最弱が世界を救う。

しにん。

殺意。

「きゃあああああ!!」


グラートを別の場所へ移動しようとし、担ぎあげた瞬間外からレインの叫び声が聞こえてくる。
レイン?まさか、敵か!今行くぞ、待ってろ!
エクスは全身の筋肉へ限界を超える速度を出すように指示を出し、すぐさま外へと向かう。
一番最初に見た光景は、レインの顔を掴み持ち上げる謎の黒装束。
その次に目に入ったものはルーが倒れている姿。


「テメェ!」


刹那の時間が過ぎる前に、エクスは黒装束の首元へトリアイナを突きつける。


「テメェがレインとルーをやったのか?返答しだいでは命はないと思えよ」


殺意をむき出しに、黒装束を睨む。
黒装束はフードを取り、素顔を見せるとニッと笑う。
黒装束の正体は、見たことがない人物だった。


「お前、誰だ!」


「おっと、素顔を見せるのは初めてでしたかな」


「その声は―――ファントム」


「いかにも、私はファントムです」


エクスの表情は一気に豹変し、殺人鬼の目へと変わる。
その瞬間、トリアイナでファントムの心臓を貫く。
たった一瞬だったが、完全に心臓へと直撃。
するとファントムの体は実体を失くしたように、黒装束だけを残し消える。


「はっはっはっ!!さぁ、君たちの物語をつむいでくれ。あの方を楽しませろ!そして、存分に絶望しろ……」


どこからか聞こえてくるファントムの声は、儚くも消える。


「くそ、それより大丈夫かレイン!」


急いで駆け寄ると、レインはふらふらと立ち上がる。
よかった、なんとか無事……なんだこれは。
レインの左目を覗き込むと、明らかに右目とは違う色に染まっていた。


「レイン……?」


「あああああああああああああ!!!」


壊れたように叫び始める。
エクスは耳を塞ぎながらレインに呼びかける。


「レイン!どうしたんだ、何があった!」


エクスが必死に呼びかけるが、反応はない。
終いには力を失いその場に倒れ込む。脈がない。
ファントムになにかやられたのは確実だ。


「あのファントム……一体あいつはなんなんだ」


「マスター、恐らくレインは呪いにかけられた可能性があります」


「ムシュか、呪いってのは」


エクスの体から出てきたムシュは目を瞑り、レインの額と自分の額をくっつける。
数分か、それ以上か時間が過ぎ去るとムシュは動き出す。


「これは恐らく封印解除がほどこされているかと思われます」


「呪いをかけた、ではなく呪いを解いた……だと?」


「あくまで推測ですが、レインにも何らかの呪いがかけられていた可能性が高いですね。それと、マスターと同じ呪いですね」


「呪い―――まさか、記憶の封印か?」


ムシュは無言で頷く。
その反応を見た瞬間、エクスの右手はムシュの胸ぐらを掴んでいた。


「レインはどうなるんだ!」


ムシュは無表情のまま動かない。
殺意をぶつけても顔色一つ変えない。
すると、倒れていたルーが起き上がる。


「パパ……?」


「ルー……すまない、ママを守れなかった……」


その言葉を聞き終わる前にルーは泥のように崩れ、大粒の涙を零す。


「ママ……!うあぁん」


エクスはルーを抱き寄せ、共に涙を流す。


「マスター、まだ死んだとは決まっていません」


暗いムードをムシュの冷酷な言葉が断ち切る。


「嘘を言うな、もうレインの鼓動は止まっているぞ」


「それではこのままレインを殺しますか?」


助けるに決まっている、そう叫ぶつもりだったが何故だか言葉が出ない。
何度出そうとしても出せない。
体がレインの死を素直に受け止めているため、無理にしても動けない。


「そうですか、では殺します」


「殺させないっ!!」


ルーは動かないはずの体を無理やりに動かした。
その言葉を聞き、エクスも落ち着きを取り戻し体の自由が帰ってくる。


「あぁ、このまま殺すわけがないだろ。俺は世界で一番レインの事が好きなんだからよッ!!」


「目覚めない理由は何個かあると予想されますマスター。まず一つ目、記憶の封印解除により脳へのダメージが強く一時的に意識を失っているだけか。二つ目はファントムから何らかの攻撃を受けている可能性。予想されるのはこの二つですかね」


「ルー、レインがやられる前に何があった。それを知らない事には何もわからない」


「えっと、ママと一緒にお花を積んでいたらいきなりあの男が来て……殺意?を感じ取って攻撃したら負けちゃった。気を失う前に見たのはグルグルと回る何かがママの頭の近くで出てきてすぐ消えた」


「つまりはファントムから何かの攻撃があった可能性が高い?」


「使い物にならず申し訳ありませんマスター」


「気にしなくていい。誰だって出来ることと出来ないことぐらいある。一個一個に悔やんでたって時間の無駄だ」


「それではマスター。ここは詳しい人へ診てもらうというのはどうでしょうか?」


「詳しい人……?」


ムシュは無言のまま、魔法陣を空中へ展開させる。
魔法陣からはある人が出てくる。
銀髪の少女を見た瞬間、エクスは満足したように微笑む。


「あれ?ここどこ?」


「セレネ……すまない、力を貸してくれ」


状況を説明すると、セレネはすぐさまレインへと駆け寄り原因を探る。
脈はないものの、レインは死んでいないと結論が出た。


「死んでいないってどういうことだ」


「そうですね、死んでいないというだけで死にかけということろですかね。ムシュさんでしたっけ、貴女気づいていますよね?」


「はい、心臓がないという事ですね」


あっさりと答え、エクスの頭は理解出来ず煙をあげている。
生きていて死にかけで心臓がない?
心臓がないなら死ぬのではないか?
様々な疑問が脳内でごちゃ混ぜになる。
やがて、考えることをやめ答えを聞くことにした。


「一体何がどうなってる。簡潔に説明してくれ」


「このままだとレインさんは死んでしまいます。恐らくですがファントムはレインさんの心臓を、何らかの手段で奪ったと思われます。どんな魔法でそんな事が出来ているのか理解不能ですが、そうとしか言えません」


「あのファントム……一体何を考えてやがるんだ」


「おや?置き手紙ですかね。何か置いてありますよ?」


少し離れた場所に落ちていた紙。
見つけてくださいと言わんばかりに落ちていた紙を開くと、全てを察する。
鬼の形相でエクスは怒りをあらわにする。


「ど、どうしたんですか?」


「ご丁寧にファントムが居場所を教えてくれてる」


「まさか行くんですか?明らかに罠だと……」


「うるさい黙れ」


向けられた殺意に、思わず退く。
セレネは目の前の脅威にただ立ち尽くす事しかできなかった。
やっとの思いで口を動かす。


「何を言っても無駄なようですね。私もお供してもよろしいですか?」


「あぁ、今は少なくとも戦力が必要だ。どんな奴でも喜ばしい」


「パパッ!私も行くッ!!」


「ルー、これは遊びじゃない。命の奪い合いだ。それでも来るのか?」


「ママに酷いことをする奴は許さないッ!!」


ルーは拳をぎゅっと握りしめ、戦いの覚悟を決める。
ルーの目を見て、エクスはふっと鼻で少し笑い頭を撫で回す。


「お前は強いから誰にも負けねぇよな。わかった、ついて来てもいいが、なにかあったらすぐに逃げろよ」


全力で頷き、四人はファントムの敵地へと急ぐ。

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