美少女になったら人生イージーモードだと思ったけど案外そうでもありませんでした。

ファーストなサイコロ

#54

 我が名は『グルダフ』ライザップのしがないパン屋の息子で妹と弟、それに両親が居るごく普通の一般人だ。いや、既にだった……と言った方がいいかもしれない。なぜなら、今の俺はこの国でも英雄と名高いアンサンブルバルン様お付きの兵として召し上げられたからだ。あのよく分からない少女との出会いから一週間近く経ってた矢先……突然アンサンブルバルン様の使いの者がやってきた。


 正直忘れかけてた……いや、あの娘の事を忘れる事は出来ない。なにせ、今まで見た女性のなかで、断トツに美しかったからだ。あれを忘れる事はできない。だが正直言われた事は冗談かなにかだと思ってたし、そもそも最初何故アンサンブルバルン様の使いが来たのかもわからなかった。家族と共に平伏するしかない状況。だがどうやら俺が呼ばれてるとの事で、両親はそれに泣いて喜んだものだ。


 なにせ俺は運がない。獣僧兵団の試練には受かったが、その時丁度父親が怪我をして店の手伝いが必要になった。受かった獣僧兵団には行かず、パン屋の手伝い。だがそれも父親が復帰すれば必要ではなくなり、いつまでもフラフラしてたアイツとつるむ様になってった。アイツは気のいいやつだが、思慮が足りず短気でもある。だからか、いつしかアイツの周りには自分しかいなくなった。


 悪いやつではない……悪いやつでは無いが、付き合いきれないとなるらしい。まあだが、それを気にしてる風では無かったが……だが俺がアンサンブルバルン様に召し上げられるかもと話すと、あいつは怒ってしまった。まだその時はどうするか決め兼ねてたし、相談する気だったんだか……あれから一度も会うことなく、自分はその招待を受ける事になった。


 なにせ両親がノリノリなのだ。それもその筈だろう。なんせアンサンブルバルン様の下につけるなど、獣僧兵団の中でも出世して行かないとまず無理な事。その位置にいきなり行けるんだ。あの時試験を受けた同期たちはきっとまだ研修生とかだろう。それを考えると一足飛びに超えていくことになる。とても美味しい話だ。しかも今は兵団は人気職。
 人種との戦争はまだ小競り合いだが、これからどんどん大規模になってくだろう。そうなると、名声を得るチャンス。そう考えてる奴等はたくさんいる。俺的にはそうは思わない。ただ、行けそうだったからと、給料が良かったから受けただけ。駄目になった時も残念だとはおもったが、それほど未練が有ったわけではない。けど両親はそうは思ってなかったらしい。


 自分達のせいで息子の将来を奪った……そんな考えもあったらしい。そんな事を泣いて言われたら行かないなんて言えないじゃないか。だから結局アイツと喧嘩したまま、自分はその日を迎えた。


 両親と弟と妹が見送る中での出発。豪華さなんて欠片もない、ただの見送り。けど昨晩にはご馳走がでたし、母親からの弁当も貰った。それで充分だった。俺はそこまで物欲とか、出世欲とか無いみたいで両親ほどに喜んでもないが、誰かが喜んでくれるのなら頑張ろうと思える。そんな奴なんだ。歩いて行ける距離だが、用意されてた馬車に乗って目的の場所まで行く。
 わざわざ馬車まで使うとか、金持ちはやっぱり違う。見えてきたのはアイシャンテホテル。ここでそういえばあの少女と会ったな……とか思い出した。メチャクチャな奴だった。人種とは誰もがあんな感じなのだろうか? なら戦争に成るのもしかたないのかもしれない……外から見たことは有ったが、中には入ったことのないホテルに踏み入れると、自分の場違い感に恐縮せざる得なかった。


 なにせ全てか高そうで、そして居る人々全てが偉そうに見える。受付の人達までもだ。


(やっぱり何かの間違いなんじゃ?)


 そう思うのも無理はない。だって俺の暮らしてきた世界と違いすぎるんだ。けど俺を連れて来た使いの人は、俺に鍵と言ってカードを渡してどっかにいった。一人で行けと……そういうことらしい。ドキドキしながら開いたエレベーターにのる。ここもただの箱ではなく、やけに綺麗でチカチカした。人々が降りてく中、俺は困惑してた。


(鍵の番号の階が存在してないんだが?)


 いくら乗っててもつかない筈だ。俺は取り敢えず一階で降りて受付の人に聞いた。どうやら最上階には専用のエレベーターがあるらしい。最上級のこのホテルの中でも最上級の部屋……想像も出来ない。取り敢えずそのエレベーターは一般のとは乗る所から違ってた。こんな小汚い黒猫の俺が入っては行けないオーラがエレベーターから出てる。
 それほどに豪華だった。だがカードキーを翳して扉を開く。待つ必要なんて殆ど無い。なにせ直通なんだから。中に入ると更にびびった。なんとソファーがある。座れと? だが俺は座れない。ここに座っていいのは部屋の主だけだろう。だから立って着くのを待つ。数秒だった。当たり前か。扉が開くと、既にそこは部屋の中なんだろう……廊下であることがうかがい知れた。


「なんだ?」


 何か……俺の鼻に香りが入ってくる。とても芳しい香り。そう思って鼻を動かしてると、ガチャリと近くのドアが開いた。


「あーもう、あの蛇どれだけ舐めれば気が済むのよ。私に匂いがついたらどう責任取るつもりなのよ」


 バスタオルを頭から被った小柄な少女……白い肌に大きな宝石の様な薄紅色の瞳。そして同色の足元まで垂れそうな髪。見覚えのある……というか忘れ様のない少女がそこには居た。そう……一糸まとわぬ姿でだ。俺は取り敢えず背中を向ける。そして言い訳がましく言葉を紡ぐ。


「すまん! だが俺もまさかこんな場面に遭遇するなんて思ってなくて……ただアンサンブルバルン様に呼ばれてだな……君がまさかここに居るなんて……」


 近づいてくる音が聞こえる。ここでこの少女に通報でもされれば一巻の終わり……だが女性の裸を見てしまった以上、それもやむなし……しかも彼女からの印象がいいとも思えなかったから、その可能性は高いと腹をくくってた――が。


「蛇に呼ばれた? てか…………あんた誰?」


 彼女は裸を見られた事など気にする様子もなく、そして俺の事も完全に覚えてないようだった。

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