命改変プログラム
鍵とアイテムの関係
「で、貴様何を見てきた?」
こっちが安堵してると、テトラの奴がそう聞いてきた。さざめく波の音が響く中、しばらく沈黙が訪れる。こいつは何かを見透かせる能力でも持ってるのか? それとも僕が分かりやすいとか?
「お前、なんでそんな事がわかるんだ? やっぱりお前が法の書を持ってる時も……」
「いや、俺の時は何も起こらなかったさ。それこそ法の書が法の書としての役割をしてたに過ぎない。だが、貴様の場合明らかにおかしかったからな。それに法の書の原型も途中でどこかに消えた。
何かが起きてると思うのは当たり前だ」
なるほどな。確かにそうかもしれない。てか、法の書が消えてるって……周りを見回しても、確かに手にしてたあの本がないな。するとジャラッと金属がこすれ合う様な音が聞こえた。右腕を見てみると、そこにはあの空間で渡された鍵がついてる。
「これに––」
「うん? なんだ? 腕がどうかしたか?」
あれ? なんかテトラの反応が思ってたのと違う。もしかして……
「おい、これ……分かんないのか?」
「だからなんだ? 手首だろ。そんな特別な物じゃないぞ」
んなの知ってるわ。手首なんて誰にでもある。そんなのわざわざ強調するか。僕が言ってるのはこの手首に付いてるリングに付属してる鍵だ。いや、この場合は鍵にリングが付属して腕に付いてるのか? まあどっちでもいいかそれは。
でもこの反応を見る限り、テトラにはこの鍵が見えてない。いや、それどころかクリエもミセス•アンダーソンもリルフィンも……誰もが鍵へ視線が移動しないぞ。
「お前等、誰もこれが見えないのか?」
「何かあるの?」
クリエのやつが首を傾げてマジマジと見てくる。本当にコレが見えてないみたいだな。そうだ! 見えないけど、触れることは出来るかもしれない。僕は鍵を一つ握って、それをクリエの頬に近づけてみる。するとプニッとクリエの頬が鍵に押されて凹んだ。
「ふきゃ!? スオウが変な力使ってる!」
「ちげーよ。お前達には見えないみたいだけど、ここには鍵があるんだ」
「鍵?」
クリエは更に首をかしげる。よくわかってないみたいだな。まあ僕もそんなにわかってる訳でもない。するとミセス•アンダーソンがこう言ってきた。
「見えない鍵? なんなのそれは?」
「僕にもよくわからないけど、どうやらこの鍵に僕が持ってた特殊なアイテムが移動されたみたいだ。五つの鍵に五つのアイテムが宿ってる」
「って事は法の書が消えたのも……」
「この鍵の一本にきっと入ってるんだろう」
「ねぇねぇ、出してみてよスオウ。クリエたちには見えないんだもん」
クリエの奴がそうせがんでくる。確かに証明するためにもそれは必要かも知れないけど……でもどうやってだすんだ? てか、この鍵のどれに法の書が入ってるのかもわからないんだけどな。
僕は腕の先の鍵を見つめる。すると「おや?」っと思うことに気づく。なんだか見えるぞ。それぞれの鍵から文字が薄っすらと……目を細める––というか、集中を増すとハッキリと見えてくる。五つの鍵には【バンドロームの箱】•【法の書】•【愚者の祭典】•【???】•【不明希望の光り】の文字が浮かび上がってる。
どうやらこれが僕の持つ五つの特殊アイテムらしい。前半三つはアレだな。リアルでのイベントで手に入れた三つのアイテムだ。シクラの奴から法の書を取り返したから、これで文字通り三つのアイテムが揃ったことになるな。???はなんだっけ? てか???って……アレかな? 最初ら辺に手にしてた奴だっけ?
ぶっ壊れてた奴。てか、ぶっ壊れてたのによく持ってたな僕。まあそんなにアイテムを手に入れてきてたワケじゃないからな。僕は装備も武器も殆ど変わってないから、荷物を圧迫するって事があんまり無い。
どうでもいいアイテムは勝手に増えてくけど、それらはどうでもいいから街で売れるからね。そもそもLROはかなり物を持ち歩けるし、一個くらい使えないアイテムが混ざってても、埋もれててわかんない。
でもこの鍵に組み込まれてる所を見ると、結構重要な物だったということか。使えないくせに。
「どうしたのスオウ?」
「え? ああ、いや……どうやって出そうかと思って」
取り敢えず法の書と表示されてる鍵を持ってみる。すると頭に浮かぶ法の書の表紙。意識を集中するとページが勝手にめくれる感覚まで……なるほど、効率化ってこういうことか。この鍵を握るだけで任意のページの情報を勝手に得れると……でも力までは供給してないせいか、ページは真っ白だけど。
きっと力も供給すれば、ちゃんと文字も浮かぶんだろうな。でもこの鍵のままじゃ結局僕にしかわからないんだよ。元の本の状態に戻せないのか? 取り敢えず意思に反応してるっぽいし「戻れ」って念じてみる。
 すると鍵が輝いて次の瞬間には本が現れてた––案外簡単だった。鍵は色褪せてしまってる。
「出てきた! 今は見えるよ。……うっ」
手元に現れた法の書にクリエは触ろうとしたけど、途中で躊躇う。きっとついさっきの経験が脳裏をよぎったんだろう。正しい判断だな。こいつでも学習するとは驚きだ。まあでも力を通さないと勝手に奪われたりはしないっぽいけどな。
それにテトラが言うには完全制御出来てればそこら辺もどうにか調整は出来るらしい。僕もクリエもそれが不完全なせいで、バンバン力吸い取られるんだけど……
「本当そうだな。誰が貴様にその鍵とやらを渡した?」
「誰ってか……姿は見てないからな。ただ、自分の印象としてアレはきっと……マザーだと思う」
僕の言葉に周りの奴らが僅かに反応してるのがわかる。実際、その存在をわかってるのはテトラだけだろうけど、色々とキーワードとして何度も出てるからな。反応しないわけがない。
「邪神、マザーってのはそうそう辿りつけない場所にいるんじゃなかったの?」
ミセス•アンダーソンの奴がテトラに向かってそういった。ミセス•アンダーソンはテトラにホント高圧的。まあリルフィん程じゃないけど、臆しないように気を張ってるんだろうか?
まあヘコヘコやる訳にも行かないしな。どっちの態度で行くかとなったら、いろんな問題で高圧的な方になるんだろうこいつらは。でも実際、本当にテトラが邪神的に対応したらとっくに死んでるぞ。
既に慣れてるのか、全く気にもとめてないけどさ……テトラの奴はこれからも怯えられるか、高圧的に来られるかしかないと思うとちょっと不憫だよな。そしてそんなテトラはアンダーソンの言葉にこう返すよ。
「俺達には早々辿りつけない場所にいるだけだ。向こうはこちらの……いや、こちらの世界の全てを握ってる。向こうから出向くなんて簡単だろう。しかも法の書はマザーとを繋ぐ唯一のアイテムだ。
その状態でなら繋がり易いだろうしな」
「つまり向こうは自由に来れたりするわけね。なんなのよそれ。反則じゃない」
「そもそもあれはそういう定義に収まる存在じゃない。それに基本俺達には関係ないしな。関係無いように関係してるが、俺達にはどうしようもないことだ」
「なにそれ?」
テトラの説明を受けて更に困惑するミセス•アンダーソン。無理もないな。そもそもマザーの存在をこのLROで生きてるこいつらに理解できるかどうか……てか、させていいのかどうかだよな。
テトラの奴はこの世界の創世の神って存在だ。今は邪神だけど、それだけの立場だからこそ、こいつは自分が作られた存在だと知ってる。自分という神の上に更に上位の存在がいるとさ、最初から知ってた。
でもそれはテトラの立場だからこそ、許された『世界の真実』ではないだろうか? 普通にこの世界に生きてる大半のNPCはこの世界の最上位は神であるテトラやシスカと思ってるだろ。じゃあマザーとは? ってなるよな。まあテトラの奴も流石にそこら辺は曖昧にしてるけど、この世界の人達はマザーをどう受け止めればいいのか……シスカとテトラの管理から外れた世界の新たな管理者的な感じで言ってたけど、それじゃあ色々と矛盾が……状況が状況だから誰もそこにツッコミはいれないけどね。
実際的にはマザーはLROという世界を完全制御してる存在だから、テトラよりも上位の存在なのは間違いなんだけど、それを伝えるわけにはね……LROの住人はリアルの存在を知らないんだから。
「難しいね。でもでも、そのマザーはどうしてスオウに鍵をくれたのかな?」
クリエの奴は頑張って考えてそう言ったみたいだ。シクラ達も求めてるマザーなる存在が、僕に接触してきた理由が気になるのかもしれない。目の付け所は正しいな。そこは確かに重要だ。
でも……
「どうしてかな? それが分かれば良いんだけど……現時点では情報がなさすぎる」
これからもその情報に関しては入ってくる望みは薄いけどな。なんせこの世界の人々はマザーの事なんか存在すらしらないからな。どこかでひょんと謎の人物にあって情報を得るなんてありえない。
それこそシクラ達とかくらいか……何か情報を持ってるとしたら。でもそれは死を意味するからな。
「ようはそのアイテムを使ってやれることがある……と言うことだろう。だからこそ、そのマザーとやらは貴様に接触してきた筈だ」
リルフィンの奴がマトモな事を真剣な顔で言った。いや、元々そういうキャラの筈だけど、最近はテトラに突っ掛かる事しかやってなかった印象だったからついビックリした。
「法の書を入れた五つのアイテム。確かにこれは何かと特殊なアイテムだ。だけど今の所どれも使い道がわからないんだよな」
法の書はマザーに繋がる道を開くのに必要らしいとして、残りの四つは情報皆無だぞ。しかも一個はぶっ壊れてるし。それとも「???」というアイテムなのか? 実は鍵に収まって表示が変わってるのは気になる所なんだけどな。
前にアイテムに入ってたときは、文字化けした感じになってた。それが鍵に移動したことで???となってるんだ。何か意味があるんだろうか?
それに法の書とバンドロームの箱と愚者の祭典はリアルでのイベントで手に入れたアイテムなのはわかる。最後の『不明希望の光』ってどこで手に入れたっけ? 見たこと無いアイテム名なんだよな。
「その五つのアイテムに特徴はないのか? 何か共通してる事があるとか」
「そんなこと言ってもな……法の書以外はどんな形してるかもしらないし……」
「ならなら、みんな出してみれば良いんじゃないかな? クリエはそう思うな」
確かにクリエの意見は一理あるな。実際形を見ればどんな物かわかる……事もないかもだけど、全く知らないよりは想像できるかも。でもバンドロームの箱はまだしも、愚者の祭典とか不明希望の光に形はあるのだろうか?
???はそもそも情報まで破損してるみたいで、何もわからないっぽいから除外で。取り敢えず???を除く三つを元の姿に戻してみる事に。
「よし、じゃあやるぞ」
みんなは何故か僕の周りから離れて待機してる。どういう事だお前ら。
「気にするな。万が一のためだ」
「特殊アイテムらしいからな。何が起こるかわからん」
「クリエは近くで見たいのに……」
「ダメですクリエ。危険な事が起こったらどうするんですか」
お前ら最低だな。ミセス•アンダーソンなんてハッキリ危険かもとか言ってるし。くそ、この薄情者共。なんか緊張してきちゃったじゃないか。真っ白に輝く砂浜とキラキラしてる波が綺麗な場所だぞ。こんな所で緊張なんて、告白だけでいいんだけど……なんか場違いな緊張感が漂ってしまってる。
でもやらない訳にはいかない。これからの方向性を見つけるためにも、アイテムを確認することは必要だ。どこにヒントが有るかなんて、このLROは全然わからないからな。
僕は三つの鍵を握って、それに向かって「戻れ」と念じる。輝く鍵達。そして砂浜にその光が降臨する。
「おお––––あれ?」
凄いアイテムがここに降臨する! とか思ってたら、砂浜にバスっと落ちたのは一個の箱だけだった。まあ箱だからバンドロームの箱なんだろう。その鍵が色褪せてるからな。
でも残りの2つはどうして? 何やってんだよ?
(戻れ! 戻れ! 戻れ!)
僕は鍵を握りしめて何度も念じるけど、反応しない。使うにも何か条件が必要なのか? どういう事かわからん。
「一個しか出てないぞ?」
「わかんねーよ。どうやらそれしか元の形に戻せないみたいだ」
アイテムが出現してみんな興味津々の様だけど、何故かまだ近寄ってこない。もういいだろうに。
「お前、箱だぞ? 開けてみるまでは安心できる代物じゃない」
どれだけ用心深いんだよ。そんな奴らじゃなかっただろ。リルフィンの奴は鼻をクンカクンカしながらそう言ってる。何か臭うのか?
砂浜に落ちてる箱は案外小さい。片手で持てるほどの物だ。真っ黒なただの箱……に見える。まあそんな事はないんだろうけど。正方形だし、六面に丸い玉を書き加えればサイコロに早変わり出来そうだな。でも手触りはなんかツルツルしてるし、少しは高級感というかレア物感は多少はあるかも。
けど、これは……
「どうやって開けるんだ?」
全体を見回したけど、繋ぎ目みたいなのも無いし、被せるタイプの蓋にこの外側がなってるってわけでも無さそうだ。このままじゃ箱と言うよりも、ただの四角い物なんだけど……でもアイテム名は『バンドロームの箱』だ。
箱の筈なんだけどな。
「さすが特殊アイテムだけあって、使用方も特殊というわけか」
「まったく、拍子抜けも良い所ね」
「クリエも期待はずれだよ〜」
「つまらん。爆発オチを期待していたのに」
おい、最後の奴だけどう考えても僕の不幸を願ってただろ。開かないとわかった途端に戻ってきやがって……
(くっそ、どうやってかこいつらを軽く懲らしめてやりたい。空からウニでもコイツ等の頭に降ってこないかな? ––って、んな事起こるわけ無いか)
はぁ……と僕はため息を付く。するとこっちに歩いてきてたクリエが何かに気づいたようにこう言った。
「あれ? スオウその箱光ってるよ」
「何?」
見てみると確かに何か光ってる。光ってるっていうか、この箱の真っ黒い外観に細い光が走ってるって感じだ。青い光がビュンビュンと流れてる。すると突然とうとう箱は開きだす。まあこの場合は開くと言っていいのか甚だ疑問だけどな。だってパカって感じじゃなくシュッって感じなんだもん。効果音だけじゃわからないと思うから説明すると、開くと言うよりもスライドしてる。
上に向けてた面が幾重にもスライドして、展開して行ってるんだ。そしてその全てに光が走ってる。それはタイルが反転するように何かパタパタとやったり、面同士が集まってただの大きな面になってたかと思えば、形や組み合わせを色々と変えていった。
なんだかまるでこの箱が生きてるみたい……そんな風に思ってると後ろの方で「いでっ!?」なる声が。僕はその声がした方を向こうとしたけど、その時足元に何かが転がってきたことに気付いた。
それは刺々しい黒い物体だ。まさかと思うけど……ウニ? すると続けざまに次々と「痛い痛い!」やら「なんだこれは!?」とか「空からウニがあああああ」とかの声が響き渡る。
「やっぱりウニかそれ!?」
「なんでお前だけ無事なんだ!! てか、ウニよりもこっちの心配しろ!」
「そうだよ! どうにかしてよスオウ!」
テトラやリルフィンたちはウニ程度なんでもないだろうけど、クリエは可哀想だな。でもどうやってウニを止めるんだ? それにどうしてウニが空から……って考えられる可能性はコレだよな。
僕は空中で一つ一つ回転してる黒い正方形の板に目をやるよ。
(僕が願ったから、こんな事をやってるとするなら、僕の命令は聞くはずだよな?)
僕は回転してる板の一つに触れて回転を止める。そしてこう言うよ。
「もういいんだ。止まってくれ」
するとその一枚の板から一気に光が幾つも拡散して他の板を走ってく。それと同時に動きをピタリと止めた板達は、砂浜に一つずつ重なって、再び元の大きさの箱に戻った。それと同時にウニの落下は止まり、ウニ自体も消えて行く。
「なんだったんだ一体? そのアイテムの効果か何かか?」
「わからないけど、薄情なお前達を懲らしめる為に、ウニでも降ってこないかな〜って思った。そしたらこのアイテムがそれを叶えた? ように思える」
僕は正直に話してやったよ。そして話した後にしまった……と気付いた。正直に言わなくても、それっぽく誤魔化しておくべきだったか。ポキポキと骨が鳴る音が聞こえてくるぞ。
「ほほう、ようは俺の自慢の毛がこんな有様にされたのはお前のせいだと言うことかスオウ」
「全身チクチクして気持ち悪いのもあんたのせいって事ねスオウ」
おいおい、リルフィンとミセス•アンダーソンが怖い空気醸し出してるぞ。元はと言えばお前達の薄情な心が悪いというところを思い出せ!
「ふん、犠牲は最小限に抑えるのが基本だ」
「お前、自分が犠牲にされる側に立っても同じことが言えるのか?」
「俺は、主の為なら躊躇なくこの身を犠牲にしよう」
胸を張って誇らしげにそういうリルフィン。たく、こいつのブレない部分は最早そこだけだな。だからテトラに犬犬言われるんだよ。そう思ってると華麗に僕をスルーして行ったアンダーソンの婆さんが砂浜に落ちてた箱を手に取る。
僕には小さかったけど、モブリが持つとデカく見えるな。ミセス•アンダーソンは色々と箱を眺めてこういった。
「今の話が本当だとしても、どうやらあんたにしか使えないようね」
「何を願ったんだ?」
「デカイ岩が落ちてきますようにってね。ウニが出来るならそれくらいいけるでしょ」
いやいやいや、殺す気か! 全くなんて事を願って確認とってるんだよ。でも僕だけか……
「本当にそうかな? 法の書はテトラにもクリエにも反応してた。このアイテムが僕だけしか使えないっておかしくないか?」
「そんな事をいわれてもねぇ。知らないわよ」
確かにそのとおりだな。どうなってるんだ一体? 僕たちは沈黙する。なんだか考えることだけがどんどん積み重なって行ってる気がする。
こっちが安堵してると、テトラの奴がそう聞いてきた。さざめく波の音が響く中、しばらく沈黙が訪れる。こいつは何かを見透かせる能力でも持ってるのか? それとも僕が分かりやすいとか?
「お前、なんでそんな事がわかるんだ? やっぱりお前が法の書を持ってる時も……」
「いや、俺の時は何も起こらなかったさ。それこそ法の書が法の書としての役割をしてたに過ぎない。だが、貴様の場合明らかにおかしかったからな。それに法の書の原型も途中でどこかに消えた。
何かが起きてると思うのは当たり前だ」
なるほどな。確かにそうかもしれない。てか、法の書が消えてるって……周りを見回しても、確かに手にしてたあの本がないな。するとジャラッと金属がこすれ合う様な音が聞こえた。右腕を見てみると、そこにはあの空間で渡された鍵がついてる。
「これに––」
「うん? なんだ? 腕がどうかしたか?」
あれ? なんかテトラの反応が思ってたのと違う。もしかして……
「おい、これ……分かんないのか?」
「だからなんだ? 手首だろ。そんな特別な物じゃないぞ」
んなの知ってるわ。手首なんて誰にでもある。そんなのわざわざ強調するか。僕が言ってるのはこの手首に付いてるリングに付属してる鍵だ。いや、この場合は鍵にリングが付属して腕に付いてるのか? まあどっちでもいいかそれは。
でもこの反応を見る限り、テトラにはこの鍵が見えてない。いや、それどころかクリエもミセス•アンダーソンもリルフィンも……誰もが鍵へ視線が移動しないぞ。
「お前等、誰もこれが見えないのか?」
「何かあるの?」
クリエのやつが首を傾げてマジマジと見てくる。本当にコレが見えてないみたいだな。そうだ! 見えないけど、触れることは出来るかもしれない。僕は鍵を一つ握って、それをクリエの頬に近づけてみる。するとプニッとクリエの頬が鍵に押されて凹んだ。
「ふきゃ!? スオウが変な力使ってる!」
「ちげーよ。お前達には見えないみたいだけど、ここには鍵があるんだ」
「鍵?」
クリエは更に首をかしげる。よくわかってないみたいだな。まあ僕もそんなにわかってる訳でもない。するとミセス•アンダーソンがこう言ってきた。
「見えない鍵? なんなのそれは?」
「僕にもよくわからないけど、どうやらこの鍵に僕が持ってた特殊なアイテムが移動されたみたいだ。五つの鍵に五つのアイテムが宿ってる」
「って事は法の書が消えたのも……」
「この鍵の一本にきっと入ってるんだろう」
「ねぇねぇ、出してみてよスオウ。クリエたちには見えないんだもん」
クリエの奴がそうせがんでくる。確かに証明するためにもそれは必要かも知れないけど……でもどうやってだすんだ? てか、この鍵のどれに法の書が入ってるのかもわからないんだけどな。
僕は腕の先の鍵を見つめる。すると「おや?」っと思うことに気づく。なんだか見えるぞ。それぞれの鍵から文字が薄っすらと……目を細める––というか、集中を増すとハッキリと見えてくる。五つの鍵には【バンドロームの箱】•【法の書】•【愚者の祭典】•【???】•【不明希望の光り】の文字が浮かび上がってる。
どうやらこれが僕の持つ五つの特殊アイテムらしい。前半三つはアレだな。リアルでのイベントで手に入れた三つのアイテムだ。シクラの奴から法の書を取り返したから、これで文字通り三つのアイテムが揃ったことになるな。???はなんだっけ? てか???って……アレかな? 最初ら辺に手にしてた奴だっけ?
ぶっ壊れてた奴。てか、ぶっ壊れてたのによく持ってたな僕。まあそんなにアイテムを手に入れてきてたワケじゃないからな。僕は装備も武器も殆ど変わってないから、荷物を圧迫するって事があんまり無い。
どうでもいいアイテムは勝手に増えてくけど、それらはどうでもいいから街で売れるからね。そもそもLROはかなり物を持ち歩けるし、一個くらい使えないアイテムが混ざってても、埋もれててわかんない。
でもこの鍵に組み込まれてる所を見ると、結構重要な物だったということか。使えないくせに。
「どうしたのスオウ?」
「え? ああ、いや……どうやって出そうかと思って」
取り敢えず法の書と表示されてる鍵を持ってみる。すると頭に浮かぶ法の書の表紙。意識を集中するとページが勝手にめくれる感覚まで……なるほど、効率化ってこういうことか。この鍵を握るだけで任意のページの情報を勝手に得れると……でも力までは供給してないせいか、ページは真っ白だけど。
きっと力も供給すれば、ちゃんと文字も浮かぶんだろうな。でもこの鍵のままじゃ結局僕にしかわからないんだよ。元の本の状態に戻せないのか? 取り敢えず意思に反応してるっぽいし「戻れ」って念じてみる。
 すると鍵が輝いて次の瞬間には本が現れてた––案外簡単だった。鍵は色褪せてしまってる。
「出てきた! 今は見えるよ。……うっ」
手元に現れた法の書にクリエは触ろうとしたけど、途中で躊躇う。きっとついさっきの経験が脳裏をよぎったんだろう。正しい判断だな。こいつでも学習するとは驚きだ。まあでも力を通さないと勝手に奪われたりはしないっぽいけどな。
それにテトラが言うには完全制御出来てればそこら辺もどうにか調整は出来るらしい。僕もクリエもそれが不完全なせいで、バンバン力吸い取られるんだけど……
「本当そうだな。誰が貴様にその鍵とやらを渡した?」
「誰ってか……姿は見てないからな。ただ、自分の印象としてアレはきっと……マザーだと思う」
僕の言葉に周りの奴らが僅かに反応してるのがわかる。実際、その存在をわかってるのはテトラだけだろうけど、色々とキーワードとして何度も出てるからな。反応しないわけがない。
「邪神、マザーってのはそうそう辿りつけない場所にいるんじゃなかったの?」
ミセス•アンダーソンの奴がテトラに向かってそういった。ミセス•アンダーソンはテトラにホント高圧的。まあリルフィん程じゃないけど、臆しないように気を張ってるんだろうか?
まあヘコヘコやる訳にも行かないしな。どっちの態度で行くかとなったら、いろんな問題で高圧的な方になるんだろうこいつらは。でも実際、本当にテトラが邪神的に対応したらとっくに死んでるぞ。
既に慣れてるのか、全く気にもとめてないけどさ……テトラの奴はこれからも怯えられるか、高圧的に来られるかしかないと思うとちょっと不憫だよな。そしてそんなテトラはアンダーソンの言葉にこう返すよ。
「俺達には早々辿りつけない場所にいるだけだ。向こうはこちらの……いや、こちらの世界の全てを握ってる。向こうから出向くなんて簡単だろう。しかも法の書はマザーとを繋ぐ唯一のアイテムだ。
その状態でなら繋がり易いだろうしな」
「つまり向こうは自由に来れたりするわけね。なんなのよそれ。反則じゃない」
「そもそもあれはそういう定義に収まる存在じゃない。それに基本俺達には関係ないしな。関係無いように関係してるが、俺達にはどうしようもないことだ」
「なにそれ?」
テトラの説明を受けて更に困惑するミセス•アンダーソン。無理もないな。そもそもマザーの存在をこのLROで生きてるこいつらに理解できるかどうか……てか、させていいのかどうかだよな。
テトラの奴はこの世界の創世の神って存在だ。今は邪神だけど、それだけの立場だからこそ、こいつは自分が作られた存在だと知ってる。自分という神の上に更に上位の存在がいるとさ、最初から知ってた。
でもそれはテトラの立場だからこそ、許された『世界の真実』ではないだろうか? 普通にこの世界に生きてる大半のNPCはこの世界の最上位は神であるテトラやシスカと思ってるだろ。じゃあマザーとは? ってなるよな。まあテトラの奴も流石にそこら辺は曖昧にしてるけど、この世界の人達はマザーをどう受け止めればいいのか……シスカとテトラの管理から外れた世界の新たな管理者的な感じで言ってたけど、それじゃあ色々と矛盾が……状況が状況だから誰もそこにツッコミはいれないけどね。
実際的にはマザーはLROという世界を完全制御してる存在だから、テトラよりも上位の存在なのは間違いなんだけど、それを伝えるわけにはね……LROの住人はリアルの存在を知らないんだから。
「難しいね。でもでも、そのマザーはどうしてスオウに鍵をくれたのかな?」
クリエの奴は頑張って考えてそう言ったみたいだ。シクラ達も求めてるマザーなる存在が、僕に接触してきた理由が気になるのかもしれない。目の付け所は正しいな。そこは確かに重要だ。
でも……
「どうしてかな? それが分かれば良いんだけど……現時点では情報がなさすぎる」
これからもその情報に関しては入ってくる望みは薄いけどな。なんせこの世界の人々はマザーの事なんか存在すらしらないからな。どこかでひょんと謎の人物にあって情報を得るなんてありえない。
それこそシクラ達とかくらいか……何か情報を持ってるとしたら。でもそれは死を意味するからな。
「ようはそのアイテムを使ってやれることがある……と言うことだろう。だからこそ、そのマザーとやらは貴様に接触してきた筈だ」
リルフィンの奴がマトモな事を真剣な顔で言った。いや、元々そういうキャラの筈だけど、最近はテトラに突っ掛かる事しかやってなかった印象だったからついビックリした。
「法の書を入れた五つのアイテム。確かにこれは何かと特殊なアイテムだ。だけど今の所どれも使い道がわからないんだよな」
法の書はマザーに繋がる道を開くのに必要らしいとして、残りの四つは情報皆無だぞ。しかも一個はぶっ壊れてるし。それとも「???」というアイテムなのか? 実は鍵に収まって表示が変わってるのは気になる所なんだけどな。
前にアイテムに入ってたときは、文字化けした感じになってた。それが鍵に移動したことで???となってるんだ。何か意味があるんだろうか?
それに法の書とバンドロームの箱と愚者の祭典はリアルでのイベントで手に入れたアイテムなのはわかる。最後の『不明希望の光』ってどこで手に入れたっけ? 見たこと無いアイテム名なんだよな。
「その五つのアイテムに特徴はないのか? 何か共通してる事があるとか」
「そんなこと言ってもな……法の書以外はどんな形してるかもしらないし……」
「ならなら、みんな出してみれば良いんじゃないかな? クリエはそう思うな」
確かにクリエの意見は一理あるな。実際形を見ればどんな物かわかる……事もないかもだけど、全く知らないよりは想像できるかも。でもバンドロームの箱はまだしも、愚者の祭典とか不明希望の光に形はあるのだろうか?
???はそもそも情報まで破損してるみたいで、何もわからないっぽいから除外で。取り敢えず???を除く三つを元の姿に戻してみる事に。
「よし、じゃあやるぞ」
みんなは何故か僕の周りから離れて待機してる。どういう事だお前ら。
「気にするな。万が一のためだ」
「特殊アイテムらしいからな。何が起こるかわからん」
「クリエは近くで見たいのに……」
「ダメですクリエ。危険な事が起こったらどうするんですか」
お前ら最低だな。ミセス•アンダーソンなんてハッキリ危険かもとか言ってるし。くそ、この薄情者共。なんか緊張してきちゃったじゃないか。真っ白に輝く砂浜とキラキラしてる波が綺麗な場所だぞ。こんな所で緊張なんて、告白だけでいいんだけど……なんか場違いな緊張感が漂ってしまってる。
でもやらない訳にはいかない。これからの方向性を見つけるためにも、アイテムを確認することは必要だ。どこにヒントが有るかなんて、このLROは全然わからないからな。
僕は三つの鍵を握って、それに向かって「戻れ」と念じる。輝く鍵達。そして砂浜にその光が降臨する。
「おお––––あれ?」
凄いアイテムがここに降臨する! とか思ってたら、砂浜にバスっと落ちたのは一個の箱だけだった。まあ箱だからバンドロームの箱なんだろう。その鍵が色褪せてるからな。
でも残りの2つはどうして? 何やってんだよ?
(戻れ! 戻れ! 戻れ!)
僕は鍵を握りしめて何度も念じるけど、反応しない。使うにも何か条件が必要なのか? どういう事かわからん。
「一個しか出てないぞ?」
「わかんねーよ。どうやらそれしか元の形に戻せないみたいだ」
アイテムが出現してみんな興味津々の様だけど、何故かまだ近寄ってこない。もういいだろうに。
「お前、箱だぞ? 開けてみるまでは安心できる代物じゃない」
どれだけ用心深いんだよ。そんな奴らじゃなかっただろ。リルフィンの奴は鼻をクンカクンカしながらそう言ってる。何か臭うのか?
砂浜に落ちてる箱は案外小さい。片手で持てるほどの物だ。真っ黒なただの箱……に見える。まあそんな事はないんだろうけど。正方形だし、六面に丸い玉を書き加えればサイコロに早変わり出来そうだな。でも手触りはなんかツルツルしてるし、少しは高級感というかレア物感は多少はあるかも。
けど、これは……
「どうやって開けるんだ?」
全体を見回したけど、繋ぎ目みたいなのも無いし、被せるタイプの蓋にこの外側がなってるってわけでも無さそうだ。このままじゃ箱と言うよりも、ただの四角い物なんだけど……でもアイテム名は『バンドロームの箱』だ。
箱の筈なんだけどな。
「さすが特殊アイテムだけあって、使用方も特殊というわけか」
「まったく、拍子抜けも良い所ね」
「クリエも期待はずれだよ〜」
「つまらん。爆発オチを期待していたのに」
おい、最後の奴だけどう考えても僕の不幸を願ってただろ。開かないとわかった途端に戻ってきやがって……
(くっそ、どうやってかこいつらを軽く懲らしめてやりたい。空からウニでもコイツ等の頭に降ってこないかな? ––って、んな事起こるわけ無いか)
はぁ……と僕はため息を付く。するとこっちに歩いてきてたクリエが何かに気づいたようにこう言った。
「あれ? スオウその箱光ってるよ」
「何?」
見てみると確かに何か光ってる。光ってるっていうか、この箱の真っ黒い外観に細い光が走ってるって感じだ。青い光がビュンビュンと流れてる。すると突然とうとう箱は開きだす。まあこの場合は開くと言っていいのか甚だ疑問だけどな。だってパカって感じじゃなくシュッって感じなんだもん。効果音だけじゃわからないと思うから説明すると、開くと言うよりもスライドしてる。
上に向けてた面が幾重にもスライドして、展開して行ってるんだ。そしてその全てに光が走ってる。それはタイルが反転するように何かパタパタとやったり、面同士が集まってただの大きな面になってたかと思えば、形や組み合わせを色々と変えていった。
なんだかまるでこの箱が生きてるみたい……そんな風に思ってると後ろの方で「いでっ!?」なる声が。僕はその声がした方を向こうとしたけど、その時足元に何かが転がってきたことに気付いた。
それは刺々しい黒い物体だ。まさかと思うけど……ウニ? すると続けざまに次々と「痛い痛い!」やら「なんだこれは!?」とか「空からウニがあああああ」とかの声が響き渡る。
「やっぱりウニかそれ!?」
「なんでお前だけ無事なんだ!! てか、ウニよりもこっちの心配しろ!」
「そうだよ! どうにかしてよスオウ!」
テトラやリルフィンたちはウニ程度なんでもないだろうけど、クリエは可哀想だな。でもどうやってウニを止めるんだ? それにどうしてウニが空から……って考えられる可能性はコレだよな。
僕は空中で一つ一つ回転してる黒い正方形の板に目をやるよ。
(僕が願ったから、こんな事をやってるとするなら、僕の命令は聞くはずだよな?)
僕は回転してる板の一つに触れて回転を止める。そしてこう言うよ。
「もういいんだ。止まってくれ」
するとその一枚の板から一気に光が幾つも拡散して他の板を走ってく。それと同時に動きをピタリと止めた板達は、砂浜に一つずつ重なって、再び元の大きさの箱に戻った。それと同時にウニの落下は止まり、ウニ自体も消えて行く。
「なんだったんだ一体? そのアイテムの効果か何かか?」
「わからないけど、薄情なお前達を懲らしめる為に、ウニでも降ってこないかな〜って思った。そしたらこのアイテムがそれを叶えた? ように思える」
僕は正直に話してやったよ。そして話した後にしまった……と気付いた。正直に言わなくても、それっぽく誤魔化しておくべきだったか。ポキポキと骨が鳴る音が聞こえてくるぞ。
「ほほう、ようは俺の自慢の毛がこんな有様にされたのはお前のせいだと言うことかスオウ」
「全身チクチクして気持ち悪いのもあんたのせいって事ねスオウ」
おいおい、リルフィンとミセス•アンダーソンが怖い空気醸し出してるぞ。元はと言えばお前達の薄情な心が悪いというところを思い出せ!
「ふん、犠牲は最小限に抑えるのが基本だ」
「お前、自分が犠牲にされる側に立っても同じことが言えるのか?」
「俺は、主の為なら躊躇なくこの身を犠牲にしよう」
胸を張って誇らしげにそういうリルフィン。たく、こいつのブレない部分は最早そこだけだな。だからテトラに犬犬言われるんだよ。そう思ってると華麗に僕をスルーして行ったアンダーソンの婆さんが砂浜に落ちてた箱を手に取る。
僕には小さかったけど、モブリが持つとデカく見えるな。ミセス•アンダーソンは色々と箱を眺めてこういった。
「今の話が本当だとしても、どうやらあんたにしか使えないようね」
「何を願ったんだ?」
「デカイ岩が落ちてきますようにってね。ウニが出来るならそれくらいいけるでしょ」
いやいやいや、殺す気か! 全くなんて事を願って確認とってるんだよ。でも僕だけか……
「本当にそうかな? 法の書はテトラにもクリエにも反応してた。このアイテムが僕だけしか使えないっておかしくないか?」
「そんな事をいわれてもねぇ。知らないわよ」
確かにそのとおりだな。どうなってるんだ一体? 僕たちは沈黙する。なんだか考えることだけがどんどん積み重なって行ってる気がする。
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