命改変プログラム

ファーストなサイコロ

空の下でも

 後ろの方で行き交う人々。その人達は自分になんか何一つ興味を示さずに歩いてく。どうやら誰も僕が突如現れたのに気付いてないっぽいな。もしも僕がいつもの自分の体なら、流石に何人かの人は驚きをもってリアクションしてくれだろうけど……今の僕は小さなモブリの中でも更に小さなクリエだからな。
 気付かなのも無理ないかも。ドテッなんて音じゃなくて、ポテッ位だったしな。それにしてもやっぱり太陽の光を浴びるのは気持ちい物だ。さっきまでずっと薄暗くて、更に切羽詰まってたからな……なんだか開放された気分。


「んん〜〜〜〜気持ちい!」


 僕は短い腕を精一杯伸ばして背伸びをする。ずっとクリエに捕まってて握力とかやばかったし、縮こまってたから体を伸ばすって気持ちいい。この開放感たまらないよね。やっぱ人間自由が一番。


『呑気やな嬢ちゃん。あの中ではお仲間が大変な目にあってるんやで』
「うお! なんでお前まで居るんだよ……」


 フワフワと漂うのは黒い目玉。あの薄暗い中ならまだ見れたけど、この太陽の下に出てくると、やっぱハッキリ見える分だけ異質な物を感じるな。てか誰かに見つかるとかヤバイんでは? 
 だけどここはそもそも錬金の街だし、多少の異質なんて気にしないのかも。僕だけじゃなく、この目玉が出てきても気にしてる人なんて見えないしな。遠目で見たら目玉とはわかりづらいだろうし、アイテムが浮いてるくらいの感覚なのかも。


『自分は嬢ちゃんから離れる気はないさかい。錬金との相性は悪くても、自分との相性はええようやで』
「最悪な事言うなよ。気分悪くなるだろ」
『ぐはぁ! その吐き捨てるような言葉も、ゴミを見るような目もたまらないんや!』


 マジ変態。言い飽きたけど救いようがないよこいつ。まあこいつの言ったことが分からない訳でもないけどね。目の前の建物の中では所長達が今まさにピンチ状態かも知れない。リルフィンの奴がいるからそうそう捕まるとも思えないけど……でも数がきっと段違いに違うだろうしな。
 それに脱出の手段も目ぼしいものがない状況だったし……このままじゃ駄目なのは確実だ。てかさ……僕は目の前の不思議な建造物をまじまじと見つめる。


(これがホントに第一研究所なのか?)


 ってぱっと見思う。だって思い出して見てほしい。第二研究所ってかなり見た目も豪華で華やかさがあったんだ。キラキラと外装は光ってたし、大きくて形も凄かった。金掛けてるなって一目で分かる感じだったよ。だけど目の前の第一研究所はハッキリ言って豪華とか貧乏臭いとか、そんな枠組みから逸脱してる。
 なんて言うか……うん、四角い。言うなれば四角い箱だ。黒くて無骨な四角い箱。なんかここだけ景観的にも可笑しいような気がする。てかなんだかこれって––


「バンドロームの箱っぽいな……」
『バンドロームの箱って言うと、三種の神器の一つやな。まあ三つの研究機関はそれぞれ三種の神器と何かしらの関連があると言うのが最近第一研究所の見解やから無理も無いで』
「なんだそれ? 初耳だぞ。本当か?」


 目玉の気になる発言に僕は食いつくよ。それが本当なら、まさにこの形はバンドロームの箱を模した事に成るよな。


『本当やで。まあ最近わかった事やから、外への情報はまだやろうし、知らんのも無理は無い。何度目かの中央図書深層調査の結果やな。レポートもあるで』


 そう言って目玉はその目から目の前にそのレポートを表示させた。フムフム……なるほど……やっぱりさっぱり読めないんだけど。これってマジで古参の人達はどうやってるんだ? 翻訳するスキルとかがもしかしてあるのかな? ちゃんと翻訳される時もあるんだけど、そのままの部分も結構多い。
 実際ちゃんと読めたほうが有利だよなこういうのって……なんで元から日本語じゃないのか……まあ別に独自の文字でもなんでもいいんだよ。普通に翻訳してくれたらね。だけど翻訳したりしなかったりは困る。やきもきする。
 今この場でこのレポートを読めれば何かがわかるかも知れないのに、理解不能なんだもんな……僕が微妙に怪訝な表情をしてたからか、それに気付いて目玉の奴はこう言うよ。


『なんや嬢ちゃん読めんのかいな? 初等部からやり直したほうがええで』
「うるさい。こっちの文字が読めないだけだ。お前達はこの街だけで完結してるから知らないんだろうが、外の世界では更に外の世界と繋がってるんだよ」
『ああ〜なんや聞いたことあるかも知れんなそれ。よう知らんけど。だけど郷に入っては郷に従えやで。文字も読めんと不便やろ?』
「お前に言われるのはムカツクけど、確かにその通りだな」


 すると目玉のそのその目が三日月形に変形してニヤニヤしだしたのが見て取れる。余計にイラつく顔だ。絶対に何か良からぬ事を言い出すな。そう思ってると、案の定目玉の奴はこん事を言ってきた。


『嬢ちゃん嬢ちゃん、自分が教えてやるでぇ〜手とり足取り。なんならベットの中でのぅ』
「うわぁ………」


 マジ引く。この体のどこにそこまで欲情してるのかわからんが、本当にこの目玉は気持ち悪いな。目玉ってだけじゃなく、性根から気持ち悪さが漂ってる。どんな風に作ったら、こんな変態は出来上がるんだよ。
 ペットは飼い主に似るっていう。それを無理矢理に当てはめるとすると、この目玉も製作者のペット的な感じだろ。ってことは、この目玉の思考はこいつを作った奴の思考に類似してると言えなくもない––かも知れない。
 つまりこいつの変態性はこいつを作った製作者の変態性……追いかけなくて正解だったか? だけど気になることも多かったからな。でも今となってはもうそんなことって感じか。外に出ちゃったしな。これからやることは中の皆の救出は勿論だけど、一人じゃどうしようもないからな。取り敢えずこの目玉をミセス•アンダーソン達の所まで持ってかないとだよな。


『なんやなんや嬢ちゃん、無視は駄目やで。さあ、自分が愛のレッスンしてやるさかい!』
「いいよそれはもう。てか錬金っていろんな便利アイテムがあるんだろ? 脳に直接学習させる物とか無いのかよ?」


 あるじゃんな、映画とかで未来の技術として紹介されてる様な物。あんなんでいいよ。愛とかよりもそっちがいい。


『嬢ちゃん、愛よか技術が良いなんて悲しいことやで! 命あるもの、愛が一番やろ!』
「技術の塊みたいな奴がどの口で物言ってんだよ」
『自分口で物言ってないんで〜、これは思いをぶつけてるんやで。浪漫やろ?』


 何が浪漫だ。こっちはその声を遮断できなくて迷惑なんだけど。もしかしたらクリエは自由に出来るのかも知れないけど、僕にはどうやら無理っぽい。この喧騒の中聞こえる様々な声。その中にはもしかしたらこの目玉と同じように、人じゃない声とかも混じってるのかも。それを考えるとちょっとこわいぞ。


『ははっ、怖いってそんな繊細な肝やないやろ』
「案外でもないけど失礼だなお前」


 まあ僕には良いけど、クリエの奴には……ってアイツも大概だったな。そもそも何かを怖がってたって事あるっけ? クリエって好奇心の塊みたいな奴だからな。アイツもほんと繊細なんて感覚持ち合わせてないかも。
 いや、子供だし繊細なんだけど恐怖心よりも好奇心が勝っちゃってるって感じか。でもだからこそ危ないって感じだよな、子供はさ。それって言い換えれば無謀ってかそういうことだしな。
 怖いって本能で危機を察知してる訳だし、それに毎度毎度好奇心が勝っちゃったら問題だ。クリエの奴はその節がある。


「クリエ? 何やってるのよ? その他は?」


 おい誰だ、クリエ以外をその他大勢扱いしてる奴は。僕は思わず座った瞳をその声の方に向ける。するとそこにはこのブリームスでは珍しい二人が居たよ。まあそれは今の僕と同じモブリの二人だけどね。


「なんだ孫ちゃんと僧兵じゃん」
「……相変わらず可愛気のない子供ね。私の事は敬いなさいって言ってるでしょ」


 孫ちゃんそんな事をクリエに強要してたのか。そりゃあクリエが嫌ってるというか、ちょっと苦手にしてる訳だ。積極的に孫ちゃんには絡んで行かないもんなクリエ。多分ウザがってるんだろう。
 そう思ってると僧兵の奴がこっちを訝しむように見てくる。何かに気付いたかな?


「なんだか少しおかしくないか? どこかクリエっぽくないような? 落ち着き具合とか」
「はぁ? どう見てもクリエでしょ? この生意気具合間違いないわ」
「いや、変身魔法とかあるし……」
「んっ?」
「クリエっすねはい」


 ププーーー! 僧兵の奴尻に敷かれ過ぎだろ。二人の時はもっと素直に成ってるのかと思ってたら、全然そんな事はなかった。てか上下関係に拍車がかかってる感じだな。僧兵の奴可哀想。おもろいけど。


『なんやなんや、また自分好みのべっぴんさんが登場やないけ。知り合いか?』
「まあ知り合いってか仲間だな」
『おお! そんならはよ紹介してや。必要やろ」


 テンション高めの声が頭に響く。確かにそれは必要なんだけど……こいつが求めてることをやると、なんだかこっちの気分が盛り下がるというか……言われるとあんまり乗り気になれないんだよね。


「ねえクリエ、それ何? 目玉浮いてるけど……気持ち悪いわね。叩き落としていい?」
「いや、これは––」
『お姉さま! おねがいしゃーーーーーーす!!」


 いきなりフルスロットルに成って飛び出した目玉。あの変態、もういいよ。一緒に居ると気苦労が絶えない。しかも僕しかその声が聞こえないからって付きまとわれて大変すぎ。そう思いながら放置してたら、目玉は孫ちゃんのペッタンコな胸に飛び込んでた。


『ムヒョー!ムヒョー! ムヒョー! 子供の匂いとは違う、上品な匂いするでーー!!』


 テンション上がりまくってるな。擦りつき過ぎだろ。その余りの勢いに孫ちゃんは思わず地面に尻餅を着いた。そしてそれをチャンスと捉えたのか、目玉はその目を野獣の如く光らせて全身をめぐりまくる。


『ムヒョー! ムヒョヒョー! ヒョーヒョー!!』
「ちょっ……んっ……どこ入って! ……きゃっ……ダメっ……あっ……」
「ヒョーヒョーヒョーヒョー!!」
「んん……コレ以上は……あぁ……」


 なんだか周囲がザワザワとしてきた。流石に公共の場でんな声を上げてたら嫌でも気になるか。でもあんまり注目浴びるのは良くないよな。そろそろあの目玉を止めないと。流石に調子乗り過ぎだし。
 そう思って僕が進もうとしたら、それよりも早く僧兵の奴が動いた。ムヒョームヒョー五月蝿かった目玉の声が突如止まったのは、僧兵の手にがっちりホールドされたから……


「おい、コレ切っていいか? 良いよな? よし分かった」
『まだなんも言っとらんでええええええええええ!!』
「良し、OKだ!」
『嬢ちゃあああああああああああああああああああああん!!!』


 五月蝿い五月蝿い。僕にしか聞こえない声で叫んだって意味ないんだから声荒げるなよな。でもまあ、しょうがないから止めてやるか。


「ごめんごめん、さっきのなしで。実はそれ重要な奴なんだよ。そいつの中には第一研究所のデータが詰まってるからな」
「何? この目玉の中にか?」
「残念な事にな」
『残念って何やねん!』


 いやいや残念だろ。こいつがただの目玉なら今頃消滅させてるところだからな。残念で仕方ない。


「ふふ……ふふふふ」
『なんや嬢ちゃん……メチャ怖い顔で笑っとるで……おかしいな……助けて貰った筈なのに寒気が……』


 ガクガク震える目玉。僕の心の中が少しだけ漏れてしまったかな? まあいいんだけど。取り敢えずこいつの中のデータを全部吸いだしたら、後はどうなるか危惧しといたほうがいいてことだけは確かだよ。
 こいつの変態性が許されてるのはこいつの中のデータ故だ。それが無くなった時が命日だと自覚しとくんだな。


「バカバカ! 助けるのが遅い! バカバカ!」


 そんな声が聞こえて前を見ると、立ち上がらせて貰いながら孫ちゃんが僧兵にそんな文句を言ってた。だけど高圧的に言ってるんじゃなく、なんだか可愛らしく涙目に成ってちょっと赤く成りながら言ってる。
 それに立ち上がった後も寄り添うようにしてるし……やっぱろ上手く行ってるのか? 孫ちゃんは普段はあんなだけど、根っこでは僧兵の事を頼ってるのかもな。そんな風に思ってると僧兵の奴がこっちを睨んでる。まだまだこの目玉を殺そうとしてるのか? って思ったけど、その視線は何故かこっちに向けられてるような……


「貴様、やっぱりクリエじゃないだろ? スオウか?」
「おっ、正解。なんで分かった?」
「ええ!? 本当に?」


 孫ちゃんはまだクリエと思ってるぽいけど、口調とか全然違うと思うんだけどな。普段どれだけ、周りなんてどうでもいいかって事だろうなこの違いは。周りに……っていうか、僕達に興味なんてないから僅かな違いにも気付かない孫ちゃん。
 なんだかんだ言って協力し続けてくれてる僧兵は僕達の事も注意深く見てたから、僅かな変化にも敏感に気づくことが出来る。


「お前の雰囲気はどう考えてもクリエじゃない。何があった? どうせいつもみたいに大変な事に成ってるんだろう?」
「まあ……そうだけど……」


 なんだかその言い方だと、僕が関わると大抵大変な事に成ってるような言い方で、あんまり肯定したくなく成るな。けど間違いでもないし、そもそも都合良く居てくれたんだから、早く事情を説明するべきなんだよな。
 僕は自分の思いをグッと飲み込んで、第一研究所で起こったことを話した。




「なるほど……それでお前とクリエは入れ替わって、お前だけは何故か外に放り出された––と」
「まあそういうこったな。放り出されたのはなんか錬金とクリエの力の相性が悪いかららしいけど……ハッキリとはしない」
「可能性としてはなくもないでしょうけどね。錬金と魔法は相性が悪い。それにその子の力は魔法の中でも純真な物だもの。錬金が敏感に反応してもおかしくはないわ」
「そういう物なのか」


 まあ神の力だしな。限りなく純真たる力だろうな。


「取り敢えず一度戻ろう。第二研究所の奴らも居るしな。その目玉を診てもらうには最適だろ」
「そうだな」
「全く、こっちだって用事あったのに、子供に付き合わないと行けないなんてね」


 孫ちゃんの文句を受け流しながら、僕達は進みだす。急がないと中の皆が追い詰められるからな。だけどその時立ち塞がる青い影が……


「君達だな。往来でいかがわしい事をしてたと言うのは」


 そう言ったのは昨日見た治安部の人達。青い制服をきっちりと着こなして、数少ない武器を帯刀してる部隊……なんでこのタイミングで。しかも中心に居るのって所長達と馴染みがあるとかの人じゃん。
 僕達は思わず数歩後ずさる。気持よく射してた陽の光が雲によって隠されていくのが見えた。

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