ヘタレ勇者と魔王の娘

しろぱんだ

第7話 旅発つ覚悟



  目が覚めると、いつもの見なれた天井が広がっていた。

俺は何を見ていたんだ?
見ていた?いや、違う。聞いていたのではないか?

身体をベッドから起こすと、不思議なくらいに軽く感じた。

頭も凄くスッキリした感覚だ。心做しか、家の中の空気も強く感じられるが。

「んん…」

「え…?」

  聞き慣れない声に、俺は一瞬ビクリと怯え。恐る恐る声の主を確認するべくベッドよ端を覗き込む。

そこにはピンクの髪をふわりと1本に結んだ少女が、ベッドに上半身を預け横たわって居た。

「あっ、シファー?!」

  つい、大きな声で名前を呼んでしまう。

そうだ、俺はこの子と出会って。
その後はオークが村に攻めてくるとかで確か…あれ?

「おはよ。やっと起きたのね」

  部屋のドアを開けて、ジェリーが顔を出す。

「あっ、えっと、ジェリーさん?
一体これはどういう状況ッスか?」

「どうもこうも。アンタはオークを倒した後ぶっ倒れたのよ。
それで家まで運んで来てもらったの兵隊さんに」

「ぶっ倒れた…? あぁ?!」

思い出した。
俺はオークが襲撃してくる前に森に入って戦っていたんだ!!

それで倒れてシファーの血を少し舐めて…回復したけどオークにボコボコにされて。

「何で生きてるんだ?」

「こっちが聞きたいわよ」

  俺の自問自答にジェリーはジト目で言い返して来る。

「俺、死にかけてたってか、死んでますよね普通…」

「それも、その子の『血』のせいじゃないの?」

  顎で指した先に、今は完全熟睡中のシファー。

まさか『魔王の血』がそんなに影響ある物なのか?

「取り敢えずは、後から駆け付けたローラさんが回復した事にしてる。
他の兵隊は気絶してたから、この子の血の事は知らないし。
ローラさんが回復してからは巻き込まれた一般人にしてくれたわ…衛兵長のジャックさんが」

「そッスか…。でも、確かテレだかって通信兵が居たッスよね?」

「良く名前まで覚えてたわね?
あの人も『ボクは何も聞いていない。連行するにも証拠がないからね』だってさ」

  意外だ。
中央から派遣された兵隊ってのは、ルール絶対の主義者だと思ってたのに。

まぁ、ジャックさんが居たのならソレもまかり通るのかも知れないけど。

「アンタさ、随分あの衛兵長さんに気に入られてるわね?
何かあったの?」

「いや、昔に友達とやんちゃしてた時に叱られてたんッスよ。それで覚えたのかと」

「へえ、アンタに友達居たんだ?」

  いや、引っ掛かるのは所そこか。
まぁ、下手にツッコまれるよりかはマシだけど。

「これ、『通信のルーン』。
衛兵長さんが村の外に居る時は、それで連絡出来るって」


  手渡された牛皮には、確かに『通信用の印』が刻まれていた。
わざわざ牛皮に描いたという事は、これからの連絡は主にこっちでするべきなのか。

  電話では外から盗聴されるかも知れないしな。
それがベストなのだろう。なんせ、コチラには魔王の娘が居るんだから。下手に傍受された情報が出回ったりしたら、この国所か全国で指名手配されかねん。

「とりあえず、確かめなきゃいけないよなぁ」

  頭を掻きながら溜息を吐く。
それには色々な準備とかも必要だ。

──先ずは、その筋を知っている人の所に行かなきゃな。






  ギルド内。
現在はいつもより活気に満ちたこの場所。
理由は三日前に起きたオーク襲撃事件のせいだ。

「はぁ、はーちゃんも目覚めないし退屈だわ…」

  そんな活気に満ち足りてるハズの中心で、栗色の髪を編み込んだ毛先をイジイジとして溜息を吐く美女。

それを目の当たりにした冒険者や村人(主に男性)がゴクリと喉を鳴らし、彼女を一点に見る。

「おいおい、ローラさんが溜息吐いてんぞ?」

「やべぇ、それだけでも妖艶だっぺぇ」

「だ、誰か聞いて来いよ」

「理由をか? ばっか、あんな女神の様な人に話し掛けて男の悩みだったらどうすんだ?!」

「…オラなら死ぬ」

「オレもだ…」

「オレも…」

「おい待て、お前は妻子持ちだろーが!!」

「馬鹿言え!!  お前も男なら美女が目の前に居て、何も思わない…なんてセルフ拷問出来るか?!」

  ヒソヒソと話していた男性陣の声が徐々に荒れてゆく。
しかし、ローラにとってはそんな事どうでも良いのだ。その気になれば何時でも治められるのだから。

そんな時ギルドのドアが開き、新しい風が入れ替わりで入って来る。

「すみません、ローラさん居ますッスか?」


「はーちゃんっ!!」


  速かった。
ドアが開いた刹那、いち早く反応し扉を見たローラは、その先から現れた自分物に猛ダッシュし抱き締めに行く。


「「「「ぶっ殺すッッッ!!!!」」」」


「えぇ?!」

  ただギルドに入っただけでこの手厚い歓迎と、本気の殺意の篭った帰れコール。

「『聖なる祈り』発動」

  しかし、そんな言葉も一瞬にして静寂に変わった。

ローラから放たれた光を見た男性陣は、途端に大人しくなり皆床に座り祈りを捧げ始める。


「オラ…なんて愚かな事を…」

「神様ぁ…すまんかったべ。オラ、これからは人に殺意など抱かないっぺ」

「オレ、生まれ変わるなら蝶になりたい」

「私はこれからも妻と子を愛します」

「オレは土が恋人だと胸を張って言える様に努めます」

「なんッスかこれ…」

「気にしなくても良いのよ。いつもの事だから」

  いそいそと机の一角を片し、ハジメにおいでおいでと手招きするローラ。
異様な光景が繰り出されている間を縫う様にして、ハジメはそこの席へ着くと着席し向かい合う。

「もう身体は大丈夫?  まさか、3日間も寝込むだなんて…」

「えぇ、俺も聞いて驚いたッスよ」

「──シファーちゃんね?」

「バレてましたか」

「当たり前よ。私だって…場所を変えましょうか。
ギルドの2階が空いてるから」

  ローラの提案にハジメは頷くと一緒にギルドの端にある階段へと向かう。

確かに人が多い所でする会話では無いので、ハジメにとってはそのローラの気遣いがとても嬉しかった。




「彼女は魔族ね?
しかも、幹部クラスか魔王級の魔質ね」

  ローラが淹れた紅茶をカップに注ぎ、渡すと同時に本題をハジメへと投げ掛ける。

暫くの沈黙の後、カップを受け取り手前まで持って来て、両手で包むかの様に持つ。


『魔質』とは人の指紋や声紋に近いモノで、人が持つ魔力の質感の様なモノである。
魔族には魔族の魔質。人間には人間の魔質が存在するが、混血児に至ってはその限りでは無い。
  両方の特徴を持つ者も世の中には存在しているのだ。

「やっぱり、ローラさんには判るんッスね?
彼女の魔質が異常だというのが」

「えぇ、私も10年前に旅をしていた時に出会っているもの。
魔王軍や魔王そのものに…ね」

  ローラは紅茶を1口、口に含み寂しげな目をする。

「はーちゃんは、彼女をこれからどうするの?」

「これから…ッスか。取り敢えずは彼女に魔力の調節の仕方を教えて、後は話し合いながらになると思うッスけど」

「彼女を…国に差し出す。という選択肢は無いのね?」

  静かな声が余計に鋭く感じる。
ローラの涼やかな声も、今のハジメにはナイフの様に1つ1つが鋭利な武器。
それが確実に心臓を貫いて来る感触が、ひしひしと伝わって来る。

「彼女が本当に魔王や幹部の娘なら、魔王軍はそれを捕虜として捕まえた事を符に落とさず、下手すれば更なる戦火の火種になりかねない。
はーちゃんがどんな意味で彼女を庇うのかは知らないけど、ある意味ではそれが『正解』なのよ」

  はぇ?っとハジメはすっ飛んきょんな声を上げ、ローラの方へと視線を向ける。

「バレバレよ。魔力の調節を教えるという事は、彼女を人間側こちらで匿うつもりでしょ?
はーちゃん、彼と似ているから直ぐに解るのよ!!」 

 何故か少し顔を赤らめながら、ぷりぷりと怒りだすローラ。
ハジメは状況が意図もせず前向きな方向に行きそうな事に、心から脱帽していた。

「ははは、流石ッスねローラさんは…」

「それで、はーちゃんは彼女を見捨てられないのでしょ?」

「お見通しッスねぇ」

「当たり前よ!!  彼と似ているのなら、貴方も彼女を見捨てられない。
となれば、このまま一緒に旅発つつもりでしょ?」

  そこまで見抜かれていたのか。
流石だなぁこの人。昔から周囲の事に関しては敏感で、気遣いの出来る美人と言われているだけはあるな。

「あらやだ、何だか褒められてる?」

「人の心を読まないで下さいッス?!」

「変化があったら来い…ね」

  ローラがポツリと零した言葉を、ハジメは聞き零さなかった。

「カイトさんを尋ねるのには、どっちにしろ良いタイミングなのかなと思ってるッス」

「そうね。オークの変化や謎の薬の事もあるし、シファーちゃんの事も相談しなきゃいけないもの」

「それで、ローラさんには同行許可を取って…」

「それは無理よ」

  ハジメが言い切る前に、ローラはバッサリと切り捨てる。


──やはり駄目なのか。
オークの異形個体や、謎の薬。
町が騒ぎになったのだから、此処の担当であるローラさんは勿論抜けられない。

分かっていたけど、駄目元で頼もうと思ったのだが無理だったか。

「なら、パーティー…も難しいッスね」

「派遣した冒険者がシファーちゃんに勘づいたらお仕舞いね…」

  2人は頭を捻る。

「てか、カイトさんはそもそも何処に居るんッスか?」

「ダイセンから船に乗って、シェルビーチを経由してドリムメルに向かったと聞いてたけど」

  ドリムメル。それは確か南国にある物資の流通が盛んな国。
同時に、夢の様に綺麗な砂浜と海が有名な国でもある。

「ギルドから交通許可書を発行して置くけど、彼がそこに居る可能性は半々よ?
何でも、世界中周って調べ物してるらしいから」

「取り敢えずは向かって見ますッス」

  紅茶を飲み干すと、ハジメは一旦家に戻った。

1人部屋に残ったローラは、普段使用している自分の机に向かうと、幾つかある引出しから数枚の紙を取り出す。

「まさか、本当にこんな未来になるなんてね…。
招集は掛けといた方が良いかしらね」

  紙を見下ろしながら誰に言うのでも無く、彼女はポツリと言葉を発した。

静寂に溶け込んだ言葉は、誰の耳にも届きはせず空気へと変わるだけ。

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