命改変プログラム

ファーストなサイコロ

暑い一日の始まり

「少々お待ち下さい!」


 そう言って扉の外に出ていったラオウさん。何をしに行ったのか……それは大体予想が付く。すると数秒の内で真っ暗に暗転してたディスプレイに明かりが灯り、停止してたエアコンから風を起こし出す音が聞こえてきた。
 なんという速さ。今朝彼女はここに着いた筈だよな? それなのになんでこんなに早くブレーカーを上げることが出来るんだ? どこにあるかとか知らないはずだろ? そう思ってるとラオウさんは壁をぶっ壊す勢いで戻ってきた。


「ミッションコンプリートです」


 なんて頼りになる人だ。そこらの男なんか屁みたいな物だな。彼女が居れば百人力の様な気がする。堂々と歩いてくる彼女に俺はリーフィアを外しながら言葉を掛ける。


「随分早かったですけど、どうして?」
「ああ、その事ですか。建物を見ればどこに基盤が配置されてるとかは大体分かります。電線を引っ張ってる位置とかで。経験の賜物ですね」


 自慢気に言ってるラオウさん。経験か……それって普通に考えればなんか電気工事の経験でも? とか思う所だが、この人の場合絶対にそうじゃないよな。なんか侵入作戦とかさ、テロとかさ、そんなんで様々な建物の内面を見てきた経験則って感じ。笑えない。全然笑えない。


「ああー!?」
「ん?」


 いきなり大きな声を上げたのは日鞠だ。椅子を押しのけて立ち上がり、再び起動中の画面を凝視してる。そういえば、なんか全てのディスプレイが真っ青に染まってるな。


「どうしたんだ?」
「これ、見ればわかると思う」


 そう言って日鞠はディスプレイに表示されてる文字を指さす。なになに……


『実行中のデータが破損しました。復元しますか?』


 そして横にYES・NOの文字。破損したか……でもデータ全てが飛んだ訳じゃないのならまだマシだろ。しかもご丁寧に復元までしてくれるって言うんだからありがたい。希望はあるぞ。


「そうね……取り敢えずYESっと––って、何よこれ!?」


 再び叫んだ日鞠。でもそれも無理ないかも知れない。だって復元を示すバーと共に現れた数字には六十八時間とか表示してある。


「ちょっと長すぎでしょ!」
「確かにな……なんだこの数字?」


 流石にこんなのは初めて見たぞ。OSを再インストールしてもここまでかからないっての。ぶっ飛びすぎだろ。


「これでは敵に付け込まれる隙になりますね」


 ラオウさんの言ってることもあながち間違いじゃないかも知れないが、なんか違うな。それにしてもこの数字は異常としか……それだけ実行してたあのデータというか、システムは複雑怪奇なものだったのか?
 まあその可能性は多大にあるな。なんせ一応はLROに繋がってた訳だし……既存のコンピューターにはとてつもなく重い物なのかも知れない。


「どうする中止するか?」
「中止にしたら壊れたままじゃない。私達じゃ復元なんて出来ないわ。それに最悪、繋がってるリーフィアにまで影響出てたらどうするのよ。破損アイテムがこれ以上壊れてもらったら、本当にガラクタになるかも……」
「それは困るな……」


 もうこれは『破損アイテム』というアイテムなんだと思ってる訳だが、完全に壊れたら確かにそれはただのガラクタだ。文字通りって感じになるだろう。って事はこの膨大な時間をかけて復元してもらうしか無いのか。
 いや、壊れてるのかはわからないんだけどな。その可能性があるかもしれないってだけで……


「でもそう悲観する事もないでしょ。今はこんなアホみたいな数字だけど、どうせ『あれ? こんなもん?』って感じで終わるわよ。よくあるでしょ? 最初表示されてる数字は一時間とかなのに、一気に数字が短くなってあっという間に終わるって奴。
 あれときっと一緒よ。この数字はきっと余裕を持った最大時間なのよ。もしかしたらこれだけ掛かるかも知れないですよ〜っていうね」
「まあ確かにそういう事がない訳でもないけど……流石にこの数字から下がったとしても十時間位?」


 あれ? でもそれさえもなんか短く感じる不思議。最初がまさにアホみたいな数字だからか? けど冷静に考えれば十時間もやっぱ異常だけどな。いや、一•二時間でももう今の時代は苦痛だろ。
 そんな常識を飛び越えて数十時間……もう笑うしかないな。


「取り敢えずタンちゃんが目覚める前に復元してもらわないと、流石に可哀想よね」
「確かに、頑張って貰ったもんな」


 その努力が崩壊してる所なんか見せたくはないな。でもこのまま行ったら三日未満二日以上掛かるんだよな……希望的観測で十時間に短縮したとしても、普通は長くて八時間くらい眠る物だ。って事は目を覚ました時にはこの光景が待ち受けてる可能性は非常に高い。
 まあでも、かなり疲れてる感じだったし、もしかした十数時間は眠り続けるかも知れないな。けどそれでも六十八時間眠り続けるとは思えないからな……希望的観測なんて宛に出来ないから、そもそも絶望的だ。


「大丈夫です」
「ラオウさん?」


 なんだかズイッと出てきてそう告げたラオウさんの腕がビクンビクン疼いてるような……嫌な予感しかしない。


「大丈夫とは一体何が?」
「ようは彼を眠り続けさせればいいのでしょう。大丈夫、私が監視をして、起きた瞬間、その都度眠りに誘います」
「えと……一体どうやって」
「脳を昏倒させてですね」


 だと思った! 絶対そうだと思ったよ。てかそれしかあり得ないとさえ思った。まあそれかクスリでも飲ませたり……とかさ。


「ふふ、クスリは流石に危険ですよ。飲ませすぎると二度と起きないかも知れません」


 笑って言うことじゃないよな。なんだろう背中に寒気が……


「昏倒させるって流石に何回もさせるのは危ないんじゃないでしょうか?」
「大丈夫ですよ。クスリと違って私の技術は即効性ですので。ダメージを残さずに沈めてあげます」


 だから怖いんだけど! その自信に俺の足がガクブルだ。絶対にこの人だけは敵にしてはいけないと本能が言ってる。どんだけ鈍い奴でもそれだけはきっと分かるだろう。この人はきっと捕食者の頂点に君臨してる。
 だがなんの気まぐれか、獲物に手を貸してる状態というか……だからこそ、機嫌を損ねたらいけないと俺は慎重にならざるえない。


「まあだけど本当にこの表示されてる実時間が掛かるのだとしたら、逆にタンちゃんを目覚めさせる必要があるかもね。つらい現実を見せることになるけど、流石にこの時間は待ってられないもの。
 タンちゃんならどうにか出来るかも知れない」
「お任せください。強制的に目を覚まさせる術もあります」
「流石シスターラオウ。もしかしたら神様よりも頼りになるかもしれないですね」
「そんな……私などに勿体ない言葉です。それに神は私などと比べれるのもおこがましい存在。その崇高さに並び立つものなど……」


 日鞠の奴は既にラオウさんを傘下に置いてないか? いや、気のせいだよな。ただ単にラオウさんが人がいいだけだろう。この人が日鞠の下についたらそれはもう最強としか言えない。
 二人共おっかいからな。


「まあこれは放置するかしないとして、所で秋徒。さっき何か変な行動してたわよね? 何かあったんじゃない? LROにいけたの?」


 そう言えば停電のせいで話してなかったな。てか、これを真っ先に伝えたかったはずなんだが……色々と遠回りし過ぎだな。俺は一度咳払いをして、場を整える。


「ごっ、ごほん。そうだ、それだよ。LROに行けたと言うか……見えたんだ」
「見えた? それってスオウが?」


 日鞠の顔が明らかに輝く。ほんとこいつは……でも残念。見えたのはスオウじゃないんだなこれが。俺は首を横に振るう。


「違う。サクヤって奴だ。かつて仲間で……でも今はセツリに心を奪われたNPC」
「うわっ、なんだかセツリちゃん結構悪役っぽい事してるんだ……」
「確かに悪役っぽいけど、それはセツリにとってサクヤが本当に大切だから、でもあるんだよ」
「どういう事ですか? 大切な人の心を奪うなんて……ああ、愛しいからこそ憎さ百倍という奴ですね?」


 ラオウさんがうんうん唸りながらそう言ってる。だけどそれはなんか違うな。そうじゃないんだよ。憎さとか……そんなんじゃない。


「サクヤはセツリの兄貴が作ったアイツの為の世話役みたいなものなんだよ。このLROが実装される前から、共に居た姉妹の様な間柄だったんだ」
「それではますますわかりません。仲が良いならなぜそんな。神もきっと心を痛めてるはずです」
「簡単に言うと、サクヤはセツリにリアルに戻って欲しいと考えてたって事だよ。だけどセツリは既にそれが嫌になってる。セツリはサクヤが離れてしまうのがきっと怖かったんだろう。だからこそ––」
「––サクヤって人の心を封じて無理矢理自分の側に置いてる」
「そういう事だ」


 エアコンの風を送る音と、パソコンが頑張ってるカリカリとした音が虚しく響く。二人共しばらく沈黙した。何をそれぞれ考えてるんだろうか。どっちも特殊な奴等だから、思考を計るとかは俺にはできそうもないな。
 そう思ってると日鞠の奴が口を開く。


「ほんと……聞いてるだけじゃ引っ叩いてやりたく成るわね。そんな事して何に成るのよ。そんなのきっと辛いだけ……そのサクヤって人も……そして自分自身だって」
「そうですね。逃げることしか判断しない部隊は、いずれ袋小路に追い詰められます。それと同じでしょう」


 ごめん……ラオウさんの言ってることは関係あるのか分からん。ようはセツリが袋小路にハマッてるって言いたいのか? 


「彼女は自分が逃げ出すことを正しいと思いたいのでしょう。そしてその事をサクヤ嬢にも容認してもらいたい。だけどそれは成らず、反対の事を言われることは嫌だからこそ、心を奪い人形にした。お気に入りと書いた札を付けた人形に。
 その判断が既に行き詰まる要因に成ってるんです。私は様々な戦場を渡り歩いたので知ってます。逃げるという行動が有効なのは再起を狙う気持ちがあるときだけです。
 それが無い逃げに……辿り着く場所はなく、ゴールなんてどこにもない。逃げた先から逃げる。その繰り返しなんです。私がそうでしたから」


 お気に入りの人形か……上手いこと言うな。初めて彼女の言葉が的を射た感じ。確かにその通りかも知れない。すると、その力強いはずの瞳が僅かに寂しげに見えた。この人も逃げ出したく成ることがあったのか……なんか想像つかないな。
 だってラオウさんは最強だろ? 少なくとも俺が知ってる人類では、肉体的に最強の筈だ。てか、他にこんな人がいたらビックリ仰天だ。リアルを少しは見直してみてもいいかも知れないと思えるかも。
 でもこんな想像を絶する様な人がいうからには、そうなんだろうな。てか考えたら俺にも経験あるな。一度はアイリの前から逃げ出したのに、結局はズルズルとスオウを巻き込んでLROをやり続けてたんだからな。ゴールなんて……確かにあの頃はどこにもなかったな。
 何をしても後ろめたく感じるというか……そういうの出してはなかった筈だけどな。でも俺は誰かに救って貰いたかった。だからこそスオウを……


「そうですね。そうなのかも知れないです」
「わかってくれますか!」
「えっ?」


 その瞬間大きく開かれた両腕にガッチリと体をホールドされる。ミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。肺から空気が強制的に排出される……ヤバイ、これは死ね––


「あ……が………ががが……」
「ラオウさん、力を緩めないと秋徒が死にますよ」
「あぁ! すみません、つい嬉しくて」
「はは……ははは……」


 開放された俺は床に腰を着いた。マジで三途の川がちょっと見えた気がした。女の人に抱きつかれるって大抵は嬉しい行為の筈だよな? でもこの人の場合はそんな事が全然全く皆無と言っていいほどになかった。
 胸は当たってた。だけどほぼ柔らかいのそこだけだ。てか寧ろそのおかげで助かったみたいな? 胸板までカチンコチンだったら、きっと俺は前と後ろからプレス機にかけられたみたいになってただろう。ようは圧力でペッチャンコ。
 その位ほんと尋常じゃない力だった。きっとこの人は素手でフライパンを握りつぶすなんて簡単なんだろうとおもう。てか素手で人を握りつぶして来たんじゃないだろうか? 


(流石にそれは……ない……よな?)


 自分の中でジョークとして思い描いたんだが……案外ジョークじゃないかもと思えた。この人なら出来てしまいそうだ。


「それで秋徒、そのサクヤに何を聞いたの?」
「ああ、サクヤはきっとこう言ってたんだと思う––


『秘密の合図。二人だけのそれは、錠を現すジェスチャーコード。見つけてあげて』


 ––てな。それを俺に伝えてきた」
「秘密の合図……二人だけのジェスチャーコード……ねえ、それって本当に秋徒に向かって言ってたのよね? てか、心は封じられてるんじゃなかったの? それに体はこっちにあったはずなのに、どうやってそのサクヤさんはアンタに気づけるの?」
「それは……」


 ハッキリ言えば、ほとんどはよく分からん。でもアイツが気付く可能性はあると思うんだ。


「言ったろ? サクヤはLROの実装前から居た存在なんだ。アイツと比較的同じ存在のシクラ達はLROのシステム権限の外にいる。だから好き放題のチートし放題なんだ。サクヤだってシステムの裏側を覗くこと位出来てもおかしくないだろ。
 それなら見えない俺の存在に気付いたって……封じられた心の方は、流石に完璧に封じてる訳じゃないって事でどうだ?」
「まあ、可能性が無いわけじゃないよね。仲が良かったのなら、そこには情だってあるだろうし……じゃあその言葉を信じる為に最後に聞かせて秋徒」


 日鞠の視線が真っ直ぐに俺を捉える。真剣な眼だ。澄んだ瞳……吸い込まれそうになる黒く輝く瞳。俺は唾を飲み込んで言葉を紡ぐ。


「何をだ?」
「秋徒はどうして、それを自分に言ったと信じれるの?」
「それは……サクヤの瞳には俺がきっと写ってた。俺はアイツと目があったって思ってる! だからだ!!」


 俺もしっかりと日鞠の奴を見上げる。すると日鞠は「そう」と言った。そして両手を組んで大きく背伸びをする。この位置からだと服が上がった隙間からお腹が見える。綺麗なヘソしてるなこいつ。
 いや、何度か見たことあるけどさ……こう言う風に油断した時にちょこっと見えるのってなんか不意打ちを食らったみたいでドキッとするよな。少しだけ高まった鼓動を押さえつけてると、日鞠が元気にこう言うよ。


「じゃあ、探さないとね。そのジェスチャーコード! それで開く何かがあるのなら、探す価値はある!」
「そうだな」
「私も微力ながらお手伝いします」


 やることが決まったな。LROに行く事は出来なかった。だけどこれから自分達が何をするべきか……その目的が出来ただけ良かったとしよう。ジェスチャーコード……それが何なのかまだ全然心当たりなんてないが、このリアルで出来ることがあるのなら、俺達はそれに全力を傾けるだけだよな。
 さて、今日も快晴。きっと暑い一日になるだろう。

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