黒い模倣地帯 -スクールカーストに支配された学園-
第3話 親友だと思っていたのに
騒ぎが落ち着いた後。
一度、僕たち二年F組は全員教室に戻ることにした。
掲示板に貼りだされていた謎の貼り紙。
それは黒板に堂々と貼られ、この場は静寂につつまれている。
気が気ではないのが健一の様子。
教室まで一緒に来たけど僕と目を合わすこともなかった。
そりゃ確かに早乙女からのメッセージは気になるところ。
しかも、健一のことをよく分かっている文章だと思う。
昔から、健一はムードメーカ的な役割がある。
いつも明るく、その元気を貰うこともある。
そしてそれはこの序列システムが施行されてからも。
自分の順位を気にせず、誰とでも気兼ねなく接していた。
注目を引くために。上位の人から気に入られるように。
多少の無理はしてたと思う。
それでも、自慢の明るさは忘れないようにしていたという。
早乙女からのメッセージに書いてあった通り。
親友である僕だからこそ分かること。
……気になるのは、自分の気持ちに正直になった方がいい。
どういうことなのだろうか。健一はむしろ自分の気持ちに正直な方だと思うけど。
「みんな、とりあえず状況を整理しよう」
すると、静寂を切り開くかのように。
このクラスの学級委員。序列九位、神里斗真(かみざととうま)が席を立ちあがる。
真面目な学級委員で成績優秀。運動でもサッカー部でレギュラーらしい。
そんな彼が壇上に上がり、黒板の前に移動する。
「知っての通り、早乙女さんはもう一か月近く学校に来ていない……そして、突然とこんな貼り紙と早乙女からのメッセージ……これはやっぱりおかしい」
「ええ、しかもあんな目立つところに一体どうして?」
「俺は美音の彼氏としてあいつに何が起こっているか知りたい!」
神里に連鎖するように早乙女の親友である榊原。
そして、彼氏である柴崎が席を立つ。
クラスのカーストのトップツーがそう言うとほとんどの人が便乗する。
ここで逆らったらどうなるか分からない。
確かに、早乙女がなんで不登校になったのか。
このメッセージを送った意図。
色々と謎を解消したいのはある。
だけど、このままあまり好きではない上位の人間の言うことを信用していいのか? 賛同していいのか?
いや、ここはやっぱり。
「下位の奴らのイタズラって可能性はねえの?」
穏便に済むことではないと思った。
だけど、やっぱり僕ら最下層の人間はここでも痛めつけられる。
微かな希望が崩れ落ちた瞬間。
この意見の主。宮晴が机に足を乗せながら、笑みを浮かべている。
行儀が悪いなんて担任の先生も指摘しない。
ごくりと僕や健一はキョロキョロとする。
周りの視線がこちらに。最下層のカーストの属する僕らに集まる。
そして、神里も無表情ながらも宮晴に意見を求める。
「ほぉ、宮晴! 詳しく頼む」
「へいへい! 気付いていると思うけど、最下層の奴らは上位の俺らのこと嫌いだろ? だったら、話が早い! 四十位から三十位までの奴らがこれを正確に作り……目立つところにバレないように貼ればいい」
僕たち最下層の人たちは上位層の人たちのことを嫌っている。
それは否定しない。だって僕は虐められているから。
一部は助けてくれる人もいる。だけど、それは本当に一部で他人事。
そう、考えれば本当に早乙女は女神のような存在だった。
だけど、宮晴の意見を全面的に認めるわけにはいかない。
でも、どうすればいい? 僕なんかが言ったら火に油を注ぐだけ。
悩んでいると宮晴に立ち向かうように。
一人の女子が静かに立ち上がる。
「それはないと思います」
「あぁ? お前、俺に指図する訳?」
「いえ、意見です」
あ、あの子っていつも小説がなんとか言っている子。
彼女は、天上翼(あまうえつばさ)。序列は三十五位。
性格は変わっており、いつもクラスの片隅で本を読んでいる。
眼鏡をかけており、黒髪の地味な印象の彼女。
い、いややばいって。しかし彼女は動揺する僕なんか気にもしていない。
普段は自分の意見を言うこともないのに。
天上は深呼吸をして迫力満点の宮晴に意見する。
「……序列が低い人が上位の人たちを嫌いなのかという問題は置いといて、宮晴君の言い分だと少し回りくどすぎませんか?」
「はぁ?」
「普通でしたら、もっと直接的に上位の人たちの悪いところを文章にして、それを貼りだせば、例えそれが嘘でもなかなか無実を証明するのは難しいでしょう……恨みのある犯行なら必ず何か裏があるはずです」
天上の意見。それは多くの人に賛同されたような気がした。
気が付けば宮晴のことを支持する人は少なくなっていた。
確かにもっと大胆にやってもいいはず。
それこそ天上の言った通り、嘘の悪口でもあれだけの人に見られているんだ。
例え、無実を証明を出来ても痛手にはなるはず。
「どうやら天上さんの意見の方が信憑性がありそうだね」
神里もパンッと手を叩き場を元に戻す。
不満そうに宮晴はこれ以上は何も言わなかった。
よかった。これで濡れ衣は被らずに済んだ。
天上の勇気ある行動と発言で救われた。
後は早乙女が健一に送ったメッセージの意味。これを解読出来れば……早乙女のことが何か分かるはずだ。
親友の健一のためにも。僕が何とかしないと。
「あ、あと! もう一つ……私からいいですか?」
再び、天上から何かあるようだった。
ただ、さっきと比べてとても言いにくそうな雰囲気があった。
ん? 何で僕の方を見ているのかな? 僕は気が付く。
天上がチラチラと僕の方を見ている。
しかしその理由はすぐに次の天上の発言で理解してしまう。
神里が天上にどうぞと発言する。
僕は耳を疑う。その天上の言葉に。
「もう、親友ごっこはやめませんか? 羽黒君」
「……っ! は?」
「え? そ、それって」
な、何を言っているんだよ。親友ごっこって、そんな言い方ないでしょ?
僕は思わず健一の方を振り向く。嘘だよね。だって、僕と健一は幼稚園の頃からの……え?
その時の健一の表情はまるで図星をつかれたかのような。
そんな顔付きだった。違う。こんなの信じられるか。言いがかりだ。
だけど、天上が嘘を言っているようには思えない。
認めたくない。それでも、見えてしまう。感じてしまう。
健一の見えなかった黒い部分を。
「どういうことなんだ? 天上さん?」
「あ、あの二人って親友のはずでしょ? ほとんど一緒にいるし」
「そう、国上君にとって唯一頼れる存在、友達と言える存在……だけど、私はある日これを聞いてしまいました」
すると、天上は制服のポケットからある物を取り出す。
ボイスレコーダー? 何でそんなものを。
そして、天上は迷いなく録音してある音声を教室中に聞こえるぐらいに流す。
『おい、羽黒! ちゃんとあいつから金借りてきたか?』
『ああ、ほらよ、二万でいいっけ?』
『サンキュー! しかしほんとあいつ馬鹿だよな、羽黒のことマジの親友だと思ってやがる』
『おう、そのおかげで適当な理由つけて金借りられているけどな、たく、一緒にいても面白くないからもっと貰いたいぐらいだ』
『お前、ほんとあくどいよな……まあ、お前は序列関係なしに可愛がってやるよ』
『ほんと? それは嬉しいな、まあ、あんな序列最下位の奴利用出来るだけ捨ててやる、その後は消えて貰いたいね』
はっきりとそれは聞こえてきた。
何だよこれ。この声って宮晴は分かるけど。もう一人は……け、健一!?
そう言えば、親が病気でお金がいるから貸して欲しい。
妹のために何か買ってやりたいからお金を貸して欲しい。
何度も何度も。僕は親友のためだと思って、お金を貸してきた。
ただ、結局今の今まで返して貰ったことはない。
頑張って貯めてきたおこずかい。ま、まさかこんなことに。
そして、追い打ちをかけるように天上は録音を流してくる。
遊ぶ約束をしたのにすっぽかして上位層の人たちと遊んでいる様子。
掃除当番など面倒ごとを適当な理由で僕に任せて裏で笑っている様子。
二人だけの秘密を平気で他人に教えている様子。
もういい。もういいんだ。全てを流し終えた時。僕は放心状態で地面に尻餅を着く。
ああ、そういうことか。僕は健一と親友なんて関係じゃなかったんだ。
ただ、利用価値のある駒。
天上は目の前がグニャグニャしている僕の視界の前に立つ。
「これが真実です、あなたの親友である羽黒君はずっと隠していた気持ちがあったのです」
「あ、ああ……」
「ち、違う! 俺は、俺は!」
「ち! 俺まで巻き込むなよ! たくよ……バレたら仕方がないよな? まあ、お前からはたんまり金貰ったからよ! お前はもう用済みだ、健一君」
『自分の気持ちに正直になった方がいい』
今になって分かった。健一は序列を上げたいために。僕を利用した。
これが健一の本当の気持ち。健一の今まで隠していた、黒い部分。
どうしてもっとはやく気が付けなかったんだ。
僕は健一に見捨てられ、健一は上位層から見捨てられた。
勝者も敗者もいないこの結末に僕らの心の中に黒い霧がもやもやと立ち込めた。
こうして、健一の黒い部分が公となって今日は終わる。
僕は思った。これからどうなってしまうのだろうかと。
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