命改変プログラム

ファーストなサイコロ

勿忘草

 世の中はみんな平等か? 差別なんかしちゃいけないって、学校とかでは当たり前の様に教える。確かに大切な事だと思うけど……誰かにとって大切な人が居ないわけがない。そんなのただの一人だって居ないだろ。
 大切なのは大切なんだ。他とは違う……何を差し置いてもその大切が揺るぐことはない。差別だろうと、依怙贔屓だろうと、他では埋められない関係性なんだから仕方ない。それは誰かにはとっては家族で、誰かにはとっては親友や幼馴染と呼べるものなのかもしれない。


 そんな大切の大半が僕にとっては『日鞠』だった。


 あいつが世界を変えたんだ。僕が見てた世界を変えた。それまでをぶち破って、新しい理をくれた。特別だった……誰よりも何よりも。恥ずかしくて口になんか出さないけど、その事実は消えること無く、いつまでだって色褪せずに残ってる。
 だからきっと、これからもずっとずっと死ぬまで日鞠の奴の存在は僕の中で変わることはないんだと思う。




 開いたドアが閉じかける。誰かがボタンを押して閉じかけたドアを止めた。先に出てた天道さんとかが脚を止めて振り返ってる。僕はラオウさんが抱えてくれてるリーフィアを見つめる。これが誘う世界に日鞠が……そう思うと僕の手は自然とリーフィアに向いてた。
 掴んだ手に力を込める。するとラオウさんがこういった。




「何をしてるんですかスオウ君?」
「……戻らないと……もう一度……」


 僕は力を込めてるはずなんだけど、リーフィアがピクリとも動かない。僕の力なんてラオウさんとっては無いに等しいようだ。無力……それを何でもない所で痛感させられると、堪えるダメージが倍増だよ。
 ふっ––と力が抜けて腕が落ちる。


「おい、スオウ? 言っとくけど、そんな直ぐに戻るなんて––」
「……そうだよな。僕は……無力なんだ。皆に助けて貰ったけど……自分に何が出来るのか……これ以上分からないよ」


 力が抜けていったせいか、秋徒の奴がバランスを崩して僕の方に倒れそうに成る。だけどそこは僕よりも体格が良い秋徒だ。踏ん張って僕を支えてくれる。


「おい、何があったかは後で詳しく聞いてやる。俺達はお前がLROで何やってたかとか何が会ったとかわからないから何も言えないんだ。だから今は精々落ち込んでろ。けどな、それが許せるのは、お前が後でちゃんと立ち上がる奴だってわかってるからだ」


 秋徒の言葉がどこか遠くで聞こえた気がした。皆の顔を眺めると、各々それに共感してくれてるようだ。秋徒の奴がしっかりと僕を支えて歩き出すと、皆何も言わずに付いてくる。信じてるからこそ、余計な言葉なんて入らないのかも知れない。
 だけど……それが今の僕には重く伸し掛かるような気がする。そもそも僕は、そんなに期待される奴じゃないんだよ。そういうのは日鞠の役目。僕はアイツのサポートをするのがお似合いな奴なんだ。
 LROでは日鞠の奴は殆ど関係無かったし、巻き込みたくもなかったから、背負って背負って矢面に立って来たけど……自分の弱さを、自分の立ち位置を改めて実感した気がする。誰も救えた事なんてない僕が、誰かを救おうなんて……自惚れだったのかも知れない。
 あいつがして来た事を、自分でも出来るかもなんて……そんなのおこがましい事だったんだ。だってそうだろ……僕はまだ一人で歩いてなんていない。人間に成れたのかすら……本当は何も変わってなんか居なかったのか?


(いや、知ってたんじゃないか……)


 あの時から、世界を輝かせてくれてたのは……僕自身なんかじゃなかった。あいつが世界は広いんだって教えてくれた。アイツが世界を輝かせて見せてくれてたんだ。


(だからほら……世界がもう色褪せてる)


 髪の隙間から見える世界が色を失ってる。もう随分見てなかったのに、見え出すと直ぐに戻ってく……あの頃へ。自分の弱さが更に痛感出来る。自分だけじゃ、世界をまともに見ることも出来ないじゃないか。
 足を前へ出す度に、地面に沈んで行くような気がする。ズブズブと埋まって……抜け出せない場所にはまったような……




「上手く言ったようだな」


 知らない声が聞こえた。どうやらいつの間にか目的の部屋に入ってたようだ。結構な広さ……スイートとかいう奴か? よくわからないけど、テーブルには持ち込んだのかパソコンが四台くらい置いてある。そこに背中を向けて椅子に腰掛けてる人物が居る。
 周りにはなんだか黒服の怖い人達も……重要人物か? そう考えると頭を過ぎる人物が一人……まさか当夜さ––


「初めましてだね坊や」


 ––そう言って振り返ったその顔を見て期待を裏切られたって顔に自分に成っただろう。誰だよ。てか顔見えないし。マスクってリアルでしてる奴は痛いな。中二病が垣間見える気がする。てか良く考えなくても、当夜さんがリアルに居ることはあり得ないよな。
 あの人はもうずっと向こうに行ってる。それに調査委員会が被害者をあの場所に集めてるとか言ってたし、それなら当夜さんも摂理の奴もあの場所に居るんだろう。だからどうあってもあり得ないよな。
 それにそもそもやっぱりなんか体格とか違う気がするし……あの人の背中だけはなんとなく見慣れてる気がするから、違うって分かる。


「誰?」


 僕は取り敢えず素直な疑問を口にした。ベッドの方に座らされて、そのフカフカ具合に直ぐにでも横になってしまいたいのをちょっとだけ我慢して聞いてあげよう。本当はもう、全てを閉じたい気持ちでいっぱいなんだけど……なんか先にこのベッドで寝てる巨乳が居るせいで拒否る事すら妨げられるってなんだよ。
 てかなんで秋徒の奴はこっちに僕を座らせた? もう一方の方でいいじゃん。ベッドは二組あるぞ。そして奥の方のは空いてる。わざわざこっちじゃなくても良かったと思うんだ。まあ話をする分にはこっちのが近いんだけど……横になれないのならもうソファーで良かったよ。
 てかメカブの奴、寝るの速いよ。なんでこいつがそんなに早く寝れるんだ? わからん。


「彼はタンちゃんだよ。お前を奪還できたのも彼の力が大きい」
「なあに、ちょっとセキュリティに侵入して色々と仕込んだだけだよ。それと補足説明しておくと、そこで眠り呆けてるメカブの兄だ」
「へぇ〜……ってえ?」


 僕は二人を思わず交互に見る。うん、痛い所はそっくりかも知れない。てか寧ろメカブの奴はこの兄の影響を多分に受けてるんじゃないだろうか?


「あんたのせいで妹が救えない道に入ってるぞ」
「ははっ、何を言う。君だって同士だろ? インフィニットアートを所持してると聞いてるぞ」


 くっ、まじで兄妹みたいだな。インフィニットアートなんて言葉がさらっと出てくる辺り疑いようがない。いやマジでインフィニットアートってなんだよ。前に言ったのはメカブに合せただけだし。だけど中途半端な言い訳はこの手の痛い奴には通じないからな……色々となんか面倒だし、僕は次の言葉を紡ぐのを止める。
 すると今はこの話題じゃないと判断してくれたのか、真面目な話に戻ってく。


「取り敢えずまだバレてはないようだ。追ってもないし、研究所内でも慌ただしい様子は見られない。あの娘の監視に必死のようだな」


 あの娘……その言葉に引っかかる。でも確かめる事はしなかった。いや確かめれなかった。なんだか嫌だったんだ。


「取り敢えず一晩の猶予は出来る筈ですね。予定通りではありますけど……どうしたらいいんでしょうね。秋君はジェスチャーコードでLROに入れたんです……よね?」


 ジェスチャーコード? なんだそれ? よくわからない言葉だ。するとベッドの前に立ってた秋徒の奴が、愛さんのその言葉へ返事を返す。


「LRO自体には入れなかった……かな? 近くまではいけたけど、俺はアギトじゃなく秋徒のままだったし、壁を一枚隔ててた様な……」
「それってジェスチャーコードでも中に行けなかったって事じゃない。ジェスチャーコードだけが唯一の頼りだったのにどうするのよ?」


 秋徒の言葉に天道さんが語尾を弱くしながらそういった。どうやらジェスチャーコードってのは相当な物のようだ。ついていけて無いけど……


「あれ? って事は秋徒君が連れ帰ったんじゃないの?」


 天道さんの言葉に僕と秋徒に視線が集中する。僕と秋徒はそれぞれ顔を見合わせて何かを伝えった。何を言えばいいんだっけ? 僕はまだ色々と付いて行けて無いんだけど……


「俺にもそこら辺は良く分からないんですよね。スオウの事は見えてたから必死に声を出した。だけど、俺が救い上げた訳じゃない……と思う。ジェスチャーコードは確かにフルダイブはさせてくれた。
 けどLROに入るには別の鍵が必要なのかも」


 話を聞いてる限り、今はリーフィアを使ってもLROにはアクセス出来ないのか。だからこそ、そのジェスチャーコード成るもので強制的に扉を開こうとした。でも結局は手前の仮想空間止まりだったと……


「例のアイテムは役にたったのかい?」


 タンちゃんと呼ばれてる、痛い奴が背中を向けたままそういった。アイテム? まだ何かあるのか?


「???の奴だな。多分あれがあったから俺はスオウが見えてたんだと思う。だから多分意味はあったはずだ」
「そうか……では別の方からの見方も聞いてみよう。一方だけでは見えなくても、別視点で見えることもある。
 スオウ君、君はその瞬間何が起こったか覚えているかい?」


 今度は間違いなく、僕に視線が集中してる。みんな色々と必死なんだから当たり前か……本当は僕だってもっとグイグイと皆と情報の共有をしたほうがいいんだろう。それはわかってる。けど……なんだろう。沸き立つ物がないというか……灰色の世界に、心まで灰色に染まってくようなんだ。


「スオウ! 日鞠や摂理の為なんだぞ! それだけじゃない、沢山の人達が今も眠ったままなんだ。調査委員会の奴等は、あの技術の解析解明にしか興味無い。被害者を実験動物とか見てないかも知れない。
 救うには俺達が動くしか無いんだ! わかってるだろ!!」


 さっきは見逃してくれたのに……今度はそうはしてくれないのか。もうちょっと待ってて欲しいんだけどな……さっきの今で、もう立ち上がれってのは早いよ。


「はぁ」


 僕はため息を一つ吐く。皆の真剣さも切実さも、全部わかってる。分かってるのに、心はどんどん沈んでいくんだ。今までの自分が、埋められてまた空っぽに成るような……


「チェストーーー!」
「ぐほっ!?」


 背中に走る衝撃。僕はベッドから叩き落されてた。なんだいきなり? そう思ってベッドの方を見ると、寝ぼけ眼のメカブの奴がこっちを見てた。


「剥奪よ」
「は?」
「今のアンタにインフィニットアートは勿体無い。いつからそんな曇った目に成ったのよ。まだ何一つ終わってなんか無いでしょ! それなのに、幼馴染か何か知らない女一人居なくなったらやる気なくすのか! 
 救おうとしなさいよ! 今までそうやってきたじゃない! 居なくなってくれたって私的にいいけど、私はねインフィニットアート所持者として、どんな勝負も正々堂々とやるのよ!」


 ビシっと指差されたと思ったら、「ふん」と鼻を鳴らしてふて寝の態勢に入った。言いたいことだけ言ってこっちの言い分は聞かないんだな。流石は中二病末期のメカブ。我が道を行ってやがるぜ。
 背中がジンジンと痛む。その痛みが熱を帯びてる。熱い何かが深淵にまでは届かないけど、ジンジンと波打つ熱は、少しは気持ちを持ち上げたかもしれない。


「僕は––」


 淡々とした声で、僕はあの時の状況を語った。すると気付いた事があった。そう言えば、LROから引っ張り上げられる時、誰かとすれ違った気がした。その時そいつの声が聞こえて、そしてその声は、日鞠の声だったと思う。
 秋徒の奴と日鞠が同じような状況だったとしたら、それはありえるんじゃないか? 秋徒の声は届いてた。それなら日鞠の声だって届いてたっておかしくない。でも……それなら日鞠はLROにさえ居ない事に……どうしたら……どうしたらいいんだ。
 痛みが薄くなっていくと、熱も冷めてく。僕はベッドに手を掛けてズリズリと擦り寄ってく。


「スオウ……お前、良く生きてたな。それだけでも運いいぞ」


 僕の話を聞いてそう言ってくる秋徒。でも……それは良かったのか……今の僕にはわからないよ。メカブが先に寝てるベッドに戻って、メカブの事を気にせず今度は僕も横になる。顔をベッドにうずめるよ。
 そしてそのままこういった。


「皆消えて行った……僕のせいで……誰も、何も守れずに……守られたのは僕の方だったんだよ」


 意識が静かに沈んでく。今日はもう……疲れた。「全てが夢だったらいいのに」そう思いながら僕は目を閉じる。近くで聞こえる秋徒の声。揺さぶられたりもしたけど、だけどそんなの意に介さず、僕は眠りに落ちていく。



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