命改変プログラム

ファーストなサイコロ

終末への長廊

 真っ赤に染まった視界。体中から流れ出る大量の血液。痛みは一瞬で意識の低下と共に遠のいた。だけど……なくなった感覚の中でもセラ・シルフィングは離さない。どんなにボロボロでもこれだけは……これだけは離しちゃいけない物だとわかってる。
 HPはなんとか残ってた。まだ終わったわけじゃない。手招きするような安楽が直ぐそこまで迫ってるのは分かるけど、それに必死に抵抗しつつ意識を保とうと頭を使う。どうしようもなくただ落ちてくだけに成ってるけど、何か……何か……地上に見える人達の絶望を一つ一つ数えるだけじゃ意味なんてないぞ。


「神の存在を忘れるな!!」


 頭上から聞こえたそんな声。その瞬間黒い靄が広がったのが分かった。そして激しい音と衝撃の余波が伝わった。勢いが加速して地面に叩きつけられるかと思ったけど、地上よりも先に白くフワフワした所にぶつかった。


『生きてるか?』
「その声……リルフィン?」


 僕はか細い声でそう聞いた。まあ答えは多分間違ってないだろう。この毛を見ればね。わかるってもんだ。リルフィンの奴は攻撃受けた跡がほぼ無くなってるな……どうして?


「大丈夫……だったのか?」
『精霊を舐めるな。体など再構成すれば良いだけだ。力は使うがな』


 なるほど……傷の部分は構成しなおしたのか。確かに体力は減ったままだし、回復したってのとは違うようだ。まあ血を止めれるだけでも大きいよな。こっちは傷が塞がる気配がない。
 別にいくら血が流れようと死ぬことはないんだけど……これ以上のダメージには換算されないだろうし……ん? なんかさっきよりもHPが減ってる気が……僕は虚ろになりがちな目でHPを注視する。


『貴様こそ相当ボロボロだぞ。おい?』
「ん……ああ。なあ戦闘はどうなってる?」


 僕のことよりも、そっちだろ。多分テトラが出張ってきてくれたから僕達はまだ生きてるんだと思うんだけど……


『邪神の拳が奴に届いた。俺達のこの傷も無駄じゃなかったって事だ』
「それは……良かった」


 流石はテトラ。神は違うな。どうやったかは分からないけど、アイツならやってくれたんだと素直に信じれる。けど……それで終われた訳じゃきっと無いだろうけど。


「だけど、次は……」
『それについては、散々待たせた第一の連中の発明を信じるしか無い』
「第一……」


 ようやく準備が整ったって事か? だけど何がどうなってるのかは、今の僕には殆ど見えない。なんだか空の色が薄気味悪い赤紫っぽくも見えるけど、それは僕の目に血が侵入してるからかも知れないし……何が起こって、どうやって奴を止める気なのか……


「んぐっ!?」
『ぬぐぅぅ』


 突如耳の奥から痛みが走る。また奴の攻撃が……とも思ったけど、それなら真っ先にリルフィンが動き出す筈か……これは黒い奴じゃなく、こちら側の音? 


「なんかうるせぇが、んなこたあどうでもいい。なあもっと遊ぼ––」


 聞こえてた奴の声がいきなり途切れる。一体何が? そう思ってなんとか上を向くと、そこには第一研究所の姿があった。黒く四角いその姿はまさに第一研究所。それかバンドローム箱か……でもあれはどういうことなんだろうか?
 あの箱の中に奴を閉じ込めたって事か? 疑問に思ってるとどこからともなく聞こえてきた声がこのブリームス中に響き渡る。


『聞け民衆達よ! 今我等第一研究所の発明品である空間凍結「ジュリオン」で目標の完全凍結に成功したのである!! 我等は勝利した。顔を上げるである!! 我等錬金の力でこの街は救われた。
 闇に閉ざされかけた心を開放するのである!!』


 声は力強く響いた。だけど状況を理解するまでに沈黙は続く。だけどそれも数秒程度だった。このブリームスの住人とって、第一研究所と機関はそれだけで信頼に足るところの様だ。絶望に落ち込んで、武器を投げ捨ててた兵達がまるで自分達がやったかの様に勝どきを挙げだす。
 まあそれだけ安心したって事だろうけど……


「いい所取られたな」
「いや……元々こういう計画だっただろ……」


 上手く言ったってだけだ。素直に喜ぼう。空間凍結とか凄いじゃん。確かにそれなら奴もどうしようも無かったかもしれない。行き成りあの範囲が空間事凍結されたんじゃな。凍結って言っても凍ってるようには見えないけどなね。
 多分あの空間事時間を止めてるか何かだから凍結っていってるんだろう。


『だが本当にこれでアイツが終わったのか? どうも納得出来ないというか……したくないような』
「手柄が取られたからと何妬んでる? 精霊なら心を広くもて」
『なんだと貴様? 邪神の癖に偉そうなことを。俺はただ拍子抜けと感じるだけだ。確かに空間凍結は防ぎ様など無いかもしれない。だが、それは俺達の感覚ではだ。奴等は違うはずだろう』


 確かにリルフィンのいうことも一理ある。僕達の常識では既に測れない筈だ。それなのに、こんなに……こんなにあっさりというのはある。でも奴にとっても錬金の魔鏡強啓の深層は未知の領域だったのかも知れない。
 なんせどれだけプレイヤーを喰ったとしても、錬金を使える奴なんて一%にも満たなかっただろうしな。多分人の国の秘密組織位だろう。しかもそれともここの錬金は多分違う。だからそれが勝因と言えるかもしれない。
 奴等は他人のコードを食って強さをます。だけど誰からも得られなかったここの錬金への対処コードはもってなかった。そう考えれば、これだけ上手く奴を押さえ込めたと考える事は出来る……かも。


「はぁ……はぁ……」
「おい、大丈夫かお前?」


 安心したせいか、一気に体に脱力感が襲ってくる。そもそも少しづつだけどHP減ってたからな……前はダメージ分しか減ってなかった気がするけど……いつの間に出血量まで換算する様になったのか……僕がこっちに落ちてもまだ浸透は続いてるのかも知れない。どこが限界とか僕には分からないからな。


『取り敢えず地上に戻る。それまで持ちこたえろ!』


 そう言ってリルフィンが急いで地上を目指してくれる。だけどその時何故かいきなりの急ブレーキで二人が止まった。


「んっ……どうした?」


 近くなった地上から聞こえる歓喜の声は五月蝿いと思うけど、悪いものじゃない。リルフィンにとってはうるさくて堪らないかもしれないけどさ、それで降りるのが嫌になるのはちょっと……


『何を言ってる……そうじゃない。そんな訳あるか』
「……だな」
「お前も感じるか? まあ精霊状態ならわかるか。異質な気配だ」


 リルフィンもテトラも何かを地上に感じてるって事か。僕は顔を上げて地上を見る。ボヤケるけど、なんとか二人が感じる異質を見つけようと試みるんだ。地上には喜びにむせび泣く人や、腰を砕いて震える人や、手を取り合ったり抱き合ったり、それぞれの表現で誰もが喜びを噛み締めてる最中だ。
 絶望から開放されて、皆の安心が伝わってくるようだ。自分達は結局殆ど何も出来なかったけど……でもこの光景が意味を伝えてくれる。そう思う。
 だけどそんな中で異質な何か……か。視線を巡らせてると、こっちに手を振ってる奴等が見えた。フランさんやクリエ達だ。所長もセスさんに肩を貸して貰いながらも結構ピンピンしてる。
 無事だったのか……悪運だけは強いな。孫ちゃん達も近くにいるし、もしかしたら魔法で助けてくれたのかもね。するとその時視界の端に、目に留まる格好の奴が映った気がした。異質……確かに僕もそれを感じた。


「あれは……」


 僕は焦点をそいつに合わせる。どれだけ視界がボヤけても、その異質さだけは僕だってわかる。周りの人達の歓喜と全く異質の空気。だけどそれを全面に押し出すなんて事はしてないから、地上に居る人は誰も気になんて止めてない。その中をフラフラと足取り悪く、寝間着を着た場違いな格好の奴が歩いてきてる。


「アイツか……お前が言ってたもう一人の侵入者か?」


 僕の視線を追って寝巻き女を確認したテトラがそう聞いて来たから、僕は頷く。間違いない。あの眠そうな挙動の女の場違い感……最後の姉妹に違いない。地下でずっと眠ってくれてればよかったのに……どうやら孫ちゃん達は気付いてないっぽいな。
 いや、しょうがないか、地上には人が多い。歓喜してる人達の動きで周囲はごちゃごちゃしてるんだ、気付かなくても無理は無い。だけど僕達は気付いてしまった。何かアクションをとった方がいいのか……


『遅い登場だな。だが奴の狙いは明白だ。凍結させた奴の救助だろう。このタイミングで出てきたとなるとそれしか無い』


 確かにこのタイミングで出てきたのなら真っ先にそれが思い浮かぶ。一応仲間なんだろうしな。奴をもう一度自由にさせるわけには行かない……けど、僕達は下手に動けない。地上を歩いてるってのもあるけど、あの寝間着の女は姉妹の中で一番謎を残してる奴だ。
 接触もこの街が初めて。能力も分からない。でも分かってる事だけで二の足を踏む……アイツもまず間違いなくチートだ。


『どうする……』
「ここは俺が行くしか無いだろう? お前達も使い物に成らなさそうだしな。まずはどうにか回復しろ。そうしないと役立たずだぞ」


 リルフィンとテトラはどうやら腹くくってやるつもりみたいだな。確かにそうしないといえけないだろう。あの女の手で黒い奴がまた動き出したら、それこそこの街の終焉だ。手が付けられなくなるだろう。
 簡単に想像できる事だ。一度は上手くいった空間凍結……だけど二度目があるかどうかは分からないからな。確かに絶対にあの女を黒い奴に近づけちゃいけない。二人の選択は無謀だとしても正しい。
 だけど僕は考える。知ってるから……考える。ここの三人の中でアイツと接触した事があるのは僕だけだ。僕の方が事前情報を多く持ってる……だから他の行動を模索する事だって……出来る。––と思いたい。視界に血が入ってきてうざったい。頭もどんどん朦朧としてくる。でも、まだ……まだ意識を落とす訳には行かないんだ。


「二人共……待て。アイツの目的を……確認してからでも遅くない……かも」
「何を悠長な事を言ってる? あいつはふらつきながらもこっちに向かってきてる。来るぞ……必ず」


 テトラの奴は確信めいた声でそう告げる。確かに他に何が目的かなんか分からない……最優先で考えれるのはそれだけだ。


『今は邪神の言葉に賛成だな。先手を仕掛けて時間を稼ぐべきだ。すんなりと奴の所まで行かせたら、それこそ俺達の苦労が無駄になる』
「分かってる……そんなこと、わかってるさ」


 僕はヒューヒューと成る口を小さく動かしながらも必死に言葉を紡ぐ。なんか息も苦しくなって来た気がするな。ダメージが……体の芯まで染み込んできてるような……僕は血に塗れた手で強くリルフィンの毛を握る。


「……だけど、勝てると思ってるのか?」


 僕は言いたくない事を口にした。今更何を……って感じなのは重々承知だ。僕がそれを言っちゃいけないだろう。けど……今ここでもう一度戦闘をするって事は、奴等を相手にするって事は……そういうことだ。
 僕達は奴等の強化された強さを見誤ってた。そしてあの姉妹は全員黒い奴と同等かそれ以上の力は有してる……でないとあの黒いのが姉妹の飼い犬やってるわけがない。まあ言うこと聞くのはシクラの言葉だけみたいだが、全員があんな危険極まりない奴をそこまで気にしないで受け入れてるのって、例えアイツが暴れだしたって押さえ込める自信が全員にあるからだろう。
 つまりは……どれだけやる気を見せて無くても、あの寝間着女は強い。僕達だけじゃ黒い奴にさえ勝ってないんだ。勝因があるとすればあの女にも空間凍結を食らわせる事だけど……不意打ち気味だから決まったような物なのに、存在を知られた以上、簡単にくらうとは思えない。


「ふん、それはどうだろうな。だがどうする? 他になにか手でもあるのか?」
「手はない……でも、アイツは無闇な戦闘はしない奴だ」
『どうしてそう思う?』
「一度クリエの時に接触してる。孫ちゃん達と一緒の時だ……その時、その気に成れば僕達を殺す事なんか造作も無かったはずだ。けど、アイツは何もしなかった。アイツの態度から思うに……多分無駄な戦闘はしたくない奴なんだろう」
『だから今回も見逃してくれると? 本気で言ってるのか貴様?』


 確かにその保証はないな。次の瞬間……もしかした全員殺されるかも知れない。だけど今の僕達じゃアイツには勝てない。それも事実なんだ。アイツが戦闘を好まないって部分に賭ける価値は……ある。


「スオウ、奴が戦闘をしなくても、復活したさっきの黒いのはきっと暴れるぞ」
『そうだ。そうなったら、終わりだぞ!!』


 それもわかってる。確かにあの女が戦闘をしなくても、戦闘大好き野郎が復活したらそうなるかもしれない。高確率でそうなりそうな気もする。でも、そうならないかも知れない。


「どうして……あいつはこのタイミングで現れたんだ?」
「それは黒いのがやられたから保険であったアイツが現れたんだろう。お前の話からするに、戦闘嫌いなら全てを黒いのに任せてたと推察できる。だが予想外の事になったからいやいやだが現れた。そんな所だと思うが?」


 テトラの考察は妥当だと思う。確かにそう考えるのは簡単だ。筋も通ってるしな。だけど……大切な事を見落としてるぞ。奴等の狙いは、僕達––というかきっと「法の書」であってこの街の破壊じゃない。


『それなら今こそ法の書を奪う絶好の機会だ。やりあうしか無いな。お前は弱ってる。この機会を逃すわけがない」
「それは……そうだな。けどそれなら、やられるまで待っとく必要なんてない。戦闘嫌いでも、面倒臭がりでも多分セツリの事には積極的なはず。それが……存在意義なんだからな。アイツの行動はなんかチグハグに感じる」
「そんな事を言ってもな……俺達には奴等の心を覗くことは出来ない。可能性的に奴等はもう一度暴れてそして貴様の法の書を奪う……その確率が一番高い。なら、やらない訳にはいかないだろう。
 今ここで、俺達を見逃す理由なんて無いんだからな。ただ止まってたら、死ぬだけだ」


 そうだ……その筈なんだ。間違ってなんかない。テトラは正しい。僕はこの怪我のせいで弱気になってるだけなのかも知れない。戦って勝つしか……生き残る道なんてない筈だ。勝てないからって諦めてどうする。戦う意思を無くした時が敗北だと誰かが言ってた気がする。


「そうだよ……な。奇跡を希望と履き違えちゃいけないよな。黙って殺される訳には……いかない」
「その通りだ。諦めた奴にはどんな世界も微笑みはしない」
『ふっ、邪神の癖に』


 横のテトラから黒い靄が出てくる。戦闘態勢に入ってる証拠だ。まずはテトラに任せて僕達は回復手段を手に入れる。それからだ……それがきっと正しい選択。僕達はその決断を正しいと信じて行動を––


「ふあ〜あ」


 大きく欠伸をした寝巻き女。その視線がこっちに向けられた瞬間、あれだけ間抜けな奴からのプレッシャーに僕達は身動きが取れなくなる。まるで視線だけで「止めたほうがいいよ」と言われてるみたいな……
 すると目をこすりながら奴は背中から大きな翼を八本広げた。その光景にようやく周りが反応する。でもそれは恐怖とかじゃない。まるで地上に舞い降りた天使を見るような反応だ。
 確かにその羽根は天使の羽のようだからな。しかもテンション上がってるから、恐怖よりも希望に見えるようだ。だけどその姿を知ってる物もいる。孫ちゃん達だ。けど彼女達も下手には動けない。
 寝巻き女は羽を使ってこっちに向かってくる。そして僕の目の前で止まった。


「くっ!」
「無駄だよ。だから止めて。まだ殺さないであげるから」


 僕をかばうようにして攻撃態勢に入ったテトラを牽制する女。テトラがその言葉で迷ってる間に寝巻き女は更に高く登ってく。やっぱり狙いは奴か……けどアイツ一瞬、僕の腕を見たような……セラ・シルフィングじゃなく、手首の所。そこには見えない鍵が……法の書がある。
 知ってる訳ないと思ってたけど……違うのか? 


 すると次の瞬間、頭上から何かが割れるような音が響いて、それと同時に地上の方から悲鳴の様な叫びがあがる。どうやら空間凍結が破られたようだ。


「あああああああああああやってくれたなあああああああああああああ!!」


 獣の叫びの様な声が空に轟く。兵士たちが我先にと逃げ出していく。安心してた分混乱が更に酷く電波してるようだ。


「最悪だな……」


 テトラの奴がそう呟く。確かに最悪だ。結局僕達は最悪を許してしまった。ここからどうやって……うん?


「ごめんなさい皆さん。なんだか厄介な兵器も出てきたし、今回は引きまぁ〜す」


 最後は欠伸と同時に声を出してる感じだった。だけど引く? それは本当か? その言葉に当然黒い奴は納得できてない。


「何言ってる!! 俺は全部を壊す! 破壊するんだよ!!」
「それはダメ」
「テメェに俺を止められるか!!」
「試してみれば?」


 そう言われて黒い奴は距離を取って鎌を持ち出す。アイツ、本気でやる気だぞ。そもそも姉妹の事仲間と思ってるかも微妙な奴だからな。躊躇いなんてない。奴は鎌を回転を咥えて投げる。
 だけどそれは突如吹いた風に流されて軌道がズレた。直接攻撃に打って出るも、奴の攻撃は当たらない。するともう一度距離をとり、気持ち悪い羽が伸びた。例の見えない刃か。だけどそれにも寝巻き女は臆することない。寧ろ眠たそうにしてる。
 ただただ眠たげで、涼し気……あの女に傷が付くことはない。どうなってるんだ一体? 


「ハァハァハァハァ……」
「分かった? 私に勝つことは誰も出来ない。だからいうこと聞いてよね。私の言葉はシクラの言葉だから、そこの所よろしく」
「ちっ、いつか殺す」
「それじゃあ皆さん、一時休戦って事で」


 そう言って奴等は光と共に消えていった。助かった……二度目のそんな思いは、誰もはしゃぐことは出来なくて、ただただ絶望が先延ばしにされただけなのを実感するだけのようだった。
 

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