閃雷の元勇者

しにん。

25話 弓兵

 生徒会長がいると思しき建物に辿り着いた。辺りを見たところ、人の気配はやはりない。バウザーひとりで大丈夫だと過信したのか? いや、そのはずがない。確かにバウザーの戦闘力は高いが、ひとりだ。数の暴力に勝てるわけがないはずだ。それなのに、ここの主は人を置いておかない。


「何か理由があるはずだ……」


 索敵しながらも敵の意図を考え続ける。作戦負けで全てを失う可能性がある。それだけでも避けたい。
 仮に置く必要がないとした時、どんな理由があるのだろうか。


「クソ……わかんねえ。何を考えてやがるんだ……」


「お兄ちゃん、物音した。多分地下」


「ああ、聞き逃してない。ゆっくりと距離を詰めていくぞ」


 下から僅かにだが声がした。こんな広い建物なのに、物音が今ので初めてだった。
 つまり考えられることは、生徒会長以外収容されている人は居ない。


────────────────────


 ボクがここに収容されるようになっているらしい。サードと名乗った男は何かを始めるつもりなのか、道具箱のようなものを漁っていた。
 数分がかりで見つけたのか、短剣を手に持って近づいてきた。


「はやく次期拡張世界アナザーワールドを使え。実験を進めたい」


「そんなものは知らないが? ボクにどうしろと言うんだい?」


「チッ。力に目覚めてばかりで、使い方も知らねえゴミを送ってきやがったなあのポンコツ。せめて使えるまでなってから寄越せや。あークソ、勇者の知り合いだからって期待した私がバカだっ――」


「その言葉を撤回しろッ!!」


 込み上げてくる怒りが、今までとは違う力だということは、他ならぬボク自身が1番分かっていた。


「いい目をしてる。そう……そう、それだよ!! 実験を始めようか」


 サードの目は好奇心に溢れていた。今から何をされるか分からないが、本能が叫んでいる。逃げろ、と。
 だが、手と足を鎖で縛られ、首にある魔道具で魔法は使えない。つまり、逃げることは不可能。


「その目だ……その血のように赤く染まった目。私のコレクションに加えたいよ……」


 そう言ってボクの顔を触ったサードは、ボクの目をくり抜いた。


「綺麗だ……水晶のような目はいつ見ても美しい! あは、あははは!」


 あまりの痛さに叫ぶことすら出来なかったが、痛みはすぐに消えていく。
 これは麻酔でもされたのか――いや、失ったはずの視界がちゃんと広がっている。どういうことだ。


「あらら、残念だ。せっかく綺麗なものを手に入れたと思ったんだがな。すぐに消えるなんて意味わかんね」


 数回瞬きをするが、くり抜かれる前と変わりない。


次期拡張世界アナザーワールドの力を教えてやるよ。身体能力が普通の人間とは全く違うんだ。世界が違う、なんて言われてたかな。正直私でも驚くほど、身体能力は変化する」


 この話は何となく分かっていた。ライガと戦った時、彼の目が赤くなった瞬間見えなくなった。
 戦闘慣れで動体視力には自信があったが、それでも見えなくなった。
 次期拡張世界アナザーワールドとやらの力はまるで悪魔に魂を渡して得たようだった


「そしてここが重要だ。身体能力が上がるだけでなく、治癒能力も向上する。だがまあ、治癒能力は世界が違うだのそんな話じゃない。それはもう再生ではなく時間の巻き戻しだ」


 その話を聞き理解する。
 ボクの目は確かに失くなったが、次期拡張世界アナザーワールドの力で治った。


「その力を恐れた世界が監禁したり殺したり、なんらかの対処をしてきたってわけだ。バカにでも分かったか?」


「ええ、よく分かったよ。ボクを何度でも殺し続けるってことがね」


「へえ、バカだと思ってたけど勘はいいのか。しかしまあ、殺したいのは山々だが回数があるから困るな……」


「回数?」


「回復する回数が決まってんだよ。まだ推測段階だが、10くらいだな」


 つまり、ボクの身体は後9回死ねば本当の死が訪れる。そこまではしないと信じたいが、狂気の科学者マッドサイエンティストを信じるのは無謀だろう。


「実験を開始する。痛かったら叫んでくれ。痛かったら泣いてくれ。隠さず……全てをさらけ出してくれ。ふへへへ……」


 やはり、サードはボクのことを実験という建前で殺すつもりだ。この目は殺人鬼だ。殺すことを息をするように行う、イカれた人間の末路だ。
 ――助けてくれ、ライガ。


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 ゆっくりと進みつつ、声がした地下へと向かっている最中、嫌な魔力を感じ取った。
 それが何処で出現したかは大体予想はできるが、建物の構図が分からない以上迂闊に動けない。


「この魔力はアイツだな――」


「アリス達、人造勇者の生みの親……」


 剣魔武闘会フェスタで戦った、謎の男の魔力と同じだった。ここに現れた理由は2つだけ考えつく。
 1つ目は、このサード強制収容所の主であるサードという人物と、何らかのパイプがある。
 2つ目は、次期拡張世界アナザーワールドに目覚めた生徒会長の強奪。
 出来れば2つ目であってほしいが、1つ目だった場合、国が敵の存在を知っているということになる。


「次から次へと頭を使うな。クソ、早いところ帰りたい」


 歩いていると、下の階へ行ける階段を見つけた。
 そして、再び聞こえる声。誰かが喋る声ではなく、叫び声だった。


「この声は――生徒会長だな」


 悲痛な叫びが耳に残る。いち早くここから助けてやりたいが、あまり動けないこの状況下。やはり、落とせない城を落とすのは無謀なのだろうか。


「前方からひとり。まさか室内に人が居たとは……」


 気配を察知した瞬間、銃弾が飛んでくる。
 紙一重で避けたが、正確に頭を狙った狙撃。反応に遅れていたら即死だった。


「姿を現せ! 隠れて攻撃なんぞ卑怯者が!」


 あえて挑発に移ったが、吉と出るか凶と出るか。
 警戒し、少し間をとってみると、姿を現してくれた。その姿を見て少しばかり嫌気がさしてしまった。


「久しぶりだな、ジャックの勇者」


「こちらこそだ。今度こそ殺しに来ましたよ……エースの勇者!!」


 姿を現したのは、殺したはずのジャックの勇者だった。先程までの考えを全て捨て、ジャックの勇者に専念しなければ殺される。
 見たところ、持っている武器は銃身が長い銃を両手に持つのみ。他にあるか観察したが、何も無かった。狭い通路でそれだけを持って戦うとするならば、こちらに勝機はあるとみてもいい。
 しかし、気をつけなければいけないことは他にある。以前殺した時は、弓を使っていたはず。それを辞めて、銃にした理由は何かある。


「地の利はこちらにあるって顔してるけど、それはどうかな?」


「――ッ!」


 目にも留まらぬ早さで引き金を引かれたと思ったら視界が変わった。


「強制空間転移魔法か……」


「そう、ここはボクが作り上げた偽物の世界。この世界のルールはボクなわけ。歯向かうとどうなるかなァ?」


「何のこれしきッ!!」


 ありえない方向からの銃声が聞こえたため、即座に小太刀を抜き真っ二つに斬る。


「なるほど、この程度なのかお前の偽物の世界とやらは」


「あっはっはっはっ! んなわけねえだろ」


 右膝から痛みとともに血が吹き出る。


「最初のは軽い挨拶代わり。本番はここからだよ」


 聞こえない銃声のせいで、飛んでくる弾の詳しい場所は分からない。四方八方に意識を向け、見えた弾から切り伏せていく他手はない。
 せめてアリスが居れば状況は変わるだろうが、近くにアリスの魔力を感じない。要するに、オレだけが連れてこられた。


「ボクのあやつり人形となり、華々しく散れ」


 二刀の小太刀で銃弾を斬ってはいるが、数が多すぎる。その上、狙いが不正確なため、ジャックの勇者の思考を掴むことは出来ない。
 つまり、言葉通り目で見て斬る以外方法はない。

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