命改変プログラム

ファーストなサイコロ

白衣は飾り

「探偵気取りの皆様どうでしたか?」


 ……いい笑顔と少しカチンと来る物言いで俺達を待ってたのは、あの新人ナースだ。受付向こうでタブレット片手に手間かけさせないでよ的な感じでそう言われた。このナース、新人なのに本当にどこか大物の雰囲気を漂わせてるな。
 てか、ナースなのにそんな雰囲気漂わせてていいのか? まあきっと俺達だから営業スマイルを見せてくれないだけなんだろうが、ナースにこんな態度とられるってあんまりないからな……なんか新鮮。


「何アンタ、にやにやしてるのよ?」
「べっ別にナースのあんな態度は新鮮だな、なんて思ってねーぞ」
「変態」


 あっさりと一言でバッサリやられてしまった。くっ、思わず口に出たのが駄目だったな。俺のバカ。


「ほんと、あんたって分かりやすい位に男って感じよね。こう……男性ホルモンが滲み出てるみたいな?」
「なんだそれ? てかお前はもう少しマトモな女性ホルモン出したほうがいいと思うけどな」


 いつまでも中二病全開じゃ、友達いなくなるぞ。まあ既にそうなってるのかも知れないけどさ。実際こいつの事良く知らないしな。俺達意外の同年代の奴等と喋ってる所なんか見たこと無い。
 そう思ってるとメカブの奴は前かがみになって、イタズラな笑みで俺を見てくる。なんだこいつ? 何考えて……


(って、うおい!?)


 こいつ、俺が女性ホルモンなんたら言ったから、女性の部分を強調して来やがったぞ。組んだ腕を胸の下に持って行き、それで支える様に胸を持ち上げて来やがった。豊満な胸が持ち上がってタプンタプンしてる。


「ほら、これでも女性ホルモン足りないように見える?」
「ん……」


 ヤバイな。ホント間近で見るとその爆乳具合に目眩がしそうだ。視界いっぱいにおっぱいいっぱい限界––みたいな。何言ってるんだろ俺。まあようはそれだけこいつのおっぱいが男にとっては凶悪な代物だということだ。
 性格とかほんと痛いだけで、格好も一緒に居るのが辛いほどだが、こいつの胸だけは価値があるな。てかもう胸だけしか無いような……人間としてのアイデンティティが胸だけに集約された存在……それがメカブなのかも知れない。ある意味新しい。


「そこの乳袋さん。病院内で、品性の欠片もない行為はおやめください。鼻の下が伸びきったチンパンジーに襲われますよ」
「誰が乳袋よ!」
「誰がチンパンジーだ!!」


 俺とメカブの声が重なってこの静かな空間に響く。全くこの看護師は……ナースの癖に普通に毒吐いてくるな。なんてナースなんだ。確かにメカブは乳袋と言われてもしょうがないんだが、俺が人間未満のチンパンジーとかやめてほしい。
 人間としての誇りぐらいあるぞ。だけどそんな俺達の抗議の声に対して彼女が言ったのはこんな言葉だった。


「お二人とも、ここは病院ですよ。大声はお控えください。迷惑ですので」


 カチン–––––とマジで来る物言い。言葉だけ見ればそれは丁寧な物言いだろうけど、言い方がいかにもやっつけ感満載だった。もうホント相手にしてるのが億劫というか、めんどくさいというか……とにかくこの人は今の言葉を失礼だとは思ってなさそうだ。
 実際謝ってもないしな。むしろこっちに「ごめんなさい」させたいみたいな感じだろ。今の返しは。そう思ってると、メカブの奴もそんな風に感じたのか、いつものキャラで脅しに掛かった。


「くっ……ふふふふ、人間風情がこのインフィニットアート保持者の私に向かって暴言を吐きまくって……身の程を弁えない分際ほど滑稽な物はないな。謝るのなら今のうち。私の力が爆発すればこの世界の理など––」
「精神科は二つ隣の病棟になります」
「ぶっ殺す!!!」


 メカブの奴の痛い言動に、彼女は今度はいい笑顔でそう言ったんだ。このナース、ほんと表情の使い分けが上手いな。相手に対してどんな表情が効果的か瞬時に把握して実行してきやがる。今のなんて、ホント笑顔でなら百点だった。だけど、俺達にはその裏の黒い顔というか、意識が透けて見えるようだったぜ。
 絶対にわかってやってるぞこの人。


「メカブちゃん、流石に病院でぶっ殺すは不味いよ! 秋徒早く抑えて」
「了解……」


 俺は取り敢えずメカブの肩に掴みかかった。するとプニッと言う感触にちょっと動揺。やっぱ女の子なんだな〜と。胸だけじゃなくどこでも柔らかいな。まあちょっと強く握れば骨の硬い感じはあるんだけど、触った瞬間になんか男と違うってわかるよな。


「ふん!」
「––あが!?」


 ちょっとドキッとしてると、メカブの奴が肘を俺の右頬にぶつけて来やがった。なんて危険な事を躊躇いもなくやるやつだ。いや分かってたけど……こんな奴だって知ってたんだが、胸のせいで少しでも女と意識したのが間違いだった。


「大丈夫秋徒君?」
「ええ、所詮はメカブの攻撃ですから」


 LROで鍛えられた俺にとってはこんなの全然平気だ。天道さんは発狂してるメカブに近づきたくないのか少々距離を取ってるな。まあ彼女は今日メカブと知り合ったばかりだしな。ほぼ初対面の彼女に年上だからってあの常識通じないメカブを止めてもらうのは少々酷だろう。
 俺達でなんとかしないとな。ほんとこのまま病院で暴れて、本気で警察にご厄介になったらアホらしい。だけどメカブの奴、野生の獣みたいな顔して腕ぶん回してるからな。それを必死に日鞠の奴が体を間に入れて止めてる感じだ。
 そして主な原因のナースはといえば……何故か姿消えてた。逃げたか!? あの野郎、引っ掻き回すだけ回して去りやがったよ! 


「ちょっと秋徒早く!」
「わーってるよ」


 今度は肘を食らわない様に慎重に抑えに掛かる。するとその時、ガチャっと近くの扉が開いてあのナースが姿を表しやがった。


「ぐるるるるる……」
「おい、お前は何に成り下がってんだよ」


 どっからその声だしてるんだ。もう人間の出す声じゃ無くなってるぞ。野生だよ。野生がこいつの中で目覚めてる。


「全く、愉快な人達ですね。クス」


 クスって可愛らしく笑ってる場合ではないだろ。今のメカブなら、アンタを本気で襲いそうだぞ。


「皆さん婦長に会ってきたんですよね? どうでしたか? 求めてた物は得られました?」


 今その話しする!? どう考えても状況的にそれの話しできるタイミングじゃないだろ! 何? あの人にはこの野生化したメカブが見えてないのか? てか、眼中にないのか? めっちゃグルルル言ってるぞ! 
 もう歯の隙間とかからヨダレをぼたぼた落としても不思議じゃない位に、野性的になってるぞ。


「クスクス––あっ、お茶淹れましょうか?」
「じょうきょうおおおおおおおおお! 状況良く見て欲しいんだけどおおおおおおお!」
「上京? 確かに私は田舎から上京してきた側ですけど、それが何か?」
「その上京じゃねーよ! この状況だ!! ––いえ、です!!」


 一応年上だし、目上の人だろうし、言い直したけど色々と疲れるぞ。それにこの人の場合、絶対にわかってやってそうなのが更にイライラを募らせるというか……わかってるんだろ? てかわかってない訳無いよな? 
 わかってて絶対にとぼけてると思う。


「秋徒じゃないけど、メカブちゃんが本当に貴女に噛み付きそうだから、逃げるか謝るかして欲しいんですけど……」
「クスス、状況はちゃんとわかってますよ。貴方達にはとても大切な使命があるんでしょう。そうでしょ? そこのインフィニットえっと乳袋さん?」


 よし分かった。一度噛み付いて来ていいぞ。それがなんか許される気がしてきた。


「ちょっと秋徒!」
「いやだって、どう考えても遊ばれてるだろ!」
「だからって危害を加えさせる訳には行かないよ」


 まあそれは日鞠の言うとおりだけどさ……このままじゃメカブが人に戻れないぞ。妖怪化しそうになってるからな。こっち側に戻すには生贄が必要じゃなかろうか。その内、こいつのくせっ毛がウネウネとうねり出しそうな雰囲気だ。


「全く、興奮し過ぎると体によくありませんよ。そうだ! 少しお待ちください」


 どの口がそれをいうか––って思ったが、そんな突っ込み入れる前にそそくさと彼女は扉の向こうに再び消えていく。てか彼女以外にこの受付向こうにはいないのか? これだけデカイ病院の受付で一人って……まあ今はここ開いてない状況だから問題無いんだろうけどさ。
 そう思ってると彼女は四角い箱を持って戻ってきた。それを近くのソファーの上に置いて、もう一度中に戻り今度は飲み物とコップをお盆に乗せて持ってきてくれた。


「こんなサービスはしないんですけど、今日は特別に暇ですから」


 暇じゃなかったら、メカブの事はこのまま放置しておくつもりだったって事か? てか一体何を? 


「えっと……本当に何を? 状況わかってますよね?」


 思わず日鞠もそう聞いた。まあなんか推察するに今からティータイムにでも誘われそうだけどさ、そんな状況じゃないんだよ。そんな時間もないし、誰も望んでない。


「わかってるからこそです。私は看護師ですよ。そんな不安定に成った患者は見捨てられません。ちゃんと診てあげますよ。とにかく、イライラはストレスが原因ですので、それを取るためにも落ち着かせるのが大事。
 ですので、ここは私のとっておきをお披露目しましょう」


 なんかストレスとイライラの原因が得意気にペラペラ喋ってるな。不安定に陥らせた原因の自覚は無いのだろうか? まあ彼女の態度を見てる限り無さそうだな。今もノリノリで箱を開封しようとしてるし。
 てかお茶くらいで今のメカブが正気に戻るか? 疑わしいんだが……そう思いつつ見てると看護師さんは「じゃじゃーーん」とかキャラに似合わない効果音を口にしながら箱を開ける。するとその箱の中身を見て女性陣が何故かキラキラと……


「え? なんだ?」
「「こ……これは……」」


 日鞠と天道さんの声が震えてる? なに? 何がそんなに凄いんだ? ハッキリ言って俺にはその凄さが理解出来ないんだけど……だって箱の中身は予想されてた通りのケーキなだけだぞ。
 いやまあ、女の子が甘い物に目がないのは理解してるけど……だけどそんなに目を輝かせる事か? てかここでケーキ食ったらなんか悪く無いか? ラオウさんにさ。あの店でお預けしたのは、今やるべきことがあるからなんだぞ。


「確かに……まさか秋徒に正論を言われるとは……」
「その台詞けっこう聞いてる気がするな」


 お前はどれだけ俺をバカにしてるんだと……結構助けられてるだろ。


「確かにラオウさんに悪いよね。今の私達にはやることが––ってメカブ!」
「ん?」


 ちょっと目を離した隙に、一番あのナースに敵対心むき出しだった奴が速攻で釣られてた。


「ガウ! ガウウ! ウバウバ!」
「何言ってんだあの原始人」


 ケーキを口に突っ込みすぎて言葉を発せてないぞ。まあいつも理解できない事を言ってるのは変わらないけどな。


「クスス、ホントおもしろ〜い」


 そう言いながら彼女はなんだか怪しい視線をメカブに向けてる。だけどそんな事に気づかずにメカブの奴はケーキにがっついてるからな。そして三個目に突入––って所で、パチンとその手を弾かれる。


「千三百円」
「ふが?」
「上位の存在が卑しい人間の食事にありつきたいのなら、ここからはお金をいやしく頂戴しましょう。あっ、でもさっきの二つ分がそれなので、三つ目で計千八百円になります」
「……ふ、ふが……」


 壊れたブリキの玩具みたいにガタつきながら首をこちらに回すメカブ。なんだあの目……まるで助けを求める子犬の様な目をしてるぞ。千八百円……いや、二つだけなら千三百円だろ? 払えよ。食べたのお前だけだぞ。
 てかかなり高くない? ぼったくられてるんじゃないか? まあ妙に凝ったケーキのようには見えるけど……二個で千三百円って一個ワンコイン以上じゃないか。そんなもん? ケーキとか誕生日以外は食わないからわからないな。


「ちゃんとした専門店のケーキの様だし、どれも凝ってるしであり得ると思うけど……でも流石に高いよね。それにまさかお金って……お茶に誘っといてそれはどうなのかな?」
「確かに」


 罠だったって事か。いや、メカブの奴が一人でバクバク食ってるから気に食わなく成ったのかも知れない。でもストレス解消とかのたまってたような……やっぱストレス与える側に成ってるじゃねーか。


「払えない? それじゃあまあ良いでしょう」
「ほ、ほがぁ」


 なんかあっさりと許してくれたな。メカブの奴もその言葉で胸を撫で下ろしてる様だ。


「けど」
「ほ?」
「私に感謝することは忘れないでね」


 するとその言葉を聞いてメカブの奴は口に含んでだケーキを飲み込んだ。そしてようやくまともな言葉を喋れるように。


「てか、人間が上位の私に施しをよこすのは当然というか」
「なるほど、じゃああ〜ん」
「あ〜〜〜〜〜〜ほぐっ!?」


 ズボッとケーキ一個丸ごと口に突っ込まれたメカブ。施し受けれて嬉しそうだな。


「ほらほら、まだまだ施して差し上げますよ。私ナースですから」
「ほがっ!? ほがが!? ほがががが!?」


 メカブのほっぺがハムスターみたいになってる。容赦無いナースは次のケーキを既に準備してるぞ。すると涙目のメカブがほがほが言いながら、距離を取って床に土下座した。何やってるんだこいつは。


「全く、これじゃあ私がいじめてるみたいじゃないですか。私は貴女を助けたいんですよ。さあ、飲み物で口の中をスッキリしましょうね」


 そう言って優しく、メカブを起こして飲み物を口に運んであげる彼女。そしてようやくつまりに詰まったケーキがなくなると、不思議な事が起こった。


「あ、ありがとう。人間にしては中々見どころあるわね。……その…うん、お姉さまと呼んで上げてもいいわ」
「なんでそうなった!?」


 一体お前達の間で何が起きたんだよ!? 意味不明だよ!


「五月蝿いわね。ただの人間には理解できない物を感じたのよ。それにケーキもあるしね」
「そっちか」
「ふふ、私はただ貴女の為に成ることをやってるだけですよ。ナースですから」
「ナース凄い!」


 子犬の様に彼女に擦り寄ってるメカブ。お前の頭の弱さがすげーよ。てか一体俺達は何をやってるんだ? 完全な無駄な時間だったろこれ。なんで一ナースにこんなに振り回されてるんだろう。
 俺達ただ聞きたい事があっただけなんだけどな。


(あれ? なんだったっけ?)


 ヤバイぞ、この強烈なナースのせいで本来の目的が俺の中からスッポ抜けてしまったじゃないか。いや、大体はわかってる。俺達はこいつに摂理の担当だったナースの居場所を教えてもらおうと戻ってきたはずだ。
 婦長さんは病院に居ても、今日は非番らしいから他の看護師達の事は知らないらしいって事だったんだ。だからこの総合ナースステーション的中心地に戻って来た筈だったんだが……まさか思わぬところで邪魔が入ったな。
 なんでこの人はこんなに俺達に絡むのか……暇だからか? 今まで何度もここには来たが、こんなに絡まれた事はなかったからな。まあいつもはこことか素通りだからだったかもしれないけどさ……でもいつもはホント大変そうだったから。
 そもそも声かけにくい雰囲気––ってわけでもないが、手を煩わせちゃいけないみたいな気がしてたんだ。だけどうだよこれ……そっちがこっちの手を煩わせてるぞ。こっちが急いでるのわかってるだろうに、変なちょっかいはやめてほしい。そりゃあ昔のゲームのNPCみたいに、欲しい情報を与えるかただ一文を延々と垂れ流すかなんかでは無いのはわかるが、人間同士なんだから察するとかやって欲しいよな。
 こっちは真剣なんだよ。色々と切羽詰まってると言っていい。そこまで説明してないけどさ、感じ取って欲しいよな。ハッキリ言って遊んでる場合じゃないんだよ。そっちは暇かも知れないが、こっちは大変なんだから大人しくタブレットで暇潰ししてくれてればいいんだ。


「何? 羨ましい?」
「別に、全然そんなことはないです」


 メカブを手玉に取った所でね……どうでもいい。取り敢えずこっちの聞きたいことをさっさと聞かないと。


「おい摂理」
「あっ、うん」


 こいつにしては珍しく手際が悪いよな。どんな奴でも手玉に取れるのがお前の取り柄だろ。日鞠の奴は何か手元を気にしてる感じだな。スマホをちょくちょくいじってるから多分誘拐犯との連絡をこまめにやってるんだろうが、あんまり調子良くないのかもしれない。日鞠の奴なら手元で作業しながらでも、口で全然別の事を喋れるし、電話しながらでも俺達にわかりやすく勉強を教えることもできる。
 もっと凄い離れ業なら聖徳太子並に複数の奴が同時に喋っても全てを聞いてそれぞれに指示を飛ばすなんてことも出来る奴だからな。目の前の一人プラス電話向こうの相手とのやり取りなんて楽勝のはずだけど……何か問題でもあるのか? 
 だけど日鞠の奴は何も言わずにメカブを懐柔したナースと向き合う。


「あの、磯部さんはどこに居ますか? 摂理ちゃんの担当だったって聞いたんですけど」
「ああ、私あの人嫌いなんです」
「「「…………………」」」


 差し込む激しい日差しの向こうで叫び続けるセミの声がエコーエコーエコーしまくってる。僕達どう反応していいかわからない。パないなこいつ。他人の前でよくそんな事が堂々と言えるものだ。
 いや、他人だから? でもそれにしたって、今の日鞠の言葉にその返しは無くね? この後どう聞いていいのかわからないじゃないか。


「えっと……それは嫌いだから居場所はわからないって事ですか?」


 顔をひきつらせながらもなんとか言葉を絞り出す日鞠。すると彼女はメカブをペットの様に撫でながらこういった。


「いいえ、知ってますよ。ただ私が嫌いなだけです」


 ホント良い笑顔で言ってるよ。ここまで気持ちよく言うと、どうしてなのかその理由が気になるな。でもそれを聞いたら長そうだし、あんまり関わり合いたくもないから、さっさと磯部さんって人の情報だけ聞き出そう。それが賢い選択だろ?


「じゃあその人は一体どこに? 感情は置いといて教えてくれ」
「ええ〜」
「まあ私は聞いてあげてもいいけどね」


 せっかく俺がスルーしようとしてるのに、メカブの奴が余計な事を……いや待てよ。


「よし、それならお前だけ聞いてろ。俺達はその間に磯部さんに接触してくるからさ」
「全く、しょうがない奴等ね」


 何がしょうがないのか全くもって分からないが、得意気になってるからこのままでいいや。


「やれやれ、彼奴等ってば私に頼ってばかりなんだから困っちゃうわ。まあでもインフィニットアートを持つ者のこれも定め。仕方ないんだけどね」
「うわースゴーイ」
「まあね」


 おい気付けよメカブ。今の言葉ビックリするくらいの棒読みだったぞ。凄いなんて微塵も思ってないぞ。絶対に心の中でバカにしてる顔してるって。


「おい日鞠、このままメカブは置いてって良いよな?」
「え……あっうん」


 やっぱりなんかおかしいな。何か考えてるんだろうか? いや、こいつが考えてないことなんか無いだろうが、ここまでリソース割くのは珍しい。多分、何か問題でも起きてるんだろうな。
 誘拐犯と連絡を取り合ってるのは日鞠だけだ……運転手さんを助ける段取りは日鞠に掛かってると言っていい……責任なんてものに押しつぶされる奴じゃないってのは分かってるが、頼りにしすぎてるのかもな。
 まあ俺以外はそこまでこいつの能力をわかってる訳ないだろうけど、それでも自然とこいつ中心に動いてるからな……俺は取り敢えずこう言っとくことに。


「何だ? 問題が起きたのなら言えよ。まあ役に立てる保証はないけどな」
「……うん、でも大丈夫」


 そう言って日鞠の奴は前を見据える。やっぱり俺では頼りにならないということか? そりゃあ頭をひねることで日鞠以上の何かが出てくるとは思えないけど……それでも相談くらいはしてくれてもいいんだ。
 今回の日鞠は少しだが、らしくない部分が垣間見える気がする。だから少し……心配だ。


「お願いします。教えてください。貴女が嫌いでも、私達にはその人の持つ情報が必要なんです」
「……ふふ、貴女は前から思ってたけどちょっとムカツクわね」
「え?」


 どれだけ毒を振りまけば気が済むんだこのナース。本当にナースか? 白衣なんて着てないぞ、漆黒のマントでもひるがえしそうなナースじゃないか。


「でもまっ、これはただの嫉妬みたいなものよ。自由っていいわよね。私もあの頃に戻りたい。でも今の私は社会に縛られた囚人なの。心の安らぎはペットに求めるしかないわ」
「く〜んく〜ん!」


 顎撫でられて気持ちよさそうにしてるメカブ。お前今完全にペット呼ばれたぞ。ほんと完全に懐柔されたな。別にどうでもいいけど……そんな心の吐露はいいから、教えるのなら情報だけくれ。
 聞きたくもない心情とかどうでもいいから。


「磯辺ね……彼女なら救急の方に居るんじゃないかしら。暇だからって行っちゃったわ。向こうはこの状態でも患者受け入れてるし、忙しそうなのにホント嫌なやつよね」
「救急ですね。ありがとうございます」


 何が嫌な奴なんだよ……明らか––ってかアンタよりかは良さげなナースだろ。取り敢えず一礼をして直ぐに救急病棟の方に足を向ける日鞠。俺達もそれに続いて日鞠の背中を追いかける。すると最後に彼女が意味深な事を言ってきた。


「ねぇ、えっと日鞠ちゃん?」
「なんですか?」
「ここはね病院だから。それを忘れないでね」
「はぁ?」


 どの口がそれを言ってるのか……アンタはもうその格好が実はコスプレでしたと言われても驚きはしないぞ。取り敢えず変な忠告は聞き流して、俺達はようやく聴きだした磯部さんのもとに急ぐ。
 歩く途中でも、日鞠はその視線をスマホに落としては何かを気にしてるようだった。



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