命改変プログラム

ファーストなサイコロ

二兎を追う

  消えた運転手さんに、残されたネクタイピンと共に残されてたメモ。この状況から判断して、きっと運転手さんは攫われたと考えられる。まさか……そこまで派手に動かないと思ってた調査委員会の奴等が? 
 だけど俺達にちょっかいを出してくる奴等と言ったら他に心当たりなんてないよな。でも動き出すには早すぎるような……いや、ジェスチャーコードの目星は大体付いてるんだ。その情報を盗み聞きしてて、自分達が独占したいと考えたのならあるいは……


「待てよ、調査委員会が動き出したとしたら愛達も危ないんじゃ? 日鞠!」
「はい、分かりました。注意を怠らないでください。A班はそこにとどまって愛さん達の警護をお願いします。––ふう、何秋徒?」
「いや……愛達の方はどうだったかなと……」
「大丈夫みたいだったわよ。異常はないみたい」
「そっか」


 良かった。胸を撫で下ろす事が出来るな。愛まで攫われてたら後悔してもしきれないからな。運転手さんには悪いけど、重要度が星3つ程違う。まあ勿論このまま放って置く、なんて事はしないけどな。
 そう思ってるとラオウさんがこういった。


「おかしいですね」
「ええ」


 それに同調するのは日鞠だ。何がおかしいんだろうか? 俺とメカブと天道さんは頭を傾げる。すると日鞠はようやくネクタイピンと共にあったメモを見せてきた。そこにこう書いてあった。


【こいつは預かった。無事に返して欲しかったら、言うことを聞くことだ】


 そして下の方にメールアドレスがあった。ようはこのアドレスで連絡を取り合う気って事か。接触せずに自分達の要求を満たせる合理的な方法なのかも知れないな。逆探知とか出来ればいいんだが……流石にな……タンちゃんならどうだろうか? 
 流石にそういうのは無理なのかな? よく分からん。で、なにがおかしいんだ?


「分からない秋徒? どうしてこの人なのかって事よ。そしてどうしてこの人だけかって事」
「それは一人で居たからだろ?」
「そうね。きっとそれが一番大きい」


 まあだれでも分かるわな。別におかしくないぞ。当然じゃないか。


「じゃあ今度は誰がそれを行ったのかって事に焦点を置いてみて」
「それは勿論調査委員会の奴等だろ? 他に俺達に関わる奴等は居ない」
「そうだけど、それだとどうして愛さんたちは無事なのかって事になるわ。確立を高めるためには人質は多くても良い。だけど向こうの現状は変わってなかった」
「人質は一人で良いって判断されたんだろ?」


 そもそも多くても良いか? 煩わしいだけだろ。一人に絞ったほうがやりやすいかもしれないじゃないか。だけど日鞠は指を一本立ててこう言うよ。


「良い秋徒、ここで注目するべきはね、私が言った向こうの現状に変化はないって事よ。これがどういう事か分からない? A班は愛さんたちが居るビルを監視して、向こうの出方を伺ってたのよ。少しでも変化があれば直ぐに連絡が入ったはず。それがどんな動きでも」


 どんな動きでも……勿体ぶらずにサクッと教えてくれれば良い物を、日鞠は周りにも考えさせる所があるからな。まあこいつのそう言う性格のおかげで、学校の平均偏差値が上がったとも言えるけど……この場合は急いでるんだし、すっ飛ばしてくれても良いだろうと思う。
 すると一緒にその問いを考えてた天道さんがこういった。


「つまりは、その日鞠ちゃん達の仲間がいる場所を伺ってた調査委員会の連中は今の今までもなんの変化も動きも無かったって事? 人質を取った筈なのに、引き上げもしてない」
「ああ!」


 なるほど、確かに人質が既に手元に居るのなら、監視なんて必要ない。後は人質を使って情報を得るだけ。それなのに、ずっとその場で監視を続けてるのは確かに違和感があるな。


「そうです。そして他の班にも連絡しましたけど、どうやら監視の目はどこも同じまま。ここだって––」


 そう言って日鞠は鋭い目で俺達の背後に視線を向ける。きっとそこに怪しい奴等が……


「振り向かないで秋徒。意識してない様に振舞いたいから」
「それ意味有るか? あのビルの周囲でラオウさんが数人ぶっ倒したんだから、既に向こうも気付かれてるの前提で監視してるだろ」
「それはそうだけど、変に意識をするなって事よ。今私達が見据えないと行けないのは奴等じゃないんだから」
「?」


 奴等じゃない? それって一体……


「そうか、調査委員会の奴等はこの事態に気付いてないって事だから、運転手さんを誘拐したのは別の組織って事か」
「別の組織かはまだ分かりかねますが、その可能性もありますね」


 俺の言葉にラオウさんがそう返した。別の組織じゃないって事は、あれか? 調査委員会内の過激派––とかか? 確かに国家規模でのプロジェクトになってるようで、それを考えると、かなりの人員が動いてるだろうからな……一枚岩で動いてるとは考えづらいかも知れない。
 それに俺達がLROへの道を探ってるなんて知ってるのはやっぱりそのプロジェクトに関わってる奴等だろうしな……実は全然関係ない事件に巻き込まれてるって線もなくはないが、そんな都合の良い事––というか悪いことが起こりえるとも思えない。
 そもそもわざわざ俺達に向けてメモを残してる時点で全く関係ない奴が関わってる訳もないしな。これは明らかに狙い撃ちされてる。しかも一番情報も持ってなくて文字通りの運転手なだけだったオジサンが狙いやすいと分かって攫ったんだよな……通常の調査委員会の奴等の目は俺達に集中してるし、きっと運転手さんの方は蔑ろにされてたんだろう。
 奴等がちゃんと運転手さんも監視してれば、こんな事には成らなかったな。くっそ、職務怠慢しやがって。監視するなら穴なくやってろよ。


「取り敢えず早めに連絡を取ったほうがいいかも知れません。向こうが時間に寛大とも限りませんし」
「そうですね」


 日鞠はスマホを取り出す。だけどそこでラオウさんが待ったを掛けた。


「待ってください日鞠ちゃん。こういうことは私に任せてくれると嬉しいです。私が一番の適任なので」


 確かにこういう危険そうな事でラオウさん以上に適した人材は居ないだろうな。だけど一つ疑問が有るんだけど……


「それはそうですけど……ラオウさんってスマホとか持ってるんですか?」


 そこだよな。俺もラオウさんがスマホとか携帯をポチポチしてるの見たこと無い。大抵黒光りする殺人兵器とかだしな。見るとしたら。てかこの人の場合そっちの方が手にしっくり来てるよな。
 そもそも手もかなりでかいし、スマホ事態大型化してると言っても、ラオウさんには使いづらそうだ。五インチとか俺ならまだしも、日本人の大抵は大きく感じるだろうに、ラオウさんが持ったら多分小さく見えるはずだ。
 だが五インチ以上って言うともうスマホじゃなくタブレットだしな。海外には五インチ以上でまだ電話機能有るのもあるだろうけど……って別にタブレットでも良いのか。電話を掛けたい訳じゃないしな。
 それに今の時代、スカイプとか色々とあるもんな。そしてラオウさんは日鞠のそんな失礼な言葉に「勿論です」と答えて自分のカバンからなんか角張って長く丈夫そうなアンテナが着いた電話を取り出した。


「これです。もう五年は愛用してますね」
「五年前にしても大きくないですか? そんな進歩してなかったですっけ?」


 俺は思わずそれを見てそう言ってしまった。五年前なら結構薄型してたよな? それにそんなゴツいアンテナを搭載した端末なんかあったか? まあ海外の物なんだろうけどさ。どう見ても時代遅れみたいな……てかメール遅れるの?


「それって衛星携帯ですよね?」
「流石日鞠ちゃんです。その通りこれは衛星携帯なのです。今までインフラが整ってない国や地域に居ることが多かったので、衛生を使って世界中と屋外ならどこでも連絡が取れるこれは重宝します」


 衛星携帯か……初めて聞いたかも。時代遅れに見えて実は結構先端なのか? なんかやっぱミリタリーアイテムみたいな感じだな。でもゴツゴツしてるし、スタイリッシュでスマートな今時の電話よりはラオウさんらしい。で、メールは出来るのか?


「メールくらい出来ます。その程度の機能はありますよ。ですが最近のは機能を盛り過ぎだと思います。シンプルイズベストだというのに」
「今のトレンドじゃないですねそれは。誰だって便利な方がいいんですよ」
「便利は人を堕落させる物ですよ」


 まあ否定は出来ないかな。だけど便利は決して悪じゃない。その筈だ。


「便利で堕落するかは人に寄ると思いますけどね。空いた時間を有意義に過ごす人だって居ます。今まで四苦八苦やってたことが技術の進歩で簡単になって行けば、豊かな人生を過ごせる人も増えると言うものです」
「確かに、それはそうですね。ですが、この国に来て私の感覚は狂うばかりですよ。流石は未来都市といわれる街東京です」


 そんな事言われてたっけ? でもまあ、インフラも整ってない所を転々としてたらしいラオウさんからしたら東京は確かに未来都市だろうな。


「––と、そんな事を話してる余裕は無いですね。その紙渡して貰って良いですか?」
「はい––ってちょっと待ってくださいラオウさん。さっき五年前から使ってるって言いましたよね?」
「はい、それがどうかしましたか? 大丈夫ですよ。衛星携帯は世界中どこでも使えます」
「いえ、それは分かってます。でも考えてみてください、ここは日本です。日本の通信キャリア以外からのアドレスからメールが届くのおかしくないですか?」
「警戒や疑心も生じさせるということですね……ふむ」


 なるほど、確かにメールは送れるんだろう。だけどそのアドレスは@の以降がdocomoとかezwebとかsoftbankじゃないって事か。それは確かに違和感があるな。日本人ならな。でも最近はgmailとかもあるよな。yahooでもいいけどさ。
 そこまで気にする事か? とも思わなくもない。


「ラオウさんの素性をどこまでこの相手が把握してるのかはわかりませんけど、わざわざ疑心を与える事をすることはないです。警戒させてこっちの特に成ることはない。私がメールします」
「そう……ですか? そうですね。交渉は頼みます」
「任せてください。こういうのは得意ですから」
「油断なきよう。どれだけの経験があるのかはわかりませんが、これは学生の遊びではありません」


 遊びじゃない……そんなのは今更だけどな。拉致られたりした時から、学生の域なんか超えてたよ。そしてラオウさんはまだまだ日鞠って奴をわかってない。


「分かってます。ラオウさんはこの国は平和だと御思いでしょうけど、戦う場所は幾らでも有るんですよ。自分達の権利を獲得するために、やると決めた事を通すために、そして守るべき物のために、戦うことはどこも変わりはありません。
 だから私はいつだって戦ってきたんです。私が行ける戦場で」
「そうですか……貴女には余計なお世話でしたね。信じてます」
「はい!」


 そして日鞠の奴は指を高速で動かしてメールを打って送信したようだ。すると物の数秒で返信が返ってきた。速い。もしかして犯人の奴は「まだか、まだか」と返信メールを打ち終えて待ってたのだろうか?
 真意は分からんが、とにかくそれくらい早かった。


「なんて返ってきたんだ?」
「これ」


 そう言ってこちらに画面を向ける日鞠。するとそこには写真が表示されてた。縛られた運転手さん映ってるな。生きてるって証明か? そう思ってると更にもう一通メールが届く。
 同時に送っても良いと思うんだが……


「今度はなんて?」
「LROへの道を解明しろだって。まあ言われなくてもそのつもりだけど」
「つまりはしばらくは人質として彼は無事ということですね。私達がジェスチャーコードを解明したらその情報を奪う気でしょう。そしてその時に人質と交換」


 定番だな。まあ流石に殺すとかはしないと思うけど……昨日の娘の話する時のデレデレっぷりを思い出すと、なるべく無傷で取り返したい。


「でも、どのタイミングで連絡を取ってくる気なんだろうなこいつらは? そんなの遠くから見てるだけで分かるものか? こっちだってやりようあるよな?」
「やりようがない訳じゃないけど、実際犯人がどこまでを知ってるかも疑問よ。実は遠くから見てるだけじゃないのかも。情報を偽造する事は簡単かも知れないけど、バレたら運転手さんがどうなるか分からなし、リスクも大きい。
 私達には対抗する情報が足りなさすぎる」


 確かに下手に裏をかこうとして失敗すれば、運転手さんが危ないか。LROへの道を探ってるって事はやっぱり調査委員会側なんだろうけど……目的は一体なんだろうか? そこも見えないな。確かに日鞠が言うように情報が足りないな。
 すると今までついてこれてなかった筈のメカブが適当にこういった。


「メールで聞いてみればいいじゃん。折角の連絡手段なんだから使わないと損でしょ? それに得意って言ってた」
「それはそうだけど……いえ、そうね。犯人がアホ丸出しに自分達の情報を提供するとは思えないけど、それをさせるのも腕の見せ所かも」


 メカブの無茶ぶりに答えようとする日鞠。でも流石にそんなアホじゃないだろ。人質が向こうには居るんだ。わざわざ向こうの情報を漏洩することなんて無く、「人質がどうなってもいいのか?」とかの定番を言っとけば、こっちは動くしか無い。
 流石にどんなに上手くメールを打っても、メールなら自分のペースで返信とか出来るからな……誘導尋問に持っていくのも無理がある。うっかり不味いことを口走る––なんて事はないんだ。
 あったとしても、そんなのは送信前だろう。ちょっと見直せば、気付いてしまう。口に出して伝わった後は修正なんか効かないが、メールなら慎重に成ってれば、ボロを出すなんて事無い。てかまさか……そこまで考えて?


「えい」


 そう思ってる間に、日鞠の奴は何かを送信したようだ。一体なんて打って送信したんだ? 気になる。するとやっぱり物の数秒で返信が返ってきたようだ。それを見て「ふ〜ん」としたり顔になる日鞠。
 俺は「何か情報とれたのか?」と聞いた。すると向けられた画面にはこんな文字がキラキラしたデコ文字で飾られてた。


【私は犬派です】


「なんの事だよ!? いや、何聞いたんだお前は!?」


 何が犬派です––だ! おかしいだろ。どうでもいい。心底どうでもいい情報得てるんじゃない! なんか役に立つのかそれ?


「五月蝿いわね。まずはメル友に成る所から始めようかなって思ったのよ」
「誘拐犯とメル友になろうって……やっぱお前の思考はどこかぶっ飛んでるな」


 普通はなんとしても有力な情報を……と頭を悩ませる物だろ。それをメル友って……大丈夫なのか?


「案外気さくな人だってのは分かったじゃない。それにこのデコ文字の使いようは女性かも。これだけでも色々と攻める情報が手に入ったわ」
「そうなのか?」


 イケるって日鞠が感じてるのなら、可能性が有るのかもしれない。こいつは期待を裏切らない奴だしな。俺みたいな凡人には分からないが、活路を既に見出してるのかも。でも地道すぎるような……


「日鞠ちゃん、情報を得るまでここで立ち止まってる訳にも行かないんでは?」
「そうですね。取り敢えずメル友作戦を実行しつつ、病院にも向かいましょう」
「でも運転手が居ないわよ」


 メカブが的確な事を言いやがった。でもそうだな……これじゃあ移動手段が……電車か?


「私が運転しよっか? それか私の車でも良いけど?」


 そう言ったのは天道さんだ。そうだった、天道さんの車もあるんだよな。


「天堂さんの車ってどれですか?」
「あれ、あの赤いの」


 指さした先を見ると真っ赤なフェラーリが。なるほど、金持ちだな。するとそれを見て日鞠は考えだしてた。


「ラオウさんも運転出来ますよね?」
「勿論、戦闘機まで動かせますよ」


 凄すぎだろ。飛行機じゃなく戦闘機っすか。次元が違うな。まあでもラオウさんなら納得できる。


「天堂さんの車高そうですけど、ラオウさんに預ける事できますか?」
「まあ、別に私車にこだわってる訳じゃないから」
「そうですか。ならラオウさんはあの赤いのに乗ってください。天堂さんにはこちらの運転手をお願いします」


 どういう事だ? 何をしたいんだ日鞠のやつは? そう思ってるのは俺だけじゃないようで、メカブの奴がその真意を聞くよ。


「どういう事よ日鞠。ちゃんと説明して」
「そうだね〜」


 なんだか語尾を伸ばしつつ、バタンとあいてた車の扉を閉じる日鞠。なんか意味有る行為かそれ? するとその後に、教えてくれたよ。


「後手に回るつもりはないの。私達はジェスチャーコードの解明に動くことは変わりないよ。だけど同時にラオウさんには人質救出に動いて貰う。私達の中でそれが出来るのはラオウさんだけですから」


 なるほど、確かに放置しておくってのも嫌だしな。出来ることなら、それが理想か。


「ラオウさん、アドレス教えてください。連絡はメールを使いますから」
「了解です。ですが犯人の行方も何もわかってないのでは厳しいのでは?」
「誘拐犯の捜索にはSPの人達にも動いて貰います。こっちはきっと当たりだと睨んでるから、ソースをそっちに向けます」
「確かにそれが良いかも知れないですね」


 ジェスチャーコード……そして誘拐犯の捜索。エンジンの振動が伝わってくる中、俺達はそれぞれの目的を達成するために、再びこの大都会の街に飛び出す。

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