命改変プログラム
迷い子の帰還
ガシャアアアアアアアアアアン!! と美しい物を溜めこんだ瓶が割れる音がこの部屋に響く。そして次の瞬間、砕け散った瓶から様々な色の光が溢れ出てきて、持ち主の所へ帰るように散り散りに飛んでいく。
「おお……待ってくれ! 儂の力!! 世界を満たす美しき物の力よおおおおおおおおおお!!!」
散っていく光に対して大きく手を伸ばす海の王。だけどその手に美しい物が戻ってくる事は無かった。そして彼女の美しい物も、そんな光の一つとなって帰ってくる。
優しい淡いピンク色したその光は、彼女の喉へと戻っていった。そして僅かに体全体が光ったと思ったら、彼女の脚が元の魚の姿へと戻る。それはまさしく、夢が覚めた瞬間だ。
「あっ……ああ……」
彼女の口から漏れる音は声にも音色にもなっていない物だ。ショックだからならのか、それとも久しぶりに声を出そうとしてるから上手く行かないのかわからないけど、でも……その様子を見るにまともに声を出そうとしてるとも思えない。
だって彼女は自分の姿を見て涙を流してる。人魚に戻った自分の姿をだ。だってもうこれであの場所へ戻る事は出来なくなったんだ。再び彼女と王子様の世界は隔たれた。近くて遠い物へと成った。
「許さん!! 許さんぞ人魚ども!! この海の王に逆らったこと、貴様等全員滅ぼして後悔させてやろう!!」
海の王の怒りは最高潮に達した。彼が持つ三つ叉の槍が海の色に輝く。すると海の王を中心に大きな渦が発生した。その渦は人魚達だけじゃなく、この建物全てを巻き込んで大きく成っていく。崩壊していく海の宮殿。そして渦は近くまで来ていた艦隊までも巻き込み始める。
超巨大な渦が足下から突如発生した訳だから、船が避けれる筈も無かった。渦に巻き込まれた艦隊は舵が利かなくなり、互いに衝突しあって海の藻屑へと消えていく。
人々の悲鳴と叫び、そして海自体が怒ってるかのような汐の音が響いてる。それにこれも海の王の力か、厚く覆われた黒い雲からは強烈な雨と雷まで……なんだか世界の終焉を観てるかのようだ。
「死ね! 死ね! 死ねぇええええええええ!! 全てを無に帰すのだ『ブリューナク』よ!! この汚れきった世界を今一度清浄に!!
地上だけで良いと思ったがそれではダメだ!! この世界は全てが汚れきっている。だから全てをその力で終わらせろ!!」
渦の中心でそう叫ぶ海の王。もう殆どヤケクソ状態だな。美しき物の瓶が割られた事で、もうどうにでもなれって感じに成ってるぞ。
自らと共に世界を滅ぼそうとしてる。体が引き裂かれそうな渦の中では流石の海の住人達も自由に泳ぐことは出来ない様で、みんな苦しそうにしてる。
流石に王は、王を名乗るだけあって圧倒的。もしかしたらあの王の強さはあの槍のおかげかも知れないけど、今の彼女達にはどうしようもない。そして海の住人達まで自由が効かないこの渦の中、次々と粉々になる船と共に人間が飲まれていっては溺れてる。
当然だ、人は海の中では脆いんだ。地上よりも早く動くことも出来ないし、呼吸だってまま成らない。彼らは声に成らない声を上げて、その命を散らして行ってる。
そしてそんな儚い命の灯火が今まさに消えて行ってる人間達の中に、彼女は王子様の姿を見つける。そう、この艦隊は彼女を追って出向した王子様達の船だったんだ。
渦に飲まれて何も出来ないまま、深海へと引きずり込まれて行こうとしてる王子様。彼女は全身の力を振り絞り人魚であることを生かし、思い人を目指す。渦の流れに逆らわず、逆に利用する形で一気に王子様の元へ。
渦から出ようとするのは難しいけど、渦の流れを読むことはこの渦が強力な分、彼女たち人魚にとっては容易な事だったみたいだ。だけどその流れが都合良く目的地に繋がってるかと言えばそうじゃない。
彼女は王子様の近くまで行けたけど、あと一歩届かない。このままじゃ王子様は水圧で潰されるか、肺の中の空気を全て押し出されての窒息死……考えるだけで彼女は泣きそうだ。
もう会えないと覚悟した。もう一緒に居れないと分かってる。だけどそれを受け入れたのは、この人が生きて幸せに成って欲しいから……ここで死んでなんか欲しくなんかない筈だ!!
「愚かなる人魚め! 愚かなそこの人間共と無に帰すがいい!! 結局何も残らなかったんだ。本望だろう!!」
海の王の声がこの渦の中でも良く聞こえる。絶望を誘うそんな声だ。だけど彼女は諦めない、届くと信じて……助けると誓ってその手を伸ばし続ける。
「無駄だあああああ!!」
そんな海の王の声と共に、更に勢いが増す渦。そのせいで二人の距離は再び空いた。だけど彼女は再びその体に鞭を打って、渦を猛スピードで泳ぐ。勢いのせいか、脚の鱗が剥がれて血が海に滲んでる。だけどそんなの気にせずに彼女は泳ぐんだ。
例えもう、横にいれなくなても、大切な人を守るために。
「愚か……だったと思われても……良い」
彼女の口から途切れ途切れだけど、小さな声が漏れ聞こえる。ようやく戻った声が、彼女自身と馴染んできたのかも知れない。彼女は必死にその細い腕を伸ばしながら、更に力強くこう言った。
「だけど!! 何も……何も残ってないなんて事は絶対にない!!」
その瞬間彼女の手は王子様に届いた。そして二人はようやく体を重ねる距離に。だけどその時、彼女は感じた。王子様の体は既に冷たく、魂が抜けたかの様に青白いと。
だけど溢れ出しそうな涙を堪えて、彼女は上を見据える。彼を助ける為には水面に出るしかないからだ。彼女は尾ビレを動かして渦の流れに逆らい出す。だけど一人の時でもその場に止まるのが精一杯だったんだ。
人一人……増してや全体重を掛けてくる大の男一人背負ってこの渦に逆らえる筈もない。彼女は力の限り頑張ってるけど、どうしても下へ引きずり込まれていく。
(急がないと……急がないと!)
そんな思いが表情からも分かる。だけどどうやったってこの王の力は絶対。抜け出せそうもない。
「くはははははは!! さっきの威勢の良さはどうした? 諦めろ! 既にその人間は死んでいる! 認めるんだな!! そして直ぐに貴様も送ってやろう。結局貴様達には何も残らない! どうしようもない! それが事実だ!!」
爆発音みたいな音が上で響く。一瞬閃光が海の中にまで届いたし、まさか海へ落雷でもしたのか? まさに世界終焉の時は刻一刻と近づいてるな。
「私の中にはあります! この人と過ごした時間、暖かな思いで、包み込まれる様な出来事の数々。それに何より、この想い。
この思いはきっと消えない。未来永劫に残り続ける物。だから愚かだと想われても、私は後悔なんてしていない!!」
彼女は力強くそう言い切った。それはきっと強く愚かな乙女の本音って奴だろう。愚直に真っ直ぐに彼女は恋に生きたいんだ。
「人間人間人間人間人間人間!! 奴らこそ世界の汚物だと言うのに!! ブリューナクよ愚かな人間もろともあの人魚を貫き殺せ!!」
狂ったように人間を連呼した海の王は、その自身が持つ槍『ブリューナク』に命じてそれを投げ放つ。ブリューナクはリアルではケルト神話に登場する“神々の四大秘宝”とも言われる武器。その意味は『貫くもの』――その話を意識しての武器なら、まさしくその通りの使い方だ。
投げ放たれたブリューナクはまるで自身にジェットエンジンでも積んでるかの如く勢いで、水の抵抗関係なしに飛んで行く。てかなんかブリューナクが通った後の海が割れてる様に見えるのは錯覚か? 錯覚だと思いたい。
てか、あんなの食らったらまず間違いなく終わりだ。二人目指して飛んでいったブリューナク。渦の中じゃ彼女はそれを避ける事はきっと出来ない。そしてブリューナクが二人を貫いた――と思った。だけどそこには直前で何かの障壁に阻まれてるブリューナクがある。
「何!?」
王の驚愕の声。だけど分かるよ。僕もあれで終わりだと思ったもん。だけど現にブリューナクは阻まれてる。その時僕は気づく。この怒り狂う海の音の中、微かに心地よい旋律が聞こえることに。僕は周りを見渡す。すると何が彼女たちを守ったのかが分かった。
それは仲間の人魚達だ。人魚の歌声……それが彼女と王子様を守ってる。みんなこの渦に耐えるので必死なはずなのに、それでも仲間の為に、その喉を酷使してくれてる。
「みんな……」
「人魚共め!! ブリューナクを舐めるな!!!」
王がそう叫ぶと、ブリューナクは方向を修正して、回り込んで彼女を狙う。なんて言うデタラメな動きをする槍だ、そんなの反則だろ。自ら動いて貫こうとするなんて……流石は神々の秘宝なだけあるって事か。
だけど人魚達も自分達の底力を見せる。人魚達の音色は二人を包むように覆ってるんだ。だからどこから来たって防げない筈はなかった。
「舐めるなと行った筈だ!!」
だけどブリューナクの勢いは止まらない。いくら防がれたからって、王の元へ戻ることなく、縦横無尽に二人を貫こうとしてる。
何度も何度も衝突するブリューナク。すると人魚達にはかなりの負担が……きっとあれだけの障壁を歌い続けるだけでも喉に相当の負担があるんだろう。血を吐き出す人続出だ。
そしてそれに伴って歌の厚みは減っていく。これは破られるのも時間の問題。そう思ってると、突如海に黒い液体がぶち巻かれた。なんだか墨汁でも流し込まれたように、渦は真っ黒になり何も見えなくなる。
するとその時、下の方で海の王の「ぬおおおお!?」なる声が。一体何が起こってるんだ? そう思ってると、次第に渦の流れが弱くなっていく。そして海はいつもよりはまだ激しいけど、渦巻き状態では無くなった。
「これは……」
困惑してる彼女。だけどその時、真っ黒な海を割って迫るブリューナクが見えた。渦の驚異は無くなったけど、もう一つのこっち方の驚異はまだ健在。
けど、渦が無くなり自由に泳げるように成った彼女は、間一髪でブリューナクを避ける。これ以上みんなの喉に負担を掛けないためにも、彼女は迫りくるブリューナクの驚異をかわしながら海面を目指す。
てか、僕からすれば既にどっちが海面かさえも分からない状況だけどね。だって真っ暗で上も下も分からない。辛うじてブリューナクの後は海が割れるから、そこだけなんだか通常の色に見えるくらい。だけどだからってどっちが海面かなんて判断は出来ないよ。
けどそこら辺はやっぱり人魚なんだろうな。彼女たちは海の住人だからこそ、感覚的に分かるのかも知れない。それとも自身で深度を測れるとか?
まあ僕の視界にはどんな状況だって常に彼女だけは良く見える様に成ってるから、そこら辺は便利だけどね。今更だけど、どうやらここでは僕は背景というか、透明人間というか……存在してないらしいね。
まあもっと正しく言うと、僕がこの世界の住人じゃないって感じ? 世界に存在できてないから、それを認めれば実は海の中でも余裕で息できてる。多分きっと初めからこういう仕様だったんだろうけど、最初は慌てすぎて気づかなかったよ。てか話が進むにつれて、僕は空気化してるから、周りに影響出ないように成ってるのかも。
この位で僕の状況は取り合えずおいといて、彼女とブリューナクの追い駆けっこは激しさを増してる。というか、人一人を背負ってる時点で実は彼女は不利なんだ。上を目指したい所だろうけど、スピードで上回れてるせいでなかなか上へ行けないのが現状。
「んぬうううあああああああ!!」
そんな中、下から聞こえたそんな声。すると同時に周りの黒かった部分が押し流されて視界が戻ってきた。そしたらなんか僕の目の前にでっかいウネウネしたのが飛んできた。
「うあああああああ!!?」
訳が分からないまま、僕はそんなウネウネした奴の下敷きに。てか、良く見るとこれタコじゃね? かなりデカいけどタコにしか見えないぞ。まさかさっきの視界不良はタコ墨か?
「よもや、人魚どもだけじゃなく他の者も我に刃向かうとはな……あの瓶が割られたせいで正気に戻ったか。だがそれでも……この海の王が誰か、貴様等は知らぬのか!!」
そう叫んで海の王が拳を握りしめてコチラに一足で泳いでくる。デカい体してやがるのに、かなり速い動きだ。体がデカい分、ヒレもデカいしそのせいか?
だけどそれだけ水の抵抗も大きく成りそうだけど、魔法とか使う奴らに現代科学なんか意味なさないか。目の前に来た海の王は、その力強い拳を振るう。
すると周りの岩が凹みだし、そしてズズンともの凄い圧力が迫ってきた。僕は直感でこの攻撃の影響を受けるのは不味いと思った。「僕は空気僕は空気……」と必死に唱える。すると僕とタコが倒れてる地面が大きく窪み、タコの柔らかい体がその凹みと同化したよ。
やばいなコレ……明らかに地上とは違う力の伝わり方だ。なんだかまるで、この大量の水が大きな塊にでもなって押し寄せたみたいな……そんな感じだった。僕は空気となって無事だったけど、まともに食らってたらこのタコと同じ末路を辿ってただろうな。
「ふん……王に逆らう奴らは皆――」
海の王が哀れなタコのヒシャゲた姿を、威圧する様な目で見てると、後ろからドデカい口が現れて海の王をパクリと行った。
それはなんだか見覚えのある姿……デッカいウツボみたいなモンスターだ。僕も含めてきっとその場に居た人魚達も「やった!」と思ったに違いない。
そして今度は尖った鼻を持つマグロみたいな魚が大量に群で押し寄せて、上の方でブリューナク相手に逃げ回ってた彼女への救援に。
まあ用は。その尖った鼻を生かして大群で魚達はブリューナクへ突っ込んでる。弾かれてるみたいだけど、その多さで、ブリューナクは動きが鈍くなる。この隙を付いて、一気に彼女は海面を目指す。僕もいつまでもタコの下敷きになってるわけには行かないな。後を追いかけるよ。
するとその時だ。僕が彼女を追ってると、王をその口で噛み砕いたモンスターがなんかビクンビクンなってる事に気づいた。さっきまで蛇みたいに体をクネらせて泳いでたのに、今はその体を真っ直ぐに伸ばしてるぞ。
すっげー嫌な予感がするよ。そして次の瞬間そのデカい口が180度を通り越して270度くらいまでグァバ!! と開いた。当然おかしな音が聞こえたよ。具体的には顎が砕け散る音がね。
そしてそこには当然奴が居る。海の王が悠然と立ち尽くしてる。かなり太めの筋肉質のおっさんなんだけど、こうなるとなんか格好良く見える不思議。この威圧感もそれを見せるために一つ買ってるな。
てか完全にあの牙の餌食なったと思ったのに……流石王を名乗るだけある。ブリューナクが無くてもかなり強いぞ。
「王の威厳を忘れた愚かな奴らは、この海に存在する価値などない。一匹残らず根絶やしにしてやろう! ブリューナクよ戻ってこい!」
そう叫び、掲げた手にブリューナクを戻す海の王。その時、周りにはいくつもの大きな瞳の光があった。まさかこれは、王に立ち向かう為に来てくれた海の怪物達?
爆発音の様な衝撃と共に、海が白い泡で満たされる。てか、流石に危なすぎるから僕は海面へ。そこには王子様を抱えた彼女が必死に、彼を呼び戻そうとしてた。
だけど長く海中にいたせいか、王子様はぐったりとしたまま反応してない様子。
「お願い……目を開けて……死なないで……貴方が死んだら私は……私は……」
彼女の涙が空を映した黒い海に溶けていく。辺りは大荒れで、船の残骸がそこら中に漂ってる。
「今こそ願いを叶えてほしい。本当の願い……私の全てを捧げても良いから、この人を助けてよ……」
辺りにバカデカい化け物共が飛び出てきたりしてる。きっと海の王に打ち倒されて行ってるんだろう。だけどそんな光景には目もくれず、彼女はじっと王子様を見つめて、顔を近づける。「戻ってきて」と願いを込めた口づけだ。まさかそんな……と僕は思ったよ。願いを込めた口づけでどうにかなるのなら、世界に死は無くなるよ。だけどその時、海面に小さな魚達が顔を出して、なにやら歌いだしたぞ。それからも色々な小魚達が群を成してメロディーを奏でていく。
それらは大きな輪となり、二人を中心に輝く音の魔法陣が出来上がってる。
「みんな……」
「海は全てを受け入れる。だけど海は全てを育む場所なんです。だからその人の命も私たちでもう少しだけ育んで貰いましょう。海の力を使って……」
そう言って近づいてきたのはリアルにもいそうな程の一メートル越え位のウミガメだ。どうやらこの亀が小魚達を指揮してるみたい。そしてその合唱に呼応するように、王子様の体が輝き、そして「ガホッゴホ!」と呼吸が戻った。そして自分を抱える彼女に気づく。
「私は……そうか……また君に助けられたんだね。ありがとう」
王子様は優しく彼女にそういった。すると彼女の瞳からはとっても大粒な涙がポロポロとコボレてくる。
「私には……そんな言葉もったいないです。ずっと騙してました。私は人間じゃない……もう一緒には居られません」
泣きながらそう言う彼女をソッと抱き寄せる王子様。
「君の声をようやく聞くことが出来た。とても美しい。想像通りの声だ。それに人魚がなんだって言うんだ。最初にプロポーズしたときに言ったはずだよ。
私はそんなの気にしないと! 君が人魚でも、私の思いは変わらない」
彼女の顔が涙で一杯になった。体の震えが一際大きくなった。だけど自然と二人は見つめあい、そして再び唇を重ねるよ。
二人の息と想いが混ざりあう。二人の心は例え姿が変わっても変わらなかった。
そしてキスが終わると同時に彼女は「ありがとうございます」と伝えた。そしてその時、海面に飛び出てくる怪物が一体。まだまだ海の中では戦いが繰り広げられてるみたいだ。
「私は最高の幸せ者です。貴方の居るこの全ての世界が輝いて見える。だからこそ行きます。海の王を止めて、この世界を守りたい。
信じててください、私たちの勝利を」
そういう彼女の顔は決意に満ちて、更に今までよりも輝いてる様に見えた。そして王子様はそんな彼女を信じて「ああ、信じるよ。帰ったら結婚しよう」と改めてプロポーズした。
だけど彼女はその言葉には応えずに、亀に彼を任せて、再び水中へ。水中では海の怪物達と王の戦いが続いてる。それはもう海底が変わる程の規模だ。
だけどそれでもブリューナクを手にした王は果てしなく強い。人魚には戦う力なんて殆どない。でも、彼女たちは海の歌い手。
だから彼女は歌で海と対話する事にしたんだ。沢山の小魚達と、そして仲間達。みんなの合わさった歌が、この荒れ狂う海に響き出す。するとブリューナクの力が弱まってきた。
「何? どうしたブリューナク?」
「貴方を王と認めない。そうブリューナクは言ってるんです。海は一人の心が支配する物じゃない。私たちは誰もがこの海に生かされてた筈です。
それを忘れた貴方に、海の王としての資格はない。海の声を聞かなくなった貴方にこの海は悲しんで荒れてるんです。どうしてそれがわからないんですか!?
私達人魚は歌で海と対話します。だからわかる、海の悲しみが。救ってあげてと力をくれます。もうこの海は貴方の物じゃない」
彼女達の歌が光を放ち海へ満たされていく。そしてみるみる内に輝き出す海の中、ブリューナクが彼女の手の中に現れる。海という世界が歌ってた……楽しそうにそして悲しげに。放たれたブリューナクは、海の王を貫いて、この戦いは幕を閉じたのです。
朝日が海面を眩しく照らす時、彼女と王子様は海岸で向かい合ってる。そこは海と陸……それぞれの場所。彼女はもう陸には上がれない。彼女は人魚なのだから。
「どうしても……無理なのだろうか!?」
王子様は波の中に居る彼女にそう問いかける。朝日に照らされた彼女は小さく頷くよ。
「無理です。私は人魚、貴方は人……生きる場所も時間も、私たちでは異なります。だけど覚えていてください。私は貴方が大好きです。その気持ちはこれからもずっと変わりません。
私はこの気持ちを胸にきっと生きていけます」
「私も君が大好きだ! だからこそ分かれるのは辛すぎる! 君は辛くないのか?」
王子様は海にバシャバシャと足を突っ込んで彼女の元へ行こうとする。だけど腰辺りまで浸かると動きが鈍くなって、いきなり深いとこへ入り、溺れ駆けながら少し後戻り。
「……辛くない……訳がないじゃないですか!」
そう叫んだ彼女の目からは涙がコボレる。それを見て王子様は自分が言った言葉を後悔する。
「本当は別れたくなんかない。ずっと一緒にいたい。でもそれは出来ないんです」
「私たちの生きる世界が違うから……」
王子様の呟きに彼女はコクリと頷く。波の音が引いては寄せてを繰り返し聞こえる。風が潮の香りを届けてる。
「だけど私たちの思いは一緒……それに変わりはない。そうでしょう? それで良いんです。十分……私は幸せでした。これからはそれぞれの世界で精一杯生きていかないといけない。
私は海で、貴方は陸でそれぞれ頑張りましょう。もうあんな悲劇が起きない世界を作りましょう」
「……そうだな。それが王になる私の役目だ。作ってみせるよ。約束する。だから……さよならか」
「さよならです」
二人は見つめあってた。だけど朝日が王子様の視界を一瞬奪った直後、パシャンという波を弾く音と共に彼女の姿は消えていた。目の前にはただただ、美しく穏やかな海が広がってる。
パタン――と本を閉じるような音が僕の耳に届く。そしていつの間にか元の真っ暗な空間に戻ってる。何も見えない空間――いや……何かが浮かび上がってる? それは大仰な椅子に座り本を畳んだ小さな……少女?
「ねぇ、これはハッピーエンドなのかな? 二人は好き同士なのに、一緒に居られない。離れてたら、いつかは忘れてしまうよね?
仕方ない事なのかな? これで二人は幸せになれるの? 私には何度読んでもわかんない。死んでもいないのに分かれなくちゃいけないんなんて……絶対にダメだよ」
彼女はそう言って、椅子から降りる。何だろう……どこかで見たことがあるような少女なんだけど……てか何でクリエ以外の少女が居るんだよ?
訳が分からん。
「ねぇ、お兄さん。何か答えてよ」
「ん? あぁ、まあ……僕にも良くわかんないな」
そう言ったら大きくため息を吐かれたよ。
「だよね……お兄さんそういうのわかってなさそうだもん」
なんだか小さな少女に哀れみの顔を向けられてるぞ。どういう事?
「世界が違ったら諦めなくちゃいけないのかな……もう二度と二人は会わないのかな?」
僕は今度は呆れられないように必死に考える。
「会うくらいは良いんじゃないか? その本の二人だって時々会ってたりする位はしてたかもだぞ。近い世界だし、出来ないことはないだろ」
どうやらさっき観てた物は少女が持ってる本の内容みたいだな。タイトルに『マーメイドストーリー』とあるもん。
「……そうだね。二人とも生きてるもんね。生きてる人同士なら、その気になればいつだってあえるよね。だけど……私の世界はそうはいかないよ」
?? 良くわからない事をいう子供だな。てか、そろそろ聞いて言い? 君は誰だ。
「私? 私はクリエだよ」
「嘘付け!! あいつはモブリなんだよ! そんな人間の姿じゃない!」
何言ってるんだこいつ。洒落にもなってないぞ。
「う~ん、まあ厳密に言えば確かに私はクリエじゃないよ。だけどクリエの友達ではあるし、私はクリエでクリエは私でもあるんだよ。今はね……そうして貰ってるの」
「はっ??」
全く持って意味不明だ。子供の言葉だからじゃ済まされない意味不明度だよ。
「私が何かは色々と約束ごとがあるからいえないの。だからお兄さんが私って言う存在を見つけてくれると嬉しいな。勿論クリエの事も頑張ってくれなきゃ嫌だけど。
ねぇねぇこれだけ答えよ。お兄さんは、大切な人達に言い残した事があったまま死んだら……そのせいで自分が天国にいけなかったら、どうやってもそのことを伝えようと思う?」
更に電波な発言キターとマジで思った。この子かなりやばいよね。だけど本人はかなり真剣なご様子。ただからかってるだけでは無いようだ。
なんなんだろうな一体。病人みたいな服を来て、どっかの国の民族模様みたいなスカーフで括った黒髪ポニーテールが特徴的なこの子……ってそう言えばあのスカーフ見たことあるな。
やっぱり僕はこの子を見たことあると思う。だけどどこか思い出せない。クリエと関係する所? てか、それよりも僕の答えを待ってるようだし、そっちに答える事に。だけどなんと答えれば……僕は結局こう言いました。
「う~ん、正直に答えると……死んだことないからわからないな。まあだからこそ死んだときに後悔しないように、行動してるつもりだよ」
だからこそ諦めないって事を掲げてるんだ。
「そっか……まあそうだよね。だけど死っていつどこでくるかわかんない物だよ。お兄さんも気をつけてね」
「まだまだ死ぬ気はないし、肝に銘じておくさ」
僕がそう言うと、クスクスとその子は笑った。
「ふふ、クリエが気に入った訳が少しわかったかも。あの子をお願いします。大切な人達が消えちゃって、不安がってるから、迷っちゃったみたいです。
でも今は、迎えに来てくれる人達が居る。それをクリエにちゃんと伝えてくださいね」
そう言いながら歩いてくるその子。だけど途中からノイズが混じったように姿がブレていき、僕の前でその姿はクリエへとなった。僕はまたしても???だよ。
「う……ん、スオウ……クリエのせいで……シスターやアンダーソンが……」
僕の腕の中で震えるクリエ。今はこの子の事を――そう思った。
「大丈夫、お前のせいじゃない……それにちゃんと助けてあげなきゃだろ? こんな所で立ち止まってても、誰も助けられない。それでいいのかお前は?」
僕は頭をなでながらそう紡ぐ。するとクリエは頭をフリフリ、涙を拭いこう言った。
「いくない! いくない! いくない! 助けたいよスオウ!!」
「ああ、じゃあ戻ろう。前に進むために!!」
そう決意した瞬間に、僕たちの額に再び例のお札が姿を現した。そして光と共に、再び視界が歪む。世界は廻り、僕たちはどこかに引っ張りあげられて行く。
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