命改変プログラム

ファーストなサイコロ

大きな存在、小さな俺達

 朝日が昇って、その強烈な日差しに遮光カーテン越しでも部屋の温度はどんどん上がる。てかそもそも夜でも気温はそんな下がらなく、まだまだ寝付きの悪い日が続いてる。扇風機の風量を最大最強に設定しても、なかなかに辛い物があるんだよな。
 まあ付けないと寝れないし、付けるしか無いんだが、数時間後にタイマーで切りにしておくとそのしばらく後に起きてしまうんだ。だから付けっぱにして置く訳だが……そうすると起きた時に妙に体がだるい


 熱さでも怠くて、扇風機でも怠い……どうしろと? 俺の部屋には早急に文明の利器、エアコンが必要だ。いやあるんだけど、一年中フル稼働させてたら親父の怒りを喰らった。電気代が半端ない事になってたからな。
 でもこの季節は精密機械の天敵。エアコンで温度を低くしてないとだろ? だから細々と使ってた訳だが、遂には強制的に止められてしまった。床屋の方もこの季節はフル稼働してるからな……その弊害だ。なんて迷惑な。


 けど流石に熱気漂ってたら商売に成らないからな。客も寄り付かなくなるし、店部分だけはエアコンを惜しむ事は出来ない。だからそれ以外はどこも扇風機を回して凌いでる状態。
 まるで時代に取り残された様な家だなと、息子ながらに思う。今の時代、エアコン分の出来代とかケチらないで欲しい。まあ扇風機だって進化してるんだけど……羽が無かったり、冷風を出せたり、自然の風を出せたり、匂いを漂わせてアロマセラピー的な事が出来たり……と色々と高性能な奴があったりするが、勿論俺の部屋の扇風機はそんな大層な物じゃない。普通に風量の切り替えは物理ボタン式だし、タイマーなんて未だに回す奴……体の状態をモニタして適度な風を送ってくれるなんて心配りをやってくれる訳は無いんだ。


「んあぁああああ~」


 ポキポキとなる背中の骨。大きく伸びをして全身をとりあえずストレッチでほぐす。起きて直ぐは体が固まってるからな。そして体調を整える為にも、カーテンを開けて日光に浴びる。人に取って日光に浴びるのは大切だと言う。体を起こす為にもな。
 外は今日も快晴成り。


「そろそろ自重してほしいなホント」


 曇りでも雨でも良いからあの太陽を隠せよ。我が物顔で世界を照らしやがって……大地を干涸びさせる気だぞアイツ。今なら絶対正義と言われる太陽に変わってヒーローに成れるチャンスなのに、ホント空の雲共は意気地がない。
 あんな真っ白に聳え立って……そんなに太陽に気に入られたいか! って感じだ。いや、そんなの思ってる訳も無いとはわかってるけどさ……こう暑いとな、愚痴の一つや二つ付きたくなる。


 取りあえずある程度日光で強制的に体を覚醒状態に持って行った所で俺は枕元のスマホを取る。時間は八時半位か……休みなんだし昼まで寝てても良い位なんだけど……それをこの部屋はさせてくれない。ほんと折角の休みなのに、なんでこんなに早く起きないと行けないんだよ。


「ん? メール」


 ホーム画面にはメールアイコンに三の文字。どうやら未開封のメールが三つ届いてるみたいだな。とりあえず確認だ。まあ一通は誰からか分かる。見なくてもな。でも朝一番の活力になるから真っ先に開く事に。


【おはようございます秋君。目覚めはどうですか? 扇風機は直接体に当てると危ないんですよ。気を付けてくださいね。今日も良いお天気です。良い一日であれる要にお互い頑張りましょう】


 自然とニヤけ顔になってしまう。いや~さっきの太陽への愚痴は取り消そう。やっぱり快晴最高だぜ。快晴に文句言うなんて罰当たりだよな。一体なんのおかげでこの世界に命という奇跡が芽吹いてるのか……それは全て大陽様のおかげですハイ。
 やっぱり今日も朝の挨拶メールが来たな。ここ最近はこれが楽しみでたまらない。


「いやーはははは、愛には全てお見通しかぁ」


 一人でそんな事を言って照れ笑いする。なんだか俺ばっかり幸せで悪いなホント。色々と大変なんだけど、やっぱり可愛い彼女が居ると、毎日の充実度が違うよな。それに愛はホント品が良いというか、出来がいいというか……時々自分が嫌になったりするけど、それを差し引いてもやっぱり今の自分の立場は幸せだ。
 この幸せを完璧な物にする為にも、スオウにさっさと返って来てもらって、ついでにセツリも救い出さないと行けないんだ。幸せって奴は共有した方が大きく感じるし、何よりも共有出来る奴等が居るって事が大事なんだ。


「さて、早速返信を……」


 そう思ったけど、後二通の方のメールも気になった。てか、もう一つも愛からだし。立て続けには珍しいな。タイトルは【報告です】となってるから、セラと一緒に色々と情報を集めるって言ってた成果かな? こっちも読んでから一緒に返した方がいいかも知れないな。手間は減らしてあげたいし。


【結論から言うと、あまり有力な情報は得られませんでした。公式の方が黙ってるので、かわされる議論は平行線のままですし、何よりもフルダイブシステムは開示されてない技術の宝庫ですから、憶測が憶測が呼ぶ状況です。
 原因も有効な手段も私達には……ごめんなさい】
「くっ」


 文だけでいたたまれなさが漂って来る。胸が痛くなる。別に愛は悪く無いのに、必要以上に落ち込んでる姿が浮かぶ。一応昨日寝る前に収穫についてはメールで送った筈だけど……受信時間を見ると深夜だし、気付かずにこれを送ったのかも知れないな。
 てか深夜二時って……愛はいつも十一時には寝るって言ってた様な……規則正しい生活をしてるから。そんな愛が二時まで……必死に頑張ってくれたんだろうな。


(でも、これはどう送るか悩むな……)


 俺はメールとにらめっこしながら悩む。だって報告のメールを見てない訳だし、それを指摘してこっちだけ収穫あった--なんて知らせるのもなんだか悪い気もする。でも既に送ってるし、結局知ってしまう事ではあるよな。
 どういう風に返したら、愛を凹ませないで済むだろうか?


(う~ん、悩ましい)


 そう思ってると、ドカドカと階段を上がる音が聞こえて部屋の扉が開かれる。


「兄貴、起きてるんなら飯食えってさ」
「おま……ノックくらいしろって言ってんだろが。いきなり開けるな!」
「あれ~まさかまたエロいのパソコンで見てたの? 良いよな~エロ見放題。まあ俺は生が良いんだけどさ」
「死ね。この変態」
「最近ようやく彼女が出来た兄貴には言われたく無いな。一人でオナってる方がよっぽど変態的だぜ。人間なんだから生殖しなきゃ」
「お前は生殖しすぎなんだよ。自重しろ」
「自重したくても俺には女の子が寄って来るんだよね。今日もこれから部活とデート。じゃね~」


 そう言って一段飛ばして階段を下りてこの日差しの下に出て行くアイツ。恥を承知で言うと、あいつは俺の弟だ。俺と同じで背が高くて、でもガッチリって言うか細マッチョ的な美形と評判で、しかも俺と違ってリアルで行動的。
 中学のサッカー部のエースで女子に人気ありまくりらしい。ちなみにアイツの証言に寄ると、初体験は小学生の時で、既にその頃からスポーツでチヤホヤされてたから女に事欠かず、ヤリまくりとの事だ。
 身内ながら殺したい。アイツは俺よりもホント酷い。俺はその場を楽しませるだけに女の子とも普通に接するけど、それ以上の感情なんて抱かない。だけどアイツは本気で自分に寄って来る女は自分の物と思ってるし、下心無しでは女と付き合わない。
 実はアイツ、既に隠し子とか居るんじゃないか? と俺は疑ってる程だ。それほど、ヤリまくってる印象。だって一回金を借りる時に、アイツが札を一枚取り出そうとした時、五~六個のコンドームが落ちて来た。
 アイツの財布の中は金よりもコンドームの方が多いんだ。それにその後「どれだけ持ってるんだよ?」って言ったら「これ? はは、こんなの一日分だよ」って爽やかな笑顔で返してきたしな。アイツヤバい、絶対にその内子供がどっかから出て来ると思う。
 だけどそんな一面を知ってるのは家族では俺だけなんだよな。アイツ周りでは気の利いた爽やかイケメンで通ってるから。あの爽やかさに女もコロッと騙されてるのかも。俺は心に決めてることがある。


(アイツにだけは愛を紹介はしない)


 だって何をされるか分かった物じゃないからな。愛は俺の弟だからってきっと好意的に接しようとするだろう。愛ならきっとそうする筈だ。だけどそれが危ない。寝取られるとかは流石に愛に限ってないと信じてるけど、アイツはグイグイと行ってるだろうから、気が気じゃない。
 愛を毒牙から守る一番の方法は、接触させない事だ。まだあいつは部活で忙しいからな。基本追っかけの女に手を出してるんだろう。それなら俺が紹介しない限り、アイツと愛の繫がりは皆無だ。わざわざ危険を犯す真似なんか出来る訳ない。
 取りあえず俺は階段を下りる。最後の一通のメールはまだ見てないけど、あんまり興味がわかなかった。朝食の間に愛にどうメールを返すかで一杯だったんだ。


 朝食は質素な家計らしく、ご飯と目玉焼きとみそ汁だった。まあいつも通りだよ。時間がない時は常備の食パンにジャム塗りたくってかぶりつく。そしてそのまま学校に……ってのがいつものコースな訳だが、今は休み中なんでそんな切羽詰まった朝は来ない。
 別に学校なんて遅刻したってどうと言う事は無いんだけど、日鞠の奴がうるさいからな。アイツは友達だから甘くなる……なんて事が無い。寧ろ友達だからこそ厳しく接する所がある。まあなれ合いで付き合ってる訳でもないし、別に良いんだけどな。


 目玉焼きの黄身の部分を箸で突き刺して、そこに醤油をぶち込んで浸透させる。そんなに多くはかけないぞ。適度にだ。少し焦げ付きが激しい白身部分にも流れた醤油が食欲を注いでくれるよ。家族はどうやら先に朝食を取ったみたいで、台所にはお袋しか居なかった。先に食べた家族の分の洗い物をしてる。そして暗に俺に早く食べろとも言ってるよな。
 洗い物を別々にやるのは面倒だから、タイムリミットとして、洗い終わる前にこっちにもってこい−−そんな声がその背中から聞こえるようだぜ。まあ、そんなの関係無しにゆっくりのんびりと朝の朝食に舌鼓を打つけどな。
 反抗期って訳でもないけど、親の言いなりに成りたく無い年頃なんだ。この年の男は誰だって勘違いした自由を求める物だろ。実際外ではそんな事はしないんだが、家の中ではまだ強がってみたりしてるんだ。
 だから食事中にもテレビだって付けたりな。まあこの時間帯はニュース番組くらいしかやってなくて退屈だけ……


「ん? はれ? ここって−−」


 ニュース番組ではどこかを中継してる。他にも沢山のテレビ局が押し寄せてる感じで現場はなんだか結構慌ただしい。てか、なんかテレビに映ってる場所……見覚えがある。昨日位に行った気がする。


「−−いや、でもまさか……」
『出てきました。一体どういう理由かは不明ですが、ギーガスクエアに検察が調査を行ってる模様です。馴染みのない方も居るかと思いますが、ギーガスクエアと言うのは今話題の『LRO ライフ・リヴァル・オンライン』の運営会社です。
 最近発足されたLROの危険性を調査する調査委員会からの情報でこの強制捜査が行われてると思われます』
「おいおい……マジかよ」


 口に突っ込んでた箸が落ちる。そのとき「ちょっと何やってるのよ秋徒?」とお袋が声を出したけど、俺は完全に無視してテレビを凝視する。てか、目を離せる訳ない。するとザワワと画面の向こうの記者達が騒ぎ出す。


『出てきました。検察官の方々に引き連れられて社員の方でしょうか? 布を頭から被らされてあれじゃあまるで……逮捕……されてるようですね』


 アナウンサーの人も戸惑ってる様だ。でも検察にだって逮捕権はあるだろ。ただ検察の逮捕なんてそうみないだけだよな。しかもこんな強制捜査って言うか……これじゃあ強行逮捕みたいな感じだよな? それに驚いてるのか。
 国税局の強制捜査とかなら大量の段ボールとかを持って出て来るから、そう言うのを強制捜査って時点で思い浮かべてたけど、よく考えたら昨日既にそれはやられてる。そしてこれが調査委員会からのたれ込みで起こったのなら、捜査なんて既に必要ないのも納得だ。
 捕まえに来たんだ……既に大量の意識不明者を出して、それでもそれをひた隠しにして運営を続けてた犯罪者を。


「あらら〜確かLROってアンタがはまってたゲームよね? どうなっちゃうのかしらね? でも丁度良かったかも知れないわね。これを気にゲームなんて止めなさい。彼女も出来たのならしっかりと地に足をつける事をね−−」
「うるせぇ! これはそんな、簡単な問題じゃないんだ!」


 俺はついついお袋にデカい声を上げてしまった。だけどお袋はあんまり気にした風も無く「はいはい、いいからさっさと食べない」と言って、洗い物を再開する。俺は既に飯を食える気分じゃない。当然だろうけど、胃が萎んでしまった様な感覚だ。


『一体何が起きてるんでしょうね。おや、ここで新たなる情報が入りました。ええ〜とどうやら都内にある○○病院が警察によって封鎖されてる? との事です』
「なに!?」


 耳を疑った。でも……それはきっと間違いないだろう。今、スタジオの年配のアナウンサーの口から発せられた病院の名前は間違いなく、スオウやセツリやガイエンが眠る病院だ。俺はテレビのある居間の方に駆け寄る。


『どうやら病院の方とも中継が繋がってるようです』


 その言葉の後に病院の方のアナウンサーとの中継に変わる。こっちは若い男のアナウンサーが勤める様だ。周りにも既に別のテレビ局の報道陣が居るのが見て取れる。こいつらこう言う時だけはフットワークが軽いよな。
 政治家やどっかの国とはズブズブだったりする癖に、国民には容赦がないと言うか……いや、今は助かるから良いけどな。見覚えのある病院の前には赤色灯が回転してる……って訳じゃない。てかあれは警察なのか? 中継の映像に映し出されてる人は普通の警官の制服じゃないぞ。パトカーも居ないし……パトカーの代わりにワゴンっぽいと言うかジープっぽいというか、そんな車が何台も見える。
 パトカーよりも耐久性があって、人員を多く運べそうな車ばかりで、病院の前に立ち並んでる人の服装は警官というよりも自衛官……っぽい様な。


『見えるでしょうか? この病院を警官と自衛官の両組織が固めてます。一体中では何が起こってるんでしょうか?』


 なるほど、警官もいるには居るのか。それよりもまさか全方面を固めてるのか? 一体中で何を? 奴等がスオウ達LROの被害者があそこに集められてるって確定情報を得たからあんな事をしてるのは分かる。でも……だからってあそこまでやる必要があるんだろうか? 
 こんな派手に動いていいのか? そう思える。


『何か情報は無いんですか上尾アナウンサー?』
『そうですね……確認してはいませんが、この病院から患者が運び出されてる……と言う情報があります。頻繁に車が入っては出て行ってるんです』
「運び出されてる!?」


 まさか……それは不味いだろ。ここで奴等が運び出すとなるとそれはLRO被害者で間違いない筈だ。って事はその中には当然スオウやセツリやガイエンが……


「ちょっと秋徒、さっさと食べなさい。洗えないでしょ」


 そう言うお袋の声よりも俺の耳には二階で成ってる音楽が耳に入る。意識が完全にテレビに行って、拳も握りしめて見てたのに、その音楽を俺の耳は聞き逃しはしなかった。だってこの曲は愛からの着信だ! 俺は急いで二階に上がろうと駆け出す。


「ちょっと! もう要らないの?」
「いらない!」


 そう言って俺は階段を駆け上がって扉を開けてスマホに飛びつく。そして通話ボタンを押して「はい、もしもし!」と息も荒く言った。


「あの秋君? テレビ見てますか?」
「……はぁはぁああ、見たよ。まさかこんな早くに動き出すなんてな」
「実は早くも無かったのかも知れません。少し前から動いてるという情報はありましたし、準備をして来た結果かと。それにメール読みました。昨日秋君達が見た事は最後の段階だったのかも知れません。
 証拠を手に入れるという最後の段階。そして手にした証拠を使って政府機関を動かした。日鞠ちゃんが言ってた、フルダイブシステムの吸い上げはその通りなのかも知れません」
「でも、こんな大々的にやる事か? 俺はもっと静かに世間にはひた隠しにする物だと思ってたけどな」


 政府の企みってそう言う物の筈だろ? こんな世間一般に知らせる様にするなんて、なんかワザとらしいというか……胡散臭いと言うか……まあ柄じゃないみたいな感じだ。


「そうでしょうか? 隠すのは隠すので大変ですよ。それに今回はLROを稼働停止にまで追い込む必要があります。既にサービスを開始して大人気のLROを世間に隠して停止させるなんてほぼ不可能ですよ。
 ですから強引な方法をとった。その最初の足掛けが調査委員会の発足だったのかもしれません。彼等にLROを稼働停止に追い込ませる。それも世間がそれに納得する不祥事を見つけて……それなら政府が回収する動きも自然に出来ます。どこからの反発も無いでしょう。
 そうやって出資企業達にも有無を言わせない作戦だった様な気がします。多分少ししたらLROの現状とかが発表されるんでしょう。出資企業にとってはそれは怖い事の筈です。自社の名前なんて不祥事を起こした会社と同列に発表されたくなんか無い。
 政府機関は文句を言われずに、全てを手に入れられます」
「く…………くっそ!! 何か……何か出来なかったのか? 昨日もっと深くに奴等のアジトに潜ってれば……」


 もしかしたら何かを変えられたのか? そうじゃなかったかも知れないけど……何か出来る事を見つけれたかも知れない。俺が意気地なしだったせいで……そう思ってると電話の向こうから優しい声が聞こえて来る。


「それは違います。昨日の判断は秋君は正しかったと思います。だからこれは……しょうがなかった事なんです。私達はこっちの世界ではなんの力も持ってません。魔法も剣も使えない……ただ一人の人間なんです」


 その言葉が深くしみ込む。分かってるけど……悔しい事に変わりない。


「そうだ……日鞠の奴はこれを知ってるのか?」
「日鞠ちゃんですか? どうでしょう? でも彼女がこの情報を見落とすとは思えませんけど」


 確かにそうだな。アイツがこの情報を見落とす訳が無い。てか……見落とさない方がヤバい。


「ごめん愛。いったん切る」
「え? 秋−−」


 僕は躊躇い無く電話を切って日鞠にかける。でも出ない。出てくれ……お願いだ。そんな事を祈りながら呼び出し音を聞き続ける。あの報道を見たら、日鞠の奴がどんな行動を起こすか……それが怖い。何をやらかすか知れない。 
 でも呼び出し音は鳴り続けるだけでアイツが出る気配がない。


「くそ!!」


 俺は部屋を飛び出して家を出て自転車にまたがる。そして全力でペダルをこいで学校を通り越して反対側に。坂を上って下って右に行って左に行って、そして日鞠の家に物の十分で辿り着く。新記録だな。
 足が棒の様になったけど、構わずインターホンを押す。すると綺麗な女性が出て来た。まあ日鞠のお母さんだ。ホワホワっとした癒し系の美人。その人に日鞠の存在を尋ねると、どうやらまだ家に居るらしい。ちょっと拍子抜けだな。とっくに現場に駆けつけてると思った。
 日鞠のお母さんは俺を上げてくれて、一緒に日鞠の部屋まで行ってくれる。


「日鞠ちゃん、秋徒君よ。起きて」


 返事が無い。本当に居るのか。 そう思って俺も図々しく部屋の扉を叩く。するとようやくガチャッとドアノブが回ってボサボサ頭の日鞠が顔を出す。


「なに? お母さん……と秋徒? どうして?」
「おい、お前ニュース見てないのか?」
「ニュース? それがどうしたの? 私昨日のデータを解析してていつの間にか寝ちゃってて……」


 それで俺達の呼びかけで今起きたと。それなら確かに知らないだろうな。不幸中の幸いか。俺は日鞠の肩に手を置いて真剣な眼差しでこう言うよ。


「いいか、落ちついて聞け。今ニュースでスオウ達の居る病院や、ギーガスクエア本社から佐々木さん達が連行された。つまりは……全て調査委員会にバレて、動かれたんだ」


 その瞬間、日鞠の目が明らかに変わった。瞳孔が開いたのが見えた。そして何も言わずに日鞠は走り出す。追いかけて一階に降りると、テレビの前で立ち尽くしてる日鞠が居た。


「えっと……えっと……私はどうしたら?」


 オロオロとする日鞠のお母さん。彼女は何も知らないからな。しょうがない。俺は日鞠に向けて口を開く。


「おい……大丈−−」


 −−夫な訳ないか。寝ぼけた頭でこんなことを理解しようってしてるんだ。今の日鞠には俺の声もきっと届いてない。すると突然日鞠が呟く。


「秋徒……行くわよ」
「行くって……どこ−−」


 いや、この状況で行く所なんか一つしか無い。俺は「え? え? 日鞠ちゃんどこに?」ってオロオロしてるお母さんに何も説明せず頷く。


「−−よし分かった」


 日鞠は三分で最低限の準備をして家を飛び出す。日鞠を後ろに乗せて俺は駅を目指して全速力でペダルを漕ぎ出した。


「スオウスオウスオウスオウスオウ……」


 後ろで永遠に紡がれるそんな声。日鞠の不安が伝わって来る。俺だって不安だ。だけどそれを俺が出す訳には行かない。俺はだから出来る限りの速さで自転車を進める。それだけに集中する。

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