美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

θ24

「あの……これを」
「うん、ありがと」


 そう言って微笑んでくれるのは遠い存在だったはずの彼女。ステージ衣装を身にまとい、今やってる舞台でのパフォーマンスを終えて戻ってきたその体には煌めくような汗が輝いてる。汗なんて普段なら汚いとしか思わないのに、彼女から出てる物ってだけで、神聖な物の様に見える。そして彼女「シシ」ちゃんは時分が渡した水を口にしてる。その細い喉がゴクゴクと動いてる。コップについてる唇がとてもいやらしく見えたりもする。


(何考えてるんだ! シシちゃんはみんなのシシちゃんなのに! ファンとして、彼女を汚すなんてこと……」
「はい、お願いします。またすぐ出番なのでメイクを直してもらっていきますね」


 そう言って眩しい笑顔を向けてくれるシシちゃん。ついこの間まではこんなの状況想像すらできなかった。大好きなシシちゃんが自分だけに話しかけてくれてる……この状況以上を求めるなんてそんなのは贅沢すぎるってものだ。自分たちは三人で話し合ったんだ。初めて彼女たちプリムローズと顔合わせをして、そして彼女達の努力を目の当たりにしたとき……この子たちを支えたいと。元々同志だった自分たちは同じ思いを抱いてた。


 だからこんな……渡されたコップの薄い口紅の跡にドキマギしてるわけにはいかないだ。同志たちも色んな誘惑に耐えてるんだ。自分だけがここで屈するわけにはいかない。自分はそのコップをそっと下げて、彼女へとエールを送る。


「あの……もう一踏ん張りです!」
「うん!」


 今はそれぞれのソロ曲を披露してるから、それが終わればあとはプリムローズ全員での曲へと再び移ってフィナーレだ。もう少し……もうすこしでこの夢の様な時間は終わる。彼女の消えたドアの向こうから大きな歓声が聞こえる。まあまだ今しがたいったシシちゃん登場の歓声とは違うだろうが……けど、この後彼女はこの歓声の中でたった一人で歌うんだ。


「凄いな……」


 今まではただ漠然に彼女達がまぶしてく、だからこそまた見たくて……夢中になってた。ステージで歌って踊る彼女たちが輝いてるのは彼女たちだからなんだと……そう思ってたんだ。けど今思うとそれは彼女たちに対してとても失礼だったんだと……そう思える。だって彼女たちはステージ以外でとても努力してるんだから。それなのに彼女たちが輝いてるのは当たり前なんて……そんなのもう、口が裂けても思えないよ。


「で、それ舐めないの?」
「ららら、ラーゼ様? なななななな何言ってるんですか? 舐めるとか舐めないとか……そんな……」


 この人、いつの間に? ラーゼ様を視界にとらえないなんてありえる筈がないのに……だってラーゼ様は輝きその者みたいな存在だ。視界に入った瞬間に、その目を奪う。釘付けにする。そんな人だ。だから気づかないわけない。なのに、いつの間にかここにいた。どういうカラクリだろうか? まあだけど、教えてはくれないだろう。それに今、ラーゼ様が興味があるのは、自分
がこのコップを嘗め回すかどうかみたいだし……


 確かに一瞬そんなことを考えた。それは間違いない。だって自分が大好きな女の子が無防備につけた唇跡だよ? 男子ならいけないことを考えてしまうものじゃないか。けどそれを自分は理性でグッとこらえた。なのに……この人は……


「私なら言わないでおくわよ。美少女の触れた物って舐めたくなるもんね」


 何言ってんだこの人……ラーゼ様は自身が美少女なのに美少女大好きだ。それはまあこの数日でわかった。「かわいいは正義」を掲げてるから当然といえば当然か。まあこんな自分たちにも理解を示してくれるのはありがたい。だって自分たちなんてこの人にとっては虫みたいな存在な筈。それなのに、対等に話して、意見を聞いてくれたりする。ラーゼ様こそ、本当の雲の上の存在だと思ってたし、今でもそれはかわらない。
 けど、この人はちゃんと見てくれる。まあ見すぎな部分もあるけど……けど、偉い人がわかっててくれるってなんかうれしいものだ。それかラーゼ様のような次元を超えたような美少女ならなおさらだ。最初はなんだって「はい」しかいえなかったが、今では多少は意見も言える。冗談を言い合える。


「そそそんな事……しませんよ」
「あらそう? 勿体ない」
「出来ませんよ。自分たちはファンなんです。こんな事になってても……いやだからこそ、彼女達を汚したくない! そう話し合ったんです」
「ふーん、それば魂にまで刻んだ誓い?」
「もちろんです!!」


 断言する自分。けどそんな自分をそのきれいな目を細めて射抜いてくるラーゼ様。そんな目で見られると、鼓動が早くなる。


「そっかそっか、うん、君には期待してるよ」


 そう言ってポンポンと肩をたたいて出てくラーゼ様。そしてその数日後。なんと同胞二人はクビになってた。のちに彼らから理由を聞いたら「あんな空間に居て、我慢できる筈がないじゃん」だった。自分はそんな同胞……だった者たちに心の底から叫んだよ。


「なんでだよおおおおおおおおおおおおお!!」




 ――って。



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