命改変プログラム

ファーストなサイコロ

無謀と絶望とそして……

 クリエが生まれた意味。生み出された理由。それが神の願いの為の存在だっていうのか? 一体どう言う事なんだよ。今の自分は色々と頭の中がゴチャゴチャなんだ。欲しかったクリエと言う存在の答えなのかもしれないけど、このタイミングじゃキツすぎる。
 それに結局、それが本当の事なのか、僕には確かめようがないじゃないか。もしも本当にそうだとしても、納得してクリエを差し出そうとも思わないけどな。


「あの子供は普通の存在じゃない。信じようと信じまいと、お前の勝手だが、俺はこのチャンスを逃す気はない。ようやくなんだよ。ようやく、世界樹の生み出してくれたあの存在と、俺の意思が重なり合う。それは今を置いてない。
 もう……十分だと思えるからな」
「十分?」


 なにを持って十分とかテトラの奴は言ってるんだろうか? 一体何に思いを馳せてそんな感慨深い顔をしてるんだ? テトラは周りの五種族の面々を見回してしてさらに言う。


「ああ、十分だ。ここにいる奴らの顔……そしてずっと見て来た世界の進み……と、言ってもこの長い記憶も心も作られた物だが、だがそれでも……俺は自分の責任を全うしたと思ってる。だから命達よ。後は自分で歩め」
「お前……なにを言って……」


 僕がそういうと、大仰に語ってた声を僕だけに向けて、不敵に笑いその漆黒の瞳を輝かせる。このノンセルス1に集まった大量の人とモンスターの中で、息が詰まりそうなのは僕だけだろう。全てを敵に回してる僕だけ……


「これはなスオウ。有る意味で俺の反逆でもある。用意された舞台を飛び越えて、俺は行く。俺は神だ。それくらい、許されて当然だろう。そう思わないか?」
「知るか……お前がどこに行こうが勝手だし、興味もないけど、一人でいけ。お前は神なんだろ? それならあんな子供に頼るなよ!」
「それは無理だな。神だからと言って全知全能で万能なわけじゃない。司る力が違う。だからこそ、光も闇も、表も裏も内包する世界を作るには二つの力の混在が必要なんだ。俺だけでは出来ぬことがある」
「その出来ない事が、クリエが居れば出来ると?」
「あいつが居ないと出来ないんだよ。混在した力を持つ世界樹の落とし子。その力が絶対に必要だ」


 絶対に……その意思は堅そうだな。大切な目的の為なんだ。当たり前か。僕はずっと気掛かりだった事を思い切って聞いてみる。


「おい……もしもお前がその願いにクリエを使ったとして……その時あいつはどうなる?」


 僕の言葉と同時に、少し湿った風が吹く。川の方から吹き抜けて来た自然の風。だけど沢山の人に大量のモンスターのせいで、僕にはそんな普通の風さえも、重く感じてしまう。するとそんな風にその漆黒の髪を揺らしつつ、テトラは紡ぐ。思いたくなかった、嫌な真実って奴をだ。


「そうだな、役目を終えた存在はどうなるか……それを考えれば自ずとわかるだろう。しかもそれが、その為の存在だとすれば、なおさらだ」
「それはつまり……そう言う事か」


 僕は痛みが広がるのも関係なく、この拳を硬く握る。


「そう言う事だ」
「やっぱり……どうしても僕は引けないみたいだな」
「そもそもそんな気など毛頭ないだろ? 最後なんだ、とことん殺りあおうじゃないか。丁度良い、ここにいる奴らにこの神の存在を最後に刻み付けるのも悪くない」
「殺せないんだろ? だからこそさっきからチマチマした攻撃しかしないんじゃないのか?」
「言っただろう。お前とあの子供の契約は逆だ。だが成り立ってる。この場合、その契約はどうなってるのか、俺にも良くわからないからな。お前には期限付きでの契約、あの子供には殺さないでの契約……だが前者も期限がくればお前は死ぬ。
 もしかしたら、あの子供が俺の願いを叶えた時に、その呪いも同時に消える様になってるのかもな」
「なるほど……確かにそれなら納得だな」


 だからそれまではリスクを背負わせておくと、そういう事か。でもそれは、確実にその期限よりも早くクリエを使う時がくるって来るって事だよな。そうでないと成り立たない。自分のこの腕から胸に掛けて伸びてる模様……それがまだ消えない理由は保険。クリエとの契約が僕の契約に上書きされたって事か。僕の存在は結局クリエをテトラの元に縛る事に……そう言えば変質がどうとか言ってなかったっけ? 僕のこの呪いは少し変わってるんだ。期限を少し伸ばしたりしてる。
 そこで僕は気づくよ。自分の右腕の中央にある白い方の紋章に。


「待てよ。二つの神の力って言ったよな? それなら僕にだってある。この腕の紋章は女神のなんだろ?」


 僕はそう言って腕を見せる。黒い紋章の中にある、一点の白い方は輝き。これが僕の命を繋いでくれたんだ。本当は僕は、既に死んでてもおかしくなかった。だけど今ここに居る。それを思えば、一度捨てたはずの命だとも思えるかも知れない。


「確かにお前も二つの神の力を宿してると言えなくもない……が、その力は限りなく薄い。俺の力も、女神の力もな。その程度じゃなんの役にも立たない。言っただろう? その一点の紋章は、お前の寿命を僅かに伸ばすのが精一杯だと。そしてそう長くは持たないと」


 そう言えばそうだったな。僕のこの薄い力と、クリエが宿す純粋な神の力はきっと決定的に違うんだろう。そう思う。やっぱりどうしようも無い? 僕はここで決闘の末に死んで、クリエは願いを諦めて、その存在としてだけの役割に使われる。
 このまま行けば、きっと未来はそれで固定されるだろう。そんなのは当然嫌で、受け入れることなんか出来ない。でも……それを覆す術が僕には無い。イクシード3も息切れしたみたいに成ってるし、そもそもこの状況を打破するにはテトラを倒さないといけないってのがな。


(どうする……)


  いつもよりも近い地面を見つめながら僕は思う。体の消耗もなんだかいつもよりも早い気がする。こんな大事な場面で、なんだか全てが裏目に出てる様な、そんな感じだ。片手に残るセラ・シルフィングの重みさえ、今の僕には辛い。
 少し力を込めると、震え出すんだ。腕がさ……笑い出したくなるくらいに情けない。


「お前は直ぐに自分を犠牲にしようとするな。人間と言う奴らを観察してて、それは結構稀有な事だと俺は思うんだが、どうしてだ? 殺す前に教えてくれよ」
「そんな事知ってどうするんだよ」
「いや何、後学の為にな。それにお前はやはりなかなか面白い。理屈では動かないだろ。実際誰でも良かった訳だが、今はある意味あの時に出会ったのがお前で良かったと思ってる」


 テトラの言葉は絶対に自分が負けるわけが無いって確信してる言い方だな。いや、その通りだけど……僕はどうなんだろうか? ふとそう思う。あの時、暗黒大陸に飛ばされて、四苦八苦してる時にこいつに出会った。
 暗い森の中で、知らない場所でいきなり現れたコイツ。その言葉にも強さにも驚いたな。テトラが提案した契約は確かに危険だったわけだけど、あの時のセツリに見放された自分にはリスクをとってでも欲しい力があった。
 だから僕はその提案に乗って、神の願いのヒントを求めてサン・ジェルクヘ。そして出会ったのがクリエだ。実際そう遠い日の事でも無いんだけど……今思い出すと、随分昔の事の様にも感じるから不思議だな。
 それからクリエに振り回されて、あいつを中心に置いて色々とやってきた。箱庭からこいつを救出したり、そのせいで元老院を敵に回したり……聖獣を敵に回したり、本当に色々さ。その全てがここで諦める事で無駄になる。
 いや、ローレの奴はそういう諸々を「私の糧に成ったんだから良しとしなさい」くらい言いそうだ。だけど僕達はローレの為でも、ましてやテトラの為でもここまでやってきたんじゃない。僕達がここまでやってきたのは、クリエだからだ。
 

 あいつがチョロチョロと動いてコロコロと表情を変えたりする姿を見てる内に、守ってやりたいって思う様にきっとみんな成ってたんだと思う。何気に頑張る奴だからな。それにあいつの願いは自分の為じゃなかった。
 あいつは初めての友達の為に、僕にお願いをしたんだ。あんな小さい子が、誰かを想える。そう思うだけで、僕は心が痛いよ。痛くて痛くて、その痛さの分だけ暖かくなる。切った箇所がジンジンと熱を帯びる様な、そんな感覚。
 どうなんだろうなんて……それは思い返せば野暮な事でしかなかった。ここまでやってきた事、もっと上手くやれたかも知れない事は、考えれば沢山あるかも知れないし、悲しい別れだってあった。でも……始まりから無かった方が良かったなんて、やっぱり思えるはずも無いじゃないか。悔しけどさ、僕だって感謝しよう。
 僕は残ったセラ・シルフィングを地面に突き刺し、それを支えにどうにか体を起こす。そしてテトラの奴と向き合って、無理に余裕をかましながらこう言う。


「はは……そうだな。こんな状況だけど、そこだけは同意してやるよ。こんな事に成ってるし、お前に僕は殺されるかも知れない。でも、あの時お前に出会わなかったら、きっとクリエにも出会って無かったと思う。
 あのバカな子供の相手は実際大変だったんだけど、何時の間にか本気だったんだ。本気であいつの願いを叶えてやりたいって思ってた。だから、そのキッカケをくれたお前にも少しは感謝してる。サンキューなテトラ」
「ん……」


 なんだか無言で固まってしまったテトラ。どうやら僕の言葉は相当意外だった様だ。目を丸くして僕の方をみてる。それはテトラにしてはあり得ないくらいに無防備な感じ。いつも余裕のどこかで自分への攻撃を警戒してる感じも全く無い。


(丁度いい)


 僕はそう思って、地面に突き刺してた剣を抜いて前のめりに倒れかかる。それと同時に、抜き去った剣を下側から斜め上方に振り上げる。その瞬間、テトラの漆黒の髪が幾つか切れる。そして胸当たりに剣尖の後が付く。
 今までと違う感覚だ。剣を阻む力を微塵も感じなかった。だけどそこはテトラだ。間一髪で後ろに下がって避けられた。


「はっ……はは」


 乾いた笑を漏らすテトラ。まだ何か感傷にでも浸ってる様な、そんな感じ。まだ行ける! 僕はそう判断して振り上げた剣を更に下に振り抜く。てか、もう止まれないってだけ。今止まったら、もう動き出す事すら出来なさそうで……僕は僕で怖いんだ。
 だから動かなくちゃいけないって感じる。下に振り下ろした剣がテトラの服を上から下に切り裂く。だけどそれは布一枚に届いた程度で、テトラのHPは微動だにしてない。でもこれでわかった。完全にテトラは動揺してる。
 服が切れたのがその証拠だ。これはきっと最後のチャンス! 僕はそう思って残った搾りかすの全てを吐き出す様に叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大人しかった風が再び吹き荒れる。背中のウネリがなんとかその姿を取り戻したのが分かる。刀身の流星も輝きを増してその回転を増した。少しの間だけで良い。この体の痛みを頭の中から吹き飛ばす風を! 


 ドン!! −−っと力強く僕は地面を踏みしめる。歯を食い閉めて、一気にその地面を蹴ってテトラの腹に膝をめり込ませる。そして柄の部分で脳天を叩く。ゴリってな感触と共にテトラが前のめりになる。僕は後ろに周りその背をセラ・シルフィングで思いっきり切り裂く。


「ぐっ!」
 

 そんな短い声と共に、テトラの長い髪が一気に舞い落ちる。そして初めてHPが少しだけ、ほんの数ミリ動いた。たったそれだけ……だけど僕にはそれだけで歓喜しそうな程だ。だって実際、減らないんじゃないかと思ってた。
 でもやっぱりちゃんと減るんだな。ちゃんと届けば、セラ・シルフィングでもダメージを与えられる。それがわかった事が大きいんだ。僕の攻撃が効いてる。それに驚いてるのは僕だけじゃ無い。周りの奴らも今の光景に「おお!」って成ってた。
 このまま勢いを引き寄せる。反撃の隙を与えちゃいけない。呼吸だってままならない連続攻撃を! −−って思ったら、こんな時にセラ・シルフィングが一本だけだ。僕は背中のウネリを操作して地面に落ちてるもう片方に向ける。
 その間に更に追い打ちも掛ける。だけどその時、全身に鋭い痛みが走る。


「−−っつ⁉」


 降り抜こうとしてた腕からセラ・シルフィングが落ちる。まさか体が完全に悲鳴を……そう思ったけどなんだか違う。今のは沢山の箇所から一気に痛みが迫ってきたみたいな、そんな感じだった。体が悲鳴をあげるのなら、中からだろう。これはきっと外敵要因……そう思って腕をみると、何か黒い針みたいな物が刺さってた。
 なんだかセラが使う暗器みたいな針だ。これが原因か。でもテトラは振り返っても居ないのに、いつの間に? だけどそんな事を考えてる場合じゃ−−


「少しだけ驚いたな。動揺したぞ全く」


  そう言ってテトラは僕の方を向いてその手を向ける。その手の中には黒い光の塊があった。


(ヤバイ!)


 そう思ったけど、僕には防ぐ術が無い。


(間に合え!)


 僕は伸ばしてたウネリで先に投げてたセラ・シルフィングを弾き上げる。そして更にこちらに向かって飛ばすんだ。それを受け取って向かい来る黒い光を受け止める。激しい音と衝撃で視界がなくなる。立ち込める黒い煙。
 僕はウネリを使ってそれを吹き飛ばす。すると完全に煙が消える前にテトラの腕がセラ・シルフィングの刀身を掴み取る。


「随分慌ててるじゃないか。折角感傷に浸ってた所を斬るとはやってくれる。自慢の髪だったんだぞ」
「別に嘘はいってねーよ!」


 僕は掴まれたセラ・シルフィングを離して、更に落としてたもう一本のセラ・シルフィングをウネリで近くに滑らせる。そしてそれを屈みながら掴むとテトラのセラ・シルフィングを掴んでる腕を斬りつける。
 すると今までとは明らかに違うガキンとした音が成る。 どうやらこいつの障壁が復活した様だ。だけど斬りつけた反動はあったようで、テトラは剣を離した。僕はそれを逃さずにキャッチ! これでようやく二対の剣が揃った。だけど地味に腕や足、体の至る所に刺さった針が地味に痛む。体の悲鳴自体は忘れさせてるのに、この針のせいで動きが制限されるみたいな……僕は取り敢えず腕に刺さってた奴を歯で抜き去ってから攻撃に移る。
 地面を蹴ってウネリを使いテトラの体を斜めに斬りつける。だけど障壁が復活したテトラの前では、今までと同じ攻撃じゃまず効かない。それがわかってる。そしてそれは当然テトラの奴だってそうだ。だからあいつは余裕を持って言葉を紡ぐ。


「嘘じゃ無いか。まさか礼を言われるとは思わなかったからな。やっぱり俄然興味が湧いた。ただ一人の冒険者じゃない。俺はお前をもっと知りたいぞスオウ。お前が自分を犠牲にする訳はわかったが、普通できる事じゃ無い。
 自分よりも他人が大事など、あり得ないだろ?」


 あり得ないか……そうかもな。僕的にはお前がありないっての。僕のスピードは一級品のはずなのに、テトラの奴はちゃんと僕をとらえてる。当たりはするけど、ダメージにはならず、何回かは確実に完璧に避けたり、そもそも受け止めるのも容易そうじゃないか。
 最初に戻っただけ……そう言われればそうなんだろうけど、どうにかしたい。そう切実に思う。体が次第に誤魔化しが効かなく成って来てるのが自分でわかってた。これが最後なんだって、きっと止まった時が終わる時だって、悟ってる。
 だからこそ動き続ける術を考える。考えなきゃいけない。このままじゃテトラの気が攻撃に向いた瞬間に終わる。


(何か……術は無いのか? こいつに僕の攻撃を届けさせる一歩先の……いや、数歩先の手段)


 それが容易に見つかれば苦労なんかしないってのはわかってる。でもこのまま終わりたくなんかないから……それを諦める事なんか出来ない。一歩先に……数歩先に僕は行けたはずなんだ。イクシード3の先を僕は見た。
 アウラと言う姿を。でもあれでもテトラには及ばなかった。でも確実にこのイクシード3よりも上だった筈だ。そして確実にテトラよりも優ってた所もあったと思う。全体的には及ばなくても、確実にあのスピードとそれを自由に扱える完成度は半端無かった。
 あそこまで風に成れた感覚は始めてだったんだ。でも今のイクシード3は風を無理矢理押し込めて操ってる感じ。大き過ぎる力を僕でも操れる程度に押し込めてるからこそ、ここまで荒々しい。横移動は得意じゃ無いし、基本真っ直ぐの勢いでしかこの背中のウネリを活かしきれない。
 この荒々しさこそが風の強さ……アウラを知るまではそう思ってたけど、そうじゃ無いんだ。風の本質はそこじゃ無い。アウラはそよいでた。優しく、しなやかにしとやかに。あれがエアリーロの風の特徴なら、僕には元々無理なのかも知れない。
 でも……風は風だ。そしてこのイクシードの風は僕の風。周りの風も加えてるけど、基本は僕から溢れ出す風が根本にある筈。集中しろ。そしてイメージしろ。ここは全ての夢を叶える場所。システムに制約はあるとは言え、風はどんな力よりも……自由!! そして今の僕は、完全にこっち側だ。落ちて来たからって何が変わるかわかんないけど。ログアウトが無い代償分のアドバンテージはきっとある!


「はっ−−っつはぁ!」


 口から漏れる空気。力を込めたいのに口は、いや体は空気を求めて踏ん張りを効かせてくれない。漏れる空気と共に、力までも流れ出す感じ。そして空気を吐いた時に噛んでた針を落とした。忘れてたけど噛んでたんだよな。でもその針は何故かフワフワと漂う。噛んでる事を忘れるなんておかしいと思ってたけど、あれは針じゃ無い髪の毛じゃないか?
 まさかこの体に刺さってる黒いの全部、僕が斬った髪の毛!?


「言葉を返す事も出来ないか。後、どれくらい持つか見ものだな」


 その言葉と共にテトラが目の前から消える。そして背後から迫った拳がウネリに阻まれてそれで気付いた。なんという反応の鈍さ。ウネリが無かったら終わってたぞ。だけどテトラの奴は、ウネリの事もわかってた筈だ。だって前に一度同じ事があった。それなら、何かやって来る。


「厄介な風だな。なら!!」


 その瞬間、黒い光が背中で輝く。するとウネリが次第に小さく萎んで行く。なんだ? まるでウネリそのものを握りつぶしてるみたいな……このままじゃヤバイ。イクシードが強制的に解かれる! 


「やめっ−−ろ!!」


 僕は後方にセラ・シルフィングを振るう。だけどテトラの奴は避けようともせずに、防ぎもしない。それでもセラ・シルフィングは弾かれるんだ。どうして……流石に効かなさすぎる。


「絶望したか? お前は気付いてないみたいだな。教えてやろうか? はじめよりも勢いは強いくらいだ。実はな。だが、束ねられてない。お前の感情に武器が応えようとしてるんだろうが、お前にそれを維持するだけの力が残ってないんだろう。
 たった刹那の勢いだけじゃ、俺の壁は破れない。残念だったな」


 そう言ってテトラは僕の背中のウネリを握りつぶす。そして後ろで黒い光が弾ける。


「ぐあああああ!?」


 吹き飛ばされて地面を激しく滑る。どんな小さな傷でも血が染みて来て、打ち付けた部分は青く成ってる。本当に、僕はここで生きてるんだな。そう思う。ウネリが握りつぶされた……これじゃあ、どうすれば良いのか……今の力、なんだかアルテミナスで誕生した、あの黒い奴の力に似てたような。いや、もしかしたらシクラがテトラの力を真似てあいつを創造したのかも知れない。


「まだ死んではないだろ。だがもう、期待する事は無駄だな。お前はもう限界だ。誰が見てもそれが分かる。やはり俺に挑んだのはただの無謀。あの子供にもお前は何も与えられない。ただ自分に出会ったせいでお前が死んだんだと、思い悩ませるだけ。
 あいつの選択を間違いにしたかったんだろうが、これではそうはいかないな」
「−−っつ」


 確かにテトラの言う通りだ。これじゃあただクリエに後悔をさせるだけ。ここで死んだら、それしか残らない。視界の遠くに映る小さな姿。アレに見せたかったのはこんな絶望じゃ無いんだ。だけど……止まってしまった。HPはまだ残ってるけど、動かない。でも……諦めたく無い。
 

(…………今の僕に出来る事を)


僕は体を無理矢理動かすのをやめて、静かに息を整え出す。ただ静かに感じるんだ。


「全てを諦めたか? もがく事もやめたのなら、俺はお前に止めを刺さなければならないな」


そう言って来るテトラの言葉に僕は応えない。だけど何かビチバチと言う音は聞こえてた。止めの一撃の為の準備をテトラはしてるんだろう。デコピンでも殺せるだろうに、わざわざ派手な技で僕を逝かせてくれるらしい。
 こいつは最初から最後まで結局何がしたかったんだろうな? ただ遊んでただけなのか……それとも何か、意味があったんだろうか? もしも遊んでただけだったとしても、きっと僕はその遊びにさえ付き合えきれなかったって事なんだ。
 何も出来なかった……その感想しかないよ。ごめんテトラ。ごめんクリエ。そしてごめんみんな。偉そうな事言ったのに……このざまで。目を閉じて集中してるとザワザワと空気がざわめいてるのが分かる。
 そして風の音……テトラの奴の生み出す風は案外優しい。邪神の癖に、こんな所も邪神っぽく無い奴だ。自分の中の風はまだ少しだけ脈打ってる。完全に消えたわけじゃ無い。でも今の自分の状況と同じ様に、虫の息。
 このままじゃ、この攻撃で僕は終わる。それを変える事は出来ないだろう。


(だけど……吹く風は常にあるんだ)


 集中して静かに僕は風を感じる。自分を撫でる風を自身の風で少しずつ掴もうとしてみるけど、これが上手くいかない。今まで勝手にやってくれてた事を自分でやろうとすると、物凄く難しいんだ。
 そもそも掴むんじゃ無く、巻き込むって感じで僕はやって来たのかも知れない。でも、今の僕にはそれだけの力が今は無い。小さな風を掴んで少しずつでも縫い合わせるしか……今の僕にはできる事が無いんだ。


「スオウ!」
「スオウ君!!」
「立ちなさいよ! ここで終わる気なの!」
「スオウ君、やっぱり僕は!」
「テッケン、それはやめておけ。だが確かにこのままじゃヤバイぞスオウ!」
「そうっすよスオウ君!」


 みんなの声が聞こえる。みんな自分がどれだけ危うい立場にいるかわかってる筈なのに……まあそこら辺はテトラなら見逃すかな。何もしてない様に、諦めたかの様に見えるかも知れない。だけど違うんだ。
 諦めてなんかいない。だけど風はやっぱり自由で気まぐれなんだ。


「スオウ……ダメ……テトラ、もうやめてよ。クリエは何でもするから! だからお願い! もう……やめて」


 崩れ落ちるクリエは地面に大粒の涙を落としてお願いしてた。お願いしてくれてる。僕の為にあいつが犠牲になる。変えたかったその事実を僕は実現してる。不甲斐ない自分が、弱い僕があいつを諦めさせる。
 クリエの方から違う風が流れて来るのが分かる。悲しみを乗せた風が。本当はそんな風は吹いてないのかも知れないけど、今の僕はそれを感じる事が出来る。僕はそんな風に自分の弱々しい風を向ける。そして少しだけ紡いだ瞬間に、その声は聞こえて来た。


【スオウのバカ! どうして……どうしてクリエのお願い聞いてくれないの!!】



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