから、教育現場の腐り具合がよく分かる。この人ももっとまともな人だった気がするんだけど……いや、そもそも校長の事なんかあんまり知らないか。
 イベント時に登壇するとか位にしか生徒とのかかわりないしな。本性はただのエロおやじだったってことだろう。


「そんなんじゃ何もせずに帰っちゃうぞ。倒れたんでしょ?」
「ん……が?」


 口をその柔らかな手で塞がれたまま僕は「なんのこっちゃ?」と言う声を出す。だけど直ぐに思い出した、そう言えばそうだったな。てかだからこんな所に寝てたわけだしな。そしてわざわざこの人を呼んだ––と、そういうことだろう。


「まあそれだけ元気なら問題ないでしょうけど。遊びすぎて寝不足とかかな? そう言えばなんだか最近ゲームの話題を結構聞くような気がするな〜。健全な遊びじゃないわね。そうだとしたら怒っちゃうぞ」
「はは……」


 僕と秋徒の奴は二人して目を逸らす。頭緩そうな癖に鋭い所を付いてくるじゃないか。でもそれだけ話題に成ってるって事で、長期休暇中の学生と繋がりやすいって事なのかも……そう思ってると校長がこんな事を言った。


「その話はこっちにも入ってきておるな。今は休みだから事態がこっちにまで及んでおらんが、学校が始まれば生徒が被害にあってるかどうかが表面化してくるだろうて。それが今はなかなかに怖ろしい。無事ならいいんじゃが……」


 ギクギクと心が波打つ。確かに考えてみれば、ここの生徒が被害にあってないなんて言えないな。長い休みだけあって、この夏から僕みたいにLROを始めた人だって居るだろう。そして巻き込まれた人だって……休みが明ければ、LROの問題はもっともっと表面化する。
 そうなんだ……日鞠だけじゃない。他の誰かも二学期に登校して来ないなんて事が普通にありえる。言われて初めて気付いた。
 どこか遠くで起こってる事じゃない。テレビの向こう側の知らない世界の事じゃないんだ。これはこの日本中のどこでも起こってる事でその被害者は全国に分布してる。身近な所で一人だけなんて誰が決めた数字だ。


「そういえば今日は日鞠ちゃんが居ないの。君達は仲いいのだろう?」


 心臓が飛び出るかと思うほどに跳ね上がった。髪の毛の毛穴から汗が吹き出して流れ落ちそうだ。秋徒の奴も同じ状態なのか不自然に胸元をはためかせて窓の方を向いてる。逃げてるなあれ。校長先生や陽子先生の視線を完全無視だもん。
 くっそ……ずるいぞ秋徒の奴。自由に動けるからって……こっちはベッドに居るからどうあっても視線から逃れられない。下手な事は言えないし、ここは一般的そうな反応でも返して誤魔化そう。


「ははっは、校長先生何言ってるんですか? 僕達だって四六時中日鞠の奴と一緒に居るわけじゃないですよ。夫婦とかでもないんだから、そんな義務も無いわけで、寧ろこの休みであいつの顔を見る機会が減って清々してるくらいですよ」


 なんか胸にズキズキと刺さる見えないものが……耐えるんだ僕。ここで気付かれる訳にはいかない。何事も無く、新学期が始まれば、それが一番いい。


「ふむ……まあそう言う事にしておこうか。だけどね、近くに在るうちは気付かなくても、いつか遠くに離れたら色々と後悔をするものだよ。この時間はたった三年しか無いんだ。その時間の中で色々と決断を迫られる事があるだろう。
 だから何事も自分で決めなさい。私は四六時中一緒に居てもいいと思うがね」
「……ん……」


 何かを言おうと口を開けてみたけど、言葉は出ない。だから結局口を閉じて目を逸らした。いきなり教師っぽい事を言いおってからに……調子が狂うじゃん。まあだけど、普段見てた校長先生は多分こっちだったと思う。
 だけど本当はエロおやじなんだよな。それを知らなかったらもっとしっかりと心に入ってきただろうに。だけどそれでも……染みた言葉だった。そこはやっぱり校長まで登っただけはあるのかもしれない。
 この人は別に今の日鞠の事を知ってるわけじゃない。多分普段から見てた僕達の関係を思って言った言葉なんだろう。けど三年と言う短い時間、迫られる決断、そして自分の選択……自分が見れると思ってて、だけどそうじゃないかもしれない未来……後悔の二文字はどうすれば訪れるのか、今は簡単な程にそこにある。
 たまに大人もいいことを言うよな。それはきっと積み重ねた時間と経験なんだろう。


「ふむ、一人の女だけでもいいけど、たまには別の味を確かめたくならないかな? 例えば年上のお姉さんとか」


 何を言い出すんだこの人は。一応だけど、上司が見てるんですけど……生徒を目の前で誘惑するのは止めたほうがいいと思います。てか、なんでこんな迫ってくるんだ? 僕は保健室通いもしてなかったし、そんな接点無いはずだけど……いきなりこんなに迫られる覚えがない。


「う〜ん、なかなかに素っ気ない反応。これは……やっぱり重大な病気かも知れないわね。私に見惚れて鼻血出さないなんて……大量に出したんでしょ? 出してよね!」


 理不尽な切れ方をされた。意味が分からない。なんなのこの人? 真面目に診断する気無いだろ。てかそもそも心配してないよね? なんの為に来たんだよ。てか何の為の保健医だよ。


「先生、流石に出血を促すのはどうかと……」


 秋徒の奴がようやくだけど突っ込んでくれた。すると陽子先生が頬を膨らましながら秋徒を見据える。


「君は先生の事が好きですか?」
「え?」
「私は好きだよ」
「校長先生は黙っててください」


 速攻で封殺された校長先生は再びしょんぼりと肩を落とす。てか、アンタはもっと自重しろ。そして一歩陽子先生は秋徒に近づき、顔を近づける。


「ん?」


 陽子先生の誘惑に顔を真赤にしてる秋徒。ここで好きなんて言わないよな? お前には愛さん居るだろ。


「お……俺は……好き……ですよ」


 駄目だろそれ。そう思って軽蔑の目を向けてると、急いで秋徒の奴は付け加える。


「勿論、先生としては! 先生としてだから!」
「う〜ん面白くない答えだね。失格」


 どういう基準だ。するとくるりと回ってこっちを見てくる陽子先生。彼女のぷるるんと唇から次にどんな言葉は来るのかなんだか分かる。


「ねぇねぇスオウくんは先生の事〜」
「嫌いです。てか苦手かな?」
「くぁ〜痺れる!! 合格!」
「なんで!?」


  言葉が終わる前に否定したのになんでそうなるんだよ! おかしい……日鞠でも無いのに既に好感度MAXなのか? でもそんな好感度が上がるイベントは起こった記憶ないし、積み重ねた記憶もない。 どういう事なの?


「ふふ、私の人類皆メロメロ計画では君の様な子を落とすほうが重要なの」
「陽子先生は一度自分の頭を検査した方が良いですよ」


 駄目だこの人、早くなんとかしないと。そう思ってると突然校長が––


「ふ、ふん、儂なんて校長だから偉いんだぞ! 権力を駆使してパワハラするぞ」
「へぇ〜そうですか〜セクハラで訴えます」
「ふぬおおおおおおおおお!?」


 泣き崩れた校長の背中は切なかった。この学校はある意味で日鞠に支配されるべくして支配されたのかもしれない。まっ、教師って結局人間だよね。


「先生、そろそろちゃんと診てやってくださいよ。その為に呼んだんですから」
「う〜ん、だけどほら、すっごく元気そうじゃない?」


 超テキトー。ああ、結局この人、僕にも興味無さそうだ。多分ぞんざいな扱いされた? というか、興味を持って欲しい、注目されたい人間なのかも。美人保健医って、学校の中でならアイドルだしな。


「大丈夫だよね?」


 そう言ってその手を伸ばしてく陽子先生。頬に触れそうになるその手、だけど––パン––と僕はその手を弾く。そしてこう言うよ。


「ええ、大丈夫ですよ。ただの貧血とか、疲れとかそんなのですから」
「あっそ」


 つまらなそうな顔してそう言った陽子先生。すると秋徒の奴が「大丈夫なのか?」と言ってくる。先生達は知らないけど、秋徒の奴は僕がこの休みで何回も入退院を繰り返してるの知ってるからな。だから過剰に心配してるんだろう。


「心配するなよ秋徒。別にいきなり死んだりはしない」


 そう言って僕は毛布をどけてベッドから出る。上履き……はないから靴下で直に床に。一瞬確かに貧血っぽくクラっとしたけど、それは耐えて平然を装う。


「んじゃ、色々とありがとうございました先生方」
「あれ? そう言えば君達は何しにここに来たのかな〜?」
「そう言えば、確か校門も開いてなかった筈……」


 ギクギク––っと不味い音が警鐘を鳴らした。これはヤバイ。不法侵入が追求されるのは困る! 僕と秋徒の目がその瞬間交差する。考えることは同じだな。二人同時に頷いて僕達は同じ行動を取った。


「君達は一体何をしに––っておい!?」
「すみませ〜〜〜〜〜ん、一足先に学校の雰囲気を取り戻そうとしてただけで〜〜す!」


 校長先生の言葉にそう返して、僕達は廊下を疾走する。二人共追いかけてくる気はなさそうだ。だから視界を外した所でスピードを緩める。


「ふう、やばかったな」
「ぜぁ……はぁ……ぜぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」


 前方で荒い息を忙しなく繰り返してる僕に秋徒の奴が心配そうに言ってきた。流石に倒れた直後にいきなり走るのはまずかったか。そもそも目覚めたばかりで、昨日もまともに歩けなかったのに、無理して走ったのがまずかったかも。
 今日はもう普通に歩けてたから大丈夫だろうと思ってたら、そんな事無かったようだ。外側よりも寧ろ内側の方が弱ってるのかもしれない。けどそんな長期にわたって眠ってた訳でも無いんだけどな……少し戻って来れなくなっただけの僕でこれなら、ずっと眠り続けてる摂理や当夜さんはどうなるんだ。


「それにしても……なんかお前、足早くなかったか?」
「はぁ? はぁはぁ、そうだったか?」


 確かにちょっと差ついてるな。前は殆ど同じくらいだったはずだけど。まあでもこっちは結構全力だったからな。体が勝手にそうなったような……LROに浸ってたせいで、自分の体なのに制御しづらくなってるとか? だからこんな息切れ起こしてる訳だしな。


「どうする? 帰るか?」
「いや、ちょっと校内周ろうぜ。せっかく入れたんだしな」
「校長達と鉢あったらどうするんだよ」
「別に大丈夫だろ。ちょっとだけだよ」


 そう言って自分の教室を目指す。普段は上履きを履いた上で歩く廊下を、靴下だけで歩いてると、床の冷たさが伝わってきてなかなかにいい気持ちだ。そんなことを感じてると、直ぐに教室に付いた。そもそもそんな大きい訳でもない普通の学校だからね。それに一年の教室は一階だ。だから近いのは当たり前。
 教室のドアをスライドさせると、終業式から変わらない教室の風景が広がる。綺麗に並べられた机。何も残されてない教室。空っぽだな。まあ二学期が始まればまたごちゃごちゃと成るんだろうけど……でも今はまっさらな教室だ。
 てか、黒板の横のスペースには色々と貼り付けて有ったはずなんだけど……綺麗サッパリ消えてるな。


「なぁ、写真とかあったよな?」
「あったな。撤去しなかった筈だけど……」


 秋徒の奴も終業式の日もここにあったのは覚えてるようだ。ってことはその後に撤去したのか。ある意味学校始まってようやく登校して来た生徒は戸惑うんじゃなかろうか? あれで、ここは自分達の教室だなって感じてる奴も居ただろ。
 それぞれのクラスの個性というのがあるわけだし。そう思いつつなんとなく教壇の裏を覗きこむとそこには撤去された写真とか諸々があった。取り出してみると写真と一緒に何か切り貼りして作られたっぽい物も一緒にある。広げてみるとそれは『新学期!!』と読めた。
 ようは新学期仕様にするために一度撤去したみたいだな。一応生徒会なのにそんなの一言も聞いてない。たぶんこの教室だけって事はないだろうから、生徒会全体でやってると思うんだけど……あれか、LROの事があったからだな。そうだなきっと。


「大抵の写真には日鞠の奴写ってるよな」
「まあ、発案者だし」


 確かに写真はどれも日鞠がよく目立ってる。それに実際アイツの場合、このクラスだけの写真にしか写ってない訳じゃないからな。他のクラスも、同じように行事ごとの写真を飾ってたりする。それには日鞠のやつ大抵居る。


「こうやって見てると、高校生になったのも大分前のように思える」
「だな、ここから日鞠の奴がいなくなるかもなんて……考えられないな」


 この写真から、この風景から……日鞠が消える。それは確かに考えられない事だ。そうさせちゃいけない。二学期でもあいつの映る写真はどんどん増えてく……その予定だろ。何事もなかった日のように、またここへ……またこの学舎で僕達の高校生活を初めないと行けない。もうこの学校にあいつが必要でない事なんかあるわけないんだから。




「帰ろう秋徒」
「もういいのか?」
「ああ、十分……十分見えたから」
「は?」


 訳わからんって顔してる秋徒。無理もない。けど、僕には十分だった。これからもまた滅茶苦茶な事をし続ける日鞠の姿が目に浮かぶから……だから十分だ。


 玄関まで戻ると、そこには休み中だってのに制服に身を包んだメガネ君が居た。って、いやいや、まだまだ早い時間だぞ。何しに来たんだよ。そう思ったけど、声には出さない。だって僕、あの人に嫌われてるしな。
 すっごい気まずい。取り敢えずお互いスルーしてこっちは靴を履き、向こうは持ってきてるらしい上履きに履き替える。そして背中を向けた状態でそのまま去ろうとした時、こんな声が聞こえてきた。


「雑務担当の癖に、それすらもせずに呆けてるとはな。会長は既に二学期へ向けて動いてるというのに。やる気が無いのなら、君から会長に辞退を申し付けるべきだ。そうでないと迷惑なのだよ」


 多分メガネをクイッとしてるんだろうなって勝手に想像する。全く会ったら嫌味しか言わないんだからこの人は……そんなに下の人間いじめて楽しいか? いや、何もしてないのは確かだけど……取り敢えず他人ごとの様にこういってみる。


「二学期も大変になりそうでいやいやっすね」
「だからだったら––」
「でも……アイツの隣を譲る気はありません。アイツが求めて来た時は、断らないって決めてるんで」


 そう言って歩き出す。振り返りはしない。聞こえる声を空に流して、僕は高く聳える入道雲を見上げた。



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