美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

√4

 風景がゆっくりと変わっていく。いつまで……こうやってるんだろう。わからない。

「たいくつ~」

 そんな声が隣から聞こえた。だが視線を向けることもしない。だって隣の奴はいつも小うるさいからだ。人がいっぱいで狭い荷馬車の中迷惑も顧みずに足を延ばしてバタバタしてる。だけど誰も彼女を注意したりはしない。そんな気力がないからだ。

 この荷馬車には老若男女が入り乱れて乗ってる。荷馬車なのに荷は人。けど、この場所は別に奴隷商人の持ち物ではない。掲げられてる旗はファイラル領のものだ。いや、実際ファイラル領の旗なんて知らないから自分たちはもしかしたら奴隷商人にうまい具合に騙されてるのかもしれない。

 だって……国さえも見捨てた自分たちの領にわざわざいくつもの人員を送って自分たちの様に路頭に迷ってる人たちを無償で助けて回ってるなんて……今思えば都合が良すぎる気がする。ファイラル領といえば領の中でも一・二を争うような大きく栄えてる領だとは聞いた事が自分の様な農民でもあるが……それでもこんなことがあるだろうか?

 領につくまで食事も水も支給してくれて、領で落ち着いたらそれからの支援もしてくれると聞いてる。うますぎる。そうか……皆疑ってるから、隣の女以外は皆自分と同じような顔をしてるんだ。いくら希望にあふれた道を示されたって、それを素直に受け取れるほどに、自分たちに光なんてない。
 だってそれはあの時……

「ねえねえ、それくれない?」

 隣の女が無遠慮にそういって自分をのぞき込んでくる。自分たちと同じで小汚い恰好をしてる……してるが……なにかこの女は違う感じがする。浅黒い肌は農作業の賜物ともいえるが、肌が荒れてる様にはみえないし、髪だってそうだ。

 村にいた他の女性達とは……同じ格好なのに色気というものが違う。それ――というのは支給されてる銀紙に津包まれてる固形食糧の事だろう。めちゃくちゃうまいって訳ではないが、普通に美味しいお菓子みたいな食糧を配ってくれてる。
 もらってはいたが自分はあまり食べてなかった。他の人達も一緒だ。なかなかに喉に通らないんだ。あんな事があった後じゃ、口に含んでもすぐに吐き出してしまう。

「ありがと!」

 自分はうるさくされるのが嫌だったからそいつに一本差し出した。花が咲くような笑顔を見せる彼女。一瞬胸の奥がじん――としたが、それだけだ。自分は抱えた膝に顔を埋める。隣では「おいひー」って声が聞こえてた。


 そしてずっと走り続けてそろそろ日も暮れそうで今日もどこかに野営するのか? と思っていたら、いきなり馬車がスピードを上げた。荷台にいる皆が大きくよろめく。それは自分もそうで隣の女の方へと倒れてた。

「もうーなんなの~」

 そういう彼女の声がとても近い。それに凄く柔らかく、あったかい。これは一体? 手を握ると沈んだ。けど確かにある……跳ね返りがそれを主張してる。

「んっ」

 そんな艶っぽい声が更に聞こえて上を見ると彼女の顔がすぐそこにあった。

「あっ……これは――」

 自分は言い訳しようとそう口を開く。けど、その言葉は途中で止まった。だって後方を見る彼女の顔がとても楽しそうにしてたからだ。けどその直後他の人達が悲鳴を上げてうずくまる。何かと思って顔を上げると、おぞましい物がこの馬車に迫ってきてた。
 闇から生まれた様なその見た目は黒く、腐った果実の様にぶよんぶよんとしてる。そして至処から四肢をだし、這いつくばるように迫ってきてた。更におぞましいのはその体の半分くらいを占める口だ。大きく開かれたその口から見える歯は赤黒いシミが出来てた。あれはきっとこれまで襲ってきた者の血なんだろうと想像できた。

「あれは……ぐっ」

 自分は急いでこみあがってきた物を荷馬車の外に吐く。流石に彼女の体に吐く事はしなかった。皆がおびえてる。当たり前だ。この領はあの化け物に落とされたんだ。家族も恋人も……あいつのあの口に引き裂かれた。それなのにどうして彼女はあれを見てあんな楽しそうにできる? 
 本当に同じ領の人間だろうか? 

「おお、おいつかれる~」

 怯える声。悲鳴が大きくなっていく。たくさんの人達を乗せてる馬車よりもあの化け物の方が早い。この馬車の他にも後二台あるからそれを襲ってくれればその間に……とか最低な考えが浮かぶ。けど最悪な事に、あの化け物はこの場所を狙ってるようだった。

「時間を稼ぐぞ!」

 そういうのは護衛として雇われてる冒険者の方々だ。彼らは馬で果敢にあの化け物に向かっていく。だけどあの化け物はいくつもの腕と足を駆使して冒険者達の攻撃をいなして止まることなくこちらへと向かってくる。

「あはっもうすぐだ」

 そういう彼女は心底楽しそうだった。まるであの化け物を受け入れるかのように両手を広げてる。まるで愛しの恋人と抱擁を交わす直前かのようにみえた。

 そしてもうそこまで化け物が迫って化け物の手の一本が彼女に届く――その時、足が勝手に動いた。なぜそうしたのかはわからない。正義感なんてのはあの時、なくしたはずだった。だからこれは救いたかったからじゃなぽ。僕は彼女の代わりに化け物の手に捕まってくる来るされて掬いあげられる。

「うああああああああああ!?」

 迫る臭い口。そうだ自分はここで死ぬ。何もなくした自分はここで死んでいい。楽しそうな彼女よりも、全てをなくした自分の方が死んだ方がいいだろう。そう思ったんだ。口に入れられる時、荷台にいる彼女がみえた。

 彼女はどんな顔をしてるだろうか? 悲しんでくれてる? いや、見ない方が彼女の笑顔を曇らせずに済むかもしれない。でも違った。彼女は荷台の背に肘をついて心底冷めた目をしてこっちをみてた。夕日に照らされて彼女沈んだ瞳だけが光って見える。

「あっああああああああ」

 自分は悲しんで欲しかったのだろうか? わからないが何故か暴れた。それが良かったのか、化け物が破裂した。その勢いで盛大に地面に体を打ち付けて転がった。暗くなっていく空に、何やら大きな物体が鎮座してるのが見えた。

 沢山の蹄の音が近づいてくるのを聞きながら自分の意識はなくなった。

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