命改変プログラム

ファーストなサイコロ

始まりは夢の中

 「アカウント取得完了。キャラクターメイキングに移ります……(三時間後)完了です。十秒後よりゲームを開始します。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ようこそ、『ライフリヴァル・オンライン』へ」


 第一章『眠り姫』


 岩がゴツゴツとしている。遠くからは微かな水の音が聞こえる。隣にいる赤毛で耳ながの大きな槍を装備している、エルフプレイヤーの『アギト』がこの先には結構大きな川が流れていると教えてくれた。
 ヌルヌルしだした岩肌を触りながら、成る程と思う。その時遠くに黄色い影が見えた。あれは敵モンスターのHPフラグか? 足下は光コケみたいなのが照らしてくれているけど、天井近くまではその光は届かない。敵はどうやら天井にぶら下がってるポイし、コウモリ型のモンスターか。
 まだ気付かれてはいないみたいだ。ターゲットされたらアクティブとみなされて奴の頭上のフラグは赤に変わり襲ってくる。


 僕はアギトと視線を交わし腰に納めていた片手剣を抜いた。金属の擦れる音が洞窟内に響く。アギトは僕の後ろで立ち止まる。僕はファーストアタックを決めるために地面を今までより力強く蹴った。
 タンタンタンと小気味良い音を響かせて敵に迫る。「よし!」このまま気付かれずアタックが決まればブラインドアタックと言うボーナス補正で雑魚は一撃で倒せる。
 天井に張り付く敵に剣を届かせる為に大きな岩を更に力を込めて蹴り全身の筋肉をバネの様に使い飛び上っ――ズルッ


「うぎゃ!」


 最後の詰めの部分でヌルヌルした岩肌で滑って転んだ。その音でモンスターは僕を気付き襲ってくる。
 でも、大丈夫だ。トラップでもないかぎりこんな事でHPは減ったりしない。立ち上がって反撃だ! ガチャリ……うん? どうしたんだ何故か立ち上がれないぞ?
 光コケの明かりで照らされた腰を見てみると装備の鞘が岩と岩の透き間に見事に挟まっているじゃないか!


「うわ! なんだこりゃ?」


 押しても引いてもスライドしても外れない。僕は不格好にも腰を下ろしたまま剣を闇雲に振るう羽目になった。当然当たるわけもなく雑魚の筈のコウモリモンスターにフルボッコだ。


「くははははははは! 何やってんだよお前」
「おいアギト! 笑ってないで助けろよ!」


 涙が溜まる目でアギトを捉えるとあの野郎腹を押さえてゲラゲラ笑ってやがった。確かに間抜けだったとは思うけどこっちは初心者なんだよ!


「あ~あ、悪い悪い。ほらよっと」


 大きな槍に赤い光が帯びると目に見えないスピードでコウモリを突き刺した。そして一瞬でHPは0に。コウモリは青い光を放って砕け散る。
 ちょっとの間その光景を呆然と見送っていた僕に、アギトは手を差し出す。男らしい熱血漢みたいな笑顔だ。その手を取りようやく立ち上がるとアギトは再び笑いを押し殺すようにしながら言った。


「初の戦闘お前にしちゃ……クク、良くやったよ」
「うるせえ!」


 とうとう限界が来たのか今度は洞窟に反響するように大声でアギトは笑いだした。こいつの背中をいつか刺す! 僕はそう心に誓った。


 奥に進むとアギトの言ったとおり大きな川が流れていた。勢いも結構ある。


「これって落ちたらどうなるの?」


 何となく思った疑問を口にした。


「泳ぎスキルの高い奴なら向こう岸に行けたりもするぞ。まあだけどセオリーじゃないよな。水の中にだってモンスターはいるんだし。余程の事がないかぎり水には入らない方がいい。お前だとまぁ間違いなく溺れるさ」


 キリッとした目を閉じて皮肉を言う所は、リアルもゲームも変わらない奴だなと思う。僕をこのゲームに誘った友人アギト本名『世田谷 秋途』は学校の同級生で親友と呼べる奴だ。
 友達はそれなりだけど浅く広くしか付き合わない僕にとっては、アギトはたった一人と言っていい親友だった。まあ、不思議な関係の奴なら、他にもう一人居るんだけど……でも、それは関係ないか。話をアギトの方へ戻して、こいつがしつこく一緒にこのゲームをやろうと言い出したときはめんどいと思いながらも嫌々頷いたよ。


 だけど新型のゲーム機なんて買う余裕なかったからバイトを始めたら、アギトも一緒に来て自分の分の給料も渡してきた時には流石にこれは一日でも早く買わなければと思ったものだ。
 そういうわけで何とか数ヶ月のバイトで僕はこのゲームの中に来れたという訳だ。普段ゲームはたまにしかしない僕にとっては初めてこの地に降り立った時、ここまで人類は来たのかと思った。
 いつまでも四角い箱の前でコントローラーを握ってピコピコするのがゲームと思っていたから、目の前に広がる光景はまさに衝撃、晴天の霹靂、カルチャーショックだったよ。


 空から降り注ぐ太陽にも熱があり、そよぐ風は肌に優しい。西洋の建物と機械的な建物が混在してる町並みは美しかったし、町行く人はプレイヤーかNPCか見分けがまるで付かない。そして何より僕が驚いたのは匂いだった。
 この街独特の匂い。自分が十数年住んでいる町とは全く違う。昔からここに普通にあって普通に歴史を積み重ねたみたいな匂いがここにはあった。僕は待ち合わせも忘れて二時間ぐらい街を走り回ってしまったほどだ。それでも半分位しか見れなかったけど……現実の一つの町並みにちゃんと広いんだ。
 この仮想空間はちゃんと息をして生きてる。そんな矛盾した感動があった。


 アギトと合流しても自分の鼓動は収まらなかった。だからもっと知りたくてアギトに「早く何かやらせろ」と言って連れてこられたのが街の近くの初心者用の洞窟ダンジョンだ。ついでに最初のクエストの場所でもあるらしい。だから誰でも一度は来るダンジョンと言うことで、ここのモンスターは最低値の筈だけどさっきの自分の体たらくに今更恥ずかしさが募る。
 今日はまだ時間も早いと言うこともあって僕らの他に誰も居なくて助かった。だけどアギトが言うに誰もが最初の戦闘は苦戦するそうだ。誰だって武器なんて使ったことないし目の前に異形のモンスターが立つと恐怖で足が震える。それは何回も戦闘をこなして慣れるしかないと言う。


 だからさっきみたいに自分からモンスターに向かっていくのは結構珍しい事だそうだ。まあ暗かったし殆どコウモリだったからね。それにアギトがいた。こいつは発売当日に始めたこのゲーム内に置いてはもう古株の部類らしい熟練プレイヤーだ。
 まあ、それを抜いても親友が隣にいれば大抵はなんとかなると思って突っ込めるぜ僕は。それを聞いたアギトは


「あっはっは。性格はそのまんまだなお前」


 と言ってまた笑われた。アギトが言うに仮想では現実と全然違う自分を演じている人達が結構な数居るらしい。それの一番の例が男なのに女性キャラにしたりその逆しかりだ。
 まあ違う自分を演じるのも楽しそうと思うけど……知り合いが同じ場所に居るんじゃその限りじゃないよね。そんな願望があるのかと思われてしまう。
 こいつ広めそうだし。てかキャラ作る前に


「お前女キャラで来いよ。その方がチヤホヤされるしパーテーも組みやすいし何より隣を歩くのなら美少女がいい!」


 とか力説された。なら自分を女キャラで作ればいいだろうと言ったら「自分の隣に美少女がちょこんと居るのが良いんだよ!」と言われた。もうわかんねーよ。


 そんな事を川の流れを見ながらぼんやり思い出していたら、遠くに掛かった橋の上からアギトが呼んでいる。どうやらクエストの場所はあそこらしい。
 アギトと合流して橋の中央から川を眺める。


「見えるか? 川の中に何か光ってるだろ? あそこに向けて初期装備の片手剣を投げ入れるんだ」


 僕は頷いてウインドウを呼び出し装備を解除。それを道具として再び実体化させて鞘ごと光に向かって投げた。
 ポチャン……という音が鳴り少しして水面が光り、水がせり上がって来て人の様な形になった。
 ここで説明しておくとこのゲームは最初は全部片手剣を装備してるらしい。それを最初のクエストで自分に一番合った武器に変えて来るのが、このクエストの目的でクエスト名『聖霊の祝福』なんだそうだ。
 お金も無い初期にいろんな武器に触れて欲しいというメーカー側の願望と、早くいろんな武器を手にしたいプレイヤーの願望の一致で生まれたクエストと言われているが、同じプレイヤーが違うキャラでこのクエストをやっても同じ武器しか出ないと言う噂もあって、もしかしたら自分の本能の部分を探っているんじゃないかと言われている。真相は分かんないけどね。


 なのでこのイベントは初期のクエストで結構重要だ。これからの相棒がなんなのかが決まる訳だからね。もちろん違う種類の武器を使う事だって可能なんだけど、今の名だたるプレイヤーはやっぱりこのクエストで選ばれた武器を相棒にしてるらしい。そう思うとドキドキする。


 人の形になった川の水はゆっくりと僕に手を差し伸べて来る。そして両の腕から強い光が放たれた。いよいよだ。
 僕が祝福を受けた武器それは二本のロングソードだった。銀色の輝きを放つ二対の剣。何の装飾も無い安物の剣だけどこれが僕に合った武器の系統と言うことだ。


「へぇ~二刀流か。珍しいな」


 アギトが言うには二刀流を使うプレイヤーはごく少数で高次元帯ではまずいないそうだ。多分祝福はもっと沢山受けてる筈だけど二刀流は扱いが難しい。昇華出来る奴が今まで居なかったんだろうと言うことだ。
 僕は二対の剣を受け取ってその両腕に掛かる重さを実感していた。そしてポツリと言う。


「なら僕が最初に昇華してやるよ。うん、気に入った。二刀流なんて格好いいじゃん」
「誰だって最初はそう言うんだよ」


 僕たちは笑い合って最初のクエスト達成した。まあ厳密には街に戻って報告しなきゃ達成した事にはならないけど今の気分にそんな戯れ言はいらないよね。
 さて、帰ろうとしたときアギトが来た道で戻ってもつまんないだろと言い出したので僕たちは別ルートから帰ることにした。最近鉱山開発が進んで道が繋がったらしい。恐るべきフルダイブMMORPGだ。街の開発もプレイヤー次第とは書いてあったっけどここまでやれるなんてびっくりだよ。


 僕は早速二刀流を装備してアギトの後ろを付いていく。途中であったモンスター達に二刀流を振り回しながら何とか進んだ。
 ここで更に追加説明しておくとこのゲームにレベルはない。いわゆるスキル制のRPGだ。だからしょぼい装備でも腕さえあれば強敵に勝つことだって出来るけど腕がなければどんなに良い装備をしたってある程度から上には行けないらしい。雑魚ぐらいは振り回すだけで勝てるけど、街から離れる度に強さが上がるらしいから、こんな戦い方じゃきっと直ぐにジ・エンドなんだろう。


 でもスキル制も悪い事ばかりじゃない。こうやって始めた時期が違う友達とも、気兼ね無くパーテー組めるんだからね。どんな雑魚でも0、0001位はスキルアップするらしい。まあ強敵ならその千倍位違うんだろうけど。
 アギトは完璧にサポートに回ってくれてるから、ここでスキルをあげる気は無いんだろうけど僕は二刀流が0、1位は上がっているだろうか?
 そんな事を考えながら走っていると不意にアギトが止まった。どうしたんだ?


「いや……あれ? おかしいな。迷ったかも」
「はあ、地図持ってないのかよ?」


 首を振るアギト。ここら辺は開発されたばかりだからまだ地図は発行されてないらしい。なんとこのゲームでは測量もプレイヤーがするらしい。


「そういうギルドがあるんだよ」


 いろんな人達がホントにいるなあと思った。それから僕たちはしばらくまたひた走った。だけど一向に出口は姿を現さない。


「おかしいな」


 ポツリとアギトは呟いた。流石に僕もそう思っていた。


「何がだよ? もしかして誰かの罠とか?」


 このゲームは基本PKありだ。プレイヤーキラーの罠ならこの不自然な迷宮に迷い込んだ様な感覚も説明できるけど……それにはアギトが首を振った。


「こんな街に近い、しかも初級ダンジョンでそんな事する奴いない。まあPKを生き甲斐にしてる快楽殺人者なら無くもないけど……こっち方面ではまだ聞かないな」
「聞かないっているのかよ?」


 僕が恐々と聞いたら今度はアギトが苦虫を潰したような顔になって首を縦に振った。


「認めたくは無いがいるな。こっちは普通に殺人出来るから……そういう人を殺してみたいって奴は少なからず居るよ」


 ゾクッとした。今までフルダイブMMORPGの表の部分だけを見ていたけど、裏には人の歪んだ感情の掃き溜めにもここは成っているのか。確かにニュースでその手の事を問題にする所を何度か見ている。教育上良くないとか専門家が言ってたな。
 でもそれはゲームのせいじゃ絶対に無いんだよな。大多数の人はこのゲームに感動して純粋に楽しんでる筈だ。だからこそ一部の腐った感情をここまで持ち込んで他人に迷惑を掛ける様な奴が最低なんだ。
 でも罠じゃないならこれはなんだよ。


「さぁ、わかんないな」


 このゲームのボリュームはスゴくて発売から一年が経っているのにメーカーから発表された攻略率は三十パーセントだったらしい。その事に古株の人達は落胆したとか。
 それに最近は重要なクエストの出が悪く足踏み状態だとか。何せ広大なこのゲーム。どこかで何かを見落としてるとしても、それを拾い上げるのは奇跡でも起きなければ無理な話だ。
 そしてそんな奇跡が自分の身に起きるなんて思っても無かった。まだ初めて一日も経ってない僕の目の前にこのゲームの謎は叩き出されたんだ。


 僕たちはまだ走っていた。ゲームの中とは言え体を動かす感覚はあるから疲れる。薄暗い洞窟は僕たちを飲み込んだ様にどこまでも続いている。
 疲れた所に滑りやすい岩を踏みつけて見事に転倒。だけどそのおかげで小さな穴を見つけた。穴というか亀裂かな。壁にビリッとヒビの様に縦に亀裂が入っていてそこからは微かに風が流れてる。


「アギト!」


 僕はアギトを呼び止めて亀裂の存在を教えた。


「確かに風が流れてるな……だけどこれってダンジョンの壁だよな? 壊せないだろ」


 プレイヤーは基本決められた物しか壊せない。地面に衝撃で穴が空いたりするけどダンジョンでは基本ズル出来ない様に壁は壊せない。街では何も壊せない。
 だからこれも無理だろうとアギトは言っているけど初心者プレイヤーの僕はやるだけやってみようと言った。もう走るのは疲れたよ。
 その言葉にアギトは槍を壁に突き立ててくれた。そして赤いエフェクトが爆発する。洞窟に煙が舞いガララと何かが崩れる音……どうやらそれは、亀裂が広がった音だった。


「……マジ?」
「ほらな、何でもやって見るもんだ」


 広がった亀裂に足を踏み入れる。こちらもかなり奥まで続いているみたいだ。僕たちは進み開けた場所に出る。するとそこには湖畔が広がっていた。緑色に光る不思議な湖……その側には紫色の光花が咲き誇っていてその花が包むように守っているのは天蓋付きのベット?
 明らかに不自然な組み合わせだ。なんであんな人工物がこんな所に……と思いながら近づいて更に驚いた。
 淡く光る花の周りのベットで一人の女の子が眠っていたからだ。


「なんだこりゃ?」
「いや、なんだって言われても………………ん? この子どこかで……」


 隣で思案顔するアギトを横目にマジマジとその姿を見つめてしまう。流れるような栗色の髪に雪をまぶしたような白い肌、桜色の唇は湿っていて艶やかだ。真っ白なドレスの様な寝間着を来て彼女はベットの上で堅く瞼を閉じている。生きてるのか死んでるのかさえわからない。微かに上下する胸を確認するとやっぱりこの子もプレイヤーなんだろうか?


「なんだと思う?」
「さぁな、この状況だけなら眠り姫って感じだよな。悪い魔王に浚われた。だけどボス級のモンスターはいないし、何よりここは初級ダンジョンだ。見落としていた何か……なのかも知れないけど明らかに異常だろこれは」
「GMにコールする?」
「ううん……何かが出てきそうなんだよなぁ。だけど出てこない。この子なんだか見たことある気がするんだけどな?」
「なら起こしてみるとか? 何かわかるかも知れないし」


 その提案に「よし乗った」とアギトは答えた。


「じゃあよろしく」
「はあ、お前が見つけんだからお前がやれよ」
「いやほら、アギトが好きな美少女だから」
「こんな桁外れな美少女に気軽に触れるか!」


 なんだかんだ言っても口だけな奴だ。そういう僕も(普通の?)女の子に触れるのは小学校以来なんだからここは引けない。こんな美人に触れれるか! 押し問答を繰り広げる僕達。だけどスキルも経験もずっと上のアギトに初心者の僕が叶うわけも無く押し飛ばされてしまう。
 そしてバランスを崩してベットで眠る彼女に一直線。


「うわぁぁぁ!」


 バスン!……と鳴ってベットが唸った。舞い上がる白いシーツが元に戻ると僕の目の前には彼女の堅く閉じられた瞳が超至近距離にある。そして口一杯に広がる彼女の香り。


「ん……」


 唇と唇が重なった僅かな隙間からそんな声が漏れて僕は飛び退いた。訳わかんない……一体何が起きたんだ? 助けを求めるようにアギトに目を向けると立ったまま失神している。奴はバグったみたいだ。警報アラームと共に姿が消えていく。
 強制ログアウト……よっぽどの事が無いとそんなことされないのに、それだけさっきの僕達の行為はアギトに精神的な負荷を与えてしまったんだろ。
 そう考えて……思い出して唇が震える。『キス』したよな? 彼女の顔を再び見て湯気が出るかと思った。あの小さな唇と重なった……。


「ぐあぁぁぁぁ! 落ち着け僕。アギトの二の舞だよこれじゃ! そもそもこれってゲームじゃん。リアルじゃ無いんだしキスの一回や二回…………」


 唇に残る彼女の体温と香りにとてもそんな風に思えない!! これが十六年間(普通の)女の子と付き合ったことも無く耐性もない人間の末路か! と意識がアギトと同じように飛びそうに成ったとき柔らかく……耳に自然と入ってくる様な声が聞こえた。それは周りで光っている花の様に優しい。


「お兄ちゃん……」


 瞳を虚空にさまよわせながら彼女はそう確かに言った。目が覚めたのだ! そして僕の姿を見つけて少し寂しそうな声で


「お兄ちゃん……じゃない?」


 と言った。僕はどう反応すればいいのか分からない。寝込みを襲ったようなキスで罪悪感一杯だ。事故なんだけども……あんな純粋そうな瞳で見つめられたら死にそうだ。


「えっと……僕は……」


 僕が必死に言葉を探していると彼女は何かを思い出したようにピクンと頭を揺らしてベットに両手を付いて近づいてきた。あわわ、危ないよその態勢は。とっても際どく胸が……谷間が……更にはその奥がヤバイ!!


「貴方……王子様? 私を助けてくれる王子様」
「はっ? ……え? いや、僕はスオウって言って……」
 真っ直ぐ顔を見つめられて言われた台詞は、とても信じられないものだった。僕にもっと教養があったら、粋な切り替えしを返して格好良く決められたのに、あいにく僕は間抜けな顔で間抜けな声を出すしか出来なかった。何とか名前は伝えた筈だけど。
 するといきなり彼女の瞳からは大粒の涙が溢れだしてきた。僕はその涙をただ綺麗だなと思って見ていた。もう頭はパンクしていて正常な判断なんてできなかったんだ。だけど次の言葉は僕にも分かった。鳴き声の中に彼女の心が有ったから。


「お願いします……私は……いいから………王子様……お兄ちゃんを助けてあげて」


 名前はちゃんと伝わって無かったようだ。そしてその瞬間、全プレイヤーに向けての緊急放送が入った。『アンフェリティクエスト』と題されたそれが全ての始まり。このゲームに参加するプレイヤー全てを巻き込んだ最大級のクエスト。リアルもゲームも関係無く走り回る事になった出来事の始まりだ。


 その時落ちたアギトは意識を取り戻してネットである記事を見つけていた。三年前の事故の記事。彼女は今も病院のベットで眠り続けている。「続く」



コメント

  • ホワイトチョコレート

    RPGのようなストーリーは続きが気になるし、これからどういうスキルを覚えていくのかが楽しみになります。

    0
  • ノベルバユーザー601720

    とても作り込まれていて、面白かったです

    0
  • ブックウーマン

    一つ一つの話が長いですが、読みいっているとすぐです!

    0
  • ファーストなサイコロ

    ありがとうございます。嬉しいです。

    1
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