閃雷の元勇者

しにん。

32話 指名手配

 オレが目を覚ましたのは、学園に帰ってきて3日が経過した頃だった。
 魔力を極限まで使い切り、その状態から無理に学園への転移魔法。普通は1日休めば魔力は回復するが、3日もかかったのは体は衰退し過ぎていた。


「主、やっとお目覚めですか」


「この時を待ってましたよ」


「えっと……?」


 起き上がると見たことのない女の子が2人がいた。ひたいに乗せられたタオルが落ち、それを静かに拾う。
 きょとんとした顔でこちらを見ているが、この子達とは面識がない。


「キミたちは誰?」


「まさか……記憶喪失では!?」


「あわわわわわわ!」


 変な方向に話が進み、女の子達は右往左往している。どこか見覚えがあるような気もするが、記憶の中ではぼんやりとしか思い出せない。とても可愛らしい女の子2人を見ていると、ある記憶が突然出てきた。


「キミたちはあの時の天使……なのか?」


「主? 私達は天使ではなく狐ですよ?」


「へ?」


「え?」


「いや、え?」


「私達は狐ですよ?」


「狐って……あれ? 右近と左近はどこに?」


 いつもベッドで一緒に寝ていた2匹の狐が消えていた。毛布をどかしたり、ベッドの下や部屋中を探したが見当たらない。それなのに、魔力は感じる。


「主は何か勘違いをしてませんか? 右近と左近は私達ですよ?」


「ごめんちょっと何言ってるか分からない。オレの知ってる右近と左近は狐の姿か小太刀か双銃剣ツインバレットだけなんだけど?」


「百聞は一見にしかずですね。見ててください」


 疑いの目で目の前の女の子を見ていたが、狐の姿になったのを見て驚きが隠せなくなる。
 夢かと思い頬をつねるが、痛みがある。と、いうことは、この子達が言ってることは本当。
 初めて見る姿にどうしても驚きが隠せない。オレの薄れかけている記憶が正しければ、この子達がサードを倒したことになる。


「嘘だと思ったが、ここまでされて嘘と言うのは失礼だな。でもどうしてお前らは人間の姿になってるんだ?」


「私達は主を助けるため、戦える姿を――人間の姿を望み、形態を変化させました」


「なるほど。形態変化武器が成れる物は、武器や防具だけじゃないってことか。とんだ盲点だったな」


「では主、私達に罰を」


 右近と左近は怯えながら、声を震わせ強く目を瞑った。
 この子達が何を恐れているのかは分かっている。主従関係において、従者が主に逆らうことは許されない。従者は主の命令は絶対遵守が基本。そんな馬鹿げた規則ルールがまだこの世には存在している。
 奴隷や家畜として扱われている人間だって少なからずいる。悲しい時代だ。


「オレの命令をなぜ聞かなかった。なぜ、守らなかった」


 この子達が謝ろうとしていることは、オレを見捨ててアリスと生徒会長を逃がすという命令を破棄したこと。
 あの場で戦力はオレのみという絶望的な状況。せめてアリスが戦える身体だったら、戦術は腐るほど広がっていただろう。
 たが、アリスは戦える身体では無かった。何かを犠牲にしなければ助かる方法がなかった場面で、オレの命で2人と2匹が助かる。オレの命を捨てなかった場合、全員が死ぬ。
 そんな中で答えを求められれば、前者で確定だ。


「結果的には誰一人死ぬことなく生きて帰れた。それはいい。だが、オレの命令を聞けなかったとなると、オレはお前らを信用しなくなる。その事は承知の上で動いたんだよな?」


「おっしゃる通りです。私達は主の時間稼ぎとも言える行為を無駄にし、命令を聞かず、自分勝手に動きました。主が望めば、私達は死ぬ覚悟です」


「いい心構えだ」


 ベッドから降りて、一歩歩くたびに震えが強くなっている。目の前まで来ると、二人とも目尻に涙をためて歯を食いしばっている。


「では罰を言う。今ここで死ね――」


 そう言った瞬間、頭を下に下げいつでも殺してくださいというポーズをとる。
 右近も左近も無駄にオレに対しての忠誠心がある。オレに依存しているという捉え方もできる。
 もしオレが死んだ場合、この子達の支えになるものが無くなり、精神が崩壊する。
 その事も考えず、オレは最善の手を選んでいた。主としてオレは最低だな。


「なんて言うとでも思ったか」


 2人を抱き寄せ、小さく呟く。


「お前ら本当にすまなかった」


「主……主ッ!!」


「ごめんなさい! うわああああああ!!」


 優しく謝ると、2人は我慢の限界だったのか、大きな声を上げ泣き始めた。嗚咽混じりの声を上げ、獣のように泣きまくる。
 この子達を守ろうと改めて思えた。




 2人が泣き止んだあと、すぐに生徒会長が様子を見に来てくれた。


「ライガが目覚めたと聞いてな、いてもたってもいられなくなった。身体の調子は? どこか痛むところはあるか?」


「身体の方は心配いらない。赤目の鬼ブラッドモードの治癒能力のおかげで、傷は学園に戻る前には塞がっていた」


「それはよかった。しかし、突然だが話がある。少しいいか?」


「それは別に構わないが、どうしたんだ?」


「実は……」


 生徒会長は取り出した紙を広げ、こちらに見せてくる。一見すると普通の指名手配書。しかし、よく見てみると不可解な点がある。
 指名手配書なのに顔が『?』で埋められており、人物像は把握出来ない。それに加え、懸賞金の額は未定。


「なんだその指名手配書は?」


「ライガ、落ち着いて聞いてくれ。指名手配者の名前をよく見て」


「えっと……は?」


 指名手配者の名前はエースの勇者となっている。


「見てもらったとおり、今ライガは国中で探されている。まだライガがエースの勇者だと気付いてる者は少ないし、誰もライガを殺そうとはしていない。つまり、元エースの軍隊は誰一人として、ライガの事を裏切ろうとした者はいない」


「……変なところで頑固だなアイツらは。ってことは、今勇者オレは不用意に外を出歩けないのか」


「端的にいうとそうなる。だが、ボクやアリス、学園長などは言いふらしたりはしないと約束してくれた。あとは、ライガの真実を知ってる者が口を割らないことを祈るばかり……」


 目を覚ますと面倒なことになっていた。やっとひと段落がついたと思っていた矢先、今度の狙いはオレになっていた。
 誰の仕業なのかは一瞬で分かったが、国中にこの指名手配書が回っているとなると誤解を解くのは骨が折れそうだ。


「いくつか対策がある。一つ目は代理を立ててそいつを勇者と名乗らせる。運がいいのか国民にオレの顔と名前はバレていない。そして二つ目は、諸悪の根源を断ち切ること。まあ、フェイカーの仕業だとは思うがな」


「他に出来ることは、国王が直々に誤りがあったと言えば信じる者は多いだろう」


「しかし困ったな……。これを発表したのはいつか覚えているか?」


「いつも何もたった今だ。学園中が騒がしくなっていたから何があったと聞いたところ、このザマだ」


「たった今か。これは早急に動く必要がありそうだな」


「動くと言ってもその身体じゃ無理があるんじゃないか?」


赤目の鬼ブラッドモードのおかげで痛みももうない。動こうと思えば動けるが……」


「主の身体の筋肉はまだ完全復活とは程遠いですね」


 傷はないが、筋肉が未だに回復していない。あと少し休めば無事に治るとは思う。
 そうなると、動き始めるとしたら明日からになるな。


「今日はまだ休んでおく。何かあったらまた報告しに来てくれないか?」


「ああ、分かった。ボクからアリスの方にも伝えておくよ。それじゃ、ボクはこれで失礼するよ」


 部屋から生徒会長がゆっくりと出ていく。
 少し周辺に意識を向けると、いつもより学園が騒がしい。生徒会長が言っていたとおりだ。


「さて、目覚めたばかりだが、まだ休むとするか。オレが寝てる間の警備は任せたぞ2人とも」


 優しく頭を撫で、オレは静かに眠る。
 太陽が沈みまた顔を出した頃、目を覚ます。それと同時に昨日と同様に生徒会長が部屋を訪ねてきた。


「起きてるかライガ。大変なことが起こっている」


「入っていいぞ」


 生徒会長とアリスの2人が入ってきた。その顔は焦り怒りや困惑が混ざって、どこか落ち着きがない。


「話を聞こう。いったいどうした?」


「話は二つある。一つ目は、あとの話が終わったあと学園長の所に行くこと。ライガに話があるらしい。もちろん、ボクやアリスも同じく。そして二つ目は、ライガを殺したという者が沢山いるということ」


「オレを殺した……?」


「正確には、無関係な人を殺してライガと言っているだけだ。恐らく賞金目当ての輩だとは思うが、ボクの予想としては、これがフェイカーの狙いだと思う」


 勇者オレの顔を知っいる者は少ない。それが悪い方向へ向いた。
 誰も知らないから代理を立てても気づかれない。そう考えた賞金目当ての者が、無関係な人を沢山殺している。やはり、懸賞金が記されていなかったことには意味があった。
 生徒会長が言っていると通り、これがフェイカーの狙いなのかもしれない。なのに、オレには他にも狙いがあるかもしれないという、疑いの心がある。


「話はだいたい分かった。この不測の事態をどうにかするために、学園長の元へ行くんだな?」


「そんなところだ。では行こうか」


 この国で一番の権力者は国王。今起きている国民の混乱を抑えるには、必要不可欠な存在とも言える。
 その事を信じ、学園長室へ入る。


「来たぞ、話は聞いたが今何人殺されている」


「ちょうど今で100人さ。どうだい? 名前も顔も性別も何もかも違う他人が、キミだと言われて殺されている気分は」


「はっきり言って最悪だ。オレが民間人に殺されるはずないのによ」


「まあ、キミの強さを侮辱しているのと同じだからね。それで今日来てもらったのは――」


「オレに何かしろってんなら難しい話だ。考えたが、オレに出来ることはない。どこの馬の骨か分からないオレが『これは嘘だ。信じるな』と言ったところで、信じる奴がいると思うか? オレのことを知っている奴は素直に頷くと思うが、そうじゃない奴は納得しないだろ」


「ライガの言い分はよくわかる。だけど、そうじゃないんだ。国王であり、学園長である私から言わせてもらう。今回の騒動において、私達はライガを反逆者として見ている」


 ディルクは冷酷に事実を伝える。最初は何言っているのか理解出来なかったが、だんだんと分かってくる。オレたちが殺したサードという人物は、国においては重宝される知識と技術を持っていた。その者を殺したとなると話は繋がる。


「性格は問題ばかりであったが、サードは実に優秀な成績を収めていた。それこそ、治らないと言われた病気を治す薬や、今までの常識を覆すものまで。彼は国にとって必要不可欠だったと言える。それを失った今、私達はライガ、クロセル、アリスの3人を反逆者として見るのはごく自然な流れだろう?」


「なるほどな。その事実があるから、オレの指名手配を消せずに放置しているという事か。でもいいのか? 今も尚無関係な人達が命を失っている。放っておいたら被害は増えるばかりか、もっと大きな事が起きる可能性だってあるぞ」


「その事は理解しているさ。まあ、ここで動かなければ国王失格だ。そこでだ、ライガ達にお願いがあるんだが、聞いてくれるよな?」


 ディルクは笑顔をこちらに向けてきた。この時の笑顔ほど怖いものは無い。
 断ることが出来ずに引き受けたが、どういう策があるというのだろうか。


「ライガ、キミには死んでもらいたい」


「――は?」


 その一言で場は一気に冷たくなる。

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