ヘタレ勇者と魔王の娘
第23話 宣戦布告
  荒れ始める街に崩壊の音が奏でられる。
建物は崩れ、謎の仮面を着けた軍勢は手当り次第に人々を襲う。
  だが、ソレをただ見て見ぬ振りして逃げられる人間では無かった。寧ろ、切り捨て出来る程の器であれば、現在よりかは幾分楽に慣れたであろう。
血を流し、それでも尚恐怖も無く。ただひたすらに相手を見ていられるのは、数々の出来事を教えてくれた人。
自分に剣を教え守る術を叩き込んでくれた人。
そして、今も傍で一緒に居てくれる彼女のお陰であろう事は明白。
刀を握り彼は立ち向かう。
仮面を着け、ピンク色のドレスにこれまたピンク色の傘。
  目が疲れる程のピンクで覆われた女性は、化け物の様に強かった。
片手に持っている傘。アレは見た目に反して鋼鉄の様に固く重い。
  一振を防いだ瞬間、金属を殴った様なビリビリとした鈍い痺れが腕を走り麻痺させられた。
  刀の腹で抑え続けたら、刃が折れてしまいそうだ。次からは回避した方が良いな…。
  次の一撃は突きだった。
反射的に体を仰け反らせ、右に2〜3回転して避けたのだが、獲物を見失ったソレはズガンッ!!と石を撒き散らしながら壁に減り込んでしまう。
……おい待てよ。
今、一瞬見たくないモノが見えたぞ?
  彼女が傘を持つ取手の部分。
そこには傘を広げる為のスイッチとは別なスイッチが幾つか見受けられた。
  壁から抜けなくなってしまったのか、彼女は何度か引っ張る動作をした後に観念したかの様に傘を両手で持ち───カチッ
バババババッ!!!
   銃火器特有の騒音が傘から鳴り響き、土煙を上げて傘が壁からすっぽりと抜け出る。
   やっぱり、仕込み傘か!!  
前にカイトさんから聞いた事があった。
  ピンク色のドレスを身に纏い。いつもは静かにお嬢様と化けているのだが、1度スイッチが入ると死すら恐れぬ殺し屋のプロになる女性。
COLORSのメンバーで名前はクピン。
「どうして貴女がこんな事を──ッ!!」
「ギギギガガ───邪魔スル者 殺ス」
「ハジメ!」
  鋼鉄の傘から放たれる実弾をシファーが防御魔法で防ぐ。
「グォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」
「なっ、さっきの───ぶっ!!」
  衝撃があった。
先程倒した巨漢が死角から猛突進して来たのだ。ハジメは何とか防いだものの、その反動で吹き飛ばされてしまう。
ガチャ…と静かに向けられ銃口が視界の端に入ったが、ソレをどうにかしている余裕は無い。
「『防御魔法陣』!」 
──ババババババババババッ!!!!
  魔力璧が出現し、クピンとハジメの間で銃弾を防ぎ弾を跳ね返す。
跳弾した弾は幾つかクピンの体を貫き地面や壁に着弾する。
「ガガ────」
「『Β』!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
   魔力の盾が形状を変え、四角く横に一直線に伸び。
ハジメはソレを蹴り上げ、斜め下へと直角に落下しながら、ロイエへと刀を振るう。
────ズバッ!!
  落下する速度に加え、蹴り上げ速度の上がった斬撃はロイエの顔を捉え直撃する…が
「やった!!」
「…まだだ!!」
「グラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
  斬られたハズの顔には傷一つ無く、何事も無かったかの様に立ち上がり、大きな掌を広げ…
ズガンッ!!!
  何かが発動する前に、唐突に飛んで来たナニカに阻害されロイエは横へ倒れてしまう。
「申し訳無いですがソレは駄目ですよ。ロイエさんの『張手』は、そこら辺の家を簡単に壊してしまいますから」
  肩に付いた埃を払いながら、くしゃくしゃの白い髪を靡かせショーンはハジメとシファーの所へゆっくりと近付く。
よく見ると、片手に紫色の忍者服を着た小柄な少年の様な人を抱えている。
2人は状況が読めずに目を点にし、突如現れた人物を唖然として見ていた。
「成程…理にかなった戦術的配置か」
  ハジメやシファーを見て、ショーンは納得した表情で残りの人物を一瞥。
「どうも、メェはショーン・ヤギメ。タイガから君達の話は聞いている。
ハジメにシファーだな?  怪我をしている様だが、平気か?」
「え、えぇ…」
  ぶっきらぼうに端的に話す彼に、ハジメは同様しながらも返事を返す。
  タイガの知り合いという事は、この人も教会側の人間なのであろう。
立っているだけで敵を威圧する野性的な覇気。
荒々しくも物腰が微かに柔らかい雰囲気。
しかし、その強さは相当上だろう。
  嫌な予感は的中した。
2人の攻撃には殺意は有れど、本気で命を狙いに来る攻撃では無かった。それだけに怪しくも取れた行動と、敵の狙いが少し見えて来る。
〜数分前〜
  時間稼ぎ…にしては露骨だな。
此処でメェを足止めしてるつもりか?
  COLORSのメンバー相手に、互いがまだ生きている状況に不信感が募って行く。
致命傷にならず、でも足止めするには適度な攻撃をし逃げる。これを繰り返すのは鉄則ではあるが、ここまでハッキリとしたヒットアンドウェイを繰り返されては消耗するだけだ。
相手にしていて時間を取られる訳にもいかない。
───ならば
「グルァ───ッ!!」
  紫電で動きを加速する直前に首を掴み、プルーパを地面に叩き付け──バキリと仮面の下から顎を狙いぶん殴る。
この仮面で操られてる以上、意識を削ぐ事も難しそうだし。
それならば脳の信号を強制的に遮断させる手段を選ぶ。
  あわよくば、このまま沈黙してくれれば良いのだが──
「ガギ…バ……」
「やはり、意識を無理矢理この仮面で覚醒させているのか。
まぁ、それでも体への信号を断ち切れればコチラのモノだが…」
  上手く力が入らなくなったらしく。
プルーパの腕を掴む力が弱く、振り上げる力も、振り払う力も無いらしい。
  魔力の消費によって、仮面から溢れる力も制御されるのか?
  先程まで禍々しい魔力を放っていた根源たる仮面から、魔力が薄らとしか出現せず。
試しに外しに掛かったら、意外とすんなりと仮面を引き剥がす事が出来た。
「プルーパさん、プルーパさん。目を覚まして下さい」
「うぅ…」
   良かった、命に別条は無い見たいだ。
「グルァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「とっ、今度はドッレさんか」
「オ前ハ、必要ナ人間」
 
   ドッレは懐から予備の仮面を取り出し、ショーン目掛けて突撃する。
「───ハナっからコレが狙いか?」
「ギギッ…!!」
  既の所で腕を掴み取り押さえる事が出来たが、ドッレは忍者の中でもぷるプルーパより強く賢い。
瞬時に身代わりの木へと化けると、今度は後ろから奇襲を仕掛ける。
「──甘い!」
  ショーンの回し蹴りがドッレの鳩尾に命中。
「グ…ガハァ!!!」
その勢いでドッレは少し離れた場所まで吹き飛んでしまう。
しまった、つい加減を忘れてしまった?!
  急いでプルーパを抱えてショーンは後を追う。
そこで目にした少年の姿には見覚えがあった。
タイガが報告して来たシルフィードの弟子であり、魔王の娘を手篭めにした…
それにアレはロイエさん?
先程、撃退されていたと報告があったが、彼の能力でそれも回復したのか。
しかも、彼は張手を繰り出そうとしている。
その技は彼が得意とするモノで、アレを受けると家等は一瞬で吹き飛ぶ程だ。
メェが跳ぶより速いか──
  先程の蹴りで建物の上に乗り上げられたドッレを見付け、そこへ駆け寄り…
もう1発蹴りを入れてロイエの腕を目掛けてシュートする形でドッレを放った。
  そして現在。
ショーンは2人の姿を見て、色々と思い付く事があった。
ロイエは身体をゴム質に変え、打撃の威力を吸収し無効化したり弾き返せる他に、斬撃で斬られても溶かしたゴムの様に斬られた部分を修復出来るのだ。
更にクピンは初見殺しとも言われる暗殺術を得意とし、傘を使ったトリッキーな攻撃が得意。
──成程、メェに時間を稼がせれるドッレさんとプルーパさんを配置し。
残りの人はそれぞれ他の実力者を消す為に配置されたのか。
となると、ルブさんも別な場所に居る可能性があるな…。
  首だけが帰って来た2人を除いたとしても、COLORSにはまだメンバーが居た。もしそちらがタイガに行っていたとしたら、メェとタイガを足止めをし、仮面の兵隊を増やす事が今回の目的か。
だとしたら、今日の守備が城に回り切っているのは承知済み。
尚且つ、誰が何処へ配置されていたのかを知る人物が情報を売ったと推測出来るな。
「君等は一旦引くんだ。COLORSの対処は此方が引き受ける」
「ですが、この人数相手に一人では…」
「彼等は操られている分、力が半減している。本気で暴れていたら、この街の半数は消滅していただろう」
  確かにそうであろう事は伺える。
『COLORS』という組織は、一人一人が軍隊に匹敵する力や能力を持つ者達で構成されており。
国が誇るトップレベルの組織であったのだ。
その彼等が街を奇襲したと考えたら、それこそ地獄絵図の様になるのは間違い無い。
ハジメ程度なら、それこそ一瞬で殺せていたであろう。
「だーからと言ってぇー、逃がすのは違うでしょー?」
  変わった。
雰囲気や魔力が一転し、禍々しい魔力が倍に膨れ上がったと思ったらドッレの口調が変わり。まるで誰かと入れ替わったかの様に語り出す。
  魔力の質が変わり、仮面から溢れんばかりの魔力が出現する。
「さてさてさぁーて! 先ずは自己紹介からだねぇ?
ボクの名前はフェイス。僭越ながら、魔王軍の幹部でーす☆
はい、拍手拍手!」
  手を叩き、ケラケラと笑う彼の姿に皆は警戒する。
「おー、恐い恐い。ユーモアってぇ、大丈夫だと思うなぁ?
ねー?次期魔王のシファー様♤」
「な、何を言って──」
「先代の魔王が亡くなったんだ。その跡継ぎは、魔王の血を引く君しか居ないじゃないか♤」
  ワザとらしく振る舞いながら言う姿に、シファーは奥歯を噛み締め睨む。
「さーてさて、お立ち会ぁーい!!」
  両腕を広げて空中へと舞い上がり、大きな声で周りの注目を集める。
ロイエやクピンによって制圧されかけていた軍隊が、避難の遅れている人々が、その道化の様な発言をする人物へと視線が集中する。
  これはやばい。
此処で大々的に知らされるのは、シファーにとって大きなダメージになり。
ましてや現状を考えたら、立場が悪くなるだけだ。
「今回の騒ぎは全て、彼女を捕まえる為にした事です!
いやぁ、私も心が苦しかったです。胸が痛みましたよ。
ですが、これも魔王様を新たに誕生させる為にした事なのです。その為には多少の犠牲は到しかたない。えぇ、そりゃあもう仕方ないですねぇ。うん」
  ──ズパンッ!!
「あれ?」
  一瞬の間を置いて彼は気付く。視界の半分が数秒暗くなり、明るくなった事で仮面が切られたのだと判断した。
気付いたのはその動いた人物。
「油断してたとはいえ、空中に斬撃を飛ばすだなんてぇ…」
  ギロりと視線を向けた先には、刀を居合切りの様に振り翳し終えたハジメの姿。
刹那、その姿がある人物と被る。
ぼんやりと──勇者軍のカイトと重なり相見える。
「そうか、君が人間側の切り札か…」
「何の事だ?」
  威圧。ハジメの口調が苛立っているのを表している。
普段の怯えた姿は無く、彼は鋭い眼光でドッレを…フェイスを見ているのだ。
「捉えてしまえ!」
  号令を出すと、瓦礫の中から多くの仮面を着けた人達が現れ──一斉に襲い掛かりに来た。
「シッ────はぁぁぁぁ…ハッ!!」
  やや後方に構えた刀が、鋭く風を突き抜け。
襲い掛かる人達の仮面を全て穿いてゆく。
「『一花閃・開花』」
  次々と繰り出される刀の突きにより仮面が割れて行き、解放された人々は地面へと倒れて行く。
「突いた先から破裂するその技…東国に古くから伝わる刀の技だねぇ?」
「次はお前だ!!」
  フェイスを穿こうと光る刃を遮るロイエ。ズブリとした感触が手に伝わり、衝撃が全て吸収されてしまう。
「──っ?!」
「グォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
  ロイエの体から血飛沫が吹き荒れる。一花閃・開花の技は、突いた先から衝撃を放ち、その衝撃が全体に流れる事で破裂させる奥義。
  いくらゴム体となっても、流動する血流が激しく震え。その振動が幾つも重なれば破裂する。
「だからこそ、肉壁は最大の防御となるのさぁ。
さて、ハジメくん。君は晴れて今日から人殺しの仲間となったね♡」
「うるせぇ…元々、この人は死んでいた。
普通の人なら肉体がバラけるくらいの破壊力になるんだ。
この人がそうならなかったのは、もう死んでいて血流が流れていなかったから。
だから、威力が弱まり、破裂にも時間が掛かった」
  ロイエとの最初に出会した時、彼の肌は冷たく。
更に斬った後の血の吹き方には違和感があった。
もし、コレが魔力で動かしているのだとしたら。生死を問わずにコントロール出来るのだとした?
ハジメはソレをずっと考えていたのだ。
「魔力の流れが仮面から感じたのは、その仮面自体に魔力を宿らせているからだろ?」
「あーあ、つまらないなぁ。種が割れてたのかぁ〜」
「ココ最近、魔力に関して勉強したからな。
ましてや、カイトさんと斬り合ってた時に見た血の出方が死人と生きてる人で大きく変わっていた」
  腐敗していない所を見るに、ロイエはつい最近殺された可能性がある。最初に対峙した時、首元や腕の付け根に縫い目も見えた。
それは死後、肉体を何らかに改造されたか、わざわざ継ぎ接ぎをしてまでも、肉体を扱いたかったからだとハジメは読んでいたのだ。
  それ故に苛立っていた。
人の命を弄び、あまつさえ、その後も操り人形が如く使われる肉体。
人としての尊厳を踏み躙った思考。
小さな女の子を追い詰めるやり方。
  その行動の1つ1つが腹ただしく吐き気すら覚える程。
  だからこそ今、彼は奥歯を噛み締め。
1歩1歩、地面をしっかりと踏み締めて彼へ対峙し告げる。
己の意志を───
己の覚悟を───
「俺は──魔王軍をぶっ潰す」
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