命改変プログラム

ファーストなサイコロ

残された者達

「おい! おい日鞠!!」


 俺は雑音だけが聞こえてくるパソコンに齧り付く。いくら呼んでもアイツの声はもう聞こえない。なにやらドタバタとした音だけが響いてた。けどそれも向こうの調査委員会の連中だろうが、パソコンに気付いた声が僅かに聞こえたと思ったら、ぷっつりと向こうの音声が途切れてしまった。


「おい! おい! クソッ! クソッ!!」


 俺はキーボードを闇雲に叩く。取り敢えず接続先とか色々とみてみるけど、ハッカー的知識は無いから何かが出来るわけでもなかった。だから最終的には力いっぱい机を叩いて無駄にデカイ音を出して自分を傷つける事しか出来ない。
 ジンジンする拳……今の衝撃で机からワイヤレスマウスが落ちて逆さになってくるくる回ってる。痛みのおかげで少しだけ頭が冷えたかも知れない。ホントかなり思いっきりな感じで行ったからな……


「秋徒君……」


 ラオウさんが心配そうに俺を見てくる。するとその時、不快な声がこの部屋に響いた。


「はっはははは、なんてバカな事を……」
「お前……」


 自分の中で凶悪な何かが生まれるのを感じる。自分達がもう終わってるからってヤケクソか? 取り敢えず人質とか関係ない。一発殴らせろ。俺は荒い息を吐きながら奴等に近づく。するとその間に居たラオウさんがたちはだかる。


「落ち着いてください秋徒君」
「落ち着いてって……これが落ちついて居られますか! 日鞠の奴が、また馬鹿な事をやったんです。ジェスチャーコードを勝手に試すとか……それだけじゃ意味ないってアイツが言ってたのに……」


 ホントなんで……いつもいつもアイツの行動は理解なんてほぼ出来ないけど、今回は尚更だ。ジェスチャーコードを使ってLROに入れたって、アイツの使ったリーフィアには破損アイテムは無い。だってシルクちゃんやテツの奴から借りたリーフィアはやっぱ使えなかったし、俺のだって日鞠じゃ認識なんかしない。繋げる事は出来ても認識はしなかった。だからアイツは不十分な状態で無茶やったって事だ。
 日鞠の事だからそれを百も承知の筈……それならスオウの元に行くのが目的じゃなかったって事か? LROに何かしに行ったとか……でも幾らアイツでも何か出来るとは思えない。ジェスチャーコードが有効なのか、その身で実証したかったのか? でもそれじゃあほんとにこいつが言うようにモルモットだ。


「意味ならあったんです。ジェスチャーコードが有効なのかどうかを示す意味が」
「ラオウさん……あんた、知ってたのか?」


 今の言い方、そうとしか捉えれないぞ。普段なら力の違いに及び腰になる所だが、俺はそんなの気にせずに彼女を睨み据える。だけど彼女は動じる事はない。そりゃそうだろう。俺なんてラオウさんから見れば雑魚だ。相対すれば軽く片手で捻じ伏せられるだろう。
 だけどここで負けちゃられない。俺は精一杯強気な瞳を向ける。スオウが居ない今、日鞠の奴と付き合いが一番長いのは俺だ。その俺が知らなくて、他が知ってるってどういう事だよ!


「日鞠ちゃんも言ってたではないですか。あの場所にはすでに一人だと。私達は途中で連絡を受け取ってます。まあ秋徒君の連絡手段は日鞠ちゃんが持ったままだったので、知らないのも無理は無いですが……」
「それならその時言ってくれれば良いじゃないですか!」
「そうしたら貴方は止めたでしょう」
「当たり前です!!」


 当然だろ。止めないわけ無い。そんな危険な事……戻ってこれるかなんかわかんないんだぞ!! いや、この状況でLROに入るなんて、帰り道なんて確保されてないのと同じだろ。俺のリーフィアでやっても実際帰ってこれるのかはわからないのに……何も無い状態のリーフィアじゃ、特別に頼れるものなんて何も無いじゃないか。
 それにアイツ、LROに入ったって初心者中の初心者でしかないのに……もしもシクラ達に出会ったらどうするんだ。何も出来ずに殺されるぞ。きっと向こうでは小指一本あれば……いや触れなくてもスキル無し装備無しの日鞠なんて殺せる筈だ。
 ホントなんの為に……アイツ……


「なんでこんな事を許したんですか? 誰か止めるべきだった!」
「そうかも知れません。でも、日鞠ちゃんは止まらない子でしょう。それを知ってるのも君の筈」
「そうですよ……だから俺が……」
「だからこそ、伝えないで欲しかったんです。付き合いが長い秋徒君の言葉には動かされるかもしれないと思ったからでしょう」


 そう思いたい。いや、そう思ってくれたんだよな……アイツが。自分が信じる道を突き進む奴だけど、俺の言葉もそれなりに気にかけてくれてたのか。だけど……だからこそ、悔しいし、怒りがこみ上げる。
 一人でなんでもかでも分かるからか知らないけどな、アイツはいつだって一人で先走り過ぎなんだ。もっと周りに頼ったって……


「アイツは俺達がそんなに信用出来ないのか? そんなに早くスオウに会いたいか?」
「……それは違いますよ秋徒君。あの子は私達を、いえ……君を信じてるからこそのこの行動と決断です。分かりますよね? 日鞠ちゃんはしっかりと言ったはずです。信じてると」


 確かにそう言ってたな。信じてる……でもだからこんな事をやる理由は何なんだ?


「ラオウさん……ラオウさん達は納得したからこれを実行させたんですよね? なら教えて下さい。もう隠しておく必要はない筈でしょう」
「そうですね」


 するとラオウさんはポケットから何かを取り出して後ろの誘拐犯共に近づく。そしてその巨大な手を向けた。その手があまりに無骨だからか、彼等はその顔が強張ってる。こっちに意識を向けてた時は結構余裕そうに……というか、正直ホッとしてたんだろうけど、イキナリの行動に彼等は震え上がってる。
 終いには「殺さないで」とか言われる始末。まあその程度ラオウさんなら簡単だろうけどな。でもそれをしたら完全な犯罪者。こっちが極悪人だ。将来の為にもそういうのは願い下げて貰いたいな。


「まったく、けしからん連中ですね。私は神の信徒ですよ。神の許しが出るまでは殺しませんよ」


 ニッコリとそう言うラオウさん。そして彼等の耳に何かを詰め込んでいく。何? 耳栓か? 耳栓だよなあれ? なんか詰められてる彼等の反応は爆弾でも押し込まれてる様な顔に成ってるけど、多分それは無いだろうから耳栓だろう。
 けどさっきの神の許しが出るまでは~みたいな言い方は、神の許しが出たら殺すとも取れるもんな。それにラオウさんは見た目的にも何人も殺してておかしくなさそうだから、変に誤解するのも無理は無いのかも知れない。
 まあだけどいい気味ではあるな。こいつらのせいで変な手間が掛かったせいで色々と厄介に成ったんだからな。たく大人ってのは同じ目標に向かって真っ直ぐに進むって事が出来ないのかよ。
 厄介な事を絡めないと気が済まないのか……と思う。


「こいつらどうするんだ?」
「それもちゃんと考えてます。ですがこっちの会話を全部聞かせておく必要もないですしね」


 だから耳栓か。まあ確かにこいつらに聞かせてても何のメリットも無いしな。不都合があるかは知らないけど、こっちの情報とかを無闇に与える必要はない。


「それで、納得した理由は何なんですか?」
「先に言いますが、私達も納得した訳ではないです。危険が伴う事ですからね……特に愛さんは強く反対してましたよ。その場に残ってたのもあるでしょうけど、貴方の為にも止めたかったのでしょう。
 スオウくんも中で、それに日鞠ちゃんまでも同じようになってしまうのは辛いでしょう。秋徒君は一番近いのですから。私達が感じる辛さよりも、それこそ何倍も辛いはずです。それを愛さんはわかってたのでしょう」


 愛らしいといえば愛らしいな。でも結局止められなかった。それにそれ聞く限りじゃ、とっくの前に決断してたっぽいぞ。俺をラオウさんと共に行かせたのも、自分がこの事を実行するための布石だった訳じゃないか。
 ラオウさん達は俺が居たらとか知ってたら……と思ってるようだけど、やっぱり止まらなかったんじゃないかと思う。日鞠の奴も止める可能性を少しは考えた様だけど、でもやっぱり実行に移したと思う。
 あいつは結局そう言う奴だし、俺じゃ結局、どこかで折れる。アイツに口で勝った事ないしな……いつの間にか「なんとか出来るんじゃ」やら「こいつなら大丈夫かも」と思わせる事が上手いんだ。
 そうやっていつもいつも……いつもいつも……


「いつも……」
「秋徒君、止められなかった私達を恨んでくれて結構です。ですが今は進みましょう。戦場ではいつも諦めた者から死んでいきます。それは何も敵に殺されるだけじゃない。諦めた者は自らの命を捨てるのです。
 そして日鞠ちゃんは諦めた訳じゃない。私達もまだ終わった訳じゃない。全てを取り戻す為に進みましょう」


 俺はラオウさんの言葉を深く噛み締める。近くにいても……突然どこか遠くに行く奴等だった。アイツ等二人共、どっかおかしい。そんなの承知で付き合ってきた。いつの間にか彼奴等は戻ってくるしな。俺が心配する事なんか無くても、日常はいつだってこの手からこぼれる事はなかった。
 どんなにLROで傷ついたって、リアルに戻れば面倒な学校があって、そこに行けばいつもいつも騒がしい事が起きてた。そりゃあLROみたいに派手じゃないし、剣も魔法もモンスターも入り乱れる事なんて無い、他愛もない騒動だ。
 だけどそれが日常で、それが俺達の学校で、それがスオウと日鞠と出会ってから続いてきた毎日。いつかは終わりが来るんだろうとわかってても、少なくとも後三年は、そんな日々の中に居たいじゃないか。もう一度取り戻したいじゃないか。


「今までは……俺が何かする必要なんて殆ど無かった……」
「そうなのかも知れませんね。あの子は優秀なのでしょう。私達と見てる部分がどこか違うとそう感じます。メカブが言うようなインフィニットアート成る物を宿してるとしたら、きっとそれはメカブではなく……」
「ありませんよそんなの」


 ラオウさんの言葉に俺はそう答える。確かに日鞠の方がお似合いだ。メカブが追い求めて妄想してる様な物に日鞠は近いのかも知れない。アイツはホント特別だから。でも誰もが知ってるんだ。
 このリアルにそんな物はないって。魔法も魔術もない。モンスターは突如現れないし、人を食いに巨人は現れない。宇宙人が居たとしても、全然干渉してこないし、地球侵略が今直ぐに開始される事はないだろう。
 だからリアルは……どこまでもリアルだ。特別で特殊な奴等は確かにいる。でも……だけどそれでも、誰もが等しく人なんだ。その枠から外れてなんかいないんだ。そして人である以上、日鞠の奴もやっぱりただの女の子なんだ。人よりも頭が良くて、運動も出来て、人々を引き付ける魅力がある……そんな普通でちょっと普通じゃない、どこにでもは居ないかもしれないけど、この国の……この世界の人口から漏れることはない六十億分の一。
 だからやっぱりただの女の子だろ。


「ラオウさんだって特別で特殊でも六十億分の一の人。ただの人です。日鞠だってその一人……俺達が見てる程アイツは人間離れしてないし、物凄い能力を隠し持ってる訳じゃない。
 俺達はアイツを特別扱いして特別な目で見るけど、アイツは自分の事を特別なんて思ってない。どこまで行っても人の枠からは出れないから……アイツだって帰ってこない事はあるかも知れない」
「確かに私達はどこか、あの二人を特別な存在だと思って見てた所はあるかもしれません。でもそうですね……確かに二人共人です。弱く、脆弱ではないかもしれませんが、死ぬ時は、死んでしまうんでしょう。
 いけないですね。この平和な国に居たから忘れる所でした。人は死にます。どこまでも残酷に、そしてきっと貴方達が思うよりもあっさりと。更にはそうですね、そんな筈がないと思ってる人程に……」


 ラオウさんの言葉が重い。この人はきっと見てきたんだろう。そんな地獄を……ずっと。だからこそ、心が押しつぶされそうに言葉が乗っかってくる。人の死に触れたことなんか無くても、この人が言うと、漬物石並にのしかかってくる。
 瑞々しい水分が潰されてカラッカラに成った所に、変なドロっとしたものが染みこんでくるような……それが真っ赤だと想像できるような……そんな感じだ。


 空気が重い……ラオウさんが倒した護衛とかを縛り終わって、色々とドタバタやってるSPの方々はなんかこっちに感心を寄せないようにしてるような……いやきっと向こうも入りづらいんだろう。
 多分彼等も知ってただろうから……その責任とかを感じるのなら動いてた方が……とかさ。でもまあ結局は誰のせいでも無いけどな。日鞠が決めて、日鞠がやった事だ。それを皆に押し付けて……そしてそれを分かってるのに、俺はやりきれない思いをぶつけてる。


「はぁーふぅ~」


 俺は大きく息を吸って吐いた。激流の様に流れてた血流を押さえて、冷静さを少しでも取り戻す為だ。言いたい事は多分粗方言ったんだろう。そして死という想像は、人の心を落とすには十分だ。
 最悪の結果を考えなかった訳じゃない……だけど今はその最悪が更に最悪に成ったんだ。もしかしたら俺は、一番の友達を一度に二人も失うかも知れないんだから。どんだけ吹き上がってても、その光景を想像したらビックバンでも絶対零度に反転するわ。
 でもそんな自分の中に……響く言葉がある。


『可能性を信じてる』


 日鞠は最後にそう言った。信じてくれてる。いつだって自分で解決出来る奴だけど、今回ばかりはそうじゃない。自分だけの力じゃどうにも出来ないってわかってる。だから、自分がどう役立てるのか、その結論があの行動なんだろう。
 そして俺達にもそれぞれの可能性を残した。俺達がその可能性を掴んで行くと、信じてるから。今度ばかりは、スオウも日鞠も、自分達だけじゃどうにも出来ない。だから迎えに行く奴が必要なんだ。


「死なせたりしない。俺達もただの人だけど、俺達は何も知らず、何も出来ない奴じゃない。助けたいと行動し、手探りで情報を集めて、そして同じ思いを持った仲間がこんなに……信じれる仲間がこれだけいる。
 教えて下さいラオウさん。日鞠の残した作戦を」
「ええ、その顔になってくれて安心しました」


 俺の顔を見てちょっと泣きそうに成ってるラオウさん。卑屈なままでは、教えたくは無かったのかもしれないな。少し大きくなった子供見るような瞳してる。実際何歳か知らないけど、子供が居てもおかしくはない歳だとしても別段驚きはしない。


「では伝えましょう。私達はこれから、奴等調査委員会の本部へ向かいます」
「本部? ってあの植物園の?」
「そうです。ですが取り敢えずは近くのホテルで合流ですけど。先にタンちゃん達がそのホテルに向かってるはずです」
「ようはそこでジェスチャーコードを使ってスオウの奴を……」


 確かに近くに居たほうが奪還とかやりやすいかもな。でもマジで奪還する気なのか? 確かにラオウさんがいれば、強引な手で出来そうだけど……それは犯罪だろ。それとも揉み消す手立てまであるのか?
 それに……ジェスチャーコードで、上手くLROへいけたとしても、その後無事にスオウを連れてこれるか……そもそもどういう風に成るか分からない。だけど……ジェスチャーコードは最後の希望。
 それに俺のリーフィアには破損アイテムがあり、テツとシルクちゃんのリーフィアもある。それに賭けるしかないんだよな。


「不安ですか?」
「不安ですよ。でもやるしか無い。日鞠が先にジェスチャーコードの効果は実証してる。きっと破損アイテムがあれば……」


 上手くいく可能性はある。その筈だろう。そうでなきゃ困る。多分破損アイテムは所有者を繋げてる。というか、あのアイテムが繋がってる? のかもしれない。だからこそ、あの時咲夜に……


「だけど調査委員会ももうジェスチャーコードは手にしてる筈なんですよね? それなら奴等はその数を武器にLROの扉を開こうとするんじゃ……」
「その牽制の為にも日鞠ちゃんは彼等の目の前でジェスチャーコードを用いてLROへダイブしたんですよ。彼等はきっと日鞠ちゃんを回収するでしょう。そしてその様子を少なくとも一日は見守る筈です。
 ジェスチャーコードを使用した者がどうなるか……それは彼等だって知りたいでしょうからね」
「そうか……俺達の時間を稼ぐ為にもアイツ……」


 確かに目の前でジェスチャーコードを使用されて、そして昏睡状態にまで陥ったのかどうか……戻ってくるのかどうか……それを確認するためにはそれなりの時間が必要だろう。そして目の前にわざわざ進んで被験体になった奴が居る。
 それを無視して次々と同じ事を繰り返す程、奴等はきっとバカじゃない。確かに少なくとも一日くらいは日鞠の事を見守るだろう。それにもしも昏睡状態だとなれば……そこから更にジェスチャーコードを使用する者を選別するのは難しい。
 だれだって進んで実験体には成りたくないだろうしな。だけどまあ、それもコレも希望的観測でしかない。どこまで確実に動くのか……俺達には確かめる術がない。


「これって奴等が動けないと仮定した時間にこっちが先手を打つって事ですよね? だけどもしかしたら、残りも拉致ろうと来るかも……」
「そうですね。ですが彼等は既に私達を見失ってますよ。かなりさっきの襲撃にリソースを割いてたようですから。もう一度私達を見つけようとするかもですが、日鞠ちゃんと言う被験体をまあまず優先するでしょう。
 なんたって彼女は貴重です。ジェスチャーコードの第一の被験者なんですから」


 それはそうなんだけど……向こうの組織のでかさは多分想像以上だろう。てか想像できないしな。別に科学者連中をこっちに割く必要もない。それが得意な組織だってきっと動かせるだろう。
 数はやっぱり武器だ。そしてその後ろ盾が国と成れば最強だ。恐れる物なんかないだろ。


「大丈夫ですよ。ちゃんと奴等に先手は打ちます」
「どうやって?」
「利用価値がある奴等が居るでしょう。調査委員会内部の分派で、こんな行動を起こせるだけの連中。それが今、手の内に」


 ラオウさんは目を爛々と輝かせてその者達を見る。今にも美味しく食べちゃいそうな表情してるように見えるのか、彼等はゴクリと喉を鳴らす。でも同情などしない。確かにこいつらは使える。
 その行動が知られてないのなら、もう一度調査委員会の内部に潜らせて二重スパイでもさせれば、奴等の情報を得られる。でも問題はこいつらはいうこと聞くかどうか……


「ラオウさん……どうするんですか? どうやって服従させるんですか?」
「服従は必要ないようです。日鞠ちゃんの見立てでは、この人達に与えるの物は『好奇心』で良いそうです」


 好奇心? それは彼等が研究者だからか? でもそんな好奇心擽るような取引出来るのか? そんな心擽るような良い話あったかな?


「そんな不安な顔しないでください。大丈夫キーワードは教えてもらってます。後は私流のやり方で落としみせます」


 そう言ってラオウさんは震え上がってる研究者達に近づいて耳栓を取る。そして言った。


「携帯をだして、貴方達のボスへ掛けなさい」
「………」
「さあ、早く」


 その眼力に男共が恐怖にビクついた。そして震える手で一人が数回のタップで電話を繋げる。それをラオウさんがヒョイと手から取り上げた。


「もしもし、貴方の部下は私達が抑えてる。残念だけど、漁夫の利は得られなかったようよ」


 通話向こうから声は聞こえてこない。だけどどうしてか……嫌な緊張が疾走ってる。見えない相手……それにこっちには人質も居る。どう考えても有利な状況だ。怯える必要など無いんだけど……何か……


『ふむ、要件を聞こうか? 私に連絡を取ってきたと言うことは、取引が目的だろう。今こちらは忙しくてね。楽しい被験体が入るそうなんだ。だから手短に頼もうか。解剖のイメージをしてる所なんだ』
「こいつっ!!」


 俺は思わずマイクに向かって大声を叩きこんでやろうかと思ったけど、静止させられた。ラオウさんは明らかに冷静だ。その目が駄目だと語ってる。くっそ……なんか思い出されるな。日鞠の奴がこんな事を言ってた。


【秋徒は煽りやすいよね。だから簡単に乗せられる。秋徒、交渉ってのはいかに自分のペースに相手を持ってくかだよ。感情に走ったら負けなの。走りすぎた感情は真実を見落とす。交渉する相手はね、常に見てるし、感じようとしてるんだよ。相手の機微の変化をね。そして誘導してる。
 それを見逃した方が負けるの。ただ声を上げれば良いなんて、子供の発想か、それしか出来ない動物と一緒だよ】


 そうだ……これは交渉なんだ。電話向こうの奴は俺達を煽るためにあんな事をわざわざ言ったんだ。乗せられちゃいけない。この交渉に負けるわけには行かないんだ。俺はもう一度深呼吸をした。
 息を整えろ……落ち着いて電話向こうの奴の機微を感じるんだ。言葉の一つ一つにきっとそれは現れる筈だ。


 俺が落ち着いた事を確認したラオウさんは再び言葉を選ぶようにして声を出す。そしてそれに向こうの奴は素早く返す。


(こいつ……)


 たった数回のやり取りでもわかる。この電話の相手……かなり手強い。そもそもこいつはこっちが交渉を切りだす前に、一本の電話と掛けてきた相手の言葉で状況を察しやがった。そして直ぐにこっちを煽るような事を……間違いなく手練だ。やれるのか……俺とラオウさんで、こいつを取り込むことが……


【まあ秋徒には向いてないよね。秋徒は案外真っ直ぐだから。覚えておくといいよ。交渉が上手い人は大抵、頭が良くて嘘つきだから。秋徒みたいな唐変木は全ての言葉の裏を想像しようとしても無駄。
 だからまあ、そう言う人間がやれることをやればいいよ。忘れちゃいけないのはね。目の前の対象も、等しく人だということだよ。上手い人は心を誘導してる。でもね、そうじゃない人は心を揺さぶるしかない。
 揺さぶる方法はもう知ってるよね?】


 響いてくる声。ああ、知ってる。教えてくれたのはいつだってお前達だ。付き合ってきた時間は、どこかにずっと残ってるものだな。忘れてたと思ってたけど、こうやって蘇ってきてくれる。
 俺はラオウさんの耳にあたってるスマホに手を伸ばし、そっと置いて二人の中央に引き寄せる。二人でやろう……の意思表示。ラオウさんは頷いてくれる。俺はずっとおまけ程度の存在だと思ってたけど……そうじゃない。
 信じてくれる友達が仲間が居る。無くしたくない世界がどっちにもある。だから、自分の力で、自分達の力で精一杯足掻くんだ。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品