命改変プログラム

ファーストなサイコロ

魂と願いを賭けて

 復活した風の狼煙を上げて、僕は走る。数分掛かった距離を数秒で駆け抜けて鳥居の密集地帯から用意された最後の舞台へと降り立った。沸き立つ風に誰もが僕の存在に気付いただろう。


「スオウ君!」


 真っ先にそんな嬉しそうな声を上げてくれたのはシルクちゃんだ。彼女のおかげで僕は力を取り戻して戻って来る事が出来た。それにシルクちゃんから得た情報は大切だった。アレが無かったら今頃どうなってたか……きっとまだ鳥居の上でウロウロしてただろうな。
 だけど今、僕はここに居る。たった一つだけど、力を取り戻して戻って来た。そして今の僕なら、金魂水に手を伸ばす資格を持った筈だ!
 金魂水の方を見つめる僕は、迷わずにそれに狙いを定める。あれがこの冒険の始まりだった。アルテミナスの争乱から次に始まった冒険はあのアイテムを手にした時から始まったんだ。だからやっぱり終わるときもあのアイテムなんだ。
 僕達は金魂水に振り回されて来た。そしてそれは今もそうで……でも今は、あのアイテムに全てが本当の意味で掛かってる。全ての始まりを促したアイテム金魂水。それが今、全ての終わりを促してる。
 風の様に金魂水へと向かう僕。背中のウネリは推進力をくれて地面を一度蹴る度に、風が僕の体を押してくれる。倒れてる皆の視線がこう言ってた。


「「「「行け!!!」」」」


 その思いを受け取って僅かに頷く僕は金魂水へ手を伸ばす。


「これで!」
「させるかあああああああああああ!!」


 その瞬間近くに黒い球体が落ちた。吹き荒れる力の波動が金魂水を吹き飛ばす。


「ちっ」


 僕は舌打ちして後方を見る。だけど既にそこにテトラの姿は無い。余裕……無くしたか。黒い靄が吹き飛んでる金魂水の落下地点に沸き立ち出してる。僕は奴の姿が現れる前に仕掛ける。セラ・シルフィングの刀身を覆ってる風を振りかぶって放つ風の刃。それを靄に叩き込もうとする。両手あるから計二発。
 本体が現れる前に靄を飛ばせばもしかしたら移動出来ないかも知れない。直撃なんかしなくて良い。様は効果範囲が広くなる風の刃の二次効果を利用するんだ。あの靄、攻撃にはあまり影響されないからな。だけど攻撃判定される物には影響されなくても、その攻撃によって自然と起こる現象には影響されるってパターンがあったりする。
 つまりはそれ狙い。だけどテトラの奴もそう甘く無い。本体よりも先に出て来たのは黒い球体だ。それが風の刃とぶつかって靄に届く前に阻まれた。しかもその後に、不思議な事が目の前で起こり始めた。


「これ……は、マジか?」


 黒い靄が大量に発生してく。バリエーションが少ないからって強引な方法を使って来たな。これじゃあどこから出て来るのか……


(いや、あくまでもアイツの狙いは金魂水の筈だ)


 それなら全く関係ない除外して良い靄もある。それらは無視して……って思ってると、次々と大量の球体がこっちに向かって様々な靄から射出されて来る。近づけさえもさせない気か! だけど僕はそんな大量の黒い球体にビビってスピードを緩めたりしない。寧ろ逆に加速してやる。
 ウネリの回転を速めて、向かい来る大量の球体を置き去りにその網を駆け抜ける。そして金魂水へと向かって飛び上がる。すると一番近くの靄からようやく姿を現すテトラ。


「あの数を全て置き去りか」
「テトラ……今度こそ負けない。願いは叶えてみせる!!」


 僕達は互いにその剣と拳をぶつけ合った。その衝撃で僕達は左右に割れて床を滑る。床での滑りが止まり一呼吸後に同じタイミングで顔を上げる。すると視界に金魂水の瓶が入った。クルクルと回って落ちて行ってる金魂水が互いに重なり……そして甲高い音を立てて地面に落ちる。その瞬間僕達はもう一度動き出す。
 勿論どちらも落ちた金魂水を狙ってる。直線距離もほぼ同じ。だけどスピードでは僕は負けない!! でもそれはテトラだって分かってる。だからこそもう一度、大量に揺らめいてる靄から黒い球体が襲いかかって来る。


「くっ……」


 流石に至る所から一斉に放たれると厄介だ。てか今度は僅かな回り道でもしよう物なら、テトラが直線を進みスピードの差を埋めるだろうから、無理にでもこっちも直進する必要がある。それが問題なんだ。
 ルートを外れて避ける事は出来る。だけどそれじゃあダメなんだ。金魂水は譲れない。だから大量の攻撃を紙一重でかわしてかわせないものはセラ・シルフィングで無理矢理受け流す。でもそれでも間に合わない数だ。僅かだけどダメージは蓄積されてってる。
 このままじゃヤバいのは分かるけど、このペースならほぼ同時。いや、もっと無理すればまだ増される要素はある。


「イクシード、底力を見せてくれ!!」


 僕のそんな思いに応えてくれる様に、イクシードは風を吹かしてくれる。だけどその加速の瞬間、ニヤリと嫌な笑みを浮かべたテトラ。すると次の瞬間、腹に突き刺さる衝撃。何が起こったから分からないまま、僕は上方へ弾き飛ばされる。


(まさか今下から……)


 そうとしか考えられない。確かにやれない事は無いよな。ずっと前や横や後ろとかだったから失念してたけど、全方位って事なら下からだってあり得る。テトラの奴は意図的に僕の意識を外側へ誘導してたんだろう。
 そして僕が仕掛ける時を見計らって、亡失してる下から攻撃を入れて来たと。完全にしてやられたな。奴の方が僕よりも一枚上手だったって事か。神はやっぱり伊達じゃない。焦ってるかとも思ったけどそうでもない様だ。


「くっそ……」


 これじゃあ完全にテトラが早い。しかもご丁寧にまだ追い打ちを掛けて来る気みたいだ。周囲の靄からの攻撃は止まってなんか無い。奴は二つのスキルしか使えないんだからもう少し抵抗出来ると思ったんだけど……そんなに甘くは無いか。二つでも十分桁違いに強い。
 機能を制限されてる筈なのに、全然見劣りしない。僕は取りあえずウネリを使って向かって来てた大量の球体をかわす。だけど直ぐに位置を修正して攻撃が迫って来る。あれはスキルじゃないのか?
 あの球体に備わってるデフォルトの機能なのか? でも追尾性能なんて今まで発揮してなかった筈だけど……もしかしたら靄の方が微妙に射出を調整してるのかも知れないな。だけどそんな分析してる場合じゃない。このままじゃ自分もだけど金魂水が!
 宇宙空間だから自分の風以外に掴む風がないのは痛い……だけどやれるだけ全てをやる必要がある! 僕はセラ・シルフィングの周りを回る恒星に勢いをつける。実際この恒星がどんな役割を持ってるのか……それはイマイチ分かってないのが正直な所なんだけど……だけどこの恒星の回転の勢いは風の勢いとも関係してるとは思う。
 輝きを増す刀身を確認して、僕は左右のセラ・シルフィングを振り出す。放たれるのは幾つもの風の刃だ。ここからじゃ金魂水には届かない。なら自慢の手数で時間を稼ぐ。奴の球体の攻撃を撃ち落とし。テトラの奴にも攻撃を向ける。
 さっき受けてみて分かったけど、どうやらこの球体。大量に出す為に威力を抑えてる。だからこそ、風の刃でも応戦出来る。風の刃は着弾地点で大きく広がる。そのおかげである程度の球体を巻き込める。その間にテトラを狙う! --と、見せかけて実は風の刃を使って再び金魂水を吹き飛ばすんだ。
 取られる位置にあるのなら、取られない位置にやるべきだろ。


「小賢しい事を!」
「こっちの台詞だ!!」


 僕達は互いに転がってく金魂水を追いかける。だけどこの靄からの攻撃のせいでどうしても後手に回る事になる。テトラの奴、たった二つのスキルでも強過ぎるだろ。バランスどうなってるんだ。
 まあ、そもそも一対一を挑む様な相手じゃないって事なんだろうけど……それでもやらなきゃ行けないんだ。ここに居てくれてる仲間が、僕にとって最高の仲間。多くなんか望まなくたって、僕にはこれだけでお腹いっぱい。
 みんな精一杯やってくれた。シルクちゃんが回復魔法を復活させれば、参戦も可能なんだろうけど……僕が辿り着いた答えを彼女に伝える術が無い。後、そんな余裕と時間もね。迫り来る球体をウネリと風の刃で防いで--だけどそれでも間に合わないのが現状。
 即死レベルの攻撃じゃないからと行って、避けずに金魂水を目指すって訳にも行かない。蓄積されれば結局ゼロだ。それをやるのは本当に取られそうになってる時じゃないと……安易に出来る事じゃない。
 それこそさ、しっかりとした回復経路を準備出来れば派手に無茶も出来るんだろうけど……如何せん回復薬にははっきりとした限りがある。


「回復薬か」


 僕は口ずさんで少し考える。このままじゃなんとか紙一重でテトラに金魂水を渡す事は無くても、僕が先ん出れるって事が無い。奴のこの厄介な無尽蔵な攻撃は幾らかわしたって、僕だけを警戒すればいいテトラとは動きに極端な差がでる。
 しかも言ってしまえば半分位に成ってるとはいえ、アイツのHPは膨大だ。その気になれば風の刃の直撃なんて数十発は耐えてみせるだろう。切羽詰まったとしても、その中で出来る事が僕とテトラじゃかなり違うんだ。
 まあそれがアイツの余裕なんだろうけど……僕は相も変わらず迫り続ける球体を去なし弾き防ぎ、かわしながら別方向に視線を向ける。


(みんな僅かだけど外周の方へ移動してる?)


 テトラが僕と金魂水の取り合いを始めてる間に、セラ達は僅かに移動した様に見て取れる。みんなはまだ、これで役目が終わった……なんて思ってない様だ。みんなはきっとまだ鳥居に触れてない。それならどれかに触れさえすればスキルを一つ解放出来る。
 それはとっても魅力的だ。ただ一つのスキルでも、皆にはそれぞれ魅力的なスキルがある。だけど問題はそのダメージ量だ。そのせいでかなりゆっくりしか動けてない。床を這ってる状態。おかげでこの球体の攻撃には巻き込まれてないけど、いつ到達出来るか。


「どうした? 気が散ってるとは余裕だな!」
「っつ!」


 その瞬間、後ろ手に回された手から大盤振る舞い中の球体よりもデカいのが射出された。避ける暇は無い。僕は両手のセラ・シルフィングを使ってその球体を切り裂く。その身に剣戟の光が残り、直後に爆発を起こす。黒い煙を抜けて出ると待ち構えてた様にテトラの姿があった。今のは目隠しか!


「吹き飛べ!!」


 力強い拳が放たれる。その威力はスキルが無くても鳥居をぶっ壊せるだけの物だ。マトモに喰らうなんて出来っこ無い。僕は勿論セラ・シルフィングで防ぐけど、片手だったせいで容易く弾かれた。弾かれた腕に引っ張られる様に体が伸びる。そしてがら空きになった胴体に向かって続けざまに今度はボディーブローを狙って来る。
 限られた回復薬しかない中で何度も攻撃をマトモに喰らうなんて出来ない。僕は背中のウネリを地面にぶつけて、わざと体に不自然な方向から力を加える。


「ふぎっ!?」


 背中がグキッと悲鳴みたいな声を上げた気がしたけど、体が突如紐で操られてる人形みたいに変な動きを取ったおかげでテトラの拳をギリギリ避けれた。自分でも予想の出来ない動きでの回避は、どうやらテトラでも予想出来ない事だったようだ。
 あの状態からかわされた事に多少の驚きが見える。いや、もしかした僕の突如の奇行に驚いてるのかも知れないけど、そんな事はどうでも良いよ。これはある意味チャンスだ。背中の痛みを押しやって僕は意識を反撃に切り替える。
 目の前にはテトラ……この距離は僕の領分だろ! 息を僅かに止めた瞬間に右腕を斜め下から振り上げる。だけどこれは紙一重で後ろに体を引く事でかわされた。流石に良い反応してる。だけど、無理に体を引くのはそれが限界だろう。


「くらっ--え!!」


 僕は左側の剣をテトラめがけて突き刺す。だけど今度は靄を自身から出して僕の目の前から消え去った。でもこのパターンは今までも何度もあった。息を整えて僕は周囲を警戒する。どうやら自身の移動の時は一斉照射の攻撃は出来ない様だ。
 周りに幾つもあった黒い靄が消えてる。これは得難い収穫だろう。視線の少し先には金魂水が見えてる。今の状態なら三秒あれば……だけど下手に動けない。見えないけど視線を感じる気がする。もしかしたら僕に仕掛けるかと思わせておいてテトラも金魂水の方へ--って事もあり得るけど、この距離なら靄から出るまでに追いつける自信がある。
 そしてそれはテトラだってこれまでの戦闘で分かってる筈だ。アイツが認めてるのは僕のスピードだけだからな。過小評価はされてないだろう。すると後ろからこんな声が聞こえた。


「取りに行かないのか?」


 さっきまで考えてた事を見抜かれた。だけどギクリッとするよりも「やっぱり」って僕は思ってた。だからこそ直ぐに体は動き出す。僕はセラ・シルフィングを後方に回しながらこう紡ぐ。


「取りに行くさ! お前を出し抜いてな!!」
「同意見だな」


 感覚がない!? 黒い靄は見えてたのに……そう思ってるとセラ・シルフィングの刀身が後から現れた手に掴まれた。くそ、力は素のままでも異常なテトラだ。ビクともしなくなった。


「焦りすぎたなスオウ」
「お前……」


 確かに完全に予想の範疇だったから素早く反応した。だけどどうやらテトラの奴をそれを予期してた様だ。それに僕のスピードを認めてるからこそのこの対応なのかも。つまりはこいつ、確かに靄から現れた訳だけど、直ぐには出てこなかったって事だ。
 僕は確かに靄の姿を確認して振り抜いた訳だけど、僕が斬ったのは靄だけ……その後に通り過ぎるセラ・シルフィングを奴は掴んだんだ。姿を現すとともにね。靄が見えたからそこに現れる。そう確信させて一杯はめた訳だ。そう言えばこいつ、妙にゆっくり消えたりする時あったよな。そこら辺も自由に融通が利くのか。
 ノウイのミラージュコロイドは結構強制的な部分があったけど、使い勝手が違うみたいだな。


「幾ら速く動けてもこれではどうにも出来ないな」
「それはどうかな?」


 僕はその瞬間掴まれたセラ・シルフィングから手を離す。


「おっ--ぶがっ!!」


 次の瞬間その拳がテトラの顔面に突き刺さる。剣じゃなかったのが口惜しいけど、拳だから入ったんだろう。背中のウネリを使って加速しての一撃だ。幾らただの拳でも吹き飛ぶくらいの威力はある。
 そして吹き飛んでるテトラを追いかけて僕はその腕にもう片方のセラ・シルフィングで攻撃を叩き込む。掴んでた手が広がってセラ・シルフィングが解放される。僕はそのセラ・シルフィングに手を伸ばす。だけどその時背中に衝撃が走る。漏れる空気を飲み込んで後方に視線を向けると、空中に大きく広がる黒い靄が見えた。
 まさかこの広がる範囲全部からあの攻撃が出せるとか? 僕はテトラに視線を向ける。するとその口がつり上がってるのが見えて、ちょんちょんとその手が僕が殴った頬を示してる。


「一発の礼だ。受け取れ」


 次の瞬間一斉に放たれる球体の数々。それはどう考えても一本のセラ・シルフィングでいなせる量じゃない。僕は掴もうと伸ばしてた手を別の行動へと移す。そしてそのもう一本は既に持ってる方の腕で抱え込む様にして奪取。態勢が崩れるけど、贅沢な事は言ってられない。僕は背中のウネリを加速させる。
 だけどそれよりも速く大量の球体は降り注ぐ。激しい衝撃が続き目の前が巻き起こる煙で見えなくなる。だけど僕はそんな中、ガムシャラにウネリを使って前へ進む。その場にいたってHPがなくなるまで攻撃が続くだけだ。それなら無理にでも前へ進む方が正しい選択だろ。


「っづ……」


 煙の中から床に肩を強打しながら出て来る僕。ウネリの制御まで出来なかった結果がこれだよ。だけどなんとか脱出出来たからよしとしよう。僕は取り出しておいた回復薬の一本を口に含む。


「その薬が尽きた時がお前の終わりだな。シルクの奴の選択も今となってはな無駄だ」


 そう言いつつテトラは自身の手のひらに黒い球体を形作ってく。そう言えばシルクちゃんは僕が動き出してからその姿を見てない。少しはあの魔法で支援してくれると助かるんだけど……姿自体が見えないってことは、もしかしたらもう一つスキルを解放しに動いてるのかも知れない。
 それなら文句は言えないかな。こっちも既に手は打った。結構無茶したけど……どうやらテトラは気付いてない。自分の為に残すのはこれが精一杯だったけど、仕方ない。


「無駄なんかじゃないさ。シルクちゃんもノウイも繋げてくれたんだ。無駄なんかじゃ絶対にない!!」


 僕は回復薬の瓶を捨てて剣を構える。役目を終えた瓶は青い光と共に消えて行く。


「繋げたか。だがお前は俺には勝てない。絶対にな」


 その宣言とともに、黒い靄が僕の周りをくまなく囲む。どうやら終わらせる気みたいだな。別に僕にかまわなくたってジリジリとやってけばテトラが結局金魂水を手に入れるだろうに、わざわざ僕を倒してからを選択したのは、いちいち邪魔されるのが面倒になって来たからか? 
 それともここまで付き合った間柄だし、やっぱりきっちりと決着つけたくなったとか。スキルを取り戻したから、その価値が僅かだけど戻ったと判断されたか。どういう理由にしろ、こっちに意識を向けてくれるのはありがたい。
 僕はあくまで金魂水を狙ってるからな。


「スオウ、もうこれまでの様に時間稼ぎなんて出来ないぞ。もう既に俺達だけの戦いだ。決着を付けてやるよ。それか今ならまだ許してやる。引くのなら生かしてやってもいい。お前自身、勝てない事くらいは分かってるだろ? 俺の望みを素直に受け入れろ」


 勝てないか……確かにそれは正しそうだ。てか実感してる。HPの差や耐久性とか、色々と考えても勝てるビジョンはなかなか浮かばない。でも僕の答えは決まってる。そしてそれを分かっててテトラも言ってるんだろう。
 でもそれを言うってことはやっぱり僕に引かせたいのかも知れないな。これが邪神の最後の優しさ……なのかも知れない。


(本当に、神の名の通りに強くて邪の名の程に汚れてない奴だよお前は)


 それでもやると決めたら僕を殺すのに躊躇いなんて無いんだろうけど……けどやっぱり邪神って言う割には優しかった奴だ。それが僕の印象だ。だからそんな優しい邪神には悪いけど、せめてその優しさにだけ答えて笑顔を作ってこう言うよ。


「それは出来ないな。例え僕だけじゃお前に勝てなくても、諦めるなんて選択肢はない。だってお前の言ってる事は正しいけど、事実じゃない。正しい計算式で出した理論が事実とは異なるなんて良くある事だ。
 世界は正しい事からしか結果を生み出さない訳じゃない。きっと何かあるんだよ。正しさを超える何かがさ」
「だから諦めないと」
「ああ……実は僕はそれが何か気付いてるから」


 僕は含んだ様にそう言い切る。するとテトラは切れるでも呆れるでもなく、楽しそうにこう言った。


「なら見せてみろ。俺達の作った世界の選ぶ正しさの向こうの事実をな!!」


 その瞬間、全部の靄から一斉に照射される球体。僕はそれを避ける為に上へ跳ね上がる。だけど直ぐに上にも靄が現れる。僕は風の刃で応戦しながら、ウネリを使って振り切ろうとする。でも今度はテトラもマジなんだろう。奴自身がその靄の中に腕を突っ込んで何かをしてる。
 もしかしてついさっきよりもより複雑で制御されてる様な動きを靄がしてる様に感じるのはテトラが何かしてるからか? 大体の攻撃はある程度離れた靄から発射を制御されて打たれてる感じだけど、より近くに現れるのもある。
 それがとても厄介。テンポを崩すし、避ける事が難しい至近距離に現れたり、しかもかわした筈の球体を吸い込んで吐き出したりもしやがる。流れる血が目にしみる。ダメージが蓄積される。どれだけ動いても離れた所で制御してるテトラには関係ない。冷静にアイツは対処するだけだ。この靄の網を抜け出せない以上、金魂水を直接狙うのは無理っぽい。
 幾ら靄の相手をしたって意味が無い。直接テトラを狙うしか……


「うああああああああああああああああああああああああ!!!」


 風を震わせて最速のスピードでテトラを目指す。だけどその前には靄の壁が出来上がってる。


「お前が言う事実を作りたいのなら……抜けてみろ!!」


 一斉にその靄から攻撃が放たれる。風の刃を放つけど、幾らなんでも追いつかない量だ。だけど僕はスピードを緩めない。直撃する奴だけをセラ・シルフィングで受け流しながらなんとか前をb目指す。


「もう少し……」


 HPがみるみる減ってく。だけどもう気にするのはやめた。これを抜けた時に残ってる事を祈るしか無い。だけど近づく程に受け流すのも難しくなって肉を抉りながら進んでる状態に。風に流れてく血の量が明らかに多くなって行ってる。


「まだ! --っつ」


 その時目の前に暗黒の闇が広がってた。光が一切見えない。テトラの力の量が多すぎて世界から光を奪ったみたいだった。


(終わる……)


 頭にその事が浮かぶ。歯を食い締めて目を閉じる僕。だけどその時一筋の黄金色の光が瞼を閉じた筈の僕の瞳に強烈に届いた。


「これは!!」


 目を開けると眩しい程に突き刺さる黄金色の輝き。これは間違いなく聖典の輝き! だけどいつも以上に輝いて見える。そして更に今度は淡い緑色の鉱石が伸びて来て聖典の輝きがぶつかってる部分に突き刺さる。
 その二つの攻撃が僕に降り注ぐ筈の攻撃を請け負ってくれたうえに僅かな光を覗かせてくれてる。そして今度は大きな大きな咆哮だ。オオカミの叫びが黒い靄を薄くする。消えはしなかったけど十分だ!! 僕はセラ・シルフィングで靄を切り裂いてテトラを捉える。


「一対一? 違うなテトラ。僕達は最初から最後まで繋がってる!!」

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