異世界鉄道の夜

生明死暗

第1話 異世界鉄道

トラックに轢かれれば、異世界にいける。
そのような眉唾な話を聞いた。でも、嘘でも本当でもよかった。ぼくは、とにかく、この世界から逃れたかったんだ。


そしてぼくは、今日それを実行した。自分からトラックに轢かれに行ったんだ。つまり自殺だ。ごめんなさい、トラックの運転手さん……。
激痛は一瞬だった。すぐに感覚はすべてなくなって、視界が真っ暗になって、気づいたら……どこかの駅のホームにいた。


ん? 駅? なぜ?
ここは死後の世界なのか? でも、天国でも地獄でもなさそうだ。
では、異世界……なのだろうか。そうっぽい気はする。なぜなら、周りにいる人間が普通じゃない。いや普通の人間もいるのだが、頭の上に獣の耳をつけた人やファンタジー作品に出てくるオークやゴブリンっぽいのが辺りを歩いている。
なんだここ? ぼくは一体全体どうしてしまったんだ?


「まもなく列車が参ります。白線の内側までお下がりください――」
駅員さんの声がどこかから聞こえると、電車が――否、蒸気機関車が来た。
煙をもこもこと吐き出しながら、僕たちの前までやってきて、止まる。


……今時蒸気機関車って。ほんとうに僕はどこに来てしまったんだ。
周りがぞろぞろと汽車の中に乗っていく中、僕はあっけにとられて動けないでいると、


「乗らないの?」
背中に声をかけられる。振り返ると、ツンととがった耳をした金髪碧眼の美少女がそこにいた。まるで物語に出てくるエルフだ。というかエルフだ。


「え、僕は……」
「ほら、早く乗ろ、出発しちゃう」
「あ、ちょっと」


少女に背中を押され、勢いで列車に乗ってしまう。そしてなんだか成り行きで少女と同席することになった。
二つの席が向かい合った、四人掛けの席に僕たちは座る。
向かいの席で、少女がニコニコとしながら、語りかけてきた。


「お兄ちゃんはどこから来たの?」
「名古屋から」
「名古屋? どこにあるの? そこ?」
「えーと、日本という国にある都市なんだけど……」
「日本? なんだかよくわからないけど、遠いところから来たんだね」
「まぁ、そうだね、たぶん。君はどこから来たんだい」
「東のエルフの国から来たの」
「エルフの国……」


この少女は、本当に異世界の子なんだ。


「この列車はどこに向かっているんだい?」
「どこにでも向かっているよ」
「どこにでも?」
「うんっ」


無邪気にほほ笑む少女。
どこにでも向かう列車……。そんなものありえるんだろうか。


「切符を確認します」
突然、声をかけられてびっくりした。
横を見ると、車掌がきれいな姿勢で立っていた。


「はいっ」
エルフの少女はポケットから切符を出すと、車掌にそれを見せた。彼はそれを確認して、今度は僕の方に、
「あなたも見せてくださいますか?」


困ったな。
見せてくださいと言われても、そんなものはない。
この場でお金を払えば、 何とかなるだろうかと思い、ポケットに手を入れてみると、なにか紙が入っているのに気づいた。
それを取り出してみると、車掌がそれを見て、


「おや、それは珍しい、別世界から持ち込んだものですか」
「べ、別世界?」
「ええ、それは本当にどこへでも行ける、切符ですよ」
車掌はそういうと、ゆっくりと去っていった。
エルフの少女はというと、興味深そうにその切符を見ている。


「――えー、まもなく、奴隷市場、奴隷市場」
にわかに、停車駅を告げるアナウンスが響いた。
奴隷市場?
僕がその単語に眉をひそめていると、エルフの少女は伏目になり、顔に暗い影を浮かび上がらせていた。


「どうしたんだい? なにかあったのかい」
「……大丈夫。もう、過去のことだから、もう大丈夫だから」
僕ではなく、自分に言い聞かせるように少女は言った。
やがて、列車は奴隷市場に着き、止まった。


「お兄ちゃん、一緒に行こ」
「えっ、ちょっ」
彼女は立ちあがると、僕の手を引っ張って、歩き出した。


外に出て、駅の出口から出ると、駅と奴隷市場は直接つながっていたようで、薄暗いどこかの長細い室内に入った。そこの両脇には、小さな箱のような牢屋が並んでいて、足かせを付けられた奴隷たちがその中にいた。
様々な種族がいる。人間やオークやエルフ……などなど。ただ、どの奴隷にも共通していることが一つあって、それは皆絶望した顔をしているということだ。そしてそんな牢屋の外を、身なりの良い人間たちが歩いていて、値踏みするような目で、牢屋の中の奴隷たちを眺めている。


「ここは、恐ろしいところだね」
隣に歩くエルフの少女に言う。彼女はぼくの手を握ってきて、「うん……」と小さく言って頷いた。


「もう、帰らない?」
「だめ」
つないだ手から彼女の震えが伝わる。そんなに怖がっているのになぜ。


「怖いんだろう?」
「うん、すごく怖い……」
「なら、どうして……」
「ここに、お母さんがいるの」
「君の母親が?」
「うん。一緒に探してくれる?」


悲痛な顔の彼女。彼女の瞳からは、涙の粒がこぼれている。僕はそれを指でぬぐってあげて、
「わかった、探そう」
大きくうなずいた。


僕たちは広大な奴隷市場の中を歩き回る。
「私のエルフの国はね、王国の人間たちに滅ぼされたの」
彼女は歩きながら話しだす。
「多くの人が殺されて、多くの人が奴隷にされた。私のお母さんもその中の一人」
「……見つかるといいね」
「うん」
彼女が握る手の力を強める。
それから十分ほど歩くと、唐突に大声が室内に響き渡った。


「大人しくせんか!」
「いやぁ! 放してぇ!」


見ると、ある牢屋の前で、大男が奴隷の首輪の鎖を引っ張って、牢屋の中から奴隷を引き出そうとしている。しかし、奴隷はなかなか出たがらない。大男は隣にいる、腹にたっぷりと脂肪のついた貴族風の男を見て、


「すみませんねぇ、生意気な奴隷で……」
「いえいえ、これぐらい抵抗してくれた方が、燃えますよ」
ニタァ、とねっとりした笑みを浮かべる貴族然とした男。


「そう言ってもらえると助かります」
「やだやだやだ! こんな人に飼われたくない! 夫を返して! 私の娘を返してぇ!」
「いい加減にしろ!」


大男は首輪の鎖を思い切り引くと、奴隷が勢いよく牢屋の外へと引きずり出される。
惨い光景を直視できず、目を背けると、隣で聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「……お、お母さん」
「え、あの人は、君のお母さんなのかい?」
「う、うん」


確かによく見て見ると、目鼻立ちが似ていた。
突如として、焦燥感に襲われる。


「い、いいのか? 君のお母さん、連れてかれるぞっ」
「あっ、お、お母さん!」


エルフの少女は声を張り上げた。小さな体での精一杯の声だ。だが、彼女の母親や二人の男には、その声は届いていないようだ。ここから向こうまではそう距離は離れていない。聞こえていないはずはない。なのに、彼女の声に反応しない。


「お母さん! お母さん! お母さんッ!」
少女は泣きながら叫んで、追いかける。母親に手を伸ばす。触れられない。彼女の母親は、首輪の鎖を引っ張られて、無理矢理奥へと連れていかれる。
少女は転んだ。手を伸ばす。だが、母親はどんどん遠のいていく……。


「うあああああぁぁぁッッッ!」
少女の絶叫が、ただただ響き渡った……。


●●●●●●


「う……ぐす……ふぇ、うぐ……」
ぼくの胸で少女が泣く。ぼくは彼女を抱きしめながら、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。
汽車が、再び動いていく。次の目的地に向かって。
あれから、動けない少女を抱きかかえて、ここまで戻ってきた。席に戻っても、彼女はぼくから離れず、このように泣き続けている。


「すみません、こちらの席に座ってもよろしいでしょうか?」
そんなときに横から声がかかる。声の主は、筋骨隆々とした男だった。しかし、そんながっちりしたからだとは裏腹に、声や態度は丁寧で礼儀正しく、その顔は優しさに満ちていた。


「あ、どうぞ……」
「ありがとうございます」


恭しく一礼し、僕から見て、その男は斜め前の席に座った。先ほどエルフの少女が座っていたところの隣の席だ。僕の隣に座らず、真正面にも座らない、というところに謎の距離感があった。それは、そのまま僕と彼との心理的な距離を表しているのかもしれない、と感じた。


「なにか、あったのですか?」
僕の胸で泣くエルフの少女を見て、彼は言う。
「ええ、まぁ……」
「……そうですか。雨はどこにだって、どんなときにだって、降りますからね……」
と遠い目をして、彼は言った。話はそこで終わりかと思ったが、彼は続けた。


「ねぇ、人生は、綱引きに似ていると思いませんか?」
「綱引き、ですか?」
「ええ、お互いがお互いを勝敗のつくまで引っ張り合う。勝てば天国、負ければ地獄。どちらも天国に行けるということはないのです」
彼は話したくなさそうな顔をしているのに、なぜか饒舌に語る。


「私は……ずっと綱引きをして生きてきました。そして多くの者を引きずり落としてきました」
窓の外を見て、彼は言う。窓の外は、ただ真っ暗な景色が続いているだけだというのに。


「――えー、まもなく、闘技場、闘技場」
「もうすぐ着くようですね。私は一旦おりますが、あなたがたはどうなさいますか?」


闘技場……か。あまりいい予感はしないが。
この子が行くなら、僕も行こうと思って声をかけた。


「どうする? 行く?」
「……うん、行く」
胸の中の少女はか細い声で言い、頷いた。
三人で歩き出す。ぼくとエルフの少女は手をつないでいる。彼女が離そうとしないのだ。
そんな僕たちを、ほほえましそうに見つめる筋骨隆々とした男。


「仲がよろしいのですね」
そう言われて、エルフの少女は顔をぽーっと赤くする。
「ひょっとして、兄妹ですか?」
「いえ、違います」
「そうですか。でも、本当の兄妹に見えます」
「はぁ」


どう反応していいかわからない。
三人で歩いて、闘技場の中へ入る。そこは大歓声に包まれていた。
円形のスタジアム。僕たち含む観客たちの真下では、二人のいかつい男たちがお互い鬼のような形相で殺し合いの闘いをしている。


「殺せー!」「そこだ、やれ! やれー!」「ぶっ殺せ!」「殴れ! 顔面をボコボコにしてやれ!」「刺せ! 今だ!」
観客席では、怒号のような応援が響き渡っている。鼓膜が破れそうだ。戦っている男たちより、血の気が多いんじゃないだろうか。
エルフの少女は、周りの雰囲気に気圧されていた。ビクビクとしている。


「なんか……すごいですね」
「はは……そうでしょう」
彼はぼくに懐かしそうな苦笑を見せた。
下では、男たちが血を流し合っている。それを、苦しそうに胸を押さえながら、彼はしっかりと目を離さず見ている。


「私も……ちょっと前までは、ここで戦っていたのですよ」
「え、ほんとですか? 意外です」
「そうですか?」
「ええ、だって、あなたは、こんなにも、穏やかで、礼儀正しくて……」
「……今は、そうかもしれませんね」
皮肉げに笑う彼。


「あの頃の私は、自分が生き残ることしか考えていなかった。奪うもののことなんて、考えもしなかった」
「し、しかたないですよ……こんなところにいたんじゃ」
「そうでしょうか……そう言われると、少し、ほんの少しだけ、救われますよ」


今にも泣きだしそうな顔で、彼は言う。
下のバトルフィールドでは、勝敗が決していた。勝った方は雄叫びを上げ、負けた方は血を大量に流して、地面に倒れ伏している。
あれは……死んでしまったんじゃないだろうか。


「あの負けた方の男はね……実は、私なんですよ」
「え?」
突然、横から衝撃的なことを言われて、唖然としてしまう。


彼は僕の顔を見て、苦笑し、
「冗談ですよ」
と言った。


倒れた男を見る。はっきりとは見えないが、よく目を凝らすと、人相や雰囲気が違いすぎて今まで気づかなかったが――――。
ぼくは、この汽車での旅がどういうものか、薄々わかってきてしまった。


●●●●●●●●●●●●●●


また機関車の中に戻った。今度は、少女は再び僕の向かいの席に座った。隣に屈強そうな男が座っているからか、少し緊張した面持ちだ。
それに気づいたのか、筋骨隆々とした男はズボンのポケットから、紙で包まれた飴玉を取り出し、
「食べますか?」
と少女に言った。


「え、い、いいの?」
「はい、いいですよ、遠慮しないでください」
「ありがとう」


少女はパァッと顔を明るくし、飴玉を口に入れ、両方の頬で交互にそれをころころと転がす。
ぼくと彼はそんな彼女を温かく見つめていた。


「隣、いいかい?」
そのとき、僕はまた横から声をかけられた。
「あ、はい、いいですよ」
「ありがとう」
ニコッとその男は笑い、隣に座る。


失礼とはわかりつつも、まじまじと隣を見てしまう。
その男が、不健康なほどにやせ細っているからだ。触れれば折れてしまいそうなほどに。
筋骨隆々とした男と見比べると、よりその差が鮮明になる。


「みっともない体だろ?」
僕の視線に気づいたのか、彼が言う。
「あ、いえ……」
「いいんだ、気を使わなくて。自分でもわかっているから」
彼はハハハと愉快そうに笑う。だが、彼以外は、この場にいる誰も笑わなかった。


「――えー、まもなく、スラム街、スラム街」
「俺は降りるが、あんたらはどうする?」
ガリガリの男は言う。
僕たちは顔を見合わせる。
「降りましょうか」
筋骨隆々とした男がそう言い、歩き出すと、僕とエルフの少女も歩き出した。


四人で駅に降り、出口の外へ行くと、とたんに生ごみの匂いがした。
とっさに鼻を抑える。エルフの少女と筋肉隆々とした男も僕と同じようにしていて、そうしていないのは、ガリガリの男だけだった。


「よく……平気でここの空気を吸えますね」
「ははは、慣れてるからね」
彼は愉快そうに僕に笑いかけ、ひょうひょうと一人歩いていく。


それにしても……ひどいところだ。
道のわきを見る。
どの者たちも布切れのようなぼろい服を着て、骨と皮だけみたいな体をしていて、ゴミをあさっている。そして食料をゴミの山から見つけたら、ガツガツと美味しそうに食べる。
今までもひどいところばかりだったが、ここは……。


「お、だれも手を付けていないゴミ山発見!」
ガリガリの男は、愉快そうに笑い、道の端にあるゴミ山に向かって駆けていく。
彼はその山をあさりだした。
彼を追いかけて、悪臭に眉をしかめていると、


「あ、パン見つけた。食べるかい?」
彼が僕たちにパンを見せびらかす。
ゴミ山の中から出てきたパンだ。とても食おうとは思えない。
僕、エルフ、筋肉、の三人ともぶんぶんと首を左右に振ると、彼は残念そうに笑って、


「そうか……まだ十分食えるのにな」
と言って、バクバクそれを食いだした。口をあんぐりと開ける彼以外の三人。
「あんまり……そういうのを、食べるのは、衛生的によくないのでは?」
恐る恐る言うが、彼はまったく気にしない様子で、


「知らんよ、そんなこと。食わないともったいないじゃないか。それに、俺にとってはごちそうさ」
そう言って、あっという間にそれを平らげて、げっぷする。
「あー、美味しかった」
パンパンッと彼は腹をたたいた。その様子を、心配そうに見る筋骨隆々とした男。エルフの少女は、少し引きつった顔をしていた。


いろいろと大丈夫かな、この人……と思っていると、彼は唐突に、神仏に祈る際にそうするように、合掌し、一礼をしだした。そして、こう言った。
「ごちそう、さまでした」
そのまま頭を下げた状態で五秒止まり、ようやく顔を上げた。
その様子を、全員がじっと目を離さず見ていた。


「……素晴らしいですね」
筋骨隆々とした男が目を輝かせて言う。エルフの少女も、ガリガリの男を見る眼差しに、尊敬の色があった。
「どのようなものを食べるときでも、感謝を忘れない。私も、見習わなければなりません」
「そうか? あたりまえだろ?」


筋肉隆々とした男はその言葉に目を見開いた後、すぐに目を柔らかく細め、
「あたりまえ……ですか。そうですね、あたりまえにやらなければいけないことですよね、あなたはやはり、素晴らしい人です」
「褒めすぎだ。そんなたいしたもんじゃない。俺は、ただ必死で生きているだけだ」
やせこけた頬を歪めて笑うガリガリの男。


「それにしても、相変わらずひどい街だな、ここは」
卒業アルバムを眺めるときにするような顔をして、彼は言う。
「まぁ、でも、どこも似たようなもんか。きっとどこも、住んでみればひどいどころなんだろうな」
「さすがにここよりひどい場所なんて、そうないと思いますけど……」
僕がツッコムと、彼は心底楽しそうに笑って、


「まぁ、そうかもな。でも、程度の差だけで、この世はどこもスラム街さ」
ガリガリの男は愉快そうに笑って、踵を返す。
「満足した。駅へ戻ろう」
彼は歩き出す。そのやせ細った背中が、不思議と大きく見えた。
この世はどこもスラム街……か。


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僕たちは、汽車の中に戻った。
汽車が動き出すと、僕たちは全員黙って、ただその大きな揺れに身を任せる。
次はどこへ……いくんだろう。
気にはなるけど、行きたくない気もする。


「お兄ちゃん、どうだった?」
そんな中、エルフの少女が静寂を破るように口を開いた。
「どうだったって?」
「いろんなところに行って、そして見て、どう思った?」


どこまでも透き通るような目で、吸い込まれそうな目で、彼女は言う。なんだか、ブラックホールの中にいるような気持ちになった。
僕は振り返る。この機関車に乗る前から、今までを。その過程を踏まえたうえで、言う。


「……異世界に行けば、辛い目にはもうあわないと思っていた。でも、違った。残酷でない場所なんて、存在しないんだ。生きていくということは、とても残酷なことなんだね」
そう告げると、彼女はゆっくりとその青空のような色の目を閉じて、
「……うん、私たちは、この世の残酷さから決して逃れられない。そんな中で、がんばって生きていかなくちゃならないの……」


「えー、まもなく、サイハテ、サイハテ」
アナウンスが響く。
サイハテ。それは、どんなところなんだろう。
疑問に思っていると、二人の男が立ち上がった。


「お別れですね」
筋骨隆々とした男が一礼をして、去っていく。
「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。それじゃあ」
ガリガリの男も去っていく。


「え……ちょ、まっ、待ってください!」
そんな、急に……っ。
慌ててついていこうとしたところで、僕の前にエルフちゃんが立ちふさがった。僕の行く手を、なぜか阻もうとしている。


「お兄ちゃんは、ここから先は行っちゃだめ」
「え……」
「でも、私は、ここまで」
「なにを、言っているんだ?」
「お別れだよ」
「そんな……行かないでくれ」
「ダメだよ、私、もう、死んでるんだもん」
「ぼくも、ぼくも、死んでる。だから……」
「死んでないよ」
「え?」
「お兄ちゃんは、死んでない」
「どうして……そう言えるんだ?」
「その切符」
「これが、なんだ?」
「それは、生きているものしか持てない」
「生きている者しか……」
「お兄ちゃんは、まだ可能性の中にいる。その可能性を、つぶしちゃ、ダメだよ」
「可能性……ぼくに、可能性が……」
「だから、あきらめちゃだめ」


彼女は涙を流しながら、笑い、
「私には……もう、ないの。だから……行くね」
彼女はぼくに背中を見せて、走り出した。
「待って!」


彼女を追いかける。
ドアから彼女は出た。僕は、手を伸ばす――が、
手が外に出る前に、無情にも、ドアは閉まった。
ドアをバンバンと叩く。ガラス窓の向こうの彼女はそんな僕を見て苦笑し、なにかを……言った。


機関車が動き出す。彼女が……遠のいていく……。
ドアに阻まれていたため、何を言っているか、聞こえなかった。でも、口の動きから考えると、五文字の言葉だった。


彼女は、なんて言ったんだろう?
そして……この汽車は、どこに向かっているんだろう?
僕は……どこへ行くんだろう?


汽車の中を、歩き回る。
誰もいなかった。僕以外、誰も……。
どこへでも行けるのは、僕だけだったようだ。
どこへでも……。


そのとき、気づいた。
そうか……どこへでも、行けるのか。僕は、どこへでも、まだ行けるのか。
アナウンスは、もう聞こえない。行先は、わからない。
いや、行先なんて、言われなくたっていい。
だって、僕が、決めるんだから……。
決めなくちゃ、いけないんだから。
ぼくは、可能性の中へと、足を踏み入れた――――


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


目覚めると、そこは病院だった。医師が言うには、僕は奇跡的に一命をとりとめたようだった。
学校へは、それから数か月で復帰した。いつもぼくをいじめてくる不良から「おまえ、自殺しようとしたんだってな」とからかわれ、そして殴られた。また地獄の日々の始まりだ。
死にたい、と思った。
でも、ぼくは、あの異世界鉄道の出来事を思い出して、思い直して、生きよう、と思った。
だって、可能性の中にいるんだから。

          

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