命改変プログラム

ファーストなサイコロ

秘密の囁き

 辺り一面真っ白な煙に包まれる。響き渡った治安部の彼の声で一斉に再び混乱は広がってる。けどそれでも少しずつだけど遠ざかっては居るような気はする。怪我人とか居たけど大丈夫だろうか?
 まあそこら辺は介抱してた治安部の人がいたしどうにか成ってるだろうな。心配するべきは、この視界の悪さで更なる被害が広がらないか。なんとか皆、無事に逃げてくれればいいんだけど……そう思ってると、すぐ近くで呻き声の様な苦し気な声が聞こえた。


「うおおおおいお……おおお……あのクソ野郎もぶっ殺リストに入れといてやる。だがな……まずはテメーだガキ。スオウの居場所吐いて貰おうか」


 白い煙の向こうに黒い存在の影が見える。こいつが目の前の戦闘や感情を優先せずに、スオウを……と言うか僕を探してるってある意味凄いじゃないか。この本能のままに生きてるような奴が理性を持って目的を遂行しようとしてる。
 これってやっぱシクラに言い含められたって事だろうか? アイツの言うことだけは聞いてるようだったからな。少しは成長? したって事かも。嬉しくもないけどな。てか、そんな所で感心してる場合でもない。
 ここでこんなキチガイに捕まるわけには行かないんだ。だけど今のこの体でこいつから逃げるのは至難の業。そう思ってると、僕を助けようとしてくれる人影が一つ。


「止めろ!! 言っただろ。これ以上ここで好き勝手にはさせないと!」
「ぐぎゃああああああ! きさまきさまきさきさまあああああああああああああ!! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるぞおおおおおおおおおおおお!!」


 奴の力が周囲に吹いた。吹き飛ばされる漂ってた煙。今度こそ完全に殺すことを優先にしたようだな。目が赤く輝いてるぞ。


「早く……逃げるんだ!」


 治安部の彼が僕に対してそう言ってくれる。あの煙の中でこの人こそ逃げてれば、ここまで目を付けられなかっただろうに……ホントお人好しと言うか、クソ真面目なんだな。この街の住人でもない僕まで助けようとするなんて……


(嬢ちゃん、ああ言ってくれてるんやし逃げようや。それがきっとあの人のためやで)
「それはそうだけど……」


 確かに今の僕には何も出来ない。だけどここでこの人を置いてったらどうなる? 確実にこの黒い存在に食われるぞ。一撃を既に深く食らってるんだ。手負いの状態––ってか、万全でだって厳しい相手なのに、そんな状態でしかもこれだけキレたこいつを相手にしたら、どれだけ酷ったらしく殺されるか……
 グシュグシュとただれ落ちそうになってる黒い奴の肌。どうやらさっきと同じ液体をもう一度ぶっかけたみたいだな。けどさっきほどのダメージはない様だ。その証拠にさっきは一気に広がった白煙が今はない。てかあれ実は関係無かったのかな? よく分からない。でも彼の剣からは透明な液体が僅かに流れ落ちて地面に小さな穴を空けてる。
 そしてその向こうの黒い奴はその鎌を両手で持ち天高く翳してる。


「早く!!」
(嬢ちゃん行くで!!)


 目玉の奴が僕の促すように目の前でクルクル漂ってる。もしかしたら彼には何か勝算があるのかも……希望を持って考えればそんな事もありえるかも––と思えるかもしれない。それに実際、所長とかと違って、そこまで無謀ってな訳でも無さそうではあるしな。もしかしたら何か策があるけど、僕という存在が邪魔なだけなのかも……僕は意を決して進みだす。


(そうなのか? そうだよね? そう……そう……)
「彼奴等によろしく言っといてくれ」


 それ駄目な奴だよね!? なんか遺言っぽいよ! 僕が振り返ると鎌から放たれてる力が空に暗雲を作る程に成ってた。ぶった斬る気満々だ。


「お前は数千の刃で切り刻んでミンチにしてやるぜ!!」


 数千……ようはそれだけの斬撃を発生させる事が出来るって事か? そんなの防ぎようがないぞ。だけど彼は僕を逃がすためにその場から一歩も動くことはない。


(駄目だ……このままじゃ……駄目だろ!)
(嬢ちゃんあかんで!)


 その瞬間、体の自由が奪われた? 何故か動けない。まさかこの目玉が何か……その間に振り下ろされる鎌。距離があるにもかかわらず、構わず振り下ろした黒い奴。完全に届いてないけど……そう思ってると空にできてた暗雲がなんか落ちてきてるような……そしてその暗雲から一つ何かが伸びて落ちた?
 その瞬間地面に入る亀裂。まさか……アイツの振った斬撃って、あの暗雲分の斬撃って事か!? 今度は複数同時に伸びてきてる。さっきの一つで地面には数メートルクラスの亀裂が刻まれてるんだ……あんなのが同時に落ちてくるなんて考えたらメッチャヤバイぞ。


(嬢ちゃん人事じゃないで! あの雲の範囲と今の亀裂を考えれば十分ここも危険地帯や!!)


 確かにそうだけど、既に間に合う気配が……


「二人共頭を低くしなさい! 早く!!」


 突如横から聞こえてきたそんな声。疑問を挟む余地なく畳み掛けるようなその声に、僕も彼も咄嗟に体を低くする。まあ僕は元から低いんけど、取り敢えず更に縮こまってみる。するとゴゴゴゴゴと地鳴りがしだして太い茎がニョキニョキと地面から伸びてきた。そしてそれらは僕達を包み込むように覆ってくれる。明かりが消えて真っ暗になる視界。その向こうで激しい音が響き渡ってる。
 多分さっきの斬撃が届き始めてるんだろう。間一髪って所か……だけどこの茎は一体? さっきの声、多分孫ちゃんだろうけど、これが彼女の魔法? そういえば昨日はなんだかタンポポを飛ばしたりもしてたな。
 植物を操る魔法を使えるって事だろうか? 


(真っ暗やな、ちょっとまってや)


 そう言った目玉はなんと自分自身を淡く輝かせだした。これ遠目で見たら絶対に火の玉か何かに見えるだろうな。そこまで明るくもないし。


(これが限界なんや!)
「はいはい、まあないよりはいいよ」


 一応一メートル先くらいは見えるしな。何も見えないよりはマシだよ。そう思ってると何処かからドサッという音が聞こえた。


「おい今の?」
(なんか倒れたみたいやの)


 僕は急いでその音の方向へ。するとそこには地面に倒れ伏してる治安部の彼の姿が。


「ちょっ!? 大丈夫か––ですか?」


 一応思い出した様にクリエのフリだけはしといた。そしてその体に触れてビックリ。ベチャッとしたと思ったら、手が真赤に……これは想像以上の深手を負ってたんじゃ……その状態で僕を逃がすためにわざわざあの化け物の前に……ホントクソ真面目だな。


「どどどどどうしよう? そうだ! 取り敢えず回復薬を––」


 そう思って腕を動かす。だけどウインドウは姿を表してくれない。おいおい、まさかクリエだからか? 荷物は全部そこに入ってるのに!


(その腰にあるのはどうなんや?)


 そんな目玉からの指摘で気付いた。確かに何かあるな。ポーチっぽいのが。僕はそれを開いて見る。するとそこには三つの回復薬があった。おお、用意いいな。ってかNPCってウインドウとかないから、こうやって物理的に持ち歩いてるんだな。知らなかったよ。
 だけどグッジョブだ、クリエ。お前のおかげでこの人助けられるかも。取り敢えず一本取り出して、栓を取って口元に飲み口を持ってく。今まではせいぜいオロナミンCかそれよりもちょっと大きいくらいのサイズで、小振りだな〜って思ってた回復薬の瓶だけど……今の体には特大クラスだ。
 手のひらに収まってた物を、両手で抱えて持たないと行けないんだからな。この体感の違いはビックリだよ。だけどなんとか頑張って回復薬を彼の口まで持ってく。


「さあ、口を開けて!」
「……」


 ヤバイな。なんか反応がないぞ。僕は目玉に指示を飛ばすよ。


「おいインテグ、お前も手伝え。口を開けるんだ!」
(うおえ〜ちょ嘘やろ? 自分手とかないんやで。体ごと野郎の口に突っ込めって? ヨダレ塗れになるやん! 嬢ちゃんとかフランお姉さまの生唾ならどんとこーい! やで。けどな男の唾液なんか浴びたら自分、溶けてなくなってまうんや!)
「お前はナメクジかなんかか!? 良いからさっさと手伝え!」


 ホント口がコロコロ良く回るやつだ。いや、実際口は回っちゃいないんだが……無いし。けどベラベラベラベラとホント喋る奴なんだ。溶けるのならクリエやフランさんの唾でも溶けてろよ。
 男の唾も女の唾も成分は変わらないだろう。お前の気持ちの問題なんかしらないっての。さっさと飲ませないと手遅れに成っちゃったらどうするんだ。


(全く、嬢ちゃんの頼みやから特別やで)


 そう言って目玉は治安部の彼の口に突っ込む。その際––


(うえ〜〜これはノーカウントやから。自分まだ純白やから嬢ちゃん!)


 ––とか言ってた。何が純白だよ。真っ黒な体してるくせによく言う。まあそれの意味は汚れてないって事なんだろけど、それこそ僕にはどうでもいいな。まさか僕に……というかこのクリエの体に自分の初めてを捧げようとか思ってるのか? 
 そんな思い投げ捨ててほしいな。でもそんな阿呆な事を言いつつもグイグイと口を押し広げて、なんとか瓶の先端が入る程度のスペースを作り上げる目玉。そこにすかさず回復薬の瓶の口を入れて、傾ける。
 コポコポコポと丸い空気が底の方に入ってくると同時に口の方へと流れ落ちていく回復薬。だけどその勢いが強すぎたのか、口の中から漏れ出て来てた。不味いかな? とも思ったけど、口の中が一杯になれば無意識にでも飲み込むだろうと判断してそのまま流し続ける事に。ゴボゴボ言ってるけど、喉もちゃんと動いてる。空っぽになった瓶は宙に溶けるように消えていく。


「おい! じゃなく、ええっと……大丈夫!?」


 これで大丈夫かな? とか思いながら一応作ってみる。面倒だけど、バレると面倒だしね。一応血が流れ出るのは止まったみたいだし、HPを確認すると危険な水準は脱してる。直ぐに意識も取り戻すと思うけど……するとその時、再び外の方から激しい振動と音が鳴り響いいて来た。


「大丈夫……だよなこれ?」
(自分に言われても分からへんで。それよりも見てやこれ。ビッショビショやで。これが嬢ちゃんの液体なら大喜びなんやけどな)
「お前な……この体から出た物ならなんだっていいのかよ?」
(当然やな。自分は嬢ちゃんの全てを受け入れる心構えは出来とるで! 汗でも涎でも鼻水でも、勿論オシッ––ぷぎゃ!?)
「言わせるかこの変態!」


 この状況で良くそんな事言えるな。変態変態だとは思ってたけど、まさかそれさえも喜ぶまでの玄人とはな。マジでどうやったらこんな生き物が生まれるんだよ。絶対に作った奴も変態だろ。


「何やってるのよ貴方達––ん?」


 僕がぶっ飛ばした目玉を踏んづけて現れたのは孫ちゃんだ。その手にはランタンの様に輝く一輪の花が周囲を照らしてた。なんだそれ? 便利だな。


「ちょっと、私の靴が汚れちゃったじゃない。どうしてくれるのよ?」


 そう言われた目玉は急いで平伏のポーズを取る。だけどどうやら孫ちゃんには伝わってない様だ。まあ聞こえいからね。こいつの変態性も知らないだろうし、そこはしょうがない。仕方ないから伝えてやろう。


「気が済むまでいたぶって構わないんだって。寧ろよろしくお願いしますって言ってる」
「なにそれ? 気持ち悪いわね。もう良いわよ。さっさと退きなさい」
(ちぇ、やっぱ嬢ちゃんじゃないとあかんな)


 この目玉は僕にどんな期待を寄せてるんだよ。喜んで折檻してるとか思ってんの。んな訳無いだろ。


「おいスオウ、後ろの奴は死んでるのか?」
「勝手に殺すなよ。さっき回復薬飲ませたから直ぐに目覚めると思う。てか、彼が目覚ましたらスオウって呼ぶなよな」
「お、おう」


 僧兵にそう釘を指してると、早速彼が僅かに反応しだす。案外早かったな。流石回復薬の効果は即効性があるな。当たり前だけど。


「私は……まだ生きてる?」
「残念だったわね。私の魔法で助けてやったわ」
「そうか……これは君の……助かったよ。礼を言おう」
「ふん、まあそこのチビのついでよ。アンタの運が良かったのね」
「ふふ、運が良いなんて言われたのは初めてだな」


 何? この人そんなに運ないの? 初めてとかそんな訳あるかな? でも今はそんな言葉を詮索してる状況でもないよな。


「ねぇねぇ孫ちゃん。この魔法大丈夫なの? 外の音凄いよ」
「プッ、当然……と言いたい所だけど、アイツの攻撃馬鹿げてたしね。そう長くは持たないわ」


 あのさあのさ、もしかしたらなんだけど今「プッ」って吹いたよな? 一瞬だったけど、確実にバカにされたよな。くっそう……なんか恥ずかしくなるから止めろよなそういうの。僕だって出来れば普通に喋りたいよ。
 だけどそれは出来ないんだ。バカらしくてもクリエのフリをしなきゃいけないってわかってるんだから、そっちも心折れそうに成ること止めろよな。でも取り敢えず気にしないフリして更にこう言うよ。
 だけど勿論抗議の目は向けながらだけどな。


「へ、へぇ〜じゃあどうにかしないとだよね?」
「ふふ、アンタ達は私に土下座の真の姿を見せることに成るわよ」
「?」


 正直意味わからん。なんだよ土下座の真の姿って。だけど何故か自信あり気だな。何かここからすごい攻撃とか出来ちゃったりするのか?


「バカね。私の魔法は攻撃向きじゃないのよ。そもそもそんな野蛮な事はやらないの。私の魔法は美しく魅惑的で、そしてエレガントが取り柄なのよ」
「ちっ、じゃあ何なんだよ」
「あれ? 君今……」
「じゃあなんなのかな? クリエ気になっちゃう!」


 危ない危ない、ついイラッと来たせいで素が出てしまった。そしてまたしても、孫ちゃんとか笑いをこらえる様に震えてるし……もう良いからさっさと説明してくれ。


「当然やることは逃走よ。あんな奴等、私達だけじゃまともに相手になんか出来ないわ」
「だけど一体どうやって……奴等は手強い……」
「怪我人も居るしね」
「……すまない」


 おいおいわざわざ責めるような言い方するなよ。そもそも怪我人居ても、僕達の歩幅じゃ奴等を振り切る事なんか不可能だ。どうするって言うんだ?


「ふふ、誰が地上を逃げるって言ったのよ? 私達が奴等から逃げ切るには地下しか無いわ」
「地下?」
「そう地下。知ってた? この街ブリームスって迷宮みたいに地下が広がってるのよ」


 ……それって僕達が第二研究所から第一に行く時に通ったあそこの事か? 確かにかなり広がってるって聞いたけど、なんだかヤバそうでもあったよな。


「それってクリエ危険な所だって聞いたよ。第二研究所の人達が言ってた」
「第二研究所の? どうして君みたいな子が彼等と?」


 ギクッ––だ。墓穴ほったな。なんとか誤魔化さないと。


「え〜とえ〜と、くクリエも所長さんたちのお手伝いしてたから……」
「彼は子供の君まで使って研究所の情報を盗もうとしてたということか……ホント何をやってるんだ」


 そう言ってちょっと苦い顔する治安部の彼。あれ? かなり苦しかったと思ったけど、案外いけたな。まあ良かったよ。


「危険とかそんなのこっちもちょっとは調べてわかってるわ。だけど今はそこしか道はないでしょ。それにどうにか出来る算段もあるわ。この街の面白い秘密を見つけたからね」
「「秘密?」」


 僕と治安部の彼が同時にそう口にする。だからこそ自信満々なのか。でも確かに今逃げれる場所は地下しかないな。それに地上で暴れまわっても困るしな……誘い込めるのならそれがいいか。地下はかなり複雑らしいし、それなら小回り聞く僕たちは有利かも。


「信じていいんだよね?」
「今、私を信じなくて生き残れる可能性がある?」


 手で髪を靡かせる孫ちゃん。こうなったらその自信に賭けようじゃないか。僕達はさっきの黒い奴の攻撃で開いた穴から地下へと降りる。今の僕達にはこれしかない。それに気にもなってた。
 昨日から孫ちゃんが独自に調べてたその秘密って奴もさ。もしかしたらそれがこの事態を好転させるキッカケになるかも知れない。

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