閃雷の元勇者

しにん。

3話 生徒会長

 アリスを背中に乗せ、教室へと歩む。
 その時ふと考える。


 ――どうして教室に行かなければならない――


 オレは文字の読み書きが出来るし、ある程度の学力はある。それにこの学園の趣旨は、学業よりも戦力の育成のはずだ。アリスが十位ならば、この学園のトップなんて簡単に取れそうな気さえもする。


「行く意味あるのかこれ?」


「大ありだ、転入生」


 考え事に意識を向け、周りに気づかなかった。
 声がした方へ振り向くと見知らぬ生徒がいた。
 身長も低く年下だろう恐らく。


「っと、ライガじゃないか。転入生が遅刻しているから迎えにいけと言われたんだがお前だったか」


「…………?」


 誰だか分からない。
 そこで身長以外に目を向ける。
 やや緑ががった髪は腰まで伸び、綺麗に手入れされている。
 身長が低いため、顔は小さくとても華奢な体つき。体格はアリスとそう変わらないかもしれない。
 どうしても誰か分からず、ふと顔を見てみる。


「あー……あッ!?」


「なんだ騒がしい、静かにしろバカ生徒」


「おま、お前は――」


「久しぶりの再会にお前呼びとは……そんな奴に育てた記憶はないな」


 一瞬で思い出した。シン以外の師匠が数人いるうちの一人、主に歴史を指導した、アルフ・ネイビスだ。
 忽然と姿を消したと思っていたら、この学園に在籍していたみたいだ。


「それでネイビス何してるのここで」


「お前はバカか……この服を見てみろ服を」


 若干ため息混じりに、服を見せつける。


「いや、バカはネイビスの方でしょ。ここに居るんだからここの生徒、もしくは、先生のどちらかでしょ」


 顔がどんどん赤くなり、遂には手で隠し始める。


「この……バカッ!!バーカバーカ!」


「いでっ……いだいいだい」


 泣きながらオレの事を殴りつけるネイビス(25歳)。
 何でだろう、年上とは思えない……。
 年齢以外は本当に子供だ。精神年齢も、体つきも胸も。昔見た時と全く変わらない。成長が止まったのだろう。


「すまない、すまないって……ったく、本当に痛いんだからな?」


「だって……だってぇ……」


 未だに半泣きのネイビス(25歳)。


「それで、オレに何の用?今から教室へ行こうとしてたんだけど」


「そ、そうだ、お前を迎えに来たんだ。いつまで経っても教室に来ないお前をな」


「オレだけか?」


「今日は他にもアリスって生徒が来ていなかったな。どこに行ったのやら」


「あぁ、それなら背中にいるぞ」


 背後に回り込みネイビスは怒ったようで、突然大きな声を荒らげる。


「何やっとんじゃお前は!!」


「ふにゃ……おはよう、ネイちゃん」


「ネイちゃんって言うな!!」


「なんだこいつら……」


 大きな声のお陰でやっとアリスは背中から降りてくれた。
 例え軽いと言えど、長時間は流石に腰や膝にくる。
 勇者時代に作ってきた体でさえ、約40~50弱の重りをつけて数時間経つのは厳しい。


「それじゃ二人共、教室に行けよ」


「ネイビス、一つ聞きたい」


「なんだ?私に答えれる範囲であれば答えよう」


「いや、やっぱりいいや。んじゃ」


「そうか、またなライガ」


 ネイビスに聞きたかったことは一つだけある。
 何故、忽然こつぜんと姿を消したのか。
 姿を消した当初は周りの人間全員があらゆる噂を作っていた。
 男ができた、子供が出来た、エースに嫌気がさした、裏切り、その他諸々の噂があったため、真実が知りたかった。
 ネイビスが何を思い、何を理由に消えたのか。
 知りたいのはやまやまだが今聞いたところで教えてもらえるとは思わなかったため、聞かなかった。
 きっとネイビスにも事情があるはずだ。それをオレが知る権利は何一つない。


「アリス、その手はどうしたんだ?」


「…………?」


「どうして握っているんだ?」


 気づくと左手にはアリスの右手が繋がれていた。
 それもガッチリと恋人繋ぎ。別にアリスの事は嫌いではないが、ここまでする仲ではない。
 正直アリスがオレの事をどう思っている、なんて事は興味が無い。
 オレは誰も好きにならないし、ならせない。


「お兄ちゃん急ごう、きっと先生に怒られちゃう」


 手を引かれ、急ぎ足で教室へ急ぐ。
 前を走るアリスは、精一杯走っているようだがどうにも遅い。
 運動音痴なのだろうか、とても走り方がおかしい。
 よくいる手を横に振る女の子走りだ。
 これではいざという時や、誰かと競う時不利になるぞ……。
 そんなことを思いながら教室へ辿り着く。
 もうとっくに授業は始まっている時間だ。


「すみません、学園長に呼び出されて――」


 教室の扉を開けると、行われているはずの授業が止まっていた。
 何が起こっているのか理解できないオレは、一度教室を見渡す。
 クラス全員が前を向き、静かに一点だけを見つめている。それに先生までも。
 皆の視線の先には一人の少年が教卓に座っていた。


「また会えたね、ライガくん」


「誰だテメェ」


「ライガ、少し口をつつしめ。そいつはこの学園の最強の生徒会長さんだ」


 だるそうに説明する先生。
 いや、だるそうと言うよりは、話すことを嫌がっているように見える。
 この生徒会長とやらは本当に何者なんだ。
 アリス同様何も掴めない。


「いいよ先生、ボクの間違いだったかもしれない」


「いや、お前の間違いだろ。オレはお前のことなんて知らないし知る気もない。自己紹介もなしにオレの名前を知っているって、ストーカーか何かか?怖い世の中だな」


「そこまで言われたのは初めてだよ……いいね、ライガくん。気に入ったよ」


 視界から生徒会長の姿が消える。


「決めた……君はボクが壊そう」


 気づいた時には、キスが出来そうなほど顔が近づけられてからだった。
 それまでの動きが目に追えない。一体何をしたのかさえ、オレには分からなかった。


「お前にはオレは壊せない、絶対にだ」


「そうかな?案外やってみると簡単かもよ?」


「断言してやる、お前にはオレは壊せない」


 その瞬間、生徒会長から溢れ出した殺気により、クラスの数人が倒れる。
 その他にも頭を抱える者や苦しい表情をする者も数人。このまま放置するのはあまりにも危険すぎる。


「お兄ちゃんを……壊させない」


 いつの間にかアリスはオレの前に立っていた。
 何故オレを庇うのか知らないが、どうやら堪忍袋の緒が切れたようだ。
 アリスの強さならまだ発展途中だが、十分に強い。いくら学園最強の生徒会長と言えど、多少なりとは――


「引っ込んでてほしいな、雑魚が」


 生徒会長の一言でアリスはその場に倒れる。
 何をされたのかやはり分からない。こいつは何をした。こいつの強さの源はなんだ……。


「今すぐに君を壊してあげても構わないよ?」


「へぇ、やれるもんならやってみやがれ」


 振り上げられた拳は、何かをまといオレ目掛けて振るわれる。
 避けれる速度ではないため、仕方なく手のひらで受け止める。その時に、拳に纏われた何かについて理解する。冷たい。これは、氷だ。
 恐らく大気中の水分を凍らせ拳に纏わせた、そんなところだろう。


「面白いねライガくん。まさか素手でこの攻撃を防がれるとは……この学園では五人目だよ」


「こんな攻撃ぐらいなら幾度となく受けてきた。その中でもお前の攻撃は下の下だ。その程度の力でオレを壊す?バカなことを言うな。寝言は寝て言うんだな」


「ふふっ……本当に面白い。いいだろう、今ここで壊すことに決めた」


 生徒会長の言葉を聞いた先生は、形相を変え慌てふためく。ひとまず教室の中にいた人全てを外に出すように指示を出している。
 倒れている者もいるため、協力し合いただちに教室から立ち去る。


「氷瀑龍――ニブルヘイムッ!!」


 教室一帯に冷えた空気が充満すると、何かが二つ光る。
 やや霧がかっており、その姿はあやふやでし見えてこない。戦いにおいて必要なことは、状況を把握する能力。その中でも視力と聴力は必要不可欠。


「なるほど……視界を遮断し戦いを有利に運ぶか。そんなもの子供だましでしかない」


 視界が遮られ見えないのなら見なくていい。
 聴力である程度の大きさや硬さ、さらには持っている武器なども分かる。一つだけに頼ることは滅多にしないが、この状況では仕方が無い。
 生徒会長と戦っていると、先日のアリスとの模擬戦闘を思い出す。アリスとは攻撃パターンや戦法すら違えど、根本的な所は同じだ。


「昨日はアリスに振り回されたから、今日は昨日のオレを超えてみせる」


「ライガくん、君にニブルヘイムを止められるかな?」


「知らないね、オレの邪魔をするのであれば排除させてもらう」


 前方から二つの光が近づいてくる。
 音を聞く限り、とても大きく硬い。どうやら一筋縄では行かない――


「なんだこのデカさは……!」


 予想していた大きさの数倍はある。どういう事だ……。先程聞いた音とはまた違う音が聞こえてくる。
 複数の音を出している、としか考えられないな。
 聴力が頼りにならないとなると、本格的に厳しい状況へ追いやられる。何か策を考えないと、何も出来ないうちに殺される。殺される――


「生徒会長さんよ、オレを殺す気で来ているんだよな?」


「当たり前じゃないか。君は殺さないとダメだ」


「殺す気で来ているってことは……もちろん、死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」


 霧の中を走り抜け、生徒会長の目前へと辿り着く。
 言葉を放った瞬間には攻撃の動きになっており、生徒会長の顔に懇親の一撃を殴り込む。
 防御する間も与えなかったため、生徒会長は呆気なく飛ばされた。


「本当にオレ以外の奴だったら死んでたかもしれないんだぞ。お前は仮にもこの学園の生徒会長らしいな。この程度の強さでか?笑わせるなよ」


 霧が晴れ、二つの光の正体は結局分からずじまいだった。本当は気になるところだが、今は他へと意識を向けないと本当の意味で大変なことになりそうだ。
 さっきからだだ漏れの殺意に目を向けると、見たくないものが見えてくる。
 砂埃の中ゆっくりと立ち上がる生徒会長の姿。


「よくも……よくもよくも!!君は殺さないと行けないようだな。粛清だ、粛清してやるッ!!」


 来る――そう思い、構えた時思いもよらぬ展開へと持っていかれた。
 立ち上がったかと思った生徒会長は、すぐに元の体勢へと戻る。いや、戻される。
 上から降ってきた謎の人物に、思い切りかかと落としをされていた。見ているだけでも痛そうなほど綺麗に決まっていた。


「いやー、脅かせて悪かったね、新入生。うちの戦闘バカがお世話になったようだ。転入初日で十位のアリスくんを倒したと聞いて、コイツったらすぐに行動に移しやがって……後で大量の仕事を押し付けるから安心して生活しな、んじゃな」


「あ、ちょま……」


 上から降ってきた女性とは生徒会のメンバーなのだろうか。生徒会長にかかと落としを綺麗に決め、気絶させそのままどこかへ引きずり去っていく。生徒会とは嵐のような感じだと感じた。
 もし推薦やお願いされても入らないようにしよう。オレもあんな風になるのは御免だ。


「さて、こんな時はどうすればいいの……?」


 教室を見渡すと、机や椅子が散乱し泥棒が入った後のように見える。
 これをやったのはオレではないが、片付けはオレになるのだな。なんだあいつ……。


「ちょっと誰か手伝ってくれませんかー?」


 仕方なく廊下の方へ避難していた先生とクラスメイトを呼ぶと、みんなの目が怖い。
 この目は疑いや軽蔑の目だ。どうやら生徒会長と互角以上に戦ったことに驚いたクラスメイト達は、オレの力について様々な疑問が浮かんでいる。
 田舎から出てきたヤツがいきなりこの学園の最強と戦って互角となると、そう思う人間もいて当たり前だ。
 どうやらオレはこのクラスで浮いてしまう。


「す、凄かったです……!」


 一人のクラスメイトの声に続き、全員が一斉に様々なことを褒め始める。どうやらオレの思い違いだったようだ。このクラスの居場所は無くならないようだ。それだけでも、オレは嬉しい。


「お兄ちゃん、よく頑張った。えらいえらい」


 そして何故かアリスから頭を撫で撫でされている。
 こればかりは本当に謎だ。だが、悪い気はしない。


「お前は一体何者だ?あんなバカを撤退させるとは思いもしなかったぞ」


「オレは田舎から出てきたただの一般――」


有罪ギルティ


 先生の問に答えると、後ろの方から一人の生徒が手を挙げ近づいてくる。
 普通のメガネの生徒だと思っていたが、コイツはちょっとどころじゃなく厄介なやつだ。


「ライブラ、そいつは本当か?」


「ボクの目には彼が嘘をついてるようにしか見えません。もちろんボクの能力で嘘だと判断しましたが、彼の仕草に違和感があります」


 ライブラと呼ばれた少年はどうやら嘘を見抜く目を持っているらしい。もはや超能力や特異能力の範囲だ。


「ほう、その答えにたどり着いたからには理由があるんだな?」


「イェス。彼の返答速度です。先生の問に対し、彼の返答は間髪入れずに答えられました。それは即ち、嘘を隠すため最初から回答を用意している場合です。これらの理由から嘘をついているという結論に至りました」


 この少年は本当によく見ている。観察眼で相手を分析し、心情を読み取るなど普通では難しい技術。天晴あっぱれとしか言いようがない。
 しかし、どうしたものか。勇者という事を知られたくないため、嘘で隠すしかないが……彼には嘘を見抜く目がある。それも本物だ。
 嘘を嘘だとバレないには、一つだけ方法がある。
 これで嘘だと見抜かれた場合は、隠すことを辞めるしかない。


「それで、ライブラはこんな事言ってるが、お前は一体何者なんだ。ここで答えてもらわないときっとクラスの奴らはお前を認めないだろうな」


 ここで逃げたら恐らく先生の言っているとおり、オレのことを認めず敵視され続けるだろう。
 つまり逃げ場がない。ここは素直に吐き出すしかないようだ。


「オレは……嘘をついていた。田舎から出てきた部分は本当だが、恐らくライブラって奴が嘘だと見抜いた部分は一般人という所だろう。確かにオレは一般人とは言えない強さ、戦闘経験がある」


「ライブラどうだ?」


「正直、田舎から出てきたという部分が嘘だと思っていましたが……どうやら一般人じゃないという所が嘘みたいです」


「ほう……なら代表して聞くがお前は一般人じゃないというと、何をしていた」


「……一年前まで戦場で戦っていました」


「なっ……!」


 もちろん、嘘ではない。これは事実だ。
 この事実にクラス全員が驚いている。数人反応がないが、恐らくは驚いているだろう。
 さて、ここからが本題だな。オレの過去をアリス以外の生徒に知られないようにしないと、オレの学園生活は平穏ではなくなる。
 出来れば、バレずに卒業したい。


「これも……嘘じゃないみたいです。こればかりはボクでも驚きが隠せません」


 どうやら作戦は成功した。
 嘘を嘘だとバレないようにするためには、百パーセントの嘘ではバレてしまう。だから、数パーセントでもいい。真実を練りこめば嘘はまことのようになる。


「あまり深くは聞かない方が良さそうだな。それで、他にコイツに聞きたいこととかあるか?」


 クラス全員が首を横に振る。
 どうやらそこまでオレに対して、好奇心や探究心は無いらしい。少しは持ってくれてもいいものだ。


「それじゃみんな、分かっているよな?」


 先生の怖い笑みで生徒達は動き始める。
 生徒会長が散々散らかした教室の片付けという地獄が待っていた――

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