命改変プログラム

ファーストなサイコロ

闇に生れし者



「ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 頭は山羊で上半身は人、足は馬の蹄を持ち、背中にはコウモリの様な翼を持つ悪魔が、大量のオーク共の叫びをたった一体で賄う程の叫びをあげた。
 そしてその片手に携える巨大なメイスが、眼下で走るアギト達に向けられてる。アギトもアイリも、目前に倒れたガイエンにそれでも駆け寄ろうとしてた。


 後ろに続いてた親衛隊は、その叫びに怯んだのに全くあの二人は勢いを弱めない。元々そうするつもりだったのか、それともあの叫びは警告だったのか……どちらにしても止まらない二人を見て、☆を散らばらせる声の主は言う。


「やっちゃえ☆」


 そんな軽い口調で指示された悪魔は、巨大なメイスを力強くアギト達へ向ける。あんなの食らったら、アギトはともかく、薄汚れたドレス一枚のアイリは間違いなく戦闘不能だ。
 でも二人はやっぱりガイエンに向かって走り続ける訳で……悪魔の一撃は、不気味な音を響かせて二人へと迫ってる。


「くっそ!!」
「お二人とも!! あぁ~もう!!」


 僕とセラは同時に飛び出した。走りながらそれぞれの武器を構えて、悪魔へと迫る。立ちすくむ親衛隊を抜き去り、まずはセラが大きな手裏剣型に組み上げた金色の武器を、悪魔のメイスへ向かってブン投げる。
 回転しながら勢いよく宙を走る手裏剣は、アギト達の直ぐ上に迫ってたメイスへとぶつかる。回転する手裏剣は火花を散らして、僅かながらその勢いに食い込んだ。


 そしてその間に、風を纏ったセラ・シルフィングで僕もメイスへと向かう。僅かでも勢いが弱まったこの瞬間しかない。
 セラ・シルフィングの刀身を風の渦が覆う。僕は地面を蹴って、弾かれた手裏剣の代わりにメイスとぶつかる。二対の剣を頭の後ろから出す形で、メイスの横っ腹で風が唸った。


「っづ……ぐっらああああああああああ!!」


 二本の剣が纏ってた風が、吹きすさぶ嵐となって勢いをくれる。すると悪魔のメイスを徐々に押して、僅かだけど軌道を逸らす事が出来た。
 勢いよく地面を抉る巨大なメイス。だけどそこにアギト達はいない。


「スオウ!!」
「今更後ろを振り返るくらいなら早く行ってやれ! 僕達に最初からやらせる気だったんだろ? ならここはやってやるから、行けよアギト!!
 良くはわからないけど、仲直り……したんだろ?」
「お前……」


 アギトの顔がこの暗さでも良くわかった。だけどどうやらそれは、僕の後ろに原因があった様だ。悪魔の口に燃え盛る青い炎。それが僕と地上を照らす、僅かな光源になっている。でもこれはやばい!!


「っつ!!」


 吐き出される青い炎が頭上から迫る。僕はそれを振り抜く風で受け止める。二つに分かれた炎はそれでも消えはしない。


「行けアギト!! 早く!」


 空中から勢い良く押し戻される。このままじゃ直ぐにアギト達の所にも炎が回りかねない。その前に……アギトはアイリに促されて、再び走り出す。


「頼む!!」


 そんな言葉を残してだ。だけどそれはなかなか嬉しい言葉。アギトがそれを僕に言うなんてさ。少しばかりは頼れる位には成長出来たって事かな。
 炎に押されて、地面に足が着く。だけど……ここで打ち止めだ!! 足場があれば、幾らだって剣は振れる。二対の剣の連続技。僕は風で炎を打ち払い続ける。
 風に払われた炎は僕まで届きはしない。だけど地面に広がり続けてた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 左右の剣を両側に開く。その瞬間ようやく炎が途切れた。熱気を払い、見上げる空には黒い影が脳天気な拍手を贈ってる。


「あはははは☆ 流石、良くしのぎました。自分で成長を感じれたんじゃ無いのかな?」


 そんな事を言うシクラは、悪魔の頭の上で角に寄り添って腰を下ろしてる。成長ね……こいつに言われる事じゃない。確かにあの頃のままの僕なら、この炎に呑まれてただろう。
 やりきれた感……確かにそれはあるけど、でもこれは武器のおかげってのが大きい。セラ・シルフィングなら、大抵の事は何とか出来る……そう思えるもん。


 だけどそれだけって訳でもない。僕は最初の頃の様にただ振り回すだけじゃ無くなってると思うんだ。それはまさしく成長だろう。
 効率の良い剣の振り方に、連撃への繋がりとか常に考えてるからな。僕は片方のセラ・シルフィングを、見下すシクラへと向けて言ってやる。


「ああ、あの頃とは違う。そして直ぐにそこまで言ってやる! その内、、お前の余裕を無くした顔を拝んでやるよ」
「ええ~☆ スオウは私のいろんな一面が見たいんだぁ☆ う~ん、考えといてもいいかな?」


 わかってる癖にイチイチ変な方へ会話を進めようとする奴だ。柊とは違ってつかみ所がトコトン無いよ。僕の決めた台詞が台無しだ。
 だけど次に発した言葉はいつもとは少し違ってたかもしれない。


「ふふ☆ 楽しみにしてるから、死なないでねスオウ。こんなつまらない所では」


 つまらない所か……シクラにとってはこんな大規模な戦闘も遊びでしかなくて、作り替える為の作業みたいなものなのだろうか。
 柊は言っていた。セツリの為の世界を造ると。こいつらは僕達の居場所を奪う為に、アルテミナスを落とそうとしてるのか。


 そして最終的にはプレイヤーを追い出して、NPCというセツリを裏切らない人たちだけの世界にする。そんな感じだった。
 まだLROは「僕達の」が付くからな。でも、それはさせないって決めたんだ。


「つまらないなら、手を引けよ。お前達の目指す世界は間違ってる! セツリが本当に欲しいのはそんなんじゃない筈だ!!」


 僕の言葉に、シクラは意味深に微笑む。だけど口調は相変わらずだった。


「ふ~ん、どうやらヒイちゃんが余計な事をお喋りしちゃったみたいね☆ 別にいいけど。だけどやっぱり後でお仕置きかな?」


 別に良いとは思ってないよな? お仕置きってさ。いや、シクラの場合は、別に情報漏洩はどうでも良くて、ただ柊に何かしたいだけ……って感じなのかも。
 こいつなら十二分にありそうだ。


「スオウ君!」


 後ろから聞こえて来た可愛らしい声。そして炎を飛び越えてピクが現れる。すると、ピク自身と炎の向こうの人影が同じ光を発して魔法が発動される。
 大きな水の玉が次々とピクの口から吐き出され、多分彼女も外側から同じ様に炎を消してる。


 まあ言わずもがなだけど、それはシルクちゃんだろう。炎がある程度消えたら、みんなが僕の所まで来てくれる。「アギト様達は!?」
 真っ先にそう言って飛び出すセラは僕の視線の動きだけで、その方向を見定めた。途切れ途切れに成った炎の間にその人影はある。
 アギトとアイリとガイエン、三人の影だ。


「良かった。ガイエンは気にいらないけど、アイリ様達が無事なら安心ね」


 そう言うセラ。だけど本当にそうか? と僕は思う。だってそうだろ。まだ何も、状況は改善なんてされちゃいない。


「敵はまだまだそこら中にわんさかいるぞ。安心するにはどう考えたって早すぎだろ。特にこの悪魔……こいつは強敵だ」


 僕は実感こもった声でそうセラに忠告してやった。すると不機嫌そうに悪魔を見上げた。


「ふん……そんなのわかってるわよ。取りあえずよ、取りあえず! あそこでアンタが潰されてたら、私がその上から更に潰してやったわよ」
「ヒデェ事するなお前!?」


 なんて奴だ。仲間とは思えないな。思わず大声出しちゃったじゃないか。セラの奴は何だかんだ言って本当にやりそうなんだから、受け取る方も大変なんだぞ。


「スオウ君……あの悪魔って確か……あの時のだよね?」


 震える様な声が後ろから聞こえた。振り返るとそこにいたのはリルレット。ああ、そうか……リルレットは知ってるもんな……それにあの時も確か震えてた。


 同じ恐怖が、あの悪魔を見たことでぶり返して来たのかも知れない。僕はリルレットにどう言えば良いのか迷った。
 気休めな言葉? それとも流すような言葉で、余り触れない方がいいのか? だけどそれじゃあ……


「ああ、そうだな……えっと、その……だけど」


 やっぱり言葉が出てこない。ここに居るみんなはもう、誰一人として万全な奴なんていないだ。この悪魔の強さを体験してるリルレットになんて言えば良いのかなんてわかんないよ。
 ようやくさ、何とか一つの戦いを終わらせて来たばっかりなのに……そいつ等も揃って再登場って何なんだよと言いたい。
 だけどそんな風に僕が言葉を探してると、当のリルレットが震える拳を握り込んでこう言った。


「それなら大丈夫だよね。ここで更に、変な化け物が出てきたらどうしようって思ってたけど……前に一度私たちが倒した相手なら、勝てる保証があるような物だよ」
「リルレット……お前」


 何とも前向きな考え方。あの時とは大分状況が違うんだけど……だけどリルレットがそう自分に言い聞かせる事で、まだ進む事が出来るのなら、僕は何も言わないさ。


「ああ、そうだな」


 これだけで十分。確かに疲労困憊だとか、周りにはオーク共も大量にいて、しかもシクラとかもって言ったら嫌な想像しか出来なくなる。
 そんなの何のメリットも無いからな。


「あんまり目障りな顔しないでくれる? 叩くわよ」
「おまっ……随分元気だな。体力有り余ってるのかよ」


 たく、この暴力女は……遂にだけど言葉だけじゃ物足りなく成ってきたんじゃないか? そう思う僕は、ため息混じりでセラを見る。
 だけど何か……悪魔を見据えるセラの顔は、いつもの暴力的ジョークを楽しそうに言ってる顔じゃない。普通に至って真剣だ。


 そしてその顔のまま、僕の方をその眼差しで射抜くんだから質が悪い。不意を付かれた感じでドキリとしてしまう。


「ぶっ倒れてでも立ってみせ続けるわよ。だって私達の後ろには、アルテミナスがあるんだから!」


 その言葉に一番反応したのは、きっと足を止めてしまった親衛隊だろう。アルテミナスはエルフの故郷。例えここがゲームであっても、でもだからこそ、その中での故郷って物はあるんだろう。
 リアルの自分じゃない、ここでの自分。それが生まれ落ちた場所なんだからな。セラはそこをどう足掻いても守り抜きたいらしい。
 その意志の強さは、射ぬかれた僕が一番良くわかってる。


「だから弱気なんて見せないで。彼女が言ったとおり、『倒した』のならその事実だけで充分よ。もう一度倒せば良いだけだもの」


 簡単に言ってくれるセラ。まあ確かに、それしか無い訳だけだど……いいやその通りだな。後ろ向きな事を考えるなんて僕らしくない。


「ああ、その通りだな」


 そう言って僕とセラは悪魔を見上げる。ひいてはその頭上に座るシクラをだ。シクラは相も変わらず余裕そうな笑みを崩さない。
 それはそうだな、アイツは特等席で滅びゆくアルテミナスでも見物する気何だろう。それにこの戦力差……切羽詰まる事なんて微塵も無いと思ってる。


 月の無い夜でも、やけにアイツのその顔はハッキリと見えやがる。すると悪魔の頭の所で、何やら動く影がもう一つ出てきた。


「ちょっとシクラ! お仕置きって何よ。私は別に負けた訳じゃ……」
「へぇ~あ~そう? まあどんな良いわけでもそうだな~まずは、お姉様って敬ってくれたら聞いて上げるよ~☆」
「……システムスキャンしたほうがよろしくってよ、バカお姉さま」


 呆れた様な声で言ってるのは柊だ。やっぱりアイツ等合流してたらしい。同じ方向に最後、シクラは飛んでったしそうかもとは思ってたけど、あの二人相手は正直したくない。
 柊も中身はボロボロ言ってる割にはそうは見えないし、模試も二人が立ちふさがったら、流石に弱音吐くと思う。だってそれは……しょうがなくね?


「誰あれ?」


 呟くのはセラだ。そう言えばアギト組の奴らは柊の事を知らないのか。そしてまだ、その反則的強さを見てもいない。
 それはある意味、幸運な事なんだろうな。あれを知ってここでもう一戦を交えるのには相当な根性が必要だ。奇跡なんて物が足りなくなりそうだ。
 ストックなんてないけどさ。


「柊だ。お姉さまっても言ってた通り、妹だな。つまりはシクラと同じ存在だ。シクラってのはあの金髪の名前な」
「その位、流れでわかるわよ。けど同じ存在って事は、あの子も裏側の奴なんだ。でも勝ったんでしょ?」


 まさかまた、勝てたのなら理屈を並べる気か? 言いたいけど、アイツ等は別格だ。てか次元が違う。LROというシステムの縛りがない。
 オール反則みたいなもん。僕はセラに言ってやったよ。


「勝ったには勝った。だけどそれでも奇跡起こしてようやくだ。それが無けりゃ……手も足も出なかった。今はもう戦えないって言ってたけど……どうだろうな。
 あの様子からはとてもそうは見えないな」


 上ではシクラが、「可愛い~」と言って柊に抱きついてる。あれで良かったのか? 敬ってる部分は僕が聞いた限り皆無だったけど。まあシクラは細かい事気にしなさそうだからな。


「いった!? ちょっと止めてよバカ!!」


 そう叫んだ柊はシクラを強引に引きはがす。おや? やっぱりあの話はマジだったのか? 平然としてたのは顔だけってのは本当だったらしい。
 体を押さえる様に腕を回して、その場にへたり込んだ柊が見える。


「うふふ。そんな傷ついちゃって可哀想に。お姉様が体の隅々まで手当して上げてよ☆ じゅるる……」
「ちょちょっとシクラ! 最後のじゅるるって何よ! 何で妹が弱ってるのに、そんなに嬉しそうなの!? アンタおふざけも大概に……」
「アンタでもシクラでもなく……お姉様とお呼びぃぃ!!」


 最後にシクラはそう叫んで柊に飛びかかっていった。そして夜空に響く柊の悲しき叫びがやけに同情心を誘ったよ。
 アイツも色々と苦労してたんだな。それよりもシクラはやばいな。アイツ真正の変態だよ。傷ついた妹に飛びかかるってどうよ? 


 周りを見てみると、どうやらセラもシルクちゃんも同じように引いてた。そして心なしか、周りのオークも悪魔も何だか困ってる感じがしたよ。
 シクラの指示で多分動いてるだろうから、どうにも出来ないんだろう。目の前に餌が有るのにお預け状態だからなさっきから。
 きっとこいつらイライラしてるよ。




 にらみ合いが続いてる戦場で、ようやく理解が追いついてきた軍は、この状況を利用して回復やら何やらを行ってる。
 その顔は心なしか、やっぱり少しは色が戻ってる……そんな気がした。ノウイが軍全体にアイリやアギトが無事に戻ってきた事でも伝えたのかも知れない。


 それで少しでも活気が戻るのなら、越したことはないしな。その時、切羽詰まった様な叫びが僕たちに届く。


「シルクさん回復魔法を! 回復魔法をお願いします!!」


 それはガイエンに駆け寄って行ったアイリの声だった。僕達は顔を見合わせて、直ぐにその場へと急ぐ。シルクちゃんは詠唱にすぐさま入り、ピクもその後に続く。
 そう言えばガイエンは風前の灯火の命だったんだっけ? 悪魔との対面で忘れてた。しかも相当な深手で、しかも『血』まで出てた……もしかした取り返しの付かない事態に成るかも知れない。


 それにシクラの奴にあの高さから落とされたんじゃ、HPが尽きててもおかしくはないかも知れないじゃないか。


「どうしたアギト!?」


 直ぐ近くだったからほんの数秒でたどり着く僕ら。アギトとアイリは、ガイエンを挟んで両側に居た。そして当のガイエンはと言うと、やっぱり顔色は真っ黒で判断出来ないけど、相当やばい感じはする。
 どうやらHPはまだ残ってるようだけど、出血はまだ続いてる様だ。そこをアギトとアイリ、二人で押さえてる。


「ダメなんだ! 俺たちじゃこの位しかしてやれない!! でもこれじゃ幾らやったってこいつは助からない……だから!!」
「だから私の出番ですね」


 アギトの悲痛な叫びに、進み出たのはシルクちゃん。ピクも勿論横を飛んでいる。シルクちゃんのそんな言葉に、二人は無言で頷いた。
 押さえてただけ……きっとそんなわけはないだろう。僕達がシクラ達と向き合ってた時、アギト達はどうにか使用と手を尽くした筈だ。


 LROだって回復魔法くらい有るんだからな。だけどそれでもどうにも成らなかった……だから後頼れるのは魔法しかなかったんだ。
 シルクちゃんは二人を退かして、横たわるガイエンにその杖をかざす。そして紡いでた言葉を発動させる。浮かび上がる魔法陣。淡い光がガイエンを包む。


 それに併せて、ピクもガイエンの周りを舞い、その翼からピンク色の光を落としてた。キラキラと満たされていくその光。
 だけどその時だ。


「うっ……ぐっ……あぁ!!」


 切れ切れの声がガイエンの口から漏れ始めた。そしてゆったりと染み出すようにガイエンの体から何かが出てきた。
 それは黒く……粘っこい何かだ。ガイエンの表面を包んで行くそれは、ある一定の範囲で膨張を止めて振動を始めた。
 それはまるで、何かの為を作ってるかの様な動作。嫌な予感がした。


「シルクちゃん離れろ!!」


 僕は叫んでシルクちゃんの肩を掴んで引き寄せる。その瞬間だ。振動をしてた黒い何かは、魔法をかき消す様に勢い良く爆発した。


「きゃあ!!」
「っつ!?」


 周りにいた僕達は、その衝撃に押されて後方へ飛ばされる。そしてその時、同時にあの黒い物体も飛散してた様だ。
 勢い良くこっちに向かってくる欠片がある。このままじゃシルクちゃんに当たる。当たってどうなるかは分からないけど、確実に良いことは無いだろう。


 僕はシルクちゃんを庇うために勢い良く体を入れ替える。背中にベチャッという感触が伝わった。すると同時に変な声が頭に響く。


【邪魔をするなよ人間!!】


 今まで感じたどの感情よりもストレートにぶつかる感覚。ハッキリ言って不快その物だ。


「スオウ君、私を庇って……大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。別にHPも減ってないし。どうってこと無いよ」


 態勢を戻したシルクちゃんは直ぐに僕を気遣ってくれるけど、実際癒して貰う所何か無い。ちょっと気分がダークになったけど、それはホラ、魔法じゃどうにも出来ないし。
 それに問題はガイエンだろう。


「それよりもだ……」


 僕達はガイエンを見据える。そこにはさっきまでのガイエンが横たわってるだけ……そしてどうやら、回復はされてないみたいだ。


「どうして?」
「あの爆発で魔法が飛ばされた……いや、そもそもあの黒い粘液が、魔法を届かない様にしてるとか? それしか考えられない」


 シルクちゃんの疑問に答える僕。仮説だけど、間違っちゃいないと思う。


「待ってください! 何でそんな事が起こり得てるの? だってガイエンは意識を戻してない。なのに……」
 そんな事起こり得ない? そうアイリは言いたいんだろう。そしてもしも起こってるなら、まさかガイエンの意志とは思いたいくない。
 だけど僕は、ガイエンじゃ無いと思う。それは無い。そう思えるのはあの声だ。


「心当たりがある。さっきの黒い粘りが掛かった時、頭に変な声が響いた。それはきっとガイエンじゃ無かったと思う。
 アギト達が分かりあえたなら尚更だ。ガイエンじゃない……何かが“居る”んじゃないか?」


 それはおかしな妄想かも知れない。だけどその時、それを想像してか誰もが唾を飲み込んだ。


「そんな……訳ない。ガイエンはガイエンでしょう?」


 そう言って傍に座り手を伸ばすアイリ。だけどその手は、乾いた音を響かせて弾かれた。

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