命改変プログラム

ファーストなサイコロ

ほどけ掛ける結び目

 舞落ちる紙の束、鼻孔を擽る花の香り、そして美しい景色がそこにはある。けれど僕の瞳にはそられ全てをボヤかしてでも映したいたった一つがあった。
 足下まで届きそうな長く柔らかな髪。もう見慣れずぎた真っ白なワンピース。陶器にも負けない白い肌に、頬にはほんのりピンクが浮かんで、長い睫の奥には大きくて深い色をした瞳が見える。
 あれはそう、間違いない。


「セツリ……セツリ!!」


 僕はそう叫んで湖畔のテラスへ駆けだした。だって彼女をずっと求めて来たんだ。いっぱい苦労して、沢山の人に迷惑を掛けてやっとでたどり着いた。
 駆け出しもしてしまう。
 近づく毎にはっきりとその姿は確認できる。だけどそれだけじゃ僕は安心できない。どう見てもセツリだけどさ……もっとしっかりと僕はセツリを感じたかったんだと思う。
 だから思わずガバッと抱きしめた。


「きゃ……スオウ?」
「セツリだな……セツリの匂いがするよ」


 セツリの香りが体全体を包む感じがする。懐かしい香りだ。初めて出会ったときと変わらない良い匂い。女の子の香りって奴かな。


「わ、私そんなに臭わないよ!」


 けれどセツリはそんな発言がちょっと気に入らなかった様だ。ちょっとお冠。だけどそんな強い抵抗は無い。寧ろそっと背中に手が回ってくる感じがする。
 だから僕はもっと強く抱きしめてこう言った。


「感じるんだよ。セツリの香り。大丈夫、とっても良い香りだから。スゴく優しい香りだ」
「私も……スオウの匂いを感じる。私をいつも守ってくれた匂いがするよ」


 セツリの腕にも微かに力がこもった感じがした。だけど直ぐに触れた腕は解かれた。そして頭が何か熱い様な……セツリは普通よりも体温高いのか、いつもホッコリしてるけどこれは異常。
 どうしたんだ一体? と思ったら後ろから第三者の声が聞こえた。


「う~ん、スオウって以外と大胆だね」


 ビクゥゥと肩が上がった。心臓が飛び出るかと思った。てか一瞬止まったような……成る程、セツリが茹でってる原因が分かった。
 分かったけど……僕は振り向けない。だって忘れてたし、分かったら余計恥ずかしいじゃんか。リルレットの白い目が待ってそうなんだ。
 だけどいつまでもこうやってる訳にも行かない。何か更に後ろで何かゴニャゴニャ聞こえるんだ。これはヤバい。


「はっは、まあ良くあるよね。抱きしめたくなることってさ」


 そう言ながらゆっくりとセツリを解放して振り返る。動じてない風を装ってね。だけどこの言葉は余計いリルレットの白い目を加速させたようだ。


「ふ~ん、スオウってセツリちゃんを良く抱きしめたいって思ってるんだ」
(僕のバカァ!!)


 誤解が生まれる様な事を言うなよこの口が! 確かにさっきの言い方だとそう捉えられるかもだけど、違うんだ!


「えっと……スオウは私を抱きしめたいの?」


 そんな事を顔を染めてつぶやくセツリ。真面目に受け取らないで欲しいんだけど。くっそ、前方の竜に後方の虎か、逃げ場がない。


「いや、言っとくけどそんな頻繁じゃないから! リルレットの言い方が過剰なんだ。僕が言いたかったのは……そうだな。
 今のはサッカー選手がゴールを決めたときの感覚って言うか……」
「テンション上がって思わずって奴?」
「……まあ、そんな所?」


 何かリルレットの視線はやっぱ痛いよ。直視できない。あれ~リルレットってこんな怖い存在だったっけ?


「スオウってテンション上がるとナニからナニまでやっちゃう人だったんだね」
「何だナニって!? スゴい誤解を感じる! 後その白い目をやめてくれ! 無理、耐えられないから!」


 ナニが怖いよ。てかリルレットからそんな言葉が出ることがもう恐怖だよ。ナニを考えたくない。もう何も考えたくない。


「ナニ?」


 そんなセツリの声。後ろできっと首を捻ってるんだろうな。セツリはそう言う事に疎そうだから、いやらしい事に結びつきはしないだろけど考えて欲しくはない。
 それだけで僕は辛いじゃん。


「ナニ……は分からないけど、私はスオウに抱きしめられるの……嫌じゃないよ」
「は?」


 小さな声でそんな言葉が聞こえた気がした。いや、実際追いつめられすぎての幻聴かも知れない。妄想が声を持って出てきたとか。


「えっと……セツリ何か言った?」


 だから僕は確認するためにもそう聞いてみた。するとセツリは顔だけじゃなく首まで染めてこう言った。


「なな、何にも言ってないもん!」


 やっぱり幻聴だったらしい。セツリがそう言う限り、さっきのは空耳って事になる。だけどそう叫んだセツリは何だか口をパクパクさせてる。
 まだ言いたいことでもあるのだろうか? でも声にまで成らないから分からない、伝わらない。その時信じられん呼び名で呼ばれた。


「ねえナニの人」
「ナニの人!?」


 誰だそれ! それこそ幻聴・空耳として処理したい位だ。だけど明らかにそれはリルレットの声で、彼女はとっても堂々としてました。
 ああこれは現実なんだ……そう諦め切れたよ。


「あはは、ごめんねスオウ。ちょっとからかいすぎたね。だから泣かないで」
「泣いてねーよ! 小説だからって描写を捏造するなよな!」


 くっそーやりたい放題なリルレットに押されまくりだ。言っとくけど泣いてないから! するとリルレットがにっこり笑って耳打ちしてきた。


「ねえスオウ。ナニで何を想像してたのかな? セツリちゃんの何を考えたの?」
「は……」


 セツリの何って……自然と視線がセツリへ向く。綺麗で可愛いセツリの姿。小顔に、ワンピースから覗く鎖骨……適度な膨らみの胸に小さなお尻・・そして細く脚線美を描く脚――って何考察してんだよ! 
 ヤバい、黒いリルレットに乗せられてる。な、何がリルレットは目的なんだ? 貶めたいのか僕の事。そんな子じゃ無いと思ってたのに。
 するとリルレットは僕から離れてセツリの方へ向かってた。ヤバい、何を言う気だアイツ。


「初めまして、私リルレットって言います。直接こうして会うのは初めてだから、まずは自己紹介からね」


 そう言ってセツリに手を差し伸べるリルレット。何だ、意外とマトモな事をやっている――ていうか、僕が知ってるリルレットはあれだよ。
 今までのは悪夢に思えるな。


「えっと、セツリです。こんな所までわざわざどうも」


 セツリはその手をとって恐縮そうにそう言った。まあいっぱ迷惑を掛けたって事は分かってるだろうし、前からセツリは何か悩んでた感じだったから、赤の他人にまで迷惑掛けた事を気にしてるんだろう。
 でもそれはセツリのせいじゃ無いだろうに。特に今回はあの訳の分からない奴らのせいで……


(そう言えば奴らは何でいないんだ?)


 確か一足先にここにいるはずだろう。こんな簡単にセツリと僕らを接触させる事自体、おかしいんじゃないか? だけど、僕が幾ら思いを巡らせても奴らは見える範囲にはいないんだ。


「そんなやっとで会えて私は嬉しいよ。所でスオウはセツリちゃんに夢中みたいだけどどうなのかな? どう思ってるの?」
「ふえ? 夢中って……あの……」
「おい!!」


 何? 僕が他の事考えてる間に何言ってるんだリルレットの奴? もしかしてリルレットの奴、恋バナって奴に夢中になってる? 
 確かに女子はそれ系の話が大好物って聞くけど、もうっちょっと節操って物を持とうよ。リルレットの奴、自分の事はからっきしなのに人の事には興味津々なのか。


「その口がさっきからアホな事を口走ってるのかな~リルレット」


 僕は後ろからその頬をつね上げてやる。本当ならホッチキスか何かでその口を止めたいくらいだ。開かないようにな。


「いたいたいよスオウ! じゃあ何? セツリちゃんの事嫌いなの? そんなわけ無いよね。嫌いな相手の為にここまで出来ないもん」
「そ……それはだな」
「スオウは優しいから……」


 勢いのあるリルレットの言葉にどう返そうか考えてた間に、セツリがそう呟いた。優しいから……それは喜ぶべき評価の筈なのに、何だか素直に嬉しくない様な。
 そう言ったセツリも晴れやかな顔とはとても言えない。


「でも優しさだけなのかな? 私にはとてもそうは思えないけどな。だって私は最初の頃から知ってるもん。スオウが必死にセツリちゃんの事を追いかけてた事」
「おいリルレットいい加減にしろよ。それ以上一言も喋るな!」


 何? どんな罰ゲームなんだよこれ。てか他の人にはそう見えるものか……まあ見えないわけ無いよな。僕はやっぱりセツリの事が……その……好きって事なのかな?
 嫌いか好きで言ったら、嫌いなわけ無い。確実に好きだと思う。てかセツリほど可愛い子を嫌いな男子はそう居ないだろう。
 誰もがお近づきになりたい容姿してる。でもそれだけで僕は追いかけてたって訳でも無いような。セツリは何だか、ほっとけないって言うか、最初に見つけ時の孤独感。
 あれが……そう……似てたんだ。


「私に……それだけの価値があるのかな?」
「うん?」
「私に……スオウに守られる価値があるのかな?」


 不意に萎んだセツリの声。何がセツリを伏し目がちにしてる? そんな事今更だろう。僕は勝手に……最初から勝手に追いかけてたんだ。
 そして勝手な使命感を持ってただけだ。それにアルテミナスに来る前に、みんなで確かめあった目的。それはセツリだって納得したはずだ。
 僕たちはアンフィリティクエストを達成する。そう誓った。だからそんな事言わなくても良いことなんだ。僕達は好きでやってるんだから。


「そんなこと……」
「スオウはずっと必死だったの?」


 何かおかしな事を言うセツリ。そこは知っててくれた筈じゃないのかな? でもそう言えば僕らが頑張ってる時はいつもセツリは気絶してたっけ。
 まあ格好良い姿を見せたかった訳じゃないしいいけど。するとリルレットがまた余計な事を言いやがる。


「うん、それはもう必死過ぎなくらい。だって命懸けてるからね。そんな事、好きな相手にじゃなきゃ出来ないよ」


 満面の笑みのリルレットは自信満々に胸張ってる。何か無責任に言い切られたんだけど……どうすんだよオイ。でも完全に否定も出来ない。
 確かに言われてみれば命懸けてる時点でセツリは特別何だと思うし、それも否定しないよ。


「そう……なのかな? スオウなら困ってる人は命懸けで助けそうな気がする。それが今は私ってだけで……」
「セツリちゃん……」


 何だか伏し目がちなセツリにリルレットのテンションもやや落ちた。それはいいんだけど、どう考えてもセツリはおかしい。どうしたんだ一体?
 何でそこまで突き放そうとするんだ。何でそこまで、自分を一人にしようとする。迷惑なら迷惑とそう言ってくれればいい。
 けれどそうじゃないだろ。僕達は仲間の筈だ。もう赤の他人じゃない。泣いてくれた、待っててくれた、信じてくれたじゃないか! 
 だから僕はそれらを否定する様な……いや、僕自身が実は突き放された様なその言葉に苛立ったんだと思う。


「ふざっけるなよセツリ!」


 肺から空気を絞り出す様にして僕はそう叫んだ。声はただ大きいだけ、だけど抑えきれない感情で水面に微かに波紋が広がったかも知れない。
 花々に止まってた蝶々も驚いたのか一斉に飛び上がって光の燐粉を舞散らせてる。


「スオウ……」


 目を丸くして僕の声に驚いた様子のセツリ。けれど言いたいことはここからだ。


「言っとくけどな、僕はそんなお人好しじゃない! 誰も彼もを助け様なんて思っちゃ無い。そんな事、出来る分けないって僕は知ってる」


 人の手は二本しか無いんだから……だけどそのたった二つでも、すり抜ける事があるんだ。初めに埋まるその二つが、取って貰えない事を僕は……


「じゃあ、どうして?」


 セツリの声が落ち掛けてた僕の意識を引き戻す。彼女の柔らかな雰囲気が、香りが、勢いじゃない何かを引き出す気がした。


「特別……だから」


 口走った言葉に驚いたのは何もセツリだけじゃない。僕だって驚いた。自然とそう口が動いたんだ。


「とくべつ?」


 甘い声でそう繰り返したセツリ。『特別』なんて意味深なのか直球なのか分からない言い回しじゃん。でもどう解釈したって『特別』何て言葉には多大な期待が宿ってる気がするのは共通だろう。
 つまりはこの状況ではそれの解釈が容易に想像できる。だから何か後ろが騒がしい。


「えっと……それって……」


 そしてやっぱりセツリも顔火照ってる。当然だけど、でもこれは先走ったような、ちょっとした言葉のあや。


「セツリ、特別ってのは……」
「はい」


 何か受け入れ態勢出来てないか? しっかりと立って、姿勢良く、そして両手は腰の当たりでそっと併せてある。でもよく見ると、目は深く沈んでる様な気がした。どこかで達観してる様な、見定めてる様なそんな気が。
 それに気づくとなかなか言葉が出ない。ていうか、『特別』ってのは間違っちゃいないと思う。セツリは僕にとって特別だ。


 短期間でいろんな人に知り合えたのも、心通わす仲間が出来たのも、そして強く成れたのも、全部セツリとのあの出会いがあったからだ。
 だからセツリは、僕にとって……僕のこのLROにおいてかけがえのない特別な存在。そしてLROの中だけで終わらせない為に、ずっと頑張って来てるんだ。
 だから偽るっていうか、取り繕う事なんて無いと思えた。いや、この瞳に嘘は付けないって感じかな。


「特別ってのは本当だよ。間違いない。僕が初めて助けたいと望んだ相手がセツリだよ。僕はセツリが思うほど出来た人間じゃないから、せめて今ある繋がりを守るので精一杯。
 誰これ構わずなんて出来ないけど……セツリの事だけは僕は本気だ」


 カサ――と地面に落ちていた紙を誰かが踏む音が聞こえた。いつの間にか後ろの喧噪は止んでいる。そして僕はその瞳を見つめていた。
 恥ずかしいけど……だけど吸い込まれて行きそうなその瞳に思いを精一杯伝えた筈だ。するとセツリはゆっくりと目を閉じた。


「スオウの特別って……そういう事だったんだね」


 その声は少し寂しそうに聞こえた気がしたけど、自分の自惚れかも知れない。


「酷い奴になった? 頼りないかもね、こんな選り好みする奴じゃあさ」


 それに変な誤解与えたし。それは自分の口からは言いづらいけどね。てかリルレットが悪のりするのがいけないんだよ。何かややこしく成った。
 するとセツリは首を振る。それに併せて長い栗色の髪も空気に舞うように流れていく。何だか髪から粒子が散っている様に見える。そしてセツリは呟いた。


「ううん、そんな事ない。本気なのは分かったし……て言うかそれは前から……うん信頼してたから。嬉しいのもガッカリなのも有るけど、でもやっぱり嬉しかった。
 格好良かったし……私ももっともっと頑張ればチャンスは有るかなって思えたもん」


 チャンスね。まあ何だか許して貰えたみたいでほっとするよ。それにやっぱりセツリにはこういう笑顔が似合ってる。不意に見せる伏し目がちな顔も確かに良いけど、やっぱりこの笑顔にセツリって感じがするんだ。


「それに……今はまだこれが精一杯なのかなって割り切らなきゃなのかも。助けられてる間は、彼女と同じ所には立てないよね」


 元気にそう言い切るセツリ。でも彼女って誰だよ。それに助けられてる間は……か。早くセツリを解放してやりたい。三年――それがセツリが眠り続けるリアルの時間。
 リアルにもセツリにとっては辛いことが沢山あるだろうけど、ここで死んで欲しくないとは思うんだ。それじゃあきっとセツリは何も手にせず逝ってしまう。
 知って欲しい事がある。分かって欲しい事がある。それを伝えたいから、僕はセツリを追いかけてるんだ。


「それじゃあ――」
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうかセツリ」


 唐突に被せられた声に僕達は驚いた。いつ……いや、どこから来た!? どうやってこんな近くに現れたんだコイツ。


「そんなに驚く事じゃ無いじゃない。だってここに呼んだのは私達何だから」
「――っつ、シクラ!?」


 セツリのすぐ後ろ。て言うか、シクラはテラスに腰掛けてお茶してやがる。それも自然に。いや、この状況だと不自然なのか知らんが、ようやくお出ましか。
 てか今まで居なかったことの方がおかしいんだが……セツリは大して驚いてない? まさか最初からそこに居たとか言わないよな。


「なあにスオウ? 人の目の前で私達のマスターを誘惑しないで欲しいわね☆ 抱きしめた瞬間なんて、カップを一つ無駄にしちゃったじゃない」


 そう言って視線を下げるシクラ。僕もつられて視線を落とすとそこには確かに割れたカップが有る。ぞっとした。つまりコイツは本当に最初からここに座ってたって事か。スキルを使ってたって訳でも無いだろう……やっぱりシステムへの介入? 認識阻害でもされてたのかも知れない。僕達に見えてる視覚の改ざん。確かに出来なさそうじゃない。


「どうしたのスオウ? って待ってよシクラ。私はそのスオウにね……ううんもうスオウの気持ちちゃんと分かったから――」
「分かった? セツリは甘い! アマアマよ!」
「ふえぇ??」


 何か妙に親しげな二人。どうやら連れ去られた三日の間に友情でも育んだか? 悪い様にはされなかったみたいだし、とにかく打ち解けては居るようだ。やっかいな事にな。
「いいセツリ? スオウにはリアルに幼なじみの女の子が居る。これってスッゴく不利。だって年数分の思いでの差は容易には埋まらないもの。
 そしてさっきの助けたいことは本気って、助けた後はどうなるのって事よ☆ セツリは一人寂しく病室暮らしをまたしたい? そんな訳ないよね。なら、いっちゃだめ」


「でも……私……」


 好き勝手言ってくれるシクラにセツリは押され気味というか、コイツがセツリに色々吹き込んでたのか。言い返せない様子のセツリはこちらに振り返って、何かを求める様な視線が見える。
 だから僕は言ってやる。ようやく一緒にまた来てくれる気に成ったセツリを取られてたまるか!


「リアルに戻ったってここで過ごした絆が消える訳じゃない! ちゃんと病室にだって行くし、遊びに行ったりだって出来る!」
「うん、うん」


 僕の言葉に頷いてセツリはシクラを見つめる。「大丈夫そうね」とか「仕方ないわね」とかを期待してそうな瞳だけど、シクラの奴はもっと別の事を言った。


「それでも……いつかは一人に成っちゃうよ。私はそう思う。だけどここならそんな事させない。私達はみんなセツリの為の存在だから。
 ここに居る限り一人に何てさせないよ☆ 不覚定なリアルは、いつだって貴女を一人置いていくわ」


 そう言って優しくセツリを包むシクラ。その肩が少し震えてるように僕には見える。


「セツリ……」
「何でかな……リアルでの事は寂しくて、辛い事しか思い出せない。けど、ここはとっても暖かい。そんな日々が目を閉じると浮かぶんだ。
 ここでの方が私は幸せに成れるのかな?」


 透明な滴が頬を伝ってた。泣いているのに笑ってる。セツリもその答えを出せる訳がない。だってそれは選んだ先の未来にしか無い物だから。
 けれど放さない為には言わなきゃ……何か、何か!


「それは……」
「違うとでも言う気? 君にそれが言えるの? 本当で確実にリアルでこの子を独りぼっちにしないとも言い切れない君がね☆」


 僕は何も返せない。助ける事、救う事、それは一体どれだけの願いを背負う事なんだろう。

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