命改変プログラム

ファーストなサイコロ

言葉の意味

『電話越しでも分かる物だ。君達の呼吸と、言葉の余韻、そして与えられる情報を私は完璧に繋ぎ合わせる事ができる。君達はよくやったと言えるさ。貴重な情報を見つけてくれた。後は我等に任せるという選択肢もあると思うがね。
 なに、その功績は勿論闇に葬ったりはしないさ。君達の行動は人類の進歩に大いに貢献したのだからね』


 電話越しの声が俺達に条件の良い引き際を提案してくる。負けさせないでやるから、これで妥協しろと……そういう事か? この電話越しの奴はホント、相当に自信があるみたいだな。自分に敗北は無いとでも思ってるのか……俺は電話を持つラオウさんを見上げる。


「進歩? 貴方達はLROに囚われた人達を助ける為に集められたのでしょう?」


 ラオウさんが手のひらの上の電話に向けてそう言う。彼女が持つと高性能な最近のスマホも玩具にしか見えなくなるな。手がでかいから、日本人向けのこぶりなのは彼女にはつらそうだ。タブレットが丁度良さそう。
 まあ彼女の使ってたゴツい衛生電話とかなら、無茶苦茶似合うんだけどな。


『わかってることを聞くんだな。ではまあ……この際、ハッキリと行ってあげようか。そんなのはただの体裁だと』


 こいつ––っていかんいかん、つい頭に血が上りそうになるな。それが狙いとかなんだろうし、感情に任せることはしない。でも簡単に認めたな。まあこいつらは、それこそ全てのリソースを研究とかに回したい奴等なんだもんな。
 自分達の研究の為に運転手さんを誘拐して、ジェスチャーコードを手に入れようとした奴等だ。調査委員会に義理立てとか、する気なんかないんだろう。


『まあだが、やる気はあるんだよ。今の状況を解明することも有意義な事だからな。だからついでや、例えおまけだとしても、きちんと助けだしてやるから安心して退場しとくのが懸命だぞ』


 また再びの脅しか……こいつだってわかってる筈だ。俺達がそんな物を受け入れる筈がないって事くらい。それに今の話しを聞いたら尚更だろう。ついでやおまけって……どう考えても片手間じゃないか。
 本腰入れろよ。片手間でどうにか出来るほど、LROもリーフィアも……そして桜矢当夜という人物もきっと甘くないぞ。


「貴方のその言葉では引くことなど出来ませんね。それにそもそも、そちらに主導権はない。もうすぐそこに日鞠ちゃんが連れられてくるでしょうが、貴方に手出しなど出来ないでしょう」
『解剖が楽しみだと言ったはずだが?』


 その言葉にラオウさんは静かに返す。周りの捕らえられてる奴等は、自分達のボスがどうにか有利な状況を作り出してくれないかと願ってそうだ。願ってそうってか……縋ってそうというか……実際誘拐なんてのは洒落にならないからな。犯罪だ犯罪。
 たとえ無傷で返しても、既に誘拐は連れ去った時点で成立してる。なかった事になんか出来ないぞ。それにこいつらは調査委員会の意志とは違う行動をしてたのは確実だからな。
全てが晒されれば、困るのはそっちだろう。


「解剖など出来ないでしょう。彼女は貴重な被験体と成ってるのですから。その脅しは通用しません。そしてあなた方は、逆に追い詰められてる。そうですよね?」
『君達は我等を売り払う事が出来るから……か?』
「ええ、貴方達の行動は知られると不味いものの筈です。上手くやりたかったのでしょう? だけど私達はそれを壊すことが出来ます。ですが、貴方はこちらに届く有効打はない」


 携帯の向こうの奴に沈黙が降りる。まあ無理もない……無理もない……と思ってたら耳を澄ましてみると何かズズズってな音が聞こえる。


『ふう、そろそろコーヒーも無くなりそうなので、締めに入りましょうか。それぞれの思惑を錯綜させて一番良い落とし所を決めましょう』


 こいつ……別に言い返す言葉が無くて黙ってたんじゃないのかよ。まあ電話越しだし、ただ強がってるだけって線も無きにしも非ずだけど……こいつの言葉の上から下まで、そんな毛は一切感じない。
 しかも何気に自分のペースに持って行こうとしてるしな。なんでこっちがお前のコーヒーの飲み終わりのタイミングに合わせないと行けないんだよ。しかもワザとらしく思惑とか口にしてる所もなんか怪しい。
 てかホント、全てが疑わしく見えてきて頭が痛くなってくる。ホント、こういうのは無理っぽいな。俺には向いてないってのは正しいよ日鞠。
 俺はお前ほど、頭の回転早くないからな。だから俺がやれることは、心を動かす事……けど、電話越しとかなかなか厳しいものがあるな。変化が声でしか分からない……でも、全てをラオウさんに任せてると不味い気もする。
 多分ラオウさんは気付いてないだろうけど、電話越しの相手はペースにはめて来てる気がする。ラオウさんも流石、歴戦を戦い抜いてきた猛者だけあって、感情の制御の仕方とか色々と俺なんかよりも上手いんだとも思う。
 俺が気付かない高度なやり取りが実はもっと有ったのかも……だけどそれでも、ラオウさんでも万能ではないんだろう。彼女は強い。それが真実で多分絶対だから、口先では向こうの奴に分がある。ラオウさんが頭が切れない訳じゃないだろう。
 寧ろそこらの奴等よりは知能指数とかはきっと高いと思う。ラオウさんだって最初から最強だった訳じゃないだろうからな。生きる術をその身に叩きこんで来たからこそ、彼女はきっと恵まれない地でも生き抜いてこうやって今、ここにいる。それは頭悪かったら出来ない筈だ。だからラオウさんだってそれなりの切れ者の筈……でも今回は相手がな。


「落とし所は決まってる。俺達の言い分の完全了承だ。それ意外になんてない」
『ふむ、だがそれでは我等が特をしないな』
「何を都合の良い事を考えてるんだ? そっちの都合なんて関係ない。何やったかわかってるのか? お前達のやったことは犯罪だ。俺達が今、お前達の命運を握ってるんだ」


 強引だけど、押し切る事も必要だよな。色々と思考を巡らせるから、向こうにも付け入る隙を与えることに成るんだ。それなら超絶有利な状況で押し切るのが懸命。心を動かしてやろうじゃないか。妥協をするようにさ。


「秋徒君、それは……」


 なんだかラオウさんの声に不可解な陰りを感じる。何か不味ったのか? だけど、間違ってるなんて思えないんだが……


『確かに我等は今不味い状況だ。いや本当に、まったくもって不味い。このままでは人生が終わるかも知れない。ほんとどうしたものか……まだ家のローンも家族を養ってくお金も娘の学費だって……きっとどいつかは必要だろう』


 お前じゃないのかよ。自分達のグループの誰かがって事か? そんな過程の話で同情を誘われても困るな。全然興味わかないし。


『分かるかい? 君の言い分では幾ら不利でも納得など出来ないのだよ。これが社会と言うものだ。完全不利な条件など、この国のおめでたい頭をしてる政治家以外、受け入れはしないよ。まあそれも割り食ってるのは国民でしかないと言うのがオチだがね』


 それじゃあやっぱりどこかで甘い顔を見せるべき……ってそういう事なのか? だけどそれも自分達の可能性を残すための誘導尋問のような。だってそうだろ……ここで手心を加えると、どこで噛み付かれるか……そもそも信用なんて一ミリも出来ない連中だしな。


『人を上手く使うには、上手くやる気を引き出す事も必要なのだよ。完全支配など、信者にまで仕立てないと効率的ではない。だが君達にはそれは出来ない。当たり前だがね。良き関係を築くためにも、こちらにもメリットが必要だよ』
「くっ……」


 不思議な事にこいつの言ってることが正論の様に思えてくる不思議。より良い関係なんて築く必要なんかないと思うんだが……こいつらを利用出来れば、色々と都合がよさそうなのも事実だよな。するとラオウさんが口を開く。


「貴方達へのメリットは今のままでいれるということです。現状維持……それ以上の幸福なんて、今の貴方がたにはないと思いますが?」


 そう言ってチラリと人質に転落した人達を見る。すると「ひいい」ってな声と共震え上がった。もうラオウさんは恐怖の対象としてしか見られてないな……まあ無理もないんだけどさ。


『現状維持で満足しろと。確かにマイナスになるよりは……と考えもあるかも知れない。だけど……それでは私は満足できない』


 だから何様だよこいつ。どうして上から目線なの? 実はアホなのか? こっちが主導権握ってるんだぞ。脅されてるのが自分達だといい加減認めろよ。


『君達の狙いは想像が付く。手に入れたジェスチャーコードでLROに舞い戻り、仲間を連れ戻し、原因を納めるつもりだろう。まあ順番がどう成るかは知らないが……その障害は調査委員会の存在だろう。
 被害者を集めて囲ってるからな。仲間を取り戻す。それはLROと調査委員会から……ということだろう? その中に、我々という不穏分子が必要。時間稼ぎだとも言ってたな。
 つまりはこれから君達は反転攻勢に出る気だろう。それは色々といい情報じゃないか?』
「それは脅しですか?」
『こちらのほうが早いんだよ。私は直ぐにこの情報を伝える事が出来る。だけど君達はどうだ? どうやって我々の行動を誰に伝える?』
「こ……こっちがそこら辺を考えてないとでも思ってるのか?」


 ですよねラオウさん! 詰まりながらも俺はそう言ってラオウさんを見るよ。だって他の皆がどう動いてるのかなんか俺は知らない。でも、日鞠の奴がそこら辺を考えてないわけもないだろう。


『連絡手段があると? まあだけど、それが確実に繋がるとは限らないよね?』
「くっ……」
「繋がりますよ。私達をあまりなめないほうがいい。今頃貴方達の所に送られてくるあの子はきっと、世界に愛された子です。だからしっかり見守って、手を出さないのが懸命です」


 ラオウさんの言葉に、今度は本当に僅か数瞬の沈黙が降りる。流れが停滞して、舞う埃が外からの光を受けてキラキラと目に眩しい。格好も図体もギャグみたいな人だけど……その顔は壮観で凛々しく、瞳は鋭いけど優しい光を放ってる。ハーフなのかどうかは知らないけど、外人の骨ばった顔立ちは静観した時に決まるものだ。あれかな? やっぱ鼻が高い所が違うのか? だけど電話の向こうからは、笑いをこらえきれなくなったのか、「くっくくくはは」という笑いが漏れてきてた。


『面白い。実にその考えには興味がある。それを思うものは居るものだ。幸せを絶頂に感じてる輩や、自分達の子供にはそれを感じるだろうな。世界が祝福してくれてる……とでもいうのか、片腹痛い。
 だが、他人をそう評するのは珍しい。そう言われたら本気で解剖したく成るぞ』
「解剖した所で何かが分かることでも無いでしょう。他人とまともに付き合ったことも無さそうな貴方が……」
『他人を蹂躙してきた悪魔にならわかると?』


 その瞬間ラオウさんが持つスマホの液晶にヒビが入った。俺は慌てて彼女を止める。


「ラオウさん!」
「えっ? ああ、すみませんつい」
『電話越しなのが口惜しい。まあだが、殺されるのは嫌だからな。貴方の過去はこれくらいにしておいて上げよう。それと言っとくが、私は自分が全てだ。自分の欲を満たすために全てを知りたい。だから興味を持った物は逃さない。他人など、自分の研究対象に成り得るかそうじゃないかしか居ない。
 だから君達は自分の研究対象に成り得る存在だ。喜びたまえ』


 どこに喜んでいい要素があるんだよ。それよりもなんだか、話しが変な方向に行ってるだろ。これはなんか不味い気がする。どうにかして元の路線へ……


「そんな事どうでもいい。取り敢えずどっちにしろお前は日鞠にては出せない。その間に全てを終わらせるんだ。それにアンタは興味ないのか?」
『何?』


 確かラオウさんが言ってた。こいつらに与えるのは好奇心だと。そしてこいつの発言からも分かる。研究にしか興味ないけど、その研究の為ならなんだってするから、こいつらは危ないんだ。


『君は気付いてないだろうが、君達の底は既に見えてる。絶対有利な条件などふっかけようはない』


 確かに随分と余裕を感じるし、そうなのかも知れない。だけどな、今やそんなのどうでもいいんだ。多くなんてこの際望まない。他人が出来る事は結局決めてになんか成りはしないんだ。俺達には今、仲間が居る。そっちが本命。
 それならもう、それでいい……だから……


「秋徒君……」
「お前達は見たいんだろう。LROやフルダイブシステムの深層とかを。それなら、俺達を使うべきなんだ。お前達がジェスチャーコードを使った所でたかがしれてる。だけど俺達は違う。結局あんたらは組織の中でも二番手、三番手なんだろう?
 そんなあんたらには得られない与えられない物がきっと見れる筈だ。だから黙って俺達の可能性に賭けろ!!」


 滅茶苦茶だった。ホント滅茶苦茶だったと思う。なんかもう言いたいことを絞り出しただけだった。メリットとか取引とかそんなの蔑ろにしたしな。余りに頭のわるい発言だったからか、周りがポカーンとしてるし……すると電話の向こうから静かな声が響いてくる。
 割れた画面の向こうから、なんとか伝えようとその電話はしてる。


『可能性……その言葉は嫌いじゃない。利用しよう。そして見せて貰おうか。君達の可能性––可能性領域を』

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