命改変プログラム

ファーストなサイコロ

五種族の決定

 青い空のした、似合わない奴の姿がそこに現れる。 邪神テトラ……奴がテラスにその姿を晒したんだ。相変わらずの威風堂々とした姿。これだけの視線を一心に集めながらも、全く動じない。
 邪神ならせめて曇天にでもして現れればもっっと良かったのに。雰囲気的にさ……でも実は別に青空が似合わないわけじゃないんだよね。
 最初に似合わない筈だって言ったのは、テトラが邪神と呼ばれてるから。そのイメージを優先させたら、青空って無いじゃん。神なんだし、邪神の自覚もあいつにはある。それなら青空を曇天に変えて現れるべきだった。まあだけどそれは邪神のイメージ故だ。実をいうと、それ程青空が似合わない奴でもない。
服装だって邪神いう割には白が基調だしな。あいつの黒い所なんか、髪と瞳と心うち位だ。
 邪神の姿を見つめて騒ぎだす周囲。あいつの言葉で一旦は静まったけど、やっぱりその姿を見てはざわつかずには居られないよな。なんたって伝説の中だけで存在して筈の神だ。創世の時代……伝承でしか伝わってない頃の遥か昔のその神が目の前に−−というか、目の上に。
 まあ僕達プレイヤーにとってはそこまでありがたみがある存在でも無いけど、LROという世界に生きる人達にとっては感慨深いものがあると思う。きっと崇める奴は居ないだろうけどね。
 寧ろ恐れ慄いてる人の方が多いね。邪神だからしょうがない事だけどさ、あいつはまだ何もやっちゃ無いぞ。けど恐怖の象徴みたいなものだからな、無理もない反応だ。よくよく考えたら、こんな風に人前に姿を表すのが異常なんだろうし……シスカ教信者のこの世界の住人は寧ろ頑張ってる方かも。


「クリエはどこだ?」


 僕は関心を集めるテトラを無視してクリエを探す。でもまだ見えない。すると今度は後ろで金髪の長い髪が風に靡いてるのが見えた。キラキラと細い髪が太陽光を浴びて煌めいてる。周りからは「おお……」と言う感嘆の声が漏れてる。


(本当に見た目だけは天使みたいな奴だな)


 一体何人の男があの姿に騙されてるのか……哀れで成らない。でもまあしょうがないか。本当にあの金髪に人形みたいな見た目、そして今着てる和装っぽい服も良く似合ってる。微乳のローレには本当和装が一番だと思う。そんな事を思ってると、ローレとバシッと目が合った気がした。


「…………」


 一瞬固まってしまった。だけどまさかな−−イヤイヤないない。これだけの人の多さだ。分かるわけない。それに結構後ろの方だしな。僕達から顔は見えるけど、向こうは判断がつかないだろう。でも何か言い知れぬ不安が……


「クリエ居るわよ」


 セラのそんな声に逸らしてた視線を前に。ローレの足元、その手に繋がれる小さな姿がテラスの柵の隙間から僅かに見えてる。


「スオウくん!」
「テッケンさん、そっちはどうでした?」


 別行動を取ってたテッケンさん達が人混みを掻き分けて合流する。テッケンさん達には反対方向からポイントを探しててもらったんだ。


「一応データはノウイ君に送ったよ。後は救出用のミラージュコロイドの設置だね。リルフィン君は既に準備に入ったよ。集中したいからってどこかに行っちゃったよ。この喧騒が駄目みたいだね」
「なるほど」


 どうりでリルフィンが居ないと思った。案外神経質な奴だな。だけろリルフィンの役目は重要だ。失敗されるよりはよっぽどいい。


「クリエちゃんは……僕の身長じゃ見えないな」
「居ますよ。だけどまだ三人とも出て来ただけって感じです。そもそもクリエはここの人達には気づかれても居ないと思います」


 両サイドの存在感がパネェからね。


「タイミングが重要だな。あのガキを担ぐ時が来るんだろ? その時だな」


 鍛冶屋がそう言いながらテッケンさんを抱える。これでテッケンさん見えるだろう。


「まあ、そうだな。全てはタイミングだよ」


 あんな攫いづらい所にいられたんじゃね……攫いづらいったらないだろ。それに何もないのに連れて来たりはローレはしない。だからきっとクリエを全面に押し出す時が来る。その瞬間を集中して待つしかない。




「さて、私に見惚れるのはそろそろいいかしら? 伝えるべき事があるのよ。それをあなた達も聞きたんでしょう。まあわざわざこんな辺鄙な所にこなくても世界放送してあげてるけどね」


 ローレの声がこの場に響き渡る。世界放送してるのかこれ……なんだか言い逃れ出来ない証拠に使われそうだな。ローレの言葉でか、周囲のそわそわしてた空気が僅かに緊張へと変わってる。ここに集まった目的だからな。緊張も高まる。


「ここに居る五種族の代表……その決定。私と彼−−邪神テトラをどうするか……それは世界のあり様を決める事」
「闇に落ちるか、変革を受け入れるかだな」


 テトラの奴に 勝つパターンはないみたいだな。自分を阻もうとするなら、この世界を黒く深い闇に覆わせる。何もしないのなら、素直にこの変革を受け入れろ……か。すると誰かが勇気振り絞ってこう言った。


「変革を受け入れたら生きれるのか!?  お前は世界に何もしないっていうのかよ?」


 その瞬間をサーーーと周りの空気が沈んでく。まるで「どこのどいつが邪神に向かってお前とか言ってんだ」的な空気だ。みんなテトラがいきなり暴れだすとか、思ってるんだろう。流石にそこまで短気な奴でもないけどな。でも邪神だしね、イメージ先行だ。


「何かするのなら、この後ろの奴等は何がなんでも邪魔をするだろう」
 そう言ってテトラは視線を後ろに……五種族の代表へと向ける。するとアイリが真っ先にこう言った。


「当然です。その気なら、私達はここでこうやってなんか居られません。それぞれの国を預かる責任がありますから」


 アイリは責任感強いな。それはそうだろう。アイリ達がこうやって後ろに大人しく付いてるのは、それぞれ代表達がローレの言葉、そしてテトラの願いを受け入れから。代表者達は国とかを背負ってるんだからな。
 曖昧な判断なんて出来ない。するとローレがほくそ笑みながら眼下を見下ろしてこう言った。


「そこのエルフのお姫様の言うとおり。どうしてこうやって私達が居れるか、少しは考えて物を言いなさい。邪神は何もしないわ。その願いを叶えるだけ。その事を五種族の代表の方々は受け入れてくれたって事」


 ローレの言葉に様々な反応が生まれる。素直に受け入れてくれる人も中には居る。安心に胸を撫で下ろし、不安な顔が少しだけ和らいでたりね。だけどそう素直な人……だけじゃない。いや、実際、あのローレの言葉を素直に受け入れるのは危険だからな。
 大多数の人はまだ困惑……その表情をしてる。ローレだけの言葉じゃ足りないんだ。だけど僕達にとっては……


「決まったわね」
「ああ」


 セラの言葉に僕は頷く。決まったんだ。五種族の代表は邪神の願いを受け入れた。やっぱり僕達は、この世界に……この世界の敵になりそうだよ。邪神の代わりにさ。まあ、それはある程度分かってた事。落ち込む事でもないけどね。そう思ってると、何時の間にか戻ってきてたノウイが俯いてブツブツ言ってた。


「やっぱりそうなっるすか……いや、やっぱそうっすよね」


 ズドーーーーーンと、こいつだけ周りよりも一段暗くなってる。そこまでショックな事だったか? 想定してたじゃん。


「自分はスオウ君みたいに割り切れる頭してないんすよ」


 おい、どういう事だよそれ。まるで僕がバカみたいじゃないか。


「もっと円満に……っていうか、楽な方向に転ばさないんすか!  たまには!!」


 なんで僕に怒るんだよ。まあ、たまには楽な方に転がれってのは僕も同意しときたいけどさ、楽な方を願って裏切られたたらショックが大きいんだよ。その点、悪い方向なら「ほらやっぱり」で済むという安心感。安心感ってそれをいうのをおかいしけどね。
 ショックが少なくて済むのがいいんだよ。


「自分、充分ショック受けてるっすけど……」
「だから変な期待しとくからだろ」
「いいじゃなっすか、自分の頑張りも実は無駄に終わっても構わないって思っても」
「それはしらんけども……」


 全く、ノウイは平和主義だな。だからこそ、戦闘出来なくて正解なの……かも。でもこいつも最初からミラージュコロイド持ってたわけでもないだろうに、どうしてたんだろう? そう思ってると、僕達の会話に呆れてたセラが横槍いれてくる。


「あんた達もうちょっと緊張感持ちなさいよ。はっきり言ってどうでもいい! 『もしも』とか既に意味ないわ。この光景がその答えでしょ。割り切りなさいノウイ。それよりも準備はどうなの?」
「セラ様がそういうのなら! 準備は万全っす」


 切り替えはえーな。ノウイの奴はセラの言葉に素直になり過ぎ。一体何があってこんな風に、セラに従順になっちゃったんだろうな。実際そこら辺はどうでもいいけど……


「取り敢えず鏡を設置したのはここら辺っす」


 そう言ってノウイはウインドウから地図を表示させる。現れたのはこの『ノンセルス1』の全体図だ。リアルのただの上からみただけの簡略化された物じゃない。立体的で、小さなノンセルスがそこにある。
 なんて分かりやすい。リアルじゃ流石にまだここまでは出来ないよな。まあ、既にこういう地図は何度かみてるけどね。でも何度だって、リアルでもここまで来たら便利なのに−−って思う。さて地図上に示されてる鏡の場所を確認。
 ローレ達の位置を狙える場所に三つの鏡。そして逃走用の鏡が、川の方へ向かって幾つかある。僕達が来た森の方にもあるけど、これはまあ、使えないかもな。でもどうしても……の時は彼等に頼るしかないのも事実かもしれない。
 格好良く迷惑掛けないって言ってなんだけどね。そうなったら、超格好悪いな。


「どうすっか?」
「いいんじゃない。私達の下見も役に立ってるじゃない。これなら、どっちから行っても奴等の背後から攻めれる」
「そうだな」


 ここは開けてるからな。そして三つの鏡は高い場所にある。屋根の上とか。まあミラージュコロイドの条件として、障害物を挟むわけにはいかないから、基本建物の影響を受けない様にノウイはしてるよ。


「それじゃあ最後の鏡は鍛冶屋さんにお願いするっす。自分達が戻ってくるポイント、そしてクリエちゃんと鏡が交錯する位置どりを頼みますっす!」
「任せておけ」


 鍛冶屋に現した鏡を渡すノウイ。目立っちゃったらどうしようかとも思ったけど、そもそも完全透明な鏡だからちょっと鍛冶屋が変な態勢してる様にしかみえない。これなら十分だな。注意するのは−−


「ちょっとあんまり反射させないでよ。気付かれるわよ」


 −−セラの言うとおり、鏡だから反射に注意だな。しかも身体よりも大きい鏡だからな。気をつけないと、かなり目立つ反射を放ちかねない。それが万が一にでもローレ達側に当たったら、気付かれる可能性がある。
 まず、何? って感じにこちら側に視線を向けるだろうしな。そうなると……ね。


「取り敢えずその時まで下に向けておくのが良いよ鍛冶屋君」
「そうだな」


 そんなテッケンさんからの忠告で鍛冶屋は鏡を下に向ける。これだけ人が居る場所でこの鏡の大きさはちょっとネックだな。


「サイズとか変えられないのか?」
「それは出来−−」


 僕の言葉にノウイが返そうとしてくれてたのに、どっかのバカが威勢良く大声を張ったんだ。


「ようはそこのお偉い方々は揃いも揃って邪神に屈したって事かよ⁉ ああ、どうなんだ?」


 ザワザワとざわめくこの場所。速攻でそんな発言をした奴の周りの空間が開く。そのせいでこっちは更に詰まる。たく、とんだはた迷惑な奴だな。みんなこのはた迷惑な奴に巻き込まれない様にしてるんだけど、奴自身にっていうかきっと邪神が下すかもしれない攻撃への対処だよなこれは。
 開けた空間で、悠々と立ってるアイツはこっちと違って快適そうだな。邪神に脅えてない所をみるとプレイヤーか? そいつは前に進み出す。そしたら、前方が面白い様に開いてく。その光景に、なんだか満足してそうな顔してる。
 勘違いしないで欲しいよな。お前に脅えてるわけじゃないから。きっとみんな心の中で、アホな事を言ってやがるこいつ−−とか思ってると思う。


「まあ有り体に言えばそう言えなくもないかもね」


 ローレの奴が適当にそう返す。するとそれは不満なのか、後ろの代表達が抗議する。


「それは違います!」
「俺は屈した覚えはないな」
「それは儂も同じじゃ‼」
「適当な事を……」


 それぞれ不本意だという意思を示す中、ノエインの声が聞こえないな。そもそもノエインも見えてないんだよね。小さいから。でも声を出さないのはそういう事じゃないのかも。止められなかった自分には何も言えないとか思ってそうだ。
 失敗したのは僕達なのにさ。教皇であるノエインはそういう奴だ。


「何よ。何が違うっていうの? 」


 セラは面白がりながらそう言った。国の代表達を手玉に取れるのがさぞ楽しそうだ。


「私達は諦めて跪いたわけじゃない。手を取り合った……筈です」


 アイリが少しだけ淀みながらもその言葉を口にした。するとローレはこういうよ。


「あはっ−−手を取り合った? 面白いですねアイリ様は。私達の関係はそんな甘い物じゃないですよ。貴方達は自分の国の保身のために膝まづいた。正しいじゃないですか?」


 その瞬間、張り詰める空気。なんであいつは無駄に挑発するかな? いや、感情逆なでする様な事しか言えないんだよ。あいつは基本、他人が悔しがったり、感情を剥き出しにする様な顔が好きなのか?
 ワザとやってそういう顔を向けさせてるとしか思えない。


「ちょっ……なんだか不味い雰囲気ね」


 確かに、今からでもあそこでバトルが始まってもおかしくない感じだ。張り詰めた空気がこの場所全体に広がってる。てか、最初に代表を挑発した奴は忘れ去られてるし……ここでもう一声言えれば肝が据わった奴ってなるんだけど、どうやらこの緊張感に当てられてしまってる。期待出来ないな。
 誰か止めろよって思うけど、一体誰があの面子の中に入れるだろうかって気もするんだよね。


「ふん、御子風情が良くいうな。その理屈だと、貴様が真っ先に邪神に頭を垂れた奴になるな。自分たちの情勢が不味くなったから、乗り換えたんだろ? 自分の治めてる街を見捨てて」


 あれは誰だろう? まあ見た目的に人の代表みたいだけど、どこの親方だよって感じだな。渋いおじさん。ある意味、一番代表っぽいとも言えるな。でもあのおじさんも痛い所をついて来たな。確かにアイリ達を負け犬呼ばわりするのなら、そうなるか?


「ふふ、脳みそにまで筋肉つまってるんじゃないの? 私はあんた達とは違うわ。それしか選択肢がなかったわけじゃないし、勝てる算段だってあった。私とあんた達の決定的な違いを教えてあげましょうか?
 それはリスクを取ったか、そのリスクから逃げたかのどちらかよ。私は自分でリスクを選んだ。そしてその先をこうやって手に入れてる。分かる? これが私と貴方達代表の違い。
 屈したか、屈してないかの違いよ」


 勝てる算段あったのかよ!? って思わず叫びたくなったぜ。あの野郎、それなのにわざわざあんなリスクを……普通ならローレの方が笑い者になっても全然おかしくない。だけど……あいつは自分で犯したリスクを乗り越えた。
 だからあいつはあの場に、あんなに偉そうに立ってる。だからこそ、五種族の代表を見下してる。


「くっはは……本当に威勢が良いな」


 ローレの言葉の後に必死に絞り出した言葉がそれだった。なんとか強がったって感じだな。だけど更にローレの奴は追い打ちをかける。


「別に嬉しくないわね。それに言っとくけど、私はリア・レーゼを見捨てたわけじゃない。リア・レーゼは無事なんだし、それは邪神の願いを叶えれば更に確かな物になる」


 邪神の願い……やっぱりそれだよな。一体なんだって言うんだ? 色々と推察してるけど、いまいちピンと来てない。ローレだけじゃない、今やそれを受け入れてるのはあの五種族の代表全て−−って待てよ。
 今更だけど、アギトやアイリ……それにノエインや、ミセス・アンダーソンに聞けばいいんじゃね? 彼等はそれを知ってるじゃないか。てか、アギトの奴はメールでしらせてくれても良いと思う。あの場に居ないのなら暇してるんだろ? その位できるだろうに……そもそもアギト達だってそう思ってくれてる筈だろう。
 だけど言ってこないってのは、何かあるのかも知れないな。


「確かに私達は戦わない選択をしました。それが国の為であると判断したから。でももしも邪神が問答無用で大軍と共に攻めて来たとしたら、輝きの国『アルテミナス』は大人しく屈したりは絶対にしません。
 それだけは言わせて貰います」


 揃いも揃って口を噤んでた他の奴等と違って、流石はアイリ。ビシッと決める。様は今回は話し合う余地があったってことだ。そもそも向こうが交渉のテーブルを用意したわけだしな。それなのに屈したとか、やめろよなって事だよ。そんな侮辱を受ける覚えはないってね。
 そしてそう言ったアイリは民衆の方を向いてこう言った。


「分かってください。私達は誰も邪神に屈したわけではありません。確かに邪神は恐ろしい力を秘めてる。戦えばどうなるかなんて誰にも分からない。でもだからって私達は真っ先に諦めたりは絶対にしません。
 自分たちの国を想い。国民の事を考えて、いつだってみんなが幸せに成れる道を探してる。だから私達は、二人の話を聴き邪神と争わない事を誓いました。私達はこの判断が邪神に屈したなんて思いません。
 確かに手を取り合った……は言い過ぎだったかもしれませんけど、ただ争うしか無かった私達が
こうして争わないでいい道を選択する事が出来た。これはとても素晴らしい事じゃないでしょうか? この選択は、絶対に非難されるような事じゃない。私達は胸を張って最善の選択をしたと言えます!」


 アイリの声が静かに……だけど確実にこの場に染み入る気がする。それだけ誰もがアイリの言葉に聞き入ってた。そしてここでようやく二度目の声をだす奴が−−


「それじゃあ邪神は本当に俺達に何もしないっていうのか? そんな保証が出来たのかよ」
「はい、私達は誓いを立ててます。納得して受け入れた誓いを。勿論その誓いは契約主である邪神にも有効です。神も逃れられない天の裁き。誓いを破ったものにはその制裁が下される。私達はただ口約束をしただけじゃないですよ。
 ちゃんと邪神の事も縛ってます。邪神が願いを叶える事を、私達は見守ります」


「邪神の願いっていうのは何なんだ? −−いや、なんなんですか?」


 アイリの丁寧な対応に既に敬語に言い直す程になってるぞ。流石はアイリだな。でもあのうるさい奴もたまにはいい事をいうじゃないか。確かにそれは今一番欲しい情報だ。だけどアイリの言葉は半分予想してた通りだった。


「邪神の願い……それは私達の口からは言えません。彼は静かに、その願いを叶えたいらしいので」
「そんな!」


 叫ぶそいつと同じく、民衆の中には納得出来ないみたいな感じの奴らが何人も居る。確かにそこを知らない事には本当に安心なんて出来ないって奴は多いだろう。でも多分だけど、言えないのはその誓いにその事も入ってるからじゃないか? そこら辺をアイリは濁してるけど、多分そうなんだろう。
 実際邪神とどんな誓いを立てたのか具体的にはわかんないけど、願いを叶える邪魔をしない−−とかだろう。そこに他人に伝えないとか入ってるのかも。それならアギトとかがメールに書けなかった理由になる。
 すると居るのさえ忘れられそうだった他の代表が声をだす。


「分かっていただきたいですわ。大丈夫。邪神の願いは純粋なものです。世界に悪をばら撒く様な事では決してないですの」
「うぬ、そこは保証できるの」
「そうだな、だがそうでないと我等はこうやってない。今頃戦争の宣言をする羽目になった所だ」


 なんか一人物騒な事を言ってるぞ。危ないな〜アイツ。するとここで再びローレが動く。


「あんた達大切な事を忘れてるわよ。私達の世界を守る為に一番頑張ってくれる子。誓いの後は見守るだけのあんた達とは違って役目を背負う少女。そもそもこの子がいなかったら、邪神はその鍵を手に入れる為にある程度は暴れたかも」


 周りがローレの言葉にハナテを灯す。何を言い出したのか、理解出来てない。だけど僕達は違う。「きた」−−そう思った。僕達は視線を交わし合う。そして鍛冶屋が伏せてた鏡を持ち上げる。そして僕とノウイが手を繋ぐ。
 言っとくけど、そういう趣味なわけじゃないよ。ミラージュコロイドでの連続移動は術者であるノウイでないと出来ないんだ。一箇所の鏡から鏡へとなら別に大丈夫なんだけど、それは僕達が、予めノウイが繋いでた鏡から鑑へと移動してるに過ぎない。
 でもそれじゃ次へはいけないんだ。ノウイの様に鏡間を高速で移動するには、鏡同士を常に繋げていかなくちゃいけないらしい。だから僕達に、連続しての移動は出来ない。
 そんな言い訳をだらだらとしてると、周りがザワワと大きくざわめく。前を向くと、ついに一番目立つ場所にクリエの姿が!


「しっかりその目に焼き付けなさい。この子こそ、二人の神の力をその身に宿し、邪神の願いを叶える鍵。それは世界を救う鍵って事。この子が……このクリューエルがこの小さな身体で世界を背負ってるのよ」


 どよめく空気が溢れてる。無理もないな。一体どうやってあんな小さな子供が? って思うもん。だけど実際マジだからな。クリエはなんだか脅えてる様に見える。攫われてあんな所に立たされて……きっと不安なんだろう。
 そう思ってると、ローレの奴がクリエの耳元で何かを囁いてる。するとクリエは拳を握りしめて前を向いてこう言った。


「クリエ……クリエは……頑張るって決めたの。クリエが頑張ったら大切な人達を守れるから‼」


 その言葉はとても強い意思を宿してる。そう感じた。ちっちゃなクリエが世界の為に……その言葉が届いたのは僕達だけじゃない。周りの人達も、クリエの言葉に打たれてる。するとその時、この辺り一体に響き渡りそうな遠吠えが聞こえた。視線を空に移すと、大きな青紫色した狼の姿が!! 
 僕はノウイと頷き合う。


(待ってろクリエ。お前を犠牲になんかさせない。必ず助けてやる)


 祈る様なクリエの姿を僕はそんな思いで見つめてた。もう一度、今再び、僕達の戦いは幕を開ける。

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