拝啓、世界の神々。俺達は変わらず異世界で最強無敵に暮らしてます。

雹白

拝啓、クラスメート。もう話し合いは無理なんだな

 結論から言うととりあえず、透明化で❬法王❭……レイク王が居る中心の建物に入ることはできた。
 俺はその後、勇者達の部屋や中央ホールがある建物内の中央らへんのフロアに潜入した。まあ、ここまではかなり順調だった訳だ。
 ちなみに、ここら辺になってくるとかなりセキュリティも厳しくなるので本当に一部の人間しか入れない。(幸い、俺は勇者に配られるセキュリティカードで難なく通れたが)
 だが。この階層についた瞬間に会話中のクラスメート、つまり❬勇者❭達と遭遇した。
 ルナのくれたスクロールの力は凄く、❬勇者❭の目の前だというのに向こうは全くこちらに気づかなかった。
 俺がクラスメートの間で交わされた会話を盗み聞きしていたところ、耳を疑う情報が出てきたのである。……それが今。

「まさか、あの神崎が任務で死んだなんて……今でも信じられねえよ」
「うん、神器使いで最初の実戦でも一番活躍してたのにね……」
 話している二人はどちらも悲しそうな顔をしていた。
 だが、それよりも。
……神崎が、死んだ?
 今まで平衡を保っていた心情がその情報でグラリと揺れた。
 神崎は一週間前に❬法王❭の情報収集のため別れたはず。その後の動向は分からないが、あの神崎がそう簡単に命を落とすとも考えにくい。
「そういえば、もう一人居なくなった奴がいただろ」
「……秤君?」
「ああ。あいつが任務中に神崎を殺したらしい」
 続いて衝撃を受ける内容が聞こえた。
 俺が神崎を殺した?なぜそんな嘘が流れているのか。俺はこの一週間神崎と顔を合わせてもいない。
……恐らく、レイク王が流したのだろう。
 国に、というよりも❬法王❭を倒そうとしている俺を敵として、勇者達に認識させるのが都合が良いのだから。
 しかし、そうだとしても神崎が死んだという情報に対し疑問を抱かざるを得ない。
 死んだと伝えられている相手が、何でも無いように顔を出してきたら不自然に思うに決まっている。
 あまり考えたくはないが……神崎が実際に死、あるいは自由に行動できない状況に陥っているという可能性が高い。
 俺が❬大神父❭さんの元で腕を磨いていた時に襲ってきた暗殺者(?)が神崎の所にも送られていたら?
 神崎は勝てるだろうか?未来予知を持たず奇襲に対しての対策手段を持たない神崎が。
「秤ッ……!あいつ絶対に殺してやる」
「ねえ、それだと神崎君を殺した秤君と同類になっちゃうよ?」
「知るか!」
 まさかその憎む相手が目の前で自分たちの会話を聞いているとは露ほども思っていないだろう。
 そっと音をたてないようにその場を離れる。透明化しているとはいえ音も消せる訳ではない。細心の注意を払って見つからないように移動しなくては。
 そこから少し離れた所でふと思った。
……異常に広い。外から見たときはこんな広くは見えなかったのに。❬法王❭が魔法で空間を歪ませているとはいえここまでとは。
「ん?」
 次のフロアへ上がるための魔法陣へと向かっていると(ここからはエレベーターが無い)、手の指先から魔力の光が出始めた。
 指先から腕へと、やがて全身を魔力の光が通りすぎ……俺は透明人間ではなくなってしまった。
「ここから先が本当の隠密行動ってことか」
 こんなことなら盗み聞きなんてしてるんじゃなかった。
 その時だった。背後から声を掛けられたのは。
「秤君……!?」
 聞き覚えのある優しい声。
「!?」
 慌てて振り向く。そこに立っていたのは……

 橘だった。

 背中を冷たい汗がつたう。
 俺が背後の気配に気づけなかった。あの暗殺者にすら対応できたのに。あんなに周りに注意していたのに!
「たち……ばな……」
 動揺した俺はこう呟くのが精一杯だった。
 非難の声が飛んで来ると思った。それどころか攻撃すらされるのではないかと思った。
 だが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「良かった!無事だったんだね!」
「え……?」
 俺は神崎を殺したことになっているんじゃないのか?そんな心配される立場なのか?
 俺の心の内とは関係なく橘は泣き出しそうな……それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「皆とは任務が終わる度に顔を合わせてたのに秤君は見てなかったから……!心配で……!」
 どうやら純粋に俺の心配をしてくれていたらしい。
「ああ、心配させて悪かった。橘」
 一度橘を警戒したことがバカらしい。こんなにも橘は俺を心配してくれているのに。
「ところで秤君。今ね、秤君が神崎君を殺したっていう噂が流れてるの……。ねぇ、それ嘘だよね?」
 『ああ。もちろんだ』そう言おうと口を開いた瞬間。
「橘ァ!どけぇぇぇ!!」
 廊下の奥から剣を構えたさっきの男子生徒がこちらに突っ込んできた。
 即座に《アイテムボックス》から❬聖銀の双剣❭を取り出し構える。
 橘を後ろに下げて相手の剣を弾こうとしたのだが……橘が動いてくれない。
「橘!?」
 男子生徒が橘もろとも斬ろうとした、その刹那。橘の目の前の空間に『波紋・・が生まれた・・・・・
 水面に石を投げ入れた時にできるあの『波紋』。それが空間にまるで橘を守る盾のように発生した。
「橘!なんでそいつを守る!?そいつは神崎を殺したんだぞ!」
 男子生徒が叫ぶ。
「秤君が神崎君を殺すわけない!」
 橘が負けじと答える。
「秤君!早く逃げて!」
「いや、橘に任せる訳にもいかないだろ!」
「いいから!クラスの人達が集まってきちゃうよ!」
 俺でも勇者複数人を相手取るのはキツイか……?迷いが脳裏に生じる。
 ここは先に進むべきではないか?、
 だが、本当にそれでいいのか。ここで橘を足止め役にしていいのか?
 俺は数秒間、悩んだ後。
「ごめん、橘!任せた!」
 ここは橘に任せることにした。あまり今魔力を使いたくはないし、勇者達が集まって来るのも厄介だ。ここでの最善手はこれで合ってるはずだ。
 橘だって神器使い。今の波紋こそが神器だろう。そう簡単には突破できない筈だ。

 彼女がこちらを振り返った。その顔にはいつもの明るい笑みがあった。

「……ッ!」
 その場から俺は走り去った。
……情けない!なんて情けないんだ!
 走りながら思う。自分は最善だからといって人を切り捨てるような奴だったのか。今の選択には橘への信頼などは微塵も無かった。
 とにかく苦しかった。自分の選択に心が押し潰されそうだった。
 ただひたすらに走っていると魔法陣がある広間に出た。
 豪華なダンスホールのような見た目のその部屋には最奥に転移魔法陣が、そして俺を待ち受けていたと見えるクラスメートが居た。
「よお、秤!」
 男子生徒の一人が気さくに手をあげながら笑顔を浮かべそう言った。
 いつもなら、なんてことない友達同士の挨拶に見えたのだろう。ただ……彼は手に武器を構えていた。
「皆、お前を待ってたんだよォ!」
 背後の扉が自動で閉まった。これにより退却することが不可能に、そして唯一の仲間と言ってもいい橘に協力してもらうことができなくなった。
 それと同時に前衛職の生徒達が各々の武器を構え疾走を始め、後衛職の生徒達は弓に矢をつがえたり、杖を構えて魔法の詠唱を始めていた。
 先頭の生徒との衝突まであと数秒。その間に俺は双剣を構え、魔力循環を加速。完全に応戦体勢に入った。
 もはや、ここでの話し合いは無理だろう。ならば力ずくしかない。
 生徒の一人が俺の目の前で剣を横へと振るう。
 それが俺と勇者達の戦闘の開始の合図だった。

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