命改変プログラム

ファーストなサイコロ

初めの勇者

 部活で忙しい中、疎遠だったLROの友達からメールが届いた、どうやら何やら大規模なイベント? が近々あるらしい。そのメールには後丁寧に音声までつけて、その興奮を伝えてきたんだから、しばらく放置してた自分が興味を持ったとしてもおかしくないだろう。いやはや、自分は他人に流されないクールさを気取ってた筈なんだけど、そいつは結構強引な奴でね。
 強引というか、人の都合を考えないと言うか、まあそういう奴だ。
 そんなかつての仲間にしつこく誘われたから、自分は久方ぶりにリーフィアを頭に被せた。部活終わりの汗をシャワーで流し、まだまだ暑くて食欲もわかないからゼリー飲料を五・六袋を流し込む。これが自分流の腹減り対策だ。LROは一度入ると意図せずに長居してしまう。だからエネルギーをなるべく流しこんどかないと、知らずに栄養失調とか……まあそうそう無いけど絶対にあり得ないとも言えないからね。
 冷房は適度な二十八度で。冷え過ぎず温まり過ぎない快適な温度が望ましい。さて、最後にログアウトしたのはどこだったか? とかそんな事を考えながら、数ヶ月ぶりにこの言葉を口にする。


「ダイブ・オン」


 久方ぶりに入ったLROは別段変わった所は見られなかった。だけど少しは困惑したな。だってまさか、ダンジョンの最深部なんて予想外。過去の自分を恨みたい気分だったよ。だけどこのモンスターのうめき声に、退廃した遺跡の感じ……そして何よりも腰に掛かる剣の重みが懐かしい。無意識に「戻ってきた」そう思った。これはリアルの試合でも感じれない緊張感だ。
 大きく息を吸って吐き出す。そして首を回し、腕を回し、足首を回す。感覚は問題ない。いつも通り、自分自身に思える程に違和感がない。やっぱり凄いなLROはさ。
 身長も体重も座高も腕の長さも全て自分を完璧に模して作ったアバターだ。まあちょっとは身長も変わったかも知れないけど、感覚の違いはほぼ無いな。いや、戦って見るまではまだなんとも言えないけど。取り敢えず自分は進み出す。強敵の巣食うダンジョン内だ。出口につく頃には感覚も戻ってる事だろう。


「おっと早速……」


 足を止めて前を見る。ログアウトした通路から一歩入った広い広間に何やら「グルル」と唸る怪物が居る。体は一つ、だけど三本の尾に三首の頭を持つ所謂ケルベロスとか一般的に呼ばれる感じの獣。全長は五メートルを超える大型クラスで、性格は非常に獰猛。特徴は三つの頭それぞれから別属性の攻撃を仕掛けて来る事だ。
 一人ではちょっと厄介な相手だな。願わくばあの三つの首の内の一つが回復タイプじゃない事を祈る。向こうもこちらに気づいたのか、地響きを響かせて向きをこちらに変える。荒廃したダンジョンだから、奴が一歩を踏みしめる度に天井から埃がパラパラと落ちてくる。もしかしたら崩れるかも知れないな。
 まあそんな事はそうそう成らない様に成ってる筈なんだけど……起きてもおかしくないと、LROは思わせてくれる。


「しょうがない、速攻で倒させて貰おうか」


 生き埋めは嫌だしね。腰の古びた剣に手を掛ける。するとうっすらと光が戻り、剣自体が言葉を発する。


『久方ぶりだな。何をしてた? もう戻って来ないかと思ったぞ』
「ちょっと成績と内申の為に印象を良くする必要があってね。インターハイまで行く必要があったんだよ」


 自分の声に応えるのは静観な男の声だ。どうやら、この剣に宿ってるらしいんだけど、良くはわからない。このLROには他にも同じ様に言葉を発する武器が存在してるらしいね。インテリジェンスなんとかって言ったかな確か。ウエポンだったかデバイスだったか忘れたよ。


『インターハイ?』
「うん、簡単に言えば全国の猛者が集まって頂点を決める大会の事だよ」
『なるほど、勿論優勝をしたんだろうな?」
「いやいや、僕にはそんな実力無いよ。出場でやっとで、二回戦までが限界だ。世の中には凄い奴がいっぱいいるもんだね」
『ふん、どうせ俺の目がないから手を抜いてたか、途中で飽きたんだろう。お前はそういう奴だ』
「それは買い被り過ぎだよ。自分はちゃんと努力した……だけどこれ以上行っちゃいけないと思っただけだよ」
『それはどういう−−っつ!!』


 言葉を発してる剣を鞘ごと腰から抜いて突進して来たモンスターを受け止める。でもちょっとミスったな。受け止めたせいで体にダメージが残ってしまう。こういう大型のモンスターの攻撃は極力避けるか、受け流すが基本だ。受け止められるからって受け止めてると、知らずに体力は削られて体にもガタが来るからな。
 武器だって受け止めるよりは受け流すが方がダメージ少なくて済むしね。


「ごめん痛かった?」
『ふん、目覚めには丁度良い一撃だ。それよりも腕はなまってないだろうな? そっちの方が心配だ』
「そうだね。それは確かに自分も心配だよ。こんな初歩的なミスをしちゃうくらいだし……だけどだからこそ、ここで取り戻して行こうって思ってるんだけど、付き合ってくれるかい?」
『俺のマスターはお前だ。ちゃんと取り戻せるのなら、まだ付き合ってやらん事もない』
「……ありがとう」


 剣は鞘に入れたままで受け止めてたから、自分は鞘から抜くと同時にケルベロスを斬る。だけど向こうも流石に雑魚じゃない。危険を察してか、直前で後方に退いた。LROは野生のモンスター共の異常な感も再現してるからね。厄介だよ本当に。だけどまあ、本当に鋭敏に危険を察せれるのなら、ここで逃げておく事が正解だったよ。本調子じゃないから、そこまで察せれないのならゴメンだ。
 僅かに掠った剣に怒りを覚えたのか、ケルベロスはその口にそれぞれの属性の塊を集めて行く。
 今回はどうやら回復属性を持った頭はいない様だな。好都合。
 自分は鞘を腰に戻して構え直す。しっかりを前を見据えて、三つの首の内の一つが吐き出す炎の球を避けて走り出す。熱気を微かに感じたけど気にせずに突っ込むと、別の首が吐き出した塊が奴の周りに雷撃の雨を周囲に降らせて近づけさせない様にしてくる。


「厄介な事を」
『だがここで止まれば最後の一撃が待ってるぞ』
「そうだね。だから止まらない!!」


 雷撃の発射感覚を見つめる。雷撃が断続的に絶え間なく落ちてる様に見えるけど、それは少しずつタイミングをズラしてるからだ。だから必ず入り込める隙はある。その瞬間を見極める! 


「一」
 

 一歩を踏み出して雷撃が残した跡を踏みつける。だけど既にこの瞬間には近くに次が落ちる一秒前位だ。場所は変わってないから、僅かに放電する電気を確認して−−


「二」


 −−自分の体を捻り、二本の雷撃の間を通る。そしてここで更に頭上から光が迫る。


「三」


 耳をつんざく音。確かに雷撃は今落ちた。だけど一つ手前にだ。全ては計算通り、自分は雷撃の雨を抜け切った。そしてここで握りしめる剣に力を込める。淡く輝く白き輝き。


「スキル『真空斬』!!」


 横に薙ぎ払った剣尖は手前の前足だけじゃなく、その直線上の後脚までも一気に切断する。片足を無くしたケルベロスは一気に態勢を崩し、無くした方の足側に倒れる。大きな地響きと叫びがダンジョンを震わせる。だけどまだ戦いは終わっちゃいない。片側の足を無くした程度じゃまだまだ元気だ。
 寧ろ恨みがましい目を向けてくる位。残してた一頭の塊も直ぐ吐いて反撃して来たしね。どうやら最後の首は氷属性らしい。これで全ての属性は判明したな。離れた自分に向かって、残った足と尻尾を使って、器用に吐いよって来るケルベロス。そのスピードはなかなかに素早い。けど流石に元のスピードには劣る。
 迫って来たケルベロスをジャンプしてかわし、狙いを定めて空中からその尻尾を狙い撃つ。三本の尻尾を一気に切断。ビクンビクンと跳ね回るケルベロス。これで属性攻撃は使えない。どういう訳か、尻尾を切ると使えないみたいだから、大抵は真っ先に尻尾を狙うのがセオリーだ。
 だけど一人じゃすばしっこいままだと厄介だからね。先に足を斬らせて貰った。足と尻尾……それをもがれたケルベロスは闘志だけがむき出しのダルマ状態だ。可哀想だから、後一撃で決めてあげよう。LROのモンスターはHPが膨大だから数発で倒せるなんて雑魚位なんだけど、効率良く弱点とクリティカルを狙えば、数発で仕留める事もできなくはない。まあ今回は上手く行き過ぎだけどね。運が良かった……それに限る。
 掲げた剣から翼が広がる。四枚の大翼は小さな羽を常に周囲に振りまいてる。


「安らかに眠れ」


 振り下ろした剣がケルベロス一体の脳天に落ちると同時に肉が溶けて骨に成り、そして蒸発して消え去る。続け様に自分は残りの二つの首も消し去る。まだ結構HP自体は残ってる。だけど首が無くなった事でケルベロスはオブジェクト化して消えて行く。懐かしい……この勝利の感じ。
 やっぱり死線を超えての勝利は試合とは違う味がする。久方ぶりだからか、身体中が震え出すよ。


「そうだ……この感覚がLROだよね」
『杞憂だったな。お前はやはりお前だ』
「褒め言葉として受け取っておくよ。今日だけのつもりだったんだけど……またハマりそうだ」


 本当に今日だけのつもりだった。だけどずっとどこかで求めてたのかも知れない……この感覚を。いや、忘れられる筈なんてないよ。リアルでは決して体験できないスリルがここにはある。それでもまだ、この時の自分は迷ってた。だっていろいろと考えないといけないと時期だからね。また少しずつ深みにはまって行きそうな自分を必死になって堪えてた。
 

 ダンジョンを出て、昔の仲間と合流していろいろと話を聞いた。今のLROの話はにわかには信じれない事ばかり。たった数ヶ月離れただけでどうやらこの世界は岐路に立ってるらしい。そして懐かしい話に花を咲かせながら、自分達は目的地に向かう。まずは主要都市を結ぶ飛空艇でサン・ジェルクへ。そこから更に徒歩で目的の村を目指した。
 どうやらそこで今日、この世界が変容するかも知れないらしい。自分の感覚じゃついこの間まで戦争してた筈なんだけど、やっぱりLROの時間の進みは早いね。そもそも五種族が共闘って……そう思いながらたどり着いたのは『メイズ』という村だ。大きな湖の側にある小さなモブリの村。
 余りにも小さくて、そうそう立ち寄りもしない場所だった筈なんだけど……まあけど目的があって来る様な場所じゃないってだけで、スキル上げにはお世話になったかな? サン・ジェルク周辺のモンスターよりは強いからね。それに更に驚いたのはメイズについてからだ。


「なんだこれ?」


 クールな自分が思わずそう呟いてしまう位にプレイヤーで溢れてる。右を見ても左を見ても人人人だ! こんなの戦争時位しか見たことないよ。全然この村に収まってない。まさかこれ程までに大袈裟なイベントだったとは……確かに興奮度が違ったけども……流石にこれは予想外だ。


「はは、流石にすげーな。すげーすげー」


 スゲーしか言ってないよこいつ。人を誘っておいてなんでそっちの方が驚いてるんだ?


「いや〜さあ、流石にこれは予想外でさ。でもどうやらどいつもこいつも俺達と同じ様だな。一世一代の瞬間の目撃者に成りたいってのは誰にでもあるんだな」


 別に自分はそんなのないんだけどね。付き合ってるだけ。でも流石にこの光景を見ると、ちょっと気が引き締まるかも。あんまり内容は聞いてなかったけど、さぞ大層な起きる様な感じだ。まあ邪神絡みみたいだし、この世界の根幹に関わるんだろうってのは分かる。
 自分も戦争の後はそこら辺を追ってたしな。だけどクエストの出が悪くなって来たから、少し離れたんだよね。突破口も見えなかったし、それに色々と重なってたしね。


「久々に来て驚いたろ?」


 得意気な顔してそう言って来る友達。確かになんだか色々と進展してるみたいだね。忙しくてLROの掲示板も見てなかったから、素直に驚くよ。


「どうだ? 戻って来たくなったんじゃないか?」


 言われると思ってたセリフを言われた。でも予想してたからこそ、用意してた言葉もある−−んだけど……確かにちょっと、迷って来てる自分が居るよ。でもまだ決定的じゃない。確かにこの空気は良い。別の世界の別の自分を、こうやって生きてけるのは楽しいよ。貴重な体験もいっぱい出来るしね。
 だけどここは自分達のメインには成り得ないんだ。自分達が生きてる世界はあくまでリアル。それを今は身に染みてる最中なんだよ。


「さて、どうかな? 大切な時期なんだよね。今はさ。自分受験生だからね。将来の為には今遊んでると痛い目を見そうじゃないか。ここでの経験なんてそうそう生きないしね」
「確かに、ここで体験する修羅場はリアルとは違うよな。受験か〜なら、無理にとは言えないな〜。俺はどうせ将来には夢も希望もないからこの世界を謳歌するつもりだけど、お前は優秀そうだもんな。仕方ねえか」
「はは、優秀なんてそんな……君だってただの凡人でもないじゃないか」


 ほんと、他人だけを持ち上げるのはやめて欲しい。夢も希望もないとかの発言もちょっとね。


「いやいや、俺のスキルはここだけだよ。でもだからこそ今から起きる事は重要だ。この世界がどうなるか決まるんだからな。滞りに行けば……世界は平和になるらしい」
「それってゲームとしてどうなんだろうね? クリア後の世界を満喫して下さいって事なのかな?」


 LROは今までも普通のゲームの常識が通じないところが多々あったけど、まさかクリア後まであるとはね。実は平和は勝ち取るよりも、維持する事の方が大変とかを第二の戦いにしたいのかな? でもそんなのはリアルだけで十分だと思うんだけど。


 沢山の人混みの中を進んでく。だけどどうやら湖のそばまではいけない様だ。兵隊さん達がロープで区切ってる。随分物々しい警備だ。各種族の代表も揃ってるのならまあ納得だけど、彼等も納得して協力してるんだよね? 流石に邪神と代表達に挑む様な奴なんて居ないと思うんだけど。


「これは万が一を想定しての警備じゃないらしいぞ。来るとわかってるからこそ、どこの国もピリピリとした警備をしてるんだ。これが世界の為なんだからな」
「それは随分と奇特な人も居たものだね。それで君達はどうするんだい? さっきちらほら知ってる顔を見掛けたよ。やっぱり皆、平和になるかどうかは問題視してるってことかな?」


 昔の知り合い達は大抵いつだってダンジョンの奥深くに潜ってレアアイテムの取得やクエストやミッション進行に命を燃やしてる筈なのに、揃いも揃って出て来てるなんて充分異常自体だよ。それだけ平和って言葉が気になるんだろうね。
 なんだかこれまで頑張って来た事が、一気に飛ばされて他人に解決されそうに成ってる的な−−自分は離れてたからそこまで気にしないけど、今まで地道に頑張って来た彼等にはキツイだろうね。


「そりゃあな。だけど介入なんてしない。平和になったらそれまでだし、この世界がこのまま続くのなら、今まで通りにやるだけ。俺達はあくまで見届けに来ただけだ」
「それなら、他の誰かと観れば良いだろうに……」


 変な邪心を植え付けられるのは迷惑だ。大切な時期なんだよ。ほんと、またハマったらどうするんだ。でも考えたら逆に今夜、この世界が平和に寄れば、諦めもつくのかも。やる事、なくなるかもしれないしね。


「そんな事言うなよ。俺達友達だろ!」
「まあ知り合いよりは上位かな?」
「死線を潜り抜けてきた相手に対してドライだな〜。まあ、これは俺の勝手なわがままなんだよ。もう一度戻って来いよって言うな、誘いだよ。今夜の祭りは特別だ。それを見せれば、ドライなお前の心も少しは震えるかも知れないと思ってな。
 実際、面白い奴が居るらしいぞ」
「面白い奴? それを想定しての警備って事かな? でも、この警備の中を潜り抜けて邪神を打ち倒すすなんて無理じゃないかな?」
「自分には出来ても、それ以外には無理だと。流石相変わらずのビックマウスだな」


 誰もそんな事は言ってない。それに自分がビックマウスだった事なんか一度もないっての。変な解釈をする奴がいるせいだろ。自分にだってこんなの無理だよ。邪神はきっと、今まで相手取って来たどんなモンスターよりも強いだろうしね。なんたって神だ……そう思うと腕の先がピリピリと痺れ出す。そんな感覚がある。


「戦ってみたいか?」
「何で?」


 いきなりそんな事を言われて驚いた。そんな大それた事は微塵も口にしていない。


「いや、お前の顔が語ってた。まあ、本当は俺達が真っ先に倒す筈の相手だったからな。そもそもお前は強者とやりたがる所があるだろ」


 どこの戦闘狂だよ。自分は別にそんな事を一度も思った事はない。ただ少しだけ疼くだけ。それに実際、自分達が倒す筈だったって言っても、きっと自分はそこにいなかった筈だよ。だから悔しいとか、そんなのはない。
 ただ少しだけ、どんな相手なのか気になるだけ。


 傾き出した日と共に、空が色を変えて行く。茜色に染まる空。だけどそれはあっという間に沈んで行く。するとついに、湖のほとりに一人の人物があられる。なんだかよくわからない豪華な服に身を包んでる少女。その手に持ってるのは確かバランス崩し……その少女の出現と共に、空気が変わる。


「あれは?」
「たしかリア・レーゼの御子だな。今回の騒動の立役者みたいな物だ」


 あんな小さいのに? でもそう言えば戦争の時もちょびっとみた気がする。その後は知らないけど……夜の帳の始まりに、彼女の金髪の髪が輝いてる。そしてその後ろから、今度はモブリの子供を抱えた黒髪ロンゲの男が現れた。
 あれは雰囲気で分かる。邪神だ。御子は社交的に手なんか振って周りを煽る。だけど邪神はやっぱり邪神らしく周りの事は気にしてない様子。だけど時より、空を見つめては湖の先を見据える様に頭を動かしてる。
 思ったけど、この湖に映る月はおかしいね。なんだか異様に大きい。満月同士だけど、湖に映る方が大きいって明らかにおかしい。でも考えてみたら、これが特徴だった様な……


「俺達も注目してたけど、これの謎は解けなかったからな。話に聞くと、神の世界への架け橋の場所らしいぞ」
「それは大層な」


 だけどふさわしいね。まさに神の最後の地にさ。すると三人は湖に向かって歩き出す。
そして船も使わずに、水上を歩く二人。一人は抱えられてるから論外ね。そして耳には涼やかな旋律が響いて来る。


「歌?」
「これはあれだろ。モブリの子守唄みたいな……確かそんな物の筈だ」


 なるほど。だけどここで口ずさむ意味は? そう思ってると、次第にアカペラだった歌にどこからともなく楽器の音色が乗って行く。ざわめく周囲。無理もない、だって御子達の周りには淡く光る妖精が現れてた。
 自分達もそんなに見たことない希少な存在。しかもそれが結構な数居る。御子達の周りをクルクルとダンスしながら、笛を吹いたりラッパを鳴らしたり、太鼓を叩いたりと、様々な音で御子の歌を飾ってる。
 そして三人は古びた鳥居の前まで来る。するとそこで邪神が前に進み出る。暴れるモブリの子供の手を強引にその鳥居に触れさせた? すると次の瞬間、鳥居が空に向かって光を放つ。何かが起きてる。それは分かる。だけどまだ終わりじゃない様だ。
 御子はその杖で水面を叩く。すると周りを踊ってた妖精達が杖に引き寄せられる様に集まってぶつかって青い玉に変化した。そしてその玉の輝きに反応する様に、モブリの子の胸からネックレスが浮いて出てくる。


「んーんー!」


 と必死に叫んで暴れてるのがここからでもわかる。だけど、そんな抵抗は全然効いてない。そしてその出てきたネックレスを引っこ抜く御子。涙が溢れた様に見えるモブリの子。だけどそんなの気にせずに青い玉にそのネックレスを御子は組み込む。その瞬間、青い玉に螺旋状の魔方陣が走った様な……いや、よくわからないな。
 そして御子は鳥居の中央に移動してその玉を鳥居にくぐらせようとする。するとその瞬間、鳥居の間の空間が波紋を広げる。そしてズブズブとその玉を飲み込んで行き、光の線が鳥居全体に広がり、そして湖にまで伸びた。紡がれたのは湖全体を使う魔方陣?  そして御子は何かを呟きながら、腕を僅かずつ回し出す。するとそれに連動してか、湖に現れた魔方陣の一部が模様を変えて行き、カチッと音がする。
 一つが終わると、また一つとそれは続き、そして全周した瞬間に魔方陣は泡となって消え去って行く。だけどそんな様の干渉に浸ってる暇なんてない位に次々と目の前で状況は進行する。魔方陣が消えた瞬間に、鳥居から空に登ってた光は激しさを増してここら一体を包み込んだ。きっと誰もがその光に目を開けてられなかった筈だ。
 そして次に目を開けると、そこにはまさに、神の国にもいけそうな道が出来てた。鳥居から螺旋状にどこまでも延びる階段が現れてる。数えきれない程の鳥居の数……そして見えない目的地。周りからは沢山の声が響いてる。無理もない。これは興奮せずにはいられないね。
 自分は空に延びる階段から、御子達に視線を戻す。すると満足気な二人と違って、モブリの子が明らかに消耗してるのが見てわかる。この道を表すのに、あの子の力を使ったのだろうか?  用済みにでもなったのか、邪神は抱えてたモブリを捨てる。
 ドブンと音をたてて沈んで行く小さなモブリ。だけど途中でハッとしたのか、ジタバタと最後の力を振り絞って暴れ出す。だけど……誰も助けにいかない。これだけの人が居るのに、誰一人それをしようと動かない。
 するとその時、違う風が頬を撫でた気がした。ここに漂う薄暗い空気とは違う風。上を見ると、雲を突っ切って何かが落ちて来るのが見える。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあ!!」


 叫びと共に落ちてきた誰かは湖を切り裂く。その衝撃であたりには水飛沫と微細な水滴が靄の様にかかる。様子を窺い知る事ができなくなった。


「死なせない……」


 靄の向こうからそんな声が聞こえる。そして姿が次第にハッキリと見え出す。その人物はモブリの子を抱えてる。


「遅くなって悪いクリエ」


 その人物はさも勇者の様に現れた。そしてそんな彼の登場にモブリの子は涙を流してこう紡ぐ。


「信じてた。クリエはきっと来てくれるって信じてたよ!!」


 そんな光景を見て確信する。あれがそうなんだろう。邪神に挑む唯一の不安材料で、あの警備の原因。自分は胸を掴んでその鼓動を抑え込む。はは、すっごいワクワクしてる。見せて欲しい、世界と神に抗うその姿を。
 それ次第で自分のこれからが変わりそうだ。いや、本当はもう、ここまでの光景でLROに自分はがっしりと心を掴まれてる。でも最後の一押しを、きっと彼がしてくれそうな……そんな気がするんだ。

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