命改変プログラム
私の出来る事 2
  体に伝わる微細な振動と、外を見れば流れる景色。車内に広がる次の停車駅の案内。昼の中途半端な時間だからか、都内に向かう電車でも人は閑散としてる。まあ混んでるよりは全然良いけどね。気が楽で。流れる外の景色を見つめながら私は物思いにふける。
  一定の感覚で伝わる振動と、流れ行く景色を見てるとボーとしてくるから、考え事に集中出来る気がする。空いてるからってのもあるけどね。後ろの手すりに体重を預けながら、私はスマホを取り出す。
  言っとくけど、通信機能を使う訳じゃないよ。電車の中ではそれはいけない事だからね。私はただ画面を見つめるの。待ち受け画面。お気に入りの画面。高校の入学式の日に強引に校門前でスオウと密着して撮った写真。
  私自身で腕を伸ばして撮ったから、入学式ってわかるのは少しだけ見える『入学式』の看板だけ。でも二人とも慣れてない制服が少し大きくて、恥ずかしがってるスオウがとっても可愛い。
「ふふっ」
 思わずデレちゃうな〜もう。でも言っちゃうとこの頃からまだ数ヶ月しか経ってないんだけどね。まだ私達の制服はちょっと大きい。でもきっと二年生になる頃にはスオウの方はジャストフィットしてるかもだね。私はもう伸びるかどうかわかんないけど、男の子はどんどん大きく成ってくよ。
  なんだか置いてかれてる気分に少しだけなる。別に女の子が子なんだからあんまり身長あっても良い事なんかないんだけど、彼を見上げたり、大きく成ってる背中に気付いたりすると、いつまでこんな時間が続くんだろうって少しだけ考えちゃう。
  成長が止まったみたいな自分と、まだまだ伸びて行きそうな彼とを比較すると、ちょっと差が開いちゃってるのかも……とか。それに最近はこれまでとは比べ物にならない位、一緒にいないしね。口には出さないけど、本当に寂しいんだぞ。
  でも男の子だもんね。独り立ちとか、ワクワクする事に惹かれるのはしょうがない。それが例え危険な事でも……悪いことじゃなくて、危険な事なだけでやってる事はどこかの物語みたいな冒険だもんね。悪いことじゃないなら、私は止めないよ。どうせスオウは止まらないだろうし。
  スオウは自分を冷めてるって評価してるけど、そんな事全然ないよ。ちょっと面倒臭がりなだけだよね。それに自分を出すのが下手って言うか……あと人にはなかなか興味を持たない。あれ? 冷めてるかも。
  いやいや、ただ興味を惹かれる事がなかったってだけだよね。だからLROは久々にスオウの琴線に触れたって感じかな。
(だけど、それに自分が参加出来ないのは不満だよね)
  私はずっと蚊帳の外。正直これじゃあ仲間外れ感が半端ない。秋徒は頼りにはなるけど、最近は愛さんとラブラブしてるから、ちょっと不安なんだよね。しっかりとスオウの事をフォローしてるのか……でも実際蚊帳の外の私が突っ込んで聞くのは違うかな〜っても思ってるしで私の胸の辺りにはモヤモヤが溜まる日々。
  それにスオウの体の事も正直不安で堪らない。いっそもう思い切って取り上げるとかした方がいいのかも知れないけど……私は結局スオウに恋してる乙女だから、彼の気持ちに影響されちゃう。スオウは私の事を誰よりも分かってるし、私もスオウの事を誰よりも理解してる。
  だからお互い分かっちゃうから、 無駄な言葉を紡がなくても私達はお互いを見抜けるよ。その本気を、私は感じ取れる。使命感……そう言うのを持っちゃったスオウは私と同じで止まらないもん。
ううん、ある意味常にそう言うのを求めてる私よりも、時々何かが降ってきたみたいに目覚めるスオウの方が、聞き分け悪かったするもん。
 
  それに今更だしね。止められるタイミングはとっくに逃してる。そして今や、助けなきゃいけない人は一人じゃない。色んな物がスオウには乗っかってる。そこには大人の事情とかもあったりするし、深く成った関わりの糸は残酷だけど簡単には切れなかったりする。それにやっぱりそんな性格でもないしね。
(しょうがないよね)
  私は顔を上げて窓の外を見る。既に幾つか駅を通り過ぎて、大きなビルがいっぱい見えて来てる。約束は既に取り付けてあるけど、大丈夫かな? なんだか結構忙しそうだったんだよね。やっぱり全ての声を隠すなんて事はどうしても出来ないよね。
 人の口に鍵はないんだもん。それにスオウ達から話を聞いた限り、秋徒と愛さんの友達が病院に運ばれるきっかけに成った出来事ではいっぱいのプレイヤーの手を借りたらしいもんね。どうしても噂はきっと飛び交うよ。そしてそれに飛びつきたい輩だって数百万のプレイヤーがいればきっと居る。
  ネット上にはどうやってるのかわからないけど、色んな事を特定したりする事が趣味の様な人だって居るもんね。私達は知らないだけでネットではどこかで常に晒されてたりするかもしれない。まあ実害がなければ気にしないでも良いんだけど……ネットの声も最近は大きく成ってるから。
  今騒がれると、色々とあの人達もきっと不味いんだろうなって思う。テレビで言ってた調査がきっと入るんだろうし、噂も調べられるかも。情報提供とかも求められるかも知れないよ。そうなると隠し通すのはきっと難しいよね。
 でも個人情報はうんとかなんとか言って、拒めるのかな? だけどもしも不適格とLROが判断されたら、サービスは停止でセツリちゃんや秋徒と愛さんの友人もずっとあのまま……きっと後味の悪い結果に成っちゃうよね。
  私もこうなったら助けて欲しいとは思う。心配は尽きないけど、それをずっとしてても身がもたないよ。心配はもう信じる方に切り替えないとね。最悪の未来を想像するよりも、最良の未来を思い描く。それは大事な事だよ。
  まあ実際、運営の佐々木さんとか大人な人達が何を重要視してるかってのは私達とは違うかも知れないけどね。それこそきっと大人な事情だよ。でもだからって「最低」とか思ったりはしません。大人だから保身に走るのは当然だしね。大人だからこそ、それなりの責任って物を背負ってるとも考えてる。
 
 きっと悩んだ末に彼等はスオウの可能性に賭けてくれた。だって実際考えて見れば、とっても不味い事をやり続けてると思うんだよね。摂理ちゃんとお兄さんは稼働前だったから良かったけど、秋徒と愛さんの友人は紛れもなくLROのプレイ中に意識不明……それにそれをやった人達はまだLROの中に居る。
  これから第二・第三の被害者が出てくるかも知れない。そしてもしもそれが世間にバレたら……ハッキリ言って相当不味いと思う。意図的に隠してたんだし、それで稼働を続けて犠牲者を増やして最終的に何も取り返せなかったら、完全に犯罪者の烙印を押されかねない。
  彼等にはあの時に、ここで素直に公表するって選択肢もあったよ。そうしたらきっとサービスは停止だろうけど、犯罪者のレッテルを貼られるまでには糾弾はきっとされない。でも今はもう違う。あれから犠牲者を隠してサービスを続けてる……犠牲者が増えるかも知れない覚悟で。
  スオウとはまさに一蓮托生。必死に頑張って貰わないと困る間柄。だからこそ、私のお使いも難なく受け入れてくれるんだよね。
「今の私に出来る事はこのくらい……じゃない」
  実はもう一つ、スオウに頼まれてるのとは違ったお願いもしてるのです。最初は渋ってたけど、私が「情報拡散させますよ」って脅したら承諾してくれた。勿論自分以外に開示しないのが条件なんだけど、十分だよ。
  私は向こうに行けない分、こっちで出来る事を全力でやるの。生徒会にバイトにと大変だけど、一番大切な物は失いたくないから。出来る事はやらなくちゃね。今までは傍に行く事だけを考えてたけど、きっと今いっても、私の居場所は無いとおもうんだよね。
  今更いったって足でまといにしかきっとならない。いくらスキル性のゲームだからって、スキルを取得するには時間が必要だろうしね。私は完全に出遅れてる。強くなるまで待ってて貰う訳にもいかないもん。
 なら役立たずな自分を隣で晒すよりも、遠くても良いから役に立てる自分でありたい。その思いから、私は無茶を言った。佐々木さん達は受け入れてくれたけど、実際は「女子高生がどうにか出来る物じゃ無い」って言ってた。それはそうだよね。
  だって相手は本物の天才が作り出した世界で始めてのフルダイブゲーム。佐々木さん達だって、LROの表層部分しかシステムはいじれないと言ってた。一緒に開発してたはずで、運営でもある人達がお手上げ状態のシステムを女子高生がどうにか出来る訳は無いと言うのは当然。
  だけどスオウだって、反則みたいな力を持つ敵に挑んでるんだよ。中にいっても何も出来ない私が外からもしもスオウの為にやれる事はこれしかない。時々たまにお使い頼まれる程度じゃ満足なんて出来ないよ。
  祈ってるだけ……なんてのもやっぱり私の性には合わないもん。無茶でもなんでも本物の天才に挑んでみます。
  震える振動と共に、電車が大きな駅で停車する。流石にここまで来ると人はいっぱい。電車から降りてホームに行くと、人が溢れかえってます。喧騒の波を進んで外へ。すると射す様な日差しが再び私の肌を焼こうとします。
 だけど大丈夫、私には苺ちゃんから渡された日傘が……
(なんとなく恥ずかしいな)
  誰も私なんか見てないって分かってるけど、この日傘をさすのは何か躊躇われる。中学生ならギリギリ行けたと思うんだ。だけど高校生はキツイ。他人の目が気になる年頃なのです。
「まあ、もうすぐそこだしね。きっと私の肌は耐えてくれるよ」
  そう言って私は日傘をさす動作を取りやめて、手に持ったまま歩き出す。制服に小さなバックを肩から下げてるだけだから、そこまで傘も邪魔じゃないよ。流石に都心は人が多くて、蒸し変える様な熱気に来て五分で辟易し出しちゃう。なんだか空気が違うよね。
 車から出る排気ガスがそこら中に漂ってるって言うか、ビルが多いから風が上手く通り抜け出来てないんじゃないかな? それに都心が無駄に暑く感じるのは、ビルの照り返しとかあるよね。なんであんな無駄にピカピカさせるかな? 
  壁に蔦でも這わせとけば良いのに。温暖化対策は何処へ行ったのよ。そんな愚痴を漏らしつつ人の波を進むこと数分、私は大きなビルの前に立つ。見上げるのが大変な位のビルだ。よく考えたら直接ここに来るのは初めてかも。
  本当ならこんな大企業に縁なんてないもんね。ちょっと緊張しちゃうな。私は制服の帯を直してエントランスへと向かう。回転ドアをリズムよく通り抜けて自動ドアが開くと、冷んやりとした空気が肌を撫でる。
  たった数分だけど、熱気に晒された肌にはやっぱり気持ちいいね。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
  涼しげな空気に気持ちよく顔を挙げると、そのエントランスの広さにビックリしちゃう。立ち止まってると邪魔そうだから、ゆっくりと歩きながらキョロキョロ辺りを見回す。太陽光を一杯取り込む出入り口の巨大なガラス張りで照明を極力抑えてるのかな? 床や壁もシルバー調だから光が良く反射する感じに成ってるみたい。
  エントランスだけでかなり広いのに、光が奥まで届いてる感じでとっても明るいもん。だけど光源が沢山光ってる訳じゃないし、吹き抜けだから天井から照らされてるわけでもない。やっぱり上手く光を取り込む構造をしてるんだなって思うよ。
  でもこれだけの広さだからね。この冷房の電気代で結局お金使ってるよね。流石に日差しとメタリックなシルバーだけじゃ目に悪いからか、観葉植物も結構置いてある。
「ん?」
  中央位まで歩いて来るとある事に気づいた。これってなんだか床に光が流れてる様な? エコじゃない……それにただの金属とか石でも無いみたい。よく見ると、色んな人の足跡が僅かに光ってる。一体どんな意図が? 光る床の利便性ってなんだろうって考えてると、大きな光の輪が床に現れて、このビルの案内板を出してくれた。
  なるほど、よく見ると柱とかが手頃な所にないもんね。普通に案内板がありそうな所にないと思ったら、床に情報を表示する仕組みなんだ。流石に大きな企業は会社からしておしゃれだね。感動しちゃうよ。
  でもこの映像は止まってくれないからある意味不便な様な気もしなくも無い。こっちで操作出来たら……とか思うけど、一杯居る中の誰もが操作権を持ってたら大変だよね。どれを優先すれば良いのかわからなくなりそう。そもそも初めて訪れた人には操作とか無理だろうしね。
  だからやっぱりただ流すだけ……それで良いのかも。案外案内図は長く表示されてくれてたし、その周りにはそれぞれの階への行き方が映像と共に案内されてた。これだけ大きいビルなら、エレベーターとかも止まる階とそうでない階があったりするもんね。
  ここを支点にした映像での案内は親切だよね。どのエレベーターがどの階か一発でわかるもん。案内図は平面だからね。わからない人はわかんなかったりしちゃう。物珍しい物に、私はちょっと目を奪われちゃうよ。
(これを私の部屋に設置出来たら、床一面にスオウを表示出来ちゃうよね……いや、床よりもいっそ天井に設置すれば寝る時も一面スオウに包まれるって事に……くふふ)
 夢の様な装置じゃない! 全然画像も映像も荒くなしし、これは凄いよ。きっともっと色々と表示出来るはずだよね。これを部屋に実装出来れば、私のこれまで集めて来た膨大なスオウデータを夢の様な形で表示出来る! 一体幾らかな? どうせだからこれの事も聞いてみよう。
  でもきっと一般には売ってなさそうだよね。そもそも一般販売してたとしても、バイトでどうにか出来る金額とは思えない。私は小さなくため息ついて前へ進む。自分の足跡が光って消えて行くのが、なんだか虚しいよ。
「あの、すみません」
「はい、御用はなんでしょうか?」
  シルバーの周りに対して見やすい木をイメージしてる様な木目調のカウンターに鎮座する受付嬢のお姉さん三人の内の一人に声を掛ける。優しく微笑んでこちらを向いてくれたお姉さんはまさに大人な女の色気を振りまいてる様に見える。
  なんだろう……大企業って凄いってここでも思ってしまった。これどう考えても美人を採用してるとしか思えない。だって他のお二人も美人だもん。やっぱり受付嬢は顔でもあるもんね。大切な事なのかも。
  まあ企業の内情とか考えに来たんじゃないか。私は目の前のお姉さんにアポある事を伝えて佐々木さんに連絡繋げて貰う。
「少々お待ちください」
  制服を着た女子高生の私は明らかに年下だってわかるのに、受付嬢のお姉さんは敬意を払った様に丁寧に接してくれる。流石プロは違うね。レベル高い。だけど……なんだかずいぶん長くプルプル鳴ってる様な……流石に受付嬢のお姉さんもこっちに申し訳なさそうな視線を向けて来る。
(いえいえ全然大丈夫です。そんな視線を向けないでください。こっちもなんだか気まずくなっちゃいますから)
 そんな思いを言葉には出さずに、私はニッコリ笑顔を返す。だけどそれから三分位鳴らし続けても一向に誰も出そうになかった。
「誰もいないんですかね?」
「いえ、そんな筈は有りませんけど……」
  受付嬢のお姉さんは確信持てない感じでそう言った。でも確かに誰も居ない……なんて筈はないよね。その部署の全員が出払ってるなんて有り得ない。でも実際に誰も電話に出てくれないし……私は試しにこう言ってみます。
「アポはとってるし、入っちゃうのはダメですか? 確かめてきますよ」
「それはちょっと……確認出来ないのに居れる事は……」
  お姉さんは困った表情になる。でもそうですよね。ここには色々と企業秘密みたいな物もあるだろうし、外部の人を簡単に居れる事は出来ないんだろう。最近は本当に超小型のカメラとかあるもんね。
(うんうん。怖い時代だよ)
  でもこのままじゃ……一応このあとに約束もあるし、そこまで悠長にやってる訳にもいかないのよね。だけどここでアイテムを手に入れないと会う意味もない様な……二人をあの世界に誘うには絶対に必要だし、手に入れないわけには。
「少しゴタゴタしてましたから、気づいてないのかも知れません。こうなったら三本フルに使ってみましょう。どれかに誰かが出たら繋げて貰えば良いのですから」
「お、お願いします!」
  忙しい……様には見えないけど、いつ誰が来るかわからないのに、三人で協力してくれるなんてありがたい事だよ。受付嬢のお姉さん方は受話器を取って一斉に掛けてくれる。三つの電話が同時に鳴ってるのに、誰も出ない気付かないなんて絶対に無い。
  だけど予想に反して十秒経っても二十秒経っても電話はなりっ放し。周りの足音がもうダメだって言ってる様に聞こえてくる。そんな訳ないんだけど、これは流石に意図的に無視してるとしか……それってつまり、私は避けられてる? 
  ううん、それは無いでしょう。だって佐々木さんのデスクにだけ掛けて貰ってる訳じゃない。今は同一部署の三本の電話が鳴ってる状態の筈だもん。佐々木さんがもし例え仮に、私を避けてたとしても、残りの二つには誰かがでて然るべきでしょう。
  流石にずっと私一人にかかわらせておく事は出来ないよ。いつ誰かがここに尋ねて来るかわからないんだし、最低でも一人は開放してあげないと。そう思ってると耳にプルルという音以外の声が聞こえて来た?
「もしもし……ら、LR……体制……署の鈴……ですが」
  受話器から漏れて来る音を辛うじて拾って聞き取った感じだと、ちゃんと繋がってるみたいだ。私から一番遠いお姉さんはコクッと頷いてくれた。これで私も他の二人の受付嬢の方も安堵の息を漏らしたよ。本当に良かった良かった。その後お姉さんは幾つかやり取りをしたあとに、受話器を本体に戻す。
  そしてOKの表示をしてくれた。
「ではここにお名前を書いてください。後このパスを首から下げて三番エレベーターからお上がりください、その後に−−」
「はい、ありがとうございます。お手数お掛けしました」
  私は名前を書く前にそう言ってお辞儀する説明も丁寧だった受付嬢のお姉さん方は微笑ましく笑ってくれた。名前を書いて、パスを受け取って首から下げる。
「パスはお帰りの際に返却くださいね」
「わかりました。ではではお仕事頑張ってください」
  そう言って手を振りながら私は三番エレベーターへ向かう。映像で見てたから直ぐに分かったよ。受付から後ろの階段を上がり、二階へ。そこに沢山エレベーターがある。でもその前に関門のセキュリティ! でも大丈夫、その為のパスなのです。電車の改札みたいに、翳すと仕切りが開く。三番エレベーターを探し当てて、教えて貰った階へ。
  特に振動もなく物の数秒でついたけど、まだ到着じゃない。どうやらこのビル、内部のエレベーターと外側のエレベーターでも階層が別れてるみたいです。だから今度は外側のエレベーターで更に上へ。
  都内を見下ろせるとか流石大企業。結構上の階で止まると扉の向こうにはこの立派な会社には似つかわしくない髭が伸びっ放しで、シャツもボロボロのおじさんが立ってた。ビックリしたけど、よく見たら佐々木さんだね。
「やあ、ごめんよ。ちょっと今色々と大変でね」
「電話に出てくれないからヒヤヒヤしましたよ」
「ははは、面目ない」
  なんだろう……ずいぶん疲れてみたい。まあそれは見た目で十分わかるけど、でも今までも大変そうだったけど、流石にこんな状態は初めて見た。なんだか嫌な予感がしちゃうな。
「あの……」
「ああ、ちゃんと用意してるよ。特別使用のリーフィアを二台ね。だけどタイミングはこちらでは測れないからね」
「ああ、えっとそこはスオウがきっとなんとか教えてくれる筈です」
「それなら、いいんだがね」
  廊下を進んで佐々木さんが電子ロックを解除する。両側に開く扉の向こうは誰もが慌ただしく動いてた。なんだか随分とイメージと違う職場です。もっとデスクワークは静かな物かと思ってたんだけど……戦場だねこれは。
  イベント前の生徒会も大体こんな感じだけど、何か大きなイベントでもやるのかな? だけどなんだろう……楽しい事をやってる時の感じとはちょっと違う感じ。皆さんピリピリしてる様な……
「いや、すまないね。ちょっと立て込んでて。気にしないでくれ。リーフィアと、例のデータを持って来るよ」
 そう言って佐々木さんがフラフラと奥へ行く。電話の音が聞こえなかった訳がわかる状況。どうやら常に携帯や固定電話が鳴り響いてて、皿にはFAXもガーガー言って紙を吐き出してる。そしてそれを回収する人もいないから床に溢れてて、でも机には既に色んなファイルが一杯。ゴミ箱は栄養ドリンクの空き缶で溢れかえってる。
  きっと誰もがニ・三日以上は徹夜してそうだった。本当に何が……私は紙を踏まない様にちょっとだけ部屋の中に行ってみる。キョロキョロと見回して手近なテーブルのファイルに手を伸ばす。だけど持ち上げた瞬間、ちゃんと閉じられてなかったのか、一斉に中身がばら撒かれる。私は一人で「あわわ」って狼狽える。
  だけどどうやら、気づかれてないみたいだ。皆さん自分の役割で一杯一杯なんだね。良かった。私はファイルから落ちた紙を拾い集め様としゃがむ。そして集めて行く内にこのファイルに何が閉じてあったのかわかった。
 
(これってプレイヤーの個人情報?)
 多分そうだ。顔写真やデータ、それにLROでのアバターの姿も乗ってる。でもその中には不可解に赤いマジックでバッテンが付けられた物があって、更にその中には判子が押してある物とそうでない物がある。判子が押してあるのは病院の名前と受け入れ◯ってある。
(これって……まさか!?)
  私の頭にすごく怖い想像がよぎる。その時後ろの方で誰かがこんな事を叫んだ。
「まただ! また意識不明者が出ました!!  意識レベルゼロ信号がマザーから発信されてます!」
「くっそ、至急信号を解析してプレイヤーを割り出せ!! 迅速に動けよ。近くの病院に連絡して救急搬送の要請を」
「口封じはどうするんだよ!?」
「上に掛け合って金を掻き集めろ!!」
「これ以上は無理ですよ! どうあったって抑えられる人数じゃない!!」
  飛び交う現実味の無い言葉。だけど妙に納得出来た。私のこの手にある資料と印の意味……全て理解した。どうやらLROは私が思ってた以上に危険な状態にまで落ちてる様だ。既に一人・二人なんて状況じゃ全然ない!!
  一定の感覚で伝わる振動と、流れ行く景色を見てるとボーとしてくるから、考え事に集中出来る気がする。空いてるからってのもあるけどね。後ろの手すりに体重を預けながら、私はスマホを取り出す。
  言っとくけど、通信機能を使う訳じゃないよ。電車の中ではそれはいけない事だからね。私はただ画面を見つめるの。待ち受け画面。お気に入りの画面。高校の入学式の日に強引に校門前でスオウと密着して撮った写真。
  私自身で腕を伸ばして撮ったから、入学式ってわかるのは少しだけ見える『入学式』の看板だけ。でも二人とも慣れてない制服が少し大きくて、恥ずかしがってるスオウがとっても可愛い。
「ふふっ」
 思わずデレちゃうな〜もう。でも言っちゃうとこの頃からまだ数ヶ月しか経ってないんだけどね。まだ私達の制服はちょっと大きい。でもきっと二年生になる頃にはスオウの方はジャストフィットしてるかもだね。私はもう伸びるかどうかわかんないけど、男の子はどんどん大きく成ってくよ。
  なんだか置いてかれてる気分に少しだけなる。別に女の子が子なんだからあんまり身長あっても良い事なんかないんだけど、彼を見上げたり、大きく成ってる背中に気付いたりすると、いつまでこんな時間が続くんだろうって少しだけ考えちゃう。
  成長が止まったみたいな自分と、まだまだ伸びて行きそうな彼とを比較すると、ちょっと差が開いちゃってるのかも……とか。それに最近はこれまでとは比べ物にならない位、一緒にいないしね。口には出さないけど、本当に寂しいんだぞ。
  でも男の子だもんね。独り立ちとか、ワクワクする事に惹かれるのはしょうがない。それが例え危険な事でも……悪いことじゃなくて、危険な事なだけでやってる事はどこかの物語みたいな冒険だもんね。悪いことじゃないなら、私は止めないよ。どうせスオウは止まらないだろうし。
  スオウは自分を冷めてるって評価してるけど、そんな事全然ないよ。ちょっと面倒臭がりなだけだよね。それに自分を出すのが下手って言うか……あと人にはなかなか興味を持たない。あれ? 冷めてるかも。
  いやいや、ただ興味を惹かれる事がなかったってだけだよね。だからLROは久々にスオウの琴線に触れたって感じかな。
(だけど、それに自分が参加出来ないのは不満だよね)
  私はずっと蚊帳の外。正直これじゃあ仲間外れ感が半端ない。秋徒は頼りにはなるけど、最近は愛さんとラブラブしてるから、ちょっと不安なんだよね。しっかりとスオウの事をフォローしてるのか……でも実際蚊帳の外の私が突っ込んで聞くのは違うかな〜っても思ってるしで私の胸の辺りにはモヤモヤが溜まる日々。
  それにスオウの体の事も正直不安で堪らない。いっそもう思い切って取り上げるとかした方がいいのかも知れないけど……私は結局スオウに恋してる乙女だから、彼の気持ちに影響されちゃう。スオウは私の事を誰よりも分かってるし、私もスオウの事を誰よりも理解してる。
  だからお互い分かっちゃうから、 無駄な言葉を紡がなくても私達はお互いを見抜けるよ。その本気を、私は感じ取れる。使命感……そう言うのを持っちゃったスオウは私と同じで止まらないもん。
ううん、ある意味常にそう言うのを求めてる私よりも、時々何かが降ってきたみたいに目覚めるスオウの方が、聞き分け悪かったするもん。
 
  それに今更だしね。止められるタイミングはとっくに逃してる。そして今や、助けなきゃいけない人は一人じゃない。色んな物がスオウには乗っかってる。そこには大人の事情とかもあったりするし、深く成った関わりの糸は残酷だけど簡単には切れなかったりする。それにやっぱりそんな性格でもないしね。
(しょうがないよね)
  私は顔を上げて窓の外を見る。既に幾つか駅を通り過ぎて、大きなビルがいっぱい見えて来てる。約束は既に取り付けてあるけど、大丈夫かな? なんだか結構忙しそうだったんだよね。やっぱり全ての声を隠すなんて事はどうしても出来ないよね。
 人の口に鍵はないんだもん。それにスオウ達から話を聞いた限り、秋徒と愛さんの友達が病院に運ばれるきっかけに成った出来事ではいっぱいのプレイヤーの手を借りたらしいもんね。どうしても噂はきっと飛び交うよ。そしてそれに飛びつきたい輩だって数百万のプレイヤーがいればきっと居る。
  ネット上にはどうやってるのかわからないけど、色んな事を特定したりする事が趣味の様な人だって居るもんね。私達は知らないだけでネットではどこかで常に晒されてたりするかもしれない。まあ実害がなければ気にしないでも良いんだけど……ネットの声も最近は大きく成ってるから。
  今騒がれると、色々とあの人達もきっと不味いんだろうなって思う。テレビで言ってた調査がきっと入るんだろうし、噂も調べられるかも。情報提供とかも求められるかも知れないよ。そうなると隠し通すのはきっと難しいよね。
 でも個人情報はうんとかなんとか言って、拒めるのかな? だけどもしも不適格とLROが判断されたら、サービスは停止でセツリちゃんや秋徒と愛さんの友人もずっとあのまま……きっと後味の悪い結果に成っちゃうよね。
  私もこうなったら助けて欲しいとは思う。心配は尽きないけど、それをずっとしてても身がもたないよ。心配はもう信じる方に切り替えないとね。最悪の未来を想像するよりも、最良の未来を思い描く。それは大事な事だよ。
  まあ実際、運営の佐々木さんとか大人な人達が何を重要視してるかってのは私達とは違うかも知れないけどね。それこそきっと大人な事情だよ。でもだからって「最低」とか思ったりはしません。大人だから保身に走るのは当然だしね。大人だからこそ、それなりの責任って物を背負ってるとも考えてる。
 
 きっと悩んだ末に彼等はスオウの可能性に賭けてくれた。だって実際考えて見れば、とっても不味い事をやり続けてると思うんだよね。摂理ちゃんとお兄さんは稼働前だったから良かったけど、秋徒と愛さんの友人は紛れもなくLROのプレイ中に意識不明……それにそれをやった人達はまだLROの中に居る。
  これから第二・第三の被害者が出てくるかも知れない。そしてもしもそれが世間にバレたら……ハッキリ言って相当不味いと思う。意図的に隠してたんだし、それで稼働を続けて犠牲者を増やして最終的に何も取り返せなかったら、完全に犯罪者の烙印を押されかねない。
  彼等にはあの時に、ここで素直に公表するって選択肢もあったよ。そうしたらきっとサービスは停止だろうけど、犯罪者のレッテルを貼られるまでには糾弾はきっとされない。でも今はもう違う。あれから犠牲者を隠してサービスを続けてる……犠牲者が増えるかも知れない覚悟で。
  スオウとはまさに一蓮托生。必死に頑張って貰わないと困る間柄。だからこそ、私のお使いも難なく受け入れてくれるんだよね。
「今の私に出来る事はこのくらい……じゃない」
  実はもう一つ、スオウに頼まれてるのとは違ったお願いもしてるのです。最初は渋ってたけど、私が「情報拡散させますよ」って脅したら承諾してくれた。勿論自分以外に開示しないのが条件なんだけど、十分だよ。
  私は向こうに行けない分、こっちで出来る事を全力でやるの。生徒会にバイトにと大変だけど、一番大切な物は失いたくないから。出来る事はやらなくちゃね。今までは傍に行く事だけを考えてたけど、きっと今いっても、私の居場所は無いとおもうんだよね。
  今更いったって足でまといにしかきっとならない。いくらスキル性のゲームだからって、スキルを取得するには時間が必要だろうしね。私は完全に出遅れてる。強くなるまで待ってて貰う訳にもいかないもん。
 なら役立たずな自分を隣で晒すよりも、遠くても良いから役に立てる自分でありたい。その思いから、私は無茶を言った。佐々木さん達は受け入れてくれたけど、実際は「女子高生がどうにか出来る物じゃ無い」って言ってた。それはそうだよね。
  だって相手は本物の天才が作り出した世界で始めてのフルダイブゲーム。佐々木さん達だって、LROの表層部分しかシステムはいじれないと言ってた。一緒に開発してたはずで、運営でもある人達がお手上げ状態のシステムを女子高生がどうにか出来る訳は無いと言うのは当然。
  だけどスオウだって、反則みたいな力を持つ敵に挑んでるんだよ。中にいっても何も出来ない私が外からもしもスオウの為にやれる事はこれしかない。時々たまにお使い頼まれる程度じゃ満足なんて出来ないよ。
  祈ってるだけ……なんてのもやっぱり私の性には合わないもん。無茶でもなんでも本物の天才に挑んでみます。
  震える振動と共に、電車が大きな駅で停車する。流石にここまで来ると人はいっぱい。電車から降りてホームに行くと、人が溢れかえってます。喧騒の波を進んで外へ。すると射す様な日差しが再び私の肌を焼こうとします。
 だけど大丈夫、私には苺ちゃんから渡された日傘が……
(なんとなく恥ずかしいな)
  誰も私なんか見てないって分かってるけど、この日傘をさすのは何か躊躇われる。中学生ならギリギリ行けたと思うんだ。だけど高校生はキツイ。他人の目が気になる年頃なのです。
「まあ、もうすぐそこだしね。きっと私の肌は耐えてくれるよ」
  そう言って私は日傘をさす動作を取りやめて、手に持ったまま歩き出す。制服に小さなバックを肩から下げてるだけだから、そこまで傘も邪魔じゃないよ。流石に都心は人が多くて、蒸し変える様な熱気に来て五分で辟易し出しちゃう。なんだか空気が違うよね。
 車から出る排気ガスがそこら中に漂ってるって言うか、ビルが多いから風が上手く通り抜け出来てないんじゃないかな? それに都心が無駄に暑く感じるのは、ビルの照り返しとかあるよね。なんであんな無駄にピカピカさせるかな? 
  壁に蔦でも這わせとけば良いのに。温暖化対策は何処へ行ったのよ。そんな愚痴を漏らしつつ人の波を進むこと数分、私は大きなビルの前に立つ。見上げるのが大変な位のビルだ。よく考えたら直接ここに来るのは初めてかも。
  本当ならこんな大企業に縁なんてないもんね。ちょっと緊張しちゃうな。私は制服の帯を直してエントランスへと向かう。回転ドアをリズムよく通り抜けて自動ドアが開くと、冷んやりとした空気が肌を撫でる。
  たった数分だけど、熱気に晒された肌にはやっぱり気持ちいいね。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
  涼しげな空気に気持ちよく顔を挙げると、そのエントランスの広さにビックリしちゃう。立ち止まってると邪魔そうだから、ゆっくりと歩きながらキョロキョロ辺りを見回す。太陽光を一杯取り込む出入り口の巨大なガラス張りで照明を極力抑えてるのかな? 床や壁もシルバー調だから光が良く反射する感じに成ってるみたい。
  エントランスだけでかなり広いのに、光が奥まで届いてる感じでとっても明るいもん。だけど光源が沢山光ってる訳じゃないし、吹き抜けだから天井から照らされてるわけでもない。やっぱり上手く光を取り込む構造をしてるんだなって思うよ。
  でもこれだけの広さだからね。この冷房の電気代で結局お金使ってるよね。流石に日差しとメタリックなシルバーだけじゃ目に悪いからか、観葉植物も結構置いてある。
「ん?」
  中央位まで歩いて来るとある事に気づいた。これってなんだか床に光が流れてる様な? エコじゃない……それにただの金属とか石でも無いみたい。よく見ると、色んな人の足跡が僅かに光ってる。一体どんな意図が? 光る床の利便性ってなんだろうって考えてると、大きな光の輪が床に現れて、このビルの案内板を出してくれた。
  なるほど、よく見ると柱とかが手頃な所にないもんね。普通に案内板がありそうな所にないと思ったら、床に情報を表示する仕組みなんだ。流石に大きな企業は会社からしておしゃれだね。感動しちゃうよ。
  でもこの映像は止まってくれないからある意味不便な様な気もしなくも無い。こっちで操作出来たら……とか思うけど、一杯居る中の誰もが操作権を持ってたら大変だよね。どれを優先すれば良いのかわからなくなりそう。そもそも初めて訪れた人には操作とか無理だろうしね。
  だからやっぱりただ流すだけ……それで良いのかも。案外案内図は長く表示されてくれてたし、その周りにはそれぞれの階への行き方が映像と共に案内されてた。これだけ大きいビルなら、エレベーターとかも止まる階とそうでない階があったりするもんね。
  ここを支点にした映像での案内は親切だよね。どのエレベーターがどの階か一発でわかるもん。案内図は平面だからね。わからない人はわかんなかったりしちゃう。物珍しい物に、私はちょっと目を奪われちゃうよ。
(これを私の部屋に設置出来たら、床一面にスオウを表示出来ちゃうよね……いや、床よりもいっそ天井に設置すれば寝る時も一面スオウに包まれるって事に……くふふ)
 夢の様な装置じゃない! 全然画像も映像も荒くなしし、これは凄いよ。きっともっと色々と表示出来るはずだよね。これを部屋に実装出来れば、私のこれまで集めて来た膨大なスオウデータを夢の様な形で表示出来る! 一体幾らかな? どうせだからこれの事も聞いてみよう。
  でもきっと一般には売ってなさそうだよね。そもそも一般販売してたとしても、バイトでどうにか出来る金額とは思えない。私は小さなくため息ついて前へ進む。自分の足跡が光って消えて行くのが、なんだか虚しいよ。
「あの、すみません」
「はい、御用はなんでしょうか?」
  シルバーの周りに対して見やすい木をイメージしてる様な木目調のカウンターに鎮座する受付嬢のお姉さん三人の内の一人に声を掛ける。優しく微笑んでこちらを向いてくれたお姉さんはまさに大人な女の色気を振りまいてる様に見える。
  なんだろう……大企業って凄いってここでも思ってしまった。これどう考えても美人を採用してるとしか思えない。だって他のお二人も美人だもん。やっぱり受付嬢は顔でもあるもんね。大切な事なのかも。
  まあ企業の内情とか考えに来たんじゃないか。私は目の前のお姉さんにアポある事を伝えて佐々木さんに連絡繋げて貰う。
「少々お待ちください」
  制服を着た女子高生の私は明らかに年下だってわかるのに、受付嬢のお姉さんは敬意を払った様に丁寧に接してくれる。流石プロは違うね。レベル高い。だけど……なんだかずいぶん長くプルプル鳴ってる様な……流石に受付嬢のお姉さんもこっちに申し訳なさそうな視線を向けて来る。
(いえいえ全然大丈夫です。そんな視線を向けないでください。こっちもなんだか気まずくなっちゃいますから)
 そんな思いを言葉には出さずに、私はニッコリ笑顔を返す。だけどそれから三分位鳴らし続けても一向に誰も出そうになかった。
「誰もいないんですかね?」
「いえ、そんな筈は有りませんけど……」
  受付嬢のお姉さんは確信持てない感じでそう言った。でも確かに誰も居ない……なんて筈はないよね。その部署の全員が出払ってるなんて有り得ない。でも実際に誰も電話に出てくれないし……私は試しにこう言ってみます。
「アポはとってるし、入っちゃうのはダメですか? 確かめてきますよ」
「それはちょっと……確認出来ないのに居れる事は……」
  お姉さんは困った表情になる。でもそうですよね。ここには色々と企業秘密みたいな物もあるだろうし、外部の人を簡単に居れる事は出来ないんだろう。最近は本当に超小型のカメラとかあるもんね。
(うんうん。怖い時代だよ)
  でもこのままじゃ……一応このあとに約束もあるし、そこまで悠長にやってる訳にもいかないのよね。だけどここでアイテムを手に入れないと会う意味もない様な……二人をあの世界に誘うには絶対に必要だし、手に入れないわけには。
「少しゴタゴタしてましたから、気づいてないのかも知れません。こうなったら三本フルに使ってみましょう。どれかに誰かが出たら繋げて貰えば良いのですから」
「お、お願いします!」
  忙しい……様には見えないけど、いつ誰が来るかわからないのに、三人で協力してくれるなんてありがたい事だよ。受付嬢のお姉さん方は受話器を取って一斉に掛けてくれる。三つの電話が同時に鳴ってるのに、誰も出ない気付かないなんて絶対に無い。
  だけど予想に反して十秒経っても二十秒経っても電話はなりっ放し。周りの足音がもうダメだって言ってる様に聞こえてくる。そんな訳ないんだけど、これは流石に意図的に無視してるとしか……それってつまり、私は避けられてる? 
  ううん、それは無いでしょう。だって佐々木さんのデスクにだけ掛けて貰ってる訳じゃない。今は同一部署の三本の電話が鳴ってる状態の筈だもん。佐々木さんがもし例え仮に、私を避けてたとしても、残りの二つには誰かがでて然るべきでしょう。
  流石にずっと私一人にかかわらせておく事は出来ないよ。いつ誰かがここに尋ねて来るかわからないんだし、最低でも一人は開放してあげないと。そう思ってると耳にプルルという音以外の声が聞こえて来た?
「もしもし……ら、LR……体制……署の鈴……ですが」
  受話器から漏れて来る音を辛うじて拾って聞き取った感じだと、ちゃんと繋がってるみたいだ。私から一番遠いお姉さんはコクッと頷いてくれた。これで私も他の二人の受付嬢の方も安堵の息を漏らしたよ。本当に良かった良かった。その後お姉さんは幾つかやり取りをしたあとに、受話器を本体に戻す。
  そしてOKの表示をしてくれた。
「ではここにお名前を書いてください。後このパスを首から下げて三番エレベーターからお上がりください、その後に−−」
「はい、ありがとうございます。お手数お掛けしました」
  私は名前を書く前にそう言ってお辞儀する説明も丁寧だった受付嬢のお姉さん方は微笑ましく笑ってくれた。名前を書いて、パスを受け取って首から下げる。
「パスはお帰りの際に返却くださいね」
「わかりました。ではではお仕事頑張ってください」
  そう言って手を振りながら私は三番エレベーターへ向かう。映像で見てたから直ぐに分かったよ。受付から後ろの階段を上がり、二階へ。そこに沢山エレベーターがある。でもその前に関門のセキュリティ! でも大丈夫、その為のパスなのです。電車の改札みたいに、翳すと仕切りが開く。三番エレベーターを探し当てて、教えて貰った階へ。
  特に振動もなく物の数秒でついたけど、まだ到着じゃない。どうやらこのビル、内部のエレベーターと外側のエレベーターでも階層が別れてるみたいです。だから今度は外側のエレベーターで更に上へ。
  都内を見下ろせるとか流石大企業。結構上の階で止まると扉の向こうにはこの立派な会社には似つかわしくない髭が伸びっ放しで、シャツもボロボロのおじさんが立ってた。ビックリしたけど、よく見たら佐々木さんだね。
「やあ、ごめんよ。ちょっと今色々と大変でね」
「電話に出てくれないからヒヤヒヤしましたよ」
「ははは、面目ない」
  なんだろう……ずいぶん疲れてみたい。まあそれは見た目で十分わかるけど、でも今までも大変そうだったけど、流石にこんな状態は初めて見た。なんだか嫌な予感がしちゃうな。
「あの……」
「ああ、ちゃんと用意してるよ。特別使用のリーフィアを二台ね。だけどタイミングはこちらでは測れないからね」
「ああ、えっとそこはスオウがきっとなんとか教えてくれる筈です」
「それなら、いいんだがね」
  廊下を進んで佐々木さんが電子ロックを解除する。両側に開く扉の向こうは誰もが慌ただしく動いてた。なんだか随分とイメージと違う職場です。もっとデスクワークは静かな物かと思ってたんだけど……戦場だねこれは。
  イベント前の生徒会も大体こんな感じだけど、何か大きなイベントでもやるのかな? だけどなんだろう……楽しい事をやってる時の感じとはちょっと違う感じ。皆さんピリピリしてる様な……
「いや、すまないね。ちょっと立て込んでて。気にしないでくれ。リーフィアと、例のデータを持って来るよ」
 そう言って佐々木さんがフラフラと奥へ行く。電話の音が聞こえなかった訳がわかる状況。どうやら常に携帯や固定電話が鳴り響いてて、皿にはFAXもガーガー言って紙を吐き出してる。そしてそれを回収する人もいないから床に溢れてて、でも机には既に色んなファイルが一杯。ゴミ箱は栄養ドリンクの空き缶で溢れかえってる。
  きっと誰もがニ・三日以上は徹夜してそうだった。本当に何が……私は紙を踏まない様にちょっとだけ部屋の中に行ってみる。キョロキョロと見回して手近なテーブルのファイルに手を伸ばす。だけど持ち上げた瞬間、ちゃんと閉じられてなかったのか、一斉に中身がばら撒かれる。私は一人で「あわわ」って狼狽える。
  だけどどうやら、気づかれてないみたいだ。皆さん自分の役割で一杯一杯なんだね。良かった。私はファイルから落ちた紙を拾い集め様としゃがむ。そして集めて行く内にこのファイルに何が閉じてあったのかわかった。
 
(これってプレイヤーの個人情報?)
 多分そうだ。顔写真やデータ、それにLROでのアバターの姿も乗ってる。でもその中には不可解に赤いマジックでバッテンが付けられた物があって、更にその中には判子が押してある物とそうでない物がある。判子が押してあるのは病院の名前と受け入れ◯ってある。
(これって……まさか!?)
  私の頭にすごく怖い想像がよぎる。その時後ろの方で誰かがこんな事を叫んだ。
「まただ! また意識不明者が出ました!!  意識レベルゼロ信号がマザーから発信されてます!」
「くっそ、至急信号を解析してプレイヤーを割り出せ!! 迅速に動けよ。近くの病院に連絡して救急搬送の要請を」
「口封じはどうするんだよ!?」
「上に掛け合って金を掻き集めろ!!」
「これ以上は無理ですよ! どうあったって抑えられる人数じゃない!!」
  飛び交う現実味の無い言葉。だけど妙に納得出来た。私のこの手にある資料と印の意味……全て理解した。どうやらLROは私が思ってた以上に危険な状態にまで落ちてる様だ。既に一人・二人なんて状況じゃ全然ない!!
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