命改変プログラム

ファーストなサイコロ

繋がり

 足早に通路を歩く。時々すれ違うのは入院患者か、看護師がちらほら。だけどこれだけデカイ病院でその感覚も随分広くて、やっぱり閑散としてる。いつもならあの例の病棟に近づくまではどこもガヤガヤと慌ただしいのがこの大病院だ。
 それがどこまでも言っても同じように静かなんだからな。やっぱり変な感覚だ。でもこれから向かってるのは救急らしいし、多分救急ならいつも通りとは行かなくても多少は活気ありそうだ。


「あのね、私たちは話し聞くために行くんだから忙しくないほうがいいのよ。むしろ暇してて欲しいくらい。救急に行ってるとかタイミング悪いわ。誰しもがさっきの変な子みたいな事はやらないだろうしね」
「まあ……それはそうっすね」


 天道さんの中ではあのナースは変な子認定されたようだな。いや、当たり前だけどな。あれはしょうがない。マジで変な奴だったもん。出来ればもう二度と関わりたくない物だ。けど後でメカブを回収する為にはもう一度あの変な奴と邂逅しないといけないんだよな。辟易するぜ。
 もういっそメカブは置いていってもいいんじゃないだろうか? 別に役に立ちそうもないし……まあ俺が言える事でもないけどな。本当にインフィニットアートとかをその身に宿してるってならまだしも、そんな事ありえないからな。
 もう俺達はリアルの限界って奴を知ってるよ。メカブが一気に有能に成るなんてそんな奇跡は起きないんだ。


「それにしても今度で確実にわかるんでしょうか? てか天道さんは婦長の事は知ってたのに、磯部さんって担当の人の事は知らなかったんですか?」


 おかしくないそれ? 普通、担当の人と一番顔合わせるだろ。


「そうは行っても、私はVIP待遇だからね。自然と上の人が対応するんだもの。仕方ないじゃない。何度かあったことはあると思うけど、スオウ君が現れるまでは本当に、本当にただ眠ってるだけだったのよ。
 別にそうそう喋ることなんてなかった。居る時は気を使ってくれてたしね」
「なるほど」


 確かにずっと眠ったのならやることなんかそうそうないよな。もう三年位経ってるんだし、決まった時間以外では看護師さん達もあそこには行かなかったのかも。そうなれば確かにあんまり接触とかしないのかもな。最初の方にちょっとあった交流も、三年も経てば……いや、考えてみれば当夜さんが眠りに着いたのは一年前か。LRO発売のちょっと前だったからな。
 だけど一年前でも最初期だけの交流なら同じかもな。その最初の方も、婦長さんとか院長クラスが出張ってきてたのなら忘れてるのも無理は無い。


「だけどあのナースが嫌いとかほざいてたのは何なんですかね。分かりますか?」
「さあ? あの子変だったし、普通の人と波長が合わないだけじゃない?」
「はは……」


 確かに有り得そうではあるな。てかアイツと波長が合う人間なんて居るのか? 絶対に人間関係うまく行かなさそうな性格してたろ。メカブの奴とはまた違った方向で痛かったよな。でもだからこそ、あの二人は分かり合えたのか?


(まあ分かりあえたっていうか、メカブが一方的に掌握されただけだけど……)
「そういえば思ったんですけど、ジェスチャーコードって手話とは違うんですかね? 手で現すってそれっぽいんだけど」
「そうね。似てる所はあるわ。だけどやっぱり別物かな? ジェスチャーコードはもっと子供らしい物……だった筈よ」


 なんだか最後の方あんまり自信なく聞こえるぞ。


「だってしょうがないじゃない。私の中のそれは子供の時のお遊び程度の物でしか無いもの。それに当夜が実際どれだけ手を加えてるのか、今の私じゃわからないわ」
「確かに」


 あの天才のことだからな……とんでもない物に成ってたりするかも。いや、そのとんでもないって部分は全く俺には想像も出来ないんだけどな。するとそんな事を言ってた俺達に対してメールを返し終えたらしい日鞠の奴がこういった。


「そうかな? 私はそんな複雑化なんかしてないと思うけど。むしろ最初よりももっとシンプルにしてる方が確率的に高い気がするかな? だって摂理ちゃんにも使えるくらいにしたんだからね」
「それはなんか摂理を軽くバカにしてるのか?」


 そんな印象を受けるんだが……だって今の言葉の印象だと、摂理でも使えるくらいに簡単にしました! みたいなさ。ようは劣化……と言うのは語弊があるんだろうけど、シンプルってのは複雑じゃないってことで、直感的に扱えて子供や老人なんかにも分かりやすいってことだろ。
 ようは考えることが煩わしいというか苦手な感じの人向けになったと言うことは、摂理の奴も相対的に頭弱い部類になるのかなと……


「別にバカになんかしてないから。ただ摂理ちゃんの事を思って当夜さんが覚えやすく改良したとかはあるんじゃないかなってことよ。普通でしょ。大切な人に伝えるんだから、分かりやすくって配慮はどこまでだって及ぶわ。
 それが妹の為にLROなんて世界まで創っちゃう人なら尚更ね」
「それもそうだな」


 確かにそう言われると説得力があるな。LROなんてとんでもない物を作った労力に比べたらジェスチャーコードを改良することなんか朝飯前なんだろうとは想像に難くない。


「おい日鞠––」
「あっ、ちょっと待って」


 そう言って今度は掛ってきた電話に出る日鞠。今日鞠は二台持ちだからな。誘拐犯との連絡手段である一台と、その誘拐犯を追い詰める為に他に連絡する一台の二台持ち。俺のが仲間達への連絡手段に取られたからな。
 文句も言えないし、しょうがない事だ。だけどおかげで俺は手持ち無沙汰が増えたけどな。いつもなら意味もなくスマホを弄れるのにそれがないとなると、移動中とかやることなくなる。
 まあ喋ってればいいんだが、場を盛り上げるとか今の状況じゃなんか違うしな。変に日鞠の邪魔をしたくないってのもあるから余計に静かに成る場面があると手がブラブラとしてしまう。


「どうなってるのかしらね? 日鞠ちゃんに任せてて大丈夫……なのかしら?」


 天道さんがそう思うのも無理は無い。天道さんは俺程こいつを知ってるわけじゃないからな。だけどベラベラとこいつの凄さとかを俺が自慢気に話すのはなんか癪だ。取り敢えず言えることは……


「大丈夫ですよ。こいつなら間違いないですから」
「秋徒君……」


 まあいつもよりも無理をしてる感じはする……けど、それなら俺がいつも以上にしっかりとこいつを見てればいいんだ。誰かをいつだって支えたり引っ張ったりしていく奴だが、時々こいつだって誰かの支えが必要な時が来る。
 そんな時の為に、俺やスオウは居るんだと思うんだ。


「ふふ、君達三人はなんだかいいね」


 俺と日鞠を見てそう言う天道さん。その笑みはいつかを懐かしむような暖かさをちょっと感じる。いきなりそんな風に言われたらなんだか照れるな。それにその笑みと白いシャツの間から見える首元とか流石大人だけあって色気がある。
 白いシャツがこの激しい日光を反射して周りに粒子を振り撒いてる様で、ホント吸い込まれるかと思った。


「そんな……変な事言わないでください。ただの腐れ縁ですよ」


 ホント、願ったり叶ったりの腐れ縁だけどな。スオウと日鞠……こいつ等に会って退屈した事ないしな。だけど……


「それに俺は日鞠やスオウのおまけみたいな物ですからね。ただ加わってるだけというか……重要な位置には居ないって理解してます」
「そうかしら?」


 はは、天道さんは優しいな。大人の雰囲気漂わせるから厳し気な人の様な印象も受けるけど、天堂さんは優しいよな。俺は自分が普通だって理解してる。彼奴等と一緒に居たからそのすばらさしもよく分かるって物だったんだが、まあ今はちょっと––じゃなくかなりどうにかしたい気はあるけど。
 だって俺には目標が出来たからな。これまでの様に漠然と将来に向かってなんとな〜く敷かれたレールの上を小•中•高と上がってるだけじゃ今じゃもう満足できない。どうしようもなく自分が普通の奴だって分かってるから、正攻法しか俺にはない。
 今はただのついてくだけの俺でも、いつかはこの二人に胸を張れる様になりたい。そのくらいまでなれば、愛に相応しいって位には成れてると思うからな。だから今はお世辞なんてな……正直いらないよ。


「私はね秋徒君、貴方達はそれぞれ方向性が違うからいいんだと思うわ。日鞠ちゃんがとっても優秀ってのは聞いてる。スオウ君は何か持ってるよね。そして君は自分の事を普通だっていうけど、それはどうかしら?
 君たちはきっとお互いに惹かれ合ってるのよ。だからこそ、強い絆で結ばれてる。私達なんかよりもずっと強い絆でね」
「天道さん……」


 私達……それはもしかして当夜さんとガイエンの事か? 確か三人は知り合いだったよな。懐かしむような視線に感じたのは、彼女が俺達に昔の自分達を重ねてるからだろうか。でも惹かれ合ってるってのはどうだろうか?
 日鞠やスオウに俺が……ってならわかる。これまでずっとそんな感じだと思ってたし、周りを見てても特に日鞠の奴はそうだろう。周りを惹きつける事に関してはアイツ凄いからな。
 その分俺の求心力の無さと言ったら……全盛期は小学生時代だったよ。今思うとアレは井の中の蛙だったんだよな。少し外の世界が広がると、そこにはもっと凄い奴が居たってだけの話し。
 まあもしかしたら日本を飛び出せば、日鞠よりも凄い奴はいっぱい居るのかも知れない。そんな事に直面したら、こいつはどうするんだろうな。ちょっと興味ある。俺みたいに速攻で完敗した奴からしたら、自分をぶっ倒した奴には一番上で居てほしいと思うんだけどな。
 そうしないと、もっと惨めになるだろ。でも案外こいつはんな事気にしないのかも知れないな。そもそもそこまで自分が優秀とか思ってなさそうだし。ぶん殴りたくなるけど、無駄に高飛車じゃない所もこいつの人気の理由だよな。


 う〜んやっぱ考えれば考えるほどに、俺がそっちを向いてる割合の方が高い。どう考えても惹かれてるのはこっちで合ってはないような……だけど天道さんはそんな俺の疑問を吹き消す様に確信めいた顔でこういってくれる。


「きっと二人はそれを感じてると思う。秋徒君と同じような事、二人はそれぞれ感じてるかもしれないしね」
「そんな……まさかぁ」


 日鞠の奴が俺と同じような悩みを抱えてるかも知れないと? そんなバカな。そんな次元にこいつ居ないぞ。まあ、まだまだ天道さんは日鞠への理解が乏しいからしょうがない。確かに俺達は過去の天道さん達と重なる部分があるのかも知れない。
 けど、全てが一致する訳じゃない。確かに三人で、そして一人が突出した才能を持ってるってのは似てるけどな。


「秋徒君、どんな人でも一人は寂しいんだよ」


 ふとそう言われた言葉に俺は困惑だ。その言葉にどう返していいか分からない。それは当夜さんを一人にしてしまったことを悔いての言葉なのか……それとも日鞠だってきっとそうだと、俺達に対する戒めみたいな物なのか……でも日鞠全然一人じゃないけどな。
 俺達が居なくなっても……いや、スオウは不味いだろうけど、俺の代わりはきっと居ると思う。ただちょっとだけ支えるだけ……そうきっとな。俺は電話とメールを両方してるメカブの姿を眺める。近づこうとしなかった事が無いわけじゃないんだ。
 だけどいつだってこいつはこっちの必死を軽々とあしらって遠くに行くそんな奴だ。追いかけるしか出来ない俺達のどこに惹かれるって言うのか……


「何、秋徒?」


 ジーっと見てたからか、気付かれた日鞠にそう言われた。何と言われてもない……今の会話は俺と天道さんだけで留めて置きたいものだし、なんと言うべきか––んっ、そうだ。


「電話なんだったんだ? ラオウさんからか?」
「ああ、まあね。タンちゃんを叩き起こしたから、あの周辺の防犯カメラの映像を調べるって。それとSPの人達には新しく指示をね」
「指示?」
「そっ、今まで調査委員会って漠然としてたじゃない。最初はLRO潰しの連中って感じだったけど、もう今はそんな括りじゃない。だから組織構成を見つめなおそうかなってね。そしたらどこが暴走したのか、見えてくるかも知れないでしょ」
「そう言う物なのか?」


 俺にはよく分からないが、こいつが言うのならそうなんだろう。ようはカメラでその犯人たちが映ってたら万々歳だが、別側からの切り口も設けようって事か。それにカメラの映像に犯人が映ってたとしても、どこのどいつがって事も分からなきゃいけないのかもしれないしな。
 切り崩すに情報は出来るだけあったほうがいい。適当に人海戦術で周囲に聴きこみ掛けるとかだと思ってた俺はあほだな。んな訳なかった。ちゃんと要点絞ってやるわけね。


「摂理ちゃん、誘拐犯の方はどうなってるんですか?」
「それは……時間制限がなんちゃらかんちゃらで」
「え?」


 時間制限? 今そんな事言ったな。誤魔化してたけど……俺は日鞠を問い詰める。


「どういう事だ日鞠?」
「だから時間制限よ。正午までがタイムリミット」
「いつの間にそんな時限式に切り替わったんだよ?」


 いや、そりゃあいつまでも待っててくれるなんて思ってないけど……正午って、今何時だ? スマホがないから確認できない。すると天道さんが自身の腕に付けてるお洒落な奴で確認してくれる。


「後一時間と半くらい……ここで必要な物が揃うのなら時間的には余裕だけど、それじゃあ駄目よね。軽々しく渡せる物でもないし、狙ってるのは人質奪還だしね」
「うん、情報は成るだけ渡したくない、でも運転手さんの安全は確保したい。色々と厳しいよ。調査委員会の方に察せられたくもないしね。まあそれは向こうもだろうけど」


 確かに誘拐犯達も自分達の動きを隠してるっぽいからな。だからこそ、調査委員会の奴等の目を盗んでの犯行で、メールでのやり取り。でもよく考えたら、調査委員会の反乱分子のせいなんだから奴等にも手伝わせたいところだよな。
 でもんな事したら、こっちの動きもバレるか……結局自分達だけでどうにかしないと行けないと……奴等の裏をかくにはせめてどこに居るのかとかわからないとな……情報は物体じゃないんだ。
 受け渡しで接触とかない。メールで全て完結できる。それが問題。身代金目的の誘拐で一番のチャンスは受け渡しの瞬間らしいからな。それが無いとなると、敵の居場所を掴まないとどうしようもないって事だ。


「一時間半で出来るか?」
「全力を尽くすしかないでしょ。最悪情報さえ渡せば運転手さんは助かる訳だしね」
「だけどそれでこんな過激な事をする連中が真っ先にLROにアクセスしたら、今度は何をするかわからないぞ」


 そもそも何をしたいのか……


「それは今探ってるわ。取り敢えず今はジェスチャーコードよ。それがないと、私達だって進みようがないんだからね」
「そうだな」


 俺達は前を見据えて通路を進む。するとようやく救急病棟の文字が目に入る。結構離れてたな。こっちの病棟には沢山の患者が目に入る。向こうじゃ診療室とかと入院患者用の部屋はハッキリと分かれてたけど、こっちはそうじゃないようだ。
 看護師さんも明らかにさっきまでの所より多い。さてこの中で磯辺さんって人は一体……


「あれじゃないかしら?」


 そう言った天道さんの視線の先にはなんだか大仰な機械に包まれて管が一杯の患者さん相手にテキパキと何かしてる一人の看護師が見えた。その胸についてる名札には確かに磯辺ってある。
 さっきの変なナースと違って地味な感じだな。髪の毛を首の所で団子状に束ねて、メガネで、化粧も薄い。見た目的に三十代中盤に差し掛かりました的な雰囲気。なんかこう……行き遅れた女って印象が真っ先に浮かぶ様な……仕事一筋でやってきましたって感じが滲み出てる様な……そんな気がした。
 でも、明らかにまともそうだし、きっと今回はスムーズに行くだろう。取り敢えず早速接触してみる事に。病室から出て来る彼女を待ち伏せして、日鞠が声を掛ける。


「あの、すみません」


 チラッと確実に一度こっちをみた。だけど何故か彼女は足を止める事はなかった。俺達を無視して別の看護師の所へ。そして医師のところへも……何度か声を掛けたけど、何故か彼女は俺達を見てみぬ振りをする。
 どういうこったよ! ここの看護師は変なのしかいないのか!

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