閃雷の元勇者

しにん。

31話 おかえり

 目が覚めると、まず最初に寒さに身を縮こませる。よく冷えた床の上に寝転がっている状況を見て、気絶する前の記憶が蘇る。


「――サードは!?」


「お兄ちゃん、落ち着いて。サードは生徒会長が殺した」


 勢いよく起き上がると、隣には心配そうに覗き込んでいたアリスと、その横に冷酷な表情の生徒会長が座っていた。


「生徒会長、お前がサードを?」


「それはそうだけど……ボクのためにこんなになるまで戦ってくれて……あ、ありがとうございます」


「助けに来たつもりだったんだがな。逆に助けられるとはね。結果はどうであれ、助かってよかったよ」


 サード強制収容所以外にも、次期拡張世界アナザーワールドの研究をしたいという所は山ほどある。ここから脱出できたからと言って、他の場所で研究されるだろう。
 解決策が無い、と言えば嘘になる。


「生徒会長、いや、アイン・クロセル。1人の人間として、オレと同じ世界に足を踏み入れた者として問う。誰かを殺す勇気あるか?」


「誰かを殺す――勇気……」


 フェイカーとの戦いが今後増えるとなると、誰かを殺す可能性も増えてくるだろう。
 正当防衛、誰かのために殺す。それ以外にも他人の命を奪う場面がある。殺戮であったり、流れ弾に当たってしまい結果として死ぬなんてこともある。
 もし、他人の命を奪った時に生徒会長の心が折れるかもしれない。そうなった際は、戦力として数えることが出来なくなる。


「ライガ、今の質問に答える前にボクの質問に答えてもらってもいいかい?」


「まあ、急ぎで聞いてる訳では無いし構わないよ。それで、質問って?」


「あなたは何のために戦っているのですか?」


「何のために、か。簡潔に答えると、覇聖はせい学園の警備ってところかな。つい先日学園に現れた敵からお前らを守るのがメインの命令だ」


 甘い誘惑に負けなければ、こんなに面倒な事なんてしなくて済んだのに、と心の底から後悔している。だが、後悔と同時に楽しくもある。
 マリアの死後、オレはずっと独りで隠れて暮らそうとしていた。人の温もりを遠ざけ、孤独で生きていこうと。
 再び剣を握れたのは、今の学園に入って強い奴と戦えたからこそ、立ち直れたかもしれない。
 どんな出来事があろうとも人間の根っこの部分は変われない。戦いが大好きだったオレみたいに。


「それじゃあ返事を聞かせてもらおうか。誰かを殺す勇気、お前にはあるか?」


「正直なことを言うと、人を殺すことに躊躇ためらいが無いと言えば嘘になる。サードを殺せたのは、ボクを傷つけた事への怒りとライガを殺した怒り。この2つの感情があってこそ殺せた」


「人を殺す時の最も多いことだ。恨みや怒り、負の感情がきっかけで命を奪う。だけど、オレが聞いているのはそんな簡単なことじゃない。無意味な奴を殺せるかどうかだ。フェイカーと戦うとなると、必然的に人造勇者と呼ばれる奴らを殺さなければならない」


「フェイカー? 敵の名前か?」


「正確には違う。今はまだ偽りの名コードネームと語っていた」


「なるほど。それじゃあ、ボクの答え次第で救われる命と奪われる命が決まるという事だね」


 生徒会長は少し悩む素振りを見せ、軽く首を横に振る。


「そのフェイカーって奴が何を望んでいるのかは分からないけど、学園を守る義務はボクにだってある。ライガ……いや、エースの勇者オーラス・ライガ。ボクは――戦う」


「いい答えだ。殺す時になって怖気付くなよ?」


「はいっ!」


 人を殺す時は、2人殺さなければならない。人生や命を奪う相手と、自分の心。
 下手に感情を殺せずに人を殺すと、悪い意味で心が死ぬ。そうならないためにも、殺し慣れなければいけないが現実的ではない。


 それと生徒会長の身の安全はまだ保証されていない。次期拡張世界アナザーワールド発現者は、何らかの検査及び実験の対象となる。それが、エースの国の裏の規則ルール
 詳しくはシンから聞かされていないため、何をされるかすら分からない。純粋に検査だけで終わればいいのだが、サードのように命を奪う者だって沢山いる。
 そうさせないために、手を打たなければいけない。手を打つためには学園の主である、国王ディルクに話をつけなければならない。元勇者であるオレだからこそ、出来ることがある。


「お兄ちゃん、何を見てるの?」


 対策を立てていると、アリスから小さい声が漏れる。


「何を見ているのか? だって?」


 アリスの質問の意味が分からない。何を見ているのか聞かれても、何も見ていないから。


「お兄ちゃんは考え事が多い。でも、たまにどこか遠くを見て、アリスを置いていくような感覚があるの。アリスはお兄ちゃんの側にずっと居たい」


「どこか遠くを――心当たりはないな。それに、アリスを……うっ……ああああっ!!」


「お兄ちゃん!?」「ライガ!?」「主!?」


 激しい頭痛に襲われ膝をつく。突然の痛みで意識を持っていかれそうになるが、歯を食いしばり耐える。


「大丈夫か? まだ傷が痛むのか?」


「主に傷はもうありません。治癒能力をあなどらないでほしい。これは外傷ではなく内側の問題です」


「ということは、第3者からの魔法による精神攻撃か? 周りに魔力の反応なんてどこにも無かったが……」


 右近と左近、そして生徒会長が状況を読み取り、何をすべきか考えている。必死に動こうとしてくれるのは有難い。だが、数秒後には痛みが引き始め、魔法の使用者とおぼしき者の声が脳内に響く。


『ライガ様。嗚呼、ライガ様。はやく私を助けに来て。そして、私を楽しませて――』


 たったこれだけだが、オレには正体がハッキリとわかっていた。


「マリア……」


 死んだはずの最愛の者。目の前で失った妻。
 数日前にもマリアのような声を聞いたが、幻聴だとばかり思っていた。今回は2度目だ。マリアの声で間違えない。
 オレの腕の中で死んだマリアは生きている。何故かは分からないが生きている。
 この答えが生まれた時、目尻から一滴の涙がこぼれ落ちる。


「……ライガ?」


「必ず、救ってみせる。オレの命に変えても、お前を――マリアを助けてやる。だから待っていてくれ、マリア……」


 雄々しく叫び始めたが、最後の方は弱々しくなってしまった。目の前が涙で見えなくなり、声にならない嗚咽を漏らしながら、心に誓った。
 マリアのために死力を尽くすと。


「ライガ、何があった?」


「オレの最愛の者が生きていると報告を受けた」


「最愛の者、か。どんな人かは知らないが、きっと優しい人なんだろう。でも少し妙だ。何故今報告してきたのか、どうして直接会いに来ないのか。疑いたくはないが、この状況下で魔法を使用して伝えたってことは、フェイカーの仲間ということも考えられる」


 その言葉を聞いた瞬間、怒りがこみ上げ気づいたら生徒会長の胸ぐらを掴んでいた。


「てめぇ、今なんて言った! もう1度言ってみろ。マリアを悪だと思うのなら、今ここでお前を殺してやるッ!」


「待って待って、落ち着けライガ。ボクは可能性の話をしたまでだ。よく考えてみるんだ。生きてると報告を受けたってことは、そのマリアって子が死んだことを知っているのだろう? ならば何故生きているんだ」


「……」


「お兄ちゃん、アリスも生徒会長の言っているとおりだと思う。アリスは前にもマリアちゃんの話を聞いたけど、死んでいるって思うの。でも、さっき戦ったジャックの勇者? のように、フェイカーが死んだ者を蘇らせることが出来るとしたら――」


 すべて繋がった。アリスのおかげで、疑問がすべて吹き飛んだ。
 ジャックの勇者が生きていた理由が引っかかっていたが、フェイカーの何らかの策により死んだ者を蘇らせることができるとしたら、納得が行く。
 問題は、死者を生き返らせる魔法が存在するのかどうか。賢者であるシンなら出来るかもしれないが。


「すまなかった生徒会長。つい感情的になってしまった」


「こちらこそ軽率な発言を詫びたい。最愛の者をいきなり敵だと言われれば、誰だって同じことをするさ。こればかりはボクの責任だ」


「……そろそろ魔力が少し回復した。転移魔法を1度なら使える程度はある。帰ったらアリスの手当だ」


 全員を集め、寮の部屋へと一瞬でたどり着く。


「さて、無事とは言えないが、これで生徒会長奪還は成功だ。……おかえり、生徒会長」


「ああ、ただいま。ボクの愛しき学園よ」


 拳を軽く合わせ、照れくさそうにはにかみ合う。

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