命改変プログラム

ファーストなサイコロ

自分の無力

 吸った空気が肺に重く伸し掛かるようで、体が重く感じる。体中の穴から汗が吹き出してるんじゃないかと思える程の気持ち悪さが僕自身を包み込んでる。ブリームスの風景のどこにも変化なんてないけど、そいつ等の存在だけで絶望を誘うのには十分だ。
 それだけの力が奴らにはある。それに奴等の中で一番凶暴性強い奴と、僕達と接触の低い姉妹を送り込んできたってのがまた……ホント、シクラの奴の悪質さが見て取れるみたいだよ。
 まあアイツの意向かどうかなんて実際分からないが、多分そうなんだろうとは思える。あの姉妹の中で、まともに指示出す奴とかシクラ意外に居なさそうだしな。長女の百合はおっとりタイプというか頭百合百合してるせいで怒った時しか威厳ないし、次女の蘭はどう見てもお固い猪突猛進タイプだったしな。柔軟に思考が回るとは思えない奴だった。ヒマワリはバカだから論外だとして、柊はあの中ではかなり知性派だったんだけど、いかんせん末っ子ってのが痛いな。


 目の前に現れた多分最後の姉妹はどう見てもやる気が感じれないし、消去法で行ってもシクラの奴がまとめなくちゃいけないだろう。まあこのままやる気ない感じ行ってくれればこっちとしてはありがたいんだけど……でもあの姉妹の一人だからな……それにここにわざわざやる気もない様な奴を送り込んできたってのが怪しい。
 絶対になにかあると考えれる。能力がわからないってのも不安要素が大きい。きっとそれすら狙ってるんだろうけどな。隣の肌黒い奴は塵の様な黒い何かを、裸の上半身から醸し出しながら不気味に笑ってる。
 取り敢えずアイツだけは今直ぐにでも襲いかかる気満々みたいだな。暴れたがりだからな……


「ちょっと、何なのよアンタ達?」
「駄目です! 下がって!!」


 無知な孫ちゃんはいきなり失礼な声を上げてきた奴らに当然の如く食って掛かった。だけどそれを僧兵が止める。当たり前だけどね。孫ちゃんは奴らとは直接接触したことはないからしょうがないんだろうけど、雰囲気でヤバさ程度は感じ取ってほしい。
 今の状況で奴らを相手にするとか、無謀以外のなんでもない。ハッキリ言って、最悪の登場だろう。今ここにまともな戦力なんてないんだよ。僕はクリエのままだし、孫ちゃんに戦闘は期待出来ないだろう。あとは僧兵だけが頼りだけど、僧兵は他の僧兵以上でも以下でもないんだ。きっぱり言うと、それはモブクラスなんだよな。今の僕よりは戦闘できるだろうけど、奴等からみたらきっと目くそ鼻くそだろう。
 ヤバイ……ヤバ過ぎるな。誰が見ても戦力不足。


「ちょっと、なんなのよ。私を止める権利がアンタにあると思ってるの?」
「権利とかよりも、早く下がるんだ! あいつ等は不味い……そう感じる」


 思わずいつもの態度よりも強い口調で孫ちゃんに対してそう言う僧兵。モタモタしてたら手遅れに成るかもしれないからな。気を使ってなんか居られないだろう。


「チビしかいないなぁ〜おい、スオウや神はどこだよ? さっさと白状しないと……いや、白状しなくても殺すがな。ぎゃははははははは!」


 目の前に僕は居るんだが……まあ気付かれると不味いからな。ん?


(なんかめっちゃ見られてるような……)


 もう一人の気だるそうにしてる奴がめっちゃこっち見てる。何あいつ? もしかしてバレてる? でもそれならもっと何かリアクションがあってしかるべきな様な……そもそもあの格好はなんだよ。
 何故にポンチョなの? どう考えても女の子が外出する服装じゃないよな。しかも下はなんだか可愛いのか可愛くないのかわかりにくいキャラがプリントされたパジャマっぽいし……あの格好は数週間ぶりに部屋から連れだされた引きこもりだと言われても違和感ない。
 やる気全く感じないしな。ノリノリでこっちを威嚇してる奴の横で既に地面に腰卸してるし……一体何故にアイツを送り込んできたのかが非常に気になる。取り敢えず一人にやる気が無いのは僕達にとってはありがたい。ありがたいけど、あの破壊衝動の塊みたいな化け物だけでもやり過ごせるかも微妙だな。


「さあ選べ。今死ぬか、後に死ぬか」


 そう言いながら奴の周りに黒い粒子がある物を形作る。それは鎌だ。奴の武器である、不気味な黒い鎌。呪われた様なデザインだけど、実際間違っちゃいないだろう。本当に呪われて生み出されたみたいな化け物だからな。


「どうする?」
「どうするって言われても……今の戦力で勝てる見込みなんか無いだろ。どうにかして逃げるしか……」


 僕達は小さな声でそんなやり取りをする。でも逃げるって言ってもな……どの道この街から出ることは出来ないんだよね。まあLROの街は実際の町並みに広いし、上手くやれればどうにか出来るかもしれない––けど、問題なのはそれほど僕達もこの街の地理に詳しくない事だな。
 今まではさ、自分が行ったことない街とか場所でも、アギトの奴や他の誰かが必ず知っててくれたけど、ここは違う。ブリームスは完全に隠された街だったし、そもそも今プレイヤーは僕しか居ないしな。NPCの奴等の土地勘って、ほぼ自国だけみたいな物だよな。
 リルフィンの奴みたいに扱き使われて他の国とかに出向させられてたとかの方が稀有だもんな。
 てか、マジでどうやって逃げよう。具体的なプランが思い浮かばない。そもそもモブリって時点で足遅いのに……足遅いってか歩幅の問題だけどさ。更にあの黒い奴、結構速いほうだし、モブリの足で逃げた所で逃げ切れるなんて思えないような。


(いやいや、諦めてどうする。何か手はあるはずだろ)


 僕は頭を激しく振って、弱気な自分を振り払う。するとその時、無謀にも遠ざかってた治安部の人達が、物騒な物を持ちだした奴の姿に反応した様だ。


「ちょっとそこの君、そんな物騒な物を持ちだしてどうする……」


 途切れた言葉。吹き荒れる黒い粒子の風。そして青い空に吹き上がる真っ赤な鮮血。あの野郎、なんの躊躇いも無くその鎌を振りきりやがった。信じれないというような光景に、その場に居合わせた人達の動きが止まる。
 その中でたった一人動く奴が、鎌に着いた血を振り払って、それを地面に飛ばした。そしてようやく目の前の惨状を認識しだした人々が一斉に恐怖心と共に騒ぎ出す。一気にこの場が混乱に包まれる。


「ぎゃはははは、虫けら共がうるせぇぞ!!」


 そう言って奴は背中を向けて逃げ出してる一般人に向けてその鎌を振り下ろす。放たれるのは黒い斬撃。それが一般の人達を切り裂いてく。くっそ……アイツには矜持ってものがないのか。いや、あるわけ無いか……アイツは本能のままに破壊を楽しむだけだ。
 こんな体だけど……このままこの惨状を黙って見てるなんて出来ない!


「やめ––」
「止めろ!!」


 僕の声を掻き消して、そんな叫びを上げたのは治安部の彼だった。放たれた斬撃をその細身の剣で弾き一般人を守る様にその場に立ってる。その姿は物凄く頼もしく見える。ほんと、今の僕には尚更ね。
 それはそうか、この人達はこのブリームスの治安を守る役目を負ってるんだ。こんな事を見過ごすわけがない。


「何だ貴様? 死にたいのか?」
「ふん、これ以上貴様の勝手にはさせない!!」


 その瞬間、四方からあの化け物を捕らえる鞭みたいなのが襲いかかる。脚や腕に巻き付いたそれを周りに散ってた治安部の他の人達が引っ張って奴の行動を止めた。


「今だ!」
「はい!!」


 そしてその合図と共に、残りの人達がさっき切り倒された人を回収する。かなり地面に血が広がってたけど……生きてるんだろうか? 錬金ならなんとか出来るのかな? それを信じよう。


「こんな物で、この俺を抑えられるとでも思ってるとはおめでたい」
「なら断ち切って見せるんだな。だが例え断ち切れたとしても、貴様はここで捕まえる。この蛮行、許していおけるべくもない!!」


 奴に切っ先を向けてそう啖呵を切る彼。それは中々に格好良い姿だ。その彼の姿に、混乱してたブリームスの人達は僅かだけど、持ち直した様に見えた。きっと皆、彼等を信頼してるんだろう。
 だからこそ、彼等が動き出したことで多少でも「大丈夫」と思えたのかも。だけどそれはまだ細い線がようやく繋がりだした程度だろう。治安部の人達があの化け物の力に飲まれたら、事態は再び同じ状況に……いや、頼ってる彼等が目の前でやられでもしたら、それはより酷い状況になるかも知れない。頑張ってもらうしか無いよな。今の僕は無力なんだ。


「ぎゃははははは! 全員殺してやるよ」


 奴はそう言って鎌を粒子に溶かす。すると奴の傍にだけ漂ってた粒子が広がりだす。


「はっ、武器を手放して観念したって事か? このまま大人しくしてろよ」
「ぎゃふひひひひ、殺すって言ったろ?」


 奴を捕らえてる治安部の人の言葉にそう返した。確かにアイツがこの程度で引くなんて思えない。絶対に何か仕掛けてくるはずだ。


「油断するな。増援が来るまでアイツを捕まえたままで居るのが我々の役目だ」
「「「はい!!」」」


 気持ちの良い返事。でもちょっと疑問なんだけど、奴の隣で気だるく座ってるあの女はいいのか? さっきから治安部の方達の眼中に無いように思えるんだが。まああの黒い方に比べれば全然危険そうじゃないってのも分かるけど、放っておくのもどうかと……だけど逆に考えるべきなのか?
 こっちが変にちょっかいだしたら、無理矢理にでもアイツは動き出すかも知れない。そうなったほうが厄介かもな。このまま放っておくのは気が気じゃないが、どう考えても現状どうにかしないと行けないのは黒いほうだし、忠告はよしておくか。
 自分達であの女の気だるそうな動向に目を払ってればいいだろ。そんな風に思ってると、突然治安部の一人が操り人形の糸が切れたみたいに地面に倒れ伏す。


「なっ!?」


 そんな風に驚いてる間に、更にもう二人が地面に倒れる。そしてそんな中黒い奴が妖しい笑い声を上げだした。今までの様に無駄にでかい声じゃなく、噛み締める様に出す笑い声。どう考えてもアイツが何かをやってるのがわかる笑い方だ。
 そんな笑いに真っ先に反応するのは拘束してる中で最後に残った人だ。「次は自分の番」誰だってそう思う。そしてそんな彼の周りには黒い粒子が集まりだしてる。やっぱりアレが何かをしてるんだ。間違いない。
 もう一人だけじゃ拘束してるなんて言えない。早く次の手に移ったほうがいい。あるか知らないけどな。


「た……隊長……」


 震えながらそう言った治安部の人は縋るような目を向けてた。逃げたいんだろうけど、この街を守る使命があるから、そうも出来ないんだろう。隊長の一声がないと、それは許されない。全ては隊長しだい……その隊長はと言うと、剣を強く握り締めて、こっちも震えてた。だけどそれは向こうの彼みたいに怯えてるって訳じゃない、怒りに打ち震えてるって感じだ。
 自分の部下がやられてるんだから当然か。すると隊長である彼は、何かコインみたいなのを取り出して、それを剣の鍔部分に一枚はめる。


(なんだあれ?)


 そう思うも、わざわざそれを聞ける雰囲気じゃない。コインをはめたら準備が整ったのか、彼は大きく剣を振りかぶる。すると刀身がゴムみたいに伸びるじゃないか! なんだか凄いぞ。
 そしてそれで狙ったのは黒い奴本体じゃなく、今まさに襲われそうに成ってる仲間? 正確にはその仲間に襲いかかってる黒い粒子かな。そこまで伸びた刀身を上手く操って、仲間の周りを縦横無尽に移動する剣。
 するとカンキンカカカン––と甲高い音が響いて、集まってた粒子が拡散する。今の音、やっぱりあの粒子事態が鋭利な何かだったって事か? そしてその勢いのまま、隊長である彼は間髪入れずに黒い奴に向かってその鞭の様になった刀身を振りかぶる。
 風を切るように鋭くしなったその刀身は、黒い奴を一刀両断して手元まで戻ってきた。


「不愉快だ。貴様の目的がなんなのか、何者なのかは貴様の脳に直接聞いてやる」
「おお」


 僕は思わずそんな声を上げたよ。まさか奴を一刀両断出来るとは。でもやっぱりこの人達はあのへたり込んでる奴の事を敵とはみなしてないっぽいな。わざわざ今の攻撃でもあの座ってる奴を巻き込まない様に攻撃したし、敵認証してるのなら、ついでにザグっと行ってしかるべきタイミングだった筈だよ。
 まあ流石にそこまで無防備でもない……筈だけど……自分のそんな認識がちょっと怪しく感じるな、あの態度を見てると。直ぐ横で一緒に来たはずの奴がザックリとやられちゃってるのに、完全無反応だからな。てか気付いてなくない? 視線を一度もあの黒い奴に向けてないような。
 一体全体アイツはここに何しに来たのか……全くもって不明だな。そう思ってると、一刀両断された黒い奴がそのままの状態で、ゲハゲハと笑い出してた。


「目的ならさっきから言ってるがな。だが、そんな事はもうどうでもいいな。やっぱ、殺し合いやらないと、つまんねぇんだ!!」


 別々に切り離された体から黒い液体が伸びてきてその体を引きあわせ出す。あの野郎、単純に体を切り刻んでもダメージ無いのか? そして次の瞬間、怯えながらもまだ黒い奴の体を拘束してた治安部の一人を巻き込んで隊長の傍まで一気に踏み込んでくる。


「きゃっはああああああああああああああああ!!」


 掲げた手に再び不気味な鎌が現れる。それを素早く振り下ろしてきた。そしてそれを受け止めようとする治安部の隊長である彼。だけどその行為は間違いだ。僕はそれを知ってる。


「その攻撃を受け止めちゃ駄目だ!!」
「なに?」


 僕はクリエの演技をするのを忘れてそう言った。だけど今から避けるなんて選択肢は彼にはなくて、甲高い音を響かせて鎌と剣がぶつかり合った。その瞬間、鎌の刃は体まで届いてなかった筈なのに、全く別の方向から鎌の斬撃が隊長を襲う。


「っづ!?」


 青い布が宙に流れる。それと同時に赤い滴も視界に入った。思わず膝を折りそうなるけど、そこはどうにか踏みとどまる。でも……


「けはっ、このまま真っ二つにしてやるよ」
「くっ……」


 なんとか今は拮抗してるけど、流れ出る血の量をみても、結構なダメージを受けてるのは明白だ。このままじゃ鎌の本体が彼に届くのも時間の問題。増援はまだなのか? 一人残った治安部の人は、恐怖心に心が侵されてるせいで救援には来れそうにない。
 周りの人達の緊張感も既にいっぱいいっぱい。この人がやられると再びこの場は混乱に包まれそうだ。怪我人も既に複数……重傷の人達もいる。このまま一般人がここに居ると、もっと被害が拡大してしまいそうな……だけど僕達には彼等を誘導できる信頼がない。
 それならどうにかして、この敵を抑えこむ方法を考えるしか……だけど、今の僕には力が……


(いや、力なんてなくっても、やらなきゃいけないことはある!)


 僕は拳を強く握って高い位置で争ってる二人を見つめる。そして覚悟を決めて走りだすよ。


「やめろ〜〜〜〜!」
『嬢ちゃん無茶やで!!』
「おい!」
「ちょっとアンタ!」


 皆の声が聞こえたけど、グズグズなんかしてられない。僕は隊長の足にしがみついてカサカサとその足から背中に登り、そしてそこから黒い奴の顔面に飛びかかる。


「とあ!」
「ぬがっ!? 糞ガキがぁ!!」


 僕は必死に奴の顔面にへばりついたけど、すぐさま剥がされて地面に叩きつけられた。だけどなんとか助ける事は出来たようだ。隊長の彼は別のコインを柄にセットしてる。


「おい! こっちを見ろ!!」
「んあ? ––っが!?」


 振り向いた黒い奴にぶっかかる水のようなもの。だけどそれを浴びた瞬間、奴の体から黒い蒸気が溢れ出す。それはまるで奴の体を溶かしてるみたいな……更にそれを地面に向けて、大量の蒸気を発生させる。辺り一面が一気に真っ白に。
 そんな中、隊長である彼の声が苦しそうに響く。


「逃げるんだ……全員この場から離れろおおおおおおおお!!」


 

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