命改変プログラム

ファーストなサイコロ

不幸と幸せの世界

 手にした金魂水。煌めく風の中でそれは美しい輝きを放ってる。そして僕が翳す金魂水を見て、テトラはその事実を認識してる。確かに先に自分が手にした筈……だけど気付いたら僕がそのアイテムを手にしてる。
 テトラは僅かに声を震わせてこう言うよ。


「どういう事だ? その風は……今の速さはなんだ?」
「繋がったんだよ。僕は皆がくれた風を掴んでる。きっとその結果がこの風だ。そしてあの速さ。もうお前は追いつけない」


 僕の言葉にテトラの歯を食い締める。今の一瞬で多分分かってるんだろう。今までだって僕の方が速かった訳だけど、それよりも今の僕は更に速い。力を制限された状態じゃ、今の僕に追いつけない事をテトラは理解してる。終わりだよ。
 本当の決着だ。お前よりも速い僕が金魂水を手にしてる。奪い返す事は……出来ない。


「確かに……貴様は速い。だが知ってるか?」
「うん?」


 そう言いつつテトラは指を開いたり閉じたりしてる。僕は翳してた金魂水を手のひらに包み込む。アイテム欄に入れれば安全だろうけど、ここで使うんだし、そんなのは無駄だろう。後ほんの数秒あれば良いんだ。しまう必要なんか無い。
 後一回、テトラを巻けば、僕達の勝ちだ。テトラの奴の体からは黒い靄が染み出てる。


「神だって諦め悪いんだよ!!」


 その言葉が聞こえて来たのは真っ正面からだった。離れてた筈の距離を靄の移動で一気に縮めて来た。しかもどうやらそれだけじゃない。


「靄が近距離で広がってく?」


 テトラの攻撃を捌きながらそう紡ぐ。どうやらテトラが出て来た場所から僕を取り囲む様に広がってるみたいだ。しかも異様に濃い……靄が密集しまくって球状に取り囲もうとしてるのか。今のテトラはこの靄自体に攻撃力を持たせる事は出来ない。それならこの行動の意味はなんだ? 靄だから実際には突き抜けようと思えば出来る筈だよな。
 固い壁な訳じゃない。それなら、考えれるのは一つだけ。近距離でこの靄全部から球体を放つ気か。流石にこの近さなら速いなんて関係ない。狭い空間を囲ってしまえと……そう言う狙いか。でも−−僕は煌めく風を思いっきり吹かせるよ。


「今のテトラ的にはしょうがないけど、これだけ近いと飛ばし易いな」


 だからこそ遠距離から放ってた所もあったんだろう。攻撃要素のある風にはそんなに影響をされ難い様だけど、皆の風は別に攻撃に変換しなくたって使える。ウネリや刀身に組み込んでも居るけどさ、風はそこら中で吹いてるんだよ。
 その風なら、靄を吹き飛ばせる。


「きっさま!」


 そして今度は僅かだけど距離を取ったテトラ。そして両手から一斉射撃を開始する。迫り来る幾つもの球体。それなりにデカいし靄から放つよりも強力な奴をテトラは出してるんだろう。だけど今の僕には脅威には感じれないな。
 心に余裕があるよ。だって金魂水はここにある。それに決定的に今の僕は感じる事が出来る。確かに多い。だけど−−−−−−−−−遅い!! 僕は僅かな動作で球体をかわして、最後に放たれた大きな奴をセラ・シルフィングで切り裂いた。


「ふん、いい気になるなよスオウ」


 そう言うテトラはどこか悪い顔をしてる気がする。いや、邪神なんだけどさ……


「スオウ君!」


 シルクちゃんの声に反応してそちらを見ると、黒い靄が皆を取り囲んでた。なるほど、そう言う事か。今の攻撃で靄を使わなかったのは向こうに割り当ててたから……流石邪神。それっぽい事をようやくやって来たな。


「確かにお前は速い。だが動けない奴等はどうしようもあるまい。卑怯と笑えば良い。だがな、それは譲れないんだ。仲間が惜しければ、金魂水をこちらに渡せ!」


 そう言って手を向けて来るテトラ。仲間を取るか……願いを取るか……か。究極の選択再びか。


「スオウ、あんたまさか迷ってないでしょうね? 私達は死んだって大丈夫なんだから、そんな言葉を聞く必要ないわ! 寧ろ金魂水を渡したりしたら後で殴るから!!」


 セラの奴の言葉は過激だな。でもそれも願いの為だと分かってる。皆もそんなセラの言葉に賛成なんだろう。余計な事は言わずに頷いてくれるよ。だけどセラ達プレイヤーは良いとして、この場合リルフィンの奴はどうなるんだろう? 
 いや、召還獣なんだし一度消えるだけ……あれ? そうなのかな? ローレとの会話とかも思い出してみるとさ……もしかしてリルフィンって一度も他の召還獣の様に消えたり出たりした事無いんじゃないか? 僕はリルフィンを心配そうな目で見るよ。


「なんだ貴様その顔は?」
「いや、お前はさ……みんなとは違うだろ」
「俺は召還獣だ。死にはしないさ」
「だけどお前……ずっとこっちにいるんじゃないのか? 他の召還獣とは事情が違うだろ?」


 僕のそんな言葉にリルフィンの奴は自身で「ああ~」とか唸ってる。あいつ気付いてなかったのか。てか考えた事無かったのかよ。でも奴はそれでもこう言うよ。


「確かに考えてみればそうだな。だが、それで諦められるのか? ようやく手にしたんだ。俺達じゃなく、お前が金魂水を手にしてるからこそ、邪神はこんな方法しかもう取れない。お前の手にある事に意味がある。活用出来る。
 クリエの願いは今、お前の中だ」
「リルフィン……」
「我が名は『フィンリル』闇を司る夜天を駆る狼だ。誇り高い我は命乞いなどしない。気にする事は無い。使えば良い。俺と主の絆はより一層深まった。その絆が無くなるなど、あり得はしないからな」


 カッコイイ事を……リルフィンのくせに。実際二人の絆が深まったのかは定かじゃないけどな。リルフィンはそう思ってるんだろう。でも気持ちは受け取った。


「美しい友情か……だが奴等が何を言おうと、選ぶのは貴様だスオウ。お前に仲間を見捨てる事が出来るのか?」
「僕は……」


 この手の中にある金魂水を見つめる。金色の瓶に入った水はそんなに多く無い。百ミリリットル位かな。こんな僅かな量なのに願いを叶えるって言う途方も無い願いが叶う。それはとてつもない事だ。
 瓶に映る自分の顔はかなり傷だらけ。回復してもらった筈だけど……汚れとかまでは落ちないからな。クリエと出会ってここまで、本当に色々あった。テトラには何度も負かされた。けど今……ようやく僕がきっと人生で一度だけこいつに勝てる瞬間に居る。
 そう、目の前の邪神テトラに、今僕は勝てるんだ。それもきっと完全な形で。だから僕は顔を上げるよ。そして紡ぐ。


「僕は願いを叶える。クリエの願いを」
「仲間を見捨ててか」
「いや、見捨てなんかしない。そんな必要ないからな」
「なに?」


 僕の言葉にテトラは眉を潜める。てか、そもそも最初から犠牲になんかさせる気ないよ。そんなのクリエは望んでないからな。


「お前の攻撃で皆のHPを削り切るまでどの位かかる? 一分で事足りるか? それとも三十秒? 残念だけど、僕が願いを紡ぐのはたった数秒だ。その取引は成り立たないな」


 これはスピードとかの問題じゃなくて、もう物理的にそう言う物としか言えないよね。まあ万全な状態のテトラなら、一瞬で皆を灰に出来たりもするのかも知れないけど……いかんせん今のテトラにはそんな事は無理だ。
 テトラはちゃんと弱体化してる。


「諦めろよテトラ。その縛りは女神からの物。こう成る事を僅かでも望んでくれた彼女のおかげ。でもお前はそれでも女神を恨むとかできないだろ? もう……勝負はついてる」


 お前の足を引っ張ったのはお前が辿り着きたかった女神シスカだ。女神様は、僕達にもチャンスをくれた。そしてそれを今、僕達は掴んだんだ。それにテトラは平等にしたいから……とか言ってたけど、でもやっぱり僕は彼女は期待してたんじゃないかと思う。
 こんな光景をさ。別にテトラの事を実は嫌ってる……とかは言わないけど、少なくとも女神はクリエを好きで居てくれてたのは事実だと思う。だから、願ってくれたんだ。協力してくれた。彼女はクリエに「お母さん」と呼ばせてくれたんだ。


「シスカのせいで俺が負けるか……そもそも俺は一度もあいつに勝ててないがな。どういう形であっても俺はアイツには勝て……いや、俺はアイツに勝ちたいなんて思ってないな。負けてて良いんだよ」
「ん?」


 なんだかテトラの奴の雰囲気が変わった気がする。なんだ?


「シスカがお前達に協力しても別にいい。俺達の関係はどんな事があっても変わる事なんてないからな。だが……限界なんだよ」
「限界? 何が?」
「お前には分からないか? まあお前もまだまだ子供だからな」


 なんだその言い草。なんかムカつく。するとテトラは恥も外聞も捨てたのか、恥ずかしい事を叫び出したよ。


「ずっと言ってるだろう……いや、役目が終わったとかは実は建前だ。俺はただシスカに会いたい。その声を間近で聞きたいし、彼女を抱きしめもしたい! 髪の匂いも、柔らかなあの感触も一体何年……何百……何千と我慢して来たと思ってる! 全ては世界の為……そして貴様等のせいだ!!
 少し位邪神にだって優しくしやがれ!!」


 シーーーーーーーーーーーンと、その場が成ったのは言うまでもないよね。でもきっとそれが偽りの無いテトラの本音なんだろう。「ああそっか」って僕は顔を真っ赤にしてそう言ったテトラを見て思ったよ。
 テトラの奴がどこまでも拘るのはそう言う事なんだよ。テトラはただ愛する人に会いたいだけ。くっ……思うだけで恥ずかしい言葉だな。今の僕にはレベルが高過ぎる。でもだからこそ、テトラはやっぱり絶対に諦めないのか。


「必ず俺は行く。例えシスカに望まれてなくてもだ!!」


 テトラの奴はそう言ってこっちに向かって来る。人質作戦は無駄だったから止めた様だ。両手で作り出した球体を胸で合わせて放って来る。そこまで大きい訳じゃない球体。僕はそれをセラ・シルフィングで切り裂いた。
 だけど元から二つだった奴が、一つになって斬られてまた二つになった訳だから、実際分裂しただけみたいで二つになった球体は斬られた場所から素早くこっちに向かって来た。


「んな!?」


 トリッキーな事をやって来たな。僕は咄嗟に上へ飛ぶ。だけど二つの球体はぶつかり合うと爆発せずに再び一つになって真上に飛んだ僕へ向かって飛んで来る。追尾性能でもあるのかこの球体。だけど今更こんなには当たらないけどな!
 僕は背中のウネリを使って空中で移動して球体をかわす。取りあえず一回斬ってだめなら一気に二回斬るのはどうだろうか? 風を使えばそれも出来そうな気がするぞ。様はあの球体は二個を一個にしてるから一回斬っただけじゃ分裂するんだろ? 
 それなら二回斬って四個に分ければ爆発するんじゃなかろうか。ようは元の数以上に斬ればそれ以上は分かれられないんじゃないかと……


「スオウ君後ろ!!」


 そんな分析をしてると響いて来たシルクちゃんの声。僕はその声に従って後ろを振り返る。すると底には靄移動をしたテトラが強引に僕が避けた球体を掴んでた。


「うおおおおおおおおらあ!!」


 そしてそのまま近距離から投げ返して来るテトラ。予想以上に速い出戻りの球体。ホントはもっと大きく回ってこっちに戻って来ると思ってたからな。まさかバットで打ち返すみたいな感じで投げ返して来るとは……でも今の状態ならやれる。イクシード3なのは変わらないけど、風が僕だけの風じゃないからな。
 僕は投げ返された球体を切り返してやった。しかも振るったのはたった一回。これじゃあまた二個に分裂するだけ……と思われそうだけど、実はそうじゃない。僕はエアリーロとの修行でより精密な風のコントロールを身につけてる。
 だから様は一振りで二回斬った訳だ。うん? この文章じゃなんかおかいしな。一振りで二カ所を斬った? の方が良いかな。イクシード3状態では刀身に常に風の刃が一回り大きく展開してる。それによってリーチも伸びるし、風の刃は中距離程度に放てるから背中に回ったウネリの代用にも成ってる。
 切れ味も増してるしね。だけど今回はその刃を別の方法で使った訳だ。放てるんなら、もっと細かい操作だって出来るかも知れない……そして出来た結果、後ろで球体は爆発する。原理は簡単。イクシード3では基本刀身を纏う風の刃で対象を切り裂いてる。だけどその中には実際にセラ・シルフィングの刀身がある。それはリーチが少し違うだけだけど、先に風の刃が対象を斬るから実際はセラ・シルフィングの刀身は当たってない。
 だからそれが当たる様にした。風の刃の角度を変えて、中のセラ・シルフィングをむき出しにしての攻撃。それなら一回の振りで別の場所に傷を付ける事が出来る。これはなかなか使える発見だ。そう難かしい操作でもなかった。
 実際風を切り離しても居ないしね。エアリーロのおかげで風の操作の感覚が少しは身に付いてたのがデカいな。たった数時間程度だったけど……荒療治にはそれなりの効果がある物だ。


「まだだ!!」


 テトラはその拳を握って向かって来る。だけど今の力の底は見えてる。スピードもパワーも今の状態なら僕が勝ってるんだ!! 僕はテトラの攻撃をかわしては奴に剣戟を叩き込む。だけどテトラの奴はそれでも再び靄で近くに移動して来てはその拳を振るうんだ。


(なんで……わざわざ近くに来る?)


 こいつの今の力なら接近戦じゃないだろう。なのになんで? 地面に降り立った僕はテトラに向かって叫ぶよ。


「おい、もう止めろ!!」
「誰が……」


 けどテトラの奴は僕の言葉なんて聞く耳持たずに攻撃をして来る。白かった服がボロボロに汚れてく。乱れた髪は不揃いに切れてた。


「やっと……なんだよ。ようやく道が……開いたんだ。どんな物を犠牲にしたって、幾ら悪と言われ様が……どうだって良いんだ。俺は必ず……アイツにもう一度……会うんだよ!!」


 テトラの鬼気迫る迫力は心にまで響く。邪神だから譲れよ……なんて今はもう言えないな。こいつだって必死だったんだ。今まできっと頑張って来たんだろう。願いの為に魂まで賭けてるのは僕だけじゃない。こいつだって十分全てを賭けてやって来たんだ。
 飄々としてたけどさ、本当はクリエと同じくらいにこの願いに希望を乗せてたんだ。ローレがやりたかった事……今なら本当に良く分かる。どうして……誰かじゃないと行けないんだろう。誰もが願いを叶えられたら良かったのに。てか目の前に居るのは神なんだよな……その疑問に答えてくれるのかも知れない。


「なあテトラ。なんで願いは一つだけしか叶わないんだ? 幸せになるのは一握りの奴だけしかいけないのはなんでなんだよ?」


 神なら、幸せのキャパシティだって決めたんじゃないのか? まあ実際の神は別だけど……こいつの神としての考えはもしかしたらそれは当夜さんの考えとかが反映されてるかも知れない。そんな可能性が一パーセントくらいはあるかも知れない。
 戦闘中に訳の分からない事を聞いて来た僕に対してテトラの奴は僅かに笑って動きを止めた。初めて見たな……こいつが肩で息をぜぇぜぇしてるの。


「俺の無様な格好を見て……言葉を聞いて同情でもしたか? 立場が変わった途端に甘くなるとは余裕だな」


 ほんと、嫌な言い方をする奴だ。まあ大体合ってるけど。邪神だけに同情なんていらないか。謝るか? でもそれもなんだか違う気がするな。


「別に好奇心だよ。全部を救いたい奴が居たから、興味が出ただけだ。それに僕は別にお前の事自体は嫌いじゃない」


 嫌な言い方をするけど、嫌な奴ではないしな。


「それが甘いんだよ。まあローレの奴も大概だがな」


 なんだ分かってるのか。当たり前か、一緒に悪知恵働かせてたしな。


「どうして幸せと不幸があるか……幸福だけじゃダメなのか……貴様はならどう思う?」


 質問を質問で返して来たか。反則だぞそれ。それに何か大きくなってるし。でも僕ならか……昔は良く考えたなそんな事。でもあの頃出した結論は拗くれてるからな~間違ってるとは今でも思わないけど、そう言う考えは封印したんだ。なのでここは一般的な事を言っとくか。


「それは……幸福は不幸があるから実感出来るから……か? 幸せしかない世界は、誰も幸せだと気付かない世界でもある。だって不幸を知らないんだからな」
「ふん、貴様には似合わんん答えだな」


 どういう事だそれ。お前が僕の何を知ってると? するとテトラはこう言うよ。


「お前は俺に良く似てる……そんな気がする。だからこう答えると思ってた。『この世界に幸せなんてそもそも無い』とな」
「っ!」


 驚いた。おいおいまさか脳から過去の記憶でも抜き取ってるんじゃなかろうな? そう思えるレベルの発言だ。


「へえ~随分捻くれた考え方だな。まあ僕は思わないけど……」


 取りあえず下手にごまかした。でもテトラはそんな言葉を無視して続けるよ。


「幸福なんてそもそもが錯覚だ。この世界は不幸に始まり不幸に終わる様に出来てる。その概念は神でも覆す事は出来ないんだよ。終わる事を約束された世界と、限りある命しか持てない入れ物達。
 世界は不幸の中を延々に回ってる。消滅目指してだ。滑稽だろ?」
「確かにな。死から僕達は逃れられない。でも幸福は確かに感じれる物だろ。それに世界が不幸の固まりで出来て終わるって言うのなら、なんでお前も女神もそんな世界を作ったんだよ。
 願う何かがあったからじゃないのかよ。この不幸に覆われた世界で、何かを最初に願ったのは神様であるお前達の筈だ!」


 こいつは知らないが、女神が不幸を背負わせてまで世界を作ったのなら、何かがある筈だろう。不幸だけで終わる世界を神は作るのかよ。


「不幸しか世界には無い。死から誰も逃れる事は出来ない。それは絶対だ。そんな世界に俺達は確かに願った。いや、シスカが願った。『私達が幸せをあげよう』と」
「神が幸せを与える存在だったと? それが今片方居ないから、幸福は全ては叶わない」
「そうしたのはお前達だ。シスカは幸福を与えてた。精一杯優しい時間を与えてた。だが命の短い奴等は欲も深い。死ぬ時には絶望に落ちる。それは感じた幸福が大きいなら尚更だ。幸福だけでも……不幸だけでも世界は成り立たない。
 そして世界は自ら幸福だけを排除してく。優しい時間を争いに代え、光だったシスカに死の克服さえ望む。だがそれは出来ない。その事実は恨みへと変わる。世界はますます不幸に落ちる。この世界からシスカを追い払ったのは俺じゃない。お前達だ。
 世界には不幸しか無い。幸福だと思えるそれはたった一瞬の勘違い。だがそれで良いんだよ。そのった一瞬の勘違いで魂は最後まで輝ける。
 誰かが輝いたのなら、誰かも輝こうと思う。だが……誰もは輝けない。けど……それでも世界は不幸なだけだ。変わりはしないからそれでいい。
 この世界は九十九パーセントの不幸と、一パーセントとの勘違いで出来てる。願いが全部叶わないのは当然だろ。一パーセントしか無いんだからな」


 だからこそ幸せなんてないか。不幸しか無い世界で幸せをくれてた女神を自分達で追い払ったんだから、これで我慢しなきゃ行けないんだな。でも確かに、一パーセントの勘違いでも、人は生きて行けるのかも知れないな。
 まあ流石に少な過ぎると思うけど……本当はもっと小さな勘違いはいっぱいあるだろう。


「じゃあお前的にはローレが言ってた皆の願いが叶う術……ってのは無いんだな?」
「ないな……それにそんな物は……あっても使うべきじゃない。願いが増えればそれだけ絶望も増える。自業自得だがな」
「なら、自業自得で今回もお前は絶望するか?」
「誰がするか……こんな世界……さっさとおさらばだ」


 もういい加減去りたいんだな。てかさっさとシスカと共に居たいんだろう。その気持ちは純粋で奇麗なそれだと思う。だけど……もう無理だよ。


「テトラはさ、この世界が嫌いなのか? 愛想尽かしたのか?」
「ふん、嫌いだな。だが……アイツが愛した世界だ。出来る事はやって来たさ。恨まれ様が憎まれようがな」


 そうだよな。自分達が苦労して作った世界だ。愛着が無い訳ない。それにシスカは居なくても、この世界を好きで居てくれてる様だし……そんな世界をなんだかんだ言って守ってくれてたんだよな。やっぱりこいつは神様だよ。それに邪神なんかじゃない。


「なあテトラ、やっぱり今回は諦めてくれよ」
「あぁ!? そんな事……出来る訳……」


 既にフラフラなのに何を言ってるんだか。本当にお前を倒してエンディングにするぞ。まあそう言うのも分かるけど……


「ここまで……来たんだ! 今更引けるか!! また一人で……どれだけ待てば良いんだよ!!」
「待つ必要なんか無い。それに一人でもこれからは無い」
「何?」


 僕はセラ・シルフィングを鞘に納める。イクシード3も収まって風が静かに散って行く。そんな光景を見て、皆が驚いてるけど、靄は健在だからね。動けない。そして僕はそのままテトラに近づくよ。


「なんの……つもりだスオウ? 馬鹿かお前!!」
「そう思うのなら取れよ。今なら簡単だろ?」


 何かを狙ってると警戒してるのか、テトラはなかなか動かない。だけど本当に僕は何もカウンターとか狙ってないけどね。けどこの状況で武器を納めて装備解除した事が理解出来ないんだろう。まるで異星人でも見てるかの様な表情してるぞ。
 理解が追いつかないと体って動かない物だよな。そして僕は目の前に立つ。


「くっそ!!」


 そう言ったテトラは歯を食い締めて拳を振るう。だけど僕に届いたのは風圧だけだった。優しくそよぐ風のみ。拳は直前で止まってた。


「何……やってるんだよお前は?」
「僕には神様の力は無い。それどころか一人じゃ何も出来ない。こんな僕は、クリエの願いと同時に、お前の願いを叶える事は出来ない。だけど…………この後は、今度はお前の願いを叶える手伝いをさせてくれよ。
 きっと待たなくても良い方法がある。それを僕達と一緒に探そうぜ」


 差し出す手。だけどテトラは動かない。


「そんな方法がある訳が……」
「女神はさ、お前の事やっぱり大好きだと思うんだ。一緒に世界を作って、ずっと一緒にやって来た。だけどこう思ってるかも知れない。自分のせいで、テトラはあの世界を嫌いになったかも--ってさ。
 女神は世界の事もクリエの事もちゃんと愛してくれてた。お前にだってその思い、分かって欲しい筈だ。だって……その……二人は愛し合ってるんだろ?」


 なんて恥ずかしい事を! 顔が沸騰しそうだ!! でもここは我慢我慢。


「女神はさ、お前にもこの世界を好きで居て欲しいと思ってると思う。クリエに力を貸したのも、会いたいけど向こうも我慢するって現れだと思え。なあテトラ、確かに世界は不幸かも知れない。一パーセントの勘違いしかないかも知れない。
 でも僕は教えてもらったんだ。その一パーセントを探し続けのが僕達なんだって。だから僕達は幸福を感じる事が出来るんだ。幸せを見つける事が出来る。だから一緒に探そう。何もしなかったら、何も見つけられないだろ?」


 上を見上げれば暗い宇宙が広がって、下を見れば僕達の世界LROが広がってる。これがお前達の作った世界なんだ。ホントすっげー奇麗じゃないか。砂漠に咲く一輪の花よりも輝いてるぞ。テトラの奴はフラフラと後ずさる。そして小さな瓦礫を踏んで滑った。何やってんだ神だろお前!!


「テトラ!」


 僕は手を伸ばしてテトラの手を掴む。するとその時ニヤリと笑った奴は僕を強引に引き寄せて頭突きを叩き込むやがった。


「がっ……っつぅぅぅ--何すんだ!!」
「ふん、貴様の馬鹿話に頭が痛くなったんだよ」
「ばっ--」


 馬鹿話とは言ってくれるなこの邪神が!! 


「どうしてシスカの思いが貴様に分かる。どこに他の手段がある根拠がある。荒唐無稽過ぎる。無茶苦茶だ。それに何より貴様等と付き合うなんて……ふっざけた話だ!!」
「−−って! お前それ、いつの間に!」


 いや、さっきの頭突きの場面しか無いけどさ。なんか金魂水奪い返された。まさかこれでテトラの願いが願われたら、滑稽にも程がある。二度とログイン出来ない。いや、逆か。二度とリアルに戻れない。いや、既に戻れないけども!! てか何を自分で考えてるかもわかんない。
 パニックになってると、小さな声でテトラがこんな事を言った。


「だからもしもの時は責任は取ってもらうからな」


 え? なんの? そう思った瞬間続けざまにテトラは紡いだ。


「金魂水よ−−−−−−−−」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 伸ばした手は間に合わない。輝きを放ち出した金魂水。その光が視界を遮る。



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