命改変プログラム

ファーストなサイコロ

暴獣に落ちる

 抉れた水面を駆けて来る黒いフードとローブに身を包んだリルフィン。それは最初からあいつが愛用してる常用スタイル。一目でもうリルフィンだとわかる物だ。何処に潜んでたのかは知らないけど、近くにちゃんと居てくれて良かったよ。メノウはこっちで引きつけてる。あとはお前が決めるだけだ!


「何をする気か知らないけど、今のリルフィンじゃ私は倒せないわよ!!」


 そう言ってローレは水面に向かって落ちながらも魔法をリルフィンに向かって打って来る。周りの水を操って鋭利な棒をいっぱい作ってそれを放ってる。やっぱり普通のスキルも使えるんだな。だけどそれはやっぱりただの魔法。
 しかも詠唱をあまり必要としなかったって事は威力もたかがしれてる攻撃だ。だからリルフィンは避けるなんて動作はしない。見に纏うローブを勢いよく脱いで、そのローブでローレの魔法を受け止める。
 あのローブもただのローブじゃないからな。解りにくいけど、黒い生地に黒い刺繍がされてる。あのローブに苦しめられた事もあったよ。だからあの程度の攻撃は、あのローブ一枚で十分に防げるんだろう。
 実際、水の槍はローブに触れた瞬間にただの水滴になって弾けて行ってる。


「倒せないのは貴方も同じです主!! オルカもメノウも居なくなった今の貴方では、俺の攻撃を防ぐ事も出来ない!!」


そう叫んでローブを捨てたリルフィンは自身の姿を晒しながらローレに迫る。体は人その物。だけど奴の胸からは白銀の毛が生えてて、そしてそれは髪の毛まで連続してる様に見えるんだ。そんな所があるからやっぱり僕達とは違うんだなって思うし、常にあのローブで姿を隠してるわけなんだろう。
 リルフィンのあの白銀の毛を晒した姿はかなり目立つからね。良い意味であの白銀の毛は綺麗だよ。月光にまさに映える。


「ふん、随分と態度がでかく成ってるじゃない。独り立ち出来たって事かしら? だけどそれならその証拠を見せてもらわないとね。その自信がただの口先だったら、帰って来る場所なんてないわよ」
「ご安心を、主の恥になるような無様な姿は見せません。だから主のその身を止める事で、それを証明してみせます!! 」


 二人はそれぞれに動く。ローレは懐に手を入れて数枚のお札を取り出す。それと同時にリルフィンも一枚の特殊な札を取り出してる。そしてそれぞれが同時にその札を握って叫ぶ。


「「解放!!」」


 その瞬間にそれぞれの位置で別の光が輝く。ローレを取り巻く光は怪しく輝く紫でリルフィンの方は青い光が見て取れる。そして二人の周りにはそれぞれ複雑な魔方陣が現れてる。基本お札じゃ複雑な魔法を込める事は出来ない−−とか言ってた訳だけど、あいつらは例外なのかな?
 いや、リルフィンじゃなく、あの変態仙人モブリとローレね。まあもしかしたら二人とも特別だから、特別なりの特別な方法を駆使してるのかもしれない。二人とも、自身で魔法を組めるし、お札も特注製で魔法への精通も段違い。そこら辺が関係してるのかもね。大量量産品とは訳がちがう。
 そしてリルフィンのそんな特別なお札の魔方陣から出て来たのは激しい魔法でも、神々しい魔法でもなく、五体のモブリよりも小さな人形みたいな奴等。
 あれはサン・ジェルクで僕に懐いた激カワの人形ソックリ。てかまんまだ。サン・ジェルクで何を調達したのかと思ったけど、あれだったのか。可愛らしい小人達はリルフィンの頭や肩に乗っかって「みんな揃ってご機嫌です〜〜」とか楽しそうに言ってる。
 そして唐突に二体が肩から飛び降りたと思ったら、水面に漂ってるオルカと僕がボコってたメノウの所に来て、チュっとキスをする。頬を赤らめてる小人。するとオルカとメノウの体が光だして、バキンという音が聞こえたと思ったら……別段二体の召喚獣が消えるとかするわけでも無く、今まで通りそこに変わらずに居る。
 これはどう判断したら良いんだろうか? 成功なのか? そう思ってると、メノウが震える声でこう言った。


『繋がり……消失……契約……解除?』


  そして動揺してる召喚獣達を尻目に、小人達は「契約解除です〜〜」と上機嫌に歌いながら今度はローレの方へ。


『主! ……危険! ……対策を』


 メノウがこんなに動揺するとはね。やっぱり契約の解除はちゃんと出来てる様だ。あとはローレと言う根本を抑えればいける! だけどそう思ってそっち側を見ると、ちょうど二人揃って着水した所で、大きく水が弾けた。
 水でローレの姿が一瞬消える。そしてその瞬間に水から光が二本出て来てそれがオルカとメノウに刺さる。すると二体の体が再び光出した。だけどその輝きは直ぐに消える。


「無駄だよね〜」
「再契約には時間がかかるのです〜」
「少なくとも僕達の効果が切れるまでは無理かと〜」
「諦めて欲しいな〜」
「だけど実は時間が経てば勝手に元に戻るですけどね〜」
「「「なんでも時間が勝手に解決です〜〜〜」」」


 水飛沫も収まって姿が確認できるローレの周りをフワフワと回る小人達が楽しそうに話してる。


「契約の強制解除? 確かに効果的な方法ね。あの変態爺、こんな重要な事一度も言わなかったわよ。帰ったら半殺しにしないといけないわね」


 流石のローレもこの方法には頭を抱えてるみたいだな。契約解除なんて召喚士にとっては最も怖い攻撃だろうしね。まあ本当は擬似だけど。でもあの変態を半殺しか……ご褒美になれないかなそれって? リンチよりも半殺しって言った方が怖く感じるけど、どうせあいつ既に死霊みたいなものだからな。
 完全な変態に目覚めてしまってるし、どう考えても喜ぶ行為の様な。セラの事も相当気に入ってた様だけど、やっぱりNO1はローレみたいな事を言ってたもんな。でも流石ローレ。直ぐにこの方法を提示したのがあの変態とわかるとは。




「解除です〜」
「貴方も解除してあげるです〜」
「ふん、やれるものならやってみなさい。さっきからぐるぐる回るだけで何も出来ない様だけど、それでどうやって解除するのよ?」
「邪魔な障壁の破壊は任せるです」
「力仕事は僕達の任務ではないですしね〜」
「そうですそうです〜」
「時間がないからちゃちゃっとお願いしたいです〜」
「ですです〜〜」


 何をさっきからグルグル回ってるのかと思えば、そういえばローレの周りには魔方陣が球を描いて回ってる。あれは障壁なのか。じゃあつまり、ローレの奴がさっき解放した物はあれって事になるな。今まで見た事もないタイプの障壁……でもあれを破らないとローレを完全に無力化する事は出来ない。
 小人達には攻撃力なんて皆無そうだしな。だからその役目をリルフィンに振ってる訳だ。そしてリルフィンはそれを受け取って、自身の髪の毛に腕を突っ込むと、白く刺々しい突起がついた武器を取り出す。なんて収納に便利な武器だ。


「いきなり力技? お得意の咆哮は良いのかしら? スキルを取り消すのがあれの効果でしょ」
「その対策をあ−−お前がしてないなんて思ってない。だからここは力技で破壊させて貰う」


 立場的に考えて敵なんだから別におかしくはない会話。だけどリルフィンがローレの事を「お前」呼ばわりしたのは、ごく短い期間だけで、基本敵対してても「主」だった。なのに今頃になってお前って……まさか既にリルフィンの契約も解除されてる?
 一番最初にリルフィンにまとわりついてたし、それはおかしくない。だけどそれならローレがあの姿のままってのはどうしてだ? 確かリルフィンとの契約でああ成ったんじゃ? それなら契約が消えたら元のモブリの姿に戻ってもおかしくない筈。
 そう思いながら見てると、リルフィンの武器はローレの障壁にぶつかった瞬間に、ただの髪にほつれていった。


「何!?」
「驚く事じゃないでしょ。あんたのローブは誰が作ったと思ってるのよ。同じ術式を障壁に応用するくらい出来るわ。でもお前って呼べる程に、契約がガタついてるのなら、もしかしたら元の姿に戻れるかもね。そうなれば流石に、ごり押しも出来るかも」
「俺は……」


 リルフィンの奴が動揺してるのが見て取れる。あのバカ、覚悟は出来てるんじゃなかったのか。簡単にローレの揺さぶりにひっかかるなよ。あいつはお前がそれを望んでない事なんて百も承知で言ってるんだ。


「契約解除出来ないですか?」
「この人のはよくわからなくて無理です〜」
「そうだったですか〜」
「だけど術者が解いてくれれば簡単です〜」
「なるほど〜そう言ってくれてるのはありがたいですな」
「ですなですな」


 呑気な小人達はリルフィンの気持ちなど知った由もなくお気楽な発言を繰り返してる。使命を果たせればなんでも良いのかも知れないな。すると遠くの方から、セラのこんな声が聞こえてくる。


「ちょっとリルフィン! さっさとそいつブン殴りなさいよ! 契約にいつまで縛られてる気? そんな物がなくちゃ、あんたは自分の存在証明も出来ないの!! ローレの傍に戻るには契約してないといけないのか!? マジで反発したんなら、本当にローレがあっと驚く様な事をやってやりなさいよ!!」
「−−−−っつ! 知った様な事を!!」


 セラの言葉に挑発されたリルフィンはその手を伸ばして直接ローレを守る障壁を掴む。まさかあいつ、直接押し開く気じゃないだろうな? そんな事が出来るのか?


「うっぐおおお!  俺は結局、この人の傍に居たいんだ!! だからこそ、もっと違う変化を求めた。自分の心をもっとぶつけた。けどな、契約を切る気なんかサラサラない!! だがそれでも役目は果たして見せる。ここで安易に諦めたりはしない!!」


 ローレの障壁を掴むその腕が激しい音と光をだしてる。武器が通じないのなら、あれしかないのかも知れないな。けどそれはリルフィンの武器がそもそも自身の毛を使って出来てたから……だよな。それなら僕のセラ・シルフィングならどうだ? 
 纏ってる風までもほどかせられるのだろうか? いや、悩んでる場合じゃない。あいつを無力化しないと、絶対に厄介なんだ。何がなんでもあの障壁をこじ開けないといけない。僕は動揺してるメノウを放っておいて、リルフィンの加勢に行こうとする。
 するとメノウの奴がその気持ち悪い腕を伸ばして僕を阻んで来る。


『進行……中止』
「おいおい、もう契約は解除された筈だろ? そこまでローレにする義理なんて召喚獣にはないんじゃないのか?」


 実際こういう意味不明な行動はリルフィンだからまだわかった部分がある。でもメノウとか純契約の筈だろ。特殊な経緯のリルフィンとは違ってあくまでも主従関係だった筈なのに、なんでここまでやるんだ? それが理解出来ない。


『義理? ……否……信仰……忠誠』


 信仰に忠誠? そこまでメノウはローレに惚れ込んでるって事か? ほんと、あいつの何処をそこまで気に入れるのか僕には皆目理解出来ない。せいぜい容姿くらいだろ。手放しで褒めれる部分って。だけどどうやら、召喚獣達はローレの人間性に魅力を感じてるっぽいんだよな。認めたくないけど、それがリルフィンだけじゃない事実がここに。


「ん?」
『信……忠……ある……ロー……』


  目の前のメノウの様子がおかしい。いや、いつもなんかおかしな感じの奴だけど、区切り区切りでも発音はしっかりしてたのに、今はなんだか全てがあやふやと言うか……そう思ってると、ついには空に向かって叫びだし、そしてその瞬間、奴自身から周囲にその力の片鱗が漏れ出す。


「っつ!? −−どう  いう  事だ  よ、一体!?」


 思わず距離を取る僕。だけどその途中で何度も一瞬時が止まっては動き出す……そんな瞬間があった。メノウ自身から溢れ出した力が暴れてるみたいな、そんな感じだよ。


「メノウ?」
『ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 夜空にメノウの高い声が響き渡る。そして奴の身体から溢れ出す力が夜空に登って行って、大きな時計の針と数字を空に描く。本当に一体何が起こってる? 予想外過ぎてついていけ−−そう思ってると、今度は後ろの方で大きく水が弾ける。振り返って見るとなんとビックリ。


「オルカ……か?」


 全長は把握出来ないけど、あの身体はきっと間違いない。さっきまで二mくらいの長さだったオルカが、何時の間にかこんな湖じゃ手狭に感じる大きさに成長してた。いや……まさかこれって……思い浮かぶは一つの可能性。
 そしてそれを肯定する言葉をセラの奴が紡ぐ。


「やっぱりこう成っちゃうわよね」
「これは……どういう?」
「わかってるでしょリルフィン。あんた達召喚獣の力は契約時から制限されてる。人が操れる程度にね。だけど今や、その契約は切れてしまった。ならそんな制限もなくなったって事でしょう? 今からは召喚獣達の真の力が発揮されるのよ」


 やっぱりそういう事か。あの変態仙人モブリの奴もヒトシラの説明の時に召喚獣の力は制限されてるとか言ってたからな。契約によって制限された力のリミッターをヒトシラに割り当てる事で、最大のパフォーマンスを発揮させる……けど契約がきれた今は、そんな必要もなくその最大パフォーマンスを発揮し放題って訳だ。
 なんて誤算……いや、こういう大事な事は伝えておけよ! まさにこれだな。どう考えてもまずい雰囲気。メノウは大きさこそ変わってないけど、夜空に描かれたあの時計はなんだかヤバそうだ。そして無視出来ない巨大なオルカ。これがこいつの本来の大きさなのか。泳ぎだすだけで大波が起きるレベルだ。


「スオウ……ちょっとこれどうするのよ?」
「どうするも何も……取り敢えず下手に動かない方が−−って!」


 ドッパアアアアアンと後方から大きな音が聞こえたと思ったら、抉れた水からデッカいオルカの頭が大口開けて迫ってきてた。僕はとっさに風の勢いを増して緊急回避。するとオルカはそのままメノウに大口を開けて迫ってる。
 その様子はまるで一辺の躊躇いも無く食っちゃうぞと言ってる様な……するとメノウはその手を夜空の時計に掲げる。


『時よ……』


 そう紡いだ瞬間、夜空に描かれた時計の針が動き出す。そしてスッとその手を今度はオルカに向ける。すると何かを感じとったのか、オルカは無理矢理首を捻じ曲げて回避に移る。でもメノウの手は僅かだけどオルカに触れる。
 すると一気にその手が触れた場所が色褪せて行く……というか、鮮やかに輝いてた白い鱗がくすんだ色に成ったというか……まるで一瞬で腐ったみたいな。そして同時にオルカの断末魔の叫びが響く。
 でもオルカも同じ召喚獣。ただでやられたりはしない。自身が水に潜り込む際の水飛沫を利用して一本の水の槍を作り出す。それは今まで見た簡素な物じゃない。ちゃんとデザインされた一本の水の槍。それがメノウに飛んで行く。だけどメノウはその槍さえももう一方の手で触れた瞬間に壊してしまう。どういう仕組みだ一体?あれも時魔法なのか?
 だけど次の瞬間、壊した筈の水の槍が水中から出てきて、メノウの片腕を引き千切る。しかもそれだけに留まらずに、千切った腕と共に空に登った槍は水飛沫に戻って大量に広範囲に降り注ぐ。 それは敵味方なんてない攻撃。視界の端に居る僕達もついでに攻撃したって感じだ。


(だけど今のは……確実にローレも巻き込まれてる)


 まさか契約が解除されたから、もう守るべき対象じゃないと……そういう事か? いや、そもそもあいつ等の様子おかしくないか? 召喚獣というよりも、なんだかモンスターじみてる様な? これも契約解除の影響なのか? 
 なんとか耐えたけど、一粒一粒が爆弾並みの威力を持ってるとか反則すぎる。力を抑えられてたってのも納得の威力だ。こんな化け物共を相手になんか出来ないぞ。そんな暇ない。


「全く、力が急激に戻ったから、私の力で用意してる器じゃ無理があるみたいね。暴走しちゃってるわ」
「なら早く止めろ! それがあなた……いや、お前なら出来る筈だ!!」
「ええ〜〜」


 ええ〜じゃねえよ。このままじゃ巻き込まれるんだぞ。暴走してるのなら、どうにかしてやるのが術者だろ。てか今の攻撃で小人達が小さな身体をガタガタさせながら震えてる。可愛いなくそ。なんか和む。


「だけどこのまま消したら私はあんた達に総攻撃をされるわけでしょ? そう成ったら流石にこの障壁だけじゃ心許無いのよね。だから暴れさせてた方が好都合っていうか。私はもう待ってれば良いんだもの。奇跡を願わなければね」


 っつ……そういえばそうだったな。実際既にローレの役目は終わってる。ここまで御膳立てした時点でローレはその役目を完遂してるんだ。最後のこれは自分の可能性を試してる……そんな感じだろ。
 でも今のローレの言葉でわかった事がある。つまりはオルカもメノウもローレの力でここに具現化してるって事だ。元の器のままで力が溢れ出してるから、あいつらは味方同士の区別もつかず暴走してる。
 つまりは中途半端なのがいけないってことだろう。あの小人達に役目を果たさせる事が出来れば、この召喚獣達も消えるかも知れない。それなら!!


「リルフィン絶対にそいつ離すなよ! 僕も加勢する。その障壁を破るぞ!!」
「貴様に言われるまでもなくわかってとるわ!!」


 僕は水を蹴って走り出す。するとその時、水中からブクブクと水が沸き上がって来た。そして一気に大量の水が溢れ出してる、進むどころじゃ無くなる。溢れ出した水は抉れてた部分を完全に埋めてしまった。僕達は平に成った水面に強制的に戻されたよ。
 すると周りからウンディーネ達の断末魔の叫びが聞こえてた。大きくなったオルカに餌と間違われてるのかもしれない。向こうは状況わかってないだろうし、大混乱だろう。取り敢えず僕はもう一度進み出す。
平になったのなら進みやすくていいよ。まあオルカが水上に体の一部を表すだけで大きな波が立つから面倒だけど、進めないわけじゃない。僕は素早くローレを目指す。だけどその時、目の前に片腕をなくしたメノウが現れた。
 敵味方とか関係なく動きだしてる様だけど、メノウの場合はまだ僅かだけど、ローレの事を思う気持ちは残ってる……のかもね。こうやって立ちはだかる様に現れる所をみるとそう思える。そしてメノウは残った腕をこちらに向けて来た。
 そこから広がる色を失った空間。


(ヤバイ!)


 そう思って横に回ってかわそうとする。だけど広がった時魔法は一回止まってその腕の先に濃縮された。そしてそれをこちらに向かって放って来やがった。まさか自身を中心にして広範囲を止めるだけじゃなく、こんな事も出来るのか!? 僕はウネリを加速させてスピードをあげる。
 時間停止に巻き込まれたら逃げ出す術はない。完全に回避しないと! するとその時横から大きな波をあげてオルカが顔を出す。そして口元には大量の水が集まっていってる。あれはちょっと前に見た高圧縮された水。だけどあの大きさだと威力も射程も桁がきっと違う。
 吹き荒れる真っ白な水の線が向かって来る。それは僕の背中の四本のウネリを切り裂いて、更には向かいの岸、そして森までも切り裂いた。直撃だったら、完全に終わってたかもしれない攻撃だ。勢いに流されたけど、態勢を整え直してローレを目指す。切られたウネリは再び風を掴んで復活させた。


(このままじゃ不味すぎるな。早くこいつらを消さないと持たないぞ)


 この戦場がこのままじゃメチャクチャにされる。いや、既にめちゃくちゃだ。そう思ってると、僕に並走してくるメノウが居た。超怖いんですけど!! てかなんで追いつける?  ぶつぶつと『加速……加速』と呟いてるけど、どんな加速してるんだ? 自身の残像が気持ち悪く伸びてるぞ。これも時魔法? そういえば前にも一度だけ僕のスピードに追いついた事があったな。それと同じ力か? でもあれはスピードを挙げてるっていうよりも、僕の思考を完全に読んでの先回りだった様な……いや、今のメノウはあの時のメノウとは段違いに強いと思った方が良いんだよな。常識でなんか測れない。
 僕は並走してるメノウに向かって剣を振るう。だけどそれはミスだった。奴の周囲にはどうやら常に時魔法が張られてる。そしてその範囲に入った攻撃は問答無用で遅延がかけられる様だ。空の時計の針が変な動きを繰り返してるよ。てかあの時計の針……一本や二本どころじゃない。あの数は何をいみしてるんだ?
 それにこっちの動きは鈍るのに、メノウの動きは制限されない。額に伸ばされた指が当たった瞬間に、唱えられる『記憶……傷……復活』の言葉。その瞬間、僕の身体で触れられてもない部分から血が吹き出てきた。そして心臓も激しくその動きを刻んで、途端に弱々しくなる。僕は体の制御を失って、水面に倒れこむ。


「ぶっはぁ……はぁ……ガボっ……」


 ヤバイ一気に意識が朦朧としてくる。まるで今まで受けた傷が一気に開いた様な……口の中に水と血の味が広がる。飲み込めもしないし、吐き出せもしない。水に浸かって身体が重い。身体を支える事も出来ない。風が遠のいて行く。沈む……このままじゃ奈落の深淵に誘われる。
 僕はもう必死にもがくだけの力も奪われてた。過去の傷が開いたのなら、心臓にだって穴が空いてるかもしれない。実際、鼓動も弱々しく感じる。今の僕にはこの粘りつく水を振り払うだけの力がない。握ってたセラ・シルフィングが腕から落ちる。そして先に消えて行くその剣を追う様に僕の身体も水の中に沈んで……く?


「なにやってるっすか? こんな所で終わるんすかあんたは!!」


 繋ぎとめられた手のぬくもり。その先からそんな声が聞こえてた。この声は……ノウイ?

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