閃雷の元勇者

しにん。

28話 偽りの名「偽物」

 銃弾は次々とジャックの勇者を貫通し、手も足も出ない状況になった。それでもなお、ジャックの勇者は立っており戦いを続けようとしていた。


「ボクは最強だ……この程度で殺られるはずが……ぐはっ……はぁ、はぁ」


「大人しく死ね。その出血じゃどの道死ぬのは近いだろ。だからもう抵抗はやめて――」


 勝機が見えたから油断していたとはいえ、ジャックの勇者の背後に人が立っていることに今頃気づく。
 フードを被り、全身を闇と同化している何者かはゆっくりと歩み寄って来ている。


「お前は……久しぶり、いや、こないだぶりだな。名前は聞いていなかったが、2度と会いたくなかった」


「私としては何度でも会いたいですよ、エースの勇者ライガ」


 ある程度近づくとフードを取り、仮面が見えた。
 彼は剣魔武闘会フェスタにて、突如現れ人造勇者という名の強敵を送り込んだ、敵の親玉。


「私の名前を覚えてもらいたいのですが、いかんせんこちら側が不利になるので話したくても話せません。ですので、私のことは偽りの名コードネームフェイカーと呼んでください」


「フェイカー……偽物って意味か。いずれにしても、お前がこのサード強制収容所に居ることは分かっていた。この前の続きでも始めるつもりか?」


「私としては構いませんが、ここには別の用事で来ていましてね。結局ここに来たのは無駄足でしたがね」


 フェイカーは首を横に振り、目的を果たせなかった事へ苛立ちが見える。
 目的が何なのかは分からないままだが、こちらとしては好都合なのだろうか。


「さて、足止めをお願いしていたつもりですが?」


「ボクは……まだ戦えるッ!」


「真に強き者とは、己の状態を見極めることができる者だ。今の状況を改めて見て、お前はまだ戦えるなんて言えるのか?」


「ボクは……ボクは……ッ!!」


「まだそんな戯れ言を言うんなら今ここでくたばれ」


「――ッ!」


 今まで抑えられていた殺気が溢れ出た瞬間、身体が勝手に身構えてしまう。やはり、フェイカーは只者ではない。オレの攻撃が当たらなかったのはまぐれではなく、実力ということだろう。
 オレの知らない魔法は沢山あるから、帰ったらシンに聞いてみるのもありか。


「すまない、ボス。ボクが悪かった。ここは一旦引くってことでいいんだな?」


「そういう事だ。では、また会おうライガ。それに2号機よ」


「待て――」


 マントをひらりと大きく広げると、フェイカー達は消える。転移魔法の1種なのだろう。


「お兄ちゃん……ごめん、なさい」


 後ろを振り向くとアリスが泣きながら誤っていた。溢れ出る涙を必死に拭うが止まることを知らない。


「どうして泣いてるんだ? オレがなにかしたか?」


「違うの。アリス、あの方の正体を知ってるのに、教えることが出来なくて……それで、それで……」


「ここは戦場だ。余計なことを考えた者から死ぬ、この世で1番残酷で、無慈悲で、寂しい場所だ。そう気を落とすな」


「でも……でも!」


「伝わっているさ、アリスのどうすることが出来ない歯痒さを。だが今は忘れろ」


「うん……わかった」


 今悔しがっていても意味が無い。それに、アリスを苦しめているものは、敵の親玉の呪いだからアリスは悪くない。


 生徒会長の声がした地下へと続く道を見つける。魔力を感じ取る限り生徒会長までは近く、周辺に人の気配はない。唯一あるのは、生徒会長と同じところにいる者だが、魔力的に強敵とは言えない。


「敵はあとひとり。恐らくだが、ここの主であるサードという人物だ。噂には聞いていたが、戦闘能力は皆無と見ていいだろう」


「それは、アリスも……感じ、取った……」


「アリス?」


 ふらふらと揺れたあとアリスは片膝をつく。新手の攻撃が来たかと見たが、その様子はない。
 先程も確認した通り、周辺に魔力は感じられない。考えられるとするなら、ジャックの勇者の攻撃がオレと同じく毒を使っているということ。


「どうした、アリス!」


「ごめんなさい……もう時間切れ。足が――」


 アリスの足へ視線を向けると、霧とは別に冷気が出ていた。よく見ると足に氷の結晶のようなものが見える。
 完全に盲点だった。アリスの霧は水であり、氷点下を下回ると氷となり魔法の効力が無くなる。
 そしてここは極寒の地。
 無理して戦っていたことに気づけないなんて、仲間として有るまじき行為だ。


「すまない、気づけなくて。その足だともう動きにくいよな。オレの背中に乗れ」


「うん……」


 アリスを背負い、薄暗い階段をくだる。背中の温もりは徐々に消えていくようだった。
 特に命に別状は無さそうだが、苦しんでいるアリスをあまり見たくない。早いところ生徒会長と共に学園に帰ろう。
 色々考えているうちに1番下へ辿り着き、目の前に大きな扉が見える。


「さて、このでかい扉の向こうに魔力を感じるな。アリス、少し悪いがそこで座っててくれないか?」


「うん、頑張ってお兄ちゃん」


「任せろ」


 拳に力を込めて、全力を扉にぶつける。


剛腕爆砕ごうわんばくさい――壊れた理想郷ブロウクン・ヘブンッ!!」


 轟音と共に煙が舞い、視界が遮られる。


「な、に――?」


 確かに壊れた感覚はあった。そもそも、壊れた理想郷ブロウクン・ヘブンは全てを破壊するほどの力を持つ、オレにとってトップクラスの技だ。
 その技が効かないとなると、この扉は魔力により何らかの能力が働いている。
 壊れない能力なんてないだろうから、再生能力だと思われる。
 魔力で出来ている壁なら、オレには無意味だな。


神を葬る拳デッド・イレイザーッ!!」


 魔法を無効化する神技を使い、扉を消し去る。しかし、どんな力にも代償がある。それも確定で何かを失うのではなく、無作為ランダムで選ばれる。不幸中の幸いとして、失われた力は一時的らしく少しすれば回復する。それに大抵は戦闘に支障は出ない。


 扉の向こうには鬼の形相の科学者と生徒会長が居た。部屋は血なまぐさく、いろいろな場所に血がついている。
 白い服に血が沢山ついていながらも、笑顔の科学者はゆっくりと近づいてくる。


「初めまして、この強制収容所の主のサードです。ここは関係者以外立ち入り禁止ですが、いったい何用で?」


「そこにいる生徒会長を取り戻しに来た。お前の実験とやらは拷問と同じだ。この国で拷問が許される訳がないだろ」


「一応ここは国が管理している場所で、全ての研究の権利は私にある。それに、ここに入ったとなると、危ないのは貴方達の方では?」


「そうだな。だが、国だろうとなんだろうと、オレの仲間を傷つけていい理由にはならない。奪われたのなら取り返すまでだ」


 サードは爪を噛み始め、苛立ちの表情が見て取れる。狂気の科学者マッドサイエンティストという噂は本当なのだろう。


「ああ、うるさいうるさいうるさいうるさい、黙れェ! 私に楯突く者はこの世から消し去ってやる。ぶっ殺してやるァ!」


「ん……?」


 ポケットの中を漁った後、注射器らしきものを自らの首に刺し、中身をすべて注入し始める。
 嫌な予感はしていたが、あの注射器に見覚えがある。


「アリス、あの注射器ってもしかして」


「うん、さっき会ったフェイカーの施設で作られた注射器で間違いない」


 やはり、フェイカーがここに来た理由は複数あったと見れる。何一つ分らないが、大きなことをしようとしている気がする。
 兎も角、フェイカーのことは後回しにして、目の前のサードがどう動くかを警戒しなくては。


 薬を注入し終わると、サードは苦しみ声にならない叫びをあげる。


「私の実験の邪魔をするなんてことは、たとえ神であろうと許される行為ではない……」


「魔力が増えてる……だと?」


 魔力が低く、苦戦を強いられることなく帰れるだろうと甘く見ていたのが間違えだった。いかなる時でも、戦場で予想外のことが起きるのは当たり前であり、油断した者は死ぬ。
 そんな初歩的なミスをしてしまった。


「アリスは下がってろ。余裕があれば生徒会長を起こしてくれ。無理そうなら隠れて身を守れ」


「頑張って、お兄ちゃん!」


「任せろ!」


 この戦いは勝たなくていい。誰も死なせずに逃げ切れるだけでオレらとしては勝ちになる。
 転移魔法はジャックの勇者の時に使ってしまったが、再使用まで残りわずか。時間を稼ぐだけなら簡単な話だ。
 問題は転移魔法の条件にある。目的地に探知できる魔力があること。そして、生物を転移する際には、生物の意識があることが条件になる。
 今現在、生徒会長の意識はないため、無理やり転移させることは不可能となる。


「明らかに別人だなこれ……」


 剣魔武闘会フェスタの時のハンズネットのように、魔力の暴走がはじまった。
 魔力の異常増幅に加え、異常摂取。厄介なことにハンズネットとは比べ物にならないレベルの魔力。


「これに勝てって言うのか……やれるだけの事はやってやるか」


 サードはぶくぶくと膨れ上がり、巨大な化け物となる。正直な話をしていいなら、今のオレの魔力的な問題で勝てる相手とは言えない。


「右近、左近。もし、オレが暴走を始めたら、嫌がるだろうアリスと生徒会長を連れて逃げてくれ。命を代償にしてアイツを殺す」


「で、ですが主……私たちは主と共に……」


「気持ちはありがたい。でも、フェイカーを止めれるとするなら、生徒会長とアリスだけだ。そんな宝をここで失うわけには行かない。話は終わりだ。さあ、さあ! オレはエースの元勇者、この命尽きる時まで戦おうではないか!!」


 オレの最後になるかもしれない叫びで、戦いははじまった。

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