ヘタレ勇者と魔王の娘
第6話 血の混じり
  不思議だ。
先程まで身体中が激しい痛みで襲われ、呼吸すらまともに出来なかったのに。
今では全てが無かった事の様に静かな気分だ。
  痛みは消え呼吸は整い、世界がクリアに見える。
試しに指を動かすと…うん、動く。
しっかりと、しかし痛みは一切無く骨も折れていない。
あれだけ踏まれたのに痛みが感じないのは何故だ?
身体を起こしてみるが不自由な所は無い。
五体満足という言葉がピッタリなくらいだ。
──キィィィン────
  ふと、頭の中に嫌な音が響く。
右側から聴こえた気がしたが、それが何なのか分からない。
そちらを見ると、何やらジェリーとシファーがテレ?と居たのが見える。
ジェリーはテレの胸ぐらを掴み、何かを叫んでいる。
あぁ、そんな大きな声を出したらオークに気付かれるのに。
  案の定見付かったらしい。
オークは3人に近寄り、体制を低くし先程と同じ攻撃を繰り出そうとしていた。
『いやぁぁぁぁぁぁ!!』
叫んだ少女2人の声が、まるで近くに居るかの様に聞こえる。
─ドクンッ──!!
その時、胸の奥で鼓動が大きく跳ねた。
『守れ──彼女を───』
「喰らえェェェェ!!!!」
「助けてっ…誰かっ!!」
  シファーとジェリーは互いに身を抱き締め合い、その場にへたり込んでしまう。
「くそぉ!?」
テレの悔しがる顔にオークがニヤリと笑う。
そして脚に力を込め、その巨体を弾き出そうと力む。
その刹那──
「ぶごっ!!」
オークが横に大きく飛ぶ。
いや、正式には吹き飛んだと言えるであろう。
「「ハジメ!!」」
  2人が同時に叫ぶ。
しかし、オークを蹴り飛ばしたハジメは梅雨知らぬ顔をし、飛んで行ったオークの巨体へと跳躍して飛び込む。
「クソォ…な、にが起きてやが…る?」
  巨体を何とか起こし、頭を何度か振る。
強烈な痛みと脳の揺れが激しく、意識が上手く保って居られないらしい。
そこへハジメが素早く現れると、今度はオークの首に手刀をねじ込む。
「ぐぶっ?!」
「殺す…」
  呟かれた一言。
それが言い放たれた刹那、オークの首元からねじ込んだ手刀を勢い良く抜く。
──ブシュッ!!!
  血が滝のように溢れ出し、オークは大きな口を開けたまま硬直する。
「な…んだ? その…目…は…?」
  オークから見たハジメの瞳。
それは今まで黒かったのが金色にじんわりと変わる瞬間。
まるで獣の様な瞳に、オークは恐怖を覚えた。
死と共に、絶対に勝てないという獣の感がオークの心を支配した時。力無く抜け落ちたオークの手が地面にポトリと着いた。
獰猛な獣が、オークのリーダーが死んだ瞬間である。
  数日後、森の奥にある洞窟の最深部。
オークのリーダーが生前巣にしていた場所に、黒いマントに身を包んだ長身の人物が存在していた。
怪しげなマスクを着け、手にはオークのリーダーの頭を抱えている。
数日経つというのに、オークの頭は腐りもせずに綺麗なまま保たれている。
「『豚獣人』が『猪獣人』にねぇ?
クックック、魔王が死んだ今、オークにまで序列が出来たのか滑稽な」
『ふむ、それで実験はどうなったのだ?フェイスよ』
  薄暗く、松明の火が揺らぐ洞窟内に低い声が響く。
フェイスと呼ばれた男は、オークの頭を被りながらケタケタと笑い言い返す。
「万全ですよぉ?
『魔王の血』で作った薬品は、魔物を強化し再生能力も高める効果があるのが分かりました。まっ、オークレベルじゃあ、それでも人間には及ばなかった見たいですが」
『そうか。血はそれしか使えぬ。
後は我々が使うのだからな』
「わーかってますってぇ。この薬を何処まで使えるか試して見ます。
それで覚醒に当たれば良いんですが…確率なんて有るのか無いのか」
『貴様ならどうにか出来るだろ。不死者に1番近い存在なのだからな』
「…あららぁ?ボクの事、少しは調べたのですか?」
『当たり前だ。不気味な奴程良く動くがその反面、気を抜いたら寝首を掛かれんかも知れんからな』
「それってぇ、実体験ですかね?」
『フッ…私に挑発等無駄だぞ?』
「はいはい。キール様」
  静寂になる空間。
話を終えたのか、フェイスはその姿のまま洞窟を後にする。
「駒は後幾つ必要かな?クックック…」
  真っ暗だ。
目を開けているのか、閉じているのかさえ分からない。暗く静かで、自分は横になっているのか、立っているのかすら分からない状態。
正直、混乱している。
途中からの記憶が曖昧だ。
俺は一体何をしていたんだ?
「サタンッ!!  クソォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」 
  激しい怒号が脳内に響く。
何故だろう。俺はこの声を覚えている。
「世界は──歪んだのだ。私やお前の存在も、最早不要となっている…。それでも抗うか?」
「あぁッ!!俺は抗う。この世界が歪んでいるなら、俺は全てを投げ出してでも正して見せる!!」
「フッ…そうか、なら」
  突然声が途切れた。
ハッキリと聞こえていた声が、全て消えてしまい。
残されたのは──また静寂。
何だこれ?
夢なのか?
分からない。
何も分からない。
全てが暗く。
ただただ、俺の意識はそれに溶け込んでゆく。
薄れて行く意識。
考え──が─できな──────
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