命改変プログラム
進んだり戻ったり
高級車でひた走る事一時間前後。俺達は都内から少し離れた寂れた感じの映画館まで来てた。スクリーンが一つしか無い様な、今時生き残ってるのも珍しい位の映画館だ。それにラインナップを見てみると今話題の最新作はその上映スケジュールには無い。
昔懐かしの名作とかがラインナップされてるんだろう。
「何ここ? お金持ちの愛さんには似合わない場所ですね」
「日鞠ちゃん、それはある意味悪口じゃないかな?」
「だってだって、明らかにリムジン止まってるの違和感ですよ。愛さんならどこぞの大きな映画館貸し切り状態位出来るでしょうに。ここはきっとポップコーンの代わりに煎餅出してきますよ」
「上映中に煎餅は……なんだかヤだね」
ヤだと言うか、迷惑だろ。自分にも回りにも。だって自分の中でもガリガリ言うし、台詞聞き取れなくなるじゃないか。周りには当然その音が響いてヤな顔される。まあ貸し切りなら後者の心配はいらないのか?
「別にここに意味がある訳じゃないんだろう愛。分かり易い待ち合わせ場所ってだけだろ?」
「ええ、まあ。指定されたのがここってだけです。指定の時間の十分前くらいですから、まだ来てないのかもしれませんね」
愛は腕時計で時間を確認しながらそう言うよ。愛は「会わせたい人がいる」とそう言った。って事はその会わせたい奴が指定したのがここってことか。一体誰が? てかどんな奴が? って感じだな。
このタイミングでもったいぶって紹介するってことは、パーティー内の誰かか? それともフルダイブシステムに詳しい知り合いでも居るのかも。愛ならそんな知り合いがいてもおかしく無いだろう。
それにLROでの知り合いがリアルで積極的に会おうとするか疑問だしな。こっち側は不可侵が基本。だけどな……スオウの奴を取り巻く状況は異常だから、それも揺らいでるのかもしれない感はある。
ゲームってだけで……俺達はアイツに関わって来た訳じゃない。
「誰が来るんですか? スオウのお仲間?」
「それは秘密です。かなり恥ずかしがり屋な方なので、詮索しないで上げてください」
「そっか。じゃあ楽しみにしておこう」
そう言って日鞠の奴はやけに古い映画のポスターに視線を移す。なんだかフムフム言いながらそれらを物色してるよ。
「で、実際の所誰が来るんだ?」
俺は小声でそう聞いた。だって気になるじゃん。恥ずかしがりやって結構誰にも当てはまるだろう。初対面の人と話す時に緊張しない奴って早々いない。それこそ、無神経の権化かハイテンションが売りのお調子者くらいだな。
だから事前情報を……
「ダメですよ。秋君だけズルはダメです」
ちょっと小悪魔チックにそう言った愛。俺の唇の指置いて「めっ」ってするその姿が可愛過ぎてクラクラする。そしてそんなクラクラしてると、いつの間にか十分程度は経ってた。凄い破壊力だったって事だ。でも何故か誰も来てない。
「愛?」
「ちょっと連絡してみます」
そう言って携帯を取り出す愛。するとその時日鞠の奴が叫んだ。
「じゃじゃーーん!」
「「………………」」
ビックリして声も出ない。幾らあまり人通り無い場所だからっていきなり奇行に走るなよな。幾ら女子だからってその内通報されるぞお前。普通の人達からしたら変な事ばっかりやってるんだから。俺達の街ではそれに慣れちゃってるから、誰もが笑って済ませてるけど、ここじゃそうはいかないぞ。てかアイツは一体何を持ってるんだ? 何かを掲げてるぞ?
「何が『じゃじゃーーん!』なんですか?」
「そうだぞ、その持ってるのは何だ? 盗んだとか言うなよこの非常識」
「誰がこの世の非常識よ」
そこまで言ってないけど、膨れっ面でこっちを睨んで来る日鞠。するとその紙を持ってこう言うよ。
「秋徒には分けないわよ。それでも良いの?」
「そもそもだから何だよそれは?」
分けないとか言われても物が分からないと、損なのか得なのかわかんねーよ。中身を見せろ。中身をな。
「チケット。ここで次に始まる映画のかな? 三枚あるわ」
「え? それって誰か落としたんじゃ……」
自分そう言ってなんだけど、哀しいかな。周りを見てみると俺達以外には誰も居ないんだった。ホント、良く潰れてないな。誰も落としてないとしたら、俺達の到着を見越しておいてあったって事か?
「どこに有ったんだよそれ。実は持ち主はトイレに行ってるとかじゃないだろうな?」
「なんでわざわざトイレに行くのにチケット置いてくのよ。紙なんだからポッケに突っ込めば良いでしょ。まあ今時紙のチケットなんてある意味で珍しいけどね」
「そう言えばそうだな」
スマホの普及でチケットも紙からデジタルへ移行してるからな。少し前までは少なかったけど、今ではスマホでチケット買ってそのまま映画館まで行って、券売のお嬢さん達を素通りしてスクリーン側の通路に設置された読み取り機に翳すだけで良くなった。そうしたら改札みたいなのが開くから人を介さずにスムーズに行けるんだ。都内の方では結構それが普及しつつ有るんだけど……流石にここに導入されてるわけないな。寧ろそんな最新鋭の装置がこんなちっこいというか、風情がある映画館にあったらあったで驚愕だけどな。ある意味儲かってるのか? と思えるかも知れないな。
もしも有ったら……だけど。完全に紙だし、その心配はなさそうだ。
「まあでも思い出に残るって感じはするよね。半券が手元に残る訳だし」
「あっ、それは分かります。その半券を見ると後々でもその時の事が思い出せるんですよね」
「そうか? 半券なんて映画終わったらゴミじゃね?」
女性陣はキャピキャピしてるけど、俺にはわからんな。デジタルの方が合理的だ。すると日鞠の奴が「わかってないね〜」とか肩を竦めて言い出した。
「秋徒は全然分かってない。記憶の中に有るだけじゃ、思い出ってなかなか出て来ない物なんだから」
「そうですよ。それに形として残るってちょっと安心します。確かにデジタルなら安いし、合理的ですけど消えてしまうってなんだか寂しいじゃないですか? 私はね秋君。秋君との思い出はずっと残しておきたいって……思ってますよ。秋君はそうじゃないんですか?」
「それは……俺だって勿論そうだけど」
まあデートとかなら確かに思い出には成りそうだな。そこは分かる。でもどうせなら写真とかを残しておきたく無いか? 半券だけってなんか逆に悲しい様な……その日が学生時代に最も輝いてた日−−とかに成ってる悲しい誰かが想像出来るというかね。
「何でもデジタルで出来るってことは素晴らしいですけど、そこに残る物があると言うのは素敵な事です。データじゃ中々実感出来ないですからね」
「まあそうだけど、俺は少し違うかも。ずっと変わらないとか、ずっとこのままがいいとか、少し前では良く思ってたし、今を残しておきたいって気持ちは確かに有った。でも今はもう少し早く大人に成りたいって言うか……成長したい……と思ってる」
最後はごにょごにょと小声で言った。いや、なんか恥ずかしくて。すると日鞠の奴がぶっきらぼうにこう言いやがった。
「愛さんと早く結婚でもしたいの?」
「ぶっ!!」
「けこっ! こほっこほ!」
俺と愛は二人で咽せた。だってとんでもない事を日鞠が言いやがるんだもん。一瞬心臓の鼓動が絶対に大きくなったぞ。俺達二人は涙目に成りながらチラリと互いを見た。するとその瞬間がバッチリあったのか、互いの視線がぶつかり合う。そして脳内に再生されるさっきの日鞠の言葉−−『愛さんと早く結婚したいの?』−−『結婚したいの?』−−『結婚』−−『けっ』−−ボッと火を噴いた様に顔が赤くなって俺は顔をそらす。多分愛もそうした筈だ。日鞠の奴がおかしな事を言うせいで、変に意識するじゃないか! すると顔を逸らした反対側から小さな声でこんな言葉は聞こえて来た。
「えっと……そうなの?」
そうって……結婚の事か? 確かに愛と出来ればそれはもう最高だなって思ってるけどさ。それをここで言えと? ハードルが高いだろ。しかもこんな寂れた映画館の前じゃムードも何もないし……これってある意味プロポーズと同じなのに、流石にそれじゃあ……映画の半券じゃないけど、なんか何も残りそうになくないか? 金がない自分に出来る事は、サプライズやムードを作る程度しか無いと思うんだ。そしてそれは人生の一世一代の場面に最高の物を用意しないと、愛にはきっと釣り合わない。今ここでなんて……そんなのダメだろ。
でも簡単に否定すると愛は傷つくかも。どうしたら良いんだ?
「えっと、それはそうなんだけど……でもそうじゃないって言うか。あんまり気が早いのはどうかというか……」
「その気はないんだ……」
「いやいや、そうじゃないって! だからそうじゃない! 愛と結婚したくないとか思う訳ないだろ!」
「でも今、そうじゃないって言いました。秋君の言葉を私が聞き間違える訳ないです」
やっぱり膨れちゃったよ。てか既にもうなんかメチャメチャだ。俺の立てた将来設計が瓦解してく音が聞こえる。俺は日鞠の奴を睨む。
「私を睨んでもどうにも成らないよ。愛さんはちゃんとした言葉が欲しいんだからね。別に曖昧でも良いよ。でもその場限りじゃない、真剣な言葉が聞きたいの。分かる?」
誰のせいでこんな事に成ってると思ってるんだ。お前のせいなのに、なんでそんなに偉そうなんだよ。けど言ってる事が正しいからな……変に反論出来ない。「分かってる」そう言うしかないじゃないか。俺は再び愛に向き合う。
 「愛、聞いてくれ」
「何ですか。もう秋君の気持ちは聞きましたけど」
ううっ……愛が初めて俺にドライにあたってる。胸がグリグリ抉られてるみたいだ。しかもその抉ってるのは日鞠だ(イメージ的に) 。面白がって俺のハートを鋭利な槍で突っついてるイメージが見える。だけどこのままドライに接し続けられたら困る。俺のハートに穴が空いてしまう。こう言うのも乗り越えて行かなきゃ……なんだよな。逃げないと、俺は決めたんだ。大切な事からは絶対に逃げない。こうなったら、ヤケクソだ。
「もう一度聞いて欲しいんだ」
「勝手に喋れば良いと思います。聞き流しますから」
「そうか、ならしっかり聞き流せよ。俺は愛と結婚したいと思ってる」
「はい!?」
横向いてた愛が突如こっちを向いた。聞き流せなかった様だな。俺達以外に誰も居なくて良かったぜ。流石に人一杯の映画館ならこんな事言えない。それこそなんかB級の映画っぽいしな。日鞠の奴は横で「ほ〜」とか言ってる。人事だから楽しんでるな。だけど今はいい。ここからが大切なんだ。ちゃんと伝えないと行けない。付き合ってるからって油断はダメなんだよな。付き合ってるからってなんでも通じ合える訳じゃない。大切な事は口にしないと伝わらないんだ。
「だけどそれは今すぐって訳じゃない。日鞠が言った様に早くって訳じゃないんだ。早く成長したいのはその通りだけど、だからって早く結婚したい訳じゃない。今の自分が全然愛に釣り合ってないって自覚してるし、どこまで成長すれば並べるかも分からないからな。でもいつか……自分が納得できる時が来たら、もう一度改めてプロポーズするよ。今度はこんな寂れた映画館の前じゃなく、もっと雰囲気良い場所で。だからそれまで待ってて欲しい。そうじゃないってのはこう言う事なんだ」
俺は頭を下げた。全てを吐露してやったよ。これはもう自分の将来設計に確約が入ったとしていいな。俺はいつか必ず愛にプロポーズする! けど、今断られたらそれも白紙……まあそんな訳ないとは思うけどな。だって今が一番ラブラブな時期だろ? そんなラブラブしてもいないけど……気持ちはグッと近づいてる筈だ。だから……
「秋君」
ビクッと体が反応する。まさかとは思うけど、ドキドキする。すると優しく頭に置かれる手の感触。温もりが伝わって来る気がする。熱くて嫌になるとか、手のひらが汗ばんでで気持ち悪いとかそんなのは一切無い。触れられるだけで胸が高鳴って、そして同時に満足感というか、安心感? みたいな物が体に注入されてる様な……そんな気さえするんだ。不安もあるけどさ……いつしか心地よくなる。
「その時はもう一度ここでお願いします」
「え? ここ?」
俺は顔を上げて愛を見る。するとニコッと笑って言ってくれる。
「はい、ここが良いです。だってもうここは私にとって特別な場所に成りましたから。初めてのプロポーズの場所です。これ以上ロマンチックな場所なんて、世界中探しても無いですよ」
「本当に……ここで良いのか?」
「はい。いつか絶対にもう一度言ってくれるんですよね?」
「ああ! それは勿論! だけど、ここ寂れてるぞ。錆も目立つし、お世辞にも外観が美しいとも言えないってか」
「それでも、私はもうここが特別に見えますよ」
「来年位には無くなってるかも知れない」
「買い取ります」
おお、セレブ発言来た。でも愛ならその位出来るかも知れないな。けど、そんな余計な負担はさせたく無い。そう思うのなら、結局俺が早く成長するしかないんだよな。早く愛に釣り合う男に……
「分かった。いつかもう一度ここでプロポーズするよ」
「はい……」
ヤバい、なんだか凄く良い雰囲気だ。これはもしかしたら……キス……とか出来るかも。一歩進んで、俺は愛の腰にそっと手を回す。
「秋君」
小さな声。だけど聞き漏らさない距離。彼女の吐息までもここなら分かる。つやつやの唇。桜色で瑞々しくて……ほんと綺麗な形してる。キス……したいな。その思い、今こそ……今こそ……じつげ−−
「キスしちゃうの?」
ドッキーーーーン!! と心臓が飛び出るかと思う程にビックリした。雰囲気に呑まれて完全に日鞠の存在を忘れてたぜ。
「ひっ、日鞠ちゃん……これはね……そのっ」
「良いですよ。私の事は気にせずにブチューってやっちゃってください。ささ、早く。私は空気ですよ」
そう言って変な動作で空気感を演出する日鞠。なんだその呪いの踊りみたいな動きは。逆に気になるわ。俺は回してた手を解いて、一歩愛から離れる。
「なんだ、止めちゃうの?」
「うるさい。今はそれどころじゃないだろ」
「完全に忘れてた癖に」
「ぐっ……」
確かに完全に忘れてたな。だってある意味一世一代の事だったんだ。しょうがないだろ。それにそうさせたのお前だ。
「えっと、映画のチケット……そうチケットがあったんですよね? 忘れ物じゃないって事は枚数も考えて私達へのプレゼントでしょうか?」
愛もかなりしどろもどろになりながらそう言ってる。でも案外残念がってない様な……どうなんだろうか? ホッとしてたりするのかな? そうだとしたら舞い上がってたのは俺だけか? そう考えるとちょっとショックだな。
「そうですね。その線が高いです。つまりは待ち人は既に中に居るという事です」
その日鞠の言葉で俺達は映画館を見る。色々とやってたせいで、逆に待たせてるかもしれないな。色々と二人の未来で考えたい事はあるけど、今は助けなきゃ行けない奴等が居る。そっちを優先しないとな。
「よし、じゃあ入ってみよう」
自動ドアでもないドアを潜って、古ぼけた映画館の中に。エントランスにも色んな映画のポスターがあった。古い物が一杯だ。でも今時の食料販売は一切やってない。せいぜい隅にある自販機が精一杯、その役割を担ってるって感じだ。カウンターの中にも誰も居ない。料金とか書いてあるし、ここに普通は受付が居る筈だろ。でもそこには上映中の立て札が置いてあるだけだ。まさか一緒に見てるとか? 映画と映画の間でしかチケット販売はやってないのかも知れない。
「中も随分とふる……いえ、風情がありますね」
「別に古いって言っていいと思うけど。そこら辺を逆に売りにしてる様にも思えるし。気にし過ぎだよ愛さんは」
「そうでしょうか?」
愛と日鞠はひとまず周りを見回って戻って来た。まあパッと見た感じでも周りには誰も居なかったからな。勿論収穫は無し。やっぱり上映中のスクリーンの方に居るに違いない。俺達は奥の扉を押し開ける。すると大音響と共に、遠くに大きなスクリーンが見えた。通路とかなく直ぐに席が広がってる。初めてのパターンだな。上映されてる映画は白黒で時代を感じさせる物だ。
「誰か居るか?」
俺達は席を見渡すよ。一番後ろだからな。全部見える。すると愛が指を指す。
「アレじゃないでしょうか? 右側の隅っこの方に一人居ます」
「確かに。他に人影もないし、行ってみましょう」
そう言って日鞠は直ぐに動き出す。でも一体どうする? 上映中だし座った方が良いのか? けどどこに? 三人で左右を固めたりするのか? そもそも知らない奴の横にはちょっと……そう思ってると速攻で日鞠は横に腰掛けたよ。流石なんに対しても物怖じしない奴だ。俺はどうしたらいいかと考えて、取りあえず後ろの席にした。いやだって、左右を固めるには日鞠とこの謎の人物を越えなきゃ行けないんだよ。それってハードル高い。せめて中央の席なら、回り込めたけどさ、それが出来ないんだからしょうがない。すると愛も俺につられて後方の席で隣に座ってくれた。さて準備は整ったぞ。
「アナタが愛さんが会わせたい人? 私は−−」
『知ってる次世代の天才だろう』
なんだ? 変な違和感がある声だ。まるでマイクでも通してるかの様な……きっと日鞠の奴も気付いてるんだろうけど、その素振りを見せずに会話を続ける。
「天才なんて自負してないけど、周りはそう思ってるかもね」
『はは、才能に恵まれた奴の言葉だな。俺もよく使う。イラッとさせるのに使えるからな』
確かにイラッと来た。なんだこいつも日鞠と同族の部類のやつか? 厄介そうだな。
「それじゃあこっちの自己紹介がいらないのなら名乗ってくれるかな? なんて呼べば良いのかわからないと不便だもの」
『そうだな……俺の事は(夢幻の探索者)とでも呼んでくれ』
は? −−と後ろで俺はなってた。さっきからもしかして鍛冶屋とかノウイとかそれかエイルの奴か? なんて考えてたけど、ダメだこれは。俺の知り合いでこんな痛い奴はかつていない。だからきっとLROでの仲間じゃないだろう。いや、そう思いたい。リアルの方が痛いって、どういう事だよってなるじゃん。信じないぞ俺は。
「じゃあタンちゃん」
『なんだ?』
「いや、待て待て」
俺は後ろから二人の会話に割り込んだ。そんな事したく無かったけど、思わずだ。だって何だよタンちゃんって! せめて夢幻を取ってやれよ! しかも案外普通に納得してたのにも驚きだ!! それでいいの!? だろ。
『ふ、実は名乗った名前など意味は無い。真名は隠してあるからな。お前達人間にどう思われようとどうでも良いんだよ人間』
まるで自分は人間じゃないと言う様な言い方だな。そもそも俺に向かって話してる筈なのに、こちらを向きもしないってなんだ? このマイクから出力された様な声と良い……まさか……
「納得してくれてるのなら良いじゃない秋徒。それよりも愛さん。彼をどうして紹介したかったんですか?」
「ええと、彼は大学の方で知り合ったんですけど、その……とっても優秀なんです。正確に若干問題はありますけど、こちらにもその道に詳しい人は必要かと思いまして」
「なるほど、それは助かります。タンちゃんは協力してくれるんですね?」
『協力? ふっ……バカな事を。貴様等を利用するのが目的だ。俺には重要な使命があるからな』
「使命ってなんですか?」
『それは教えられないな。この世界の根幹に関わる問題だ。人が無闇にしろうとすると不幸にしかならない』
「そっか、それは残念。不幸には成りたく無いしね」
『え? もう終わり? もっと追求してくれたらもしかしてポロっと出て来るかも……』
どっちだよ。言いたいのかお前は。
「いいよもう。そんなに知りたい事でもないし」
『ふっ……それは(ラグナロク)。世界の終焉を迎えさせる事が俺の使命』
あっ、ついに無理矢理入れて来たぞ。こいつの会話聞いてると頭痛くなって来る。これを仲間に入れて大丈夫なのか? 愛を疑いたく無いけど、誰でもそう思うと思うぞ。俺は愛を見るよ。すると小声で「優秀なのは本当ですよ。そこは保証します。そこだけ」って言った。ダメだろ。大学生にもなって中二病こじらせ過ぎだろ。あれ? なんか少し前にもこんな痛い奴をリアルで見た気がしないでもないような……でも流石にここまでじゃ無かったかもな。こんな奴を前にも見てたら忘れる訳ない。
「取りあえずよろしくってことでいいよね? 取りあえず姿は隠しててもいいから、何が出来るかは教えて欲しいかな?」
『我がダミーに気付いたか。流石は我が妹を懐柔したあの男の伴侶だな。インフィニットアートの名をぜひ知りたい物だ」
「え? インフィニット何?」
もうダメだ。痛過ぎてみてられない。でもインフィニットなんとかもどっかで聞いた様な。
『まあ自信の力を隠しておきたい気持ちは分かる。詮索はしないさ。俺に出来る事だったな。俺に出来ない事はない。滅亡から平和まで、それこそ与えよう。夢の世界へだってその道を開いてみせる』
「それって……」
映画の中で誰かが銃で撃たれてた。響き渡る数発の銃声、結構良いBGMに成ってたと思う。
昔懐かしの名作とかがラインナップされてるんだろう。
「何ここ? お金持ちの愛さんには似合わない場所ですね」
「日鞠ちゃん、それはある意味悪口じゃないかな?」
「だってだって、明らかにリムジン止まってるの違和感ですよ。愛さんならどこぞの大きな映画館貸し切り状態位出来るでしょうに。ここはきっとポップコーンの代わりに煎餅出してきますよ」
「上映中に煎餅は……なんだかヤだね」
ヤだと言うか、迷惑だろ。自分にも回りにも。だって自分の中でもガリガリ言うし、台詞聞き取れなくなるじゃないか。周りには当然その音が響いてヤな顔される。まあ貸し切りなら後者の心配はいらないのか?
「別にここに意味がある訳じゃないんだろう愛。分かり易い待ち合わせ場所ってだけだろ?」
「ええ、まあ。指定されたのがここってだけです。指定の時間の十分前くらいですから、まだ来てないのかもしれませんね」
愛は腕時計で時間を確認しながらそう言うよ。愛は「会わせたい人がいる」とそう言った。って事はその会わせたい奴が指定したのがここってことか。一体誰が? てかどんな奴が? って感じだな。
このタイミングでもったいぶって紹介するってことは、パーティー内の誰かか? それともフルダイブシステムに詳しい知り合いでも居るのかも。愛ならそんな知り合いがいてもおかしく無いだろう。
それにLROでの知り合いがリアルで積極的に会おうとするか疑問だしな。こっち側は不可侵が基本。だけどな……スオウの奴を取り巻く状況は異常だから、それも揺らいでるのかもしれない感はある。
ゲームってだけで……俺達はアイツに関わって来た訳じゃない。
「誰が来るんですか? スオウのお仲間?」
「それは秘密です。かなり恥ずかしがり屋な方なので、詮索しないで上げてください」
「そっか。じゃあ楽しみにしておこう」
そう言って日鞠の奴はやけに古い映画のポスターに視線を移す。なんだかフムフム言いながらそれらを物色してるよ。
「で、実際の所誰が来るんだ?」
俺は小声でそう聞いた。だって気になるじゃん。恥ずかしがりやって結構誰にも当てはまるだろう。初対面の人と話す時に緊張しない奴って早々いない。それこそ、無神経の権化かハイテンションが売りのお調子者くらいだな。
だから事前情報を……
「ダメですよ。秋君だけズルはダメです」
ちょっと小悪魔チックにそう言った愛。俺の唇の指置いて「めっ」ってするその姿が可愛過ぎてクラクラする。そしてそんなクラクラしてると、いつの間にか十分程度は経ってた。凄い破壊力だったって事だ。でも何故か誰も来てない。
「愛?」
「ちょっと連絡してみます」
そう言って携帯を取り出す愛。するとその時日鞠の奴が叫んだ。
「じゃじゃーーん!」
「「………………」」
ビックリして声も出ない。幾らあまり人通り無い場所だからっていきなり奇行に走るなよな。幾ら女子だからってその内通報されるぞお前。普通の人達からしたら変な事ばっかりやってるんだから。俺達の街ではそれに慣れちゃってるから、誰もが笑って済ませてるけど、ここじゃそうはいかないぞ。てかアイツは一体何を持ってるんだ? 何かを掲げてるぞ?
「何が『じゃじゃーーん!』なんですか?」
「そうだぞ、その持ってるのは何だ? 盗んだとか言うなよこの非常識」
「誰がこの世の非常識よ」
そこまで言ってないけど、膨れっ面でこっちを睨んで来る日鞠。するとその紙を持ってこう言うよ。
「秋徒には分けないわよ。それでも良いの?」
「そもそもだから何だよそれは?」
分けないとか言われても物が分からないと、損なのか得なのかわかんねーよ。中身を見せろ。中身をな。
「チケット。ここで次に始まる映画のかな? 三枚あるわ」
「え? それって誰か落としたんじゃ……」
自分そう言ってなんだけど、哀しいかな。周りを見てみると俺達以外には誰も居ないんだった。ホント、良く潰れてないな。誰も落としてないとしたら、俺達の到着を見越しておいてあったって事か?
「どこに有ったんだよそれ。実は持ち主はトイレに行ってるとかじゃないだろうな?」
「なんでわざわざトイレに行くのにチケット置いてくのよ。紙なんだからポッケに突っ込めば良いでしょ。まあ今時紙のチケットなんてある意味で珍しいけどね」
「そう言えばそうだな」
スマホの普及でチケットも紙からデジタルへ移行してるからな。少し前までは少なかったけど、今ではスマホでチケット買ってそのまま映画館まで行って、券売のお嬢さん達を素通りしてスクリーン側の通路に設置された読み取り機に翳すだけで良くなった。そうしたら改札みたいなのが開くから人を介さずにスムーズに行けるんだ。都内の方では結構それが普及しつつ有るんだけど……流石にここに導入されてるわけないな。寧ろそんな最新鋭の装置がこんなちっこいというか、風情がある映画館にあったらあったで驚愕だけどな。ある意味儲かってるのか? と思えるかも知れないな。
もしも有ったら……だけど。完全に紙だし、その心配はなさそうだ。
「まあでも思い出に残るって感じはするよね。半券が手元に残る訳だし」
「あっ、それは分かります。その半券を見ると後々でもその時の事が思い出せるんですよね」
「そうか? 半券なんて映画終わったらゴミじゃね?」
女性陣はキャピキャピしてるけど、俺にはわからんな。デジタルの方が合理的だ。すると日鞠の奴が「わかってないね〜」とか肩を竦めて言い出した。
「秋徒は全然分かってない。記憶の中に有るだけじゃ、思い出ってなかなか出て来ない物なんだから」
「そうですよ。それに形として残るってちょっと安心します。確かにデジタルなら安いし、合理的ですけど消えてしまうってなんだか寂しいじゃないですか? 私はね秋君。秋君との思い出はずっと残しておきたいって……思ってますよ。秋君はそうじゃないんですか?」
「それは……俺だって勿論そうだけど」
まあデートとかなら確かに思い出には成りそうだな。そこは分かる。でもどうせなら写真とかを残しておきたく無いか? 半券だけってなんか逆に悲しい様な……その日が学生時代に最も輝いてた日−−とかに成ってる悲しい誰かが想像出来るというかね。
「何でもデジタルで出来るってことは素晴らしいですけど、そこに残る物があると言うのは素敵な事です。データじゃ中々実感出来ないですからね」
「まあそうだけど、俺は少し違うかも。ずっと変わらないとか、ずっとこのままがいいとか、少し前では良く思ってたし、今を残しておきたいって気持ちは確かに有った。でも今はもう少し早く大人に成りたいって言うか……成長したい……と思ってる」
最後はごにょごにょと小声で言った。いや、なんか恥ずかしくて。すると日鞠の奴がぶっきらぼうにこう言いやがった。
「愛さんと早く結婚でもしたいの?」
「ぶっ!!」
「けこっ! こほっこほ!」
俺と愛は二人で咽せた。だってとんでもない事を日鞠が言いやがるんだもん。一瞬心臓の鼓動が絶対に大きくなったぞ。俺達二人は涙目に成りながらチラリと互いを見た。するとその瞬間がバッチリあったのか、互いの視線がぶつかり合う。そして脳内に再生されるさっきの日鞠の言葉−−『愛さんと早く結婚したいの?』−−『結婚したいの?』−−『結婚』−−『けっ』−−ボッと火を噴いた様に顔が赤くなって俺は顔をそらす。多分愛もそうした筈だ。日鞠の奴がおかしな事を言うせいで、変に意識するじゃないか! すると顔を逸らした反対側から小さな声でこんな言葉は聞こえて来た。
「えっと……そうなの?」
そうって……結婚の事か? 確かに愛と出来ればそれはもう最高だなって思ってるけどさ。それをここで言えと? ハードルが高いだろ。しかもこんな寂れた映画館の前じゃムードも何もないし……これってある意味プロポーズと同じなのに、流石にそれじゃあ……映画の半券じゃないけど、なんか何も残りそうになくないか? 金がない自分に出来る事は、サプライズやムードを作る程度しか無いと思うんだ。そしてそれは人生の一世一代の場面に最高の物を用意しないと、愛にはきっと釣り合わない。今ここでなんて……そんなのダメだろ。
でも簡単に否定すると愛は傷つくかも。どうしたら良いんだ?
「えっと、それはそうなんだけど……でもそうじゃないって言うか。あんまり気が早いのはどうかというか……」
「その気はないんだ……」
「いやいや、そうじゃないって! だからそうじゃない! 愛と結婚したくないとか思う訳ないだろ!」
「でも今、そうじゃないって言いました。秋君の言葉を私が聞き間違える訳ないです」
やっぱり膨れちゃったよ。てか既にもうなんかメチャメチャだ。俺の立てた将来設計が瓦解してく音が聞こえる。俺は日鞠の奴を睨む。
「私を睨んでもどうにも成らないよ。愛さんはちゃんとした言葉が欲しいんだからね。別に曖昧でも良いよ。でもその場限りじゃない、真剣な言葉が聞きたいの。分かる?」
誰のせいでこんな事に成ってると思ってるんだ。お前のせいなのに、なんでそんなに偉そうなんだよ。けど言ってる事が正しいからな……変に反論出来ない。「分かってる」そう言うしかないじゃないか。俺は再び愛に向き合う。
 「愛、聞いてくれ」
「何ですか。もう秋君の気持ちは聞きましたけど」
ううっ……愛が初めて俺にドライにあたってる。胸がグリグリ抉られてるみたいだ。しかもその抉ってるのは日鞠だ(イメージ的に) 。面白がって俺のハートを鋭利な槍で突っついてるイメージが見える。だけどこのままドライに接し続けられたら困る。俺のハートに穴が空いてしまう。こう言うのも乗り越えて行かなきゃ……なんだよな。逃げないと、俺は決めたんだ。大切な事からは絶対に逃げない。こうなったら、ヤケクソだ。
「もう一度聞いて欲しいんだ」
「勝手に喋れば良いと思います。聞き流しますから」
「そうか、ならしっかり聞き流せよ。俺は愛と結婚したいと思ってる」
「はい!?」
横向いてた愛が突如こっちを向いた。聞き流せなかった様だな。俺達以外に誰も居なくて良かったぜ。流石に人一杯の映画館ならこんな事言えない。それこそなんかB級の映画っぽいしな。日鞠の奴は横で「ほ〜」とか言ってる。人事だから楽しんでるな。だけど今はいい。ここからが大切なんだ。ちゃんと伝えないと行けない。付き合ってるからって油断はダメなんだよな。付き合ってるからってなんでも通じ合える訳じゃない。大切な事は口にしないと伝わらないんだ。
「だけどそれは今すぐって訳じゃない。日鞠が言った様に早くって訳じゃないんだ。早く成長したいのはその通りだけど、だからって早く結婚したい訳じゃない。今の自分が全然愛に釣り合ってないって自覚してるし、どこまで成長すれば並べるかも分からないからな。でもいつか……自分が納得できる時が来たら、もう一度改めてプロポーズするよ。今度はこんな寂れた映画館の前じゃなく、もっと雰囲気良い場所で。だからそれまで待ってて欲しい。そうじゃないってのはこう言う事なんだ」
俺は頭を下げた。全てを吐露してやったよ。これはもう自分の将来設計に確約が入ったとしていいな。俺はいつか必ず愛にプロポーズする! けど、今断られたらそれも白紙……まあそんな訳ないとは思うけどな。だって今が一番ラブラブな時期だろ? そんなラブラブしてもいないけど……気持ちはグッと近づいてる筈だ。だから……
「秋君」
ビクッと体が反応する。まさかとは思うけど、ドキドキする。すると優しく頭に置かれる手の感触。温もりが伝わって来る気がする。熱くて嫌になるとか、手のひらが汗ばんでで気持ち悪いとかそんなのは一切無い。触れられるだけで胸が高鳴って、そして同時に満足感というか、安心感? みたいな物が体に注入されてる様な……そんな気さえするんだ。不安もあるけどさ……いつしか心地よくなる。
「その時はもう一度ここでお願いします」
「え? ここ?」
俺は顔を上げて愛を見る。するとニコッと笑って言ってくれる。
「はい、ここが良いです。だってもうここは私にとって特別な場所に成りましたから。初めてのプロポーズの場所です。これ以上ロマンチックな場所なんて、世界中探しても無いですよ」
「本当に……ここで良いのか?」
「はい。いつか絶対にもう一度言ってくれるんですよね?」
「ああ! それは勿論! だけど、ここ寂れてるぞ。錆も目立つし、お世辞にも外観が美しいとも言えないってか」
「それでも、私はもうここが特別に見えますよ」
「来年位には無くなってるかも知れない」
「買い取ります」
おお、セレブ発言来た。でも愛ならその位出来るかも知れないな。けど、そんな余計な負担はさせたく無い。そう思うのなら、結局俺が早く成長するしかないんだよな。早く愛に釣り合う男に……
「分かった。いつかもう一度ここでプロポーズするよ」
「はい……」
ヤバい、なんだか凄く良い雰囲気だ。これはもしかしたら……キス……とか出来るかも。一歩進んで、俺は愛の腰にそっと手を回す。
「秋君」
小さな声。だけど聞き漏らさない距離。彼女の吐息までもここなら分かる。つやつやの唇。桜色で瑞々しくて……ほんと綺麗な形してる。キス……したいな。その思い、今こそ……今こそ……じつげ−−
「キスしちゃうの?」
ドッキーーーーン!! と心臓が飛び出るかと思う程にビックリした。雰囲気に呑まれて完全に日鞠の存在を忘れてたぜ。
「ひっ、日鞠ちゃん……これはね……そのっ」
「良いですよ。私の事は気にせずにブチューってやっちゃってください。ささ、早く。私は空気ですよ」
そう言って変な動作で空気感を演出する日鞠。なんだその呪いの踊りみたいな動きは。逆に気になるわ。俺は回してた手を解いて、一歩愛から離れる。
「なんだ、止めちゃうの?」
「うるさい。今はそれどころじゃないだろ」
「完全に忘れてた癖に」
「ぐっ……」
確かに完全に忘れてたな。だってある意味一世一代の事だったんだ。しょうがないだろ。それにそうさせたのお前だ。
「えっと、映画のチケット……そうチケットがあったんですよね? 忘れ物じゃないって事は枚数も考えて私達へのプレゼントでしょうか?」
愛もかなりしどろもどろになりながらそう言ってる。でも案外残念がってない様な……どうなんだろうか? ホッとしてたりするのかな? そうだとしたら舞い上がってたのは俺だけか? そう考えるとちょっとショックだな。
「そうですね。その線が高いです。つまりは待ち人は既に中に居るという事です」
その日鞠の言葉で俺達は映画館を見る。色々とやってたせいで、逆に待たせてるかもしれないな。色々と二人の未来で考えたい事はあるけど、今は助けなきゃ行けない奴等が居る。そっちを優先しないとな。
「よし、じゃあ入ってみよう」
自動ドアでもないドアを潜って、古ぼけた映画館の中に。エントランスにも色んな映画のポスターがあった。古い物が一杯だ。でも今時の食料販売は一切やってない。せいぜい隅にある自販機が精一杯、その役割を担ってるって感じだ。カウンターの中にも誰も居ない。料金とか書いてあるし、ここに普通は受付が居る筈だろ。でもそこには上映中の立て札が置いてあるだけだ。まさか一緒に見てるとか? 映画と映画の間でしかチケット販売はやってないのかも知れない。
「中も随分とふる……いえ、風情がありますね」
「別に古いって言っていいと思うけど。そこら辺を逆に売りにしてる様にも思えるし。気にし過ぎだよ愛さんは」
「そうでしょうか?」
愛と日鞠はひとまず周りを見回って戻って来た。まあパッと見た感じでも周りには誰も居なかったからな。勿論収穫は無し。やっぱり上映中のスクリーンの方に居るに違いない。俺達は奥の扉を押し開ける。すると大音響と共に、遠くに大きなスクリーンが見えた。通路とかなく直ぐに席が広がってる。初めてのパターンだな。上映されてる映画は白黒で時代を感じさせる物だ。
「誰か居るか?」
俺達は席を見渡すよ。一番後ろだからな。全部見える。すると愛が指を指す。
「アレじゃないでしょうか? 右側の隅っこの方に一人居ます」
「確かに。他に人影もないし、行ってみましょう」
そう言って日鞠は直ぐに動き出す。でも一体どうする? 上映中だし座った方が良いのか? けどどこに? 三人で左右を固めたりするのか? そもそも知らない奴の横にはちょっと……そう思ってると速攻で日鞠は横に腰掛けたよ。流石なんに対しても物怖じしない奴だ。俺はどうしたらいいかと考えて、取りあえず後ろの席にした。いやだって、左右を固めるには日鞠とこの謎の人物を越えなきゃ行けないんだよ。それってハードル高い。せめて中央の席なら、回り込めたけどさ、それが出来ないんだからしょうがない。すると愛も俺につられて後方の席で隣に座ってくれた。さて準備は整ったぞ。
「アナタが愛さんが会わせたい人? 私は−−」
『知ってる次世代の天才だろう』
なんだ? 変な違和感がある声だ。まるでマイクでも通してるかの様な……きっと日鞠の奴も気付いてるんだろうけど、その素振りを見せずに会話を続ける。
「天才なんて自負してないけど、周りはそう思ってるかもね」
『はは、才能に恵まれた奴の言葉だな。俺もよく使う。イラッとさせるのに使えるからな』
確かにイラッと来た。なんだこいつも日鞠と同族の部類のやつか? 厄介そうだな。
「それじゃあこっちの自己紹介がいらないのなら名乗ってくれるかな? なんて呼べば良いのかわからないと不便だもの」
『そうだな……俺の事は(夢幻の探索者)とでも呼んでくれ』
は? −−と後ろで俺はなってた。さっきからもしかして鍛冶屋とかノウイとかそれかエイルの奴か? なんて考えてたけど、ダメだこれは。俺の知り合いでこんな痛い奴はかつていない。だからきっとLROでの仲間じゃないだろう。いや、そう思いたい。リアルの方が痛いって、どういう事だよってなるじゃん。信じないぞ俺は。
「じゃあタンちゃん」
『なんだ?』
「いや、待て待て」
俺は後ろから二人の会話に割り込んだ。そんな事したく無かったけど、思わずだ。だって何だよタンちゃんって! せめて夢幻を取ってやれよ! しかも案外普通に納得してたのにも驚きだ!! それでいいの!? だろ。
『ふ、実は名乗った名前など意味は無い。真名は隠してあるからな。お前達人間にどう思われようとどうでも良いんだよ人間』
まるで自分は人間じゃないと言う様な言い方だな。そもそも俺に向かって話してる筈なのに、こちらを向きもしないってなんだ? このマイクから出力された様な声と良い……まさか……
「納得してくれてるのなら良いじゃない秋徒。それよりも愛さん。彼をどうして紹介したかったんですか?」
「ええと、彼は大学の方で知り合ったんですけど、その……とっても優秀なんです。正確に若干問題はありますけど、こちらにもその道に詳しい人は必要かと思いまして」
「なるほど、それは助かります。タンちゃんは協力してくれるんですね?」
『協力? ふっ……バカな事を。貴様等を利用するのが目的だ。俺には重要な使命があるからな』
「使命ってなんですか?」
『それは教えられないな。この世界の根幹に関わる問題だ。人が無闇にしろうとすると不幸にしかならない』
「そっか、それは残念。不幸には成りたく無いしね」
『え? もう終わり? もっと追求してくれたらもしかしてポロっと出て来るかも……』
どっちだよ。言いたいのかお前は。
「いいよもう。そんなに知りたい事でもないし」
『ふっ……それは(ラグナロク)。世界の終焉を迎えさせる事が俺の使命』
あっ、ついに無理矢理入れて来たぞ。こいつの会話聞いてると頭痛くなって来る。これを仲間に入れて大丈夫なのか? 愛を疑いたく無いけど、誰でもそう思うと思うぞ。俺は愛を見るよ。すると小声で「優秀なのは本当ですよ。そこは保証します。そこだけ」って言った。ダメだろ。大学生にもなって中二病こじらせ過ぎだろ。あれ? なんか少し前にもこんな痛い奴をリアルで見た気がしないでもないような……でも流石にここまでじゃ無かったかもな。こんな奴を前にも見てたら忘れる訳ない。
「取りあえずよろしくってことでいいよね? 取りあえず姿は隠しててもいいから、何が出来るかは教えて欲しいかな?」
『我がダミーに気付いたか。流石は我が妹を懐柔したあの男の伴侶だな。インフィニットアートの名をぜひ知りたい物だ」
「え? インフィニット何?」
もうダメだ。痛過ぎてみてられない。でもインフィニットなんとかもどっかで聞いた様な。
『まあ自信の力を隠しておきたい気持ちは分かる。詮索はしないさ。俺に出来る事だったな。俺に出来ない事はない。滅亡から平和まで、それこそ与えよう。夢の世界へだってその道を開いてみせる』
「それって……」
映画の中で誰かが銃で撃たれてた。響き渡る数発の銃声、結構良いBGMに成ってたと思う。
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