命改変プログラム

ファーストなサイコロ

儀式の始まり

 空が茜色に染まってく。まだまだ暖かな風が大量の人の中を抜けて行く中で更に熱気を帯びて、夜に近くなって来た筈なのに、蒸し蒸しとした感じはなくならない。まあそれだけ大量に人がいるってことだ。この小さな湖畔の村に、数えきれない位のプレイヤーが集ってる。
 元々俺達ノンセルス1から引っ張られて来た数だけでも百程は居ただろうけど、ついてみて驚いた。既に地面を埋め尽くす程のプレイヤーが集ってたんだからな。流石に情報の拡散は早い。それに一日空いたから、この世紀の瞬間を見るために沢山の人達が都合をつけれた様だ。
 ようはここに集ってる大半は観光気分なんだよな。自分達にも影響を及ぼす事だけど、自分達は蚊帳の外だとたかを括ってる連中だ。いや、まあ実際にはその通りだけどさ、本当に普通にワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎなのが癪に触るというか……でもスオウ達が万が一にも現れなかったら、ただのお祭りとして終わるのかもしれないよな。
 俺は……実はどっちが良いんだろうか? 色を変えていく空を見つめながら、そんな思いに浸る。


「アギト、どうしたんですか? 怖い顔して」
「アイリ……別に怖い顔なんて」
「してますよ。私にはわかります。私の方がお姉さんですからね」


 またそれか。なんだか最近、妙にそのワードをアイリは使う。年上らしくあろうとしてるのかも知れないけど、こっちは子供扱いされてる様に感じるんだよなそれ。それに都合が悪くなっても「私はお姉さんなんだぞ!」って言うし……いや、まあ可愛いんだけど、どうしてそう押すのか気にはなる。だけど今はそんな所に話題は行かないんだ。


「驚きましたね。こんなに沢山の人達がいるんですもの。やっぱり皆さん気になるんでしょうね」


 そう言ってアイリは茜色の光を受けて、いつもよりも赤々しい色合いに成ってるストロベリーブロンドの髪を揺らす。アイリの髪は時間ごとに色んな色を魅せてくれる不思議な髪だ。見ていて飽きない。


「気に成ってるって言ったって、どいつもこいつも物見遊山な連中だろ。野次馬と変わらない」
「ほら、やっぱり不機嫌。しょうがないですよ。あの人達だって動けるのなら動きたいのかも知れません。だけど、動くなという指示も出てますし、下手に動いて国を滅ぼしたら責任なんて取れませんよ。
 それにこれだけ人数が居るなら尚更です。皆さんがただの野次馬になっちゃうのは仕方ないですよ」
「それは……まあそうなんだけど」


 わかってるさ。誰も動けない事はさ。しょうがない事だ。きっと今もどこかでモンスターの大群が獲物を今か今かと待ってる状態だろ。なんとか邪神が大人しくさせてるが、そのタガを外すのは簡単だ。この中の誰かが一人でも暴走すれば、それをキッカケにその国へは大量のモンスターが牙を向くんだ。
 そんな危ない橋、ただの普通のプレイヤーが渡れる物じゃない。せめて皆でやれば怖くない的な自己暗示が必要だ。でもそれも四・五人じゃ弱いからギルド単位とかでしかないといけないだろう。でもそこにも代表達は手を打ってる。様は誰も邪魔なんて出来ないんだ。
 まあもしかしたら犯罪ギルドの奴等なら……って事も考えられるけど、犯罪者共が邪神に挑むメリットなんて皆目検討もつかない。別に何が手に入るわけでも無いからな。まあそれよりも一部の狂った奴が組織やらグループやらを無視した行動を取る方があるのかもな。だけどそれでも邪神に行くまでに捕らえられる様に、俺達五種族の兵士が湖全体を囲む様に陣を張ってるわけなんだけどな。


「気に成ってる事はまだあるみたいだね。スオウ君のことかな?」
「と言うか、自分の事かもな」
「自分の?」


 首を傾げるアイリ。サラサラと流れる髪が美しい。


「ああ。確かに周りの連中がワイワイガヤガヤな感じは腹が立つんだけど、別にお祭り気分は間違ってないんだよな。良い言い方をすれば歴史の瞬間に立ち会う訳だし、一種のお祭りだ。滞りなく終われば、間違いなくそうなるだろう。
 実際さ、別にこの世界にデメリットなんかないしな。誰もそんなに不安を持ってないのはそのせいだろ。別にこれは世界が終わるかも知れない瀬戸際じゃない。俺達が……というかスオウの奴が来なければ、犠牲は一人で済んで世界は寄り平和に近くなる。
 来なければあいつだって無茶せずに済む。それを思うと、俺はどっちを願ってるんだろうなって思ってさ」


 本当に、本当の本当にスオウの事を案ずるなら、絶対に力尽くで止めるべきなのはスオウの方なのかも知れない。そんな思いが無きにしも非ずなんだよ。来るんだろうけど、もしかしたら来ないでくれるかも知れない……なんてありもしない事を思ってしまう。


「そうですね。実際私もそうですよ。もしもここに現れてくれないのなら、それはそれで良いと、私も思ってます。だってどう考えても無茶……やるしかないですもんね。それに正直、クリエちゃんの事はNPCって事がどこかで引っかかるんですよね。
 スオウ君はそんな事を微塵も気にしないんでしょうけど、NPCは結局ゲーム内部のキャラクターに過ぎません。プレイヤーであったセツリちゃんの為なら仕方ないけど、ゲーム内の命とリアルの命は天秤にかけられないですよね。
 まあもう一人の子の事は別問題として重要ですけど……にわかには信じれなかったりもしますから」
「もう一人の救うべき相手か……確かににわかには信じれないけど、筋は通ってるんだよな。色々と繋がる部分もあるし、確かにこのままなんて悲し過ぎる気はする。あいつが救いたいって気持ちもわかる。あいつはそういう奴だ。
 だけどさ……この状況の攻略法があるか? 改めて見ていくら考えても有効な方法なんて思い浮かばないぞ」


 それが一番の問題だな。何も出来ない俺でさえ絶望を感じるのに、逃げないと決めたあいつは、どれだけの絶望を受け止めるんだよ。この状況にささる光は一つでもあるのか? たとえあったとして、それをあいつが見つけてる可能性はどれだけある?
 無策で突っ込んで来たら、流石に目も当てられないぞ。


「そうですね。湖の周りは私達五種族の代表プラス精鋭達が囲んでます。それを突破出来たとしても、クリエちゃんの前にたちはだかるのは自国で万全な態勢のローレ様に、一度大敗した邪神テトラ……ほぼこの二人には弱点も死角も存在しませんからね。
 実際これだけ揃ってると、誰もが尻尾を巻いて逃げ出すレベルの戦力です。戦いを挑もうと思う時点で普通は止めます」


 まさにその通りだ。これだけの戦力はきっと領土戦争の時の連合以上だ。しかもあの時は俺達は国であった。でもスオウ達は国ですらない個人だ。実際、この周りのプレイヤーはこんな警備を鼻で笑ってるかも知れないな。
 こんな最強軍団に、誰が挑んでいくんだよって……いやいや、それでも俺達はあいつが来ないとは思えないだよ。願ってみるけど、多分来る。それは心のどこかで確信してるんだ。


「だけど俺達は誰も結局あいつを止めなかった。止めれなかった。助ける事も何も出来ず……ただ蹂躙されてくあいつを見てただけ……それでもあいつは来るって思ってる」
「そうですね。情報によると、何やらサン・ジェルクでアイテムを手にした様ですし、きっと彼は来ちゃいますね。私達はその時、結局何が出来るんでしょう? やっぱり何も……出来ないのでしょうか?」


 俺達は二人して沈黙する。いつもはこういう時は必死に話題を探すし盛り上げ様と頑張るんだが……流石にこの時ばかりは何をいえば良いのか……ずっと考えてたんだけどな。けど結局、良い手なんて早々思い浮かばない。すると周りの侍従隊の子達がザワザワとし出してる。
 なんだ? そう思ってそっちを見るとセラが戻ってきた様だ。なんだか昨日は突然偏頭痛が発症したとかでさっさと休んで、今日は今日で起きると何やらやってたんだよな。そしてここに来てからは周りを寄せ付けない様にして色々と動いてる様だし、なんだかちょっと鬼気迫る感じなんだよな。でも実際、俺達にも何も言わないなんて珍しい。いや、まだ俺は分かる。だけどどうやらアイリにまで何も言ってない様なんだよな。
 だから結構アイリも心配してる。なんだか避けられてるみたいに感じててちょっと凹んでるしな。ほんと一人で何をあいつは抱え込んでるんだか。少しは頼ってくれても良いのにな。まあ避けられてたのは俺達だけじゃなく、侍従隊のみんなもそうだったらしく、セラが戻ってきた事で声を出した様だな。
 でも当のセラは険しい表情のままだ。まだ偏頭痛がが続いてるのか? いや、な訳ないか。昨日使った聖典はたったの一機だしな。その程度じゃセラは微動打にしない事はわかってる。じゃあやっぱり俺達と同じなのかもな。この状況……見れば見る程に、考えれば考える程に絶望的だ。あんな厳しい顔を俺達も何時の間にかしててもおかしくない。


「アイリ様、それにアギト様にもお話があります」
「ようやくか」
「うん、待ってたんですよセラ」


 侍従隊の面々を押しのけて俺達の前に来たセラ。その言葉を聞いて、騒いでた侍従隊のみんなも真剣モードに入って静かにする。周りの喧騒はしょうがない。それだけの人が集ってるんだ。それにセラの雰囲気はなんだかそれらを忘れさせそうな位だ。


「すみません勝手をして。大変な時なのに職務を放棄してしまいました」
「良いんですよそんな事は。私達はセラの行動には意味があると思ってます。それに別にここまで何かをやる事なんてないですよ。私達は世界の変容を見届ける証人になるために連れて来られてるだけですからね」


 アイリの言う通りだな。別段やる事なんかなかったし、出来る事も俺達には見出せてない。下手に動くとアルテミナスが総攻撃食らうし、だからと言って自国でもない場所でバランス崩しもなくあの神を相手どって勝てるとは思えない。色々と根回しをするにしても、エルフやモブリは他の種族からも監視されてるみたいな物だしな。
 それに意図的に距離を離されてる感がある。俺達エルフは邪神やローレが居る場所とは向かい側に配置されてるからな。実際、奴らの動向をチェックするのも一苦労だ。しかも左右にはウンディーネと人が配されてるし、どう見ても自由に動けない様にしてるとしか思えない。
 まあそのおかげでモブリとスレイプルは比較的邪神に近いわけだが、やっぱりモブリ側にも人が近い配置だ。どうやら人には監視の役目が与えられてる様だな。問題を起こしそうなエルフとモブリの間だからな。それにスレイプルは孤立する様に俺たちからは遠い。まあ実際、スレイプルは別段暴れそうってわけじゃ無いからな。
 あっちの代表は寧ろローレ達寄りだ。鍛冶屋一人なんて脅威にもなり得ないと判断しての位置づけだろう。ノンセルスで得た仲間がどうなのか……それ次第で鍛冶屋の戦力は変わって来るけど……流石に邪神に気軽に挑んでくれる訳はないよな。期待は出来ない。そもそも負けるイメージしか出来ない戦闘なんて大抵の奴がやりたがる訳ないんだよ。


「セラ、何か考えがあるんじゃないのか? お前の不自然な行動はそういう事だろ?」
「アギト様……それは私を買い被り過ぎですよ。どこにもいけず時間もなかった。これで何が出来ますか? 私はただ自分の心と向き合ってただけです。自分自身と、何を選択するのが一番後悔がないのか……それを考えていたんです」
「結論は出たんですか?」


 セラの言葉に、アイリが静かにそう言った。女同士、何かを感じ取ったのか? 俺にはよく分からないが、アイリは慈悲深い顔してる。そう言う顔してたほうがよっぽどお姉さんらしい。それに……惚れ直すしな。


「はい。アイリ様達はあのバカが来ると思ってますか?」
「来るだろうな」
「はい」
「この状況を見てもですか? 」
「あいつがこれを見て逃げ出す玉か? それなら俺はもう少し安心出来るぞ」
「そうですね。この状況を見ても彼はきっと……来ます。誰もやらなくても、スオウ君ならやっちゃう様な気がしますからね」
「……ですね。私もあいつは来ると思うんです。いいえ、来ると確信してます。二人と同じ様に。どれだけ無謀だって、あのバカはクリエの為に、そしてサナの為に来る。ローレに、神に、挑みに来る。
 私はその時、また何も出来ないなんて嫌なんです。あのバカの事なんかどうでも良いけど、目の前で死なれると目覚めが悪いですからね。本当ですよ」


 そんなに念を押さなくても、スオウが心配だってバレバレだぞ。諦めてスオウが心配だからでいいじゃん。別に特別な感情が入ってるとかはそれでも思わない。だって俺達は仲間だからな。心配するのは当然だ。それで十分だろ。


「うんうん、で自分と話し合って何を決めたの?」


 微笑ましい笑みを浮かべてアイリはそう言う。アイリはローレのこの感情を恋だって期待してるよな絶対。まあそう見えるけど……実際あいつは日鞠の事を……いや、そこは良く俺もわかんないんだけどな。あの二人の関係は特殊過ぎてお互いの気持ちは図り得ない。でもまあ特別って事は周りに筒抜けだからこそ、色々とスオウの奴はやっかまれる訳だ。
 アイリの奴は日鞠とも知り合いな訳だけど、そこら辺は古い付き合いのセラ優先なのな。


「私は……」


 セラはそう紡ぎ拳を握る。そして頭を下げてこう言った。


「アイリ様! 私を侍従長から解任してください!
「セラ……」
「「「セラ様!!」」」


 どよめく侍従隊の面々。「そんな!?」やら「どうしてですか?」という声が飛び交ってる。セラの奴は慕われてるな。まあ元がこいつらはセラに憧れてる所あるもんな。だからこそ侍従隊にいる様なものだ。それなのにセラが辞めるなんて言い出したんじゃ、動揺せずにはいられない。
 だけどアイリは少しわかってたみたいな感じだな。でも、セラがスオウと共に戦うとなると……今の地位は邪魔でしかない……か。だけどそれなら……


「お前が全てを捨ててあいつに付くのなら、俺だってそうする。あいつを見殺しになんか出来るか!」
「それはダメです!」
「ええ!?」


 速攻拒否られた! 結構ショック大きいぞ。でもなんで……戦力は多い方が良いだろ。


「私は肩書きを捨てれますけど、アギト様は実質そんな物、ないじゃないですか。一度出て行ったままの状態です。だけど、誰もが二人の関係はわかってます。世界公認みたいな物です」
「それは……」
「ちょっとセラ……そんな事言っちゃ……」


 全くそんなはずかしい事をサラッというなよ。どう反応して良いか困るだろ。二人して俺達は赤面だよ。


「二人とも可愛いですね。でもアギト様はそう言う風に認識されてるってことです。アギト様が動けばそれはアイリ様も承認したかの様になってしまう。その場合、言い訳は立ちません。だけど私なら、肩書きを捨てればただのエルフです。お二人に責任が問われる事はないでしょう」
「でも! ただのエルフが動いても、アルテミナスは潰される。それはわかってますよねセラ?」


 そうだ。肩書きを捨てる事に意味なんてない。誰であろうと、邪魔をした奴とその種族の末路は同じだ。だけどセラはこういうよ。


「確かに邪神はそう言いましたね。だけどそれでも言い訳くらい出来ます。けど私のこの行動をアイリ様が容認したなんて思われちゃいけない。だから私は肩書きを捨てます。ただのセラとして、動いた事にしてください。独断先行であくまで私が暴走した果ての事と」
「だが、それで邪神が納得するか?」


 するとセラは口元にその品やかな手を持って行って含み笑いを見せる。


「ふふ、確かに納得しないかも知れませんね。自分達の責任は自分達でと言ってましたし……私がただ暴走して、邪神達を邪魔する中、アルテミナスがただ見てるだけじゃダメでしょう。でも、だからこそやっぱりアギト様はアイリの側にいて欲しいんです」
「どういう事だ?」


 おい、セラは何を言おうとしてる? きっとだけど、それは笑って言う様な事じゃないだろうと思う。だけどセラの奴はその顔を崩さずに比較的軽い感じでこう言った。


「だからですね。私を最終的に邪神に殺される訳にはいかないんです。アルテミナスの為に、私の暴走がただの無駄だと判断出来たら、私を殺して下さいアギト様」
「お前……」
「セラ……そんな!」


 僕達二人だけじゃない。動揺してるのは周りの侍従隊の面々も同じだ。それはそうだろう、だっていきなり殺せって……


「そうしないと、私を見逃してたらアルテミナスにも確実に矛先が向きます。あいつの命令一つで全てのモンスターが従うんですよ。アルテミナスは耐えられない。それにちゃんと止めようとしないと、後々に響きます。邪神が消えてもローレも他の代表もいるんですからね。勝手をした奴を放任してるような国だと思われてしまいますよ。
 私はこの国を裏切って暴走をする。それを止めるのがアギト様−−それでワンセットのお願いです。なんの勝機もないから、作戦なんて呼べません。これは私のわがままなんです。
 どうにかこうにかやってみますけど、アルテミナスやアイリ様達にまで迷惑はかけられません。だからダメな時は私はエルフの手によって殺されないといけないんです」


 しっかりと俺達を見つめてそう告げるセラ。その瞳には迷いなんてない。決めてるんだ。そして全部覚悟の上の言葉。黄昏の光が消えて星達の細やかな煌めきが空を彩り出す。すると突如周りの喧騒が静まり出した。訝しんだ俺達は誰もが見つめる彼方を見る。すると僅かに残ってる太陽の光を背にローレがその姿を表してた。豪華に着込んだ和装だな。あいつお得意の裁縫で改造御子服をこの日の為に用意してた様だ。かなりお高そうだよ。


「そろそろ始まるみたいですね。まだスオウ達に動きはない……だけどその動きを確認出来たら、私も動きます。止めても無駄ですよ。だから頼みますねアギト様」


 言葉を幾ら重ねても無駄か。それが分かる。セラも頑固だからな。自分の決めた道を進んでる奴だ。俺と違って逃げ出す事なんかしない。


「どうして俺なんだ? その役目」
「だってアイリには辛いでしょう。それに今はカーテナも役に立たないですしね。周りに疑問を持たせずに私を殺せる技量を持ったエルフはここではアギト様だけです」
「なるほど」


 色々とやっぱり考えてるんだな。感心するよ。自分を殺す相手まで気を使ってるなんてな。これが小芝居じゃない様に見せる為には必要なのか。セラほどの奴がどこぞの誰かにあっさり殺されたんじゃ、そういう段取りだと思われるかもしれないから……そういうことだろう。まあ、根深い知り合いの俺達でも結構微妙だけどな。


「それはしょうがないですよ。涙の一つでも流せばいけるでしょう」


 おいおい、腹黒いな。女の武器は涙かよ。


「勿論アギト様もその時はお願いします」
「そんなポンポン泣けるかよ」
「そうですね。結局本当に殺す・殺される訳でもないですもんね。私はこの世界で死んでも、本当に命をなくすわけじゃない。緊張感が足りないですね」
「それは……」


 言葉に詰まる事をまたサラッと……するとセラは空を仰いでこう続ける。


「でも……だからこそ本当に死ぬかもしれないバカの側に付きます。少しでも本当に死なないようにする為に。だから協力して下さい。お願いします」


 丁寧に頭を下げるセラ。本当はそれは、俺の役目なんだ。俺があいつをここに誘った。それが全ての原因だ。あいつが命をかけなくちゃいけなくなったのも、元を正せば俺のせい。だからその役目は、俺の筈なんだ。なのに……セラにその代わりを任せるしかない。悔しいよ……本当に。


「アギト」


 アイリが名前を呼んでくれる。優しい声で紡いでくれる。それは全部を包んでくれそうな、優しい声。わかってるんだ。これしか方法はない。俺やアイリじゃ、あいつの力になってやる事すら出来ない。俺は歯を食い占めて拳に力を込める。だけどなんとか力を抜いて、頭を下げるセラにこういうよ。


「頭を上げてくれセラ。それをやるのはお前じゃない」
「え?」


 顔を上げたセラと逆に、俺は地面に膝を付く。そして両肩幅に開いた手を地面に押し付けてこう叫ぶ。


「頼む! あいつの力になってくれ! お前の思いは全て受け取ったから、憂いなく全力であいつの力に!」
「……はい」


 頭が痛い。勢いつけ過ぎて地面に額を強打してしまった。でも、これくらいの痛みなんて、これから途方もない相手に戦いを挑む奴らに比べたら蚊に刺された程度だろう。だから、なんて事はない。


「これで良いよなアイリ?」
「ええ、勿論です。頑張って下さいセラ」


 そんなアイリの言葉にセラは一つ頷く。すると侍従隊の面々も同じような事を言い出した。てか「付いて行かせてください!」的な感じの事だ。だけどそれはセラが却下した。だけどまだしつこく言ってる奴が一人。


「自分は絶対にセラ様についていくっす!! 譲れないっす!!」
「だからそれは−−って、なんだノウイか。あんた邪神にする言い訳はあるんでしょうね?」
「余裕っすよ! とりあえず軍を辞めて、フリーランスになるっすね。邪神にはとりあえず『この悪党があああ!!』とだけ叫ぶっす。終始それで押し通すっす」


 いやいやいや、流石に適当過ぎないか? そう思ってたが、どうやら別段セラは気にせずに話を進める。


「万が一の時はどうするのよ? アルテミナスを潰すのは論外よ」
「余裕っすよ! 自分は誰にも勝てないっすから、誰にだって殺されるっす!!」
「あぁ、確かにね」


 ええ? それで納得すんの? 別に誰にも勝てないからって、誰からも殺されるとは限らないよな? 特にノウイはその回避・逃走スキルがズバ抜けてる訳だし……でも、なんだろうか……ノウイならそのくらい適当でも良いのかも知れないと思える不思議。


  すると静かだった周囲が一斉にどよめきだす。どうやらローレが何かを始めた様だ。いよいよ始まる……LROという世界の変容が。人と神の手によって。

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