命改変プログラム

ファーストなサイコロ

向かうべき場所



 空から矮小な俺たちを照らす月が歪んで見えた。それは自身の体に防ぎようが無く、あらがえない程の力がぶつかったからだ。
 ガイエンがその手に握った王剣カーテナ。奴は確かにその力を行使した。


(あり得ない)


 グラリと傾く自身の体と、地を離れた浮遊感の中で俺はそう思った。王剣カーテナを使えるのはこのLROという広大な世界でただ一人の筈だ。
 この少し前にもう一人その力を使った奴が居たけど、あれは存在自体がおかしかった。プレイヤーでは無かった様だったし、アイリを操作してその力を無理矢理使ってる感じだったんだ。
 だからシステムの裏技的な事を知っているのならおかしくはないと、そう勝手に決めつけた。余り深く考える余裕も無かった。
 だけどこいつはどうだ? 


「ふふ、はーはぁっはははははははははは!! これがカーテナの力! 見たかアギト! 私が王に選ばれた証だ!」


 両手を広げて天を仰ぎ見ながらガイエンは吠えている。こいつは紛れもないプレイヤーだ。どうやってカーテナの力を行使してる? あの指に輝く『リア・ファル』とか言われたあの指輪がその鍵か?
 カーテナがその力を与えるということはプレイヤーである以上ガイエンにもこの国を統べる権利があるという事だ。
 アイリと共に? それともアイリはどうなるんだ? 俺はなんとかその足を地面に卸して踏ん張った。別に頑張る気が出てきた訳じゃない。やっとで俺にも楽しくなってきただけだ。
 アイリは確かにまだ守りたい。心の奥ではそんな願いも無いわけじゃない。けどここで、やっぱり俺は負けるのなら……もう、いいと思えていた。


「くく、まだまだだガイエン。俺はまだ立っていられるぞ! 王を名乗るならへし折れよ! その力が本当にお前の物に成ったのなら、お前はその証明として俺にわからせろ!」


 それで俺は本当に壊れる事が出来るんだから……一石二鳥だろう。それぞれの目的が達成出来る。もしも俺がここを切り抜けれる事が出来たら、もう少しこのままでいいと思えるかもしれない。
 外したネジを戻して、また曖昧な関係に戻れるかも知れない。だけどそれを誰が望むと言うのだろう。


「良いだろう。楽しい余興に成りそうじゃないか。お前を屈し、私は誰もが認めるこの国の王に成ろう! そして貴様には敗者の烙印を刻んでやる!」
「そうしてくれよ……もう俺が変な気の迷いを起こさない様に叩きつぶしてみせやがれぇぇぇ!」


 俺はガイエンに向かって走る。一気に懐に入り、大剣を振るう。だけどガイエンは微動だにせず、僅かにカーテナを動かす。それだけで俺の攻撃はガイエンに届かない。
 透明な何かに守られたガイエンはいやらしく口元を引き上げると、カーテナを真横に動かした。


「――っぐはぁぁ!」


 その動きに合わせて自分の側面を何か大きなハンマーで殴られた様な衝撃が走り吹き飛んだ。だけどそんな物体は影も形もない。実際には大きなただの力で殴り飛ばされた感じで、端からみたらいきなり俺が勝手に飛んでいっただけ。
 だけどその生み出された衝撃波や音は隠れもせずに伝わったのだろう。地面に転がった俺にもざわめく音が聞こえてくる。
 カーテナのその力を初めて目の当たりにしたであろう、奴らがそうなるのは仕方ない事だ。あれは神の力と感じる奴もいるだろう。


「どうした? まだまだこれからだぞ。この程度でくたばってくれるなよアギト! もっと私を楽しませろ!」


 そういって続けざまにガイエンはカーテナを握る左腕を振るう。俺はその挙動を目で追い、一点に向けて盾を構え飛び出した。
 盾の前面にとても重い衝撃が走る。それは手を伝わり支える腕を痺れさせる……けど、それだけだ。他の衝撃は俺に当たることなく、後ろでぶつかり合い激しい風を生む。
 俺はその追い風を勢いに足してガイエンにエフェクト付きの一撃をくれてやる。奴を守る薄い膜を貫いた感触があり、同時に爆発が起きた。
 流石にこう何度も食らっていると特性はわかる。カーテナは本体の動きに併せた衝撃を対象物にぶつける事が出来る様だ。どうやって距離を算出してるのか、それともいつの間にかロックオンされてるのかわからないけど、まだまだやれそうだ。
 前向きな理由でいろんな物に縛られてるときは動かなかった体も、それらを捨てる覚悟を決めれば案外普通に動いてくれるものだ。
 元々あのローブの奴の攻撃はダメージには成ってなかった訳だし、こうなると自分はどうすればいいのかが益々わからなくなる。
 守りたいときは動けなくて、どうでもいいと思えばか体は妙に軽いんだ。魂までも抜け掛けてる様に。
 爆煙の中からガイエンの顔が現れる。だけどそこに傷は無くHPの減りも見て取れない。だけど、いやだからこそ言ってやろう。もっと力を出し切るように。


「当然だ。ついさっきまでそれを使ってた奴の比じゃねーな。もっと上手く使えよガイエン。そんなんで王だと? 笑えるんだよおまえはぁぁぁぁ!」


 俺は勢い良く剣を滑らせる。ガイエンの首へと直ぐに剣は迫った。そしてここで初めての回避行動を取ったガイエン。奴は後ろに飛んで俺の攻撃をかわした。
 周りが静まり返る。それはどちらも引けを取らないように見えてるからか……それとも俺が押してるようにでも見えたのか? どちらにしても滑稽で、そしてどちらも違うんだ。
 カーテナはこんな物じゃない。この身で食らった自分が一番良くわかってる。


「ふん、肩慣らしだ今まではな。自分でもゾクゾクしてたまらんのだよ。この感覚……どこかから供給される様なこの力……無限の頂が見えるようだ! 
 貴様にはわかるまいアギト。背を向けてきた貴様には高見へ続く段さえ見えんだろう! それが貴様と私の違いだ。手にする者と、手放す者の違いだ。
 勝者と敗者の違いだよぉぉぉぉ!」


 ガイエンの握るカーテナから強い光が放たれる。そこで俺はおかしな事に気づいた。奴のHP……そしてこのピンピンした言動はどういう事だ。


「お前……カーテナの代償はどうした?」
「代償? ふふふ、ふははははははははははは! そんな物、偉大な私には何の意味もない! ――と、言うのは勿論嘘だが。
 代償は我らが愛すべき姫が請け負ってくれている。それが彼女の役目だろう」
「――っつ!!」


 その言葉に後ろを振り返るとアイリの体は再び墨の様な陰に呑まれて行っていた。どういうことなんだ? アイリはガイエンが受けるべき代償をその身に引き受けてるみたいだ。
 だから奴は気兼ね無くカーテナを振るうことが出来る。全ての苦しみはアイリへと流れるんだから。ガイエンはそれを気にする奴じゃもうない。
 そして俺も沸き立つ怒りを抑える術を知っていた。もういいと思った。全部をここで諦めようとそう思った。逃げ出してばかりの自分には何もかもが大層な事だったんだ。
 自分の役にたたなさを証明して心に区切りをつけて、後はログアウトをすればそれは全部幻だと思える。いいや、幻なんだ。
 俺はスオウや、セツリとは違う。いつでもリタイアとギブアップが用意された側に居るんだから。元がその程度の場所に居るんだから……結局ゲームだと割り切ればいいだけだ。
 だけどなんだろう。胸の辺りが微かに疼く。ジンと……アイリを見てると微かに感じる。だけどそれはまだ証明の途中だからだ。
 自分に用無しの烙印が押されれば、大層なお姫様は雲の上の存在に成るだろう。そうなって欲しいと俺は願っている。それは確かな事だ。


「アイリ……」


 こぼれる言葉は未練を表してる様だった。俺が証明したいのはそれだけじゃないから。僅かな何かに、俺は縋るためにもこうやって全力を出してるのかも知れない。
 だけどこれをやってる理由は実は俺にもわからない。頭の中はごちゃごちゃで、いろんな事がせめぎ合っている。頭で結論が出ないことは行動で出た結果に任せるしか無いじゃないか。
 だから全てを出して戦うんだ。これが終われば、俺はどちらかを結論付けてるだろう。


「私は最強だ! 我が国土で私にかなう者無し! 終わらせようじゃないかアギト。もう十分だろう」
「ははは……最強か。最強の王の誕生か……くくく、くはははははは! まだだろ、まだそれは決まってねーよ! 俺の中はまだぐちゃぐちゃなんだよ! まだ、やれるのか、やれないのか! 
 もう何も無いって位に見せてみろガイエン!」


 俺たちは再びぶつかる。でもそこにアイリを守りたいと思う気持ちは有ったのかもう自分にもわからなかった。ただガムシャラに、自身の持てる全部をさらけ出す様に俺は大剣と盾を振るった。
 だけど全ての攻撃がダメージに繋がらない。普通にかわす事も組み合わせて来たガイエンはかわせない物だけをカーテナの守護で防ぐ。
 それこそまさに絶対防御だった。通らない……幾ら叩いても。大振りはかわされてしまう、けれど振り切れないと守護は貫けない。盾の方はやっぱり剣と比べれば、攻撃力が落ちる。
 だからガイエンは長剣の大振り+スキル発動に気を付けてればいいだけだ。それだけでダメージを食らう事はない。それに奴は俺のスキルを知り尽くしてる。
 けれど時折、派手なエフェクトを帯びた攻撃が決まる事がある。だけどそれは有効打には成り得ない。奴の計算かなにかでそうさせられてる感じだ。
 だけどそれでも、この腕を止めるわけには行かない。もう俺にはそれが何の為かなんてわからない。いいや、どうでもいい。俺はその瞬間をただひたすらに待っているんだ。
 審判が下るその時を。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 叫びと共に俺のラッシュは続く。長剣を振り回し、大きな盾を突きだし払う。今の自分の手数の多さはスオウにも匹敵するかも知れない。
 武器でない盾まで武器として使い、実質両手に武器を持ってるのと変わらない。それも防御力高めの武器だ。
 二つを想定したスキルを次々と発動していく。色とりどりのエフェクトが爆散しては次の色が弾け飛ぶ。


「逃がすかぁぁぁぁ!!」


 幾ら奴の防御が堅くても、幾ら攻撃をかわせても、追いつめるように奴の回避の隙間を俺は塗りつぶしていく。今まで手にしたスキル、培った経験、潜り抜けてきた修羅場、それらの経験が収束していくような感覚だった。
 盾をかわした先には剣があり、剣をかわした先には盾がある。そしてスキルは交互に瞬時に組み合わせを変えてく。光が消えぬ間に弾けていき、積み重なっていく。沸き立つ煙は瞬時に周囲に流れて取り囲む軍や親衛隊に被さっていた。


(届く!!)


 積み重なった光の中で俺はそう判断した。まずはエフェクトをまとった大剣を奴の守護を切り裂くよ様に横に凪ぐ。纏ったエフェクトはその動いた場所から線を引いて爆発した。
 するとその膜が僅かに切り裂かれた隙間が見える。それだけで十分だった。赤いエフェクトを纏う盾を今度はその隙間に突き立てて捻り回して隙間を広げ、一気にガイエンの顔面を潰す勢いで突進した。
 避けられる筈もなく、今度こそ間違いなく通る攻撃だ。だけどここで遂にガイエンは動き出した。落ち着き払った声が不自然なほどにはっきりと聞こえた。


「アギト……今の貴様の剣には何も乗っていない。いや、聞こえてくるのは『イヤダ、イヤダ』と叫ぶ声か」


 大量の人の集まりで無駄に気温が上がったようなこの場に、甲高い金属音が鳴り響いた。俺の自慢の盾にぶつかるのは僅か三十センチばかりの小柄な剣。
 だけどそれはどんな巨大な剣でも抜けそうに無い強固さを感じさせている。溢れでる巨大な力がその時ばかりは俺の目にも映った気がした。
 これが輝きの国アルテミナスに代々伝わる国宝で、王剣と呼ばれバランス崩しとまで賞される武器。与えられる力は国そのもの。


「そんな不抜けた武器でカーテナを抜ける道理無し。貴様の望み通りに終わりをくれてやる! 思い悩まずに済むように! それがこの国の意志で、貴様の最後の仕事だ!
 新たな王の誕生に花を添えられる事を光栄に思うんだな!」


 カーテナが振られる。いつもならその一方向からしかこない衝撃が無数に飛んできて、避ける事も防ぐ事も出来なかった。跳ね上がる自身の体。骨が砕ける音が聞こえる様な気がした。
 続けて突き刺す様にカーテナが向けられるとドスッという貫通音が体だけに響いて俺の体は宙でその動きを止めた。それは流れでない血が不自然だと思える程の光景だ。一気に減っていくHP。
 それを眺めながらやっぱりか、と俺は思った。これが結果だ。確かめたかった事はここに証明された。


「ふはは、ははははははははは!!」


 不快な笑いを響かせてガイエンはカーテナを振って俺を投げ飛ばす。HPはこの決闘が終了になる一歩手前しか残ってはない。いや、ワザとそれだけ残したみたいだ。
 地面に倒れ伏した俺にわざわざガイエンが迫る。そんな必要一切無いのに、あたかもとどめはこの手で刺すべきという体でガイエンはカーテナを振りかぶる。


「哀れだなアギト! 貴様がこんな風に這い蹲ってる姿は愉快でたまらんぞ! 貴様をこうやって潰す事が一つの夢だったよ!」


 小さな輝きが振り卸されるのが俺にはゆっくりと見えていた。そしてその刹那、俺はこの審判に刃向かう気なんてなくて、これを有る意味納得出来てた。
 だけど何故だろうか。全部を諦めた筈なのに……前を向くと見えてしまうあの姿。でも、もう苦痛しか彼女は与えてくれない。葛藤の末に心が削れていくようなんだ。
 どうしてこんな事になったんだ? いつから俺達の歯車は狂いだしたんだろう。それを考え出して不意に視界に入ったのは愉快な顔を浮かべたガイエンだ。


(ああそっか、コイツじゃねーか)


 今まで全部を自分のせいで片づけた俺に現れたもう一つの矛先かもしれない奴。そう気付いたら怒りが一気に沸点を超えてわき出てくる。
 証明は出来た。俺はもうダメだとさ。僅かな期待は無くなってそれでいいと、良かったとさえ思えた筈だ。でも、繋ぐ……その存在が、俺と言う意識を強く繋ぐ。
 だから沸き上がった怒りは尋常ではなくて、それは今のカーテナを受け止める程だった。


「うぐっあああああああああああ!」


 剣と体全体で上へ出した盾を支える。ぶつかったのは小さなカーテナ本体だった。だけど僅か三十センチの剣とは思えない重みがその瞬間、全身にのし掛る。
 衝撃波の様な波が周囲に広がり周りの奴らを何人か吹き飛ばすのを目の端で捕らえていた。団子状態の軍の連中からはどよめきが上がる。


「貴様が貴様が貴様が貴様が貴様が貴様が貴様がぁぁぁ!」


 人語を解しててもそれは獣の様だった。俺は無造作に体を投げ出して、拮抗状態から抜け出す。そして荒い息を吐きながらガイエンに刃を向けて迫った。
 でも今度こそ奴は距離をとりカーテナを振るう。現れる力という衝撃。だけど俺はその力を強引に力で受けきり剣でたたき落とす。
 自分の足下が大きくへこみ、力の大きさを物語っている様なその光景をみることなく俺は前へ進んだ。もうずっと前の事で何を言っても変わることの無いことに怒りを表すなんて滑稽だとわかってる。
 現に少し前までは許したなんて言ってたさ。だけど全てを無くして、投げ出して、その時苦しむアイリをみて真っ先にでも思ってしまったんだ。
 なんでこんな事に成ったんだろう……て。すると目の前の奴がでてきた。それは本質的には違うのかも知れないけど、壊れた俺にはその判断は出来ない。


(俺の歯車を狂わせ奴を――壊せ壊せ壊せ壊せ!)


 そんな言葉が頭で延々に回ってる。本能というもので攻撃がくる場所がわかって、武器と防具の強度と威力を上げるスキルだけを常に発動した状態で強引に俺は突き進む。
 僅かなHPを更に僅かに減らしつつ、俺はそれでも何とかガイエンの前に出る。だけど奴は焦ることもせずに言い放つ。本当に愉快に楽しそうに。


「今更何に憤る!? 何もかも、遅すぎだあぁぁぁ!!」
「ぐっ! ああああああああああああ!」


 何が起きたのかわからない。ガイエンはカーテナを振り切った様な態勢に成ってるのだけは見えた。でもカーテナは届いて無かったし、今までの衝撃とも違った。突然、通り抜けた光。それは俺を焼き払った様だった。
 これで決まった。俺の目には『You Lost』の文字が青く暗いグラデーションで表示されてるのが見えていた。その瞬間、全ての熱が抜けていく感覚があった。
 轟く周りの歓声や罵倒も耳を無くした様に届かない。でも俺は思っていた。


(負けた……負けた負けた負けた……くはははははは! そうだこんなんだ)


 証明された俺は完敗の役立たず。やっぱりそれに変わりはなかった。さっきまで有った怒りはもう行き場がない。


「返して貰うぞその力。貴様にはもう必要が無いものだろう」


 傍に寄ったガイエンがそんな事を言った瞬間。途端に両腕の大剣と盾が重くなった。それはきっと俺のあのスキルが奪われたことを示してるんだろう。だけどこれで、俺の中の物は全て無くなった。


「『ナイト・オブ・ウォーカー』貴様には過ぎた力だったなアギト」


 虚空が開いた様な俺の心にそんな言葉が通り抜ける。本当にガイエンは王に成っている。『ナイト・オブ・ウォーカー』はアイリが選んでくれた騎士の証で、この国を統べる者がそのスキルを与えられる。
 だから俺からそれを奪ったガイエンはまさしく王だって事なんだ。ガイエンは黒く塗りつぶされつつあるアイリを拾い上げ言い放つ。


「抜け殻だな貴様は。最初からお前の剣は私を切ろうとはしてなかった。何の覚悟もしてないお前が騎士であれる筈がない。
 全ては必然の結果だな。貴様はもう、私の視界に入ることのないゴミだ。くくく、はーはっははははははは! 私は全てを手に入れた。アルテミナスは私の国だ!」


 アイリを抱えて、そう宣言されると親衛隊からグウの音を言わさぬ拍手が起こる。それは無言の圧力。そして軍にも蔓延した。
 大喝采の中、俺の視界には白い服の端が映った。それは親衛隊。拍手とは裏腹の冷めきった顔……それで俺は悟った。終わりの時だ。
 自分でログアウトしても良かったけど、俺は止めが欲しかった。これが決別の為の儀式の様な気がしたんだ。鈍い光を放つ剣が頭上に振り卸される。だけどその時、俺の前には小さな影が飛び出した。


「何をやってるんだアギト! 君はそんな男じゃ無いはずだよ!」
「……テツ」


 それは紛れも無くテッケンだ。何故ここに? 邪魔するなよ。その剣を止めないでくれ。


「もういいんだ……疲れたんだよ俺はさ」


 目を見開くテッケン。次にどんな言葉がくるかと思ったら全く別の方向から起こした顔を殴られた。


「ふざけんじゃねぇぇっす! アンタがそんな事言ったら駄目なんすよ! アンタはみんなの憧れで、アイリ様の騎士何でしょう! こんな所で、止まるなっすよ!」


 誰か知らない奴がそこにいた。そして胸くそ悪い、言葉を吐いている。本当に何なんだコイツは? この目が点野郎は一体……


「俺はヒーローっす! すっげー可愛いフワフワ髪のお姫様が認めてくれたっす! 一緒に逃げる事しか出来なかった自分をそれでもヒーローって!
 だからアンタも逃がしてやるっす! ここでアンタは死なせない!」


 俺の前に現れたヒーローは、情けない事を誇らしげに言うおかしな奴だった。だけどその豆の様な瞳には、懐かしい炎が見えた気がした。

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