命改変プログラム
二人の関係
ささやかな勇気が右手に残った。小さな希望が左手に灯った。それだけでもう一度、歩き出せる。やるべき事が分かれば自然と足は動くものだ。
迷った分だけ……立ち止まった分だけ、先に進もうとする。まだ間に合うだろうか。分からないけどもう一度走り出そう。
「行ってこいよスオウ。今度こそ俺達は何も出来ないけど、信じてる。お前ならセツリを連れて帰って来るってな」
アギトの言葉にその場のみんなが頷いてくれた。僕は再び溢れて来る物を押さえてウインドウを呼び出す。そしてみんなに向きなおり言った。
「行ってくる……眠り過ぎだからね。叩き起こして来るよ」
「ああ、頼んだぜスオウ」
「君ならやれる」
「信じてます」
「セツリを頼みます」
僕は彼らの声援を受け取りログアウトを押した。視界が徐々に狭まり暗転する。そして僕の意識は肉体へと戻っていった。
「ん……ぅん」
カーテンの隙間から差し込む光。鼻に突く薬品の臭い。瞼の隙間から覗く天井は何故かいつもと違っていた。その時
「スオウ!」
と激しく名前を呼ばれて僕の肌に暖かく柔らかい物が当たった。目を開いてその姿を確認するとそれは日鞠だった。何故か日鞠は僕の手を両手で握りしめ自身の胸に当てて泣いている。
「一体……どうしたんだよ」
僕の疑問は尤もだった。今の状況が分からない。どこだろうここは。僕の部屋より随分広い。見回すとテレビや生活用品が一通り揃った一人暮らしでも始めれそうな部屋だ。
だけどこのベットの白さと言いその周りの機器は不似合い。部屋に染み着いた薬品の臭いはここをある場所だと想像させるには十分だった。
僕は再び日鞠を見て聞いた。
「ここって病院か?」
日鞠は首を縦に振る。やっぱりそうなんだ。でもなんで病院なんかに自分は居るんだろう。確か僕は部屋のベットで横になりログインしたはずだ。
僕は涙を流す日鞠にその事を聞こうとしたけど、なかなか言葉が出てこない。僕は今最悪の想像をしていた。そしてもしもその通りだとしたら……その時ドアが開く様な音と共に複数の足音が聞こえてきた。
そして現れたのは佐々木さんや吉田さんを初めとする僕に忠告をしたLRO関係者の面々だ。彼らは僕が目を覚ましてる事に気づくと、持って来ていた見舞いの品だろうをぼとぼと落とした。
「良かった……スオウ君、目を覚ましたんだね」
そう言ってみなさんが僕のベットの周りに集まってきた。この人達がここに居るって事は多分僕の想像はあっていたのだろう。
そして泣いている日鞠を見る限り彼女もそれを知ってしまった。やっぱり僕は彼女を泣かせてしまった。僕は佐々木さん達を見て呟く。一応確認しておきたい。
「みなさんがここに居るって事はあれですよね。僕がLROの中に居る間に何かあったんですよね? 僕の体に」
誰もが神妙な面もちになる。そして聞こえてきたのは日鞠の涙混じりの声だった。
「スオウは……ヒック……心臓が激しく揺れて……うぅ……心臓発作みたいな状態……に、なったんだよ」
僕は思わず自分の胸に空いている方の手を当てた。心臓発作……それってまさか止まったりしてないよな?
すると神妙な声で佐々木さんが後を引き継いだ。
「止まったんだよ。君の心臓は少しの間だったけど確実にその動きを止めた。これは僕達の考えが甘かったんだ」
ゾクリとした悪寒が僕の背筋を這った。心臓が止まった? それは一瞬でも僕は死んでしまったと言うことか。あの時……胸を貫かれた時……僕は本当に死んでいた?
僕は自分の頭に着いているゲーム機に震える腕を伸ばして触れた。ゴツゴツした機械の感触。ずっと入ってたから少し暖かい。この機械が僕を殺そうとしたのかと思うと怖くなる。冷水を浴びせられたように体が震えだした。
あれは幻覚や夢じゃ無かったんだ。リアルでも僕はあれを体験してたのか。
頭ではわかっているつもりだった。忠告もしてくれたし、それでも僕は何度もゲームの中に戻った。そしてゲームの中で確かに僕は死を体感した。
だけど僕はそれでもその時はやっぱりゲームの中だと思っていたのか知れない。現実の自分がまさかこんな事に成ってるだなんて思いもしなかった。
そして今のこの状況だ。僕は今、本当にこのゲームに恐怖を感じている。リアルの恐怖を。それが僕の体を震わせているんだ。
「スオウ……大丈夫だよ」
僕の耳に届いた優しい声。それはスゴく暖かくて心に染みた。
「大丈夫……生きてるよ。私の事、わかるでしょ?」
そう言って日鞠はベットに乗り上げて僕を抱きしめた。震えていた体が徐々に収まっていく。安心が包んでくれているような感じだった。
僕は何度も頷いた。日鞠の体はとても柔らかく暖かい。
「わかるよ……日鞠の胸のささやかさが感じれる」
精一杯の元気の証を見せてやろうと当たっている部分の感想を言ってやった。
「それはスオウが小さいのが好きだからだよ」
どんな理屈だオイ。なんだかいつもの会話で一気に緊張感が溶けていく。恐怖も冷水から温泉位まで変わったかもしれない。
僕達の会話に周りのみなさんもなんだか笑っていた。そんな立場じゃないだろうに。ずっと僕を心配してくれていたみたいだしその笑いには安堵もあったのだろう。みんなの緊張が切れたんだ。
落ち着いた所で僕は話を聞いた。どうやら僕が胸を貫かれたとき、僕の異常をリアルで日々ゲーム機の動作状況をチェックしてる人が気づいたらしい。
僕の異常は優先的に拾う様にしてあったから直ぐに分かったと言うことだ。そしてLROの制作側にゲーム内での異常事態を伝えみんなして僕の家に向かった。だけど家には鍵がしてあって入れない。その時帰ってきた日鞠に事情を話したと言う。
余計な事だ。ここは上手く誤魔化せばいいものを。
そして家に入り僕の部屋に、だけどここにも鍵があった。けどそれは日鞠の合い鍵で突破――ってオイ。
「なんで僕の部屋の合い鍵を持ってるんだ?」
「家族ですから」
あの家に僕のプライベート空間は無かった様だ。僕が落胆しつつ話は進み。部屋に入ると体が痙攣してる僕が居たという。想像したくない話だ。
その状態にみんなが慌てて日鞠は僕に飛びついて泣いてたらしい。なんとか救急車を呼んでそれから電源を落としてここまで運んだと言うことだ。
だけどそれは賭だった。電源を落としても大丈夫か散々悩んだ挙げ句にとった方法はどうやら正解だったらしい。その証拠に僕は今ここに居る。
その時、少しだけ心臓は止まったらしいけどそれはほんの少しの時間。病院に着き電源を再び入れて完全に落ち着いた。それはきっとアギトが引っ張り上げてくれたからだ。
それと実感は無かったけどきっと日鞠もずっと僕の名前を呼んでくれていたんだろう。
全ての話を聞き終えて今度はこっちが話をした。何があったのかを詳しく。
「そうか……ゲーム内で血が見えたか」
僕の話に困惑する大人達。
「LRO内でそんな事が……多分君が貫かれたときだろうね。間違いない」
いろんな推論を飛ばす大人達を尻目に僕は頭から外したゲーム機を見ていた。その側面には「リンク」と掛かれた差し込み口がある。
すると突然横から伸びてきた腕が僕のゲーム機を取り上げた。それは言うまでも無く日鞠だ。
「もしかしてスオウ……また行く気じゃないよね? こんな危ないゲームは私が許しません!」
日鞠は絶対そういうだろうと思っていた。だからこそ知られたくなかったんだ。でも僕は行かないわけには行かないんだ。
「許してくれなくていい……だけど僕は何度だって行くよ。仲間が居るんだ。今も信じてくれている。それに助けたい奴が今迷子になってるから迎えに行かないといけない」
日鞠の目にブワッと涙が貯まる。泣かせてしまう。だけどこれだけは譲れない。
「スオウがなんでそこまでする必要があるの? 今度こそ本当に死んじゃうかもしれないんだよ。……そんなの私イヤだよ!」
そう言って日鞠はゲーム機を抱えたまま病室から飛び出してしまった。佐々木さん達は呆然と立ち尽くしている。僕はベットから立ち上がり日鞠を追いかけることに。
「すまないね。僕達のせいでこんな事になってしまって」
大の大人が揃って情けない顔をしている。だから僕は病室を出るとき言ってやった。
「別に大人の事情の為にやってる訳じゃ無いですから気にする事ないですよ。僕はただ助けたいからやってるんです」
僕は病院内を探し回った。だけどどこにも見当たらない。とても広い病院だ。一人で見つけるのは至難の業かも知れないと思っていたらあることに気づいた。
「ここって、あの病院?」
そうここはセツリ達が入院してる病院だ。多分彼らの会社と繋がって居るんだ。他の病院に運ばれて今の事態を知られたく無かったんだろう。
僕の足は自然とある方向に進んでいた。そしてたどり着いた病室は一際静かな場所……その前に僕は立つ。いつも来た時にこの静けさがなんだかプレッシャーを与える場所だ。
僕は覚悟を決めて扉をスライドさせて病室に入った。するとそこには日鞠の姿があった。やっぱり……全部彼女は知っている。
「問いただしたの……スオウの事、あの人達に。最初は渋ってたけど私がこの事をマスコミに売るって言ったら話してくれた」
さすが日鞠だ。他人に容赦がない。それは効果覿面だったろう。
「そしたらこの子の事もね……教えてくれた。スオウはこの子の為に命懸けて戦ってたんだね」
病室内に響く日鞠の声。なんだか少しの陰を感じる。
「ごめん」
なんだかそう言うしかない気がした。
「それは何に対してのごめん? 浮気してたこと? 他の女のために私に心配かけたこと?」
浮気じゃない……とは言えなかった。そもそもまだ付き合っても居ないはずだけど口に出せるはずがない。異様に日鞠の背中が怖いんだ。
「それは……」
「私、怒ってるよ。それと同時に凄く怖い。スオウは結局この子の為に行くって分かってるもん。だけど……不安だよ。死んじゃったらイヤだよ」
心細く震え出す日鞠の背中。僕は後ろから近づいて肩に手を置いた。
「抱きしめてよバカ」
女の子からそんな要求されるとはなんて僕は情けないんだろうか。何回か躊躇ったけど僕は後ろから日鞠の背中を優しく包んだ。小さくてか弱い女の子の背中だった。
「僕は死なない。約束するよ日鞠。それでも安心出来ないのは分かるけど信じてほしい。助けられるのは僕だけなんだ」
「それも聞いた。でも……なんでって……なんでスオウなの? って思うよ。お世辞にもスオウ逞しくないし、優柔不断だし普段は良くボーとしてるのになんでスオウなのって」
あれ? なんだろう。途中から悪口に聞こえたのは気のせいか?
「だけどそれでもスオウを選んだこの子が嫌い。お姫様の様に眠って……王子様の助けを待つなんてズルいよ! 私なんて駄目な王子様をずっと助けて来たのに」
だから後半悪口になってるっての。誰が駄目だって? てか主旨がおかしくなってないか?
「何言ってんだよ日鞠?」
僕は呆れて腕を解こうとして日鞠に捕まれた。
「まだ良いって言ってない。充電率八十位だもん!」
何だよ充電率って? 僕は油断してる日鞠の腕から強引に取ろうかとも考えたけど何となくそれは気が引けた。
「僕は絶対に戻って来る。だって僕の居場所にいつでも居るのは日鞠なんだからさ」
僕のそんな言葉に日鞠は一瞬肩を上げた。だけどそれから首を捻って僕を睨む。
「スオウって……ホント馬鹿だよね」
「なんだよそれ」
人の恥ずかしい言葉をそんな風に返すなよな。日鞠はそっぽ向いて「そんな事じゃ……心配は」とか言ってるけど聞き取れない。
僕は次になんて言おうかと考えてると日鞠は不意に頭を僕にぶつけてきた。思わず後ろに下がる。何するんだコイツ!
「スオウが馬鹿だから」
そう言って舌をだす日鞠はいつものコイツに見えた。だけどどういう事なのかさっぱり分からん。充電は完了したのか?
「うん、私の方が全然近くにいるもん」
「なんだそれ? それより早く返せよな。急いでるんだよこっちは」
僕は日鞠に詰め寄る。するとゲーム機を掴んだとき、ジッと強い眼差しで見つめられた。
「死なない?」
「死なないよ」
「戻ってきてくれる?」
「戻ってくる」
「この子の事好き?」
日鞠の言葉でその背後のセツリの顔を見る。きれいな顔だ。
「好きだよ」
ピクンと反応する日鞠。
「私の事大好き?」
僕は少し赤くなった日鞠を見やる。
「好きだよ――ぶっ!」
殴られた。何でだよ!
「大好きって言ってよ」
何という横暴だ。これじゃどっちがお姫様だ。僕は遂に力を入れてゲーム機をひったくる。だけどその時バランスを崩した日鞠が一緒に付いてきた。僕達はぶつかって床に倒れ込む。
マウントポジションを取られた僕。怒りの鉄拳が来ると思って目を瞑ったけど何もこない。見てみると日鞠は僕のお腹の上で俯いている。
そしてゆっくりと振り上げられる拳。今度こそ来ると思ったらポテポテと僕の胸を叩くばかり。
「どうしたんだよ」
「スオウが最低だから……」
バカから最低になりました。早い格下げだ。
「ならもっと強く叩けば? もう覚悟は出来てる。幾ら殴られても耐えて行くから」
「……耐えてイクなんてスオウMなんだね」
おい、なんだそのイヤラシイ方面への解釈。物足りないと思われた? 最低の称号にMが付く。変態だ。
だけど日鞠の力は変わらない。なんだか声に張りも無かったし冗談か?
「日鞠? おかしいぞお前」
「うるさい、Mス」
Mス? もしかしてMスオウを短縮した形かな? 斬新だなおい。
するとぽつりぽつりと日鞠の言葉が聞こえてきた。
「私も最低だよ。三年間も意識不明の子を助けられるかも知れないのに……どうしてもやっぱり行って欲しくないもん」
日鞠の声は暗い。お腹に伝わってくる彼女の暖かさが今はなんだか遠のいて行くようだ。
「それにね。私が怖いのはスオウが死んじゃう事じゃない。だって死んじゃったら誰の物にもならないけど生きて横取りされたらどうなるの? 私が殺しちゃうよ」
とんでもない発言をしてるよこの子。ポテポテだった音が刃物を突き刺すブスブスに変わった気がする。相変わらずゆっくりなのが怖い。予行練習? 微妙に位置をズラしてるのは内蔵の位置を確認してる訳じゃないよね?
「あっ、勿論スオウが死んじゃうのも怖いよ」
後から付け足されたその言葉に重みを感じない!
「ねえ、スオウにとって私ってなんなの? 家政婦さんか何かかな?」
流石にその質問にはムッと来るぞ。恐怖に縛られてた体に力を込めて言った。
「ふざけるな。そんな訳ないだろ! 日鞠は幼なじみで、友達で、僕にとって居なくちゃ困る大切な存在だ!」
するとその瞬間いきなり息が止まった。何かに遮られるようにして。僕の眼前には日鞠の顔がある。閉じられた幼なじみの瞳……髪をかきあげる白い手……胸に当たる柔らかい感触……そして僕たちの唇は重なっていた。
何秒ぐらいそうしてただろうか。僕には途方もなく長く感じれた。日鞠がようやく離れたときこう言った。
「あの子とはキス……したって聞いたから」
唇に自身の指を当てるその仕草に鼓動が速まる気がした。てか、何から何まで喋ってるんじゃないよあの人達!
「あれは事故で! ――って、バーチャルでの事で……ああもう」
僕はまだ温もりが残る唇を必死に動かした。だけど上手く言いたいことが言えないし考えがまとまらない。
「嫌だった?」
狼狽える僕の耳に届いた言葉になんて返せば?
「嫌じゃない……けど……」
「けど?」
日鞠は僕の目を見つめる。ドキドキが加速するとはこういう状態なんだ。僕は悟らなきゃいけないんだよね。
「けど……これってそう言う事?」
日鞠は顔をカリブ海の夕日みたいに赤く染まって頷いた。キスの方が恥ずかしい様な気もするけど女心は分からない。でも……そうなんだ。けどなんで今?
「だってスオウは止めても行くから……死んじゃうかも知れない所。私はね後悔なんてしたくない。だから今、知って欲しかったの」
そんなことを恥ずかしがりながら言う日鞠は今までで一番可愛く見えた。そしてそんな事を思う自分がいることに気付いたりで大変だ。えっと……これからどう接すればいいのかな? いや、まずは返事を……と思ったら日鞠は立ち上がり唐突に沢山の事を喋り出す。
「これからは炊事洗濯火事は分担制にしようかな? 月火水木金土はスオウね」
「殆ど僕じゃん! 平等に分けろよそこは!」
はっ! いつもの癖で突っ込んでしまった。てかこれは恥ずかしいから極力会いたくないとかの意志の現れだったのでは?
「いいの……それで?」
日鞠の顔は僕へ向けて涙の準備をしてそうだ。やっぱりなんだか気まずさがあるけど、ここで放すなんて出来なかった。
「あ、当たり前だろ。もう何年もやってないんだから一人で家事なんて出来るかよ。お前が居なきゃトイレットペーパーの位置すらわかんないだぞ!」
言ってて情けなくなる台詞だ。だけど日鞠は涙をポロポロこぼす。そして何故か僕たちは病院……しかも他人の病室でこれからの家庭内の分担を決めていった。なんだかおかしな光景だと思いながらも僕達は互いにそんな事には触れない。やっと訪れた僕達の関係の変化なんだから。
次第に僕達はいつもの会話が出来ていた。そしてそんな頃に日鞠は言う。
「返事はいつでも良いからね。でも取り合えずその子を助けるまでは……ね」
日鞠はセツリに視線を向ける。僕もそれを追ってセツリをみた。いつもと変わらない寝顔がそこにはある。そして変わらないからこそ僕はそこに痛みを感じる。
「この子、セツリちゃんだっけ。何が好きなのかな? 三年間何も食べてないんだよね」
日鞠もまた目覚めた時の事を言うんだなと思った。でも殺すとか言ってなかったっけ? まあいいか。
「好物は知らないけど、普通の食事は最初は取れないんじゃないか? なんか柔らかいものとか?」
僕の言葉に日鞠は頭を捻る。
「じゃあプリンだね。スオウが作ってくれたの美味しかったよ」
プリン? そう言えばそんな事あった。確か日鞠が手伝いに来るようになってまだ日が浅かった頃、僕は良く日鞠に対抗してたからその時作ったんだ。良く覚えてるな。
「プリンが嫌いな女の子はいません!」
確かにそうかも知れないけど……なんだかいろんな約束ごとが増えて言ってる気がする。それは意図的にそうしてるのかな? 僕は日鞠を見た。
「約束だよ」
そう言って僕達は指切りをした。この指切りにはきっと沢山の気持ちが詰まってる筈だ。
僕はこれからする事を日鞠に説明した。すると日鞠は手を握ってここに居ると言った。止めたけど譲らない雰囲気。僕は仕方なく日鞠と共にセツリの傍らに座ってゲーム機に内蔵されているコードを後ろから出してセツリに繋ぐ。
僕と日鞠は目を合わせて頷きあった。握りしめる手に力が入る。そして僕は唇を動かした。今までとは違う魔法の言葉……
「リンク・イン」
僕の意識という名の亡霊はセツリの中に入っていく。今度こそ僕は君を助けてみせる!
迷った分だけ……立ち止まった分だけ、先に進もうとする。まだ間に合うだろうか。分からないけどもう一度走り出そう。
「行ってこいよスオウ。今度こそ俺達は何も出来ないけど、信じてる。お前ならセツリを連れて帰って来るってな」
アギトの言葉にその場のみんなが頷いてくれた。僕は再び溢れて来る物を押さえてウインドウを呼び出す。そしてみんなに向きなおり言った。
「行ってくる……眠り過ぎだからね。叩き起こして来るよ」
「ああ、頼んだぜスオウ」
「君ならやれる」
「信じてます」
「セツリを頼みます」
僕は彼らの声援を受け取りログアウトを押した。視界が徐々に狭まり暗転する。そして僕の意識は肉体へと戻っていった。
「ん……ぅん」
カーテンの隙間から差し込む光。鼻に突く薬品の臭い。瞼の隙間から覗く天井は何故かいつもと違っていた。その時
「スオウ!」
と激しく名前を呼ばれて僕の肌に暖かく柔らかい物が当たった。目を開いてその姿を確認するとそれは日鞠だった。何故か日鞠は僕の手を両手で握りしめ自身の胸に当てて泣いている。
「一体……どうしたんだよ」
僕の疑問は尤もだった。今の状況が分からない。どこだろうここは。僕の部屋より随分広い。見回すとテレビや生活用品が一通り揃った一人暮らしでも始めれそうな部屋だ。
だけどこのベットの白さと言いその周りの機器は不似合い。部屋に染み着いた薬品の臭いはここをある場所だと想像させるには十分だった。
僕は再び日鞠を見て聞いた。
「ここって病院か?」
日鞠は首を縦に振る。やっぱりそうなんだ。でもなんで病院なんかに自分は居るんだろう。確か僕は部屋のベットで横になりログインしたはずだ。
僕は涙を流す日鞠にその事を聞こうとしたけど、なかなか言葉が出てこない。僕は今最悪の想像をしていた。そしてもしもその通りだとしたら……その時ドアが開く様な音と共に複数の足音が聞こえてきた。
そして現れたのは佐々木さんや吉田さんを初めとする僕に忠告をしたLRO関係者の面々だ。彼らは僕が目を覚ましてる事に気づくと、持って来ていた見舞いの品だろうをぼとぼと落とした。
「良かった……スオウ君、目を覚ましたんだね」
そう言ってみなさんが僕のベットの周りに集まってきた。この人達がここに居るって事は多分僕の想像はあっていたのだろう。
そして泣いている日鞠を見る限り彼女もそれを知ってしまった。やっぱり僕は彼女を泣かせてしまった。僕は佐々木さん達を見て呟く。一応確認しておきたい。
「みなさんがここに居るって事はあれですよね。僕がLROの中に居る間に何かあったんですよね? 僕の体に」
誰もが神妙な面もちになる。そして聞こえてきたのは日鞠の涙混じりの声だった。
「スオウは……ヒック……心臓が激しく揺れて……うぅ……心臓発作みたいな状態……に、なったんだよ」
僕は思わず自分の胸に空いている方の手を当てた。心臓発作……それってまさか止まったりしてないよな?
すると神妙な声で佐々木さんが後を引き継いだ。
「止まったんだよ。君の心臓は少しの間だったけど確実にその動きを止めた。これは僕達の考えが甘かったんだ」
ゾクリとした悪寒が僕の背筋を這った。心臓が止まった? それは一瞬でも僕は死んでしまったと言うことか。あの時……胸を貫かれた時……僕は本当に死んでいた?
僕は自分の頭に着いているゲーム機に震える腕を伸ばして触れた。ゴツゴツした機械の感触。ずっと入ってたから少し暖かい。この機械が僕を殺そうとしたのかと思うと怖くなる。冷水を浴びせられたように体が震えだした。
あれは幻覚や夢じゃ無かったんだ。リアルでも僕はあれを体験してたのか。
頭ではわかっているつもりだった。忠告もしてくれたし、それでも僕は何度もゲームの中に戻った。そしてゲームの中で確かに僕は死を体感した。
だけど僕はそれでもその時はやっぱりゲームの中だと思っていたのか知れない。現実の自分がまさかこんな事に成ってるだなんて思いもしなかった。
そして今のこの状況だ。僕は今、本当にこのゲームに恐怖を感じている。リアルの恐怖を。それが僕の体を震わせているんだ。
「スオウ……大丈夫だよ」
僕の耳に届いた優しい声。それはスゴく暖かくて心に染みた。
「大丈夫……生きてるよ。私の事、わかるでしょ?」
そう言って日鞠はベットに乗り上げて僕を抱きしめた。震えていた体が徐々に収まっていく。安心が包んでくれているような感じだった。
僕は何度も頷いた。日鞠の体はとても柔らかく暖かい。
「わかるよ……日鞠の胸のささやかさが感じれる」
精一杯の元気の証を見せてやろうと当たっている部分の感想を言ってやった。
「それはスオウが小さいのが好きだからだよ」
どんな理屈だオイ。なんだかいつもの会話で一気に緊張感が溶けていく。恐怖も冷水から温泉位まで変わったかもしれない。
僕達の会話に周りのみなさんもなんだか笑っていた。そんな立場じゃないだろうに。ずっと僕を心配してくれていたみたいだしその笑いには安堵もあったのだろう。みんなの緊張が切れたんだ。
落ち着いた所で僕は話を聞いた。どうやら僕が胸を貫かれたとき、僕の異常をリアルで日々ゲーム機の動作状況をチェックしてる人が気づいたらしい。
僕の異常は優先的に拾う様にしてあったから直ぐに分かったと言うことだ。そしてLROの制作側にゲーム内での異常事態を伝えみんなして僕の家に向かった。だけど家には鍵がしてあって入れない。その時帰ってきた日鞠に事情を話したと言う。
余計な事だ。ここは上手く誤魔化せばいいものを。
そして家に入り僕の部屋に、だけどここにも鍵があった。けどそれは日鞠の合い鍵で突破――ってオイ。
「なんで僕の部屋の合い鍵を持ってるんだ?」
「家族ですから」
あの家に僕のプライベート空間は無かった様だ。僕が落胆しつつ話は進み。部屋に入ると体が痙攣してる僕が居たという。想像したくない話だ。
その状態にみんなが慌てて日鞠は僕に飛びついて泣いてたらしい。なんとか救急車を呼んでそれから電源を落としてここまで運んだと言うことだ。
だけどそれは賭だった。電源を落としても大丈夫か散々悩んだ挙げ句にとった方法はどうやら正解だったらしい。その証拠に僕は今ここに居る。
その時、少しだけ心臓は止まったらしいけどそれはほんの少しの時間。病院に着き電源を再び入れて完全に落ち着いた。それはきっとアギトが引っ張り上げてくれたからだ。
それと実感は無かったけどきっと日鞠もずっと僕の名前を呼んでくれていたんだろう。
全ての話を聞き終えて今度はこっちが話をした。何があったのかを詳しく。
「そうか……ゲーム内で血が見えたか」
僕の話に困惑する大人達。
「LRO内でそんな事が……多分君が貫かれたときだろうね。間違いない」
いろんな推論を飛ばす大人達を尻目に僕は頭から外したゲーム機を見ていた。その側面には「リンク」と掛かれた差し込み口がある。
すると突然横から伸びてきた腕が僕のゲーム機を取り上げた。それは言うまでも無く日鞠だ。
「もしかしてスオウ……また行く気じゃないよね? こんな危ないゲームは私が許しません!」
日鞠は絶対そういうだろうと思っていた。だからこそ知られたくなかったんだ。でも僕は行かないわけには行かないんだ。
「許してくれなくていい……だけど僕は何度だって行くよ。仲間が居るんだ。今も信じてくれている。それに助けたい奴が今迷子になってるから迎えに行かないといけない」
日鞠の目にブワッと涙が貯まる。泣かせてしまう。だけどこれだけは譲れない。
「スオウがなんでそこまでする必要があるの? 今度こそ本当に死んじゃうかもしれないんだよ。……そんなの私イヤだよ!」
そう言って日鞠はゲーム機を抱えたまま病室から飛び出してしまった。佐々木さん達は呆然と立ち尽くしている。僕はベットから立ち上がり日鞠を追いかけることに。
「すまないね。僕達のせいでこんな事になってしまって」
大の大人が揃って情けない顔をしている。だから僕は病室を出るとき言ってやった。
「別に大人の事情の為にやってる訳じゃ無いですから気にする事ないですよ。僕はただ助けたいからやってるんです」
僕は病院内を探し回った。だけどどこにも見当たらない。とても広い病院だ。一人で見つけるのは至難の業かも知れないと思っていたらあることに気づいた。
「ここって、あの病院?」
そうここはセツリ達が入院してる病院だ。多分彼らの会社と繋がって居るんだ。他の病院に運ばれて今の事態を知られたく無かったんだろう。
僕の足は自然とある方向に進んでいた。そしてたどり着いた病室は一際静かな場所……その前に僕は立つ。いつも来た時にこの静けさがなんだかプレッシャーを与える場所だ。
僕は覚悟を決めて扉をスライドさせて病室に入った。するとそこには日鞠の姿があった。やっぱり……全部彼女は知っている。
「問いただしたの……スオウの事、あの人達に。最初は渋ってたけど私がこの事をマスコミに売るって言ったら話してくれた」
さすが日鞠だ。他人に容赦がない。それは効果覿面だったろう。
「そしたらこの子の事もね……教えてくれた。スオウはこの子の為に命懸けて戦ってたんだね」
病室内に響く日鞠の声。なんだか少しの陰を感じる。
「ごめん」
なんだかそう言うしかない気がした。
「それは何に対してのごめん? 浮気してたこと? 他の女のために私に心配かけたこと?」
浮気じゃない……とは言えなかった。そもそもまだ付き合っても居ないはずだけど口に出せるはずがない。異様に日鞠の背中が怖いんだ。
「それは……」
「私、怒ってるよ。それと同時に凄く怖い。スオウは結局この子の為に行くって分かってるもん。だけど……不安だよ。死んじゃったらイヤだよ」
心細く震え出す日鞠の背中。僕は後ろから近づいて肩に手を置いた。
「抱きしめてよバカ」
女の子からそんな要求されるとはなんて僕は情けないんだろうか。何回か躊躇ったけど僕は後ろから日鞠の背中を優しく包んだ。小さくてか弱い女の子の背中だった。
「僕は死なない。約束するよ日鞠。それでも安心出来ないのは分かるけど信じてほしい。助けられるのは僕だけなんだ」
「それも聞いた。でも……なんでって……なんでスオウなの? って思うよ。お世辞にもスオウ逞しくないし、優柔不断だし普段は良くボーとしてるのになんでスオウなのって」
あれ? なんだろう。途中から悪口に聞こえたのは気のせいか?
「だけどそれでもスオウを選んだこの子が嫌い。お姫様の様に眠って……王子様の助けを待つなんてズルいよ! 私なんて駄目な王子様をずっと助けて来たのに」
だから後半悪口になってるっての。誰が駄目だって? てか主旨がおかしくなってないか?
「何言ってんだよ日鞠?」
僕は呆れて腕を解こうとして日鞠に捕まれた。
「まだ良いって言ってない。充電率八十位だもん!」
何だよ充電率って? 僕は油断してる日鞠の腕から強引に取ろうかとも考えたけど何となくそれは気が引けた。
「僕は絶対に戻って来る。だって僕の居場所にいつでも居るのは日鞠なんだからさ」
僕のそんな言葉に日鞠は一瞬肩を上げた。だけどそれから首を捻って僕を睨む。
「スオウって……ホント馬鹿だよね」
「なんだよそれ」
人の恥ずかしい言葉をそんな風に返すなよな。日鞠はそっぽ向いて「そんな事じゃ……心配は」とか言ってるけど聞き取れない。
僕は次になんて言おうかと考えてると日鞠は不意に頭を僕にぶつけてきた。思わず後ろに下がる。何するんだコイツ!
「スオウが馬鹿だから」
そう言って舌をだす日鞠はいつものコイツに見えた。だけどどういう事なのかさっぱり分からん。充電は完了したのか?
「うん、私の方が全然近くにいるもん」
「なんだそれ? それより早く返せよな。急いでるんだよこっちは」
僕は日鞠に詰め寄る。するとゲーム機を掴んだとき、ジッと強い眼差しで見つめられた。
「死なない?」
「死なないよ」
「戻ってきてくれる?」
「戻ってくる」
「この子の事好き?」
日鞠の言葉でその背後のセツリの顔を見る。きれいな顔だ。
「好きだよ」
ピクンと反応する日鞠。
「私の事大好き?」
僕は少し赤くなった日鞠を見やる。
「好きだよ――ぶっ!」
殴られた。何でだよ!
「大好きって言ってよ」
何という横暴だ。これじゃどっちがお姫様だ。僕は遂に力を入れてゲーム機をひったくる。だけどその時バランスを崩した日鞠が一緒に付いてきた。僕達はぶつかって床に倒れ込む。
マウントポジションを取られた僕。怒りの鉄拳が来ると思って目を瞑ったけど何もこない。見てみると日鞠は僕のお腹の上で俯いている。
そしてゆっくりと振り上げられる拳。今度こそ来ると思ったらポテポテと僕の胸を叩くばかり。
「どうしたんだよ」
「スオウが最低だから……」
バカから最低になりました。早い格下げだ。
「ならもっと強く叩けば? もう覚悟は出来てる。幾ら殴られても耐えて行くから」
「……耐えてイクなんてスオウMなんだね」
おい、なんだそのイヤラシイ方面への解釈。物足りないと思われた? 最低の称号にMが付く。変態だ。
だけど日鞠の力は変わらない。なんだか声に張りも無かったし冗談か?
「日鞠? おかしいぞお前」
「うるさい、Mス」
Mス? もしかしてMスオウを短縮した形かな? 斬新だなおい。
するとぽつりぽつりと日鞠の言葉が聞こえてきた。
「私も最低だよ。三年間も意識不明の子を助けられるかも知れないのに……どうしてもやっぱり行って欲しくないもん」
日鞠の声は暗い。お腹に伝わってくる彼女の暖かさが今はなんだか遠のいて行くようだ。
「それにね。私が怖いのはスオウが死んじゃう事じゃない。だって死んじゃったら誰の物にもならないけど生きて横取りされたらどうなるの? 私が殺しちゃうよ」
とんでもない発言をしてるよこの子。ポテポテだった音が刃物を突き刺すブスブスに変わった気がする。相変わらずゆっくりなのが怖い。予行練習? 微妙に位置をズラしてるのは内蔵の位置を確認してる訳じゃないよね?
「あっ、勿論スオウが死んじゃうのも怖いよ」
後から付け足されたその言葉に重みを感じない!
「ねえ、スオウにとって私ってなんなの? 家政婦さんか何かかな?」
流石にその質問にはムッと来るぞ。恐怖に縛られてた体に力を込めて言った。
「ふざけるな。そんな訳ないだろ! 日鞠は幼なじみで、友達で、僕にとって居なくちゃ困る大切な存在だ!」
するとその瞬間いきなり息が止まった。何かに遮られるようにして。僕の眼前には日鞠の顔がある。閉じられた幼なじみの瞳……髪をかきあげる白い手……胸に当たる柔らかい感触……そして僕たちの唇は重なっていた。
何秒ぐらいそうしてただろうか。僕には途方もなく長く感じれた。日鞠がようやく離れたときこう言った。
「あの子とはキス……したって聞いたから」
唇に自身の指を当てるその仕草に鼓動が速まる気がした。てか、何から何まで喋ってるんじゃないよあの人達!
「あれは事故で! ――って、バーチャルでの事で……ああもう」
僕はまだ温もりが残る唇を必死に動かした。だけど上手く言いたいことが言えないし考えがまとまらない。
「嫌だった?」
狼狽える僕の耳に届いた言葉になんて返せば?
「嫌じゃない……けど……」
「けど?」
日鞠は僕の目を見つめる。ドキドキが加速するとはこういう状態なんだ。僕は悟らなきゃいけないんだよね。
「けど……これってそう言う事?」
日鞠は顔をカリブ海の夕日みたいに赤く染まって頷いた。キスの方が恥ずかしい様な気もするけど女心は分からない。でも……そうなんだ。けどなんで今?
「だってスオウは止めても行くから……死んじゃうかも知れない所。私はね後悔なんてしたくない。だから今、知って欲しかったの」
そんなことを恥ずかしがりながら言う日鞠は今までで一番可愛く見えた。そしてそんな事を思う自分がいることに気付いたりで大変だ。えっと……これからどう接すればいいのかな? いや、まずは返事を……と思ったら日鞠は立ち上がり唐突に沢山の事を喋り出す。
「これからは炊事洗濯火事は分担制にしようかな? 月火水木金土はスオウね」
「殆ど僕じゃん! 平等に分けろよそこは!」
はっ! いつもの癖で突っ込んでしまった。てかこれは恥ずかしいから極力会いたくないとかの意志の現れだったのでは?
「いいの……それで?」
日鞠の顔は僕へ向けて涙の準備をしてそうだ。やっぱりなんだか気まずさがあるけど、ここで放すなんて出来なかった。
「あ、当たり前だろ。もう何年もやってないんだから一人で家事なんて出来るかよ。お前が居なきゃトイレットペーパーの位置すらわかんないだぞ!」
言ってて情けなくなる台詞だ。だけど日鞠は涙をポロポロこぼす。そして何故か僕たちは病院……しかも他人の病室でこれからの家庭内の分担を決めていった。なんだかおかしな光景だと思いながらも僕達は互いにそんな事には触れない。やっと訪れた僕達の関係の変化なんだから。
次第に僕達はいつもの会話が出来ていた。そしてそんな頃に日鞠は言う。
「返事はいつでも良いからね。でも取り合えずその子を助けるまでは……ね」
日鞠はセツリに視線を向ける。僕もそれを追ってセツリをみた。いつもと変わらない寝顔がそこにはある。そして変わらないからこそ僕はそこに痛みを感じる。
「この子、セツリちゃんだっけ。何が好きなのかな? 三年間何も食べてないんだよね」
日鞠もまた目覚めた時の事を言うんだなと思った。でも殺すとか言ってなかったっけ? まあいいか。
「好物は知らないけど、普通の食事は最初は取れないんじゃないか? なんか柔らかいものとか?」
僕の言葉に日鞠は頭を捻る。
「じゃあプリンだね。スオウが作ってくれたの美味しかったよ」
プリン? そう言えばそんな事あった。確か日鞠が手伝いに来るようになってまだ日が浅かった頃、僕は良く日鞠に対抗してたからその時作ったんだ。良く覚えてるな。
「プリンが嫌いな女の子はいません!」
確かにそうかも知れないけど……なんだかいろんな約束ごとが増えて言ってる気がする。それは意図的にそうしてるのかな? 僕は日鞠を見た。
「約束だよ」
そう言って僕達は指切りをした。この指切りにはきっと沢山の気持ちが詰まってる筈だ。
僕はこれからする事を日鞠に説明した。すると日鞠は手を握ってここに居ると言った。止めたけど譲らない雰囲気。僕は仕方なく日鞠と共にセツリの傍らに座ってゲーム機に内蔵されているコードを後ろから出してセツリに繋ぐ。
僕と日鞠は目を合わせて頷きあった。握りしめる手に力が入る。そして僕は唇を動かした。今までとは違う魔法の言葉……
「リンク・イン」
僕の意識という名の亡霊はセツリの中に入っていく。今度こそ僕は君を助けてみせる!
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