黒い模倣地帯 -スクールカーストに支配された学園-

黒野正

第4話 現実と本心

 
『一緒に帰ろうぜ! 昴!』

 一人ぼっちだった僕を救ってくれたのは健一だった。
 それは序列システムが認められた時も。
 最下層の僕にも優しくしてくれた。
 一緒に楽しい思いでをこれからも作っていくつもりだった。

 それなのに、今日はこのいつもの声が聞こえなかった。

 ふと、携帯の画面を見る。帰るのに僕はとぼとぼと歩きながら『ラポ』のアプリを開く。
 ラポとは最近出来たSNSの現代版。名前と序列が表示されるシステムとなっている。
 グループというのを作ることによって入った人はそのグループ内の発言を見ることが出来る。

 よくあるものだと思う。
 そしてこの二年F組のグループラポもある。
 僕も一応入っており、これも健一に誘われたものである。
 入った当初は歓迎されていた。だけど、これも全て罠だったのだろう。
 しかし、特に話すこともないので入った時から見るだけにしていた。

 だが、久しぶりにこのグループを見ると通知が凄いことになっていた。
 こんなに盛り上がっているのはやっぱり……。
 僕は恐る恐るクラスのグループを指でタッチする。
 すると携帯が重いぐらいに出てくるメッセージ。
 表示されたのはどれもこれも酷いものばかりだった。

『今日、驚いたよね』

『だけどさ、羽黒の奴馬鹿だよね、媚び売って裏切られるとか(笑)』

『そうそう! 今だから言うけど俺、羽黒のこと嫌いだったんだよな! なんか人のこと見下してる感あって』

『だよなぁ、最近調子に乗ってたもんな、あいつこれからどうなるんだろう?』

『格下げじゃない? 人間的に最低だしねwww』

『分かる! あんな奴もうクラスに要らないよね』

『消えろ』『明日から無視しようぜ』『ゴミ』


『死ねばいいのに』

 ……何だよこれ。僕は既読したのも後悔する内容だった。
 誰もいないこのいつもの帰り道で立ち止まった。
 ガタガタと全身を震わせながら僕は携帯を地面に落とす。

 この中には中間層の人たち。そして最下層の一部。
 上位層の人たちも今日の健一のことで持ちきりだった。
 確かに健一は僕を裏切り、序列を上がるように。
 様々な汚いことをしてきたのだろう。時にはラポの会話にあるように人を見下したりしてきたのだろう。

 だけど、こんなに一度にみんなで攻撃する必要があるかよ。

 ははは、相変わらず僕は駄目だな。あれだけのことをされたのに。
 まだ自分の中に健一のことを許せる自分がいる。

 こんなに甘くて、弱い自分だから最下位なのかな?

「こんなところでどうしたのですか?」

「……っ! 君は……」

「これ、落としましたよ、そんなに動揺するほど変なものを……」

 その瞬間。突如として現れた天上から僕は携帯を奪い取る。
 呼吸を荒くして、見れらていたか、見られていないか。
 クラスのラポを見ていたなんてあまり同じクラスメイトの人に知られたくない。
 ましてや親友がこれだけ言われているのに何も言えない自分。
 それなのに会話の内容は見ているという卑怯者。

 天上は僕とは違って冷静に。淡々としている。
 そしてジト目で僕に近付いてくる。

「今日のことどう思いますか?」

「ど、どう思うって……」

「私たちのクラスも荒れてますね、当然と言えば当然でしょうか」

 み、見られてた。彼女は僕にそっと携帯を返してくる。
 これだけのことなのに僕は冷や汗が止まらない。
 水分が携帯に伝わり、ヌメヌメとしている。
 僕は呼吸を落ち着かせ、天上と向き合う。

「いつ録音したの?」

「……」

「あんなに事細かく僕のことを、そして、健一の裏の顔を知るためには、付きまとわない限り絶対に無理……天上も君はどうやって」

「……」

「なんか答えてよ! 天上は僕たちの友情を壊した罪がある! 実際は偽りだったけど……それでも僕にとっては」

「その答えは自分のためです」

 風が吹く。天上は自分の制服のスカートがヒラヒラとしても気にも留めない。
 それは僕も同じ。真っ直ぐな黒い瞳は僕を飲み込むように。
 じ、自分のためって。そんなの自分勝手すぎるんじゃないか。
 だけど、天上は一冊の黒いノートを取り出してくる。
 それがなんなのか。僕には分かるはずもない。

 しかし、ペラペラとめくりながら天上は静かに口を開く。

「私の夢って小説家になることなんですよ」

「はぁ? 小説家って……あ!」

「いつもぶつぶつと私の独り言聞いていれば分かりますよね? そう、私はそのためにいろいろな物事を知って引き出しを増やさないといけない」

 最下層のままでは様々なことに制限がかかる。
 しかし上位層になれば、色々な体験が出来る。
 遊びにしても、勉強にしても。だからこそ、天上は夢のためにあんなことを。

「騙されているクラスメイトを救って助けた、これは次の序列変動で大きく私の順位を引き上げるポイントになる」

「だから……君はあの場面で」

「より強烈な場面で出したくて印象付けたかったんで助かりましたよ! ありがとうございます!」

「ふざけるな!」

 僕は怒号を飛ばす。なんでここで怒るんだろう。
 確かに怒りたくもなる。だけど、それは間違い。
 このシステムの中で生きる中で、当たり前のことをしてきているだけ。

 勉強をして成績を上げたり。運動で優秀な結果を残したり。

 みんな結局元を辿ればやっていることは同じ。
 今回の天上だってやり方はどうかと思うけど行きつくところは……。

 すると、天上は眼鏡を外す。

「国上君、私のこと可愛いと思う?」

「え……」

「可愛くないですよね、そうなんです、生まれつき持った容姿……榊原さんや早乙女さんみたいに私は彼女らには勝てません、だからこそ、別のところで勝負しなければいけないのです」

 すぐに眼鏡をつけて天上は国上に背を向ける。
 生まれつき持った才能か。僕たちはそれに縛られて生きている。
 この序列システムだってそうだ。一見、酷いように見えるけど、この世界そのものじゃないか。
 逆らうことは出来ない運命。天上は分かっているのだろう。

 真正面から戦っても上位の人には勝てない。
 彼女らは生まれ持った才能に加えてそれ相応の努力もしている。

 そんな怪物に勝てるはずもない。

「……次、ある時は分かりませんが、お互いせいぜい頑張りましょう」

「天上」

「立ち話も何ですし、そろそろ帰ります」

 彼女の背中は小さかった。強がっているように思える程に。
 考えてしまう。天上は自分が思っているほど強くはない。
 今回だって本心でやっているとは思えない。
 自分の夢と天秤にかけて僕らを陥れた。

 僕はぐっと勇気を出して一歩を踏み出す。

「さっきの眼鏡を外した天上……普段と違った印象で可愛かったよ」

「え?」

「あ」

 い、言っちゃった。思いもよらぬ言葉だったのだろう。
 一度僕に背を向けた体をもう一回こちらに振り向かす。
 僕は呆気なくその場で顔を赤らめた。は、恥ずかしい。
 なんとかしようと思ったのが空回りしちゃった。
 いきなりこんなこと言われても戸惑うだけだよね。

 きょとんと天上は僕の方を見ながらすぐに背を向ける。

「……失礼します」

「あ、天上!? そ、その、ごめん!」

 でも、気のせいか。若干だけど笑ったような。
 僕は、少しの変化に気が付き天上を後ろから見送った。
 そして、僕は夕暮れの空を見ながら色々と考えていた。

 次か。どうなるんだろう。このまま黙ってその日を迎えていいのだろうか。

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